※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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E-8 村娘『エンリ』の調査依頼

 ヤントラとガガーランも風呂場に消えた頃にティア達の料理の一品目が出来上がる。

「贅沢は言いっこなし、にしようか」

「うむ。森妖精(エルフ)で信仰系か……。蒼の薔薇はこの先、どうなっていくんだろうか?」

「増やすと養い費用が嵩むから、それほど多くはならないと思うけど……。信仰系は信仰系だ」

「しょぼい魔法でも森妖精(エルフ)は可愛いから置いてあげよう」

「耳を治せない位階なのは理解した。……しかし、ナザリックから持ってくるとは……」

 さすがご主人、とイビルアイは驚きつつも感心した。

 自分の責任で連れてきたのだろうから、蒼の薔薇としては毅然と彼らに対応すればいいだろうと判断することにした。

「それより旦那さん、ちょっと心配」

「戦争が控えているからだろうが……。我々はしっかり彼の助けにならなければ」

「ヤバイメンバーに森妖精(エルフ)という花が咲きましたな」

「……素直に喜んでおこう」

 ヤントラ達が風呂場から出てくるのと入れ違いにティア達が風呂場に入る。イビルアイは最後に入る予定にしていた。

 ルリマリスは顔を赤くしながら居間に佇む。

 見てはならないものを見たのか、自分の考えを超える状況にでも混乱したのか。様々な感情が渦巻いているようだ。

 ヤントラは二階に上り、持ってきた荷物を広間や執務室などに並べていく。

 倉庫のような施設を用意した方がいいのだが、盗難のおそれがある。

 エ・ランテルに引っ越せればいいのだが、戦争の景品になっているし、近くのエ・ペスペルは王国に寄り過ぎている。

 いくら考えても金はかかるし、様々な手続きを必要とするのだろう。

 その辺も勉強しなければならないのかもしれない。もちろん、帝国に行ったとしても大変さは変わらないだろう。

 自由気ままな冒険は意外と難しいなとヤントラは深くため息をつく。

 

 ヤントラはルリマリスにミスリル系の小刀などを持たせた。

 斬撃、殴打、刺突。

「街を散策する程度ならメイド服で充分だろう」

「すみません。色々と勝手な想像してしまって」

 ヤントラは手を振りつつ話しを続ける。

「顔がバレると不味いか……。この仮面でもかぶっていけばいい。ナザリックに戻ったところで仕事が……、あまり無いんだ」

 居間に置いてあるテーブルに武器を並べつつヤントラは説明を始めた。

「蒼の薔薇の皆さんの前でナザリックの事をお話されて大丈夫なんですか?」

「この家の中でなら問題は無いだろう。彼らと話す機会があったからな」

 ヤントラの後ろに居たイビルアイは言った。

「階層の細かい情報は秘密、ということで。来客を招く部分については問題ないだろうが……、敵に情報を与える事に関しては慎重になるからね」

「は、はあ……」

「私が代わりに言うから君は楽にしてくれ。冒険者プレートは無いんだな?」

「……奴隷でしたので。他の二人も同様です」

「奴隷売買なら帝国側か……」

「はい」

「王国の庇護が出来るかはわからないが、顔を隠すなら外出を許可する。何かあったときはナザリックが君を処分するだろう。それは覚悟しておいた方がいい」

「はい」

 ヤントラは軽く息を吐いた。

「ようこそ、蒼薔薇の園へ。改めて歓迎するよ。君の服の方は……、彼女たちに買ってもらいなさい。武器は自衛の為に渡すが……、自害はしないでくれよ」

 ルリマリスの返答を待たずにヤントラはイビルアイに彼女を任せて二階に行ってしまった。

 

