ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
無数に奮われる触手は本来は他の者に遠距離から
足は身体を支えるのでそう簡単にはいかないだろう。
身体の丸い部分は特に何もしてこないので最後に回しても問題はない。
鳴き声がうるさいのが厄介だが。
アルベドの攻撃と同等の触手攻撃はカルネ村を思い出させる。
完全装備のアルベドに比べれば
「一本ずつ落とすしかないな……」
近くに行って根元を狙う、と言っても簡単なことではない。十メートルほどの高い位置にあるのだから。
それにしても、とヤントラは思う。
硬い、と。
生物ではあるのだろうが、ここまでだと解体作業は一日くらいかかるかもしれない。
その間に消えてしまうのはもったいないな。
離れて見ていたイビルアイ達は信じられないものを見ていた。
巨大なバスタードソードを二本も軽々と素早く振り回すヤントラの姿に。
重量軽減が付与されていたとしても相手は
それに鎧しか防具は無い。一撃でも食らえば終わりだ。
「実際はあんなに早いんだねー。なら勝てないわ」
「もしかして、押してる?」
「……さばけてはいるが身体がでかすぎる。致命傷どころか傷が精一杯だろう」
それでもイビルアイは驚く。
あのモンスターに手傷を負わせているのだから。
ラキュースの腕を折るのも小枝を折る程度の些細な事だったのかもしれない。
本当の強さ。アインズに匹敵するほどにおそろしいものに感じた。
あのヤルダバオトとも充分戦えるのだろう。
ガンガンガン。
ガガガ、と斬撃というよりは殴打武器で叩きつけるような音が聞こえている。
とにかく斬れない。
「……ああ、くそ! 硬いな~!」
合間にヤントラの舌打ちや文句などが聞こえてくる。
無数の手数で切り付けてはいるが十メートルから振り下ろされる無数の触手までは遠い。
足の一、二本を叩き斬るしかない。
イビルアイは見ていてよく分かった。
一人で全てを相手にしているとはいえ誰かに頼りたい気持ちになることを。
だが、それが出来るのは同じくらいの強さを持つ者だけだろう。
普通の人間が一分とはいえ形を保っていられるはずがない。しかも数十の攻撃を一人で当てているのだから。
つい先ほどまでの殺戮劇が空しくなる。
「メエエエェェェ!」
足元を傷つけられては仔山羊とて腹立たしく感じるのだろう。段々と暴れ方が激しくなる。
倒しきるのはやはり難しいかもしれない。ヤントラはそう思った。
消えないでいてくれるのはいいが、逃げ出されるのは困る。
これだけの相手に召喚者に泣きつかれでもしたら残りの仔山羊達に襲われるかもしれない。
ギルドメンバーを五人くらい貸してくれたら
せめて三人だ。たっち・みーの必殺技なら数撃で身動きくらいは止められる。
ただの物理攻撃では決定打に欠けるな、と口を尖らせつつ不満に思う。
「……やはり二本持ってたら力が分散されるな」
走れば逃げ切れないと悟った兵士たちは戦いの行く末を見守る事に決めたらしい。
いつしか見物人が溜まっていく。
「……勝ってくれ……」
「……頼む」
そう神にでも祈るような願いの言葉が聞こえ始めた。
「ここで私が戦っているのはただのモンスター退治だから。戦争とは関係ないってことはご理解くださいね。クビにされますから」
暢気な声がヤントラから聞こえた。
イビルアイ達も自分達が冒険者であることを伝えるとそれぞれ理解を示してくれた。
こんな時でも規則を大切にするヤントラ。
鉄プレートが得体の知れない巨大モンスターと互角に戦っている風景は異常だ。
アダマンタイト級でも相手に出来ないほどなのに。
ヤントラは武器を一本、後方に捨てる。
「いい加減、触手が邪魔だな」
斧で大木を伐採するように剣を奮い続ける。ただし、それは物凄い速さで連続的に行われる。
並みの筋力で出来る事ではない。まして持っているのは長大な剣なのだから。
ガンガンガンと同じ箇所を攻められている間に上空に天使が現れて、適度に下方に居る仔山羊に魔法をぶつける。
触手の攻撃を牽制しているのだろう。
どれくらいの回数を叩き込んだだろうか。
