ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
外に出たイビルアイはローブの守りが無いまま日の光りを受ける形になった。
多少は気になるが耐えられないレベルではない。
ただ少しだけ身体が重く感じる。
「くそ! なんなんだ、いったい」
辺りを見回してもナーベの姿は無い。
近くに居た毛玉『森の賢王』に近づく。
「漆黒の仲間ならば教えて欲しい。ナーベは何処へ行った?」
「それがしに質問しているのでござるか?」
毛玉が喋った事にイビルアイは全く疑問を抱かなかった。
質問したら答えてくれたので気付かなかったのかもしれない。
「ああ」
イビルアイの目には獰猛な猛獣に見えた。
自分の身長より大きい生き物だったからかもしれないが。
「向こうの細い路地に行ったでござるよ」
短い前足で場所を指し示す。
「なんと素早い御仁だ。情報に感謝する」
イビルアイは『
言われた通りに入り込むとナーベの後ろ姿が見えた。
「待て!」
入り組んだ道を選んでナーベは逃亡しているようだ。
バカ正直に進むのはアダマンタイト級ではありえない。すぐに罠だと悟る。
何を狙っているのだろうか。
とにかく、ローブは返してもらいたい。
入り組んだ道は『
ティア達ほどではないがローグ系の追いかけっこは得意なほうではない。
「なんだお前は! ぐっ……」
路地の奥からナーベの声が聞こえた。
すぐに向かいたいが罠のおそれがあるので、壁伝いに慎重に進む。
一歩進んだところで周りから音が消えた。
「『
自分の声は聞こえる。
展開から考えて術中に入っているのを理解する。
罠に気をつけて進んでいくと黒いローブが壁にかけられているのが見えた。
見つかったからと言ってすぐには飛び出せない。
「警戒しながらとは、さすがだな」
「んっ!?」
聞き覚えがあるようで無いような声が聞こえた。
既に見つかっていると仮定するか、とイビルアイは思考する。
声は出してしまった。隠れても無駄だろう。
イビルアイは罠に気をつけつつ一気に進んだ。
「!?」
路地の先には黒い壁があった。
正確には黒いローブをまとう存在。
見た事も無い装飾が施されていて、両肩に巨大な赤い宝玉が付いていた。
顔には色彩の派手な仮面が付けられていた。
「……ん」
目の前の存在から物凄い力の波動が打ち付けられてきた。
イビルアイは目の前の人物を頭から足元まで観察した。
「派手な仮面……。黒いローブか……。お前がアインズ・ウール・ゴウンか……」
「ほう?」
こちらから名乗ったわけでもないのに看破するとは、とアインズは少し驚いた。
「どうしてそう思う?」
それより声でバレていないか心配だった。
「いかにもな
杖を装備するのは確かに基本的ではある。バスタードソードやフランベルジュを両手に持つ
「身体がお前は強いと言っているのさ。私より強い
「……なかなか食えないお
見た目と声では性別は分からない。
見ようによっては少年だ。それに胸も小さい。
仮面によるノイズで年齢すらも判別できない、はずだ。
蒼の薔薇という冒険者チームが全員『女性』ということを知っていての発言ならおかしなところはない。
「ん……。そうだ。先にろ、ローブを着ても良いか?」
いつも子供扱いされるので。
「構わない。さっきの者は逃げてしまったが……。盗人だったか?」
「いいや。あいつはよく分からない」
イビルアイはローブを下ろし、身にまとう。
「他のシモベ連中とは違うのだな?」
「何がだ?」
「自らの力を隠す能力だ。他の者は隠すのに不慣れなところがあったが……。アインズ、お前はちゃんと制御しているようだな」
伝わる波動は本物なので弱くは無いだろう。
「これは一本取られたな」
「色々と聞きたいところだが、こちらにも事情がある。いずれゆっくりと
無駄な議論をしないあたり、アインズには好感の持てる相手だと言える。
