※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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E-9 なにをどうしたらそうなる

 諦める事は簡単だろう。

 少し前なら受け入れられたかもしれない。

 今は簡単には死ねない。彼女たちを見捨てるわけにはいかないから。

 そのために今まで下準備をしてきたのだから、抗ってやらなければ。

「……ユリも蒼の薔薇に入るわけじゃないよな?」

「そういう命令は受けておりません」

「鉄プレートで味方がアダマンタイト級ばかり、というのは滑稽過ぎるぞ。……やっぱり、これらはアインズによる遠回しな嫌がらせなのだろうか……」

「……申し訳ありません。それらも含めて私が代わりに謝罪いたします」

 首だけのユリは頭は下げられなかったが、首なしの身体は丁寧にお辞儀の格好をした。

 それにしても、とヤントラは空をあげて思う。

 王国と帝国。

 二人で国を引っ掻き回している。

 本当は普通に冒険を楽しみたいのだが、どうしてこう上手くいかないのだろうか。

 もし、彼らと関わらない他のプレイヤーだったなら歯ごたえのあるモンスターとして認識し、戦っていたのかもしれない。

 無論、それは蒼の薔薇などの人間相手でも同じだっただろう。

 案外、王国兵士全てと戦う未来があったのかもしれない。

「……こちらから開始の合図を送ろう」

「どうぞ」

 ヤントラの言葉にユリは応えた。

 ここで死ぬのか、生きるのか。

 それもまた『死』への選択肢なのかもしれない。

 同じストライカー同士。本当に戦闘になったら面白い戦いが出来たかもしれない。

 硬い敵でもなければ剣を主体にするところだが、硬い敵は意外に多くて大変だ。

 一歩踏み出したのはヤントラの方だ。ユリは咄嗟に身構えたが合図はまだだった。

 ユリのほぼ巨乳といっても良いくらい左右の胸を挟み込むように両手の拳を押し付けて、離す。

 軽く弾(はず)むユリの巨乳に満足する。

 ユリは軽く眉根を寄せて少しだけ呆れる。服の上からでは弾みも小さいのに、と。

「いい弾力(だんりょく)だ」

 そう言って一歩だけ下がる。

「かかってこい」

 優しさのこもった言葉を告げる。

「行きます!」

 ヤントラはすばやく両手を懐、アイテムボックスに沈める。それを合図と理解したユリは腕と腰を引き、それから一歩前に地面を砕くほどに踏みしめて前方へと大きな棘付きガントレットを真っ直ぐヤントラの顔面に打ち出す。

 それは放たれた弾丸のごとき速度を備えた一撃。

 ユリの常人には視認出来ない速度の攻撃が当たる前にヤントラは何がしかの言葉を呟き、そしてそのまま彼女の攻撃を受ける。

 ヤントラの対応の速さは地面に置かれた頭部のユリも驚くほどであった。

 

