※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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A-7 王国戦士長が現れた

 国の情報を得る為に再度、村長の自宅に向かうことになった。

 アルベドには兵士達の死体をナザリックに運ぶよう指示を出した。

 目新しい情報は無いけれどヤントラの言葉と共にだいたいの事情をアインズは把握する。

 一人では色々と失態を犯しそうになるところが多々あり、それをヤントラが修正する形になる。

 もちろん少しは苛(いら)ついて彼を睨(にら)むが仮面を付けているので表情は見抜けないだろう。だが、空気は読むかもしれない。

 読む以前に骸骨の顔に表情があるかは疑問だが。

「案内役のエンリは使えそうですか?」

 そうヤントラは村長に言った。

「ショックが大きいですから難しいかもしれません」

「兵士と戦う村人というのは印象の悪いものです。とはいえ、むざむざ殺されるわけにもいきません」

「はい」

「まず敵を減らしましょう」

「はっ?」

 ヤントラの発言に村長は驚いた。アインズはあえて口を挟まない。

 少しだけ興味があったからだ。

 異形種のアインズでもヤントラは割りと容赦が無いなと思うほど。

「王国に護衛を依頼する」

「引き受けてくれるでしょうか? 村人にとっては兵士は全て敵のような印象を与える気がしますが……」

「自国の民が殺されたのです。リ・エスティーゼ王国にとっては大義名分が出来ます」

 それは正しい。

 アインズは思う。

 それでも王国側がその為に自作自演をしているかもしれない。

 分からない点もある。もし自作自演だとしても村人を殺すメリットが分からないことだ。

 仮にも自国の領内で殺戮があったのだから誰が得(とく)をするのだろうか。

 土地を所有する貴族に敵対する勢力の陰謀とも考えられるが結論を出すには材料が足りない。

「敵がたとえ王国だとしても、これで王国はカルネ村に手出しは出来ません。もし手を出してしまうと陰謀が露見してしまいますから」

 正式な依頼を出しておいて村を襲撃する計画に対し、牽制をする。

 少なくとも迂闊なことは出来なくなる。

 秘密裏に処理するかもしれない、という疑念は残る。

「小さな村を見捨てたとなれば王国にとっては色々と不利益になると思いますが……。信頼の無い王様であるなら気にはしないのかもしれませんけど」

「具体的にはどのような不利益なのでしょうか?」

「他の村人が王国に不審を持ちます。国外逃亡とでもいうのでしょうか。民が減れば税も減る。それが王国の利益になるとは思えません。それともカルネ村は税金を払わない不届き者の集まり、というのであれば……」

