※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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第七章 戦乙女の帰還
G-1 『真蒼の薔薇』


 リ・エスティーゼ王国に帰還した元アダマンタイト級冒険者『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』は疲弊した国に驚きつつも形を保っている様相に少し安心した。

 人々の表情は暗めだが活気が無いわけではない。

 それでも敗戦国としての惨めさは感じている。

 居なれた我が家は以前と変わらずに存在していたが概観は少し変わったかもしれない。

 大きな青い薔薇が壁面に描かれている。

 あと、何故か庭に大きな山が出来ていた。それらの一部は危険物なので近づかないように言われた。実際、少し吐き気を感じる。

 今着ている服は様々な耐性が付与されているが、それでも不快感は感じる。

 悪魔でも入っているのかもしれない。

「……これはこれで入るのが怖くなるわね」

 ラキュースは自分の家なのに入りたくない気持ちになってきた。

 しばらく利用していないので相当、荒んでいるかもしれない。

 調度品を殆ど処分したと聞いているので壁などは凄く汚くなっているだろう。

 そんな汚いイメージばかり浮かんでしまう。

 とにかく、中に入って確認しなければならない。

 思い切って扉を開ける。

「………」

 まず最初に視界に飛び込んできたのは小奇麗な壁。

 床はさすがに多少は汚れていたが気になるほどではなかった。

 居間まで歩いていっても掃除が行き届いているのか、蜘蛛の巣などはなく、壁も壊れていない。

「それほど徹底的に掃除しているわけではないから、多少の汚れはあるよ」

 夫の『ヤントラ・サルヴァスパ・デイル・アインドラ』は妻の後ろを歩きつつ言った。

「二階は武器庫になっているから、期待通りの汚さかもしれない」

「……思っていたほど汚くなくて驚いたわ」

 見慣れない調度品が多かったが、入れ替えたのだろうと思った。

 ラキュースのために残した部屋は出来る限り空気の入れ替えなどをしてきたのでとても綺麗だった。

 ベッドには今まで愛用していた『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』、『魔剣キリネイラム』、『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』などが置かれていた。