 武装していないヤントラにユリの攻撃は驚異的なダメージとして伝わる。

 ユリの武装は創造主より与えられた一級品。

 それを人間種が無防備に食らうのだからひとたまりも無いだろう。

 拳がヤントラの顔面を、頭部を破壊していく。ブチブチと様々なものが断ち切れて行く。

 もし『武技』の『流水加速』があればじっくりと見えただろう。

 ヤントラという人間の頭部がゆっくりと砕ける様が。

 ユリは手加減していない。

 レベルは51だが相手は人間種。高いレベルでも殺しきる事が出来る。

 これが異形種であったなら肉体的強化や特殊技術(スキル)などで攻撃が無効化されてしまうだろう。

 人間種と言えど防御魔法などを展開すれば耐えられないことはないが、ヤントラは武技や防御魔法は使っていない。それは手に伝わる感触で理解している。

 生き延びる方法があるとすればヤントラが使う魔法は限られてくるし、ユリの攻撃の意図を理解した上で受けたのだろう。

 だからこそ一点の疑問も無く拳を打ち込めるのだ。

 首の皮や血管に神経などを引き千切りながら、進む自分(ユリ)の拳。

 頭部自体は割りと丈夫だったのか砕ける感触はあるものの形を保っていた。

 だが、それらは地面に置いてあるユリの頭部からは大して確認は出来ない。

 確認できなくて良い。攻撃が当たりさえすればいいのだから。

 身体から離れていても感覚は共有される。

 一秒にも満たない攻撃は終わりを迎える。

 後方に打ち付けられるのはヤントラの頭部の残骸。首を失った身体は後方に倒れていく。

 頭が木っ端微塵にならなかったのは、首のもろさや慣性の法則などが働いたからだろう。

 実際にちゃんと物理法則が有効に機能したかは疑問だが。

 さすがに壁などにぶつかれば後頭部が砕けて脳みそなどが飛び散る。

「………」

 これがただの人間であれば即死。

 完全に死んでいるだろう。だが、心臓はすぐには止まらない。

 血管を流す為にしばらくは動くのだから。

 頭部の無い身体から噴き出す血を浴びていくユリの身体。

 出血はすぐに治まる。

 首の無いユリの身体は器用に動き、布巾を取り出して首周りを拭(ぬぐ)っていく。

 地面に置いてあるユリの視界にはヤントラの手から立ち上る炎が見えていた。

 彼の身体が倒れるのに一秒ほど。

 それがどのように変化するのだろうか。

 潰れた頭部はユリの身体が壁から剥ぎ取るように皮袋に回収していく。

 これだけの惨事に関わらず周りが静かなのは探知妨害などを展開しているからだ。

 炎が消えた後、ヤントラの身体に変化が起きる。

 頭部の千切れた位置から血管が伸び始め、形を取ろうと増殖していく。それから湧き出るように様々な肉塊が泡立つように現れ始めた。

 普通ならば動かないはずの身体が動き、起き上がろうとした。

「……さすがバスパ様……。恐れ入ります」

 再生中なので多少揺れても中身は零(こぼ)れ落ちない。

 指令系統を失っているはずだが、本能のように動き続けるヤントラの身体。

 頭部は新たな骨格を生み始める。

 高い位階の回復魔法がなせる業(わざ)だろう。それに手にはポーションが数本握られている。それらは本能の赴くままに自らの身体に振りかけられる。

 急いで肉片を回収した後、ユリの身体はヤントラを支える。

 再生と言っても数分はかかる。今の状態ならばもう一撃を打ち込めばヤントラは完全に死ぬだろう。

 今回の命令では止めは刺さないことになっている。

 

 骨格が出来上がると立派な骸骨(スケルトン)。死のおお魔法使い(エルダーリッチ)や死の支配者(オーバーロード)にそっくりな顔になった。

 ただ、鏡を出していないので自分の顔がどうなっているのか分からない。

「魔法ッテ、スゲー……」

 声帯が再生中なので人間とは思えない声を出しつつヤントラは喋った。

 脳もまだ完全ではないはずだが今の言葉は本能の一部なのかもしれない。

 少し経(た)ってから『大治癒(ヒール)』を唱える。

「お見事でございます」

「……残念ナガラ生キ残ッテシマッタヨウダナ……」

 頭蓋骨に筋肉が張り巡らされていく。

「至高の御身を傷つける真似をしてしまい、申し訳ありません」

「合意ノ上ダ。恨ミッコ無シ。……シカシ、離れた頭部から……、脳機能が再生されるとは……。向こうの頭は……、つまり、死んだのだろうな」

 自分の事ながら人体の神秘に驚きを感じる。

 驚異的な再生で眼球も頭髪も戻ってきた。

 ラキュースも頭を潰してすぐに再生すれば髪の毛が戻るのかもしれないが、原住民相手に通用するかは未知数だ。

 たまたまアバターだから成功したのかもしれない、という点は捨てきれない。

 異物が除去されたせいか、すっきりした顔のように感じる。

 再生されたばかりの顔は感覚器官が鋭敏なので、数分は大人しくしていないと駄目だろう。

 骨もまだ少し柔らかい、気がする。

 思考できるとはいえ物覚えの悪さまでは直らない。

 