「いえいえ。ちゃんと税は納めております。……ただ、今回は納める事が難しいかもしれませんが……」

「土地の所有権はどうなっているのですか?」

 アインズは素直に疑問を口にした。

「領地を治める貴族様にあるかと」

「小さな村を急に襲うメリットはありませんね。他の村もそうなのでしょうか?」

「おそらくは……。いつもはモンスター程度は現れるのですが……」

 どう考えても王国側に利益があるとは思えない。

 仮に戦争がしたくてたまらないのであれば、あり得ない話しになるのだが、荒唐無稽(こうとうむけい)すぎる。

 アインズは兵士達の姿を思い出す。

 野盗とは思えない訓練された兵士に間違い無いのだろう。

 実力的には弱い部類だが、村を取り囲んだり、連絡を密にしていた点は素人には出来ない芸当だ。

 とはいえ、外部の敵は早々に退治されてしまったので、詳しいことは分からない。

 ヤントラの仕業なのは分かってはいるが、手際の良い仕事に少し感心してしまった。

 プレイヤー(敵)としてはほめても良いと思ったほどだ。

「生き残った兵士の行動で敵の正体もいずれは分かるでしょう」

「捕まえて情報を引き出す、という手は使わなくていいのか?」

 アインズの疑問にヤントラは頷(うなず)きで答える。

 自分でもこれが正しい選択かと言われると自信はないが彼ならどう答えるのだろうか。

「兵士を動かす数が問題だ。今回の規模で全滅するほどなら次は大部隊を動かさなければならない。暗殺者(アサシン)という手もあるが。それほどまでするメリットは無いな」

「なるほど」

 素直に感心してしまったアインズは『しまった』と思った。

 確かにヤントラの言う通りなのだが、それを自分でも思い至りたかったからだ。

 規模の事までは失念していたが、牽制程度までしか考えていなかった。

「う、うむ。村人をわざわざ暗殺するバカは居ないな」

 というかそこまで恨みを買っているなら聞きたい。

 どう見ても田舎の農村にしか見えない。地下に何かとんでもない兵器でも隠しているのであれば別だが。

 というか半数を殺害したのだから村人自体に何かあるわけではないな。

 

 村長はヤントラを不思議そうに見つめた。

 隣りの魔術詠唱者(マジック・キャスター)はともかく、彼は本当に旅人なのだろうかと。

「村人を半数は殺害しました。すぐに大部隊を送り込んでくるとは思えません。その前に情報収集するはずです。それまでに王国側に依頼を出すなりしておけば、少しは牽制になるでしょう」

「そ、そうですね」

「カルネ村はちなみに貴族と仲が悪いんですか?」

「そんなことは無いと思います。今まで平穏に暮らしてきましたので」

 確かに見せしめという線もあるだろうが、今回のは明らかにやりすぎである。

 せいぜいが嫌がらせ。村人を虐殺するのはさすがの貴族も簡単には出来ない。

 特にそのためだけに兵士を送り込む貴族はまともな思考はしていないだろう。

 村娘を手に入れるのであれば、その手の命令をしているはずだ。

「誰かをおびき寄せる餌という線もあるな」

 アインズの発言に村長は首を傾げた。

 全く見当がつかなかったからだ。

「それならば王国も敵となるだろう」

「その誰か、という情報は村長にはありそうですか?」

「い、いえ……。思い当たるような人は……。この村ゆかりの者となると……全く……」

「他の村も襲われているとすれば誰かを引きずり出す口実にはなりますね。誰かにとって目障りで厄介な存在……。その為ならば虐殺もいとわないような……」

 とはいえ考えられるのはここまでだろうとヤントラは思い、アインズも結論は出ない気がした。

「三国に共通の敵とか、あるかもしれませんね」

「それは……身もふたも無いというか……」

「とにかく、村は襲われない対策は取るべきです。いわれの無い殺戮は受け入れるべきではない」

「はい。村の者と相談して決めていきたいと思います」

 村の防衛に関してアインズは既にエンリにマジックアイテムを渡しているので、それを活用すれば少しは保つだろうという算段がついていた。

 この村は今後の足がかりとして活用する予定だから、影ながら守ってやろうと思った。

 

