ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
村人が居なくなったカルネ村。
廃村と化したような村はまだ人の生活の痕跡が残っている。
決して朽ちていない家が並ぶ、まだ充分に住む事の許された村だ。
村人の代わりに要るのはアダマンタイト級の冒険者『蒼の薔薇』のメンバー六人だけ。
イビルアイ。
ティアとティナ。
ガガーラン。
クレマンティーヌ。
ルリマリス。
明日は戦場近くに向かうのでそれぞれ装備を新調する。
戦場の舞台となるカッツェ平野はアンデッドが発生しやすい。人の住むような場所ではない。
「はー、誰も居なくなっちゃったね」
「避難が完了した村だと思えば悪いことばかりではないさ」
「皆さんの無事を祈りましょう」
その後、メンバーだけで静かな食事を済ませ、村に留守の
「モンスターに荒らされるかもしれないが、それは帰ってきた村人たちが再建すればいいか」
「旦那さんは待たなくていいの?」
「ああ。我々は戦場に先行して待機だ」
どのような形で戦争に介入するのか、結局は分からずじまいだった。
何でも教えてくれる人が話さないだけで身が一段と引き締まる。
「
物凄い魔法と一口で言っても実際に見た事がないから分からない。そして、見たらきっと恐怖するだろう、予感がある。
今まで温和で優しいヤントラのおぞましい趣味を見た事に匹敵するような嫌な予感だった。
切除した胸だけではないはずだ。
イビルアイは自然と身体が震えてしまった。
「生きている事が辛い。リーダーはそう言っていた」
「うん」
「……拷問どころではないかもしれない。……ただの殺戮者ならまだマシだったのかもしれないな」
それくらい分かりやすい人間なら憎めただろう。
「……戦争が終わったら……、蒼の薔薇を引退しようかな……」
イビルアイは本当にそう思ってしまった。
冒険者を続けていても辛い気がした。
「それもいいかもね」
「あまりにも常識はずれな事が続いたし、のんびりと暮らすのも悪くないかも」
「じゃあ、私は家から追い出されるの?」
クレマンティーヌは口を尖らせる。
「いいのか? 胸がたくさん転がる家なんだぞ」
「それはそうしたくなったからで、また別のことを始めるんじゃないかな。色々と悩んでいるのかもしれないよ」
「……私は逃げ出すと処分されるので……」
「みんな考えすぎ」
「ちゃんと正直に言ってくれたのに怖がるのも……」
「秘密のままなら良かったのか?」
ガガーランがやっと口を挟んだ。
そう言うとそれぞれ言葉を失ったようだ。
誰も答えないので言い方を間違えたのかと不安になってきた。
「……もっと恐れていただろう」
「イビルアイは胸は取られないんだから、心配しなくて良いと思うよ」
「……大きなお世話だ」
それでも眼球は取られるかも知れない。
それに睡眠が効かないのだから恐怖心は人間よりあるかもしれない。
「それに正式に仲間というわけじゃないから、私らに話す義務も無いよね?」
ティナの真実をつくような言葉にイビルアイは唸った。
「小難しい事は家に帰って話し合えば良いよ」
「あんまり考えてないかも知れねーだろ」
「脳筋のような思考が時々、羨ましくなるよ」
「でも、早く帰らないと家とか捜索されたらヤバそうだよね」
イビルアイ達が使っている家から得体の知れないものが出たら、捕縛される事は間違いないだろう、と思った。
惨殺死体は無い、と言われても何が出てくるか分からない。
大広間は武器庫と化しているし。庭に隠されているが箱がたくさん置いてある。
家に帰るのも怖くなってきた。
「私は帰るの楽しみになってきた」
嬉しそうにクレマンティーヌは言うが逆にルリマリスは顔を青ざめさせていた。
自分も材料にされるのでは、という思いが浮かんでしまうからだ。
「……リーダーが自分の噛み切った舌をたくさん見せる光景が浮かんだ……」
物凄く嬉しそうに箱に並べられた舌の数々をラキュースはきっと自慢するだろう。
これを全部、ラナーにぶつけてやるのが夢、と言っても驚かない。
「あの夫婦……から逃げたい」
「最近ボスって言ってないから困ってたよ。鬼ボスは今頃、どんな顔しているかな」