それに相手はただの人間ではない事も承知している。
「わざわざ周りに聞こえるように話したお陰かな。こちらから質問しても良いだろうか?」
「ああ」
「一つ確認しておこう。お前がアインズで間違いないな?」
「そうだ。私がナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンだ」
見た目には圧倒的な雰囲気があった。
装備品のどれもが凄まじいマジックアイテムなのかもしれない。
「……リーダーの面倒を見てくれているそうだな。蒼の薔薇を代表して礼を言う」
イビルアイは深く頭を下げた。
「それとは別に虫のモンスターだと思うが、きょうふこう、とかいう奴はぶち殺すからな!」
怒りをあらわにするイビルアイに対し、エントマじゃなくて良かったとアインズは安心した。
恐怖公に怒りを覚える分にはまだ我慢できそうだった。正確には恐怖公の眷属だ。
その辺りの
研究せよ、と言ったはずなのに。
恐怖公の
本物より大きな眷族も居るから代理で殺されてもらおう。
「おほん! 失礼。本題だ。時間が無いから手短に聞くぞ」
「分かった」
イビルアイから攻撃が来るのでは、と少しだけ身構えた。
「カルネ村を救った理由と支援している理由はなんだ?」
「友への恩を返しただけだ。カルネ村はたまたま襲撃を目撃しただけ。支援、という質問は……。再襲撃に備えさせるためだ」
「友? あの村の出身者か?」
「違う。困っている人が居れば助けるのが当たり前。そう言っていた友がいた。今は居なくなってしまったがな」
イビルアイは仮面の口元に手を当ててアインズの言葉の内容を思案する。
「……本当なら救う気は無く、かつての友の言葉を思い出し、人助けをして恩返しをしておこうと……」
即座に
「簡単に言えば、そうなるな」
「滅ぼす気だったらとっくにやってるか……。支援の理由は? もう少し詳細に……」
「うむ。襲撃した兵士達を撃退している中で逃げ出した兵が居たからな。本体に合流し、大部隊を率いて再び来るかもしれない、と思ったのでな。その為の処置だ」
「……なるほど。理屈としては間違っていない、か……」
イビルアイは何度か頷いた。
「村人に兵士の意図など読めるはずがないか。だが、村長くらい……。って無理か……。いやまて、部下に説明させられるように指導しておけ。あいつら何も説明しないじゃないか」
「……すまん」
それはさすがにアインズも悪いと思い、軽く謝罪した。
「それは説明できない。アインズ様のお考えは分からない。命令されただけですから」
と、イビルアイは言い、ため息をつく。
「お前たちはそれでいいのかもしれないが、村が危険に晒されているんだ。少しは責任を持てよ」
「……はい」
「一応、直接聞けたし、納得はしておこう。あと、我々の勝手な想像で報告書を書くわけにはいかないんだぞ」
アインズは叱られてしまったが反論はもちろん出来ない。
「要塞化の理由は納得した。だが、それで村が安全になったわけではない。アインズとしては村はもう見捨てるのか?」
「あ、いや……。せっかくお近づきになった村だ。出来る事はやろうと思っている」
「敵同士とはいえ、今はまだカルネ村は王国領内の預かりだ。……仮に帝国領として引き取る場合は村人の処遇は考えているのか?」
考えているわけが無い。
殆どを部下に任せてしまったのだから。
「その時は王国に引き渡してもらいたいし、帝国でも良いならそちらで面倒を見ても良いだろう。出来ればアンデッドの材料や食料にしたりはしないで頂きたいがな」
「う、うむ。村人の意思は尊重しよう」
「話しは変わるが……。ご主人、ヤントラと敵対しているようだが……」
アインズは唸った。
「支配権の争奪とか。権力闘争とかあるのか?」
「いや、そういうことはないぞ」
「私としてはご主人を殺してほしくはないのだが……」
「あの者を気に入っているようだな」