 不可視化のモンスターを派遣し、敵の出方を窺う。ついでに色々と情報を引き出せるかも検討する。

 死体や装備品については今は考えなくてもいいだろう。

「申し訳ないが、私はここで失礼するよ。村の護衛については私からも手の者を向かわせよう。少しばかり村の為に働かせてはもらえますかな?」

「そ、それはもったいなきお言葉! アインズ・ウール・ゴウン様の頼みを誰が断れましょうか!」

 今にも号泣しそうな村長は身を乗り出してアインズのガントレットの手を両手で握り締めた。

 ヤントラには分からなかったが、アインズの活躍はそれほどの感動を与えていたらしい。

 アサシン(暗殺者)の真似事をしていたヤントラはあまり気付かれていなかったもよう。

 手柄(てがら)自体(じたい)はアインズに持っていってもらっても気にならなかったので、黙って見ていた。

 話しが終わる頃に村長の家に数人の生き残った若者達が入ってきた。

 それぞれ緊急事態を告げるような緊張をはらんだ表情をしていた。

「な、何事かね?」

 すぐに村長達だけで会話が始まる。

「死の騎士(デス・ナイト)が暴れている、とかじゃないよな?」

「それはさすがに……」

「この村は戦争ホイホイなのかな?」

「そうだとしたら不運な村だな」

 アインズとヤントラの短い会話。

 不運な村だとしても同情する気にはならない。

 カルネ村はあくまでアインズにとって様々な計画の出発点としての踏み台にしか価値は無い。

 用が済めば見捨てるだけだ。

「あ、アインズ様。馬に乗った戦士風の集団が来ているそうなのですが……。我々はどうすれば……」

 先ほどの兵士が応援を呼んだのだろうかと思った。

「数は?」

「二十人……くらいかも。それほど多くはありませんでした」

 と、若者の一人が答えた。

 少人数で襲撃するのは少し変だなとアインズは思った。

「分かりました。私が対応しましょう。皆様方は一箇所に集まって待機していてください」

「アインズ様……。すみません」

「いえいえ」

 手を挙げてアインズは友好的に対応する。

「せっかく救った村をすぐに潰されるのは気分が良くないですからね。報酬は要りません。さすがにもらえるような状況ではないと理解しております」

「ありがとうございます」

 村長と若者達が深く頭を下げた。

 意思(いし)疎通(そつう)の出来る相手が居ればアインズも仕事がしやすい。

 確かに報酬で外貨を手に入れる計画はあったが、ここは我慢しなければならない。

 無い袖は振れない。

 いずれまた訪れたときにでも交渉すればいいだけの話しだ。

 外に出て死の騎士(デス・ナイト)を村人の護衛に任せ、アインズはアルベドと共に来訪者を歓迎することにした。

「アルベドよ。あくまでも友好的に振舞え。人間が嫌いなのは出来る限り隠すように」

「畏(かしこ)まりました」

 そう言って静かに主人の背後に控えるアルベド。

 アインズは地面に顔を向けた。

 無数の大きな穴。それらが村の中心にいくつも点在する。

 空襲を受けたと言ったら信じてくれそうなほどの惨状だった。

「……アルベドよ。追加で悪いがこの穴を後で埋めるよう手配してくれ」

「畏まりました」

 死の騎士(デス・ナイト)でもここまで酷くはないぞ。とアインズは思い、アルベドの方をチラっと見た。

 女性を怒らせると怖いなと思った。

 離れていたとはいえ、ドッカンドッカン大きな音は聞こえていた。

 ドカドカドカ、という短い連続音かもしれない。

「……もぐら叩きじゃあるまいし……」

「?」

 アインズは一つだけ咳払いした。気持ちを落ち着かせる。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 村の入り口に馬に乗った集団が現れ始める。

