ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
ルリマリスと共に後方の王の陣営近くまで移動するガガーラン。
戦場では比較的、安全な場所である。
周りは精鋭に囲まれて戦況を見守っていた。
戦場にも関わらず派手な白銀のフルプレートメイルを着た少年兵クライムが王の側に控えていた。
「おう、
「ガガーランさん!?」
居るだけなら正体がバレても問題はない。
帝国側に知られなければいいのだから。
「戦況は不味そうだぜ。撤退準備はしておいた方がいい」
「相手は五百足らずのモンスターですよ」
「……分かってねーな。数じゃねーんだよ。とにかく、王の防りは任せたぜ」
「はい」
国王ランポッサ三世は前方のモンスターの軍勢を見据える。
数は確かに少ないが言い知れない不安は遠く離れていても感じ取れた。
それらの者と自国の兵を戦わせるのは確かにしのびないだろう。
「何か出てきました!」
モンスターの軍勢も左右に別れ始める。
そこから出てきたのは二人。
一人はローブを頭から被った小柄な人物。両腕には黒と白のガントレットが装備され、黒い捻じ曲がった木の杖を持っていた。
もう一人は帝国の騎士と思われる人物でモンスターに囲まれている中ではまともな姿に見える。
その二人の間から更に黒いローブを身にまとう少し大柄な人物が歩み出た。
イビルアイは素早く王の身元に駆けつける。
「中央の黒いローブ姿の者がアインズ・ウール・ゴウンです」
「ほう、あれが……。遠くて顔までは確認できないが周りのモンスターに比べれば小さく見える」
「撤退なさるならお早めに願います。手遅れになってからでは遅いので。ご決断を」
イビルアイまで弱気な発言をする事態にクライムは驚いていた。
見た目には周りに整列しているモンスターの方が恐ろしい存在に見える。
「ルリマリス。スクロールの用意を!」
恐怖で失禁していた彼女が身体を跳ねさせる。
ガガーランは無理やり彼女の下着を破り取り、布巾を渡す。
「履きなおさなくて良い。仕事だけして行くぞ」
「は、はい」
ガガーランは水筒の水をルリマリスに飲ませる。
「しっかりしねーと、耳を取るぞ」
「……は~い……」
泣きながら返事をするルリマリス。
「ここは任せたぞ、脳筋」
「はいよ」
イビルアイは『
そこで後方から何者かが近づく姿が見えた。
「あれは!?」
先頭を走るのは丸い身体の毛玉。横には重装備の馬。
それぞれに乗るのは『漆黒』のモモンと美姫ナーベだった。
「おお、あのお方達も駆けつけてくれるとは」
すぐさまモモン達の下に向かった。
「モモン様も来てくださるとは」
飛びながら尋ねたがナーベは顔をしかめていた。
馬を操っているので剣は抜けなかった。
「戦況は?」
「アインズが出てきたところで、
「『蒼の薔薇』に頼みがある」
軽く頷いてからモモンは言った。
「はっ、なんなりと」
「ナーベのことを頼みます。私とは別行動となるので」
イビルアイはナーベに顔を向けると敵意だけ見せたが何も言わなかった。
モモンの命令ならばナーベも大人しくしているだろう、とイビルアイは思い、モモンの要請を
「分かりました」
「殿は見守るのではなかったのですか?」
毛玉のハムスケが走りながら訪ねてきた。
「予定に変更は無い。それに助っ人が居るからな」
モモンの言葉にイビルアイとナーベは同時にモモンに顔を向けた。
「ど、どこにですか?」
「相手に悟られるので秘密です。ナーベ、スクロールの準備を。イビルアイは私に構っている場合ではないのではありませんか?」
「は、はい。では、失礼します」
イビルアイはモモンから離れて戦場へ向かった。
「……分かってると思うが、今の命令は蒼の薔薇に参加せよ、ではないぞ」
