※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

77 / 213
F-11 ナーベの忠誠心

 モモンは黒い仔山羊達に見とれていたナーベと合流する。

 手持ちのスクロールを使わせて逃げ出す。

「ハムスケ!」

 勢いのまま大声で言ってしまい、すぐに咳き込むモモン。

「殿~! ご無事でござったか!」

 少し離れた位置まで下がっていたハムスケがモモンの側に駆けつける。その間もナーベはスクロールを使い続けた。

「もういいだろう。お前達は兵士と共にエ・ランテルまで撤退しろ。私とはここでお別れだ。誰かに聞かれても別行動になったと言えばいい」

「分かった」

「ハムスケは遅れている兵士を担いで撤退しろ。余裕があれば蒼の薔薇の近くに行っててくれ」

 それぞれが頷いた後、ナーベは手持ちのスクロールを使い切った。

 モモンと別行動に入ったナーベは戦場の様子を見て口角が上がるのを必死で耐えていた。

 素晴らしい景色だった。

 下等生物が偉大なるアインズ様の魔法によって蹂躙されていく様(さま)を見て。

 今は王国の冒険者ナーベだが、今すぐにでも戦闘メイド『ナーベラル・ガンマ』として側に行きたいと思った。

 ナーベから離れたモモンは戦場の様子に少しだけため息をつく。

 これが生まれながらの異能(タレント)が見せた光景。

 多少の差異はあるが、やはり五体もの召喚は圧巻だった。

 一人で五体全てを倒しきるのは無理だろう。

 一体でも手ごわい黒い仔山羊に一時間は時間を取られるかもしれないからな、と冷静に分析する。

 王国軍は七万人の戦死者に加え数万人分の肉の塊が出来つつあった。

 逃げ出すのが遅ければもう数万人の死者が増えていただろう。

 忠告を無視した報いだし、呆れはするが同情は出来ない。

 彼らは死ぬ事を選んだのだ。

 腕を組んで戦場を見ていたモモンに近づくものがいた。

 王国の四つの至宝を装備した王国最強の戦士長ガゼフ・ストロノーフと最近部下になったブレイン・アングラウス。そして、少年兵クライムの三人だ。

「よくぞ駆けつけてくれた」

「私はただ避難誘導しただけですよ」

 ガゼフの言葉にモモンは前を見据えたまま答えた。

「それでモモン殿。あれらと戦うのか?」

「戦いませんよ。冒険者の規則を破りに来たわけではありません」

 後方でブレインは二人の会話を聞いていた。クライムもガゼフ達の様子が心配で駆けつけただけだが、一刻も早く撤退したかった。

「もし戦うのであれば勝てるか?」

「……一体だけなら……、足止めくらいは……。だが、勝利は絶望的ですね」

 現場の状況を見ても平然としているモモン。

 王国の軍勢を五体で蹂躙しているが無秩序(むちつじょ)に動き回っているわけではなく、確実に人間を狙っていた。

 知能が高いと聞いていたが実際に目の当たりにすると恐怖心が増大する。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 散開しすぎた為に五体の仔山羊達の動きが鈍ってきた。

 襲う対象が広範囲に広がっている。

 それでも命令だから近くに居る者を襲っているが標的がどんどん少なくなっている。

「魔導王閣下。この辺で終わりにした方が……」

「……ふむ。思ったよりも成果が上がらなかったな。それよりも目的の人物を見つけたようだ」

 アインズの命令により戦場を駆け回っていた黒い仔山羊達は止まった。

 ただ、一体だけ帝国側にドスドスと地面を砕きながら走ってくる。

 自分たちに向かってやってくる十メートルを超える黒くていびつな姿のおぞましいモンスターが。

 一部の兵士たちは悲鳴を上げて逃げ出していく。

 アインズは彼らの悲鳴は特に気にもならない程度だったので無視した。

 召喚者の手前の位置までやってきた黒い仔山羊は短い足を折り曲げてかしずこうとしていた。

「よい働きであったぞ」

「メエエエェェェ!」

 一声鳴けば帝国側の兵士達が震え上がる。しかし、アインズの異形の兵たちは体制を崩さず待機していた。

 アインズは被っていた仮面を外した。

 