 頭部の再生は時間がかかるようだ。様々な器官が蠢(うごめ)くのが分かる。

 首を戻したユリは後始末を再開する。

 腰をかがめて作業しても平気なのは魔法の武具故(ゆえ)なのだろうか。

 数分間、黙って彼女の作業を見つめる。

 頭部が安定するまで大人しくしているだけだが、これが戦場なら黙っているとまた殺されてしまうだろう。

 三分経ったころにヤントラは立ち上がる。

「女難の相は相変わらず……か。ユリ」

「はい」

 無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)とタオルを彼女に渡した。

「汚れ仕事はメイドがやるものじゃないよ」

「……お心遣いは感謝いたしますが……、自らに与えられた使命でございますので、どうかご容赦を」

「一泊するなら腐るだろう。やはり……、皮袋ごとこの『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』に入れていきなさい。貴重品だから返してもらうけどな」

 アイテムの効果を説明して渡した。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて使用させていただきます」

 自らを殺す相手に優しく声をかけるのは至高の存在たるヤントラだからこそかもしれないとユリはアンデッドの身でありながら胸が少し温かくなった気がした。

 一通りの作業を終えた後、無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)を用いてユリの手や服などを洗った。

「私のほうは風呂場で洗うよ。……それで攻撃はもういいんだな?」

「はい」

 軽く会釈した後、仮面を付けた。

「では、一晩、お邪魔致します。お部屋はバスパ様のをお借りしたいのですが、二階でよろしいでしょうか?」

「構わないよ。大広間は荷物が多いが気にしないでくれ」

 何度か家に呼ばれているので大体の部屋の配置は記憶していた。

 現在の大広間は大きなタオルで荷物が隠された状態にされていた。殆どが武器とアイテム類である。

 

 住民に挨拶してユリはアルファとして荷物を持って二階へ向かった。

 ヤントラは彼女の後から二階に向かい、二階の様子を伝えて一階に戻る。

「ご主人……。壮絶な戦いでもあったような姿だな」

「壮絶な戦いがあったんだよ。それでルリマリスさんは国の庇護下に入るのかい?」

「必要な書類が出来て、彼女が自分の名前を記入し、それを提出して、精査された後だろう」

「……手続きが面倒ですな」

「その書類が無いんだから仕方ないだろう。数日かかるらしい」

「彼女は放って置いて良いの?」

 ティアは二階を指差しながら言った。

「気になるなら話しかけたら良い。君たちと随分と会話しているなら居間に下りてもらえばいい。……名前はアルファと呼んであげてくれ」

「了解」

「そうそう、冒険者ギルドに呼ばれていたんだった」

 ティナが思い出したように手を合わせる。

「依頼出したんだね」

「アダマンタイト級の蒼の薔薇に依頼するんだ。どう説明すれば良いのか分からなかったよ」

「一緒に住んでいるからな。それは……、仕方ない」

「依頼料はしっかり貰うよ。そこはしっかりしないと後々、不味い事態になるから」

「もちろんだ。……三ヵ月後に売り家にならないことを祈っててくれ」

「……イビルアイ。我が家の資産ってそこまで逼迫(ひっぱく)してるの?」

「私が知る限りでは潤沢(じゅんたく)なはずだ。長期で見れば数百枚は痛いかもしれないが三ヶ月で無くなるとは思えない」

「資産没収という貴族の横槍とかあるかもよ」

「……恐ろしい未来だな、それは」

「タレントの映像は無いけれど、あっちもこっちも出費だらけで得るものが無いんだ。……いずれ領地の事も考えないといけないね」

 イビルアイ達は自分達の資金に心配は無いが、家主の資金は減る一方である事をそれぞれ思い出し、顔を青ざめる。

「下準備に多額の資金がかかるのは想定内だ。後は私がアダマンタイト級になれば全てが手に入る」

「うおっ!」

 全て。それは蒼の薔薇の吸収。

 しかもリーダー付き。

「そうは言っても人様に命令するような支配者的な事は……、無理そうだ」

 ヤントラは朗(ほが)らかに苦笑を浮かべた。

「旦那さん、謙虚だね~」

「とにかく、服は着替えて。洗い物やっといてあげるよ」

「ギルドには私とイビルアイで行くよ」

 ティアの言葉にイビルアイは頷いた。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ティナの言葉を受けて綺麗な服に着替えたヤントラは冒険者ギルドに向かう。

