※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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A-6 どうやって殺そうかな

 与えられた命令に従順なNPC。

 それはそれで何も問題は無いが、人間的過ぎる自然な動き。

 ゲーム時代には無かった仕様だ。

 定形文的なセリフしか言えない筈(はず)が、自分の意思で喋(しゃべ)っている様に振舞っている。

 それはもちろんアインズも気付いている事だろうが、今はアルベドの仕事ぶりを眺めていたい気持ちだった。

 死体処理と平行に従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)を始末していた死の騎士(デス・ナイト)がアルベドの下にやってくる。

 兵士の死体を生贄として召喚されたモンスター。

 こちらも命令に従順で大人しい。

「この腕は……バスパ様のものですか?」

 先ほど捨てたヤントラの腕をアルベドが持っていた。

「そちらで処分してくれて構わないよ。おっとと、指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を回収し忘れるところだった」

 見せてくれなければ本当にゴミの如く投げ捨てられていただろう。アイテムを見逃さない貧乏性のおかげかもしれない。

 切り落とされた自分の腕。

 普通なら驚くところだが、あいにくと腕がもげる映像はユグドラシルや他のゲームでも珍しくないので意(・)外(・)と平気だった。

「危なかった……。よし、これは処分していいから」

「畏(かしこ)まりました」

 無数にある死体の中からよく分かったな、と感心した。

 