「変態的趣向の持ち主だが……。あれはいい男だ。本当に男かは怪しいが……。無くすには惜しい存在だ」
炊事洗濯もそつなくこなす。
「ご主人はアインズの部下を目立たせないように苦心しているようだが、主本人はどうなんだ? ご主人はアイテムを渡すときは慎重に説明してくれたぞ」
「……いやいや、耳に痛いな」
「本当ならアインズに関わらず自由に冒険に出たかったんだろう。お前の部下が心配で自分を犠牲にしている気がする。少なくとも私はそう思っている」
「ん……」
「自分の部下でもないのに心配する理由は分からないが……。とにかく、言質は取った。そちらはそちらの仕事をするがいい。私とて無謀な戦いは望まない」
「そうですか」
一言くらいしか言えない。
もっと支配者らしい言葉でもと思ったが何も言い返せなくなるとは思わなかった。
「愚痴や説教ばかりになったな。申し訳ない」
「いえいえ」
「いずれナザリック地下大墳墓に行ってみたいが……。一般入場できる施設は無いのか?」
「んっ? それは……、まだ出来ていないな……」
村は確かに作っているし、避難所も着々と製作されているのは報告で知っている。
「最後に聞きたい。王都に悪魔を召喚したのはお前の指示か?」
アインズの身体に直接刺さるような質問だった。
「……そうだと言ったらどうする?」
「ご主人でない事が分かれば充分だ。……ご主人は手加減してくれたようだぞ。お前の部下のために……」
「私と悪魔が繋がっている証拠はあるんですか?」
「ふん。あろうが無かろうがどうでもいい。ご主人が困るか困らないかが重要だ。我々の戦力ではどの道、ナザリックを討伐する事は出来ない。だからせめて戦わない方法を選び、共存して生き延びる道を選ぶんだ」
強い決意を表すが仮面の中の表情は互いに読めない。
「では、私は失礼する。平和に暮らすモンスターを倒すほど私は戦いに飢えてはいない。だが、向かってきたら戦うぞ」
「楽しみにしていますよ。いずれ、君たちを我がナザリックに招待しようじゃないか」
「自分の仲間が大切なら
「……胸にとどめて置きましょう」
イビルアイは一礼して路地の奥に向かった。
一人になったアインズは一気に疲れが襲ってきたような感覚になり数回の精神の安定化が起きた。
「……すっげー、真面目人間じゃん……。こと細かくて……」
自分が大雑把過ぎるのが悪いのだが。
確かに部下が何も説明できないのは不味いだろう。それは改善すべき点だと思った。
「人助けも楽じゃないな……」
蒼の薔薇は頭の回転が速いことが分かった。
下手な小細工が通じない。それはそれで強敵だが、こちらの戦力に遠く及ばない事を自覚しているようだ。
アダマイタイト級の冒険者といえどナザリックの脅威には足りえないのかもしれない。
「だが、直接会って良かったのだろう」
自分はカルネ村の安全性は到底、説明できないそうにないから。
要塞化のことくらいは伝えておけばよかったなとアインズは改めて反省する。
とんだ道草を食ってしまったがイビルアイは冒険者ギルドに戻ってきた。
外に居た毛玉『森の賢王』の姿が無かったのでモモン達は出かけたのだろうと思った。
「……そういえば、モモン様とアインズの声……、似ていたような……」
似た声があっても不思議は無いか、とイビルアイは軽く頭を振って受付に向かう。
ナーベを追っている間に都市長が来訪し、四階で待機している事を聞き、急いで向かった。
そこで最後の報告と写しを書き上げる。
「……ふむ。こんなところか」
「アダマンタイト級の冒険者『蒼の薔薇』が来て下さるとはね」
都市長『パナソレイ・グレーゼ・デイル・レッテンマイア』
ふくよかな体形で時折鼻づまりに似た喋り方をする。
「カルネ村の村長エンリと現在の様子を記したものです」
「ふむ。たしかあの村は
カルネ村の事は解決済みだと都市長は認識していた。
「
羊皮紙を
「戦争に勝つためならおそらくは……」