 素顔を晒したアインズに側に居た帝国騎士は息を飲む。

 こんな化け物を使役する魔法詠唱者(マジック・キャスター)が人間であるはずが無い、と思っていた帝国騎士にあまり驚きは無かった。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウン。彼は人間ではなかった。

 晒された素顔は骸骨。

「んっ? 私の顔が人間の者ではないことに、それほど驚きが無いようなだな」

「……い、いえ。そんなことは……」

 人間ではない顔には充分、驚いてはいる。

 それは恐怖というよりは安心感かもしれない。

 人(・)間(・)で(・)な(・)く(・)て(・)良(・)か(・)っ(・)た(・)、と。

「君達は皇帝から預かった兵士達だ。無下(むげ)には扱わんさ。安心してくれたまえ」

 素顔を晒してもアインズの言動にいささかの変化は無かった。

「さて、我を喝采(かっさい)せよ! 帝国を勝利に導いた魔導王アインズ・ウール・ゴウンを!」

 アインズは大仰(おおぎょう)に両手を広げて言った。

「魔導王アインズ・ウール・ゴウン様! 万歳!」

 最初に叫んだのはローブをまとった小柄な人物だ。

 声は少年のものに聞こえる。

「……一人だけか……」

「ま、魔導王、あ、アインズ・ウール・ゴウン様っ! 万歳っ!」

 続けて帝国騎士が叫んだ。

 その後で数人ずつ同じように叫び始める。

 アインズを喝采するために。

 だが、目の前に居座る仔山羊に恐れて逃げ出す者も居た。

 声を出せば殺されるのではと。

「本来であれば私が魔法を一つ叩き込み、その後で君たちが突撃する手はずだったのに。すまなかったな」

「い、いえ。我々は魔導王閣下のご活躍に驚かされて、突撃を忘れておりました」

「そうかそうか。だが、突撃していたら君たち兵士を踏み潰していたかもしれない。ここで大人しくしていてくれて良かったよ。ジルクニフに叱られなくて済んだ」

 骸骨は何度か頷いた。

 騎士は生きた心地がしない。

 王国の軍勢の無残な死体が広がる中を帝国の兵士達が走破(そうは)できるとは思えなかった。

 まして仔山羊と共に戦うなどまともな兵士でも騎士でも無理だろう。

 触手の一撃はミスリルの鎧でも簡単に粉々にしてしまう気がする。

「せっかくだから君たちの分も私が働くとしよう。残りをこの仔山羊達で掃除してこよう。君達はゆっくり休みたまえ」

「つ、追撃ですか?」

「まだ足りないというか。悪魔のようなお方だ」

「……魔王だ」

 悪魔や魔王と聞いてアインズは軽く唸る。

「勘違いするな。私はアンデッドだ。だがまあ、怖がるのも分からないでもないが。……さて、マーレ。警戒(けいかい)は怠(おこた)るなよ」

「はい。アインズ様。行ってらっしゃいませ」

 ローブを頭から被ったマーレは元気よく返事をした。

 帝国の中で一番明るい雰囲気を持っているのはアインズの他にはマーレだけだろう。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 黒い仔山羊の侵攻は止まっているが王国の敗走は続いていた。