 並べられた武器を見つめるルリマリス。

 売ればしばらくの生活費の足しになるだろう。

 一つ一つ手にとって重さを感じる。

「これから買い物に行こうか。仮面を付けてくれ」

「あの人は……、奴隷の私に自由を与えるのですか?」

「あ~、ご主人は奴隷の事は分からないと思うぞ。お前がどんな目にあってきたのかも知らないだろうし。今のご主人の頭は戦争の事でいっぱいだ」

「そ、そうなんですか」

 というよりはイビルアイの姿に疑問を感じる。

 仮面をつけているし、声はノイズがかったような性別がはっきりしない。

 見た目には子供のように見える。

 それでもアダマンタイト級の冒険者というのだから驚きだ。それにアダマンタイトプレートを首から下げている。

「我々人間とナザリックの者達を仲良くさせようとする変わった人間だ。変わった趣向の持ち主ではあるのだが……、私は嫌いではないぞ」

 ルリマリスの目には見た目には特筆(とくひつ)すべき特徴の無い変人にしか見えなかった。

 ナイフとショートソードを携帯し、与えられた仮面を付ける。

 怪しいメイドの出来上がりにティア達は楽しそうに笑った。

 その後、イビルアイと共に身の回りに必要な物を買いに出かけた。

 二人が居なくなった後、クレマンティーヌは二階に上がり、ヤントラの様子をうかがう。

 ヤントラは大広間で持ち物の点検を行っていた。

「わー……。すご~い」

 何処に溜め込んでいたのか、というほど武具やアイテムが並んでいた。

「倉庫が欲しいところだ」

「これだけの武器を一人で使うって……、ご主人はどんなモンスターと戦う気なの?」

 クレマンティーヌに思い浮かべられる中ではドラゴンだった。

「色んなモンスターと戦う中で色々と手を変え品を変えた結果だ。検問所を通る時、革系の武具は静かに通してくれるし」

「おお、なるほどねー」

「検問で思い出した。……なんか忘れてると思ったら……。イビルアイ達は買い物か……」

 旅の疲れですっかり忘れていた。

 エンリのことを頼まなくてはならなかった。

 森妖精(エルフ)を見つからずに連れてくる事に頭がいっぱいだったようだ。

「クレマンティーヌは仕事が無い時はどうしている?」

「各所のねぐらの整理かな。あと隠密行動の訓練とかしてるよー。場合によっては他の都市にも行くけど」

 汚い場所に行った後でのお風呂は格別気持ちが良い。

 家でゴロゴロするよりは緊張感のある現場が身体に馴染む。

 