 これらは家宝として飾る事にするか国に寄贈(きぞう)するか、少しだけ迷った。

 それからすぐに次代の国の守り手に譲っても良いと持ち主であるラキュースは決めた。

「……今までありがとう」

 それぞれの武具に別れの挨拶をする。

 続いて二階の大広間。

 ここはあまたの武具とアイテムが広がっていた。

「……壮観ね……」

 荷物の多い夫だから仕方が無いんだろうけれど、持ち運びには苦労していたのかも。

 庭の様子は見ても仕方が無いと判断し、一階の食堂に向かう。

 一通りの確認は終わった。

 残るは仲間達だ。

「お帰り、鬼ボス」

「お帰り、鬼リーダー」

「待っていたぜ」

 それぞれ、以前と変わらぬ姿で出迎えてくれる。

 これがまさか夢だとは、とは言わない。

 現実なのだろう。一度は捨てた仲間達。

 自然と目頭(めがしら)が熱くなる。

「髪はまだ短いな」

 仮面を被った小柄な存在は言った。しかし、その者も以前はローブからはみ出るほど長かった髪が短くなっていた。

「あなたこそ」

「こ、これは斬られたのだ」

 ラキュースは視線を横にずらす。

 新しい仲間へと。

「本物のリーダーは筋肉がしっかりついてるんだねー。これは強そうだ」

 簡素な服装だが、彼女はスレイン法国の秘密部隊。漆黒聖典(しっこくせいてん)に所属していた者だ。

 元漆黒聖典第九席次(だいくせきじ)『クレマンティーヌ』なのは一目で分かった。

 身体から殺気がもれ出ている。しかし、それはわざとやっているので、すぐに殺気は消された。

 もう一人は気弱な森妖精(エルフ)。こちらは同じナザリック地下大墳墓に居た者なので顔は知っていた。

「ラキュースです。よろしく」

「よろしく、ラっきゅん」

「………」

 ラキュースは少しだけ止まった。

 初めて呼ばれる愛称だが、とても恥ずかしい。

 失われた羞恥心が戻ってきたような気持ちになった。

「……ああ、それは変えてもらいたい……わね……」

「ええー、駄目なのー?」

 いかにも残念そうな顔をするクレマンティーヌ。

 見た目の印象ではラキュースよりも年齢は上に見えるが子供っぽい。

 仲良くなってはいけない気もする。

「……改めて、ルリマリス・ワードラーです」

「あ、どうも。よろしくね、ルリマリス」

「これで顔合わせは済んだね。君達は新生『真蒼(しんそう)の薔薇(ばら)』だ。……と言っても私からはもう言う事がなくなってしまった」

「ラキュース。また冒険者として働かないか? それとも城仕(しろづか)えの兵士になるのか?」

 ラキュースは両手を上から下に下ろす仕草で全員を黙らせる。

「帰ってきたばかりだから。今日は何も考えず、みんなの話しを聞かせて。それとクレマンティーヌとルリマリス。彼女達と共に仕事をしてくれてありがとう」

「意外と楽しかったよ。ご主人のお陰。……あー、あと……、私とイビルアイはご主人と寝る仲に……」

 クレマンティーヌの唇に人差し指を当てるラキュース。

「誰と寝ようが気にしない。ただ、この人は私のも(・)の(・)よ」

「りょーかい。話しの分かるリーダーは大好きだよ」

「……ラキュース、すまない……。だが、ほらあれ……、自慰(じい)行為のようなものだ」

 イビルアイは頭を下げてきた。そして、恥ずかしい言葉を口にして仮面の中で顔を赤くする。

 いつもは尊大な彼女が低姿勢で臨んでくるのは余程のことがあったのだろう。

 それを咎めても仕方が無い事は理解している。

「ティア達は何も無いよ。脳筋は問題外」

「ああっ? なんか言ったか?」

 ガガーランの睨みにティアとティナは逃げ出した。

「……まずはとりあえず、裸の付き合いから始めましょうか。いちいち説明を聞くのも面倒くさいから」

「私は冒険者組合でも行って噂話でも聞いてくるよ」

 そう言ってヤントラは家をあとにした。

 ラキュースの事は仲間たちに任せても問題は無いだろう。

 後はこれからどんな事になっていくのか。

 夫婦の時間はもうやめた方がいいだろうか。それともこれまで通り続けた方がいいだろうか。

 異邦人たるヤントラは迷っていた。

 怒涛の展開が続き、楽しい冒険が予想以上に早く消化されてしまい、のんびりと過ごす事に退屈を感じてしまう。

 家作りが目下の目標としているが、あらかたの楽しみは終わってしまった。

 身体の都合でもどかしさはあるものの仕方がないと諦められる。

 漆黒聖典や周りの国々に向かう楽しみも残ってたな、と思い出す。

 