 娘二人を引き連れた父親のような格好になっているのでは、とヤントラは思った。

 とはいえ、その娘二人がアダマンタイト級で父親が鉄プレートだ。

 受付嬢の案内で二階の空室に案内される。

「依頼内容はこちらになります」

 イビルアイが代表して羊皮紙を確認する。

「村娘一人の身辺調査ということだが……。隠密行動が必要か?」

「こそこそしなくていいよ。一人というか妹の二人暮らしだ。そちらは幼いからお手柔らかに頼みます」

「分かった。……小鬼(ゴブリン)は聞いていたが人食い大鬼(オーガ)も居るのか。というより、何なんだ、この村は」

「私も行くたびに様相が変わってて驚いているよ。普通の村が何故か要塞化してるんだ」

「……ま、まあそれも含めて調査はさせてもらうよ」

 イビルアイとティアは村には異常は起きないけれど、外敵が厄介そうだと理解してきた。

 一筋縄でいけば御の字だろう。

「調査書類はどこに出せばいい?」

「エ・ランテルと王国がいいだろうね。エ・ランテルは何処に出せばいいかな? 都市長って人に渡してもらえたらいいのかな? 色々と世話になったけど、名前忘れてしまった」

「パナソレイ都市長ですね」

 と、受付嬢が言うとヤントラは『そうそう、その人』と言った。

「どれくらいかかるかは分からないけれど、よろしくお願いします」

「簡単な質問なら一日で終わるだろうが……。モンスター付きともなると数日は必要だな」

「村娘だけってわけには行かないと思うよ、きっと」

「それは君達の判断に委ねるよ」

「……それは良いとして、ご主人。討伐隊が来たらどうする、……というか、どうすればいい?」

「そこまで責任は持てない。村人に危害が加えられるようであれば……、守ってやりたいが……」

「……守る価値があるようですな」

「一番最初に世話になった村だからね。ただ、騒乱が集まりすぎるんだよね、あの村。なんでなんだろう」

 様々な要因に巻き込まれる不運なカルネ村。

 ある意味、すごい運の良い村とも言える。

「ガゼフさんと知り合ったのもカルネ村だし。スレイン法国は来るわ。帝国兵が村人を襲うわ、と……」

「……すげー村じゃん……。なにをどうしたらそうなる?」

 黙って聞いていた受付嬢も驚いていた。

「一番危険な村ですね。これはアダマンタイト級に相応しい仕事だと思います」

 ヤントラは自分で言ってて苦笑してしまう。

 あの村は襲われるような大層な村ではないし、エンリも普通の村娘のはずなのに、運命が狂うと滑稽になるようだ。

「……ご主人、気を確かに。この仕事、蒼の薔薇が引き受けるぞ。生きて帰ってこられるかは……、分からないが……」

 冗談が冗談ではなくなるかもしれない、という予感めいたものをイビルアイは感じる。

 竜(ドラゴン)が出てきたら完璧だなと思った。

「即日がいいのか?」

「イビルアイ達の都合に任せますが、早めに取り掛かれるのであれば。なにしろ戦争の地であるカッツェ平野に近いし、……アインズの手がかりを求めようとするかもしれません」