 荷物の整頓を終えたヤントラは散歩に出かける事にした。

 クレマンティーヌは夜間に出かける予定があるので今から睡眠を取ると言って留守番することにしたようだ。

 ガガーランは庭で鍛錬をした後は夜間に営業する飲食店で一夜を明かすらしい。

 隠密に偏ったメンバーの中では元気で明るいガガーランは居るだけで安心する。

「たまに城に行って童貞(どうてい)の鍛錬に付き合う事もあるぜ」

 彼女の言う『童貞』はクライムのことだ。

 出かける前の家の点検は必須。

 取られて困るものが少しずつ増えてきたからだ。

 貴族の手のものが襲撃に来る事も想定してはいるが、さすがに金庫を置いたままにするのは心配である。

 数年分の活動資金とはいえ取られるのは嫌なものだ。

 気にしていたらきりが無くなるので、外に出る事にする。

 自分ひとりで生活していた習慣はそう簡単には無くならないようだ。

 イビルアイ達が向かうとすれば商店街だろう。

 自分で選んだ事なのに苛々する。

 この言いようのない不快感は何なのだろうか。

 ヤントラは剣を取り出して、軽く自分の首を切ってみた。

 血は普通に噴き出した。そして、それを確認したヤントラは何度か頷く。

 身体に異常は無さそうだ。

 一日に少なくとも十回は死んでいる自分が未だに死んでいないからだろうか。

 それともラキュースが側に居ないからだろうか。

 平和世界を散策するより命を削る戦いの世界を望んでいるのだろうか。

「……まったく……」

 つまらない事を考えるようになったものだ。

 頭で行動せずに本能の赴くままのほうが自分にあっているのかもしれない。

 様々な用意が自らの身体に影響して不安定化を引き起こしているとすれば多少は納得する。

 解決できる問題でもないのだろう。

 気分を変える意味で倉庫に付いて調べる事にした。倉庫と言うか、建築関係についてだが。

 散策ついでに店を覗いていると血まみれのヤントラに驚く市民に出くわす。

 回復魔法を使うのを忘れていたため、服は結構ひどいことになっていた。

 体力の三分の二は失ったかもしれない。

 ヤントラにとっては気にするほどの事でもないのだが、市民の驚く顔に気づいた時に回復魔法を唱えた。

 普段の日常と違うせいか、調子が狂う。

 それが世間との乖離(かいり)の表れなのかもしれない。

 汚れた服を取り替えて散策を再開する。

 以前寄った家具店の近くに建築関係の店があり、色々と話しを聞いておいた。

 このところ出費が嵩んでいるので即答は避けたが、ヤントラが望む規模だと金貨数百枚相当はかかるようだ。

 早い話しが一般人の数年分の生活費というところだろう。

 一般人の一ヶ月の生活費は銀貨数十枚規模なので結構な浪費をしているなと思った。

 領地についても考えなければならないだろう。そうすれば多少は税金を徴収できる、はずだ。

 いっそ国を、と物騒な事を考えてみるが王様の暮らしは何かと面倒くさいんだろうな。

 市民や貴族に挨拶とかやりたくない。

 元々がただの一般人。目上の苦労はよく分からない。

 次の場所に向かうときにイビルアイ達を見つける事が出来た。

「ど、どうしたご主人!? 血がついてるぞ」

「ちょっと首を……。それよりやってもらいたい仕事があるのだが……」

「仕事か。うむ」

「カルネ村に居るエンリという女性がただの一般人である、という身元調査をしてもらいたい。アダマンタイト級に依頼するには役不足な仕事なのだが……」

「エ・ランテルの近くの村だよね」

「ああ、リーダーの両親が引っ越したところだね」

 ティア達の言葉にヤントラは頷く。

「ほー、わけありだね」

「こそこそしなくていいので、彼女と共に書類を作成してもらいたい。メンバーを総動員するような大それた事ではないのだが、どうにも王国の人間は人を疑う質(たち)のようで……」

「……わけあり娘が信用できないと……」

「一応、麻薬は栽培していない、というのは聞いておいたよ」

「正式な依頼なら冒険者ギルドを通した方がいいだろう。我々が勝手にやっても大した成果にはならないはずだ」

「アダマンタイト級への依頼料は高額だよ。……念のために」

 総動員するほどの事ではないとしても依頼料は冒険者組合の方で大体相場が決められている。

 エンリ一人の為に多額の資金が動いている気はするのだが、国の現状を変えるには劇薬が必要だ。

 その劇薬が本来はアインズの役目なのだろう。

 ルプスレギナを派遣しているのだからカルネ村も支配下に置く可能性は高い。

「これもまた楔(くさび)か……。アダマンタイトになるまで死ねなくなってきたな……」

 戦争中に死ぬ予定の自分が更に先を見据えられるのだろうか。

 冒険者の規則ややろうとしていることを考えると戦争で死んではいけないだろう。

 規則は時に行動阻害の原因になるし、律儀(りちぎ)に守ろうとする自分は滑稽かも知れない。

 生まれながらの異能(タレント)能力が『本物』ならば戦争後の風景も見せてほしいものだ。

「……ちなみにアダマンタイトの依頼は金貨百二十枚からが一般的だよ。八本指の調査となると三百枚は軽く超えてくるけどね」

「それは難度の高さで増減するからだけど。身元の調査で依頼するのは散財行為だよ、旦那さん」

「依頼料を家の金庫に戻すとしても冒険者組合に数十枚相当は差し引かれると思うけどね」

 ヤントラからの依頼ならこっそり戻しても良いとティア達は思った。

 結構な価値の武器や特殊なポーション類を貰っているし、衣服や調度品に食料の資金まで出してくれている。対してティア達は家賃すら払っていない。

 少しはお礼を返したいが、なかなか言い出せなかった。

 