モモンは前を向いたまま言った。
「う、うむ。分かった」
「それと帝国兵に攻撃はするな。あくまで、人道支援が目的だ」
そう言いながら探知妨害を発動する。
イビルアイが現場に戻る頃に戦場では異変が起こっていた。
極彩色の仮面を被り無骨なガントレットを装備するアインズ・ウール・ゴウンが立っている場所から丸くて巨大な魔方陣が広がっていた。
青白い光りを放ち、様々な文字のような文様が入り乱れている。
それは幻想的とさえ思える光景だった。
「なっ!?」
途方も無い魔力を感じる。
あれはヤバイと身体が訴えてきた。
見た事の無い魔法陣。というかあんな規模の魔法陣は自分の記憶には存在しない。
左右に控えている人物を飲み込んではいるが無事のようだ。
「……あ、あれが超位魔法……なのか?」
レエブン侯は呟いた。
位階魔法という存在は知っているがアインズが展開しているものは規模が違う。
それはイビルアイも感じていた。
あれはただの位階魔法ではないと。
戦場はただ結果を待つ為に静まり返っている。
撤退を選ばなかった人間の末路。
例え選んだとしてもアインズに逃がす気はさらさら無い。
これから放つ魔法はアインズも結果を楽しみにするほどのものだからだ。
目の前には大勢の人間が居るのだから。人間というか敵の集団だ。
彼らがどれだけ死のうが
たくさん死ぬだろうな、きっと。
だが、アインズにとっては雑魚モンスターを蹴散らす程度にしか思えない。
それでもアインズは楽しみだった。これだけ集まってくれることはユグドラシル時代ではありえないのだから。
一分が経過しても自分への攻撃が来ない。
ヤントラが小細工を仕掛けてくると踏んでいたが何も起きない。
他のプレイヤーの気配も今のところは無いようだ。
転移魔法が使えたら阻止してくるかと背後も万全に守っていた。
射撃タイプではないので長距離からの物理的な攻撃は無いかもしれないが注意は怠っていない。何か投げつけてくる可能性は大いにある。
例えば棍棒とか。
ヤントラならばどう止めるだろうか、と考えたが思い浮かばなかった。
実力は無いが何をしでかすか分からない相手だ。
手の内は読まれているとはいえ、そろそろ魔法の発動時間に差し掛かる。
ヤントラだけに意識を向けても仕方がないのだが、とアインズは思い周りを見渡す。
攻撃の手がどこからも来ない。
敵対プレイヤーが潜んでいるなら絶好の機会であるというのに。
それはまるでこれから放つ魔法をみんなが待ち望んでいるようだ。
全てはアインズ・ウール・ゴウンを
もちろん、狙うのは最初に向かってこようとした王国の陣形だ。
「我を讃えよ。アインズ・ウール・ゴウンの
左右に控えさせていた人物達を下がらせる。
そして、発動されるのは位階を超える魔法。その名は超位魔法。
〈
アインズより放たれる黒い息吹が王国軍の陣形に向かって吹き抜けた。しかし、それは誰の目にも確認できないものだった。
ただし、王国軍の片翼。
七万人の命は即座に全て奪われた。
人だけではなく馬も。
静かに地面に倒れ、何者も動く気配を見せない。
王国のみならず帝国でさえも静かに何が起きたのか理解できないようだった。
「さすが、アインズ様」
と、最初に手を叩いて喜んだのはそばに居た小柄な人物だった。
それ以外に言葉を発した者は居ない。
聞こえるのは
「みなの者、どうかしたのか?」
アインズは静まり返った帝国兵達をに向かって言った。
「い、いえ。素晴らしい魔法だったので皆も驚いている様子で……」
「ふむ。
気分を害したと思い側に居た兵士が平伏する。しかし、アインズはすぐに兵士を立たせる。
