※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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F-14 二人の英雄

 それから数日が過ぎた。

 城塞都市エ・ランテルは魔導国に割譲され、かの(アインズ・ウール・ゴウン)国(魔導国)の都市となった。

 国外退去を恐れた市民の為に魔導国民の戸籍を得ればこれまで通り住む事を許された。

 もちろん貧乏な市民も居るし、引っ越しを選ぶ者も居る。

 それらは帝国が手厚く面倒を見る形で大きな混乱は出なかった。

 カッツェ平野から逃げ帰った兵士達もそれぞれ自分の住む場所に帰る。

 彼らの心のよりどころは英雄モモンだけだ。

 土地をもらえる事になったヤントラはエ・レエブルの街道近くで杭打ち作業を始めた。

 エ・レエブルに迷惑がかからずトブの大森林から来るモンスターの影響など様々な妨害が無い場所。

 地下水の影響も無い方が良いのだが掘ってみないと分からない。

 蒼の薔薇が焼き討ちした場所は『八本指』の残党に狙われるかもしれないので出来るだけ避けた。

 盗掘のおそれが一番の懸案事項だが警備員を常駐する事は考えていなかった。

 蒼の薔薇は王国に置く事にしたし、新しい拠点は自分一人で使うつもりだった。

 当然、ラキュースは連れてこれない。それはまだ今の段階での話しだが。

 王国籍を手に入れたルリマリスは大層喜んでいた。

 隠れてこそこそする必要が無くなった、というのが大きいだろう。

 奴隷から一般国民として生活できる彼女は幸せ一杯だった。

 もちろん耳を奪われたり、ナザリックに強制送還されるおそれは残るが。

「らっらっら~」

 足を上げつつ広場で踊る森妖精(エルフ)。

 もちろん、ダンス用の服装は身につけている。

 つい先日まで黒い仔山羊の夢にうなされていた娘とは思えないほどだ。

 エ・ランテルから逃げ帰った者の中には山羊の鳴き声を聞いただけで家に閉じこもってしまう者も少なくない。

「次の戦争までは平和に暮らしたいものだ」

 ルリマリスの舞踊を眺めるイビルアイ。

 蒼の薔薇の新装備はいずれ城でお披露目する事で今は普段の服を着ていた。

 今までよりも確かに上等な装備だが、それを着て活躍する日が来るのか不安ではある。

 さすがに超ど級の大型モンスターにはしばらくは会いたくないな。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の方がまだ可愛いとさえ思う。

 敗戦したが自分たちはまだ生きている。今のひと時を楽しまなければ損だろう。

「……冒険者を引退しようかな……」

 さすがに本気でそう思った。それほどの相手を敵に回した。

 だが、引退したところで敵が消えるわけではない。

 王国や帝国以外には人間を食料にする亜人の国がいくつもある。

 大陸中央にあるというビーストマンの国も。それらの脅威から人々を守らねばならない。

 ナザリックは特別だとしても自分たちはまだ役に立てる。

「あのくそばばぁ(リグリット)! どこに行きやがった!」

 イビルアイは空に向かって叫んだ。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 ナザリック地下大墳墓第十階層にアルベドと対峙するヤントラ。他には誰も居ない。

「この度は随分と迷惑をかけた。怒られただろうな」

「はい。……ですが、謹慎(きんしん)もなく滞りなく仕事に従事させていただいております」

「ナーベを手にかけたと聞いた時は驚いたが……。蒼の薔薇を待機させていて良かった」

「ケガはもう治っておりますが、罰が継続中でして」

「エントマもか?」

「いいえ。彼女は特に何も……」

「日ごろの鬱憤(うっぷん)が爆発したようだが、大声で罵声を浴びせたらすっきりしたよ。あの野郎と互いに殴り合っている気分だ。こっちはイビルアイの首がもげた上に虫を入れられたんだぞ。ケンカ両成敗で勘弁してやるよ」

「さすがに言いすぎだったのでは?」

 アルベドは苦笑した。

「あれくらいやらないとモモンはアインズとグルになってしまう。打ち合わせをしていない分、演技の部分は入らないから都合がいいだろう。戦争は終わったし、過ぎた事だ」

 大勢の死傷者が出てしまったが忠告はした。それを無視した者達の責任は大きいだろう。

 この先もモモンガに邪魔されるかもしれないと思うと、いよいよ決着をつけなければならないだろう。

 随分と先の話しになればいいが。

「予定より少し早い気もするがラキュースを連れて帰ろうと思う。帝国での催しで必要になればユリに連れ出してもらったり、互いに『伝言(メッセージ)』でやりとりすればいい。それは本人同士に任せるよ」