 金貨数百枚は結構な出費だろう。この調子でなら今年中に使い切る事も難しくないかもしれない、と少しだけヤントラは苦笑しながら思った。

 それでも自分で言ったことだから覚悟は決めなければならない。

「打てる手は何でも打ってやろうではないか」

「あまり早まらないで、旦那さん」

「先日の報奨金の範囲内に収めればいいだろう。戦争の時期に重なっても良いように予定の調整も必要だろう」

 イビルアイとしては余程の汚い仕事でもない限りは応えてやりたいと思った。

 冒険者として暗殺などの汚い仕事依頼は出せないのだが。

「受けると仮定した上で質問するけど、エンリってどんな女の人?」

「ごく普通の村娘。アインズが助けた女性で、彼からアイテムを貰った事で混乱が生じている」

「……マジックアイテムか……」

 イビルアイはすぐに理解した。

 今まで大人しくしていた仮面を付けたルリマリスは小さく『アインズ様……』と呟いた。

「我々の持つアイテムは高額なものが多いようだ。それを村娘が説明しても通じない」

「その村娘だけを調査すれば良いのか?」

「一時的なものに過ぎないだろう。心配事は別にある」

「……村への討伐隊編成……」

 イビルアイの言葉にヤントラは頷く。そして、ティア達も理解した。

 ルリマリスは首を傾げた。

 奴隷として帝国に居たルリマリスにとってカルネ村がどういう存在なのか知らなかったからだ。

「貴族が出張る前に平和的に対処するのが目的か……。旦那さんは優しいな~」

「戦争前だから仕方が無いかもしれないが、疑えばきりが無い。そのくせ権力者に甘い。……私も人並みに怒りがあるのかもしれない」

「調査する上で手心(てごころ)は加えなくて良いのだな?」

「もちろんだ。私は私で冒険者として仕事をするよ」

 覚悟を決めたヤントラに文句を言う事は出来ない。

 依頼を出されれば受けても良いだろう、とそれぞれ思った。

 ある意味、貴族との戦いでもある。

「その前に……、城へ赴き、彼女の事を聞いてくる。依頼はティア達で充分だろう。必要とあれば私も後で合流しよう」

「了解」

 話しを終えてティア達は先にルリマリスと共にアインドラ家に帰っていった。

 残ったイビルアイはヤントラを見上げるように見つめる。

「ご主人はしばらく王都に居るのか?」

「またナザリックに行く予定だ。とにかく距離が離れているから往復が大変だ」

「……ご主人、一人で溜め込まずに我々に相談してくれてもいいんだぞ。出来る限り協力する所存だ」

「ありがとう」

 イビルアイに一旦帰宅するように言われて互いに別れる事にした。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 血を洗い流した後で冒険者ギルドに赴く。

 いつものように依頼書を眺めてしまったが、今回は依頼する方だった。

「ヤントラさんが依頼するんですか?」

「今回はそこまでする必要があるので」

「そ、そうですか」

「『名指しの依頼』が出来るとか」

「ええ。内容に拠りますが……」

 ヤントラは王国でも大活躍した冒険者の一人である。受付嬢は噂でも聞いている。

 そんな人の依頼する仕事の内容は興味があった。

「個人的に頼めば良いことなのでしょうが、今回は正式に依頼したくて」

「分かりました。二階の待合室でお待ちください」

「はい」

 冒険者の中ではヤントラは丁寧に挨拶する人間なので話しやすい印象を受ける。

 ヤントラは待合室で待機し、数分後に必要な書類を持って受付嬢が入ってきた。

「では、依頼内容をどうぞ」

「とある人物の調査です」

「モンスターではなく?」

「一言で言えばモンスターの居る村の村娘の身辺調査です」

 モンスターの居る村というだけで嫌な予感がしてきた。

「その村娘はどこかの国のスパイとか、モンスターを使って悪い事をたくらんでいないか、とかですか?」

「……ん~。そうですね。そういうことにしておいて結構です。とにかく、その村娘の人となりを調べてほしいのです」

「急ぎの案件でしょうか?」

「調査開始は早いほうがいいですが……、身辺調査書、のような書類を作ってほしいと思いまして」

 込み入った事情があるのは理解できる。

 聞いている分には妻の素行調査、のようにも聞こえるし、好きな子の事を調べてほしい、という風にも聞こえる。

 銅プレートの仕事内容かもしれない。

 他人にやらせるのは正体がバレると困る人に多い。

「……それでご氏名の冒険者は決まっているのですか?」

「『蒼の薔薇』を数名」

「はぁ!? アダマンタイト級に頼むんですか!?」

「身辺調査程度で、とお思いでしょうが、厄介なモンスターの他に王国という敵も現れるかもしれませんので」

「王国が敵って……」

「彼女の身が危険と判断されれば貴族は何をするか分からない。色々と複雑な事に巻き込まれている娘さんなので」

 王国だの貴族だのが関わる事ならばアダマンタイト級でもおかしくはないのかもしれないが、話しが理解できない。

 その調査対象の娘とは何者だろうか。

「出身はカルネ村。娘の名は『エンリ・エモット』と言います。近隣のエ・ランテルに行商に赴くとき、色々と睨まれているようなので」

「カルネ村……」

「彼女は命の恩人にマジックアイテムを貰ったのですが、それが検問所の人達に怪しまれて……。村娘の言葉が通じず、ずっと疑われているのです」

「マジックアイテムを貰った事が、ですか?」

「金貨数千枚相当の価値のあるマジックアイテムをただの村娘に渡すはずはない。お前は何者だ、と検問所の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に言われたようで。私もミスリルの防具を身につけただけで疑われた経験がありますから、娘さんが気の毒で」

