※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

72 / 213
F-6 もぎたての果実

 夜の出来事はイビルアイにはそう簡単には割り切れなかったので胸を押さえつつ静かに食事を始めた。

 ルリマリス以外が食器類を片付ける頃、ガガーラン達が食堂に戻ってきた。

「せっかくだから見せてもらおうか、もぎ取った胸とかいうの」

「私らは興味本位」

「ルリマリスさんは居間の方で食べたらいい。それとも残る?」

「お屋敷の主人に従います……」

 消え入りそうな声でルリマリスは言った。

「そういえば、ルリマリスの書類ってどうなったの?」

「返事待ち。……というか戦争で遅れるかもしれないな」

 ティナはルリマリスの肩を揉む。

「私の部屋をあら探ししないように願いしますよ」

「はーい」

 返事をしたのはクレマンティーヌだけだった。

 ヤントラは苦笑しつつ『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』からイビルアイに見せた箱をテーブルの上に置く。

 探知妨害魔法を展開していく。

「……開けるの怖い……」

「期待を裏切らない恐ろしさだ」

 ルリマリス以外は箱に視線を向けていた。

「潰さないように」

 そう言って箱を開ける。そして、静寂が訪れる。

 卵型の物体が二つ入っていた。

 色は青白い肌色。

「……おっきい」

「明るいところで見ると迫力があるな」

「私と良い勝負じゃん」

 クレマンティーヌが早速肉の塊である巨乳を一つ手に取った。

「たぷんたぷんだ。かー、柔らかいねー。んー、どっちが大きいかな」

「……旦那さん、素直に驚いたよ」

 巨乳がどうなっているのか、しっかりと観察するクレマンティーヌ。

「綺麗ー。傷跡もないし、どうなってんの、これ」

 ティア達は箱の中にあるもう一つの巨乳をつついていた。

「刺したら破裂しそうだね」

「毒とか出るかもしれないから潰したりはするな、ということだ」

「自分のじゃないけど、いい感触だわ。結構な重さがあるもんだね」

「これの本体は胸無しって事か?」

「そんなことはない。確認はしたから」

 ティアも試しに持ってみた。

 自らの手に収まりきらない大きさでこぼれ落ちそうになる。

「適度に離した方がいいぞ。クセになる」

「……わかる。これ欲しいって思う」

「ただ、持ってると後々ヤバイかもね」

 ティアとティナはある程度、揉み込んだところで箱に戻した。

 ガガーランも一応は触って確かめた。

「すげー」

「ちゃんと乳首(ちくび)もあるし。きめ細かい肌だよね」

 ルリマリスはこんなことをするヤントラが恐ろしいと思ったし、切除された女性の胸に喜ぶ面々も怖いと思った。

「皆さん、よく平気ですね」

「私らヤバイ人達だから。別にルリマリスは慣れようとしなくて良いよ。それが普通の対応だと思うから」

「殺戮の後で死体処理もしたことがあるから、これくらいは割りと平気」

「これを趣味とする者はまだ慣れないが、触れないことは無いぞ」

 蒼の薔薇は危険な集団だとルリマリスはまた顔を青ざめる。

「毒は実際のところは無さそうだけど、気になる人は手洗いを忘れずに」

「分かった」

「そういえば、ナザリックでは綺麗に人体は解体されるのかな?」

「現場は見た事が無いので……」

 ルリマリスは俯(うつむ)いたまま答えた。

「知ったところで絶望しかないだろう。それとも知りたいですか?」

「ティア達は耐えられる自信があるよ」

 ヤントラは少しだけ逡巡(しゅんじゅん)し、二人に耳打ちの形で伝えた。

 ティア達は段々と顔色を悪くした。

「……ごめんなさい」

「旦那さんの方が幸せでした」

「敵対させたくない理由もなんとなく分かってくれたのなら、いいな」

「……うん」

「……同意」

「そんなにすげー事されんのか?」

「……それは秘密ということで。脳筋、今の私達には早い話題のようだよ」

「質問」

 クレマンティーヌが手を上げたのでヤントラは頷いた。

「こういうのは……、ご主人が眠らせてこっそりとやったの?」

「好きにしても良い、と許可を貰っているよ。中には睡眠が必要な者も居るけれど」

「こんなこと許可する人間って居るの?」

「……居るかもな」

 イビルアイは胸の持ち主を聞いていたので言ってみた。