 彼らはそのまま村の中心まで移動する。途中で地面の穴に気付き、ようやく停止する。

 若者達の言うとおり戦士風の人間。それぞれの武装は先ほどの兵士たちとは違い、統一されていなかった。

 一人ひとりが歴戦の戦士という風体で、それぞれに合った装備をしているのだろうとアインズは思った。

 数は二十。

 来る前に穴を塞(ふさ)いでおけば良かったかな。

 相手が歩きにくいので近づくのを躊躇(ためら)うかもしれなかった。でも、来ちゃったものは仕方ない。開き直るしかなかった。

 途中まで近寄った戦士、というか傭兵というか、一団は死の騎士(デス・ナイト)に気付き驚きの声をあげた。

 声に反応し、顔は相手に向けたが襲い掛かったりはしなかった。

 驚く一団の中からひと際異彩(いさい)、というか迫力のこもった顔立ちをしている男性が先頭に立って近づいてきた。もちろん、彼とて死の騎士(デス・ナイト)には驚いた。

 ふとアインズは周りを見回す。ヤントラ(バカ)の姿が無い。

 まだ村長の家に居るのかな、と思いつつ前を見据える。

 途中まで馬で接近してきた一団だが、先頭の男性が馬を下りた。

 普通の兵士の集団なら馬上のまま相手を見下ろすことが多い。特に村人などの平民相手と同じ目線には立たない。

 それは騎士であっても同じだろう。

 この男が一団のリーダーらしいとアインズは推測する。

 後から村長がアインズの側までやってきた。

「私は存じ上げないのだが……。村長の知り合いだろうか?」

 村長が答えるよりも先にリーダー格の男性が答えた。

「私はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフだ」

 そう言いつつも周りに向ける視線は今にも斬りかかりそうな迫力がこもっている。

 死の騎士(デス・ナイト)。アルベド。そして、アインズに向ける視線は更に強い。

「この近隣を荒らしまわる帝国の騎士達を討伐(とうばつ)するため王の勅命(ちょくめい)を受けて参った。出来れば話しを聞かせてほしい」

 地面の惨状。家の倒壊などを見てだいたいのことは察知していた。

 話す言葉が力強く、顔つきと同等に迫力が込められていた。

「王国戦士長……」

 帝国の騎士の討伐とガゼフは言った。つまりは敵はバハルス帝国。

 または帝国の鎧を着たスレイン法国の偽装工作。リ・エスティーゼ王国自身の自作自演。

「どのような人物なのですか?」

 アインズは村長に尋ねた。

「私どもも噂話でしか聞いたことがないもので……」

 たまに来る行商人や町に売りに行った時に聞こえてくる噂話くらいしか情報が得られないので村長といえども知らないことはたくさんある。

 

 ガゼフ・ストロノーフ。

 王国最強の戦士。

 

 平民からのし上がった平民たちの憧(あこが)れの人物。

「それと御前試合で優勝した人物、というくらいしか……」

「なるほど」

 とにかく強い人なんだ。と、アインズの感想は軽かった。

 アインズ達がガゼフと話している間、ヤントラはエンリの家にまた訪れていた。

 馬の足音でまた殺戮が始まるのではと警戒していた姉妹はヤントラの姿を見て、少し安心し、彼を睨(にら)むような目で見据(みす)える。

 得体(えたい)が知れないけれどいい人ではない。

 エンリは彼を敵だと認識していた。妹も彼を見てすぐ怯(おび)えてしまった。

「さて、怯えても何も解決しないから……」

 手を挙げつつ敵意のない事を示しながら姉妹に近づく。

 見た目がまだ血まみれだったが、四角い盾と丸い盾を取り出した。

 木製と鋼鉄製で出来ているようだ。

「無いよりマシだろう。これでも装備していなさい。ネムは木製の方がいいかな」

 文句を言ってもどうにもならない。自分たちは弱いのだからとエンリは自分に言い聞かせてネムの両手に盾を装備させた。

「優しい人が良い人とは限らない。君たちも村長のところに行きなさい。それと……」

 スクロールを二つ取り出し、何がしかの言葉を紡ぐ。

 アイテムが燃え上がるとエンリ達の身体が僅(わず)かに光った。

「これは?」

「多少、防御力が上がる程度だ。攻撃されても少し痛い程度にはなるだろう。ネムもお姉ちゃんと一緒に行きなさい」

 エンリ達を連れ出し、少し遠回りするするように隠れつつ村長の家を目指した。

 ヤントラを警戒してくれているお陰か二人共、無駄口を叩かずについてきてくれた。

 

 裏手、裏手に回りながら村長の家に到着し、裏口から侵入する。

 中に居た村長の奥さんと遭遇(そうぐう)。

「他の村人は今どこに居ますか?」

「近くの小屋です」

 顔をエンリに向けると小屋の場所を教えてくれた。

 敵に遭遇する事無く、ヤントラ達は小屋まで静かに移動する。

 エンリは移動している間、ヤントラがただの旅人ではない事は理解した。

 静かに移動するのは彼の取得している職業(クラス)に由来しているのかもしれない。

 

 アサシン(暗殺者)。

 