「それはご報告させていただきます」

「ああ。私はこれから新たな家作りで忙しい。それからはのんびりと冒険だな。モモンガとは関わらないような……。モンスターの住処を次々と占拠されている気はするが……。邪魔したら許さないからな、と……。ナーベの見舞いもしたいところだが……、きょう……いや、本人に会えたら礼を言おう」

 アルベドは軽く頭を下げた。

 いつもモモンガと共にいるナーベラルが羨ましいと嫉妬心を持っており、今回の事でざ(・)ま(・)あ(・)み(・)ろ(・)、と思っていた。

 その後は着替えを手伝ってもらったりと報告では自慢するからまた腹立たしい思いを感じてしまった。

「……ナーベラルを見捨てる気なら貰うからな。その事は既に本人に色々と言ってはいるが……。エ・ランテルを手に入れた後、モモンはまだ冒険者を続けるんだろうか? まあ、やるかどうかは本人が決めることだが……。では、またな」

「はい。……では、お帰りになる前に……」

 アルベドはナーベラルなら本当に差し上げてもいいと思った。

 嫉妬心もあり、モモンガのために働いてくれたヤントラを自室に招く事にした。

 ヤントラは巨大図書室(アッシュールバニパル)で容器と保存液の追加、鍛冶師に興味があった羊皮紙製作に必要な道具一式を予備を含めて五つほどと戦闘メイドの装備に似たものをいくつか注文。装備品は森妖精(エルフ)に着せるかエンリに着せるか。とにかく、記念として手元に置こうと思った。

 彼女達の防具はなかなか拝見できないから。

 それらの後で第九階層のアルベドの私室に訪れた。

 愛するもののためならば手段を選ばない彼女はヤントラから要望を聞いてみた。

 言うだけならタダだと思っているヤントラは八階層に居る二人の女性とペストーニャの名前を出してみた。

「……仰せのままに……」

 もちろん、アルベドは嫌な顔どころか口角を限界まで吊り上げた笑顔を見せて、要望の女性三人を連れてきた。

 一人はすぐに元の場所に戻す必要があるので用件を一番最初に済ませるようにヤントラに頼んだ。

 身(・)内(・)すらも利用できるものは使うという意思表示なのだろう。

 箱も用意してきて選(・)別(・)だ(・)といわんばかりだ。ヤントラを寝室に入れた後、アルベドは事が終わるまでのんびりと過ごした。静寂(サイレンス)により音は一切漏れないので鼻歌交じりでアインズことモモンガ人形を製作する。

 数時間の作業、それはもう胸揉みどころではない職人芸と化したものになっている。

 作業が終われば箱詰めだ。ヤントラは自分でも苦笑する。何の仕事をしているのだろうかと。

 とにかく、それらは注文品も含めて王都へ運ぶように指示する。

 早めに戻さないと混乱が広がる女性だけは戻して、残る二人は休憩を挟んで第二回戦でやめることにした。

「……そういえばシャルティアにも罰をお与え下さいませ。調子に乗って敵の罠にはまり何らかの精神支配を受けたそうですから」

「……階層守護者が支配? 吸血鬼(ヴァンパイア)なのにか?」

「はい。この世界特有の世界級(ワールド)アイテムではないかと……。超位魔法『星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)』で効果の打ち消しを試みたのですが……」

 『星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)』は魔法詠唱者(マジック・キャスター)として95レベル相当で覚えられる超位魔法。