「ああ、会ってきたぞ。すっげー筋肉付いてかっこ良かったぜ。全盛期以上に強くなってるかもな」
「ほえー。ああ、じゃあ頑張らないとね。あと、生きて帰らないと」
メンバーの元気さにルリマリスはなかなかついていけない。
行っても地獄。帰っても地獄。
身動きの取れない自分の人生を
蒼の薔薇が移動を開始する時にも村を訪れる者は誰も居なかった。
静寂のみが村の中に広がる。
そして明日の決戦を控える城砦都市エ・ランテルの関所は開放されたまま戦地に徴兵した兵士を送り出し、必要な資材や食料が行きかう。
アダマンタイト級の冒険者となった美姫ナーベは現場待機となり、朝方は街の中を散策しつつ怪しいところが無いか探り、昼は冒険者ギルドで他の冒険者達の話しを収集していた。
モモンの命令でアダマンタイト級となったのだから粗末な宿は使われないと言い、しばらくは高級宿を利用していた。
劣悪な環境にモモンを寝かせるのは不快ではあったが今は幾分かは満足していた。
移動に使う魔獣『森の賢王』ことハムスケの世話も担当していたが同じ仲間として迎える事になった。
予定の時刻になり、アルベドの命令遂行の為に行動を開始する。
ナーベは冒険者になりたての頃に
仕事でなければ二度と来たく無い場所だったので少しだけ険しい顔つきになった。
「……ナーベ」
と、聞きなれた声が聞こえてきた。
ふと辺りを見回すと宿の横の
「!? モモンさ……ん?」
駆け足でナーベは漆黒のモモンの元に向かった。
背中に二本の黒いグレートソードを背負い真紅のマントを身につけていた。
首にはアダマンタイトプレートが輝く。
「それでいい、現在の状況はどうなっている?」
「現地調査を済ませ、アルベド様の命令によりここに参りました」
「他に予定が無ければ荷物確認だが……、何か宿に置いてあるものはあるか?」
「いえ」
淡々と報告するナーベ。
「……その前に確認したい事がある」
と、丁寧な口調から少しだけ乱暴な口調へとナーベは変えた。
「お前が思うとおりだ、ナーベ。共は連れているのか?」
ナーベは少しだけ黙った後、頷きで答えた。
「ハムスケがおります」
「ナーベは待機か、着いてくるか?」
「無論、モモンさんと共に」
「……もし、不測の事態があれば……、蒼の薔薇の助けを求めろ」
モモンの言葉にナーベは眉を寄せる。
「
「………」
「目的は敵アインズの討伐ではない。戦地へ向かう兵士達の手助けだ。それとスクロールを渡しておく。合図と共に手前の兵士から避難させるように命令せよ」
スクロールの束をナーベに向けるが彼女は受け取らない。
長い熟考に入っているのかもしれない。
主への反乱と取られても仕方が無いのだから。
「ナーベ。今のお前は『漆黒』のモモンの相棒のナーベだ。戦闘メイド『ナーベラル・ガンマ』ではない。ナーベである以上はモモンの言葉に従うのだ」
高圧的ではなく、優しく
「少なくともアルベドはお前の行動を理解してくれる。もし、アインズに処分される事になればお前を貰おう。蒼の薔薇の新メンバーとしてな。……私の助手という案もあるが……、今は置いておこう」
処分か自害。
裏切りと取られればナザリックの敵となってしまう。
美姫ナーベは王国の冒険者。帝国に味方しているわけではない。
モモンが帝国へ移籍すれば問題は解決するのだろうが、そのような計画は聞いていない。
そもそも
「……アインズ様が……、私を必要なしと判断されれば……、お前の好きにするがいい」
主であるアインズの為ならば命は惜しくない。
ただ、必要なしと判断され、見捨てられる事はなによりも
アインズの新しい命令は下っていない。今はアルベドの命令を遂行中なのだから。
新たな命令が下れば現時刻をもって目の前のモモンだろうと敵とみなし処分する事に
そう。そのような命令が下されればいいのだ。
それまでは従っている振りでも構わないだろう。
「モモンさんの仰せのままに」
胸に腕を当て、軽く頭を下げるナーベ。そして、スクロールの束を受け取る。
モモンは頷き、行動を開始する。
冒険者ギルドに居るハムスケの元に向かう。
「
「少しの間、よろしく頼むぞ。ハムスケ」
「はっ」
何の疑いも無くハムスケは丸い身体で頷こうとしていたが動きの判断はよく分からなかった。