身体を回転させて足を守ろうとする仔山羊の足は五本全て滅多切りにされていた。
「……あ~、思いっきりぶん殴りて~」
そんなぼやきも聞こえ始める。
「メエエエェェェ! メエエエェェェ!」
「……ふむ、あと二十分というところだな……」
特殊能力が無いから戦えるが、普通だったら様々な魔法を撃ち込まれているし、様々なバッドステータスを受けるだろう。
筋力低下など。
足でこれほど時間がかかるのだから触手はもっと大変だろう。
仔山羊の一本の足を半分ほど切り刻み、別の足に取り掛かる。
同じことを繰り返せば仔山羊も気付く。立ち止まっていては駄目だということを。
それでも接近戦では身体の小さなヤントラの方が早い。かけ直した魔法により瞬く間にダメージを加えてきた。
ミシミシと仔山羊から得体の知れない音が聞こえてくる。
「メエエエェェェ!」
まずは一本。足の半分以上に斬撃を打ち込む。ゆっくりと見物などしないヤントラは次の足に向かう。
いくら長い触手でも足元の小さな人間に攻撃するのは容易ではない。
それに普通の人間なら既に踏み潰しているのに一向に潰せていない。
二本目の足も深く切られたところで仔山羊の巨体がよろめいた。
転がってもおかしくない体形なので兵士たちは見物しながら近づかないように気をつける。
「……手伝ったらヤバイかな?」
「やめておけ。こちらに来られては兵士達が危ない」
そうしている合間に重みで耐えられなくなった仔山羊の足は自重で地面に埋まっていく。
残りの足は回転させようとするが動きが鈍い。
それは動けば千切れてしまうと悟っているからだ。
「……知性のあるモンスターは大したものだ。もっと小さかったら飼うのも楽なのだが……」
などと言いながら他の足を今のうちに切り刻む。
体勢を維持するだけで精一杯の仔山羊はなすすべが無い。
触手で抵抗する以外に方法がないのだが、それらも細かく捌かれてしまう。
何本かは先端から斬り飛ばされて、地面に転がっている。
触手は足よりは細いので集中されれば無くなってしまう。
黒い仔山羊が一人の小さな人間に蹂躙されていく。
それはつまりヤントラは一人で王国軍を殲滅できる事に匹敵する、という事かもしれない。
それはそれで恐ろしい人間だろう。
それに気付いた者達は新たに身体を震わせる。
「……化け物が……化け物に……」
「……それ以上はやめておけ。お前たちの為に戦っている者を汚すな」
元々は一市民の彼らに
ただ現実を受け入れたくないだけだ。
三本目の足をつぶしたところで仔山羊は動けなくなった。
問題は頭上の触手だが、適度に斬っておこう。
周りに転がる残骸に動きがあるか確認する。さすがに自己再生して増殖はしないだろう。そうなったら世界は滅びるな。と、何度も滅びの世界を夢想する。
厄介な
無限に悪魔を召喚するような事態にさえならなければ対処できない事はないだろう。
触手のいくつかを『
次は動き出さないうちに足を叩き斬っておく。とはいえ、簡単に切れるような代物ではないが。
自重で潰れた方は後回しにして残りを集中的に狙う。
動かないから楽ではある。
数分を要したが一般人なら数日かけても無理だろう。
「まずは一本」
次に二本目と叩き斬る。
どす黒い体液が吹き出る。えもいわれぬ腐敗臭が広がる。
迂闊に吸い込むと狂気にとらわれるかもしれないので周りの人間にもっと離れるように命令する。
体液も触れる分には問題は無いだろうが体内に入れれば病気になるか、何らかのバッドステータスを受けるかもしれない。
毒耐性のアイテムでも装備していないと危険だろうけれど。
「メエエエェェェ!」
触手を使い、身体を動かそうとする。しかし、それを待っていたヤントラに狙われて斬られてしまう。
「……ようやく慣れてきた。あとは楽しい作業だけだ。お前をおいしく頂くからな」
と、言いつつさっき捨てた剣を拾い、身構える。
「メエエエェェェ!」
「やっとお前に一勝が出来る」
もはやどちらが獲物なのだろうか。
動けない巨大モンスターを切り刻むヤントラ。
泣き叫ぶ仔山羊。