 アインズは生き残った村人を安心させた後、村長の家に案内されていた。

 話しの内容としては兵士を撃退した報酬とさまざまな情報の入手。

「村人の半数が殺されてしまいましたので……。お支払いできる金額は多くはありません。村を立て直さなければならないので」

「無理に払えと言っている訳ではありません」

 無骨なガントレットをはめた手で村長をなだめる仮面を被った怪しい魔法使い。

 この仮面はヤントラも持っている『嫉妬する者たちのマスク』という。

 見た目は泣いているようにも怒っているようにも見え、様々な色彩が躍っている。

 クリスマスの日にゲーム内に滞在しているだけで強制的に入手してしまう、恋人と過ごすことのできない者の神経を逆(さか)なでするようなアイテム。

 仮面に見えるが頭から被るタイプ。うっかり外れて落ちることは無いし、装備しても外れない呪いなどはかかっていない。

 ガントレットにも『イルアン・グライベル』という名前が付いてはいるが筋力が増強されるだけの装備品だ。

「とはいえ、ただでというわけにもいきますまい」

「はい」

 アインズとしては魔法で洗脳することも出来た。

 洗脳の方にはリスクがあるので友好的な雰囲気を演出する上では使いたくない手だった。

 確かにほんの気まぐれ。心の漣(さざなみ)が揺れた程度ではあったが、外の情報を入手する機会を得ることが出来たのだ。多少の努力は惜(お)しまない。

 いざとなれば、と思ったところで外に居るヤントラ(バカ)の姿が思い出される。

 あいつ(ヤントラ)に頼るのはプライドが許さない気がした。

「………」

 自然と怒りがこみ上げる。しかし、それはすぐに治まる

 ただの妬(ねた)みだ。今、優先すべきことではない。そう自分に言い聞かせた。

 モモンガとしてヤントラとは長く意見がぶつかりあい、好きではない人間だった。

 実力では圧倒的にモモンガが上なのだが、そりが合わない。合わせる気も無かった。

 多少は嫉妬もあるだろう。古参のメンバー、たっち・みーを含めて、六人とはリアルでの付き合いもあると聞いている。

 マナーとして他人の個人情報を詮索するのは良くないが、気にはなっていた。

 メンバー全員が社会人であるし、彼も社会人であることは聞いている。

 ギルドメンバーとは打ち解けていて遊びにも来る。

 そりゃあ人間種が遊びに来てはいけないルールは無いけれど、俺は彼の事が信用なら無い。

 総勢1500名からなる八つの連合ギルドと様々な傭兵ギルドなどがナザリックに攻め込んできたことがあった。

 第八階層まで攻め込まれる壮絶な戦いだった。

 当時、人間種でありながらナザリック地下大墳墓に遊びに来ていた彼が大侵攻の一ヶ月前に突然、音信不通になった。もともと連絡を取り合う仲でもなかったのだが。

 いつも毎日のように、毎日でもなかったが来ていたのだから気になった事は覚えている。

 そして、今でも思う。

 彼が侵攻の手引きをしたスパイではないかと。リアルで色々と情報を提供していないとも限らない。

 その疑いは侵攻の後になって強くなる。

 侵攻の後、半年ほど経ってから新たなアバターとして彼は戻ってきた。

 何の理由があって頑張って育てたアバターを破棄したのだろうか。ますます疑いが強くなる。

 そりゃあリアルでいろいろ(交通事故)あったことは聞いているけど、とモモンガは納得できないことに納得するしかなかった。

 本人の口から聞きたかったこともあるが、自分から言うのも負けた気がして言い出せなかった。

 とはいえ今は昔の事を掘り返している場合では無いとアインズは思い、雑念を振り払う。

 ナザリック地下大墳墓の周りで起きた異常事態の把握が今は最重要事項だったからだ。

 

 仮想世界が現実になった。

 

 アバターの姿のまま異世界に来てしまった。ここも新たな仮想世界なのではないかという推測はまだ調査中だ。そしてそれはヤントラも理解しているようだった。

 交渉ごとは会社時代に培われてはいるものの村長と交渉したことが無いので試行錯誤の連続だった。

 まず通貨が違う。

 貨幣価値が分からない。

 言葉は通じるが文字が読めない。矛盾する事態はすぐに理解出来た。

 理解というか納得した。

 兵士の正体は村人には分からないが、戦争しているというリ・エスティーゼ王国かバハルス帝国のもの。またはスレイン法国。

「……ところで村長」

「はい」

「表に居た旅人と言ったか……」

「はい。左様です」

「彼も同じようなことを聞いたのか?」

「はいはい。色々と世界について話せるだけ話しました。今日は町に行く予定だったようですが……」

 自分より先に攻略されるというのはゲーマーとしてちょっと悔しい。しかも、事前に村人と交渉まで成立させているとは。

 プレイヤー的な位置で素直に嫉妬した。それは別に彼に限った話しではない。

 同じ村に来たことは偶然なのか。という疑問が浮かぶ。

 アインズがカルネ村に来たのは『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』というアイテムを操作している時に偶然発見しただけに過ぎない。

 兵士達の殺戮が見えて、たまたま村人と目が合った程度の些細(ささい)なもの。

 とはいえ、最初は無視する気でいたが現地の情報を得なければいけない事に気づき、急いで駆けつけた次第(しだい)だった。

 既に兵士の多くは何者かに倒されていたようだが、今はアインズが村を救ったということになっている。

 生き残った村人の多くは死の騎士(デス・ナイト)の活躍に注目していたから。

「とにかく、詳しく調べなければなりませんが……。村の資金を集めたとしても銅貨三千枚がやっとです」

 枚数を言われても貨幣価値の分からないアインズには見当も付かない。

 馬車も付けますよ、と言われたらもっと困る。

 先に話しを聞いたというヤントラに頭を下げたくないし、アインズは八方塞がりな状況に少し困惑する。

 強大な魔法は使えるが今は右も左も分からない初心者プレイヤー同然。

 プライドが邪魔をしているようだ。

「……よろしければ旅人様を同席された方がよろしいかと存じますが……」

 村長が気を利かせて発言する。

 よし。

 と、心の中で拳を握り締める。

 村長が言うのであれば納得するしかない。そう無理矢理自分に言い聞かせた。

 つまりは自分から頼みたくて頼んだわけではない、というツンデレっぽい感情だ。

 