 一日かけてラキュースは今まであったことを話し、皆からの意見も聞いた。

 世の中は劇的に変化しすぎるほどに変わっていた。

 特にイビルアイの変化は驚いた。

「化け物相手の交渉をして生き延びただけすごいわよ」

「アンリちゃんはラっきゅんとは別人なのかー」

「私にそっくりな生霊(いきりょう)ねー。会ってみたいわね」

 それぞれおおよその見当はついているのだが、その人物(ヤントラ)は黙して語らず。

 聞けば素直に答えてくれそうだが、秘密の一つや二つはあった方がいいのかもしれないとそれぞれ思っていて、ガガーランも黙っていた。

 アインドラ家の資産は一部は没収されたが大部分は戻ってきた。

 まず金貨二百万枚をヤントラに渡す。

 さっそく金貨三十万枚ほどを土地の拡張費用に当てる。いきなり全部投入するのはよくないと生まれながらの異能(タレント)が言っている気がした。

 残りは貯金。

 向こうで寝泊りするのに必要な生活費。

 数年間の税金の免除(めんじょ)が約束されていたが税金対策費などに当てようと考えている。

「死んだらおしまいじゃない。……あと、庭に……、物騒なものを置いておくのは良くない気がするから」

「……うん」

 金貨二百万枚は相当な散財だが、ラキュースにとってみれば使う事の出来なかった資金でもあった。

 今ここに生きて国の大地を踏みしめているだけで奇跡だ。

 金貨は全てくれてやってもいいとさえ思った。

 戻ってきた途端に今後の生活のことを考えてしまうあたり、生きようとする意志は残っているようだ。

「どんな施設になるかは分からないが、ろくでもないことは確かだろう」

「そうね。……想像していると山羊(やぎ)の鳴き声が聞こえそうだからやめるわ」

 戦場に現れた『黒い仔山羊』の鳴き声は今でも思い出せてしまう。

「ふんっ。ら、ラキュース。これからどうする。城に挨拶に向かうのか?」

 名誉回復は済んだ。隠れる必要は無いし、ラナー王女は気付いているだろうとイビルアイは思っていた。

 今更また死刑にするとも思えないが、行くかどうかを決めるのはリーダーだ。

「決着をつける意味でもね。その後は隠居(いんきょ)か……、国の為に働き続けるのかは……」

「……リーダーの決定は尊重するよ」

 ガガーラン達はそれぞれ頷いた。

「旦那さんと二人っきりで生活してもいいんだよ」

「ありがとう、みんな」

 クレマンティーヌ達には今までどおり部屋を使わせることにして、今後の活動を考えなければならない。

 王都の冒険者ギルドの依頼は殆どが低ランクのものばかり。代わりにヤントラの仕事は増えた。

 戦争が終わって間もないこともあり、仕事は激減していた。

 亜人の国に近い都市はまだ多いかもしれないが、王都は戦後処理で手一杯のようだ。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 数日後、ロ・レンテ城のヴァランシア宮殿に身体を外套で包んだ一団が訪れた。

 先頭は仮面をかぶっているがイビルアイとは違い、頭からローブをかぶってはいなかった。

 後方を歩く者達が『蒼の薔薇』なのは間違いない。

 クレマンティーヌ達を含めて総勢七人。

 それらが真っ直ぐに王への謁見の為に進んでいく。

 先頭を歩く者にとっては数ヶ月ぶりなのだが、数年ぶりのような懐(なつ)かしさがあった。

 あの時と違うのは仲間や装備ばかりではない。

 高貴な雰囲気をかもし出す金色の髪の毛はロールではなく、普通のストレートヘア。しかも肩口に届かない程度の長さしかない。

 見栄(みば)えは気にしない。

 過去は戻らないのだから。

 目的地に到着し、大きな扉は護衛兵によって開かれる。

 青い絨毯が王の座する玉座まで続いている光景は見慣れたものだった。

 左右に直立不動で待機しているのは六大貴族達。ただし、六人のうちの三人は代理人だった。

 それぞれの代表者が戦死した為、新しい代表者を選定している最中だった。

 先頭を歩く仮面の者が王の近くまで行き、残りは横に広がってそれぞれ片膝をついたり、平伏したりした。

 代表と思われる者も片膝をつくのだが、その仕草はゆっくりとしたものだった。

「この度はご面会の許しを頂き、感謝いたします」

「うむ。まずは面を上げよ。他の者も楽にするが良い」

 王の言葉に後ろに控えていた者達はそれぞれ返事を返した。

 先頭の者は顔だけ王に向ける。

 王の隣りにはラナー王女と従者の少年兵クライムが控えていた。

「死地(しち)より参りました、ラキュースと申します。このような姿で申し訳ありません」

 ラキュースの名前を知る貴族達はどよめいた。

 死刑にされたはず、という呟きが漏れた。

「私の知るラキュース、とは別人なのかな?」

「……別人どころか……、王よ」

 首を横に振りながらラキュースは言った。

「以前の小娘は死んだのです。今日は国王陛下にお願いがあって参りました」

「そうか。ふむ、では、改めて……。ラキュースよ。何用か、申してみよ」

「おそれながら……。我が身をリ・エスティーゼ王国のために使いたく、この国を愛する者達に忠誠を誓わせて頂く事をお許し下さいませ。この身は無辜(むこ)の民のために捧げとう存じます」