 暗殺用ではなく小剣などを扱いたいだけで選んだ職業。隠密行動は勝手に付随した程度の認識しか持ってなかった。

 戦士職とはいえ長い武器は持ち運びに不便だったのでボス戦以外は盗賊(ローグ)系に頼ることが多い。

 武器を投擲する職業(クラス)。これはどんな職業(クラス)が良いのか分からず、とりあえずシューター(射手)を取ってみたが役に立ったのかは不明。盗賊(ローグ)系でも武器は投げられたらしい。

 アーチャー(弓兵)という職業(クラス)もあったが弓に興味が無かったので取らなかった。

 戦闘メイドの一人『ユリ・アルファ』を参考にストライカー(打撃格闘家)を取得。

 ガントレットの戦闘に役立てた。

 レベル的にはまだ余裕があるので他の職業(クラス)も取得したかったが、転移した現在において新たに得られるかは未知数。

 基本的に助けを必要としないソロプレイヤーらしい職業(クラス)を取ってきているが数が増えると混乱してくる。

 男女混合の職業(クラス)を得られるようなので『ワルキューレ(戦乙女)』という女性職を狙っていたが取り損ねた。

 使わないものは忘れる。

 ゲーマーとしては割りとずさんな方かもしれない。

 

 現場に到着し、エンリ達を置いてヤントラは移動する。

 エンリは一応、お礼を言おうか迷ったが彼はすぐに居なくなってしまった。

 外に出たヤントラはアインズ達が見える位置まで移動する。

 話しは続いているようだが、戦闘の気配は無いようだ。

 一応、全ての村人が一箇所に集まったので守る分には楽になった。

 話しはアインズに任せてヤントラは手持ちの武器を確認する。

「さすがにボス級はまだ早かったな」

 アルベドクラスが強者のレベルとしては相応しい。

 ソロでのボス討伐も相当苦労したものだ。

 初めての殺人。ゲームでは人間型の敵を殺すことがある。

 それは『慣れ』というのだろうか。

 転移による人間種の新しい特性なのだろうか。

 死体を見ても気持ち悪いとは思ったが吐くほどではない。

 リアルというか、ほぼ現実と変わらないのに恐れなかった。

 自分の腕が斬り飛ばされた時もいつものこととして認識していた。

 驚くほどの平静ぶり。

 快楽殺人に走る自分を想像するのも遅くはない。

 アサシン(暗殺者)の職業(クラス)の影響だろうか。そうだと仮定すると残りの職業(クラス)も何らかの影響があるのかもしれなくなる。

 アインズもそうだとすると人間の価値観はゴミ以下になっているかもしれない。

 小さな子供の腕を切り飛ばしてもなんとも思わなかった。

 きっと姉の前でぐちゃぐちゃに八つ裂きにも出来たりするのかもしれない。

 

 悪のロールプレイ。

 

 特にそれは否定しなかったプレイスタイルだ。

 殺し殺されるプレイが普通だったユグドラシル。その影響で感情が麻痺しているのかもしれない。

 PKされる自分も平然としているのだから、あながち推測は間違っていないのかもしれない。

 ゲームクリアが第一目標だった時代。操作方法を覚えるのに必至だった。

 一般人よりも下手くそ。

 第二のアバターは更に下手くそになってしまった。

 成長も遅い。

 十年以上をかけて努力した結果は中堅プレイヤー。中の下かもしれないし、それ以下かもしれない。

 自分の弱さはよく分かっている。

 レベル八十くらいなのに身体は意外と脆い。

 強敵と戦えば普通に死ぬ。

 スピードに特化した守護者であれば確実な死が待っているかもしれない。

 アインズ自ら用済みと判断し、始末に来る可能性の方が高い。

 様々なアイテムと魔法を持っている相手から逃げるのは絶望的だ。

 死ぬなきっと。

 死んだら、そこで終わり。

 ヤントラは空を見上げる。

 ゲームでの死はログアウトのようなもの。特別の感情を抱くほどのことは無い。

 ユグドラシルではない、ここでの死はどんなものになるのだろうか。

 脳みそを生きたまま食べられる間の自分はどんな気分なのだろう。

 精神が保たれていれば死は安らぎと思って永遠の苦痛が続くのだろうか。

 溶岩シャブシャブは嫌だな。

 ふと罠にかけられた時の事を思い出す。

 ありとあらゆるトラップにかけられ、この世の苦痛全てを体験したのではないかと思われた時代。

 あれらがまだ生易しいものだとするならば、今回は想像を絶する死が待っているのかもしれない。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 死は快楽ではない。