「ええっ!?」

「日ごろのお返しだと思って、提供してもらっただけだが」

「いやいやいや! それおかしいよ、旦那さん」

「私達も対象に入っているってこと?」

「全員ではなく、種族的な問題です」

「種族?」

 ティアとティナは揃って首をかしげる。ガガーランは難しい話しには口は挟まないし、クレマンティーヌも興味を持って聞き耳を立てていた。

「一部は秘密にしないといけないから内緒にしておきます」

「種族別で採集しているということか」

「人間ばかり並んでいても面白くないですから」

「そうだとしても悪趣味だな」

 ティアとティナがイビルアイを見つめる。

「……おう。私が狙われてしまうと……」

「ちなみにイビルアイは……、どんなところを取れるの?」

 ティナはイビルアイの取れそうな部位を頭から足元まで眺めてから尋ねた。

「……目だね」

「前に首がもげたから、それを飾れば良かったのに」

「ああ、そうだったね。あれで首が勝手に再生しない事は証明されたっけ」

 イビルアイの再生力にも限界はあるだろう。

 一部の臓器は再生できるだろうが弱点となる心臓は傷口ならば塞げるが抜き出されれば滅びしてしまうかもしれない。

 色々と想定されるが一つ一つ確かめていかなければ分からない事もある。

 ただし、再生力が弱くて頭部が出来なかった、という事も考えられる。

 より強い再生力なら頭部の再構築も不可能ではない事はヤントラ自身が証明した。

「心臓はやれんぞ!」

「取りません。それに粘体(スライム)のように取りようもない種族も居ますし」

 粘体(スライム)とてダメージを受ける。実験次第では採取が可能となることも無い事はないだろう。

「それにしても身体を捧げる人はすごいね」

「痛みに強い人ばかりで楽でした。人間なら悲鳴をあげていることでしょう」

「……人間はまだなんだ……」

 すぐに対象となりえそうなのはイビルアイとルリマリス。

 不運な末路を迎えそうな二人に手を合わせる。

「手に入らないなら部位だけでも手元におきたい……、という理由なら納得するなー」

「殺人事件だけは勘弁してください」

 イビルアイは頭を下げた。

「敵以外は許可を求めるよ。いきなり通りでさらって脅迫したりもしない」

 将来的には強(・)引(・)な(・)搾(・)取(・)を(・)す(・)る(・)かもしれない、とヤントラはうっすらと思った。

「……首とか手足が並ぶ部屋は……、いやだぞ」

「生ものは腐りやすいから装飾品には向かないな」

「冷静な分怖いぞ、ご主人。……解体で殺したものは今のところ居るのか?」

「居ないよ。というか殺して解体はしない。殺す事から離れてくださいね」

 微笑みながら答えるヤントラが今日は怖いとイビルアイは感じた。

「仮に可愛いアンデッドの場合は……、睡眠効きそうにないけど、どうもぎ取るの?」

「アンデッドは痛みを感じにくいのでサクッとやっても気にならないでしょう」

 確かに痛みを感じにくい身体というのは理解しているが、イビルアイは身体のあちこちが痛くなる思いを感じていた。

「あと、殆ど出血しませんので後処理も楽です」

「……職人みたいな言い方しやがって」

「相手がアンデッドの場合は殺人に含まれますかね?」

 ティア達はイビルアイを見てから首を横に降った。

「でも、首だけ、とか。失敗したままは……」

「ちゃんと全身を戻しますよ」

「なら良し」

「やられる方の身にもなれよ、お前ら」

「優しい拷問官になれるよ、ご主人は」

 楽しそうにクレマンティーヌは言った。

「……あわわ、私もいずれ身体をバラバラにされるのですね……」

「罠避けとどっちがいい?」

 ガガーランはルリマリスに尋ねた。

「どっちも嫌です!」

「ルリマリスが拒否しても他の森妖精(エルフ)が狙われるだけだし」

「あんまり考えすぎると身体に良くないよ。私はちゃんと話したのだから」

「リーダーも採取済み?」

「その時は考えていなかったな……。吊るし切り、とか言ってしまったが……」

「正直だね、旦那さん。それとも自分の本能に従順なのかな?」

「隠さない分、みんなも必要以上に勘(かん)ぐらない方が良くない? 私みたいに人を殺すのが好きな人も居るわけだし」

「説得力あるような言い方するな!」

 イビルアイの怒声もクレマンティーヌは笑って受け流す。

 