「いやいや、咎めているわけではないぞ。だが、私の魔法はまだ終わったわけではない。これからが本番なのだ。黒き豊穣の母神への贈り物は仔供達という返礼を持って帰る。可愛らしい仔供達を持ってな」
絶望は終わってはいない。
これからが本番なのだ。
空に生まれた黒い球体。それに気付いたものはどれだけ居ただろうか。
帝国と王国で遠く離れた安全な場所から観ていた者は気付いただろう。
空の異変に。
事実、イビルアイは気付いた。そして、脱兎のごとく王の下に向かう。
だが、言葉が出ない。
失礼を承知で王の膝を揺する。側にいるクライム、ガガーランにも掴みかかる。
「ぁ! ぅぁ!」
身振り手振りで撤退を言おうとしているのは分かった。
「……やべー……。逃げた方がいいってよ!」
「えっ? あ、あの倒れた人は……」
イビルアイはクライムを揺する。
それどころではない、と言いたいのだろう。
声にならない嗚咽が漏れ出る。
「ルリマリス! スクロールを使え! 上は見るな。命令は覚えているな?」
ガガーランはルリマリスの頬を叩きつつ命令を下す。
彼女も異変に気付いて失禁中だった。
恐怖が支配する。絶望的な状況でまともな思考が出来るものは少ないだろう。
ガゼフはその中でも精神的に強靭だったため、動く事も喋ることも出来た。
「レエブン侯っ! しっかりしてください!」
七万人が馬ごと大地に倒れる様に驚いていたレエブン侯はガゼフの声で我に帰る。
「は、早く撤退命令を! まだ何か来るようです」
ガゼフも気付いた。空に浮かぶ黒い球体に。
それは次第に膨れ上がっていた。
絶望に支配された戦場に一つの声が響き渡る。
「全員っ! 撤退せよっ! 戦争は終わったっ!」
普通の大声ではない。王国軍の後方から響き渡ってきた。
「総員っ撤退せよぉ!」
それは帝国軍にも届いてきた。
戦場に一人の戦士が駆け込んでくる。王国軍の後方で立ち止まり、怒声を響かせる。
「撤退せよっ! 立ったまま死にたいかっ! 死にたい者は動くのをやめろ! 総員撤退せよっ!」
近くに居た兵士を蹴りつける。
それは割りと乱暴だった。
「撤退だっ!」
そう叫んでいると後方から無数の天使達が兵士の元に飛んできた。
恐怖で動けないのか、兵士たちは天使に捕まり、連れ去られていく。
数としては数十体。
だけだと思っていた。
次第に天使の数が増えて、続々と兵士たちをさらっていく。
漆黒の全身鎧。アダマンタイト級冒険者のモモンは叫びつつ後方へと下がっていく。
王の側で混乱していたイビルアイもモモンの声を聞いて、呼吸が楽になってきた。
「は、……はやく撤退を。王よ! 『黒い仔山羊』が来るぞ! 逃げられなくなる!」
「向うも天使を出してきたのか。ルリマリス、こっちもやらねーと、みんな死ぬぞ!」
モモンの登場でレエブン侯も撤退を指示していく。
だが、兵士たちはすぐには動けない。
「……そうか! だから、天使を……。みなの者、あの天使に掴まれ! 動けないものは動けるものが引きずってでも連れて行け!」
気付いたものは選ぶ。
戦場から去らなければ悲劇が待ち受けている。
アインズは王国側の動きに驚いていた。
居てはならない存在が戦場を駆け巡っている。
「……なんだ……」
百を超える天使達が兵士を持ち去っていく。
兵士を攻撃するためではなく現場から引き離すために。
「なんなんだ。……なんなんだよ!」
アインズは怒鳴り、すぐに精神が安定化される。
「アインズ様!?」
「これからが面白いのに……。ふんっ! まあいい。もう手遅れだ。さあ、果実は
贈り物が届くだけだ。
天空に浮かぶ黒い球体の膨らみが限界を向かえ、即死した王国兵士たちの上に落ちた。
水風船を落として割る。そんな感じに広がるのは水ではない。
漆黒の闇。
地面に黒一色の水が放射状に広がる。それも広範囲に。