モモンがハムスケに乗るがナーベは『
見た目にはナーベの方がかっこいいが、今は贅沢は言っていられない。
ハムスケの柔らかい身体ではなく備え付けられた鞍にまたがるのは少し残念にモモンは思った。
「で、殿。どちらまで行かれるのですかな?」
「決戦の舞台『カッツェ平野』だ。今から向かえば開戦には間に合うだろう」
「おお! 殿も参戦なさるのですな」
「冒険者は参戦など出来ない。我々は戦場で戦う兵士たちを見守るだけだ」
ハムスケの身体が丸いので大股開きになってしまう。
現場に着いたら歩きにくくなるかもしれないな、とモモンは少し心配になってきた。
「ああ、近くにアンデッドや他のモンスターなどが出てきたら蹴散らしていいぞ。あそこはアンデッドがよく出るそうだからな」
「むっ。このハムスケにお任せあれ」
ナーベは黙ってモモンの背中を見つめた。
装備類は漆黒のモモンと同じ。
見た目にも声までも。
この時のために用意してきたのだろうが、見事だと言わざるを得ない。
下等生物共は誰も気付いていないようだし。
最初からこうすればアインズ様も苦労しなくて済んだのでは、と思うほどだ。
だが、それではアインズ様の活躍にならないのではないだろうか、とナーベは疑問に思う。
アインズ様だからこそモモンという適当な名前を口にするのだ。
今はむしろ好都合かもしれない。
目の前のモモンは偽者なのだから。
「一つ質問がある」
ハムスケと平行してついてくるナーベが尋ねた。
「モモン、さんは戦場で何をする気なのだ? 人助けだけか?」
「そう、人道支援だ。漆黒のモモンが迂闊に殺されるわけにもいかないだろう。私が
「む……」
「あくまでもモモンは王国兵の英雄であればいいのだ。帝国側から敵視されても問題は無い」
「はい」
「……英雄モモン。王国の歴史に刻まれるといいな」
「はい。だが、……お前はどうするんだ?」
ハムスケはいつもは丁寧な言葉でモモンに話しかけるのに今日は態度が違う事に疑問を感じた。
「どうもしない。ナザリックの侵攻がしばらく止むかもしれない。そうすれば私は気にせず冒険に集中できるだろう。カルネ村もしばらくはナザリックが面倒を見るようだし」
「アダマンタイト級になって同じ英雄になる、というわけではないのか?」
「……それらは落ち着いたときに考える。私は先の事は考えたくない人間だ。崇高な目的というものはないよ。気の向くまま自由に冒険する」
そう言われてもナーベには理解できない。
最終的に『敵』となるのでは、という考えが
ナーベ達の脅威はナザリックの侵攻だ。その為に戦力を増強し、防衛力を高めている。
敵国の情報を集め、支配者たるアインズが世界に君臨することを熱望する。
その計画の最大の障害が目の前のモモンの姿をした存在だ。
「……そうだな。国とまでは言わないが……、自分の自由に出来る小さな都市クラスの拠点は欲しいな。保管庫としても。あと、アインズや君達ナザリック達に邪魔されない家を作る……。そういう野望はどうかな?」
「都市……」
そう言われても想像は出来ない。
「よく分からないと思うが、私も分からないよ。やったことがないから」
モモンは笑った。
それは素直な気持ちからだった。
「気になるならアインズに進言し、私の助手、スパイでも……。モモンの側から離れられないな……。ナーベラル・ガンマとして私の側に付き、ナーベはモモンの側に居ればいいのか……。戦闘メイドの姿を
スパイ。それならば文句は無い。
だが、ナザリックを裏切りたくないし、支配者たるアインズに見捨てられたくない。
それが命令ならば、従うだけだが。
「ナーベは私の罠に引っかかったと思えばいい」
「……これは罠……」
愚かな私は敵の罠にかかった。それならば言い訳も出来る。
だが、確実にアインズ様に叱られてしまう。
愚かで命令も
任務に失敗した駄目なメイド。
見限られてしまうかもしれない。
「割り切れとは言わない。今はモモンの命令を聞いていればいい。結果を判断しても遅くは無いだろう。戦いに行くのではないのだから。敵情視察も立派な任務だと思うがな」
新たな命令が下るまで待機していることしか出来ないのはもどかしかった。
アインズ様の命令が下ればいつだって剣を抜く。