 辛くて悲しくて痛くて逃げ出したい。

 ヤントラは普通の人間だ。人並みの悲しみも知っている。

 人並みの絶望も知っている。

 人並みの幸福も知っている。

 死ぬ様子が面白いと思ったことはある。まぬけな死ほど滑稽(こっけい)だ。実際は自ら進んで死にたかったわけではない。

 それでも耐えられたのはゲームだからだ。

 では、ゲームではない現実の死はどうだろうか。

 楽しいだろうか。

 楽しみだろうか。

 絶望を味わう人間の顔が待ち遠しいだろうか。

 

 ギルドメンバーと過ごした日々は楽しかった。

 手取り足取りゲームのいろはを教えてくれたたっちお兄ちゃん。

 真っ先にミンチにしてくれたタブラ。

 ゲームの事をこっそりと教えてくれた茶釜姉さん。

 戦い方をこっそりと教えてくれた武人ちゃん。

 他にもお世話になった人は居るけれど、その全員が私を殺しに来る。

 味方が居ない。

 目蓋を閉じればNPCに生きたまま食べられる記憶が蘇る。あれが今度は現実に変わる。

 孤独。

 今度は復活は無い。

 無になれるかも分からない。

 元の世界に戻れる可能性こそヤントラにとって至上最悪のバッドエンドである。

 その可能性は例えるならば『ナザリック地下大墳墓を破壊してでも阻止しなければならない』最重要問題だ。

 一縷(いちる)の可能性すら破壊し尽くす。

 ハッピーエンドの選択肢は無い。

 無。またはバッドエンドの二択のみ。

 三つ目の選択肢は生まれるたびに破壊する。必ず二択にしかしない。

 

 狂気とも言えるヤントラの選択。

 人間種でありながら異形種のような存在。

 転移による特性のなせる業(わざ)なのか。それとも元々、ヤントラは『そういう人間』だったのか。

 いや、そもそもヤントラは本当に『人間』だろうか。

 オチとしてありそうなものを並べてみよう。

 実は人工知能。

 ユグドラシルが生んだ生体世界級(ワールド)アイテム。

 運営の悪ふざけが生んだバグ。

 モモンガの妄想した仮想の敵の具現。

 ワールドエネミーの残留思念が受肉した存在。

 ユグドラシルで作られたキャラクターの廃棄データが意志を持った。

 神。

 全て夢。

 