最初は中に何かが入っていると思われた。しかし、黒い
帝国側は魔法が失敗したのだと思った。
だが、それはすぐに杞憂に終わる。
大地にぶちまけられた黒い液体から何かが生えてきた。
細い物体。
次第にそれは本数を増やしていく。
その間にもモモンは後方に下がりつつ兵士達を引き倒して走るように促していく。
どこから現れたのか、天使の軍団は兵士をさらって後方へと散り散りに連れていく。
彼らは途中で捨てられて戦場で立ち止まっている兵士たちを捕まえていく。
黒い水溜りから現れようとするものから逃げるように促していく。
誰かが角笛を吹いた。
それから撤退の指示が飛び始める。
遠くに離れていたイビルアイは現れようとするものが『黒い仔山羊』という名前のモンスターだと思うのだが、それにしては生えてきた触手のようなものが大きく感じられる。
遠くに居るのに小さく見えない。
「急げぇぇ!」
「撤退しろぉぉ!」
「逃げるんだぁぁ!」
モモンの叫びに呼応した兵士達や指揮官たちも次々と叫び始める。
王国軍は敗走を決定した。
だが、それは遅かったのかもしれない。
開戦した時点で手遅れだったのかもしれない。
それは実際に起きてみないと分からない脅威だった。
近くで見ていた兵士は現れようとする触手の大きさや太さに驚いていた。
既に数十本は出ていたが更なる恐怖が下から噴出するように現れ始めようとしていた。
十本近い触手の下から大きな物体がせり出してくる。
一本一本がモンスターではない。
巨大なモンスターの一部に過ぎない。
現れた天使達で十万人以上の兵士は移動できない。
モモン一人でも数人がやっとだ。
帝国側も現れようとする物体に恐れおののく。
見たことも無い。それどころかどれほどの大きさなのかも分からない。
王国軍七万人を
イビルアイは完全に戦意を失う。
あれは戦うべきモンスターではない。出会えば絶望しかない。
「馬に乗って逃げてください! 動く前ならまだ!」
「迷っているとみんな死ぬ。もう戦争どころではないぜ。あれは……、ヤバイ!」
王の側に居た近衛兵も撤退しはじめる。
混乱する王の陣営にガゼフが国王の下にやってきた。
「俺が最後まで残ります。王よ、一刻も早く撤退を」
「盾になるわけがないだろう! ご主人の言葉に従うならばとにかく散り散りに逃げるしかない! あれはたくさん召喚出来ないものだと……」
「ガゼフよ……。かっこよく戦場で散ろうとか言わないよな? その武装を取られるぜ、うちの旦那さんによ」
ガガーランが軽くガゼフの胸を叩く。
「それは……、困るな」
彼らが話している最中にも次々と戦地から逃げるように兵士達が移動する。
王を乗せる軍馬の用意が出来たと知らせが入る。
戦場が混乱しているのはアインズにも見えていた。
特に中央の布陣は後ろから瓦解し、散り散りになって逃げ出している。
「敵はなかなか行動が早いな」
「……そ、それは魔導王閣下のお力を恐れての事かと」
「う~ん。まだ仔山羊達は何もしていないのだぞ。つまらんではないか。……まったく……」
「あ、あの……、天使を召喚する者を見つけました」
「んんっ、どこの不届き者だ。私の楽しみを邪魔するのは……」
ローブで顔を隠した人物は『
「……な、ナーベ……!? あいつも来てたのか……」
漆黒のモモンに付き従う美姫ナーベ。一緒に居て不味い事はない。
彼女はスクロールで天使を呼び出し続けていた。
それにハムスケの姿もある。
エ・ランテルで待機を命じていた者共が何故、戦場に来ているのだろう、とアインズは驚いていた。
咄嗟に連絡を取ろうとしたが、途中で手を止めた。
「アインズ様?」
「……裏切った? ありえん! ありえんが……、ナーベを利用して何を……」