異様な光景ではあるが、これがモンスター退治が好きだという彼の姿なのだろう。
邪魔な足を一本だけ残し、肉塊を切り刻む。
とにかく切り刻む。刻む。刻む。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
それもただの斬撃ではない。斬馬刀ほどの長大な武器で怒涛の如くやってのけるのだ。
黒い仔山羊は見た目から
それを本当に料理している人間が居るのだから信じられるだろうか。
戦闘開始から三十分を過ぎたくらいしか経っていないとは誰も信じないだろう。
激しい攻防。目にも止まらぬ速度。通常の戦闘とは比べ物にならない速さで戦われたのだから体感速度に差が出ても仕方が無い。
まだ戦場からは続々と兵士達が歩いてくるのだから、それだけ短時間の攻防にも関わらず、三時間近い激闘のように見ていた者には感じられただろう。
黒くて不快な気分にさせる。それに『
『
イビルアイは持ち帰って研究するのだろうと思ったが口を挟む気になれなかった。
「……あとは要らんな。ご苦労様だ」
触手の抵抗は無意味なほどに切り刻まれて、本体もズタズタに切り刻まれる。
一体を倒しきるのは容易ではないが時間と仲間さえあれば倒せるだろう。
ただし、その間に別働隊に攻められてしまうのが問題だが。
こんな調子で残りの仔山羊まで相手にしていられない。
ヤントラにとって楽な相手ではないのだから。
よい武器と育ったクラスがあるからこそ可能に出来たのだから。
それに相手は今回、ゆっくり歩いてくれていた。突撃していた場合は止めるのに苦労しただろう。
黒い仔山羊は身体を半分近くズタズタにされたところで沈黙した。
その間に、さっきの肉塊を仔山羊から離れた場所に出して、再生させてみる。
「な、なにをする気だ!?」
兵士達にどよめきが起こる。
再生魔法によって肉塊があわ立ち増加していく。ゆっくり待つ気は無く、増えた分はすぐに切り裂く。肉塊と言えども斬り難いが斬撃は叩き込んだ。
そして、そのまま再生前の方は細かく切り刻む。
増えた方はどこまで増えるか分からないが、遠くに蹴り飛ばしておく。
いくら再生魔法とはいえ巨大な肉塊全てを一度に再生は出来ない。
その間に沈黙している方を消えるまで八つ裂きにする。
召喚モンスターである限り、倒せば消滅する。そのはずだ。
死体を
召喚された天使も倒されれば消えた。
消えなければ世界が埋まって滅びてしまう。
滅びを望むか。
ならば消えずに居れば良い。
ヤントラに与えられる慈悲は『存在』かもしれない。
身体の大半が切り裂かれ、中身が空になる頃に黒い仔山羊は役目を終えたのか、黒い
同時に斬り飛ばした足や飛び散っていた触手のかけらも
さっき入れた触手の残骸は確認すると消えていた。まとめて消滅するのは確定のようだ。
消えなかったのは『
それはそれで一つ安心できる材料ではある。
後始末が楽になって良かったとヤントラは安心する。
だが、それで歓声は上がらない。
なぜなら、再生している別の物体があったからだ。
「第二回戦と行こうか」
再生中にも関わらず斬撃を繰り出す。
元もとの姿の方がまだ可愛げがあったかもしれない。
今は黒い仔山羊の中身しか無い。
おぞましい臓物の集合体。それに名前を付けられるものは居ないし、山羊の肉だとしても元の姿を知る者は食べたいとは思わないだろう。
「焼いたら食べられるかな?」
邪神系の肉は確か食べられる代物ではないはずだ。病気どころか様々なバッドステータスを引き起こす可能性があるだろう。
どこぞの魔獣に食べてもらった方が都合がいいかもしれない。
異形者は食べられるかもしれないが。
ソリュシャンも邪神系の種族だし。
ナザリックにも数体は邪神系が居たはずだ。
蠢くが動かない
最初に肉塊だけ取り分けるが、念のために『
あとは普通に解体していけば消滅していく。包みに入れた中身が残っている事は確認しておく。
本体が死ねば全て消える、わけではなく条件があるようだ。それを満たせば残る肉片を回収できるのだろう。
厄介な触手が出来る前に処理できたので楽だった。
「……皆さん、驚かせて申し訳ない」