 経験値を消費し、ランダムな願いを叶えるのだが、期待はずれな願いだと無駄にレベルダウンするので覚悟が必要な魔法だと言われている。

 課金アイテムで使える方法があるらしいが、戦士職のヤントラには遠い存在だ。

「通用しなかったと……。……てっきり血の狂乱で叱られるはめになったのかと……」

「それも原因というか油断に繋がったのではないかと……」

 吸血鬼騒動の顛末と繋がる事態になるわけだ。

 血の狂乱だけではない事態があったのだな。

 それよりも未知の敵が世界級(ワールド)アイテムを所持している。それはナザリックにとって充分な脅威だ。

 存在抹消系ではないのが幸いしたな、と少しだけ安心した。

「……良かった」

「はい? 何が良かったのでしょう?」

「存在抹消系の世界級(ワールド)アイテムを使われなくてって意味で」

 アルベドは少しだけ逡巡(しゅんじゅん)し、何かに納得したのか何度か頷いた。

「それで名前に変化があったわけだ」

「あ、はい。名前が黒く変化しておりました」

 白い文字のまま精神支配を受けていた方が数倍も脅威だろう。

 この世界でも名前の変化が同じだと分かっただけで救いかもしれない。

 それから今更だが、支配で気が付いた。

 レベルの低かった時代に支配や混乱を受けたら誰かを殺していてもおかしくないことに。

 そうするとうっかりPKしていても不思議ではない。あと、全く覚えていないし。

 ギルドメンバーの悪ふざけが無いとも言い切れない。

 魔法の試し撃ちくらい普通だったから。

 そうすると誰を殺したんだろうか。この世界では結構、人は殺しているからどうでもいい話しになっているけれど。

 過ぎた話しが多いな、そういえば。

「……アルベド」

「はい?」

「私は何かを滅ぼそうという目的は無い。寿命を迎えて死んでいくまで楽しく過ごせれば充分だ。それくらいささやかなものだよ。だから……」

 アルベドは首を横に振る。

「何もおっしゃらないで下さい。バスパ様がどのようなお考えだろうと構いませんもの。私は自分の幸せの為にしているだけですから」

「……幸せを感じられる君が羨ましいよ」

 タブラ・スマラグディナから紹介された三姉妹に挨拶代わりに瞬殺されたお詫びとして設定された文章。

 『バスパが困っていたら協力は惜しまない』などという、さすがにそんな都合の良い設定は書かれていないだろう。

 遊びに来ていたエルフ二人(ザリチェとタルウィ)も他のNPCと仲が悪いことは無かった。

 ヤントラと違い、罠にかけられることもなかったようだし。

 罠にかからない技術をもっていたのかもしれない。

 アルベドから見れば何かに利用できると思っているから協力してくれるのだろう。でなければ先ほどの女性二人を捧げるのはナザリックに敵対しても構わないとも取れる。

 女の業(ごう)は凄まじい。

 互いに利用し合うのも悪い気はしないが、今のヤントラはモモンガを取り出す(アインズ・ウール・ゴウンからの)すべ(解放)を持たない。

「……君の期待に応えられる保障が無い事を……」

 またしてもアルベドに口を押さえられた。

 縦割れした金色の瞳。不敵に歪む笑みは邪悪な女神のようだ。

「そ、れ、は言いっこなしですわ。くふふ。魔導王と漆黒、どちらも素晴らしい対決でございました。そのどちらもが、と高望みできないのが歯がゆいのですが……」

 モモン、ガまで言えない名前なのが残念ですが、と小声でアルベトは呟く。

 愛称だと思えば多くの人間に呼ばれている光景は身体が火照(ほて)るくらい嬉しい事だった。

「……あっちは魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)だもんな……。不器用で申し訳ない」

「モモンガ様の御業(みわざ)までは望みませんよ。似た声ではありましたが、普段もあのように凛々(りり)しく叫ばれれば宜しいのに。くふふ」

 支配者に相応しい対応と言われても難しい。

 ヤントラは支配者を倒す立場だから、なんともいえないが。

「……あー、あんまり期待しすぎても駄目だよ。支配者もガス抜きは必要だ。身体はアンデッドでも精神まですり減らすと自滅傾向になってしまうかもしれないからね」

「はい。それは胸に置いておきますわ」

 自分の胸に手を当ててアルベドは自愛に満ちた顔で頷いた。

 

 アルベドに減り続ける資金の確保に数個の『エクスチェンジ・ボックス』の製作を依頼し、飲食不要の指輪(リング・オブ・サステナンス)を二百個ほど発注もかけた。

 資源確保の出来ない現状では今ある資源を有効活用するしかない。それはいつまでもナザリックに頼りっきりになるわけにはいかない。

 今すぐ必要な資源というものは無く、ポーション類を除けば数年間は手持ちのアイテムで充分だった。

 蒼の薔薇への礼も兼ねてポーションなどを用意してくれた。

 ナザリック地下大墳墓でもポーションの生産は出来る。

「大事な事を忘れていた……。私の良く分からない『実験』に協力してくれる君に伝えておこう」

「はい」

「『モモン(偽物)』は休業だ。再開時期は……無いことを祈る。……正直に言えば二度とやりたくないが……。急に偽者が二人も三人も出て来ては困るからね」

 アルベドは了解の意味で頷いた。

「……MPが少ないが欲を出しても良いかな?」

「もちろんでございます」

 妖艶な笑みで頷くアルベドが次に用意したのは骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)のティトゥス。