 最後だけ小声でイビルアイに告げた。

「……参考までに聞きたいがナザリックはどう関係している?」

「村の支援です。足がかりの第一歩がカルネ村だから。村人たちは救世主と捉えています」

「……なら戦う事は無さそうだな」

 それはそれで安心する事が出来た。

「もっぱら敵は貴族でしょう。彼らのことは関知しませんから」

「我々も関知したくない。では、依頼は蒼の薔薇に一任してもらおう」

「頑張るよ」

 ヤントラとイビルアイは握手した。

 依頼料は金貨百八十枚と増えていたが、その半分を受付嬢に支払った。

 冒険者ギルド内での精査された金額らしい。

 最初の金貨百五十枚は基準となる金額でしかない。

 今回の依頼料は補助金無しで金貨二百十五枚。即日は金貨五十枚増加だと受付嬢は説明した。

 そして、距離があるから割高になってしまったらしい。

 依頼が完了すると蒼の薔薇へ適正金額が改めて支払われる仕組みになっている。

「……参考までに聞きたいが、エ・ランテルには『漆黒』が居たはず……」

 と、今まで忘れていた事をイビルアイは思い出し、仮面から出る声が上ずって変な響きになってしまった。

「も、モモン様が居たな、そういえば」

「あの人達は調査には向きません」

 ヤントラはばっさりと切り捨てた。

「モモンは戦士系。ナーベは剣は使いますが魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。隠密系よりはモンスター討伐を得意とする冒険者ですよ」

「……詳しいのだな、ご主人は」

「会うのは構いませんが、仕事は忘れずに」

「もちろんだ!」

 元気に返事を返すイビルアイ。

「モモンに会うなら一人で会ってはいけません」

 真面目なヤントラの表情にイビルアイは呼吸を必要しない身であるが息を飲んだ。

「……旦那さん、モモンという冒険者はヤバイ人なの?」

「説明できない事が私にもある。もどかしくて苛々(いらいら)する。……私からは……、すまない」

 うなだれるヤントラにティアは尋常ではない事態を感じ取った。

 いつもは何でも答えてくれる人間がナザリック以上に答えられないのだからただごとではないだろう。

 『漆黒』のモモンとはヤントラにとって物凄い存在かもしれない。

「ナーベの方は……、数回ほど倒してますから彼とは気まずい関係ではあるけどね」

「はぁ?」

「あっ、その話し、聞きました」

 と、受付嬢が言った。

「美姫ナーベを沈めた。モモンさんとは仲が悪い、とか。冒険者の噂で聞いただけだったのですが、本当だったんですね」

「生理的に嫌われているようで、最初は大変でした。今はだいぶ大人しくなりましたが……。本人も身体が自然に動いたと言ってましたよ」

「……ご主人は行く先々で面白い事になっているようだな。立派な特技だと思うぞ」

「とにかく、仕事は任せてね」

「よろしくお願いします。伝言はありませんが、モモンに会う機会があれば話しかける前にナーベが剣を抜かないかだけ、気をつけておいてください。あと、たぶん……、君たちの事は全て『下等生物』って言うと思う。ヤブカ、ウジムシ、ムカデなどなど」

「下等生物っ!? ……わ、分かった」

「ヤバイ人同士、仲良くなれるかもよ」

 イビルアイは少しだけ唸った。

 