 村長は妻に伝言を頼み、旅人のヤントラを呼びに出た。近くに黒い鎧をまとった人物が村人の死体を並べていたのには驚いた。

 声がかけにくかったので頭だけは下げた。

 呼びかけにヤントラは快(こころよ)く承諾してくれたが彼の身なりはひどいありさまになっていた。

 ほぼ血まみれ。

「寝込みを襲われましたからね。仕方ありません」

 そう言う彼の声は辛(つら)そうには感じなかった。

 別段、特に気にしていないとでも言うような少し得体の知れない怖さがあった。

 血まみれのまま村長の家に案内されたヤントラは用意された椅子に座る。

「このたびは色々とご迷惑をお掛けしました」

 村長はまずヤントラに深く謝罪する。

 自分が悪いわけではないが、旅人が巻き込まれたことに対する罪悪感があったからかもしれない。

「いえいえ。巻き込まれるのが仕事みたいなものですから。話しを進めてください」

「は、はい……」

 横に居る怪しい人間(アインズ)が居るにもかかわらず、平然としているヤントラ。

「襲撃者の兵士はどこの者か分かりましたか?」

「鎧に付けられた紋章は……リ・エスティーゼ王国のものではない、ということぐらいです」

 消去法ではスレイン法国とバハルス帝国となる。

「……バカ正直に正体を晒(さら)す愚か者は居ないか……」

 アインスもおなじく消去法が頭に浮かんだ。

 情報が少ないので結論は出せない。

 仮に敵の偽装であるとすればどちらかが本命である。

 だが、敵が二つとなると両方を疑わなくてはならない。

 ここで重要なのは選択肢の数を減らすこと。

 誰かがどこかを貶(おとし)める為の偽装を演出している。そう考えると村人の殺戮にも意義が出てくる。

 問題は三国のどれが一番、相手にダメージを与えたいと思っているかだ。

 普通に考えれば戦争しているリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国なのだろうが。

 両者を争わせるスレイン法国の陰謀という線も消せない。

 それにアインズ達は異邦人(いほうじん)。

 三国の思惑は全く知らない人種だ。

 第四の国の関与も実は感じている。

「どちらにせよ、平穏な村にとってはいい迷惑ですね」

「……はい」

 力なく村長は返事をした。

 大切な家族同然の村人の多くが殺されたのだ。悲しみで今にも号泣しそうな気持ちを懸命にこらえている。

 争いごととは無縁で平穏に暮らす。それの何が悪いというのだろうか。

「ここで考えても三つの国が勝手に滅びてくれるわけでもないですし。これからの事を考えましょう。生き残ったものの責務です」

「そうですね。では、これから死者を埋葬しなければなりません。報酬などのお話しはその後で構いませんでしょうか?」

「こちらは問題ない。お悔やみを申し上げます」

 アインズの言葉に村長は少しだけ救われた気がして、少しだけ苦笑した。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 話しが中断され、生き残った村人たちは死者の埋葬作業に移る。

 アインズ達は小高い丘で墓地の様子を眺めていた。ローブで隠すようにアイテムを握り締める。

 蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)というアイテムは死者を復活させることが出来る。そしてこれは村人を全員復活させるだけアインズは持っていた。

 この世界にはまだまだ知らないことがある。死者の蘇生方法が無い世界かもしれない。

 要らぬ混乱を避けたい今は余計なことは出来ない。

 アインズとは別行動を取っていたヤントラはエンリの自宅に来ていた。

 変わり果てた室内。

 兵士に荒らされ、床は血まみれ。

 両親は殺されていた。

 生き残った二人は自分の部屋に居た。

 ぶしつけだと分かっていたが、あえて彼女の部屋に入った。

「………」

 声は無かった。

 ヤントラから見れば身体のケガは治っているように見えたが顔や腕には包帯が巻かれていた。

 妹のネムは切断された姉の腕を今も握り締めて持っていた。

 二人に生気は無く、悲しみを受け入れる余裕が無い。

 