 目隠しの後、実験に付き合わせたが意外と平気だったようだ。

「大事な人材を早々、滅ぼしたりはしないが。私も腕を上げたものだ」

「なにやら物凄い事があったような気がしますが、こちらはなんともありませんぞ」

 ティトゥスは我が身を確認し、何度か頷いた。

「恩を仇で返すようで申し訳ない」

「実験には様々な犠牲や無駄が多いものです。お役に立てたのであれば……」

 あっさりした性格なのか、ティトゥスは疑問に思わなかったようだ。

 アンデッドは殴打武器や弱点属性のダメージでもない限り痛みは感じにくいようだ。

 系統別の魔法を持つシモベ達も連れてきてもらう事にした。

 それらも目隠しだけしてもらい、作業が終われば事務的に仕事に戻るという仕事人気質のシモベ達だった。

「羊皮紙の調達先などは聞かなくてよろしかったのですか?」

「それはまたの機会にするよ。シャルティアを明日に回すとして……、大物と行こうか。残りのMPをかけて……」

 その大物はアルベドにとってナーベラル以上に嫉妬を感じる存在だった。

 だから、連れてくる事に躊躇(ためら)いはほとんど無い。

 無駄な作業が省けるので面白いようにはかどってしまった。

 嫉妬からか五箱も運び出される事態になった。

 多少はスクロールも用いて労(いた)わっておいたが。

 MPがかなり減ったヤントラを自室の片隅に留め置き、アルベドはNPCの管理データを開いて異常が無いか確認していく。

 箱を置いておくと空白のデータが増えるのだが、持ち出すと消える事には気付いていた。

 最初は分からなかったが、それがヤントラの作業の秘密なのは女の勘で察知していた。

 なので残さず、すぐに送る事にしていた。

 残っていればコストと判断されて維持費が消費されるおそれがあるためだ。トラップなどは使用していないし、シモベを呼び出してもいないので実際には資産の消費に異常が無い事は確認している。

 ヤントラの買い物で逆に少しだけ増えたくらいだ。

 散財にも貢献してあげなければ、という思いも協力する理由の一つになっているのかもしれない。

 愛するモモンガは帝国で色々と打ち合わせをする為に留守で寂しかったが定期的に連絡が来る。

 それでもやはり玉座に誰も座っていないというのは寂しいものだった。

 

 戦争の映像を見ていた階層守護者達は支配者の魔法に大喝采を送った。しかしそこに冒険者モモンが乱入し、アウラ達は混乱したようにどよめいた。

 アルベドはすぐにモモンの正体に気づいたが黙っていた。

 二人の英雄。

 実際に戦ってしまうのではないかと心配はしていた。

 第八位階以上の魔法や即死魔法を食らったらすぐに死んでしまうのだから。

 規則を守るところは『彼(バスパ)』らしいと思ったので少し安心した。

 さすがに大声で罵声を浴びせるところは眉根を寄せるが冒険者モモンの立場では仕方がないと判断した。

 アウラはすぐに転移をさせろと叫び、コキュートスは全軍を送ろうとした。

 シャルティアは正体がバレると困るので待機を命じられていた。

 デミウルゴスは比較的、落ち着いていた。

 声がほぼ同じだったことで気付いたようだ。だから、皆に慌てずに見守るように言っていた。

 映像はもちろん一つではない。様々な場面に敵対者が居ないか監視するため複数の『水晶の画面(クリスタル・モニター)』が展開されていた。

 その内の一つにナーベの姿があった。

 冒険者モモンの相棒だから居てもおかしくはないが、実際は居てはいけない存在だった。

 だから、アインズが彼女に制裁を加えた事には驚きと納得の色がそれぞれに浮かんでいた。

 裏切りではないにしても命令違反に近いのだから罰則は必要だ。

 だが、デミウルゴスはそれらもアインズの計画だったら、と言った。

 変に見逃すと怪しまれるからナーベへ制裁を加える事により王国の英雄への楔(くさび)となる。つまり帝国の英雄であり魔導王アインズ・ウール・ゴウンの威光を知らしめる役割を担(にな)う事にならないだろうか、と。