 話しを終えて自宅に帰宅する頃は日もだいぶ暮れていた。

 ヤントラはまず執務室に向かい、イビルアイ達もそれぞれ自分の部屋に向かった。

 居間ではティナがユリに話しかけていたが、ルリマリスはうなだれていた。

 一堂が居間に集まるがクレマンティーヌとガガーランは外食に出かけていた。

「……そんなにナザリックがいいの?」

「……なんか、捨てられた気分で……」

 ここの暮らしは悪くは無いのだろうけれど、せっかく生きる希望を与えられたのに見捨てられる事態になり、気持ちに整理がつかなかった。

「拾われたって思えば良いじゃない」

「数日経てば慣れるだろう。それでアルファ殿は泊まられるようだが、風呂はまだだが食事を食べていかれるといい」

「私は飲食不要なので、お気になさらずに。ついでに睡眠も必要ありません」

 この言葉にそれぞれ驚いた。

「正体は秘密が良いのか?」

「装備で正体は判明するのでしょうけれど、仕事ですので」

「どうせなら……。今日は無理か……」

 潜入するときは武装が基本だから、という理由があるのかもしれないが、仮面の必要性があまり感じられないのが残念な点だった。

「そういえば、喋り方が今までの人より丁寧だね」

「お出迎えの作法は彼女が優秀だからね。ルプーのように乱暴……。居るなら出てきなさい」

 ヤントラは天井付近に声をかけた。

「ありゃ? よく分かったっすね、バスパ様」

 不可視化と不可知化を解いた仮面をかぶった人物が姿を見せる。

「……旦那さん、今のは私でも分からなかったよ」

「うんうん」

 以前よりも気配が感じられなかった。

 持っているアイテムのせいだろうか、とティアとティナは思った。

「特別に借りてきたんすよ。……というかベータっすよ、今は」

「ナザリックって言ってる時点で……。……仕事中か……。すまなかった」

「私は細かい事は気にしないけれど……。そこの姉さんに怒られるんで」

「あなたがいい加減だからでしょう」

 仮面に手を当ててアルファはベータを軽く叱責(しっせき)する。

「女がいっぱいだな」

 ヤントラを除外すれば全員が女性だ。

「そういえば男友達は居ないんですか?」

「仕事が忙しくてゆっくりと招(まね)く機会が無かっただけだ。当分は……、呼べないな……」

 イビルアイは改めて周りを見渡す。脳筋以外は全て女。

 王都襲撃の時はたくさん来てくれた事をヤントラは思い出した。

 ベータはアルファの様子を興味本位で見に来ただけですぐに立ち去ってしまった。

「……あいつ、何しに来たんだ?」

「私が宿泊する事を伝えていなかったので心配で様子を見に来たのだと思います」

「……あれで仕事は大丈夫なのか?」

「……ちゃんと指導しますので……」

「ルリマリスさんの部屋は片付いたかい? 後は自由に過ごしてくれ。特に今は言う事はないから」

「は、はい」

 ヤントラが二階に向かうとアルファも数歩離れて彼を追った。

「ルリマリスは食事でも食べて落ち着きなよ。寝食は自由に……、お金はどうしようか?」

「私が用意しておく」

「外出には不自由するかもしれないけれど、要望があれば言ってよ」

「……はい」

 少し落ち着いたところでイビルアイとティアはカルネ村への準備に取り掛かることにした。

 ティナはルリマリスを台所に案内し、食材の扱い方などを教えていった。

 

 執務室にある金庫を開けて資金の枚数を確認するヤントラ。

 現在の資金は金貨四万六千枚ほど。銀貨と銅貨も混じっている。

 金貨は複数の金庫に分けて保管してあり、各金庫には二万枚ずつ。

 金庫とはいえ無料ではなく、金貨五枚相当の値段。現在はそれらを五つ所有しているが一つはポーションが詰め込まれている。もう一つは何も入っていない。スクロールでも入れようか思案中だった。

 一気に消費しないための工夫だが、管理は主にイビルアイに一任している。しかし、千枚規模が失われれば疑問に思うだろう。

 指定された金貨千三百枚は積み重ねると圧巻だった。というか、一番、減る枚数になるとは思わなかった。

 これがユグドラシル金貨なら千枚程度は失ってもかゆい程度だ。だが、この世界の金貨は価値が高いので千枚規模は結構な痛手だ。

 現在の生活費は全員合わせて一ヶ月で金貨数十枚程度だと考えれば千枚という数字の大きさが計れるだろう。

 大きめの皮袋に規定の枚数を入れる。

「……両方目減りしてんじゃん……」

 愚痴くらいは言わせてもらおう。

 一度は処分した調度品を改めて買い直すことになっている気がするが、彼女たちに中古品を使わせるのは精神衛生上、良くないだろう。

 後の管理は自分達でやってもらっている。

「急に男メンバー入れたら大混乱するだろうな……。おっとと、蒼の薔薇のモチーフアクセサリーとか探すの忘れてたっけ」

 クレマンティーヌ。ルリマリス。

「……弓系は得意じゃないからな……。我が家はあと何人受け入れ可能なんだ?」

 メイドや執事の部屋は若干の余裕があるが、八人くらいは入るか。

 意外と余裕だな、アインドラ家は。

 