 その最中、帝国側に向かっていた一匹の仔山羊だけが真っ直ぐに王国の軍勢に向かって走ってきた。

 地面に散らばる無数の肉片などを蹴散らしながら。

 その仔山羊の触手部分に何者かが乗っていた。

「あ、あれは……」

 ガゼフは近づいてくる仔山羊の上に乗る人物を見据えた。

 黒いローブをまとっているがアインズ・ウール・ゴウンその人だろう。

 ただ問題なのは仮面をつけていない事だ。

 今のアインズの顔はどう見ても皮膚も筋肉も無い骸骨だった。

 地面を砕きながら近づく仔山羊。しかし、ガゼフには確信があった。

 彼は自分に会いに来たのだと。

 数分も立たずに仔山羊はガゼフの元に到着し、歩みを止めた。

 それから触手を椅子代わりにして主を地面に下ろす。

 主を下ろした仔山羊は少し後方に下がった。

「久しぶり、と言った方がいいのかな?」

 アインズからそう言った。

「それが貴殿(きでん)、ゴウン殿の素顔か?」

「いい男だろう? 再会を喜ぶ為に来たのではないが……。お互い敵同士になったのは運命だ」

「ああ」

「どうだね、私の魔法は? 素晴らしいだろう」

 両手を広げでアインズは言った。

「正直、ここまでとは思わなかった。そんな貴殿がカルネ村を救った人間と同一人物だとは思いたくは無かったがな」

「私は最初からアンデッドだ。ガゼフ・ストロノーフ。私は何も変わっていない」

 後方に控えていたブレインとクライムも言葉無く見守っていた。

「それで……、ストロノーフ殿。ここで黙って踏み潰されるために立っていたわけではあるまい」

「戦争とは関係なく……。貴殿との一騎打ちを所望(しょもう)したくなってな」

「ははは!」

 アインズは骸骨の顔で笑った。

 聞けば聞くほど近くに居るモモンの声に似ていた。

 そのモモンはグレートソードを抜き放ち、アインズとガゼフの間に剣を割り込ませた。

「……私の楽しみを邪魔してくれたのは貴様だな」

 アインズは敵意のこもった声でモモンを見据えた。

 ガゼフ達は全身に打ち付ける言い知れない力を感じた。

「邪魔とは……。それはどちらの言葉かな。虐殺王っ!」

 アインズに負けない怒声でモモンは叫ぶ。

 同じ声で叫んでいるようにしか聞こえないほどだ。

「王国軍を十万人以上も一方的な蹂躙で踏みにじってさぞ満足だろうな! 殺戮王! ……じゃなかった、虐殺……、もうどうでもいい! このぉ、骸骨野郎っ!」

 気持ち良いくらいの罵声を一方的にモモンは浴びせた。

 対するアインズは数回ほどどす黒いオーラを発生させた事をガゼフ達は見た。

 完全に怒らせただろう。

 ただの怒声ではない。

 王国のみならず帝国にも響き渡るほどだ。

 近くに居るガゼフ達は耳鳴りを防ぐために手で耳を塞ぐが音は消せない。

「私が冒険者でなければ華麗に貴様を倒してやるところだが! 規則は敗れない! だが、文句だけは言わせて貰う! これは戦争ではない! ただの虐殺行為だ!」

 アインズはアンデッドなので大声では動じないが、聞いているだけで腹が立つ。

「も、モモン殿。もう少し小さな声にしてくれ。耳がおかしくなりそうだ」

「黙れ、命を粗末にする者は口を挟むな」

 小さくなったとはいえ、ガゼフの身体に突き刺さるモモンの言葉に王国最強の戦士長は言い返せなかった。

 剣を背中に戻すモモン。

「そのバカデカイモンスターを一匹置いていけ。そういうモンスターを倒したくてたまらない奴がいる。ずっと後ろに居るから。送ってやれ」

 無骨な手甲の親指を自らの後方に指し示すモモン。

「?」

「戦争は終わりだ。ここからはただのモンスター退治。文句は無いな? 無いなら私は失礼させてもらう」

 モモンは後ろを振り返り、帰ろうとした。

「お前は何なんだ? 何しに戦場へ来た?」

 似た声のアインズがモモンに尋ねた。

「人道支援。それ以外に何に見える?」

 それだけ言ってモモンは全身鎧のまま駆け出した。

 だが、そう簡単にはアインズの怒りは治まらない。すぐさま魔法を発動させる。

 アインズは自らのこめかみに人差し指を当てる。

「………」

 アインズとモモンのやり取りに驚いていたガゼフ達三人はただ呆然と見ていることしか出来なかった。

 モモンの後を追うように仔山羊がゆっくりと動き始める。それは決して走らず、ゆっくりと歩んでいるような感じだった。

 ただ、その進行方向に一人の人影があった。

 仔山羊はその人影を避けて歩みを止めなかった。

 ガゼフ達の下に来たのはモモンの相棒の美姫ナーベだった。

「……ん……」

 い(・)つ(・)の(・)間(・)に(・)か(・)戦(・)士(・)風(・)の(・)姿(・)に(・)武(・)装(・)し(・)た(・)アインズが手招きするとナーベは彼の前までやってきた。