 戦闘メイドが主の為にその身を捧げるのは当たり前だ。むしろ感謝しているだろう、とデミウルゴスは言った。

 アルベドにしてみればそのまま処分されてしまえば良い、と思っていたが後で問題が大きくなっても困るので大人しく見守っていた。

 戦争終結後に呼び出された後、ナーベが罰として受けた事を知り、少し嬉しかった。しかも罰は当分は継続される事も知り、心の底からお礼を言いたかった。

 守護者統括という任についていなければ自分が冒険者モモンの相棒になりたかった。

 漆黒らしい防具(ヘルメス・トリスメギストス)も持っているのに。みすぼらしい格好のナーベを連れている理由が分からない。

 ヤントラがナーベを貰うと言った時もすぐに差し上げたいと思った。

 愛するモモンガの側には自分だけが居ればいい。その為ならばナザリック地下大墳墓の全てを犠牲に出来る。

 さすがに世界級(ワールド)アイテムまでは持ち出せないが、いずれはヤントラだろうと敵だろうと利用できる者は利用して他の者共を始末してもらいたい。

 だが、弱い者ばかりなので役に立てそうなのはヤントラだけだ。今のところ彼だけがアインズ・ウール・ゴウンに対抗しうる力と能力を持っている。

 今は準備段階だから何も無いけれど、手段の一つとして胸の奥に仕舞っておこう。

 無駄に終わるかもしれないと本人も思っているようだし。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 次の日はヤントラも欲していたワルキューレのクラスを持つ階層守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』が相手だ。

 今となってはワルキューレのクラスの魅力は薄れている。

 変態の師匠であるペロロンチーノが創造した異形の化け物。

 エロゲーは彼に影響されたわけではないけれど、性欲と快感は別物という事実は知りたくなかったな。

 頭は欲望に支配されていて身体は無欲。

 『強欲と無欲』の人間バージョンみたいだな。世界級(ワールド)アイテムは別にあるのだが。

 性欲で経験値とか溜まっていたらいいのに。そんなことを何度も思ってしまう。

 真祖(トゥルー・ヴァンパイア)が相手なのでてこずるだろうな。時間逆行によるダメージ回復の特殊技術(スキル)もあるし。

 アルベドはシャルティアにすぐ目隠しを施し、寝室に放り込む。

 結構乱暴な扱いに寝室で待機していたヤントラは静かに苦笑した。

 事前に箱は一つだけ用意してもらった。百箱ほどと言い出したが吸血鬼(ヴァンパイア)相手には多すぎるし、色々と危険が一杯なので諦めてもらった。

 シャルティアはアインズと激闘を繰り広げたらしい。

 他の階層守護者達もその様子を見てハラハラしていたとか。

 魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)のアインズと信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)のシャルティアでは相性は悪いだろう。

 ましてシャルティアは接近戦も得意だ。

 第十位階の魔法を扱うのでヤントラとて苦戦する。というか勝てないかもしれない。

 神器級(ゴッズ)『スポイトランス』という相手に与えたダメージの幾らかを吸収し、装備者の体力を回復させる事に特化した武器も持っている。

「アインズ様に敵対した罪は大きいけれど私達は納得していないわ。御身を傷つけた罰として八つ裂きの刑で許してあげる。アインズ様がお許しになられても……」

「ええっ!?」

 急に呼び出しを受けて目隠しされて蹴り飛ばされるとは思わなかったシャルティアは驚いた。

「あなたも罰を受けられてすっきりするんじゃなくて? 二時間ほど斬られ続けたら?」

「無茶苦茶でありんすね」

 アルベドにとっては丁度良い憂さ晴らしなので、うっかり殺してくれてもいいのでは、と思ったが、復活に金貨五億枚かかったりするので殺害は我慢する事にした。

「本来ならコキュートスを呼ぶところだけど、部屋に入れるには身体が大きいし、部屋が壊れてしまうから諦める事にしたわ。罰を受けてくれたら作戦参加の待遇改善を考えてあげる。もちろん、考えてあげると言って参加させないような意地悪はしない。出来るだけ善処してあげるわよ」