アインズが苛立っているように帝国騎士には感じ取れた。それと同時に戦場に現れる巨大な何かにも驚いていた。
「ぼ、僕が始末、してきましょうか?」
「いや、捨て置け。今は楽しみが先だ」
「はい」
既に止められない。
あれらが出れば本番なのだから。
王国兵士達が後方から撤退をはじめ、天使達の介入により陣形も崩れ始めている。
一部は馬で敗走も始めていた。
既に漆黒の戦士も引き上げており、戦場は現れようとするモンスターから逃げる様相へと変わっていった。
一部の指揮官は戦え、と命じてはいるが、それらの指揮官は天使に地面に叩き落された後で連れ去られていく。
明らかに余計な指示をさせないようにしていた。
小型の天使に上位天使が入り乱れる。他にも権天使が数体ほど飛び交っている。
兵士達を捕まえる天使達とは別に『
「これはスレイン法国の手の者か!?」
そんなわけがない。
スレイン法国は戦争に
いつも名前と関連づけられていたのでアインズは僅かに唸った。
十本以上の
その丸い身体に切れ目が走り、開いていく。それは口であり一つではなかった。
丸い身体のあちこちにある口が開く。
「メエエエェェェ!」
無数にある口から発せられた戦場に響き渡る可愛らしい
現れた黒くて丸い物体には無数の口はあるが目は無い。
無数の口からダラダラと
一声鳴いただけで戦場は一層の恐怖に包まれる。それは王国のみならず帝国兵士でさえ身震いするほどだ。
声だけならば可愛いと思えただろう。姿を見た後ではそうも言っていられなくなる。
「撤退せよぉぉ!」
その
その声の主は聞くまでもなくモモンのものだった。
「あ、アインズ様のお声にそっくりですね」
「……ん」
そう、アインズ自身もそれは驚いていた。
自分に似た声だなとは思っていた。
自分の知る人物の声ではない。
「あ、アインズ様のほうが素敵なお声ですよ」
「う、うむ。素直に嬉しく思うぞ」
それは今は重要ではない。
アインズは戦場をかき回す存在が気になって仕方が無い。
向こうの声はかなり離れているはずなのに届いてくる。
魔法によるものだろうが、自分の声に似ているというのは少し気持ち悪いし、不快だった。
悪口は言っていないからまだ我慢できる。
おぞましいモンスターはいよいよ地上に上がり始める。
口を開いた事でいびつな肉塊にも見える存在を支えるのは太くて短い五本の山羊の足。
「メエエエェェェ!」
鳴き声は可愛らしい
『黒い仔山羊』
超位魔法『
特別な能力は持たないが耐久力は群を抜いている。
そのレベルは90を超える。
存在自体が悪夢の象徴。
触手は尋常ではない速さで振り回されている。
このモンスターは十メートルを超える巨体だ。見上げる事になった王国と帝国の兵士たちは戦意を消失し、ただ死を持つ
帝国側も生きた心地がしない。
自分たちに襲ってこないとは限らないのだから。
厳しい訓練を受けて王国兵士などに負けはしない、という強い心を持っていたのだろう。そんな兵士も数名が立ったまま失禁していた。
そんなおぞましくも巨大なモンスターが五体も出現したのだから。
軽口など誰も挟めない。
恐怖と悪夢に支配された中でアインズは大いに喜ぶ。
「あははは! 素晴らしい! どうだ、マーレよ。最高記録だ!」
「おめでとうございます、アインズ様」
「古今東西見回しても五体も召喚したのは私だけだぞ! やはりあれだけ死んでくれたのに感謝しなければな!」
笑う魔導王に対し、どうして笑えるのだろうかと不安になる帝国騎士。
「しかし……。死者の数に対して五体だけとは……。これが限界数ということか……。少し残念だ」
ユグドラシルでは一体召喚するだけでも大変で二体召喚は珍しい部類に入る。