「ナーベ殿。どうしてここに?」

 ガゼフの言葉は無視してアインズを見据える。

「武器は持ってきているのか?」

 穏やかな口調でアインズは言った。

「ぶ、武器ですか? 剣を……」

「ほう。見せてくれますか?」

 アインズは骸骨なので表情は読み取れないが穏やかな言葉使いだとガゼフの印象しては感じた。

 ナーベは腰に下げた剣を恭しくアインズに捧げる。

 その様子がとてもおかしい。嫌な予感がする。

 剣を取ったアインズは物珍しそうに眺めた。

「もう少し良い剣にした方がいいな」

「申し訳ありません」

 肩膝をついて剣を受け取ろうとしたナーベの両手はビュン、という音の後に腕から離れて静かに地面に落ちていった。

「は……?」

 ナーベは口をあけて呆けたようなかっこうになった。

 ガゼフ達も驚いてしまった。

 アインズは地面に落ちたナーベの手首を軽く眺めた後、彼女のズボンのポケットに仕舞う。

 ナーベの腕から血が少し噴き出し、ズボンのポケットが血でにじんでくる。

「……質の悪い剣だから切り口が綺麗にならなかったな……。それと命令だ」

 そう軽く言った後でナーベの胸の中央に剣を突き刺し、しっかりと貫通させた。

 その後で少し抜きやすくするために傷口を大きくするように何度か抜き差しした。

 傷口から血やどす黒い肉片などがこぼれ落ちる。

「抜けやすくても困るな……。こんなものだろう」

「!?」

 口をあけたままナーベは驚愕する。

「そのままエ・ランテルの冒険者ギルドまで行き、受付にたどり着いたら剣を抜いていいぞ。……出来るな? 美姫ナーベよ」

 ワナワナと震える手首を失った腕。そして、自分の胸を刺し貫く剣。

「わ、わた、ごぶっ」

 喉の奥から血が逆流するように噴き出す。それから胸と背中から血が湧き出る。

「話しの腰を折ってしまったな、ストロノーフ殿」

 と、元のローブ姿に戻ったアインズが何でもない事のように言った。

「それよりナーベ殿を!」

「彼女は敵国の人間だ。何か問題でもあるのかな?」

 問題はない、かもしれない。

「さっさと行かないと死ぬぞ。途中で剣は抜くなよ」

 と、その後で『静寂(サイレンス)』を唱えて『伝言(メッセージ)』を発動する。

 命令を遂行できれば忠誠心を認めて裏切りの嫌疑は不問にする。

 冒険者モモンの相棒としての責務を見事に果たして見せろ。

 信じているぞ、ナーベラル・ガンマ。

 言い終わった後で『静寂(サイレンス)』を解除する。

 声に出さなければならない魔法は意外と面倒くさいな、とアインズはため息に似た吐息を吐いた。

「……立派に……果たして……、み……す……。……て……」

 アインズとてナーベラルを失いたくはない。ただ、怒りはどこかにぶつけないと治まらない。

 ナーベラルはただの人間ではない。

 裏切りの疑いは残るが忠誠心を確かめる上では部下にも厳しい沙汰(さた)は必要だろう。

 それにナーベラルを見殺しに出来ない存在が居るはずだ。

 途中で死んだところで復活させるが、自分の部下をみすみす殺す事になるのは胸が痛む思いだ。

 殺す気はないが自分への試練でもある。

 それにしても冒険者モモンと対峙(たいじ)するとは思わなかった。

 似た声なのに誰も指摘しなかったな。

 むしろ同一人物だと思われなかったので結果的には良かったのかもしれない。

 こちらは正体を見せているし。他に問題があるとすれば向うに行った仔山羊はどうしようか。

 倒せるものならやってみろ、と言いたいが今は目の前のガゼフ・ストロノーフと戦うんだったな。

 せっかく楽しい思いで終われると思ったのに、つまんないな。

 