 それでもヤントラにとってはさして問題ではなかった。

 絶望に打ちしひがれる人間に彼の心は動かない。

「絶望の中で生き残った君たちは無様に生きなければならない。それが死んでいった者達の願いならなおさらだ」

「……はい」

「兵士たちが憎いか? また会ったら殺したいか?」

「………」

 村娘には答えられなかった。

「これが戦争……」

「葬儀が始まるがエンリさん達は参加しなくていいのか?」

「そ、そうでした……。ネム……、行こうか」

 精神が麻痺(まひ)しているのか、ネムは姉の言葉に首を傾げて、笑い出す。

 凄惨な現場を見てきたのだ。幼い子供には受け入れられない恐怖が流れ込んだのだろう。

 自分が自分である事を保てなくなるほどに。

 それはそれでヤントラには都合が良い。

 姉の手を握るネムの腕をすっぱりと切り飛ばした。

 エンリは一瞬、信じられないものを目撃した。

「?」

 キョトンとするネム。

 血が吹き出しても自分に何が起きたのか理解出来ない。

 なまじ精神がまともなら泣き叫んでいただろう。

 痛覚も感じないほどに精神が麻痺していたおかげかもしれない。

 エンリのように驚愕で表情が崩れるのが当たり前だ。

「この程度はまだ絶望の入り口だ。君たちはまだ運がいい」

 スクロールを取り出し、エンリには聞き取れない言葉を紡ぐ。

 ヤントラの使うスクロールは誰もが扱えるわけではない。それなりの職業種(クラス)を取得しないと魔法は発動しない。

 今のスクロールは『大治癒(ヒール)』と呼ばれる高位の魔法。

 部位の再生は下級アイテムなどでは時間がかかりすぎる。

 ネムの腕がみるみる再生していく。

 再生してもしばらく安静にしないと骨が曲がってしまうおそれがある。

 戦闘中は身体を固定する防具のお陰で気にすることはないのだが、幼い身体はまだまだ柔らかい。

 ネムが気付く前に腕を固定する重量の軽い篭手(こて)を装着させた。

「前を向け、ネム。君たちの戦いはまだまだ控えているのだから」

「………」

「憎しみが原動力になるなら私を憎んでくれてもいいぞ、エンリ」

「ああ、ああ……。うわぁぁ」

「復讐しろとは言わない。絶望に打ち勝ってみせろ。それが君たちの出来る戦争だ。それから、町までの案内を頼むよ。私は聖人君主では無い。とても達の悪い悪人だ」

 ユグドラシルの基準で言えばカルマは『善』だが、それはデータ上のもの。

 転移後はどうなっているのか、知るすべは無い。

 転がる姉妹の手は硬く結ばれている。それを拾うことはせずヤントラは立ち去った。

 

 葬儀はとても静かに始められ、遺体は一つ一つ丁寧に埋葬されていく。

 カルネ村の労働力の半数が一気に失われた。これからの事を考えると村長も生きた心地がしない。

 村人はただの労働力ではない。家族に匹敵する存在だ。

 それをどんな理由があったにせよ、奪う権利が国にあるとは思えない。

 葬儀に遅れてやってきたエンリとネム。二人はしっかりと手を握り合っていた。

 死んだ両親の墓石の前に来るとネムはやっと人間として泣く事が出来た。

 