当然、五体など到底不可能な領域だった。
それがこの世界で達成できたのだからアインズはとても嬉しかった。
圧倒的な魔法はいつだって感動を与えてくれる。
「お、おめでとうございます」
帝国騎士はなんとか言った。
言葉を発する事すら今は重労働に近い。
「ありがとう。だが、ただ呼び出して終わりではないぞ」
そう言っている間にも獲物は逃げたり、連れ出されたりしている。
本来は帝国兵士達が戦うべき敵の王国兵が今は
だが、それは本当にそう思うのだろうか、という疑問もある。
魔導王が敵対すれば次は自分たちに災厄が降りかかるのだ。
王国が逃げ惑う姿は未来の帝国の姿かもしれない。
だから、誰も笑えなかった。
超位魔法を行使し、アインズ・ウール・ゴウンの力を諸国に宣伝する目的は達した。
とはいえ、せっかく召喚したものを消すのは勿体無い。
「では、追撃の一手と行こうか。可愛らしい仔山羊たち」
五体を同時に使役できる機会なのだ。
楽しまなくては
まだ少し陣形の形が残っている内に。
召喚者であるアインズの命令を受けて五体の黒い仔山羊達は動き始めた。
軽やかに、とはいかないが短い足を一生懸命に動かし始める。
地面が巨体の重みで踏み砕かれる。その轟音が辺りに
並みの重さであるはずが無い。
「おっと……、殺してはいけない者達が居たな……。気をつけて行くが良い」
五体の仔山羊はゆっくりと、そして、少しずつ速度を上げて王国軍に向かっていく。
「メエエエェェェ!」
それはもう可愛い鳴き声ではない。
おぞましいモンスターが獲物を狙う合図だ。
「ぎゃあぁぁ!」
「にげろぉぉぉ!」
一体だけなら希望があったかもしれない。
悪夢が五体。それぞれ違った場所に向かって走ってくる。それも地面を踏み砕きながら。
足の動きが早い。その上、触手を振り回す動きも目で追えないほどだ。
真っ先に触手に触れた者は一瞬で肉塊となり飛び散っていった。
更に追いつかれて踏み潰されていく。
あの足で怒涛のごとく踏まれては形を保っていられるとは到底、思えない。
人間が一秒もかからずに肉塊となる。
防具も武器も構わずに。
勇気を持って槍を突こうにも刺さらない。
「メエエエェェェ!」
遠くからでも大きいモンスターも目の前に迫ってくると視界に納まらない。
漆黒の闇そのものが兵士達に迫っていく。
確実に逃げ惑う兵士達を蹂躙していく。
中央の軍の数百人が肉塊になるまで一分ほどかもしれない。数匹は更に向うの七万人の陣形に迫っていた。
「メエエエェェェ!」
その鳴き声は兵士の悲鳴よりも大きく、殆どがかき消されていた。
地面とともに物凄い勢いと速さで踏み潰されていく。
グチャ、グチャ、グチャ。という一定の感覚というよりはもっと激しいものだろう。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
大地が崩れる音と肉の潰れる音の区別が付かないほどに。
王の陣営で見守っていたイビルアイは蹂躙される戦場を目の当たりにし、絶望を感じていた。
あれが『黒い仔山羊』で間違いない。
伝え聞いた特徴そのままの姿だ。想像していたよりも巨大で早くて、おぞましかった。
リーダーが狂乱したのはまさに目の前の光景が想像できたからだろう。
戦えるわけが無い。
あんなモンスターが存在して良いはずがない。
「しっかりしろよ、イビルアイ。逃げるぞ」
ローブを背中から掴んできたのはガガーランだった。
「旦那さんを信じて来たんだろ? 生き延びようぜ」
「うわあああぁぁぁ!」
イビルアイは絶叫した。
「みんなも少しでも逃げた方がいい」
離れていたティアとティナも数名の兵士を引きずり移動していた。
クレマンティーヌは始めて見る化け物に戦うのは無理そうだと頭を掻きながら思い、兵士の救出をしながら撤退を選ぶ事にした。