「……うわぁ……」

「何者かどうかアダマンタイト級に依頼して調べてもらう、という次第でございますよ」

「……なるほど~」

 ヤントラが相当頭にきたのは理解した。

「疑われたままだと彼女も村もいずれは討伐隊に襲われてしまうでしょう」

「そこまでしますか?」

「その命の恩人が敵国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)になってしまいまして。わが国は疑わしい者は討伐するか、捕縛するかの二択で決めようとしますから。貴族派閥は尚更強硬に出ると思います。そうなる前に手を打ちたいのです」

「受付の身でありますが……。真剣さは伝わりました。なるほど、ただ事ではない事態になりそうなんですね」

 話しぶりからもふざけているわけではないことは理解した。

 早めに手を打たないと国に関わる事態に発展してしまうかもしれない。つまり冒険者ギルドの規則に抵触する前に手を打つのがヤントラの依頼なのだろう。

 意外と頭を使っているのだなと驚かされる。

 これでまだ銅プレート、いや、鉄プレートだと受付嬢は気づいて驚く。

「あら、ヤントラさん。鉄プレートになったんですね」

「エ・ランテルで昇進試験を受けまして。合格しました」

「それはおめでとうございます」

 受付嬢は拍手でお祝いの言葉を述べた。

 

 一般の冒険者は大抵がモンスターに襲われたりして死ぬか、辞めていくのが銅プレートの分かれ道になっている。

 鉄プレートになったとしても上に上る道は険しい。

 それでも昇進する冒険者が現れると素直に嬉しいことだ。

「では、改めて……。村の調査はしなくていいのでしょうか?」

 この質問にヤントラは苦笑する。

「モンスターが居る時点で駄目かもしれない。村の中に居るモンスターはエンリの命令を聞いていますし、他の村人と共存しています」

「分かりました。……しかし、身辺調査書などを作ってどうする気なんですか?」

「どうしようもないです。ですが、無いよりましになるかもしれません」

 どうなるか分からないから依頼するのだろうけれど、村一つがとんでもない事態に陥っているとは初耳だった。

 というよりはエ・ランテルの方が近いから情報が入ってこない、ということも考えられる。

 わざわざ王国で依頼するのにも理由があるのだろうか。

「……あー、戦争に巻き込まれるから……」

 エ・ランテルで依頼して戦争時期に突入すれば依頼が中断されるおそれが出るかもしれない。だから、遠い王国側から依頼するのだろう。

 『蒼の薔薇』なら王国に居るから連絡もしやすい。

 受付嬢は依頼内容をまとめて書類に書き始める。

「ご依頼は『名指し』ですが……。全員で取り掛かってもらうんですか?」

「イビルアイともう一人くらいが妥当かな。人数は少なくていいので」

「アダマンタイト級への依頼料は高いですよ。……補助金を利用しますか?」

「補助金を出す気があるんですか、この国は」

 いやみではあるのだろうけれど受付嬢は苦笑するだけだった。

 それ以前に悪魔の襲来騒動で王都からの支援はほとんど無かった。

「多少は……、出る……。出してもらいますよ。それで料金の方ですが……。調査依頼ですと金貨百五十枚からとなっております」

 ティア達から聞いた金額より少し多かったが黙っていた。

「これが緊急性を要する、つまり即日からとなりますと金貨二百枚相当から。……普通ならそうなります」

「はい」

「開始は早いほうがよろしいのでしょうが……。いつまでとか決まっていますか?」

「準備は必要でしょうから予定が空いている日から長くて七日ほど……。こういう依頼は初めてなので期日は分かりません。数日かかってもいいです」

 必要な情報を次々と書き連ねていく。

「では……、午後に……。……一緒に来てもらったほうがいいでしょう。前金として半分の料金をご用意してください」

 あえて正確な金額を言わなかったのは受付嬢がヤントラと蒼の薔薇の関係を知っているからだ。

「……確認ですが……、払えますよね?」

「大丈夫ですよ」

 懐から皮袋を取り出して、受付嬢の前に置いた。

「失礼します」

 中を確認するとたくさんの金貨が詰まっていた。

 ざっと見ただけで五十枚以上は確実にあった。

 テーブルの上で十枚ずつ並べてみる。

 最終的に五百枚近くになった。

「このところ必要経費が尋常ではないので節約したいところですが……。思うように行きません。……全く、誰のせいで苦しんでいるんだか……」

「……ははは。色々とご苦労されているんですね」

「自分だけなら問題は無いんですよ。……気にかける人が増えると大変です。この調子だと三ヵ月後には資産が無くなるかもしれません」

 受付嬢は苦笑しながら金貨を皮袋に戻した。

 必要書類をまとめて依頼書の控えをヤントラは受け取り、解散となった。

 