 巨乳を箱に戻し、ティアとティナはガガーランを引っ張って居間の方に引っ込んだ。

「ご主人、私はまたカルネ村の様子を見ようと思う。ここに居ても気にしそうだ」

 残酷な事や物騒な話しから逃げたくなったので本来の目的に戻す事にした。

「気をつけて。おっと、その前にそろそろ戦争用の装備を用意しておいてください」

「そ、そうだった。分かった」

 居間の方に居たティア達も手を上げて同意を示す。

「ルリマリスさんも用意をしておくんだよ」

「は、はい」

「んー、ねー、私の胸をさくっとやってみせてよ。戦争するにも覚悟が必要だし。恐怖心を克服するにもさ」

 クレマンティーヌはもう片方の巨乳を箱に入れ蓋(ふた)をする。そして、その箱を『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』にしまう。

 それから上着を脱いで、自分の自慢の胸をさらけ出す。

「揉んだ分はどうなるかは分からないけれど……。皆も覚悟を決める良い機会だと思うけど?」

 イビルアイ達は少しの間、悩んだ。しかし、クレマンティーヌは決断を下している。

 ティアはルリマリスを少し下がらせた。

「実際に見て判断しよう」

「俺も見届けてやるよ」

 ヤントラは風呂場に行(い)って、タオルや水を入れた桶などを用意した。

 それだけでやる気だ、という事が分かった。

「私を知る良い機会だろう。どうせなら、君の綺麗な目も頂こうか。予備として複数、採取するのが基本だが……」

 と、冷静につむがれる言葉の内容が生々しい。

 複数手に入れる時点で更に恐怖心が増える。

「……いいねー。その狂気っぷりは私好みだよ。大切に飾ってくれるなら本望。使い道があれば……、それは後でいいか」

 自分の目に人差し指を当てるクレマンティーヌは口角を吊り上げる。

「再生後は大人しくした方がいい。いくら魔法でも出来立ての部位は肌になじむのに時間がかかる。では、まずは『睡眠(すいみん)』だが……強い相手には『無限のまどろみ(エンドレス・スランバー)』だ」

 と、魔法が唱えられてスクロールが燃える。そしてすぐにクレマンティーヌはその場に崩れ落ちる。

 それから彼女の胸を適度に揉み、感触を確かめる。

 何処からともなくナイフと無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)とタオル、入れ物の箱が出される。

 後は流れ作業のように魔法による敏捷性の増加の後でいとも簡単に女性の眼球と胸が収穫される。痛みで目覚めると同時に『無限のまどろみ(エンドレス・スランバー)』が再度かけられて沈黙する。