モモンに偽装している者の命令を聞いている振りなどすぐにやめる事だっていとわない。
アルベドの命令よりもアインズの命令は上なのだから。
言葉の少なくなったナーベを気にしつつ外への検問所に到着する。
兵士たちは既に現場に向かい、今は色々な物資の搬入が繰り返されていた。
そんな彼らを横目に漆黒のメンバーは駆け抜けていった。
決戦の地『カッツェ平野』は今日は霧が晴れていた。
いつもは霧が立ち込め、様々なモンスターが徘徊している赤茶けた大地の広がる場所。
王国側と帝国側はそれぞれ
特に帝国側は何年もの間に渡って基地を作り続けていたので六万人規模の兵士も容易に収容できるほどである。
代わりに王国側は利権争いで基地作りに消極的であった。
そもそも基地を作る資金を出したがらない。
領土を奪われそうだから戦うだけで、それ以外には無駄な防衛費は出したくなかった。
それに加えて帝国側に攻め入るだけの力が無い。
それでも王国側は今回の戦争に二十四万人相当の人員を動員してきた。
数による物量戦。
対する帝国は四分の一の兵力。
貴族の誰もが勝てると信じて疑わないし、逆に攻め入ってしまおうとさえ思っている。
早朝から互いになだらかな丘を利用して両軍は展開し睨みあう形に入る。
間にあるのは血で染め上げられたような大地だけだ。
王国側は左右に七万人。中央に十万人相当の農民から徴兵した兵士たちを並べた。
帝国側は駐屯地から出陣し、王国軍を前にして陣を張ったまま動かない。
王国から戦争の行く末を見守る国王は十万人の軍勢がひしめく中央より少し後方に作った本陣に居た。
小高い丘に置かれた最も安全な陣地。
そこには王国戦士長『ガゼフ・ストロノーフ』と六大貴族の一人『エリアス・ブラント・デイル・レエブン』が居た。
「……カゼフ殿、今回の陣形はとても良くない気がします」
「……それは私もですよ、レエブン侯」
二人が見据えるのは二十四万人の王国軍兵士。そして、その配置である。
「……かの者の
「『
「かの
二人が話している側に迷彩服を着た集団が訪れた。
「……動きはありません」
「怪しい
総勢六人からなる暗殺者集団と言われても信じるだろう一団は顔も迷彩柄の布で
秘密裏に潜伏しているアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』の女性達だった。
「開戦と同時に敗走など……、そんな命令は誰も出せんよ」
前を向いたままレエブン侯は後方の者達に言った。
「……モンスターの出現は無いけど、後方の守備はお任せください」
ルリマリスはヤントラより預かったスクロールの束を握り締めていた。
「ガゼフ、即死耐性の装備はしているか?」
黒いローブではなく迷彩柄になっていたイビルアイが尋ねた。
「……一応な」
今のガゼフは王国に伝わる四つの至宝を装備していた。
疲労しなくなる『
常時、癒しを得る『
アダマンタイトで出来た、致命的な一撃を避ける魔化が施されたといわれる『
ただ鋭利さのみを追求し、魔化された鎧すらも切り裂く魔法の剣『
それから特別に用意してもらった即死耐性が付与された指輪。
「俺の知る魔法ではこの数を圧倒する光景が浮かばないんだけどな。雷系で貫くのか?」
「即死させると言っていた。だが、広域殲滅もあるかもしれない。……どの道、良い
兵士と騎士の戦いならば見慣れたものだが、今回ばかりは予測が付かない。
かの『魔導王アインズ・ウール・ゴウン』の名前が出たのだから。
「アインズ様のシモベ達は本当に化け物です。一匹だけでも危険かと……」
ルリマリスが思わず言ったが少し後で自分の口を
彼女の側に居たティナも彼女の口を塞ぐ。
「……レエブン侯、カルネ村は誰にも襲撃されなかった。貴殿のご尽力だろうか?」
警戒の為の緊張感で忘れていた事を思い出した。
「そ、そうか。村長エンリの事は皆に伝えた。ナザリックが保護しているなら手を出すのは危険だと。場合によっては避難させているから
貴族と王の前で説得するのは骨が折れたとレエブン侯は苦笑いを浮かべた。
「村人達は戦々恐々としていた。あの調子では帝国側に面倒を見てもらった方が安全かもしれない。あと、ガゼフ。諸悪の根源は貴様だろう? 情報のやり取りの為に一人か二人定期的に待機させられなかったのか?」