「……本当に?」

 精神支配以降、待機や参加の自粛(じしゅく)が多く、悔しい思いを感じていた。

 油断していたとはいえ、血の狂乱さえなければ、と何度も思った。だが、吸血鬼(ヴァンパイア)という種族の特性なのだからどうしようもない。

「デミウルゴスばかり良い顔はさせられないから。あなたにも役に立ってもらわなければ」

 シャルティアは寝室にアルベド以外の何者かの存在は魔法を使わずとも分かった。

「こ、こいつは?」

 見えないながらも人差し指を一応は向ける。

「久しぶりだね、シャルティア」

「その声はバスパ様でありんすね。どうしてまたこなところへ?」

「ガールズトークに御呼ばれしていたのさ」

 ヤントラは唇に人差し指を当てる仕草をした。

「ああ……、そういえば。アインズ様が……、バスパ様がスパイだと疑っておられました」

「んっ? それは最近の事か?」

「いえ、千五百人の討伐隊の下りですから、昔、という事になりますが……」

「ん~……。討伐隊による大侵攻の事なら無関係だぞ。当時は……、半年間も昏睡状態で入院してたし……。あ、ちなみに侵攻の一ヶ月前に入院してたからな」

「ええっ!?」

「ええっ!?」

 アルベドとシャルティアは揃って驚いた。

「スパイってことはナザリックの秘密の事だろうけれど……。私の隠し金庫が設置されている施設の情報を漏らすバカなことはしないよ。というか、いくら私がほぼ全てのトラップに引っかかったとしてもだ。全部を覚えていられるわけないじゃん。そこら辺が危ない、という程度しか分からないって。あと、当時から一部の階層は制限により入れなかったし。第八階層がいい例だな」

「そ、そうなのですか」

「捕虜とか無いからな。だいたい『強欲と無欲』を渡したギルドを攻める理由は私には無いし、エルフの二人(ザリチェとタルウィ)は私と違ってトラップとは無縁で遊びに来ていただけだし」

 仮に二人をスパイと仮定しても第八階層まで熟知しているとは思えない。

 当時は三人共に居た頃はレベル的にも中級プレイヤーまでだったと思う。あと、まだナザリックは開発中だった。その筈だ。

 本格的な迎撃施設が出来る前にエルフの二人(ザリチェとタルウィ)は去っていった気がする。

 後で個人的に来ていたかどうかは他人には知る由も無い。

 やまいこの妹の『あけみちゃん』も来ていたようだし、誰が遊びに来ていたのかをいちいち知っているわけがない。

「アインズ・ウール・ゴウンは色々と有名になっていたからね。敵は確かに多かった。強大な敵が住む拠点を襲うのも珍しい話しではないよ。アインズ・ウール・ゴウン自体、別のギルドを襲っていたし。そういうのはよ(・)く(・)あ(・)る(・)話(・)し(・)なの。NPC達が不安に思うような物騒な事はないぞ。アインズにしてみればせっかく築き上げたナザリックが奪われるのは困るんだろう。その気持ちは分からないでもない」

 女性二人が黙ってしまった。

「スパイ云々は同じ家に住んでいるわけではないからね。疑えばきりが無いさ。証人となるたっち・みー以下五人が居れば証言してくれるが……。それでも信じなさそうだ」

「何故、たっち・みー様達が証人になりえるのですか?」

「ご近所さんだし、下宿もしてたよ。あと、あんまり友達も居なかったもので……。これは言いたくなかった事だが……。アルベド達の為に教えてやろう。ソロプレイヤーだけど、たっち・みーに挨拶してから冒険の旅に出てたよ。だいたい『PKの鬼』たる私に捕虜だの拷問だの弱みなど無意味だ。その辺の事を忘れてるんじゃないか、あのバカたれ(モモンガ)は。……一回だけでもいいから、胴体をぶった切ってみたいな」

 創世神の話しにアルベド達はただただ驚いた。

 一緒に生活していたとは、当たり前だが知らなかった。

「あんまりアイテムを奪われるから、アイテムは眺めて満足しているよ。多少は装備したいけれど、特に『強欲と無欲』は。あれ、また装備したいな……。敵が居ないところで」

「……は、はい。報告させていただきます。あ、いえ、スパイの下りですが……」

「記憶力のある君達に任せるよ。それと世界級(ワールド)アイテムは今はいいよ。まだ拠点も出来てないし」

「畏まりました」

「実は全部ウソでナザリックの宝物を全て手に入れるためさ。……と、言った方が都合が良いのだろうね。一人で全部は装備できないし、宝に埋まるだけで、後はなにをすればいいのやら」

 シャルティアはおびただしい宝に埋まるヤントラは想像できたが、それだけだった。

「ナザリックが滅ぼされるとお風呂と食事と第十階層の鍛冶師とか図書館とか利用できなくなるし……。……転移の問題はあるけどね。あっ、でも集団転移って……、出来るの?」