 血を吐きつつナーベは目的地であるエ・ランテルに向けてゆっくりとだが、歩き出した。

 一歩進むごとに剣の刃が体内を削る。

 途中から無理を押して駆け出す。

 手首の無い腕で剣が抜け落ちないように支える。

 どこまで進めるか分からないが行くしかない。それが自分が受けた命令なのだから。

 呼吸が苦しい。

 倒れれば胸の剣に当たり一気に体力が奪われる。

「……はぁ、はぁ」

 負担のかからない走り方に自然となっていく。

 ただ、真っ直ぐに前を向いて目的地を目指す。

「メエエエェェェ!」

 近くで仔山羊の声が聞こえた。

 回復しなければ、と思っても手は無い。

 命令が遂行できない。

 アインズ様に捨てられる。

 命令遂行しか頭に無かったナーベは目の前の黒い巨体を認識できていなかった。

 そして、前を歩く仔山羊にぶつかる。

「メエエエェェェ!」

 ドスドスと足の動きが大きく聞こえる。

 今ぶつかった人間を攻撃してはいけない、という召喚者の命令を受けたので道を譲(ゆず)ろうと少しだけ横に移動する。

「ナーベ殿ぉぉ!」

 その声の後でナーベの身体は宙に舞うような浮遊感を味わう。

 何かにぶつけられた、というよりは硬い何かで包まれたような感じだった。

「な、ナーベ殿っ!? 大丈夫でござるか!? 今、剣を」

「……やめろ」

 血反吐を吐きつつ腕で剣を守ろうとするナーベ。

「ナーベ殿、死んでしまうでござる」

「この剣は……、エ・ランテル……まで抜いてはいけない……」

 ナーベの頑(かたく)なな意思に彼女を救った毛玉、ハムスケはナーベを鞍(くら)に乗せて剣に触らないように尻尾で身体を押さえて走り出した。

「この化け物はどこへ行くのでござろうか。とにかく、エ・ランテルへ行けばいいでござるね?」

「……冒険者……ギルド……の受付まで……」

「了解したでござる!」

 ハムスケは馬に匹敵するくらいの速さで駆け出す。

 

 敗走する兵士の横で歩み続ける仔山羊。

 進行方向には誰も居ない。近づくと襲われそうなので出来るだけ兵士たちは離れていた。

 どの道、走って逃げられそうにない。

 歩みは遅いが身体は巨大なので一歩が大きい。

 ハムスケは走る途中で蒼の薔薇の事を思い出し、近くに居た兵士達に訪ねながら前に進んだ。

 召喚していた天使達は既に消滅していたが消えていない召喚モンスター、黒い仔山羊の脅威は今も続いていた。

「蒼の薔薇殿~! 蒼の薔薇殿はどこに居るでござるか~!」

 わき道にそれて探しているわけにはいかないので真っ直ぐに進んでいた。

 既にナーベは喋る事ができない。

 このままエ・ランテルまで持ちそうにない。

 ハムスケはすがる思いで声をかけつつ進んでいった。

「へ、返事がないでござるっ!? 蒼の~! 薔薇~!」

「ほ~い、呼んだ?」

 兵士達の中から迷彩服で身を隠した一団が走り続けるハムスケに近寄ってきた。

「あ、蒼の薔薇殿か?」

「そだよ。あと、冒険者のチーム名。……あと、あまり連呼しないで。隠密行動中なんだから」

 迷彩服の一団は四人居た。

「美姫ナーベが!」

「よ、よくは分からぬが……。剣は抜かないでほしいとのことでござる」

「このままだと死んじゃうよ」

「………」

 ナーベからは返答は無かった。

「理由があるのだろう。回復……、ルリマリスは別のところか」

 仮面を被った存在がナーベの顔に赤いポーションを塗りこめて行く。

 他の者はナーベの首筋からポーションを流し込んだ。

「……ぐっふ……」

「ティア、ティナ。ルリマリスを連れてきてくれ」

「オッケー」

「後方からでっかい化け物が来るけど、どうする?」

「知るか!」

 というか関わりあいたくない。

 今のところは兵士を襲ってはいないがどこへ行く気だろうか。

 このままエ・ランテルか王都まで行く気ではないよな、などと不安が募る。

 魔法を使ったら襲ってきそうだ。

 手が出せない化け物になすすべが無い。

 