兵士達に深く頭を下げるヤントラ。
イビルアイ達も誰からも歓声も拍手も無い。
だが、クレマンティーヌは駆け出し、ヤントラに抱きついた。
「すっごいかっこよかったよー! でもまだ後四匹居るんだけど」
「一度に複数は無理だよ。あれはあれで疲れるんだから。……しかし、せっかくの武器も大したことが無かったようだ。一流の武器と技には遠く及ばないな」
専用の武器も所々刃こぼれしていそうな雰囲気だ。
見た目には異常は無さそうだが耐久力とかは落ちていてもおかしくない。
手入れは大切だ。
「いやいや、そんなことは無かったよ」
それから数分後に現実に戻った兵士達が勝ち
イビルアイは包みに入れたものがどうなるのか知りたいようで知りたくない気持ちだった。
きっとよくないことが、と思いつつも今は助かった事を喜ぼう。
武器をしまい『
「それ、どうするの?」
勇気のあるティアは尋ねた。イビルアイは彼女を少し尊敬する。
「大量生産して世界にばら撒いて滅ぼしますかね」
いとも簡単に物騒なことを言うヤントラ。
「……笑えないよ、ご主人」
「制御出来なければ世界は終わる。私にとっては丁度良い試し切り相手なのだが……」
「へー」
クレマンティーヌは感心していた。
「まだもっと厄介な
ヤントラはイビルアイを抱っこした。
「帰りましょうか」
「……うん」
「私は世界征服なんかしませんよ。あと、滅ぼしたりもしませんから。自分にとっての強敵は倒しましたから、のんびりと怪しい研究でもしますよ」
「……それがちょっと気がかりなのだが……」
「保管庫のような施設が出来るまでは放置するしかないんですけどね。取り立てて急ぐ事でもないし」
「……悲しい結末は見たくないぞ」
「こんな私についてきた君達を悲しませたくはないさ。だが、私は変態で狂人だ。自分のやりたいようにやりたいのさ」
「清々しい事を言っているが、褒められたものじゃないからな」
両手に力を込めて言うイビルアイの頭をヤントラは優しく撫でる。
「旦那さん、ナーベが大怪我したんだけど助けに行っていい?」
ヤントラは立ち止まり、ティアに顔を向ける。
イビルアイはヤントラの表情の変化は気付いたが黙っていた。彼はナーベのことを聞いて驚いたようだった。
「いいよ」
その言葉の後でティアはすぐさま駆け出した。
側に居たクレマンティーヌに回復のスクロールを渡す。
「君もついてってやってくれ」
「りょーかい」
二人が居なくなった後、イビルアイは戦場へ続く道を振り返る。
多くの兵士達が蹂躙されて死んでしまった。
一瞬で七万人近い人が死に更に数万人が五匹の巨大モンスターによって蹴散らされた。
あれはもう戦争とは呼べない。
そして、そんなおぞましいモンスターを呼び出したアインズ・ウール・ゴウン。
更に一体だけだが黒い仔山羊を
人知を超えた存在が確かに居る事を改めて思い知った。
ヤントラが黒い仔山羊を屠る頃にエ・ランテルに到着したハムスケ達は検問所を無理やりに突破していく。だが、同乗していたティナが事情を説明する事にして冒険者ギルドに向かう。
三重の城門を潜り、都市部の中心に到着する。
ルリマリスの魔力もあまり持たないがうわ言を
ハムスケは見た目に反して動きが
流れるような動きは日ごろの鍛錬のお陰だろうか。
「もうすぐでござるよ、ナーベ殿」
行きなれた冒険者ギルドが遠く感じる。だが、仲間の危機なのだから多少の無理は押し通す覚悟で突き進む。
「つ、ついたでござる! ごめん! 押し通らせていただくでござる!」
扉を体当たりで破壊。自らがケガを負う事もいとわず。
ハムスケは真っ直ぐに突き進み、目的地の受付の前にたどり着く。
ルリマリスは回復魔法を唱える。
「ナーベ殿! 到着したでござるよ!」
「……ギルド……」
「そうでござる」
瀕死の重傷にもかかわらずナーベは顔を上げる。
ギルドに着くだけが終わりではない。
ハムスケの鞍から降りようとするが両手が無い。
ルリマリスがナーベを床に下ろす。
周りに居る者達は唖然としていた。
突然の侵入には驚いたが何よりアダマンタイト級の冒険者『漆黒』のモモンの相棒の美姫ナーベの姿に更に驚いていた。