 血が出たが構わず『保存(プリザーベイション)』と『大治癒(ヒール)』が唱えられ、本体にも『大治癒(ヒール)』が使われた。

 切り離した胸は綺麗にふき取られて箱に収められる。

 クレマンティーヌの胸は肉が盛り上がり、どんどんと大きくなる。

 眼球の方は落ち窪(くぼ)んだ瞼(まぶた)が膨(ふく)らむように戻ってくる。

「………」

 言葉は誰からも出なかった。

 一度では限界まで再生しきれないおそれがあるので何回か魔法をかける。

 大きさが止まったところで再度、再生魔法をかける。少しだけ動いた後、微動だにしない。

 後は触って確かめる。

「ご苦労様」

 血などは濡らしたタオルで綺麗に洗い、そしてクレマンティーヌを目覚めさせる。

「ううっ、あれれ」

「目と胸の調子はどうかな?」

「目は少し痛いけど……、胸はしぼんだかも」

 自分の胸を掴んだ感想としては大きさに異常は無さそうだが、違和感は少しある。

 目と皮膚がピリピリと痛い感じた。

「……すげーもん見た」

「恐ろしい手並みだな、ご主人」

「……これが君の胸だ」

 クレマンティーヌは自分の胸が入った箱を開けてみた。

「わあ。色艶(いろつや)に見覚えがあるよ。あー、えー、私の胸ってこんなんなんだ。おお、一緒、一緒」

「……化け物……。あなたは化け物よ」

 ルリマリスは涙を流して言った。

 尋常ではない相手だと悟(さと)った。それはもう人間とは呼べない。

 ルリマリスの反応は至極当然だ。それはヤントラ自身がそう思っている。

 だから、彼女を責めたりはしない。

「なんだろう、もぎたての果実だね、あはは」

「魔法をこんなことに使うご主人は立派な変態だよ。もしかして首も出来るかもしれないね」

「自分の頭部再生はかなり危険だ。もちろん下準備もいるけど……」

「……もしかしてやったことがあるんだね」

「失敗すれば死ぬだろう。それより再生されたばかりの胸は少し外気に晒(さら)しておかないとヒリヒリするだろう」

「今もピリっと痛いけど……。このままか……」

「手並みは拝見したが、クレマンの方は痛くなかったのか?」

「んっ? 凄くて痛みはよく分からなかったよ」

 消費アイテムも節約したいところだが仕方ないだろう。

 ルリマリスに見えないようにクレマンティーヌの胸に赤いポーション(マイナー・ヒーリング・ポーション)を塗り込んだ。そして、やさしくもみしだく。

「病気予防の薬草とか買っておこう」

「あ、ありがとう。しっかし、胸が四つになったよ。これこのままだとどうなるの?」

「血行(けっこう)が悪くなって腐ってくるか、魔法の影響で状態を維持するか、まだどうなるかは未知数だ。変色したら駄目だろう」

「あらー。もったいないなー」

 見事な大きさと感触のクレマンティーヌの胸。

 自分の胸だが触り心地は悪くは無かった。

「ルリマリスさん」

「は、はい。すみません、つい酷い言葉を……」

「別に良いんだよ。それより、みんなと共に装備品を用意して」

「畏(かしこ)まりました」

「危険と判断したらエ・ランテルまで避難すること。みんな、死なないでくれよ」

「もちろんだ!」

 ガガーランの力強い言葉が他のメンバーの言葉をかき消してしまった。

 ある程度、楽しんだ後、クレマンティーヌは胸を箱にしまった。

「これからこの家は無人になる。君たちは独自の隠し金庫とか用意してあるのか?」

「あるにはある」

「私もあるよー。エ・ランテルまで行かないといけないけど」

「ティア達とイビルアイは貧民街に色々と物件を持っているから」

「ご主人も隠したいアイテムだらけだと思うからティア達の物件を一時的に使わせてもらえば良い」

 アイテムと言えるのかも怪しいものがきっと満載なんだろうな、とイビルアイは冷や汗を感じつつヤントラの自室の方に顔を向けた。

 大抵の気持ち悪いモンスターや悪党、損壊した人間の身体などを見てきたが、まだ恐怖する存在が居たとは驚きだった。

 いずれ見せてもらわなければならないだろう。

 時が来れば自分の目を提供するのかもしれない。そんな気がした。

「イビルアイ」

 ヤントラに声をかけられイビルアイは身体を硬直させる。

「追加の『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』を二十個ほど、用意してもらえるか?」

「……分かった。人を殺さないのは分かったが……、すまない。受け入れるのに時間がかかる」

「今の分は戦場に持ってきてもらう。理解はしなくて良いが、女性を殺して奪う真似はしない。再生後に死体みたいな残骸が残ることがあるので勘違いが生まれるかもしれない」

 イビルアイは自分の手を見つめる。

 かつては自分も様々な臓器や部位を掴んだり、引き千切ったりしたことを思い出す。

 自分の行(おこな)いに比べれば優しい方かもしれない。

「相手のことを思っての行為なら私もうるさく言わない。いずれ残りも見せてくれ」

「いいよ。保存液や入れる容器も注文しているから雑(ざつ)には扱わない」

「……それだけ聞くと研究者に聞こえるな……」

「モンスターを殺すより、色々と調べる方がいいと思って」

「イビルアイは気にしすぎじゃない? 手当たり次第に殺しまくってるわけじゃないし」

「殺してないって言ってると思うけど?」

「……数日経てば落ち着くだろう。ご主人にはいつも驚かされるよ」

 モンスターを研究すると思えばおかしなことはない。だが、衝撃的な場面が続いたために気持ちが混乱している。

「物件の方は、一時的にだが、お願いできるか? 金庫類だが。庭の方はまだ増えるし、隠蔽(いんぺい)だけで置いていく。あと結構、重いだろうから」

「種類によって分けているから大丈夫。案内するよ」

「……注文の包みは了承した」

 力なくイビルアイは言った。

「では、それぞれ無事を祈る。生きて帰ってくれ」

 蒼の薔薇のメンバーの内ルリマリス以外は頷いた。

 ルリマリスはまだ様々な恐怖と戦っているので無理に現場まで連れまわさない事をイビルアイはヤントラに約束した。

 ティア達の隠れ家に資金を入れた金庫、特に手をつけていない金貨四万枚相当などを運び込む。ついでに一番人に見せてはいけないようなアイテム類を『無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)』に入れられるだけ入れて金庫の中に仕舞い込む。