 迷彩服を着た蒼の薔薇は兵士たちの敗走を促しつつ残りの仲間と合流する事にした。

 待っている間にも黒い仔山羊はどんどん近づいている。

 十メートル以上のモンスターは迫力が違う。

「メエエエェェェ!」

 鳴くたびに兵士達が萎縮する。

 散っていたクレマンティーヌ。ガガーランとルリマリスが遅れてやってきた。

「いやー。改めて見るとでっかいねー」

「倒せると思ったんだがな。これは桁違いだ」

「無駄話はいい。ルリマリス。ナーベに回復魔法を」

「は、はい」

「ナーベ殿の話しでは、エ・ランテルの冒険者ギルドの受付までは剣は抜かないでほしいとか……」

 喋れないナーベに代わりハムスケが答えた。

「……忠誠を……」

 と、言いかけて吐血する。

 御身のためならばこの身を捧げる事になんの躊躇(ためら)いがございましょうか。

 必ずやご命令を遂行し、ナザリック地下大墳墓の支配者であらせられるアインズ・ウール・ゴウン様へ変わらぬ忠誠をお見せいたしますので、今しばらくお待ちいただきたく存じます。

 我が忠誠心をひとかけらでもお疑いならば遠慮なく、とナーベは言葉に出来ない思いを綴(つづ)り続けた。

 この身はアインズのもの。だが、捨てられるのは嫌だ。

 役に立つために存在している自分が無価値となって捨てられるくらいなら自害を命じてほしい。

 その一言だけの慈悲がもらえるならばナーベ、戦闘メイドのナーベラル・ガンマは何の後悔もなく満足できる。

「……なんか喋ろうとしてるみたいだけど……」

「構うな。では、ハムスケとやら。人数が多いが大丈夫か?」

「三人くらいは平気でござる。しっかり掴まっているでごるよ」

 回復役のルリマリスと付き添いでティナもナーベの面倒を見ることになった。

 ティナにみんなのポーションを渡し、エ・ランテルに向かってもらった。

 