「討伐隊の編成……」
「はい」
「ありえない話しではないな。……しかし、これが出来たとしても……」
「無駄だとは思いますが、ないよりマシです。蒼の薔薇が調査したのですから。ついさっき『漆黒』のモモン様もカルネ村に向かってくれたようです。丁重に出迎えられれば討伐隊がもし来ても迂闊には手出しできないはずです」
「ほう。先手、というわけですな」
「それは分かりません。王国の恥部は見たくありませんので」
「分かりました。各ギルド、関係者各員に通達しておきましょう」
「ありがとうございます。私はすぐに王都に戻りますので。これで失礼します」
「うむ。ますますのご活躍を期待しておりますぞ」
都市長に礼を述べて、イビルアイはすぐさま移動を開始する。
打てる手は打つ。
それはヤントラがやってきたことと変わらない。
何かが起こってからでは遅いのだ。
王都まではイビルアイでも早くて一日がかり。元々が魔力系
途中で討伐隊が向かっていないか確認しつつ空を駆けていく。
貴族はこそこそ隠れたりはしない。堂々と見せびらかせるように大軍を
それにしてもアインズ・ウール・ゴウンという存在はいい加減な奴だと思った。
強大な力を持ちながら無責任なところがあるとは。
慎重派だと聞いていたが他人には
仲間さえ無事なら後は知らない。とでも言うのだろうか。
そんな奴が世界征服すれば周りの人間や他の種族はいい迷惑だろう。
「……それよりもモモン様とたくさんお話ししちゃった……」
ほぼ一方的だったけれど、口数の少ないところも良い男の魅力かもれ知れない。
堂々とした佇まい。
美姫ナーベの奇行は理解できないが、結構なてだれなのは分かった。
先行しているティアは馬車移動なら後二時間もあれば合流できるかもしれない。
先に出かけていたヤントラとは会えなかったが王都に戻っているかもしれないな。
本当ならモモンの後を追い、カルネ村に残りたいところだが、書類を提出しなければならない。
戦争までの日数も少なくなってきた。
そろそろ痺れを切らした貴族が現れてもおかしくないだろう。
前に集中する事、二時間半。
馬車を発見。
意外と馬車が想定より進んでいた事に驚く。
静かに
降りるところを間違うと屋根を突き破るので慎重に確認した。
「お帰り」
前を見たまま
「アインズに会った。とりあえず、エ・ランテルの仕事は終了だ」
「ほえー。どんな人だった?」
「聞いたとおりの
「普通? それは意外だね」
幌からティアの隣りに移動する。
「
「試しに使って下さい、とか言わなかっただろうね?」
「街中で言うほどバカじゃないぞ。……それよりナーベはなんなんだ! あいつはよく分からない」
イビルアイの苛立ちでティアは苦笑した。
「ローブを奪われて蹴り飛ばされたぞ。全く……。モモン様の前で恥をかいてしまったじゃないか」
「それは災難だったね。旦那さんもそうなるから会わせたくなかったのかも」
「……ううっ。でも、冒険者ギルドに居たんだから仕方ないだろう」
凄いな、
「アインズは背が高かったな。素顔は望まないが声は……、モモン様に似てて……」
「
「……む……。その線は考えたくないな……」
「何かあったの?」
イビルアイは前方を眺める。
「人を好きになってはいけないだろうか?」
「なっていいんじゃない。恋愛は自由だよ、イビルアイ」
「……ご主人はモモンの正体を知っているんだろうな。……何でも教えてくれる人なのに言えない時は……、たぶん何かに繋がっている時だ」
それを教えると他の者が困る。その『他の者』で思い浮かぶのはナザリック。
「憧れ上等だ! 何が悪い!」
「あはは。頑張って、イビルアイ。私は応援するよ」
「モモン様の勇姿……。また見たいものだ。討伐依頼で一緒になれないだろうか?」
「ヤルダバオトにまた出て来てもらえば可能性は出てくるよね」
二本のグレートソードを自在に振り回す漆黒のモモンの勇姿。それは本当にかっこよかった。