 下らない事を考えている内にヤントラは眠くなってきた。

 人間種であるので睡眠は必要になってくる。

 食欲もあるが、今のところは大丈夫なようだ。

 人間種が人間を食べるとどうなるか。

 システム的には可能だが、基本的には『病気』というバッドステータスになる。

 弱体化の悪質バージョン。

 ステータスの大幅減少。当然、攻撃、魔法の威力はかなり落ちる。

 魔法でもアイテムでも治せない。自然と消えるまで待つしかない。それはランダムで一週間、一ヶ月と続くと言われる。数時間で治ったら御(おん)の字(じ)だ。

 この世界ではどうかは分からない。

 人間の身体には良くない事は分かる。精神は病むなきっと、とヤントラはネムの顔を思い浮かべる。

 自分のバッドエンドを考えていたらお腹が空いてきた。

 排泄行為が未だに起きないが膀胱(ぼうこう)とか爆発しないのだろうか。

 凄惨な結末はよく浮かぶが、実際はどうなっているのやら。

 気分を変える為に予備の無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)を取り出し、水を飲む。

「……味方は必要だろうか……」

 ソロプレイヤーとして活動はしていたが援護は度々欲しくなる。

 ヤントラのイメージでは戦闘メイド二人分が後ろに控えていた。

 とても心強い。

 命令するのは得意ではないので、パーティの実現は遠いだろうな。

 森妖精(エルフ)のソロプレイヤーとだってギクシャクするほどだったし。三人共、その当時は初心者だったけれど。

 最初期に居たソロプレイヤーの二人のエルフは共に女性。

 『ザリチェ』と『タルウィ』という名前だった気がする。

 気がする、というのはフルネームが思い出せないからだ。名前だけかもしれないけれど。

 ザリチェが大剣と信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)。

 タルウィがアーチャー(弓兵)などの遠距離専門の職業(クラス)を取得していたはずだ。

 二人を簡単に説明するとヤンデレ(ザリチェ)とバカ(タルウィ)。

 タルウィは闇妖精(ダークエルフ)だったかな。肌の色も変えられるようだから実際はどうだったか忘れたな。

 初心者にありがちな後先考えないプレイをしていた記憶がある。とはいってもそれから少しは上達しているだろうから、中堅クラスくらいにはなっているかもしれない。

 

 名前から姉妹のように思われるがどちらかがリアルでは男性だった気がする。

 アバターは両方女性になっているけれど、姉妹ではなかったはずだ。

 エルフ好きというだけなのだろう。

 まだギルドの形が無かった頃、ゲームについて話す機会があった程度の仲だ。

 私は黙って聞き入る方で会話はたっちお兄ちゃんの担当だった。

 最初の頃はそれなりに楽しかったな。

 気が付けば十二年か。

 実質、数年がかりでストーリーを消化していったことになる。

 アップデート後も同じくらい手間をかけた。

 手間をかけて残せたのは大量のアイテムと金貨。

 今回の新しい冒険はどう攻めたらよいだろうか。

 一通り国をめぐるのも悪くは無いだろう。

 淡い願いがこれから先、叶うとは限らない事をヤントラは思いつつアインズの様子に周囲を向ける。

 いつアインズがヤントラを切り捨てるのか、気にはなるが対処の出来ない今は諦めるしかない。

 レベル的にも能力的にも圧倒的に不利で逆転という発想は今は捨てている。

 とはいえ、弱者には弱者なりの戦い方がある。

 いま少しだけ冒険をさせてもらいたい。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ガゼフにアインズは相手の出方を窺いつつ襲撃について分かる範囲で伝えた。

 死体を処分してしまった後だったので見せることは極力、断り続けた。

 奪った装備品のいくつかはアルベドに用意させた。

 それで相手が納得するどころか不審の要素が強まるのはアインズとて理解している。

 とはいえ正義は今のところ自分達にあると自負しているので下手(したて)には出るわけには行かない。

 ヤントラの耳に小さく聞こえる範囲では話しは順調のようだ。

 王国戦士長という男性の顔はずっと厳しいのが気になったが、自顔ならば仕方ない。

 久しぶりに運動したせいか、眠い。欠伸(あくび)が何度も出てしまう。

 眠気(ねむけ)覚ましに効くアイテムとか無かったのかな、と無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を漁るヤントラ。