 物凄い勢いで駆け出したハムスケを見送った後、イビルアイ達は後方から迫る仔山羊に注意しつつ兵士達を誘導していた。

 とても走って逃げられそうにないし、近くに行けば馬は怯えてしまう。

「メエエエェェェ!」

 この鳴き声が兵士達に絶望を与える。

 無数の口からもれ出るようだが、こんなモンスターをどうすればいいのだろうか。

「……こいつ倒せるの?」

「触手の動きが早すぎるぜ」

 人間を一瞬で粉々にし、五本の太い足で完膚(かんぷ)なきまでに粉砕(ふんさい)する。

 それにもまして巨大すぎる。それが猛烈な勢いで走り回るのだ。

 今は大人しく歩いているから落ち着いて見物できるが、改めて驚かされる。

「事前に聞いていたとんでもない化け物なのに……。いやー、戦う気になれねー」

 戦意を喪失させる究極のモンスター。これほどおぞましい存在だとは、生きてきた人生ではそうそう経験できない事だろう。

 試しに攻撃してみたいが自分たちの側には大勢の兵士達が力なく歩いている。

 逃げ出そうものなら長い触手で襲われそうと思っているのか、従順な奴隷か罪人を見張る役人のような感じだ。

「メエエエェェェ!」

 仔山羊の触手が激しく動き始めた。苛立っているような、いつまで歩かせる気だ、と不満を表すようだ。

 イビルアイ達は当たり散らし始めた仔山羊に注意しつつ兵士達を誘導する。

 並みの攻撃ではない。大地の削られ方を見ても防御できるかどうか怪しいくらいだ。

 振り回される触手の動きは避けられるほどに遅くない。

 幸い、口から涎が出ているだけで火などは吐かないようだ。強烈な酸でも無さそうだ。

 本来ならば止まってやり過ごせばいいのだろうが、残念ながら後方にはまだ四体の仔山羊が控えている。どの道、歩いて行った方が良い。

 戦争は始まった段階で結果は見えていた。

 帝国はただ立って見ていただけ。

 王国側は少し動いただけでまず七万人が即死。おそらくはだが。その後に出てきた黒い仔山羊達による一方的な蹂躙劇。

 これが戦争と言えるのだろうか。

 ただ、生贄を連れてきただけではないか。

「たった一人のたった一つの魔法で戦争が終わってしまった」

 超位魔法『黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)』はただの攻撃魔法ではない事は理解した。

 まだ『火球(ファイアボール)』などを連発してくれた方がましだっただろうか。

 それに超位魔法はまだ他にもあるらしい。

「でも、天使達のお陰でけっこう助かったと思うけど。悪いことばかりではないかもよ」

「そ、そうか?」

 魔法が発動してすぐに天使達が兵士をさらっていった。それにモモンが撤退を叫んでくれなければただ黙って踏み潰されていた兵士がもっとたくさん居ただろう。

 戦場をかき乱してくれたお陰で仔山羊達の標的への突撃も乱れが生じた。

「発動に合わせて行動したようにも思えるけど、それだったらアインズに攻撃してくれれば……。ああ、冒険者の規則で駄目か……」

 ティアは色々と考察し始める。

「でも、あの人……。相手がどんな魔法を使うのか知っていたような……」

 相手の手の内を知らなければあんなことはしない。

 イビルアイは背筋に冷たいものが走る。

「なぜモモン様はアインズの魔法を知っている?」

「んー、知り合いとか?」

 知り合いならばヤントラも同じだ。

 その点では確かにモモンとヤントラは互いを知っている印象はあるし、おかしなことは無いのかもしれない。

 天使を使役させている事はヤントラが関わっていても不思議ではない。

「疑えばきりが無いよ、イビルアイ」

「ご主人ならば魔法の発動を阻止出来たのではないかと……」

「無理じゃない? 相手だってそれくらい想定しているだろうし。それにお供を連れてたじゃん。警戒は怠ってないと思うよ」

「多少の妨害くらいは……」

 例えば天空の黒い球を吹き飛ばすとか。

「そもそもで言えば戦争を始めなければこれだけの犠牲は生まなかった。旦那さん、それが分かってたから王国と帝国に戦争はやめようって言ったんでしょ? 戦争に勝つためではなく、犠牲を出さないように」

 死んだのは多くの農村から徴兵した一般人がほとんどだ。

「……これ鬼リーダーが見たら発狂もんだよね」

「あの化け物、このままエ・ランテルに行くのかな?」

「走ったら一時間で街は滅びそうだね」

 エ・ランテルに帰る兵士達を踏み潰し、街を崩壊させる。

 それはおそらく短時間で可能だろう。

 現れてはいけない超ど級のモンスター。

 それを使役しているのがナザリック地下大墳墓の支配者であり魔導王アインズ・ウール・ゴウンなのだ。

 部下の扱いにかけては無責任でどことなく頼りない魔法詠唱者(マジック・キャスター)にしか見えなかった存在が行(おこな)ったとは到底思えない大魔法。

 そんな魔法があっていいのだろうか。

「蒼の薔薇も現実を見て思い知ったようですね」

 朗(ほが)らかに声をかけてきたのは待ち望んでいた存在。と、同時に不安と恐怖をアインズ並みに振りまくものだった。

 兵士たちの中から不意に出てきた辺りでイビルアイ達は驚いた。

「……ご主人……」

「注文していた『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』を置いて、君達は兵士たちを避難させてください」

「旦那さん、あのモンスター」

「メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

 更に叫びだした黒い仔山羊。

 イビルアイ達は耳を塞ぐ。

「ここで片付けます。あと、あの触手はかなり長いのでもっと離れてください」

「倒す気か!?」

「味方が居ないのでてこずると思いますが、多少は八つ裂きにしてやりますよ」

 首を動かしたり、屈伸運動を始めるヤントラ。

 しっかりとした防具を身につけている時点でやる気まんまんらしい。

「私たちは手伝えないよね?」

 さすがにクレマンティーヌも戦える気がしなかった。

「兵士達を引き離していてください」

 イビルアイはたくさんの『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』をヤントラに渡す。

「私を信じてくれてありがとう。その期待に応えなければなりませんね」

 イビルアイを優しく抱きしめて開放する。クレマンティーヌも近づいてきたので同じく抱擁(ほうよう)した。

「一つ質問。アインズの魔法は防げないの?」

 少し大雑把だったがティアは尋ねた。

「魔法の詠唱時間を一瞬で縮めるアイテムを持っているから、近づくのは無謀ですよ。わざと無防備になって敵をおびき寄せているってことが頭になかったんですか? アインズは自らの敵を今も探しているんですから」