 金庫は一個だけ残すことにした。それでも奪われれば結構な損失になるが、こちらは床下に隠すことにした。

 問題の複製体もシーツなどに包み、床下に並べて隠しておく。今のところは身体に異常はなさそうだった。

 帰ってきて腐ってたら困るので種類別に『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』に入るだけ詰め込んでおいた。

 使いそうに無い武具は大広間に並べておくことにした。

 イビルアイ達はルリマリスと共に装備品の確認をし、出発する準備を始める。

 クレマンティーヌは出発ギリギリまで胸を晒した状態で荷物をまとめる。

 後々になって自分の胸がもぎ取られたことに恐怖してきたのか心臓の鼓動が早くなっていく。

「……丁度良い緊張感で都合が良い。じゃあ、行(い)ってくるよ、ご主人」

 蒼の薔薇の最初の集合場所はカルネ村。そこからエ・ランテルを交互に往復して兵士達の様子をうかがうことになっていた。

 イビルアイは先行し、残りは幌馬車で移動となる。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 戦争開始まで七日を控えた。

 討伐隊を恐れていたがイビルアイ達が村に着くまでは片鱗などは見られなかった。

 取り越し苦労だが、何が起こっても不思議ではない。

 カルネ村では仮設住宅の製作が戦士、兵士、村人総出で始められていた。

「召喚された小鬼(ゴブリン)共は警備だけか」

「特定の仕事はどうしても出来ないそうです。それは自分達でも分からないとか」

 漆黒のモモンは確かに滞在したが既に引き払っていた。一日だけだが、約束は守ってくれたようでイビルアイは安心した。

「こんな村を本当に討伐する気なのか、王国は?」

 急に客が増えたため、村の食糧事情が困窮(こんきゅう)するかと村長のエンリは顔を青ざめたが、戦士達やエ・ランテルから一部、材料が持ち込まれた。

 それとナザリックからも支援が届いたので食べ物の問題は無さそうだ。

「エ・ランテルには大勢の兵士が集まっているんでしょう? 向うの食料はどうなっているんですか?」

「困窮(こんきゅう)している。二十万人を急に養(やしな)うのは簡単なことではない」

 戦わずに政治決着すればいい、というヤントラの意見はきっとこの事を暗示していたのだろうとイビルアイは思った。

 今もエ・ランテルには大量の食料が運び込まれ、兵士たちはそれぞれ戦う訓練を受けている。しかし、大半が農民から徴兵された者達。

 国の為に命を捧げようと思うものは少なく、絶望感が漂っていた。

「……それから、エンリ」

「はい?」

「……胸揉みから胸搾取になってきたぞ。狙われない事を祈る」

「搾取っ!? 取るってことですか?」

「段々と悪化している気がする。……私の胸は無事だ。お前より小さいけどな!」

「いや、そんなこと言ってませんよ」

 イビルアイは唸ったが、すぐに頭を切り替える。

「避難計画はどうなっている?」

「あ、はい。大森林の近くに隠れ家のような施設を作っています。あと、地下通路は落盤が怖いので無理そうですが……。防衛は今の戦力では心もとないかもしれません」

 人食い大鬼(オーガ)も武装はさせているが大勢が相手となると犠牲は出るだろう。

「備えは必要だ。村人を移動できるうちに移しておけ。見せしめはないと思うが……」

「はい」

 イビルアイは開けた場所で小鬼(ゴブリン)達に戦い方を指導するブレインの姿を見つけた。

 戦う事が出来る小鬼(ゴブリン)に人食い大鬼(オーガ)達。それ以外は役に立たないのが不思議だった。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 蒼の薔薇がカルネ村で決戦前の警備をしている頃、一足先にガガーランはナザリックの第九階層で様々な料理を振舞われていた。