 自宅に戻ったヤントラはルリマリス用の部屋の選定を始める。

 全盛期のアインドラ家は数十の個室があったが、今は空室が目立つ。

 ラキュースの部屋はもちろん保存されているが、それ以外は戸を閉めたままになっていた。

 イビルアイ達が戻るまで部屋の掃除を済ませておくことにした。

 天井は天使を召喚して対応する。

「店が閉まる前に寝具を買いに行くか」

 出かける前に血まみれの服を洗わなければならない事を思い出した。

 一通りの掃除と洗濯を終えてから家具店に向かう。

 新しい住民の為に寝台を一つと枕や掛布団を購入する。

 荷物が大きいので荷馬車を使って運んでもらう。

 家に行く前に石鹸などの小物を買い込んでいくが、自分のものではない事に金貨がどんどん無くなっていく。

 減り方が尋常ではない。月に金貨百枚ではなく一日に金貨百枚ほどになるのだから目減りが激しいだろう。

 一番消費が少ないのは食費ではないかとさえ思えてくる。

 買い物を終えて自宅に向かうとティア達とルリマリスの姿があった。

「お帰り、旦那さん」

「さっき冒険者ギルドに呼ばれたよ」

 職人達を家の中に入れつつティア達も中に入ってもらった。

「まず君の部屋は職人達が入ったところになる。ベッドの位置などは君が決めてくれ。あと、風呂で使うものも好きなのを選んで良いから」

「私が決めて良いんですか?」

「いいよ。食べ物のことは後で考えよう。行っておいで」

 ルリマリスはヤントラに頭を下げて指定された部屋に向かった。

「依頼は指定された全員が行くものなのか?」

「顔合わせは必要かもしれない。じゃあ、イビルアイが来たら行こう」

「私は森妖精(エルフ)の様子を見ているよ」

「いよいよ次は女淫魔(サキュバス)かな」

「蒼の薔薇が危険な薔薇に……。……リーダーが帰ってきたら大混乱は必至ですぞ」

 女、女、女。

 女性冒険者チームとしては問題は無いが、表に出せない仲間が増えている。

 小一時間で寝台の設置が終わり、職人達に費用を支払う。

 彼らが退出してすぐに扉がノックされる。

 ヤントラが扉を開けると仮面を付けた人物が軽く会釈する。

 両手は棘付きの太いガントレットが装備され、夜会巻きの黒髪。金属で出来たスカート。

 一言で言えば武装したメイドだった。

「皆様、ごきげんよう」

 軽くスカートを持ち上げて武装メイドは挨拶してきた。

 彼女の後ろには同じく仮面を付けた赤い三つ網みツインテールのメイド風の女性が荷物を持って佇んでいた。

「……バスパ様……、マジでアウラ様に頭下げたんすね。本人から聞いてびっくりしたっすよ」

「お陰で森妖精(エルフ)を手に入れることが出来たよ。それで二人共、何かあったのか?」

「写しの作業が終わったので書類をお持ちいたしました。それと鍛冶師の見積書でございます」

 見積書だけは夜会巻きのメイド『アルファ』が直接ヤントラに手渡した。

 複写作業を終えた荷物は後ろに控えていた『ベータ』が家の中に運び入れる。

「ルプーはここに居て大丈夫なのか?」

「すぐ戻るから大丈夫っすよ」

「人食い大鬼(オーガ)達の食料を小さな村で賄(まかな)うのは確かに大変だとアウラ様がおっしゃっておりましたので、食料のほうは任せてほしい、とのことでございます」

「礼は直接言いに行くか……」

 少しだけ唸るヤントラの横からティアが包みをアルファに渡した。その後で駆け出すようにルリマリスが姿を見せた。

「あ、あの!」

「はい?」

「わ、私は戻らなくてよろしいのでしょうか? アウラ様の名前が聞こえましたのでっ」

「……特に何も言われておりません」

「お仲間さんは心配していたようっすよ」

 ルリマリスはナザリックに見捨てられたと思い、その場に崩れ落ちる。

「気を落とさないで下さいっす。正直に言えばメイドの仕事はあげられるほど無いんすよ」