 持っているだけ使ってしまいそうだ。

 必要な出費にしてはこちらが不利だ。

 悪のロールプレイはこういう時に悪知恵が働きやがる。

 正攻法、今は逆転したような気もするけどヤントラは今後の予定を真剣に組みたいとは思っている。それにはまず戦争を突破しなければならない。

 エ・ランテルは既に活動拠点にはなりえないだろう。

 他にも都市はあるし、行ってみたい国もある。

 手ぶらでは向かえない。

 色々とやってみたいことはあるけれど、それら全てを一度に行(おこな)えない。

「口唇蟲君のお世話をしなければ……」

 保存食も買わなければ。

 エ・ランテルでは買占めが行われていた気がして食料が品薄だったような。

 金貨を入れた皮袋を懐にしまい、金庫は元の場所に戻す。

 一階に向かうとルリマリスが食堂を掃除していた。

 最初のメイド服ではなく、黒い粗野な肌着で胸のふくらみが強調されている。

 動くたびに揺れる胸の様子が良く分かる。

 下半身のほうも男性もののズボンのようにも見える一般的なものを履いていた。

 もちろん森妖精(エルフ)の特徴である長い耳も前と後ろの様子を眺める。

 耳を触られても少しくすぐったい程度だという。

「………」

 ルリマリスはヤントラが胸の揺れなどを眺めているのではないかと思い、眉根を寄せる。

 男性というわけではないと分かっていてもいやらしい人間には違いない。

 こんな人間と一緒に生活するのは怖気が走る思いだ。

 前の主人のような糞野郎というわけではないようだが、どうにも苦手であった。

「……そんなに見つめられても裸になりませんよ」

「森妖精(エルフ)をじっくりと観察する機会が無いからね、つい見とれていたんだよ」

「……むう」

 正直に感想を言うあたり、怒るに怒れない。

「胸をご所望なら他の女では駄目なのですか?」

「胸を見ているように見えたか。君が後ろを振り返るのを少し待っていただけだよ」

「後頭部とか?」

「普段見ない部分は特に。少し頭を触らせてほしい」

 奴隷時代は全身を触られたし、頭くらいは我慢できるかもしれない。

 少しだけため息をついて、ルリマリスはヤントラの側に行き、片ひざをつく姿勢になった。

「さあ、どうぞ」

「では、遠慮なく」

 やはり最初は森妖精(エルフ)の長い耳。軽く撫でる。

 お風呂で洗ってきたために綺麗な白い肌色だった。

 身体のほうは奴隷の証しとしての焼印などは無く、比較的、綺麗だった。

 森妖精(エルフ)の後頭部から眺めてみる。耳以外は普通の人間と大差ない。

「他人の身体に触れるのは良いのう。それはさておき……。ありがとう」

「どういたしまして」

 やれやれ、と少し疲れ気味に返事を返した。

「機会があれば二人でモンスター退治に行ってみようか。色々と実験もしたいし」

「罠避けですか?」

「普通のモンスター退治。まあ、この話しは戦争が終わってからだ。それまでは何も出来ないのが現状だろう」

 変な要求してきたかと思えば真面目な事を言い出す。

 ヤントラとはルリマリスにとって捉(とら)えどころの無い人物に見えた。

 

 口唇蟲の事を思い出し、食材を軽く調理する。

 雑食とはいえ、細かく刻まないと窒息するかもしれない。

 出来たものはルリマリスにも見せずにこっそりと餌をやる。無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)で水分も補給させた。

 長くエントマから離れて生活しているが命令はちゃんと聞くのだろうか。

 その辺りはナザリックに行ってから考えるか、とヤントラは思いつつ口唇蟲をしまった。

「メイドとして連れてきたわけではないが、しばらくはのんびりと生活しててくれ。では、お休み」

「はぁ……。お休みなさいませ」

 変な趣味の人のところに来ちゃったな。来たというよりはさらわれた気がする。

 裸で過ごせ、という命令に比べればましだとルリマリスは思う事にした。

 それに彼以外にも女住人が居るのだから、滅多なことはないだろう。

 そんなヤントラが二階に上がるころには外は真っ暗闇になっていた。

 自室に入るとアルファこと戦闘メイド『ユリ・アルファ』が椅子に座って佇んでいた。

 姿勢正しく、精神統一するように。

 その彼女の近くには自分の頭部の残骸が入っていると思われる『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』が置かれている。