「……この人、人間ですか?」

「半人食い大鬼(ハーフオーガ)では?」

 豪快(ごうかい)な食べっぷりは大食漢(たいしょくかん)のメイド達も驚くほどだった。

 ガガーランを連れてきたヤントラは荷物整理に階層移動していた。

 口唇蟲。様々な装備品。依頼していた保存液に専用器具。

 その入れ替えなど。

 戦争に関係あるものだけまとめていく。

 それらが終了するのは二時間が経過する頃だった。

 再び第九階層に戻る頃にはガガーランはメイドの案内で風呂めぐりをしていた。

 食堂でヤントラとラキュースは静かな食事を楽しむ。

 ラキュースの金色の髪はまだロールにするには短すぎるが長くなっていた。

「そちらは色々と大変だったようだけど……。リ・エスティーゼはどうなるのかしらね」

「どうなるんだろうね。王都は遠いからすぐに落ちはしないだろうけれど……。それより戦争の様子は見せてもらった方が良い」

「……そうね」

 戦争自体は否定しないが多くの臣民が犠牲になると思うと胸が痛くなる。

 彼らの戦いぶりを見届けるのも元とはいえ蒼の薔薇の責務だろう。

「あなたは蒼の薔薇と生活して心境の変化とかあったのかしら?」

 女性ばかりに囲まれて毎日裸の付き合いをしているのかと思うと少し嫉妬を感じてしまう。とはいえ、どうする事も出来ない身体なのは知っている。

「エロいことから悪魔的な趣味に走り始めているよ」

 悪魔と聞いてラキュースは顔をしかめる。

「参考までに聞いておこうかしら?」

「耳とか眼球を集めている」

 食欲の無くなる言葉を聞いてしまったと思った。

「食べるためじゃないよ」

「提供元はどうなったのかしら?」

「再生させているからなんともない。通行人を襲ったりはしないよ」

 得体の知れない狂人が新しい趣味に走っただけと思えば理解できなくはないが、すぐには受け入れられない。というか、受け入れられるはずが無いだろう。

「私の欲望が触るだけではないところに行(い)ったのだろう。部屋に飾る目的は無いけれど、保管場所に困っている」

「……凄いわね、いろんな意味で」

「種族別に集めるのが大変だよ。人間ではクレマンティーヌが手に入った」

「種族別?」

 クレマンティーヌの名前が出たが無視した。

「人間種と異形種。他は遠出して探さないといけないが……。数体ほどだ」

「クレマンティーヌは失明しているの? 再生させたのか……」

「そう。蒼の薔薇のみんなに見せた」

 ラキュースはメンバーの青ざめる顔が目に浮かんだ。

 蒼は青ざめるの蒼って意味に将来はなってしまうかもしれない。そんな予感をラキュースは感じた。

 『蒼白(そうはく)』という言葉があるくらいだ。

 お風呂を楽しむガガーランもきっと言葉を失っていただろう、と。

「私も狙われているようね」

「貰えるなら。でも、当初は素材目当てでは無かったよ。死ぬためとか、絶望とか言っていたが……」

 貰えるものは妻であろうと素材と化す。

 それは恐ろしい事なのだが、ヤントラらしいとも言える。

 まともな人間ではないのだから。

「あなたの趣味は全ての人間が対象なのかしら?」

「複数体があれば充分だ。保管場所の問題もあるし」

 人間全てだとすればアインズではなくヤントラを殺すべきだろう。

「……こういう人と結婚したのよね、私……」

 あの想像を絶する狂乱を作り上げる存在なのだ。

 何があっても不思議ではないだろう。

 隠そうとしないところも恐ろしい一面ではある。

「私とクレマンティーヌ。あと何人くらい犠牲になれば他の……。ラナーというのもいいわね」

「あと一人か二人。拷問じみているけれど痛みを感じないように努力しているよ」

「努力するところが間違っていると思う……」

「うん。そうなんだろうね」

 ヤントラは苦笑する。

 自分のやっている事を自覚できる。それは素直に驚いている。

 願望に従順でウソは嫌い、というよりは苦手なのだろう。

 言い訳しないところも、きっと。

「ここのメイド達も対象かしら?」

「いくつか実験しないと分からないが……」

 ヤントラは手の開いているメイドを呼びつける。

「はい、御用はなんでしょうか?」

「君の手首を切り落としたい、と頼んだら断るかい?」

 メイドは唸り、顔を青ざめる。

「ご、ご命令ならば、喜んで……」