吐血により服は血だらけ。両手は何者かに切断されて血が垂れている。
そして、なによりも胸を刺し貫く剣。
「ど、どこまで行けばいいんですか?」
ナーベは
目的地。それは冒険者ギルドの受付。
一歩進むごとに胸の剣が刺激され血が漏れ出る。
それでもナーベは進む。
自分に与えられた命令だから。
ゆっくりと進むナーベの下にティナが駆けつける。
最後の場所のようなので彼女の頭にポーションを振り掛ける。もう誰に見つかっても良いと判断して。
命令に失敗すれば自害してしまう。そう思ったからこそナーベの剣は抜けない。
助ける方法は目的を達成させる事だ。
そうしてゆっくりと受付の手前、あと一歩のところまで進んだ。
「つ、つきましたよ、ナーベさん」
血を吐きつつナーベは目の前の様子を見つめる。
受付カウンター。更に先には驚き、心配の表情の受付嬢の顔があった。
それを確認し、ナーベは少しだけ口角を上げる。
「………」
その後でナーベの頭から
声にならない小さな声でナーベは言った。
ご命令通り、受付までたどり着きました。
「!?」
我が忠誠をよろしくご
手の無い腕を胸に当て
それを合図と取ったのか頭の兎の耳が消え、胸に刺さっていた剣は胸から滑り落ちていった。それから血が噴き出し、ナーベはその場に崩れ落ちる。
戦争とは名ばかりの魔導王アインズ・ウール・ゴウンの魔法による蹂躙劇により帝国と王国の戦いに幕が下りた。
死傷者は十万人とも十二万人とも言われている。
帝国側の被害はゼロ。だが、黒い仔山羊は一体消失。これが唯一の被害かもしれない。
相手側はただ立って見ているだけで死傷者は出なかった。いや、恐怖に駆られ、逃げ惑うときに何人か転んで犠牲になった者が居ないともかぎらない。
たった一つの魔法を放たれただけで七万人の命は瞬時に奪われ、王国側は突如現れた天使達によりさらわれたりして混乱のうちに敗走を余儀なくされた。それが功を奏したのだろう。
戦場に現れた未知の怪物『黒い仔山羊』五体による蹂躙劇に巻き込まれる前に助かった者が多かった。
王国側が敗走する中、王国最強の戦士長ガゼフ・ストロノーフとアインズ・ウール・ゴウンによる決闘により、戦争終結が宣言される事になった。
立会人である少年兵クライムによればガゼフが剣を構えた後はひとりでに倒れ、勝負は終わってしまった。
剣を奮うより先に魔導王の魔法により即死させられた、事になっている。
それを確認したアインズが追っ手への追撃を中止し、帝国へ帰還した。
それらをリ・エスティーゼ王国へ辛くも戻った国王ランポッサ三世は報告書として従者から受け取った。
「……陛下。無事に戻られて嬉しく存じます」
六大貴族の内、二人が超位魔法の餌食となり、もう一人は踏み潰されたか未帰還であった。
残っているのは貴族派閥のレエブン侯と王派閥のペスペア侯とウロヴァーナ辺境伯の二人のみ。
普段なら利権争いでもめる貴族たちも一様に疲れきった顔をしていた。
命が助かっただけで
敗戦から二日は経っているが帝国側からまだ何も連絡は来ていない。
「……あのようなおぞましいモンスター、魔法か? この目で見るとな……」
側に控えているラナー王女は兵士たちの話でしか知らないが、以前説明されたとおりの化け物が現れた事は聞いた。
「その内の一体はヤントラ殿が倒したそうです。……あの御仁にとっては珍しいモンスターだったようですね」
普通に考えて倒せるようなモンスターではないだろう。
だが、目撃者が多く居る。隠れて嘘をついているわけではないだろうし。
「あれは……本当に山羊か?」
「とてもそうは思えませんでした」
「皆様方、それは本当に『黒い仔山羊』だったのでしょうか?」
ラナーの疑問にレエブン侯は頷く。
「奇怪で巨大な怪物でございました。確かに鳴き声は可愛い山羊……。人間の盾など無いも等しいほどでございます。その後、帝国に向かったそうですが……、どうなっているのかは……」
「そういえば……。戦場に現れた黒い鎧の者は……、モモンと言ったな。お礼を述べねばならんだろう」