「……指輪以外では『転移門(ゲート)』の魔法ならば可能かと……」

 ヤントラはシャルティアの目隠しされた顔を見つめた。

「そういや精神支配を受けた彼女をどうやって戻した?」

「それは……、アインズ様がシャルティアを……」

 言い淀(よど)むアルベド。

「……側にアインズが居たのか?」

「精神支配の時は……、眷属が数体居たようです」

「……ふむ。つまり相手はアイテムの効果を知らなかった……。または使い方を誤(あや)った……。もう一つは……、使ったけれど抵抗されて撤退か……」

 瞬時に三つの可能性に行き着くとは、とアルベドは驚く。

「なぜ、そう思うでありんす?」

「効果が分かっているなら犠牲が出ようと自分の陣営に引き込んだ方が得策だろう? 特に君達はこの世界に来たばかりだ。後ろにどのような勢力が居るかなど分かるはずがない。仮に凶悪なモンスターだからとしても支配の効果が分かっているなら無闇に攻撃は選ばないだろう」

「足止めが目的だった、ということも?」

「う~ん。アイテム使用者が死ぬと効果が切れるかもしれない、と判断すれば多少は納得する」

「肝心の支配を受けたときの記憶は無いそうです。でも、効果は続いておりましたね。あと、攻撃する前に声はかけましたが……、無反応でした」

「アイテム使用者に命令を受ける前に反撃したんだな。相打ちってところだろう。さすがは階層守護者だ。精神支配を受けてしまったものは仕方が無い。世界級(ワールド)アイテム級となれば……、こちらも世界級(ワールド)アイテムを所持している必要があるからな」

「……色々とご迷惑をかけてしまったでありんす」

「少なくとも世界級(ワールド)アイテムの効果の一つは判明したわけだ。それだけでも大きな成果だ。犠牲は小さくないが……」

「はい。アインズ様が課金アイテムをいくつか使用していました」

 シャルティアを倒すのに使ったという事は一対一で戦ったということだろう。

 アルベド達に任せるなら課金アイテムなど必要ない。

 仲間同士で殺し合いをさせたくなかった事は容易に想像できる。

「仮に私が行(い)ったら即死一発食らって勝負にならない気がするな」

 むしろ、な(・)に(・)し(・)に(・)来(・)た(・)と呆れられてしまうかもしれない。

 ここが人間種としての致命的な弱点だ。

 耐性付与の装備を持っていても心配な部分でもある。

「冒険者を襲った吸血鬼(ヴァンパイア)が居たそうだが……」

「……はい。わたしでありんす」

「組合長達の前で冒険者は襲いません、という約束をさせたら話しが収まったかもしれなかったが……。モモンに倒されてしまったらしいな。そこら辺りでモンスターは倒すべし、仲良くしようが別れ道になってしまう。モモンは力技が多くて困る」

「仮にシャルティアを冒険者組合に連れて行(い)っては結局討伐されるのではありませんか?」

「素直に頭を下げればいい。私が守ってあげる。血の狂乱のせいです、ごめんなさい。普段は自制できますし、ナザリックの食堂でご飯を食べていますから人間は無理に食べなくても平気です。……何か問題はあるかな?」

 アルベドは二の句が告げない。

 問題は無いし、それが出来れば討伐の恐れも、きっと少なく済むだろう。

 ただし、人間に頭を下げなければならない。

 階層守護者としての面子(メンツ)や矜持(プライド)もあり、簡単にはいかないだろうが。

「倒されたはずのヴァンパイアが居たらモモンの立場が悪くなる、んだろう。変に隠すから言い訳がどんどん出来なくなる。私はそういうのが嫌いだ」

 現に今のシャルティアは外出する時は変装しているし、精神支配を恐れて大事な作戦に参加させてもらえていない。

 他の階層守護者から今も疑いの目を向けられて肩身の狭い思いを味わっている。

「冒険者は巻き添えを食らっただけで野盗を倒した吸血鬼は本来は何も悪くないじゃん」

「それだけ聞くとそうなのですが……」

 旅人を襲う野盗を退治する吸血鬼(ヴァンパイア)。

 うっかり暴走すると巻き添えを食らうのが難点。

「それがこの世界特有の吸血鬼(ヴァンパイア)というのならまだしもナザリックの吸血鬼(ヴァンパイア)が勝手に外で暴れたりしないだろう? ましてシャルティアは階層守護者だ。頭の悪い野良吸血鬼(ヴァンパイア)……、会った事はないが、それらと一緒にされるのは……」