歯が立たなかった悪魔に真っ向から挑む姿はイビルアイの乙女心を鷲づかみにした。
途中で野宿し、後半の道のりは一気にエ・ペスペルを過ぎて王都にたどり着く。
イビルアイはそのまま城を目指し、ティアは自宅に戻る。
ここまで討伐隊の気配は無く、王都内は静かだった。街の人間はせわしなく動いていたが。
自宅に帰るとルリマリスが一階の掃除をしていた。
「あれ、帰ってたんだ」
「はい。向うで挨拶が出来ましたし、こちらでお世話になることにいたしました」
「二人は元気だった?」
そう言うとルリマリスは顔を暗くした。
「ありゃ?」
「あの二人は性奴隷……、というか繁殖実験に使われるかもしれません」
「うわ……。それは……」
ティアは居間に移動する。
「ヤントラ様がお口添えをされたそうですが、その後の事は分からず……。今頃どうなっているのか、心配です」
「……旦那さんはどうしているの?」
「二階で荷物整理をしていると思います」
「殺されるわけじゃないと……。いやまあ、どう言えばいいのかな。アンデッドや食料にされるよりは……」
「分かっています! 分かっています」
行った先で色々と辛い現実を見せられたのだろう事は理解できるが、かける言葉が見つからない。
「繁殖って、気持ち悪い化け物と?」
「……いえ、たぶん
「気持ち悪い
「見た目が少女のような少年の
少年と繁殖。ティアの頭の中では禁断の光景は浮かぶが悲惨な末路とは思えない。
少年愛の女性なら天国だろう。
「可愛い少年なら……」
「階層守護者ですよ! 普通の
涙を浮かべてルリマリスは言った。
同じ階層守護者と思われる
その時は少年の姿をしていた気がする。
「私もカルネ村で会ったよ、
「いいえ。弟のマーレ様です」
「……あんな感じなら……、大丈夫そうな気がするけど……」
弟だけ化け物というならどうしようもないことだが。
「考えすぎは身体に悪いよ。旦那さんが話しを通してくれるなら、信じてあげたら?」
「信じたいのですが、あの人は変態です!」
「……うん。たぶん、みんなそう思うよ」
変態だから信じられないのも、どうしようもないなとティアは苦笑する。
仲間が繁殖実験に使われる事を知り、絶望しているのは分かった。
食料にされないだけ、マシかと思っていたが。ルリマリス達にとっては地獄の日々の再燃だったようだ。
「マーレって暴力を奮うの?」
「いえ。いつもはおどおどした印象で、物静かな方です。ただ……、物凄い魔法を使われますし、
「わーお。居たんだ、
「様々な魔獣をあんな小さな
そういえば蒼の薔薇にも小さな化け物が居たような気がした。大きい方も居たなと。
「ルリマリス。君は落ち着いたほうがいいよ。怖がりすぎ。掃除はやめて寝たら?」
「そ、そうですか」
当分は戦力になりそうな予感がしない。
奴隷だから、という理由もあるのだろうけれど。
ティアは仕方ないな、と呟きつつルリマリスを自室に寝かしつけた頃にティナとクレマンティーヌが帰ってきた。
ティアはティナと軽く手を叩きあった。
「エ・レエブルの方で色々と物件を見つけてきたよ」
「エ・ランテルの仕事は無事、終了」
クレマンティーヌは二階に上がっていった。
大広間では様々なアイテムが陳列していた。
「わお。また増えたねー」
「お帰り。増えてもいっぺんには使えないけどね」
段々と広かった部屋が狭く感じる。
「保管庫の物件に移さないとね」
「いっそ、家を丸ごと大改造したい……」
「一階は私たちが占領してるもんね」
クレマンティーヌはヤントラの背中に覆いかぶさる。
「というよりは自分で管理するには膨大なアイテムが増えてきた」
「買ってきた、というより持ってきた?」
「今まで集めてきた武具の一部だ。このところ活躍の場が無くて退屈している、という感じだ」
クレマンティーヌが見たところでは派手な武器は少ないがミスリル以上は並んでいるように見えた。