想像を絶する化け物に対し、自分たちの手持ちの武器はあまりにも貧弱。武技でどうにかなるとは思えない。
仮に戦えたとしても五体も居るのだ。
「一撃で死にそうに無いな、あれは……」
とにかく、ギリギリまで黙って立っている兵士を逃がす事に集中する。
天使を召喚していたナーベはアインズの力に手を合わせて喜んでいた。
「……さすがはアインズ様……。なんと素晴らしい魔法でしょうか」
ガガーランに引っ張られていたルリマリスは
事前に特訓は受けていたが、初めて目にする想像絶する化け物を見て腰が抜けて動けなくなっていた。
仕方がないので後ろを向いて召喚していたが仔山羊達の鳴き声が失禁を誘発させる。
早く逃げ出したい。けれども足が動かない。
「おい、脱糞女。そろそろ逃げるぞ。そのまま召喚は続けろ」
「えうう……」
ガガーランはルリマリスを肩に担ぎ上げて走り出す。
戦士職で重装備のガガーランの足は速くない。
「ガガーラン、馬に乗っていけ」
そう言われても重装備に加え、ルリマリスを
それに加えて馬を貸せる状況ではない。
そんなやり取りをしている合間に物凄い勢いでかけてくる者が居た。
黒い全身鎧と赤いマントを
「何をクズクズしている! さっさと逃げろ!」
王を含む、全てが驚く。
モモンの声量の大きさに。
「仲間が……。逃げるための馬が……居ません」
イビルアイの言葉にモモンは周りを見渡す。
「状況はもう分かっているな。とにかく、のんびりと見物する奴は死ね! とにかく走れ!」
「は、はい!」
モモンはすぐさま移動を始める。兵士達に撤退を命じながら。
イビルアイは仮面を取り、涙を拭い、被りなおす。
「撤退だ! あれが王都まで追うとは思えないが逃げましょう。責任者として残って死にたいなら止めません」
そうしている間にも黒くて巨大なモンスターは走りながら兵士たちを蹂躙していく。
それも物凄い速さで。
馬より早い。それを現実に見る事になろうとはレエブン侯も夢であってほしいと何度も思った。
とにかく走る。ただ兵士たちの下に。
本当に触手を振り回しながら走るだけのモンスター。
巨体に兵士たちの武器は刺さらない。そのまま踏み潰されていくだけだ。それも簡単に。
盾となって止められる者などどこにも居ないだろう。
単純な行動しかしていない。火を吐くでもない。空を飛ぶでもない。
ただただ地面を踏み砕きながら突進するだけのモンスターだ。
「あんなモンスターに勝てるのか……」
レエブン侯は馬で逃げつつ無理だと思った。
だが、ヤントラは倒そうとしていた。あんな巨大なモンスターを。
複数人で止める。そんなことは不可能だろう。
どうやって止めるんだ。殴打武器で戦う、と言っていたが。
レエブン侯は黒い仔山羊に対抗できる方法は無いと感じていた。
「一人では無理……、どころか王国軍全てでも無理だろう!」
吐き捨てるように叫ぶレエブン侯。彼の後方にはこの戦争の為に連れてきた元オリハルコン級冒険者の仲間が
後方には馬の速度を超える巨体が触手を振り回して追ってきている。
盾となって
障害物など存在しない勢いで迫っているのだ。
無駄に散る命としか思えない。
そんな彼らに天使達が迫り、次々と上空に連れ去っていく。
「おおっ!」
天使の飛行速度は速く、すぐさま方向も変えつつ飛んでいく。
自分たちの馬は既に踏み潰れてしまったのか、見えない。代わりに天使の飛行速度に追いつこうとする巨大な黒い肉塊が迫っていた。
早すぎる。
とてもじゃないが天使であっても逃げる事は難しいようだ。
そこへ他の天使達が黒い仔山羊の前を通り過ぎていく。
数体は触手の
防御力のある天使も盾にはなりえないようだ。