 村人の居なくなったカルネ村。

 凄惨な現場が広がる。地面に開いた大穴。

 壊れた木造家屋。数件は燃やされたようだが、火は既に鎮火(ちんか)していた。

 廃墟と化した村をヤントラは眺めた。

「こちらにおいででしたか」

 声の主は漆黒の鎧をまとうアルベド。

「これからナザリックに向かうのですか?」

「一旦はね。その後は冒険の旅に出たいと思っている。せっかく来たんだし」

 空を眺めると殺戮とは無縁の青空と白い雲が見えた。

「冒険ですか?」

「大墳墓がある、ということは未知の敵もいるかもしれない。とはいえ、我々はまだ世界を知らない」

 アルベドが言葉に迷っているとローブ姿のアインズがやってきた。死の騎士(デス・ナイト)は広場の中央で待機したまま。

「空を見たか、アインズ」

「ああ」

「とりあえず、最初の目的地はエ・ランテル。それから何所(どこ)に向かうかは気の向くまま。という方針だ」

「未知のプレイヤーの存在は居たか?」

「居ないな。探知はお前達が優れているんだから私に聞いても意味無いぞ」

 確かにヤントラの言っている事は正しい。

「冒険して悪のナザリックを倒しに行く。王道としてはこんなものだが。戦闘メイドとは戦いたくないな……。可愛いものの味方でいたいし。あと、お前だろ? 『伝言(メッセージ)』使ってきたの? 通じない設定になってるからな」