「後から来た分際で身の程を知りなさい」

 アルファの言葉を受けてルリマリスは顔を上げずに嗚咽する。

「意外と厳しい世界なんだね、そっちは」

「役に立たない奴はアンデッドか食料が基本すからね」

「侵入者が捕まるたびに私が救い出すという図が出来てしまうと悪用する輩が出るだろう」

 ヤントラの言葉にアルファとベータが頷く。

「君は別に運が良いわけじゃない。過度な期待はしない方がいい」

「そうっすよ。アウラ様やマーレ様が口減らしを命じられたら後悔することになると思うっす」

「三人一緒に連れ出すってことは無理?」

 ティアはアルファ達に尋ねた。

「そこまで都合よく渡せないっすよ。それ以上は蒼の薔薇と殺し合いになるかもっすけど?」

「バスパ様の元から逃げ出したら処分せよ、という命令を受けております」

「にげ……。あう……」

「村が出来たらもう一度、来るっすよ。その時、蒼の薔薇に留まるか、我々のところでその身を捧げるか、選ぶと良いっす」

 ベータが言った後でアルファは後ろを振り返る。

 漆黒のボロボロになったローブを頭からかぶるイビルアイが居た。

「その者は我々の庇護下に入る。面倒はこちらで見るから心配はいらない」

「イビルアイ、お帰り」

 仮面を付けた者が四人も顔を付き合わせる状況になり、ベータは少し笑った。

「では、こちらの二人は我々が責任を持って面倒を見るとしますか。アンデッドや食料にせよ、という命令はまだ下されておりません。アウラ様達を怒らせたら分かりませんが……。ベータは先に戻りなさい」

「了解っす」

 そう言った後、ベータの姿は音も無く消えた。

「申し訳ありませんが、バスパ様と二人だけにしてはもらえませんか?」

 アルファの言葉にイビルアイ達は頷き、うなだれるルリマリスを家の中に引き込んだ。

 

 ヤントラは少し離れた場所にアルファと移動し、探知妨害を施す。

「あの者は要らなくなったら……、または逃げ出したら回収する。それまではバスパ様のご判断に任せる……、と仰せつかっております」

「そうか。了解したと伝えてくれ。……まだ何かあるのだろう?」

 アルファは仮面を外し、恭(うやうや)しく頭を下げる。

「資金を融通すれば必要な素材を色を付けて渡す、とのことでございます」

「………」

 メイドに頭を下げさせて上から物を言う態度が怒りを覚える。

「あの野郎……。しかもユリに頭を下げさせるとは……」

「お怒りならば私に向けてくださいませ」

「……八つ当たりはしたくはないのだがな」

 ひとまずユリの顔を上げさせた。

「……それで……、こっちの金貨なんだろう?」

「はい。金貨千三百枚ほどと仰せつかりました」

 軽くヤントラは唸った。貰った報酬が吹き飛ぶ額じゃねーか、と胸のうちで叫ぶ。

「……本当に三ヵ月後に私は文無しになるんじゃないか? 一応聞くが、それだけの金貨で何を買うんだ? かなり大きな買い物だろう?」

「どこかの鉱山を購入する資金に充(あ)てるそうです」

「……ああ、なるほど。向こうでもやってたな。奪い取らない理由があるのか……」

「それから守護者に報酬を渡したい場合はバスパ様ならどんなものを渡すのか、参考までに聞きたいとのことでした」

「はっ? いいのか、敵で嫌いな私の意見で」

「聞いてくるようにと……」

 ユリは苦笑しながら、それしか説明できない事をお詫びしながら言った。

「ナザリック内はほぼ無料だから給料は無駄だろう。そもそも給料は経済を潤滑に動かすために必要な物だから、世界征服すれば意味をなくしてしまう。褒美だってこの世界で神器級アイテムが手に入るのであれば与える方がいいんだろうけれど、それだけのアイテムの情報などは無いから難しいだろう? 守護者に序列を作ると争いが始まるかもしれないから、却下だろうし。……ユリ、これは難しい問題だぞ」