 この言葉を聞いてイビルアイ達は唸った。

 そんなことを考えていたとは想定していない。

「今は解説してる場合ではないですね」

「メエエエェェェ!」

「他のモンスターが出てこないか気をつけて。じゃあ、今度はこちらが蹂躙を開始んす」

 ヤントラはアイテムボックスからやたらと長い剣を二本、引き抜いた。

「巻き添えを食らわないようにね」

「が、頑張ってっ! 旦那さん!」

「ご主人愛してるー!」

 そう言いながらイビルアイ達は引き下がり、兵士達に更なる移動を促す。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 これから始まるのは黒い仔山羊と一人の人間の戦い。

 十万人を踏み潰した黒くて無数の触手を振り回すいびつな肉塊の巨大なモンスターだ。

 十メートルを超える大きさで馬よりも素早い。

 勝てるはずがない。誰もが思う。惨劇(さんげき)を目撃した者は尚更(なおさら)だ。

 それでもヤントラは気にせず『監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)』を数体呼び出し、攻撃の範囲に入らない上空に待機させる。それから二体の『威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)』に『善なる極撃(ホーリースマイト)』の準備をしてもらう。

 本来はもっとたくさん呼べば良いのだろうが、スクロールがもったいないのでやめた。

 第四位階までの天使召喚だけで百枚近く消費してしまったので温存も必要だと判断した。

 仔山羊相手に二体を捨て身にするようなものだが、戦闘の合図程度には役立つだろう。

 それから筋力増大と敏捷性の魔法を使う。

 更に防御魔法などもかけた。

 使う武器は『殲剣(せんけん)ヴァージンカルマ』の色違いの二本。

 斬撃に特化。魔法抵抗突破(ペネトレートマジック)が付与され特殊技術(スキル)による防御も無効化されにくい。

 アポイタカラ製は青地に赤い斑点が散りばめられている。雷耐性。

 ヒヒイロカネ製は揺らめく赤い炎を模した刃。炎耐性。

 属性ではなく耐性。

 まだ予備に二本あるが踏み潰されるかもしれないので出さなかった。

 この武器は七(・)回(・)ほ(・)ど(・)負(・)け(・)て(・)い(・)る(・)『黒い仔山羊』を倒(・)す(・)た(・)め(・)だ(・)け(・)に作らせた武器だ。

 人気のある超位魔法でもあるので、それなりに挑んだことはあるがとにかく硬い。

 邪神系モンスターはしぶといのが取り得のような者達が多いので戦いがいがある。

 意気揚々と最初の一撃で粉砕されたらまぬけだろうな。

 ヤントラは苦笑し、そして戦いを始める。

 いきなり突っ込まず、二発の『善なる極撃(ホーリースマイト)』を時間差で打ち込んでもらう。

「メエエエェェェ!」

 黒い仔山羊が光りに包まれるがダメージを負っているかは分からない。

 ただ、上空に触手を伸ばそうとはしていた。

 更にもう一撃が放たれる。それと同時にヤントラも駆け出す。

 まずは太い足に遠心力を追加したような一撃を見舞う。

 

 ザクっ。

 

 食い込む音が聞こえた。だが、切断には至らない。

「ほう? これでも足りないか……。さすがに硬い身体をしているな~」

 それでも満足だった。

 武器が食い込んだのだから。

「メエェ、メエエエェェェ!」

「これは時間がかかりそうだ……」

 五本の足の動きが早まる。それと同時に触手が人知を超えた動きで奮われる。

 今回のヤントラは人間相手の時とは違う。

 モンスターを倒すための動きを見せる。

 曲がりなりにもユグドラシルのプレイヤー。

 あまたの敵と戦ってきたのだ。高レベルのモンスターだって相手にしてきた。

 貧相な装備で準備運動のような手加減はしなくていいのだ。

 黒い仔山羊はその中でも上位のモンスター。これが冒険の醍醐味というものだろう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。