剣とナイフ系が多く、弓などは見当たらない。
殴打系もあるが剣が一番多かった。
「やっぱりご主人は一人暮らしがいいんじゃない? 仲間は邪魔でしょう」
「打てる手を打ってしまうと暇になってしまうな。どの道、暇になるのだから仕方ない」
「じゃあ外で相手してよ。身体がなまってしまうから」
「分かった」
「その前に……。アンリマンユって何なのかな?」
クレマンティーヌは以前からの疑問を投げかけた。
別に答えてくれなくても問題はないのだが、一度は聞いておくべきだろうと思った。
「あらゆる悪の神様の名前だよ。対する神にスプンタマンユが居る」
「へー。神様の名前なんだ」
「……クレマンティーヌ。未知の冒険は好きかい?」
「んー? どうでもいいかも……」
冒険者ではないけれど日々を楽しく過ごせたら良いな、とは思う。
そういう理屈で言えば未知の強敵は楽しみかもしれない。
「えへへ。うん、きっと好きかも」
道具の様子を眺めた後、ヤントラとクレマンティーヌは庭で鍛錬を始める。
打ち合わせをしない攻撃に対し、武技の〈超回避〉で避けていく。
ただ、避けられるだけで攻撃は当てられない。
漆黒聖典には自分より強い化け物が居る。それらと対峙していると思えば戦いがいがあるだろう。
圧倒的な存在に絶望していては生き残れない。
無理して勝つ必要は無い。負けなければいいのだから。
それにしても、と戦いながらクレマンティーヌは疑問に思う。
ヤントラはどうして強いのだろうかと。
技術で強いとは思えない気がする。
ロ・レンテ城に行っていたイビルアイは貴族への報告より先にクライム達を探した。
城の中には兵士達の訓練所があり、クライムも利用していた。
本来ならば駆け足で進めば床を打ち付ける靴の音が聞こえるのだが、イビルアイは『
低空飛行で行きかう兵士たちにぶつからないように進んでいく。
兵士達の訓練所が広い屋外ではなく屋内に作られている理由は品位に欠ける姿を他国に見せないため、という理由からである。
体面ばかり重視する姿勢で兵士達は不自由な扱いを受けている。
宮殿内を警備する騎士達の装備も体面の都合上、豪華になっていた。
王国では貴族的な振る舞いこそが重要視されている。
奥に追いやられた訓練所に向かったイビルアイは貴族などを無視し、目的地手前まで進むと警備兵に呼び止められてしまった。
「イビルアイ殿、城内を飛び回るのはお控えください」
「んっ……。き、緊急の用事があったのだ。すまない」
品位に欠ける点ではイビルアイは貴族達に良い顔はされていない。
他の冒険者の目は無いがローブだけは脱いでおこうと思った。
城用の豪華なローブもあるにはあるが、毎回忘れてしまう。
それは
式典などでもないかぎりは着ない上等なもの。ただ、魔法的な加護がないので実践には使えない。
無礼を承知で入城を許可されているとはいえ、王の前ではやはり身奇麗な装備にするべきか、と思いつつ進んだ。
着替えなどは用意していないが、汚い子供が城の中を歩き回る様子に貴族お抱えの使用人達には顔をしかめられてしまう。
それらを無視して訓練所の前に到着する。ここには警備兵の姿は無く、中では剣戟の音が僅かに聞こえた。
軽くノック。
軽く、とはいえ重厚な扉なので強く叩かなければならないが、イビルアイは叩き慣れているので大きな音を出せる。
数分後に剣戟がやみ、扉が開かれる。
「訓練中失礼するぞ」
挨拶もそこそこにイビルアイは中に入り、扉を閉める。
中に居たのは汗まみれの少年兵『クライム』と彼の相手をしていたであろう王国戦士長『ガゼフ・ストロノーフ』と壁際で二人の戦いを眺めていた『ブレイン・アングラウス』とガゼフの部下の戦士達数名が居た。
それらをさっと眺めてイビルアイは中央に進む。
「イビルアイ殿? 何かあったのか?」
探知妨害のアイテムを起動するイビルアイ。
外からの音は一切、聞こえなくなった。
「お前たちに頼みたい事がある」