「顔は怖くて痛いのヤダって出ているよ」

「は、すみません」

 メイドは深く頭を下げた。

 ラキュースは言葉が出ない。

 ヤントラが普通に尋ねている事にもだが、メイドの対応にも驚く。

 命令は絶対。それでも彼女達にも防衛本能のようなものがあるようだ。

 ヤントラはメイドに座るように命じる。すると素直に椅子に座った。

 無難な命令は大丈夫なのは分かった。

「本当に命令されればあなたは手を切る覚悟はあるの?」

 ラキュースはメイドに尋ねた。

「……覚悟は……無いですけど……、至高の御方々のご命令ならば喜んで従うのが我々の務めだと、思います……」

 全身を震わせてメイドは言った。

 出来る事なら断りたい、という様子だった。

 ヤントラはメイドの手を優しく撫でる。

「さすがに無造作に切らないよ。あと、そのままにして放り出したりもしない」

「吊るし斬りとか言っていた気がするけれど?」

「運命の分かれ道だったのかも。王国民を皆殺しにする自分もきっと居たんだろう。人の命など私には無価値なほど低いのだから」

 その無価値の中にヤントラ自身も入っているのだろう、と。

 ヤントラにとって人を含めた全てが敵であり、モンスターと同じ。

 殺したいほどは憎んではいないが、討伐対象には変わりない。

「今のあなたの中にある『人間』はモンスター退治の標的に入っているのかしら?」

「入るだろうね。冒険者の規則は守るけれど……。人が居たからってすぐ殺すわけじゃないよ」

 メイドはずっと撫でられて困っていたが話しの邪魔はしないように大人しくしていた。

「普通のモンスターが居なくなれば人間、とは簡単にはいかないよ。その時は普通に暮らしたり、遠くに旅に出たりするのかな」

「一人で?」

「そうなるかもね。先の話しだから、どうなるかは分からない。壁に手足が飾る部屋で暮らすことになるかもよ」

「……ううっ。それは一緒に住むには時間がかかりそうね」

「部位については荷物が多くなってきたから、色々と整理してから考えるよ」

「……欲しい事は欲しいのね」

「狂人で鬼畜らしいだろう?」

「拷問とか殺人の手伝いには抵抗があるわよ。犯罪者ならまだしも」

 そもそも蒼の薔薇は汚い仕事をするけれど、ヤントラのような趣味の人間は居ない。

「蒼の薔薇に汚い仕事をさせようとは思っていないよ」

「あなたはそんな生き方で良いの?」

「いいんじゃないかな。未知の冒険は何が起きるか分からないから」

 ラキュースはため息をつく。

 分かりやすい極悪人なら憎めたのに、と思った。

 精神構造が異常な人間だ。まともに話しが通じるわけがないのが当たり前なのだ。

 少なくとも以前よりは優しいと思えるが、代わりに新しいおぞましさが隙間を埋めている気がする。

 この狂った存在と共に過ごし続けるべきなのか、決別するべきなのか。

 今は答えが出せない。

 人を殺す人間であれば良かったのだろうか。

 人は殺さないが、殺さないなりの苦しめ方。それこそ人前で腕を切り落として楽しむような性格破綻者のような。

 表現できない異形者とでも言うのだろうか。

 それに毒はもう食らった。

 皿まで食べると誓ったようなものだ。彼が欲しいと言えばあげるべきだろう、妻として。

 妻という生贄(いけにえ)なのだ自分は。

「不毛な会話よね。あなたを変えても世界が変わらないと……」

「時が経てば変わる事もあるだろう」

「そうかもね。……荷物に余裕があるならメイドの前に私の部位、手とか足とか持って行きなさいよ」

 メイドはラキュースの言葉に驚いた。

「見世物ではないから、部屋でひっそりとやるよ」

 ヤントラはメイドを解放する。

「やる時はやる人なのね。冗談を言わないところは素直に怖いわ」

「妻に隠れて悪さするわけにもいかないだろう。メイドさん、お風呂に行(い)っている客人に空いている部屋で休むように伝えてくれ」

「畏まりました」

「……部位は諦めるが、ラキュースの部屋に戻っておいで。タオルと水桶を持って」

 メイドは一瞬だけ身体を震わせ、一礼して空室(くうしつ)探しと頼まれた命令を遂行しに行った。

 メイドの様子を見たラキュースは静かな脅迫で気の毒に、と思った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。