 図星を突かれたせいか、アインズは少しだけ呻(うめ)いた。

「コンソールが出せないんだから。設定とか変更が出来ないんだよ。その他諸々(もろもろ)、調べられないし……」

「そ、そうか。それでカルネ村以外のところは行ったのか?」

「これから行くところ。ここが冒険の最初。あらかたのチュートリアルも済ませたから。そしたら兵士が来たってわけ」

「……なるほど」

 同時期に転移した事を考えればヤントラの言葉に違和感は無い。

 アインズ側にも色々と調べたいことはあるが、彼の協力は正直に言って得たくない。

 『伝言(メッセージ)』の魔法が使えるかの実験で使用したに過ぎない。

 地面に『うんこ』とか書きながらヤントラはぶつぶつと呟き、やがて文字を消した。

 兵士のせいで予定が狂ったことに対する苛立(いらだ)ちだとアインズは思った。

 ヤントラはソロプレイヤーとしてかなりの腕は持っている。判断力もそれなりにあるのでバカではないことは知っている。

 単独行動はアインズもするが、魔法職は色々と大変な目に遭う。

 大量のアイテムで欠点を補う戦い方は装備がしっかりしていれば決して敵対プレイヤーに引けは取らないだろう。

 ワールドチャンピオンに稽古(けいこ)をつけてもらっているだけ物理攻撃の面では下手をするとナザリック地下大墳墓の守護者達に単独で勝ってしまうかも知れない。

 少なくとも戦闘メイドには勝てるだろう。

 そういう未知の恐ろしさが彼にはある。

 アインズとて実力を認めるところは認める。

「アインズ・ウール・ゴウン。それは何か思うところでもあったのか? お前らしいと言えばそれまでだが」

「うむ。私は今はナザリックの支配者だからな。守護者達に恥じないように。仲間達にも恥ずかしくないようにと……」

「私とてギルド名はバカにはしないさ。ただ、お前(モモンガ)はバカにするけどな」

 後ろに控えていたアルベドが身体を少しだけ動かした。

「人名としては……、あまり似合わない気がするけどな」

「よい宣伝にはなるだろ?」

「ギルマス(GM)の意見に反対はしないさ。ああ、あと覚書がまだ有効だといいな」

「覚え……。ああ、あったなそんなものが」

 課金(かきん)アイテムによって作られた忌(い)むべき書面型スクロール。

 人間種以外の全ての約束事をヤントラは破ったことが無いのでアインズとしても文句が言えない状況に追い込まれた一品だ。

「それはもちろん有効だとも。かつての仲間達が後ろ盾になっているのだから私とて一人の判断で……。いや、今は私が全員分を背負っているから覆(くつがえ)せるか?」

「お前みたいなのをワンマン経営って言うんだよ。ブラック企業になるなよ」

「大きなお世話だ」

 確かにワンマン経営には人間であった頃のアインズも辟易(へきえき)していた。

 それを自分でやるのもおかしな話しだ。

 ブラック企業を批判している自分がブラック企業を作って自慢するようなもの。

 サラリーマンが大金を手にして浮かれているような気分になってしまった。

 部下が見たら呆れるところだ。

 ふとアルベドに顔を向けると両手で拳を作って胸の辺りに持っていっていた。

 何かを期待している気がする。

「仲間達の意思を尊重しなければならない。ならば覚書はこれまで通りの扱いとしよう」

「よし。言質(げんち)取ったぜ」

 と、ヤントラの言葉にアインズは僅(わず)かに苦笑した。

 仲間達の居ない状況ではきっと寂しい思いを感じていたのかもしれない。

 話が通じる相手というのは不思議と安心する。

「まずは町で情報を得て、冒険者になれたらなって、お供の戦闘メイドを……二人ほど見つける。お前のところのメイドをくれるっていうなら早いが」

「やらん。……貸すのは私もやぶさかではないがな」

 一部の戦闘メイドはヤントラに懐(なつ)いていたし、と小さい声でアインズは言った。

 懐(なつ)くというか、食料として見ていた気がする。

「……ところで、お前はこの世界をどう思う?」

 アインズにとっては聞くまでも無い質問だといえる。が、あえて言ってみた。

「本物の世界。……またはその世界に我々が最(・)適(・)化(・)された新たなる何か」

 仮想空間が現実になった。というのはアインズも思った。

 よくよく考えれば元々、プレイヤーもデータの中に組み込まれていたのだから最適化された事によって本物と認識する新しいゲームとも言えなくはない。

 

 進化したDMMORPG。

 

 無機質なNPC達を意思のある生物に錯覚させるほどに。

「データを超えた意志はどう説明する?」

 アルベド達の行動はプログラマの仲間達が構築したものだ。

 それらを超えるような反応や返事は本来は不可能。

 新しい仕様が組み込まれたのかもしれないが、追加プログラムにしては生々しいのが気になる。

「それは運営に言えよ。そんなものが居るなら、だけど」

 確かにヤントラの言うとおりだった。彼とて説明できない事もあるだろう。

「だが……、我々はアバターでアイテムの取り出し、魔法が使える。それは間違いの無い事実だ。まあ、新しい特殊技術(スキル)や職業(クラス)が選べるのかは疑問だが……。本体から精神だけがアバターに宿ったということもありえるわけだし」

 数日経った今、本来の身体がどうなっているのか、考えなければならない事態だった。

 ログアウトが出来ないのはアインズも同じ。

 仮に精神が二分(にぶん)されてアバターに宿ったとしても記憶は維持している。

 会社員だった記憶もある。

 だが、元の世界に戻る必要はあるのか、という疑問が生まれる。

 アインズの本体である『鈴木(すずき)悟(さとる)』には家族は居ない。一人暮らしのサラリーマンだ。

 このまま世界に残っても特に支障は無い。会社はクビになるだろうが。

 ここと向こう。どちらが暮らしやすいのか。

 この選択は今すべきことではないが記憶の隅にでも置いておこう。

「お前は帰りを待つものは居ないのか?」

 他人の個人情報(プライベート)は本来は聞かれたくないだろうし、アインズも答えたくない。

「特に問題ないな。人間種の特性かもしれないが……。冒険したくてたまらない。エロい展開もありかもな」

「ペロロンチーノか貴様」

 つい即答で言い返してしまった。

「いや~、洗脳されたっすかね。なんか、たびたびあの変態(ペロロンチーノ)の顔が浮かぶんだよ。アルベドが近くに居るからかな?」

 確かにアルベドは女淫魔(サキュバス)。

 そういうこともあるとアインズは無理矢理に納得する。

「アインズと違ってナザリックの運営には関係ない、というのもあるけど……。あんまり元の世界のことは考えたくない。それはそれ理論」

 アインズも元の世界よりナザリック地下大墳墓のことばかり考えるので、理解できない考え方ではない。

 だとしても、これからの事は考える必要はあるだろう。

「あと、ソロの私に期待なんかすんなよ」

「しておらんわ」

 していないけれど何かの役に立つかも、とは思ったが言わないでおいた。

 