 正直、気持ち悪い。

 骸骨(スケルトン)の骨を集めるならば耐えられるが殺したてでグチャグチャに潰れた肉片を拾い集める行為はヤントラも抵抗を感じる。

 ユリの首を拾うならまだしも。

「……問題なしか……」

 家の外に不可視化のモンスターが配置されているだろうが、部屋の中に探知妨害などを施していく。

 一泊するといっても睡眠不要。眠らないユリに待機してもらうのも悪いだろう。

 大人しく佇むユリの姿を画家にでも描いてもらいたいところだ。

 驚異的な力を奮うナザリックの者達と平然と接する事が出来るのは高レベルプレイヤーだからなのだろうか。

 レベル50未満でも普通に接してきた気はするのだが。

 最初から異形だのモンスターだの知っていたから、というのもあるのかもしれない。

 見えない相手が怖い、というのは理解できなくも無いが、無害そうな人間が一番怖いのもまた世界の常識だ。

 まだ見ぬ敵対プレイヤーなどが良い例だろう。

 尋常ではない能力やアイテムを保有しても奪われるリスクは消せはしない。

 静かに活動している場合が充分に考えれる。

 一流ともなればアインズのように知略をメインとした戦い方になるだろう。

 ヤントラ自身はそんなことは勝手にやってくれ、という気持ちだ。

 プレイヤー対プレイヤーの『PVP』のことを考えていたら冒険など出来なくなる。

「……私は頭脳戦は苦手だよ……」

「?」

 ユリが小首を傾げたので、ヤントラは軽く手を振った。

「金貨を用意したよ。細かい金額は聞いていないが……、本やデータクリスタルに期待している」

 皮袋をベッドに置いて確認してもらう。

「冒険は時間をかけて楽しみたいものだ。森妖精(エルフ)は目隠しで連れ出したが……、どんな目に遭わせたのやら……。あれらは王国からの請負人(ワーカー)ではないだろうね?」

「はい。帝国側でございました」

「……後々、皇帝陛下に会いたくないな……。四騎士の一人が死んだそうだが……、それはどうするんだ?」

「ご心配なく。アインズ様が命令の行き違いを認めて復活させました。……他の兵士どもは残念ながら復活に耐えられないので諦めてもらいましたが……」

「……王国と帝国に甚大な被害が出るから心配していたのに……。君達への討伐依頼が出されるのは嫌だぞ」

「ご心配してくださり、ありがとうございます」

 金貨を半分ほど並べ終えたユリは気になったことを尋ねてみた。

「バスパ様は……、その……。女の身体にご執心(しゅうしん)のようですが……、それは何故なのでしょうか?」

「悪い友達の影響かな」

 ヤントラは苦笑する。

 実際はそんな程度の低い問題ではないのだが、程度の低い問題にしたいのが現状だった。

 多少のエロゲーは嗜(たしな)んだことはあるが、実際に触れられる身体と言うのは魅力的だ。

 だからといって今更性別を女性に変えたいとも思わない。

 これはこれで都合が良い。

 不満は一つだけ。

 子孫を残せない事だろう。

「生物学的にも排泄できない時点で人間と呼べるのか疑問だがな」

 設定では人間種のはずなのだが、人造人間(ホムンクルス)と変わらない。

「アバター自体異形と変わらない気もするが……。そんなことを言っても今更な話しだ」

 たまたま女所帯だから、というのもあるだろう。

 男が居れば居たで『男の敵』と言われるだろう。

 今度、マーレと風呂に入る機会があれば観察しよう。

「身近に男性があまり居ないな……。セバス達は忙しいし。それも関係しているだろう」

「……ボクの創造主であらせられる『やまいこ』様が言っておられました。バスパ様は『女の敵』だと」

 至高の四十一人の内、女性は三人しか居ない。

 『ぶくぶく茶釜』『やまいこ』『餡(あん)ころもっちもち』

「正確には人間型の女の敵と言っておられました」

 ヤントラは苦笑する。

「異形種揃いのメンバーに囲まれれば……。確かに造形には興味がある。他人の身体に触れる機会は意外と無いものだよ」

 アバターとして生活するようになり、己の欲望に従った感情に動かされているところがあるのかもしれない。

 現実世界というのもおかしいのかもしれないが、本来の自分が欲しても手に入らない宝が目の前にある。

 その宝が『女』なのかもしれない。正確には『身体』といってもいいだろう。

 

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