「一介の冒険者が戦争に介入したのですぞ。罰を与えるべきでは?」
この期に及んでそのような言葉が出る元気にレエブン侯は呆れつつも安心した。
「いち早く危機に気付き、誰よりも勇気のある行動を取ったのだ。彼の声が無ければ兵士はただ立っている
戦場に響き渡る怒声。あれは並みの人間が出せる声ではない。
魔法かどうかは不明だが、恐怖心を消すに足る応援のように聞こえた。
天使達も兵士を一刻も早く戦場から引き離す為に行動していた。仔山羊の速度から考えればもたもた逃げているよりも早かったかもしれない。
「それにしても変ですわね。モモン様は何故、黒い仔山羊の出現を予見できたのでしょうか?」
予見できていなければおかしい行動なのはレエブンもラナーの言葉で気付いた。
「蒼の薔薇から聞いたのでは? あるいは……、ヤントラ殿と関係のある御仁かもしれません。伝え聞いたところによれば、仲はよろしくないとか」
「それはモモン殿ではなく美姫ナーベではないでしょうか、レエブン侯」
と、レイブン侯の側に居た従者が言った。
「そうであっても一度は目撃した経験が無ければそうそう行動は無理だと思いますよ。蒼の薔薇のメンバーですら恐怖していたと聞きましたし」
「分かっていたのなら魔法を防げた、と言いたいのですかな?」
「う~ん。いえ、おそらくはわざと使わせたと考えるのが自然ですね。
「防ぐ場合と使った場合の違いは何だと思われるのですか?」
「犠牲者の数ですね。違う魔法を使われてしまうと困る、というのはいかがですか? もっと効果的で犠牲を減らせなくする……。あの場合では最善の方法だったのかもしれませんね。推測ですが……」
わざわざもったいぶって『
「十万人の犠牲で済んで良かったのかも知れません。少なくとも半数近くは無事だったのでしょう?」
「正確な数字は分かりませんが……、十万人は帰還したと思われます。追撃もありませんでしたし」
もっと少ない人数で望めばあの化け物も少ない数に出来たのかもしれない。
犠牲が多ければ多いほど都合の良い魔法。
思い出すと身体がまた震えてくる。
「そういえばお父様」
「何だい?」
「戦争は終わったのです。ラキュースの名誉の回復はどう致しましょう?」
「あ、おそれながら……。蒼の薔薇に元奴隷の
「ふむ。本格的に考えなければいかんな。まずはモモン殿を招きたい」
「はっ」
王の言葉に従い、従者は退出していった。
アダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモン達が使っている城塞都市エ・ランテルにある最高級の宿屋『黄金の輝き亭』の一室に異様な一団が集められていた。
ベッドには相棒の美姫ナーベ。側には頭部は骸骨だが、それ以外は冒険者モモンの装備をまとっていた。
彼の足元にはナザリック地下大墳墓の守護者統括アルベドと戦闘メイドのエントマが平伏していた。
「全てはモモンの為の行動で間違いがないのだな?」
「もちろんでございます」
一時の感情で部下を叱る事はあるが理由は聞かなければならない。だが、部下に色々と尋ねるのも気が引けていた。まして守護者達が勢ぞろいしている中での質問は恥ずかしい。
「帝国側で私は大恥をかいたぞ」
殺戮王。虐殺王。あまつさえ骸骨野郎と来た。
自分自身に悪口を言われている気分になり、とても腹立たしかった。
出来る事ならすぐにぶっ殺したかった。
だが、相手はアダマンタイト級の冒険者で漆黒の英雄モモンだ。迂闊に殺せない。
それを分かって嫌がらせに来たんだろうが、
ナーベは偽者だと騙されるような愚か者ではないはずだが、どうしてついていったのだろうか。
罰として腕は治さなかったが。やりすぎてしまった事は少し反省している。
「戦争に介入したんだ。何を言われるか分かったものではないぞ」
このエ・ランテルをアインズ・ウール・ゴウン魔導国の一部に加えるべくジルクニフは色々と頑張っているようだし、二日しか経っていないから王国側からの返答待ちだ。
あとで気付いたが『パンドラズ・アクター』にやらせればナーベに酷い事はしなかったのではないだろうか。