 普通に話せばヤントラも悪いやつではない。

 だが、主義に関わってくると話しが違ってくる。

 ソロプレイヤーであるはずのヤントラの性格が掴めない原因とも言える。

 仲間からは人間種の皮をかぶった異形。そう評されたことがあるほどだ。

 異形種の我々が異形と呼ぶほどだ。どれだけの化け物振りかは想像も出来ない。

 実力は確かに無いと言って間違いが無い(時と場合による)。第十位階魔法を三発くらい放てば簡単に死ぬかもしれない。

 アインズをして戦闘を避けたい人物の一人でもある。

 彼、ヤントラの二つ名は『PKの鬼』という。

 PKをすることにかけては右に出る者は居ない、という意味では決して無い。

 PKされる側の人間だ。

 そして、それは誰にも到達できない伝説的な記録を打ちたてユグドラシル至上二人と居ない記録保持者として君臨した。

 ちなみに二位との差はケタが二つずれるほどと言えばいいだろうか。狙ってやったところで追いつけるレベルではなくなっていた。

 全てのワールドチャンピオンですら到達は不可能。というか挑戦は絶対にしたくないし、良い子はマネしてはいけない、を地で行くほどだ。

 ユグドラシルの運営は功績、というか悪しき記録とでも言うのか、表現に困るのだが彼になんらかの特典(アイテム)を与えたらしい。それは唯一のもので本人しか知りえないものらしい。

 仲の良かった六人ですら知らないのだから、気になるところだ。

 特典をもらった事は本人が言った。が、内容は秘密という。

 噂によれば特別に実装された何か、と言われている。一応、こっそりと調べた限りは何も出てこなかったが。

 201個目の世界級(ワールド)アイテムなのでは、とアインズは予想している。

 秘匿情報の多いユグドラシルにおいて解明は困難。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 一時期、彼をPKすると幸せになる。就職が決まる。恋愛成就。などの幸せの神様的な扱いになったことがある。

 とにかく、気(・)が(・)付(・)い(・)た(・)ら(・)死(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)男だ。

 PKのゆるキャラ。

 じゃあPKしないで大切にしろよ、と言いたくなる。

 そんなふざけた男なので敵としては一切の脅威は無い。

 無いのだが、PKを恐れない精神力はアインズよりも遥か高みにある。

 記録を作るほどPKされても平気でソロプレイしてゲームを見事にクリアするのだから。とんでもない化け物だ。

 ちなみに彼がPKした数は『2』となっているが本人は誰を殺したのか全く覚えていないという。

 おそらくはモンスターと勘違いしてPKしたのか、運悪くPKしてしまったのか。

 いつの間にかカウントされていたらしい。

 バグなのか、運営の仕様に不具合でもあったのか。

 ユグドラシル自体、狂ったゲームだから何が起きても不思議は無いけれど。

 プレイヤーとしての実力はそれなりにある(さっきは無いと言ったが)。

 この世界でもうまくやっていくかもしれない。

 他の敵対プレイヤーと手を組む可能性も捨てきれないが、ヤントラの性格では徒党(ととう)を組む姿が想像できない。

 個人的には戦うことになる予感はする。

 お互い敵同士、という点で一致しているから。

 ライバルとは言いたくない。

 それからPKについて忘れてはいけないのは異形種を殺してもPKのカウントが取られないということ。

 ヤントラのPK数は実は当てにならない。

 我々の知らないところで異形種プレイヤーが始末されているかもしれない。噂はないがありえない話しではない。

 敵側に立ってナザリックの不利益になる情報を流すかもしれない。

 残存戦力を考えればレベル百のプレイヤー数十人くらいなら殲滅出来る。

 ここでヤントラを手放すことは痛手になるかもしれない。

 だが、正式メンバーではないし、人間種だ。

 他のNPCといずれは諍(いさか)いを起こす可能性も捨てきれない。

 毒を喰らわば皿まで。という言葉があるが、アインズは慎重派であるから一歩を踏み出すのにも躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 『アインズ・ウール・ゴウンに敗北は無い』と宣言してしまった手前、簡単には覆せない。