 食料系のアイテムも充実せねばいかんな、と思っていると相手方に慌しい動きがあった。

 身を潜めているがアサシン(暗殺者)やレンジャー(野伏)の特殊技術(スキル)は使っていないので探知することに少しでも長けた者にはヤントラの居場所はすぐに分かる。

 気配も別に消してはいない。ただ、隠れているだけ。

 部下の報告があった瞬間にガゼフがヤントラの居る方向に顔を向けたので気配でも察知したのだろう。

 ガゼフは顔をアインズに戻し、村長と共に歩き出した。後ろに控えていた部下と思(おぼ)しき集団も武器をいつでも抜けるように準備して周りに警戒し始める。

 非常事態が起きたことはヤントラも見ていて感じた。

 今のところはこちらを敵とは認識していないようだ。

「取り逃した兵士が応援でも連れて来たのでしょうか?」

「それは分からんが……。村長殿」

「は、はい!」

 野太い男の声を聞き、村長は背筋を伸ばせるだけ伸ばして返事をする。

 相手は王国戦士長。失礼の無いように振舞わなければならないと思ったらしい。

「一旦、貴殿は避難してくれ。敵の出方次第ではここが戦場になる」

「王国戦士長の言うとおり我々は避難しましょう」

 緊張感の無い声でアインズは村長に言った。

 ガゼフは敵の正体に薄々気付いていたのでアインズという得体の知れない人物の力を借りることに躊躇(ためら)いがあった。

 村を守ったという話しに嘘は無いのだろうが。

 村長達を避難させた後、ガゼフ達は迫り来る敵の姿を確認する。

 ゆっくりと近づくのは兵士や騎士のような全身鎧などを着たものではなく魔法詠唱者(マジック・キャスター)の類(たぐい)だった。

 一般的に魔法詠唱者(マジック・キャスター)は重装備を嫌う傾向にあるためだ。そして、彼らの頭上には光り輝く存在が浮かんでいた。

 

 天使。

 

 アンデッドや小鬼(ゴブリン)などのモンスターと一緒で天使もモンスターとしてユグドラシルには存在する。しかし、この天使も同じとは限らないが、同類である可能性は高い。

 姿がゲームの時と似ていたからだ。

 光り輝く鎧に身を包み、炎をまとった剣を持っている。

 人型ではあるが分類上は異形種に当たる。

 アインズの記憶にある天使の中の『炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)』というモンスターの名前が浮かんだ。

 第三位階相当の召喚魔法で呼び出す事が出来る。

 それが見えているだけで三体浮かんでいた。

 一旦避難していたアインズがガゼフの元に赴(おもむ)き、尋ねる。

「あのモンスターに見覚えが?」

「天使は知っているが、俺も初めて見るモンスターだ。神の使いを使役するところからスレイン法国で間違いないだろう」

 敵を見据えたままガゼフは答えた。

 

 スレイン法国だとしても彼らの狙いがアインズには分からなかった。

 天使を使って襲撃するほど、カルネ村に価値があるとは思えない。

「この村に襲撃するほどの価値があるとも思えないのですが……」

 もちろんアインズに狙われる理由は無い。というよりは転移したばかりなので各国に恨みを買うようなことはしていない。

 襲撃した者を撃退しただけだ。

「ゴウン殿にも分からんとは……」

 アインズはスレイン法国よりもユグドラシルに酷似したモンスターが存在することに驚いていた。

 つまりこの世界にはユグドラシルからもたらされた力が存在するという事になる。

 将来的にナザリック地下大墳墓の危機に関わる問題になるかもしれないので、あれら襲撃者を捕らえて情報を聞き出したいところだった。

「……というか、本当に騒乱ホイホイだな……」

 平和な村に各国の兵士が集まる。

 荒唐無稽な出来事はアインズをして苦笑せざるをえない。

 この村なら意外と情報が集まるかもしれない。足がかりとしては相応しいだろう、という評価を下す。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)もアインズからすれば雑魚モンスターなのだが信仰系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)とは相性が悪い。

 より上位の天使が出ることになればダメージを負うかも知れない。

 レベル60相当までの上位物理無効化のレベルは3。弱点では正・光・神聖攻撃脆弱レベル4。炎ダメージ倍化がある。

 プレイヤーがどんな装備をしても完全無敵には出来ない。

 難攻不落と言われたナザリック地下大墳墓も運営の監視やルールの範囲内で強化された場所であるため、無敵には設定できない。

 ゲーム時代は敵の強さはある程度の数値として見る事が出来たが、この世界は何も表示されていない。

 強さの分からないモンスターはアインズとて脅威に感じる。

 ユグドラシルと同じモンスターでもパラメータまで同じとは限らない。

 

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