「緊急か?」
ガゼフの言葉にイビルアイは頷く。
「至急、荷物をまとめてカルネ村に向かってもらいたい」
カルネ村と聞いてガゼフは嫌な予感を感じた。
知った名前の村であり、様々な出来事があった自分に
「戦争が開始されるまでで良いだろう。あの村に常駐してくれないか? 訓練くらい出来る広さもある」
「俺は王を守らねばならんので、その申し出は受けられんぞ」
と、ガゼフは言った。
「期待はしてない。部下を貸してくれ。クライムもブレインも来てくれるのならば感謝する」
「ラナー様に報告しなければなりませんが……」
「あまり貴族の耳に入れたくないのでな。クライムは……、仕方ない。ブレインだけでも行ってくれないか?」
「だそうだが、ガゼフ」
「ブレインの都合が良いなら許可する。お前たちも行ける者は用意してほしい」
ガゼフの言葉に仲間の戦士達は声を上げた。
「理由は教えてくれるのだろうな?」
「帝国との開戦が近い。手柄欲しさにあの村が狙われるおそれがある。ガゼフ、お前はあの村に行って色々と知っているんじゃないか?」
イビルアイは報告では知っているが、ガゼフ達がカルネ村で何を見て、何を知ったのかは正確には知らない。
「……かの
「そうだ。というより、……いやいい。帝国の
「村娘を
ブレインの言葉にイビルアイは首を横に振る。
「……ゴウン殿から支援を受けているエンリを捕縛する為に貴族が動くのだろうな」
ガゼフの言葉にイビルアイは頷く。
「今のカルネ村はただの村ではない。アインズの支援によって要塞化し、
「……討伐隊か……」
ガゼフはすぐに気が付いた。
「身辺調査は既にしてある。そもそもあの村を襲撃した帝国兵とやらが根本原因だろう。再襲撃を防ぐ意味でアインズは要塞化までの支援をしてしまっただけ。それを王国が危険視して討伐隊などを編成するのは
「モンスターを使役している村娘って……」
戦士達がどよめく。
「それは召喚アイテムを使ったからだ」
戦士の疑問にイビルアイは答える。
「村人の半数近くを殺害されて働き手を失ったのだ。モンスターを使ってでも村を再建したいと思うのは悪いことではないだろう。それに人様に迷惑をかけているわけでもない」
「……私にも責任はあるだろう。出来る限り協力しよう」
再建資金は渡せたが警備の兵は出せなかった。その事は今でも後悔している。
「大丈夫なんですか? モンスターと一緒に住んでいる村なんですよね?」
「
「ア、アインドラ? 朱の雫や蒼の薔薇の!?」
「彼らはそこに引っ越していたのですか?」
ガゼフの疑問にイビルアイは頷く。
「バハルス帝国、スレイン法国と襲撃が続いた村が今度は我がリ・エスティーゼ王国が襲撃をかけるかもしれない。リーダーがこの国を見限った気持ちが痛切に理解できる。そう思うとあまりにも情けないだろう!」
「でも、イビルアイ殿……。まだ討伐隊は編成されていないのでは?」
「いや、
二言目には討伐隊を、と言われるくらい怪しい者は捕縛か討伐かの二択が提示されてしまう。それをイビルアイは分かっているから怒っているのだろうとガゼフは思った。
「まず数人が先行して迎え。物資は残りのもので分担せよ」
ガゼフもすぐに決断し、命令を下す。
「仮に討伐隊が来たら戦うのか?」
この言葉にイビルアイは首を横に振る。
「同士討ちは混乱に
そうイビルアイが言った時、ブレインは手を上げた。
「ちょっといいか?」
「なんだ?」
「駐屯地と化した村を王国が
「争いにさえならなければいい。王が
「でも、
「友好的に接すればいい。王国に逆らう気か、と言ったらおしまいだな」
イビルアイの言葉にそれぞれ納得していく。
「エンリは普通の娘だ。それは保障しよう」
「クライムは……、エ・ランテルで待機までだな。下手に動けば王女が危うくなる」
「は、はい。分かりました」
「では、ブレイン。暇なら彼らと行ってくれ」
そう言ってイビルアイは皮袋を取り出す。