いや、そうであってもナーベは王国側の冒険者で敵だ。不参加させた方がいいに決まっている。
「戦争をかき乱した王国側で私は英雄どころか笑いものになるのではないか?」
「おそれながら。今回は王国と帝国の戦争でございます。アインズ様が両国で英雄になる、というのはいささか無理が生じます」
「ふむ。続けろ」
「はい。帝国側で『魔導王アインズ・ウール・ゴウン』という存在は素晴らしい威光を示せました。王国側には英雄モモンがおります。先の活躍で更なる伝説になりえたかもしれません。モモンはアインズ様にとっては敵でございます。敵には敵の英雄が居るのは必定かと」
それはそうなんだろうけれど、モモンも自分なんだけれどな。
それを今回は他人に取られてしまった。それが腹立たしい。
いや、同時に活躍すると片方が無口になってしまうし、パンドラズ・アクターはオーバーリアクションするから人前に出すのは恥ずかしい。
「エントマも協力していたとはな」
「申し訳ありません」
口唇蟲を貸していただけのようだから、あまり責められないが。
下準備に随分と時間をかけたんだな、
「帝国は問題ないが……。王国側で私が恥をかいたらナーベと同じ罰を与えるからな」
「それはありがたき……、いえ、
こいつ、嬉しがっているのか。と、アルベドの反応にちょっと驚いた。
別の罰を考えておこう、と思った。
「……それにしても可愛い仔山羊を一体とはいえ倒すとは……。それは後で調べれば良いか」
大した特殊能力も無いし、頑張れば倒せるんじゃね、程度にアインズは思った。
人気のある超位魔法だけあって効果は素晴らしかった。
もう少し楽しめると思っていたがやりすぎはよくないのかもしれないな。
ジルクニフは喜んでくれたようだから良しとしよう。
「……あいつ、私の格好で悪さしてないだろうな?」
町の噂は聞きたくないな。何を言われるんだろう。
冒険者ギルドの扉も破壊したんだっけな。
全部、あの野郎に払ってもらおう。
「それよりアルベド、エントマ。一応、聞くが洗脳は受けてないよな?」
はい、受けています。と、答えるバカは居ないと思う。
そんなバカみたいな事を聞いてしまい、しまったと思った。
「そのようなことは……。私たちはアインズ様の忠実な臣下でございます。先の
「……確認はした。敵対行動は一人も居ないようだが……。……このまま帰りたい……」
エントマは仕方が無いとは言えアルベドはどうしようか。
王国でのアンダーカバーの為の行動なのは理解できるし、ナーベにもそういう命令を下していたという。
強大な敵を倒して名声を得るやり方が冒険者らしいのだが。
今回は明らかに責められそうな気配を感じる。
しかも勝手に撤退しろ、と大声で怒鳴りつけてしまったのだから。偽者が。
「カルネ村の件もあるし……。いや、アルベドは
「畏まりました」
「エントマの口唇蟲も使いようによっては……、まあいい。大事にするんだぞ」
「はぁい」
二人を下がらせて兜を被り、一息つく。
そろそろ冒険者ギルドに行かなければならない時刻だ。
とても気が重い。
「……ナーベ。動けるか?」
「いつでも」
両腕を包帯で包んだナーベは腕を器用に使い、上体を起こす。
そう何度も仲間を殺すような真似はしたくない。今回は罰の意味合いがあったが蒼の薔薇のお陰もあり、
少し腹を立てていたから一日は放置してしまったが。ちゃんと冒険者ギルドの受付までたどり着けたのだな。それは素直に褒めてやろう。
とはいえ、第六位階の『
目撃者が多すぎるし、ナーベの口は意外とおかしいから慎重に行動せねばな。
ナーベは手が使えないのでアインズ自らマントなどを身に付けさせる。
それだけでナーベにとっては幸せだった。
もちろん戦闘メイドとして自分の事は自分でやらなければならないのだが、今は何も出来ない役立たずで罰を受けている最中だ。
切り落とした手はそこら辺に捨てるわけにもいかないし、自分は食べられない。
仕方なくエントマを呼んで処分させたわけだが、仲間の身体を食べてもなんとも思わないエントマは色々と不味いかもしれないな。
同族食いではないから平気なのだろうが。