「そう言ってくださるのは大変嬉しいでありんす」

「その事件の後で私も野盗の洞窟に行(い)ったよ。君達に会わなくて良かったと思う。言い訳が出来ないからね」

「……バスパ様にもご心配おかけしました」

「それでは、話しが逸れていた罰の執行(しっこう)をお願いします」

「ほえっ!?」

 シャルティアは妙な叫び声を上げた。

「ナザリックの秘密はいずれ人間たちを迎えたら色々と驚かれるんだ。早めにある程度、教えて免疫をつけてもらったほうがいい。ラキュースみたいな種族アレルギーを起こされると何もしていないのに問題が出てしまう」

「『あれ』はどうにもならないんですね?」

 アルベドも気がかりだった『あれ』とはもちろん種族アレルギーのことだ。

 魔法や薬草、手持ちのアイテムなどでは効果が改善されなかった。

 超位魔法『星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)』を使うしかないかも、という案も出たが保留にされている。

 経験値を消費するので当たり前である。

 課金アイテムはもちろん勿体(もったい)なくて使えない。

「本人の意思ではどうにもならないんだろう」

 ここで家にある箱を思い出す。一部は移動しておかないと不味いな、と。

 防具の下に着るものはアルベド専用の耐性付与が一応は施されている。それでも近くには寄れない。

「私としてはある程度の情報は開示して味方を増やすほうがいいと思ったのだがな。平和的に自治権を得れば少なくとも国の庇護(ひご)は受けられる」

「宝を没収される可能性がありんす」

「そこは『覚書』などを作って、ナザリック固有の金貨、宝物は提供できない、とか約束させればいい。王国のものになったから寄越せ、は暴論だ。色々と難癖を付けられてしまうのは仕方が無い。その時にヤルダバオトみたいにちょっと王都を小突いておく、というのなら私は文句は無いな」

 アルベドは苦笑した。

「あくまで平和的に、がバスパ様の方法論なのですね」

「そういうつもりだと思ったから、警告とかして戦わないように話し合いをしましょうと……」

「……それで色々と教えていたわけですか」

「魔法一つで戦争が終わりますよ、と言ったんだけどね。『火球(ファイアボール)』の連射程度にしか思ってなかったようだ」

「アインズ様の御技(みわざ)はその程度ではありませんのに……」

 それどころかアインズ級のプレイヤーは第八位階以上の魔法を使うのが一般的だ。

「うまい言い方があったら逆に教えてもらいたいものだ。あと、現地に溶け込む上で必要なのは国の法律を知ること。でないと各地に派遣したであろう君達の行動次第では立場が危うくなる」

「セバス達の潜入調査の事でありんすね」

「アインズとしてはバレるのが嫌なのかな?」

「……おそらくは」

「味方を増やすためなら多少は目を瞑らないと……。王国では色々と手を回して大変だったんだぞ。君達は隠れてばかりだから、間違って討伐しないように蒼の薔薇や知り合った貴族に頼んだりと……」

 その辺りのくだりはアルベドも承知していたので苦笑して頭を下げた。

 戦闘メイド達と戦わずに友好的な関係が築けている。

 もちろん敵は倒すのだが、協力的な場合はこの限りではない。誠心誠意の対応を示せばナザリックも少しは胸襟(きょうきん)を開いても良いとさえ思う。

 エ・ランテルにはまだ多くの人間たちが住んでいる。その者達を排除する命令は無く、また自らの臣民となる者は手厚く歓迎しなければならない。

「……モンスター退治が出来なくなると楽しみが減るな……。入国できればいいか……」

「その辺りはまだ未定となっております」

 ナザリック近郊で大人しく自治権の取得方法を模索していれば苦労はしなかった。

 文句を言っても仕方が無い事は理解している。結局は戦争をする国が悪いし、自分たちがこの世界に来てしまったことも不運の一つだろう。

 魔法やアイテム、NPCまで引き連れてしまった。

「相容れない考え方を持っているから仕方ないか……。帝国の後ろ盾で建国したなら隠れる必要は無いな……」

「そう……、なりますね」

 入国料を高く設定されそうだ。

 ユグドラシル金貨を数万枚分、持ち帰っておいたほうがいいかもしれないな、忘れないうちに。

 

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