イビルアイの厳しい言葉にガゼフは返す言葉も無く頭を下げた。
「とにかく……。レエブン侯、王国が恥を晒さずに済んでよかったと思います。ご尽力感謝いたします」
イビルアイは片膝をついて礼を述べた。
「……感謝される資格は無いよ。減らせと言われたのに逆に増やしたのだ。きっと彼は呆れてしまうだろうな」
「ご主人は相手の手の内を知る者……。だが、我々は自分の目で見たものしか信じる事が出来ない。……ご主人は決して口だけの御仁ではありません。現実を突きつけられて私は恐怖しました。きっと、この戦争も……」
「何も起きない事を祈ろう」
「……はい。我々は後方に控えております」
静かにイビルアイ達は現場から離れていった。
「……ガゼフ殿はどう思う?」
レエブン侯は漠然とした問いを尋ねた。
「ヤントラ殿の言葉か?」
そう言うとレエブン侯は頷いた。
「犠牲が出ると分かっていて戦争するのは……、きっと愚かしいのだろう。少なくとも彼らは今頃、自分たちの農村で平和に暮らしている筈だったのだから」
「……彼は真実を言っていた。それを我々は信じなかった。ウソ偽りの無い相手の言葉を無視した結果はとても恐ろしいものだな」
彼の話しを信じ、話し合いによる政治決着ならば良かったのだろうか。
そうであれば犠牲は減るだろうが、誰とも知れない相手の言葉を信じることなど他の貴族たちであっても出来ない事だ。
だが、現実を突きつけられた。
たった一人で戦況を変える人間は確かに存在する。
「先手、先手とヤントラ殿は手を打っていた。カルネ村も蒼の薔薇そのものも多くの犠牲を払っていただろう。彼の言葉を信じたイビルアイ殿が書類をもたらしてくれなければナザリックに支援されていたカルネ村でどんな結果になっていたことか……」
「だが、俺はゴウン殿ではなくヤントラ殿の力しか見ていない。あの者が敵ならばどれほどの脅威かは分かるのだが……」
少なくとも王国は滅ぼせるかもしれない。あの巨大な天使を召喚し、悪魔共を一掃するのだから。
「性格に難あり、という点さえ除けば支配欲の無い正直者と言えるのだが……」
趣味が女体観賞。
今もそうかは分からないが、イビルアイを所有物とする人間。
元リーダーのラキュースを人間的に破壊した変態。
ろくでもないことは確かだが、人を殺して楽しむような人間ではなさそうだ。
良い人なのか、変態なのかよく分からない。
どれくらいの変態なのか、聞いたら答えてくれるだろうか。
戦況が動いた。
帝国側ではなく王国側だが。
防りの戦法で帝国側に先制させる作戦だったのだが相手方が全く動かないので痺れを切らしたらしい。
三つの陣のうち片翼の先端が突撃を開始する。
突撃したのは大貴族派閥の盟主ボウロロープ侯が率いる部隊だ。
中央ともう片方の陣は動かなかったが陣形の乱れは多くの兵士を
それを合図と捉えたのか帝国側がようやく動きを見せた。
「……む。いよいよか?」
帝国側の規則正しい陣形の移動により隊列は左右に別れていく。
突撃しようとしていた陣も相手方の動きに驚き、停止する。
左右に分かれた陣の中央から大きな黒い塊が隊列を組んで進み出てくる。
遠くからでも視認出来るとはいえ帝国兵士とは似ても似つかない姿なのが分かるほどだ。
左右に展開した兵士達とは明らかに異質。
戦場を満たす空気が一変した。
先頭を歩くのはタワーシールドとフランベルジュという波打った形状の大きな剣を持った騎士風の存在だった。
それは
それらが隊列を組んで進み出てくる。一体や二体ではない。
百体以上は進み出ただろうか。
その彼らの後方から棘付きの異形の戦士が進み出る。それぞれの持つ武器は多種多様だった。
更に彼らが乗る魔獣は骨の獣。
揺らめく黄色い靄が肉体を形作り、輝く緑色の光りの点が身体のあちこちで点滅していた。
「……あれが……、アインズ・ウール・ゴウンの軍勢……」
周りの兵士たちより少ないとはいえ、姿を見ただけで相手を
一体でも倒すのは困難といえるような異形の軍勢が数百体も規則正しく進んでくるのだ。
並みのモンスターではないだろう。
レエブン侯は何度『甘かった』と思ったり、言ったことだろうか。