「そ、そうですか」

 怒涛(どとう)のごとく紡(つむ)ぎだされる言葉に口を挟む事が出来なかった。

「例えばユリにこっちの金貨百枚を与えたとする。何に使う?」

「……金貨の使い方が分かりません。コストを払って何かを手に入れる、ということだとしても……」

「ナザリック内ではそうなるだろう。お褒めの言葉や特別な仕事を与えられたら嬉しいだろう?」

「はい」

 今の言葉には即答できた。

「だが、アインズは物品で君たちを喜ばせたいと考えている。それも貨幣で済ませたいのだろう」

 ヤントラは皮袋を取り出して金貨を一枚ユリの手に乗せた。

「今の装備のままとして粗末な宿で粗末な食事付きで一ヶ月近くは暮らせる」

「これ一枚でですか?」

「少し倹約(けんやく)する必要があると思うが……。金で買うより奪う気がするが……。ユリは何を貰ったら嬉しいかな?」

「やはりアインズ様からのお言葉でしょうか」

 金貨を返却してユリは答えた。

「そうなるわな。後はアインズ所有のアイテムか……。それらに匹敵するアイテムとなると……金で買えるような安物は無いと思うがな」

「はい」

 アインズが所有するマジックアイテムは市販されているような安物ではない。

 ナザリックの全財産を投入しても買えないほどに貴重なものが数多く存在する。

 世界級(ワールド)アイテムがまさに良い例だろう。

「月に一度、アインズ手ずから部下の身体を洗う。……あいつに女湯に入る度胸があれば……、それも良い案か……」

「アインズ様自(みずか)ら……」

 ユリは少し頬を赤くする。

「品物が無理なら仕方ないだろう。有限なアイテムばかりなんだから。私なら守護者やメイド達全員の身体を洗ってやるぞ。ソリュシャンとエントマは苦戦しそうだがな」

「……伝えてはみます」

「いや、ほら、褒美って難しいんだぞ。相手より良いものを欲しがったりしたら大変な事になるだろう」

「はい。ですが、お考え下って頂いただけで嬉しく思います」

 『失態を犯しても怒られない券』を発行したら喜ぶだろうな。そして、ナザリックは確実に滅びそうだ。

 それはさすがに言えない事かもしれない。

 機会があればこっそり本人に言ってみよう。アインズはどんな反応をするのか、少し楽しみだ。

 これは別に切り札にする気は無い。

 これからやろうとしている計画でかなり迷惑をかけるのだからお詫びくらいだと思ってもらおうか、その時まで生きていればの話しだが。

 と、ついつい殺されることばかり考えてしまう。もうクセかもしれない。

「アインズに身体を洗ってもらう。アインズの身体を洗う。アンデッドというか骸骨(スケルトン)の部類だから肩揉みは無理だろう」

 ナザリックに属していない自分がどうしてアインズの為に頭を痛めなければならないのだろうか。

 とはいえ、ユリが主人の言葉を伝えてきたのだから彼女の為に考えてあげるのも悪くは無いか。

「風呂以外では装備品をアインズ自らコーディネイト、というのも悪く……。場合によっては見栄えが悪くなるか」

「アインズ様がお選びになられた装備ならば不満は無いかと」

「今のところはこのくらいだ」

 風呂ということならアルベドはどうなるだろうか。

 一番、危険な相手かもしれない。

 アルベドがアインズの身体を洗おうものなら骨を砕くのではないだろうか。

 戦士職でレベルは百だ。無防備のアインズにはひとたまりも無いだろう。

「試案はご報告させていただきます。……それから……、まことに申し上げにくいのですが……」

 ユリはヤントラから数歩引き下がる。

「死体を入れる袋をご用意していただけますか?」

 ヤントラは懐から『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』を取りだした。その間、ユリは手鏡を取り出し、ヤントラに向ける。

 鏡越しにヤントラは自分の顔を見た。

 虫を撒き散らすシモベが居た理由が判明した。というよりは感触でだいたいは知っていた。

 イビルアイと共にメンバー全員の身体検査は済んでいる。残っていた自分は今まで悩んでいただけだ。

 それでいいなら何もしないでおこうと。そして、『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』はやめて大きめの皮袋に変更する。

「……これはボクからの命を賭けた一撃」

 両手に装備した棘付きガントレットを強く打ち合わせるユリ。

「……生き延びられましたら……」

 ユリは自分の胸、尻、首の順に触っていく。

 それから布巾を出して、少し離れた地面に広げる。その上にユリは自らの首とチョーカーを置く。

 『首無し騎士(デュラハン)』のユリの身体だけ元に位置に戻る。

 デュラハンの首の切断面というか断面には青白い炎が灯っているが、触れても火傷はしないし、隠す事も可能になっている。

 お辞儀する時に首が落ちないのは訓練の賜物(たまもの)である事と魔法的な何かがあるのだろう。

「一泊させて頂く許可を下さい。もし、お許しいただけるならば私の権限が及ぶ可能な限りの条件を満たす所存でございます」

 地面に置いているユリは言った。

「……ああ、そういう『死』もあるんだな……」

 胸に落ちる納得の音。

 

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