 だが、ヤントラは違う。

 こいつは敗北を全く恐れない。レベルダウンのペナルティなど一切気にしないトンデモプレイヤーだ。

 

 あれこれ考えても味方でも敵でも利益になりそうな気がしない。それがヤントラを持て余す結果となっている。

 ギルドメンバーが居た時代はまとめるのに苦労したものだ。

 いっそ殺してしまえばいいのかもしれない。

 アンデッドの実験にも使える。

 切り捨てる方法ならいくらでも思い付くが、ギルドメンバーの賛同を得られる自信が無い。しかし、今は自分がギルドメンバー全てを背負っている。

 ナザリック地下大墳墓の支配者だ。

 とはいえ、そんなことはヤントラはとっくに見抜いているんだろう。

 アインズがギルドの為なら手段を選ばない人間だという事を。

 

 『お前みたいなヤツを原理主義者というんだ』

 

 狂信的な考えを持つ者の蔑称(べっしょう)として使われる言葉であるが正しくは宗教的なことに使われるべきもの。

 ギルド、ナザリック地下大墳墓至上主義的なところがあるのは事実。

 引退していくメンバーに対して怒りも覚える。

 それがヤントラとケンカする原因でもあるのだが、言われなくても自分でも分かっている。

 分かってはいるがみんなで作ったナザリック地下大墳墓を諦めきれるわけがないだろう。

 簡単には捨てられない。だから自分が全てを背負うと決めた。

 NPC達もついてきてくれる。

 心強い味方が居る。

 だからヤントラは別に必要は無いな。いつでも始末できるように準備は整えておくか。

 人間との約束を守る必要は無いのだから。

 

 打算的な考えに陥っていくアインズだったが、話しの通じる相手をそう簡単に失うのも少しはもったいないとは思っている。

 人間種とはいえ同じプレイヤー同士。ヤントラはアインズの実力を知っている。

 勝てない事もおそらくは知っている。

 課金アイテム。世界(ワールド)アイテム。各種の神器級(ゴッズ)アイテムの存在もある。

 負ける要素は一切無い。それは事実だろう。

 強者が弱者に恐れを抱くのは支配者としては問題だろう。

 自分は強者だ。何も心配は無い。

 アインズは無理矢理、自分を納得させて現実に向き合う。

 ファーストコンタクトは一応の成功を収めた。小さな村での情報は限られているから、ヤントラのように町にでも行かないとたくさんの情報は集められないだろう。

 こいつがエ・ランテルなら自分は帝国か法国か。もしくは王国首都か。

 ヤントラは空を眺めて、アインズは物思いに耽(ふけ)っているとアルベドが少しずつアインズの近くに寄っていく。

 二人で黙ってしまったので、少しだけ心配になった。

 声をかけると思案の邪魔になるのではないかと思い、黙って待つことにしていた。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 葬儀が終わるころには日も暮れて夕闇が迫ってくる。

 幻想的な風景にアインズとヤントラはしばし無言で眺めていた。

 二人にとっては美しい風景は換えがたい宝だった。

 奇麗な空はゲームくらいでしか見たことが無い。

 そんな静かなひと時も終わりがやってくる。

 村長が二人の下にやってきたからだ。

「お待たせしました」

 疲れきった顔の村長は二人に頭を下げつつ感謝の意を表す。

「このたびは村を救っていただき、ありがとうございます。働き手を失った今の村にはお支払いできる資金はほとんどございません。申し訳ありません」

「生き残った人達がこれから頑張ればよいことです。それに報酬のほうは情報という形で頂ければ結構ですので」

「そういっていただけると助かります。私どもに出来る限りのことはさせていただきますので」

 アインズは出来る限り友好的に話しを進める。

 その間、ヤントラは口を挟まず見守っていた。

 

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