「ただでとは言わない。当面の活動費として金貨三十枚。……今は少し節約したい事情があるのでな。……もちろん、みんなの分だぞ。これでエ・ランテルとを往復しながら様子をうかがってくれ」
「……あの御仁が関係していると見たが?」
ガゼフは小声で尋ねる。
「……正式な依頼だ。……名前は言わないぞ」
「……承知した」
イビルアイの言葉で確信する。そして、納得も出来た。
「他に質問がなければ私は失礼する」
「帝国の
「……今のカルネ村は王国領内だ。アインズにとやかく言う資格は無い。無視していい」
その言葉にガゼフとクライムが納得した。
「だいたい戦士職の貴様らに勝てるような相手ではないだろう。自分の身を守る事だけ考えておけ。捨て石にする気は無いが、いざとなれば……、逃げろ。死守しろ、とは言わない」
檄を飛ばすかと思われたが、最後の方は優しい響きに聞こえた。
「行動開始せよ!」
とガゼフは命令を下した。
「他の皆さんはどうしていますか?」
「休息中だ。あと、ご主人はこのところ調子が悪いのだ。……肉体的、というか精神的に疲弊している……。開戦までは大人しくさせてやりたい」
「はい。分かりました」
「化け物じみた御仁も疲弊するのか」
ブレインは首を鳴らしながら言った。
「自分の好きな冒険が出来ないからだろう。漆黒聖典でも出てきてくれれば喜ぶかもな」
「手合わせを願いたかったが……」
「家に居ると思うが……。別に止めはしないが……、クレマンティーヌが傷一つ付けられない相手だ。相当、強いぞ」
「俺もとんでもない化け物と戦って自分が弱い事は自覚している」
「……ならいい」
イビルアイは金貨の入った皮袋をブレインに渡したが、彼は皮袋を移動する兵士に投げ渡した。
「手合わせが終わったら俺も村に向かうよ」
そう言ってブレインは扉を開けた。
「では、ご武運を」
イビルアイは一堂が視界に納まる位置で軽く一礼して次の現場に向かった。
戦争を間近に控える王国の大貴族たちは現在、それぞれの治める都市で様々な事態に対する対策を練っていた。
大抵は朝方から登城するが今の時間帯は昼頃を過ぎたあたりだ。
レエブン侯が治めるエ・レエブルの邸宅にイビルアイは降り立つ。もちろん検問所は通ってきた。
世間を騒がせるような奇行を働くわけには行かないので、蒼の薔薇として正々堂々と行動する事も忘れない。だが、移動は静かに、素早く。
どんな都市にも情報収集の役目を負った者達が潜伏している。それはイビルアイ達も同じことだ。
入り
敵は外敵だけではない。身内の敵もありうる。
イビルアイは出来るだけ隠密裏にレエブン侯の元に向かうが元が
冒険者として名高い蒼の薔薇は
悪魔騒動のような大々的にモンスター討伐する時のような仕事が当たり前だろう。
あと、迷彩柄のローブを借りてくれば良かったと後悔した。
来てしまったものは仕方ない、と諦めて目的地に向かう。
隠密として窓から侵入するわけにはいかないので、普通に裏口から入る事にする。
秘密の情報をやりとりするのが当たり前なので執事やメイドが利用する出入り口がいくつか存在している。それは貴族の家ではありふれた仕様になっている。
周りの気配を確認してから規定回数のノックをする。
「はい? どちらさまでしょうか?」
裏から荷物を搬入する事もあるので応対としては間違っていない。
「……蒼の薔薇のイビルアイだ」
「……畏まりました。……どうぞ」
顔を見ずに判断が下されたが、イビルアイはよく利用しているので様々な合図方法が使用人たちに教え込まれていた。
扉が開き、すばやくもぐりこむようにイビルアイは家の中に入った。
扉が閉められてからイビルアイは一息ついた。
「レエブン侯はご在宅だな?」
「はい。執務室に……」
「……緊急会議のため飲み物などは遠慮する。それぞれ仕事を続けていてくれ」
「畏まりました」
中に居た使用人たちは一斉に一礼した。