戦わずに政治決着せよ。それがどれほどの重みを持っていたのか、自分の目で見て実感していく。
対するガゼフも自然と武器の柄を握る手に力が入る。
あれだけの異形を相手に勝てるか、と聞かれれば難しいだろう。
生きて帰れる保障すら
後方で控えているイビルアイ達も言葉を失っていた。
ルリマリスは今にも
特に彼女はナザリックの恐ろしさを知っているので換えの下着類は用意されていた。
「……おいおいおい。これは不味くねーか」
「い、いかんな……。それぞれ散開しておけ。ガガーラン、ルリマリスは任せた」
「ああ、行くぞ。足手まといになる」
「は、はい」
「スクロールを使うときは相手方を見るな。あと、危険と思ったら逃げろ、全力で」
それぞれが頷いていく。
「もったいないなー。あんな化け物と戦える機会なのに」
と、少し残念そうにクレマンティーヌは言った。
「数は多いから……、やられちゃうか……。ちょっと残念」
「我らはあんな化け物と戦えないほど弱いという事だ。残念ながら戦力差がありすぎる」
正しく一方的な虐殺、になるだろう。
よく使う言葉だったが、桁違いにもまだ慣れていなかったようだ。
王都に現れた悪魔達よりは強いかもしれない。
数体ならば対処できるかもしれないが犠牲は出るだろう。
ティアとティナはレエブン侯が連れてきた元オリハルコン級冒険者達の下に向かった。
おぞましいモンスターの軍団に王国兵士たちはどよめく。そして、鳥肌が立っていく。
あれらは戦って勝てるようなモンスターではない、と身体が訴えかけている者も現れ始める。
それらを押しとどめようと貴族達が怒声をあげる。
「なんですか、あれは!」
様々な怒りにも似た必死の質問をレエブン侯は受ける。
「……確証は無いが、あれらの乗るモンスターは伝説級の化け物『
と、ガゼフは少し震え気味で答えていく。
ソウルイーター。
生者の魂を
大陸中央のビーストマンの国の都市に三体現れ、十万人の被害を出して都市を滅ぼした、という。
現在、その滅びた都市は『沈黙都市』と呼ばれている。
「それが五百……」
軍勢の規模が報告されるが聞けば聞くほど絶望感が漂う。
帝国の軍勢よりも遥かに少数だが、六万の軍勢が
「大
フールーダでなければただ一人しか居ない。
「魔導王アインズ・ウール・ゴウン……。それほどの御仁だったか……」
見せられて初めて知る恐怖。
ガゼフは敵に回してはいけない相手と戦わなければならない身を少しだけ呪う。
そして、これから始まる戦いはもう戦争ではない事を悟った。
「これでも数で押しつぶせるか?」
と、レエブン侯は言った。彼の中では答えは出ているがあえて言った。
この恐怖から逃れたい一身で。
三体で十万人を滅ぼすモンスターが五百も居るのだ。勝つのは到底不可能だ。
「馬が萎縮して暴れ始めています」
別の兵士から報告が入る。
当たり前だろう。
圧倒的な恐怖の具現を前にすれば馬でなくても逃げ出したくなる。
「撤退……。撤退だ!」
「相手はまだ動いていない! 敵前逃亡とみなされるぞ」
「構うものか!」
わめきだす兵士達。
ガゼフもレエブン侯も咎める事は出来ない。
既に進めてしまった軍勢は簡単には下がらない。かえって大混乱に陥る。
帝国側はそれを見てあざ笑うだろう。そうなれば貴族たちの思う
それに隊列を並べているだけで攻撃はしてこない。それなのに撤退するのは愚か者の行為だろう。普通ならば。
だが、相手は人間ではない。
異形のモンスター軍団だ。
モンスターの参加を認めない条件を付ける、というヤントラの言葉を採用できなかったことが悔やまれる。
アインズ・ウール・ゴウンがどんなモンスターを持ってくるか知っているから教えてくれたのだ。
人間では太刀打ちできない。
「ガゼフ。仮にあれらと一体だけ戦うとしたら……、勝てるか?」
「分かりませんが……。今の装備でなら……互角……に近い戦いは出来るかもしれません」
ガゼフが五百人いないと無理なのだなとレエブン侯は少し疲れつつ思った。
「見掛け倒しで弱い事は無いのか?」
「そうだと良いのですが……」
見掛け倒しだとしても戦って後悔するかもしれない。
ひとたび暴れれば待っているのは無数の王国軍の