「この国の……、民のために働きたいと?」

「はい。アダマンタイト級冒険者の地位は望みません。ただ、我が身はナザリック地下大墳墓の者達に救われた身……。今は王国と敵対関係であられましょうが、かの者達が我が身を必要とされれば向かわなければならないでしょう」

「ナザリック?」

「はい。魔導王アインズ・ウール・ゴウン様の住まう……、正式な国名はまだ決まっていないようですが……」

 淡々とラキュースは言う。

「……つまり敵国と通じるとラキュース殿は公言しているのと同じではないか」

「よい。続けなさい」

 王はラキュースを見据えていった。

「恩には恩を。戦力なら私よりも遥かに強いシモベがたくさんおります。儀礼などの助言でございますよ。いずれ王国も手中に収めるかもしれませんが、それまでの間は……、この国のために働きたい。リ・エスティーゼ王国の一国民として」

 ラキュースは王に頭を下げる。

「かの魔導王が反乱分子となった我が国民をその手で殺せと命じられたら、どうするのです?」

 大人しくしていたラナーが尋ねた。

「まずは私の自害を命じてもらいたいのですが……。きっと別の者が手にかけるでしょう」

「愛する国民のために働いてくれるのであれば嬉しい限りだ」

「お役に立てるのかは分かりませんが、愛する国に住まう者達の為にこの身を捧げたい。それが私の望みでございます」

「そなたの力を存分に発揮(はっき)するが良い」

「ありがたきお言葉、感謝いたします。それから……、後ろの者達と共に改めて名乗りを上げさせていただきます」

 王は無言で頷いた。

 

 王の御前の前でメンバーは外套を脱ぎ、それぞれ背後に置いた。

 先頭のラキュースは外套のほかに仮面を取る。

 メンバーの姿を見た者たちは全て感嘆(かんたん)の吐息を漏らす。

 後ろに控える女性陣は青く美しい目にも優しい色合いの装備で統一されていた。しかし、先頭のラキュースの姿だけ異様だった。

 目に付くのは毒々しく彩られた防具。赤、紫に黒など悪魔と取引でもしたかのような色合いだった。

 それは『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』に形は似ているが、まがまがしさがあった。

 背中には鞘に入った大剣と思われる武器を背負い、外套が取られた時に姿を見せたのは『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』に似てはいるが色が分かれていて、八本も浮いていた。

 ラキュースを含めて共通するのは青い防具に薔薇の模様が入っている事だった。

「我らは今より『真蒼の薔薇』として活動いたします。私だけ恥ずかしい姿で大変お見苦しいかと存じますが、お見知りおきを」

「しんそうのばら……」

「真なる蒼の薔薇……とでも覚えて下されば結構ですよ」

 ラキュースの装備だけ異質なのが気になってしまう。青い薔薇の要素がまるで無い。せいぜい頭飾りだけが青い薔薇という有様だ。

 王の前ではあるがはしたない格好、とも言えなくは無い。

 引き締まった筋肉はとても二十歳前の女性とは思えないほど増強されていた。

 大きな胸と尻は成長期だと思えば仕方が無いのだが、蠱惑(こわく)的な雰囲気を持っていた。

「ラキュース殿だけ……明らかに異質に見えるのだが……」

「我が身は悪魔系を苦手としておりますし、人様に顔向けできるような真っ当な存在ではありません。これは言わば『罰』なのです。……私はご要望とあれば王の御前で……」

 と、嫌な予感を感じた六大貴族の一人レエブン侯がすぐに駆け出してラキュースの口を塞いだ。

「妙な言葉を口走りなさるな! 自らを貶(おとし)める行為は許されませんぞ!」

 レエブン侯の怒りを受けてラキュースは軽く彼の手を叩く。

「……失礼。お叱りは重々承知しております。申し訳ありません」

 レエブン侯は心配になったので彼女のそばに控えることにした。

「我が装備、この鎧は『大罪(たいざい)ワルキューレ』と言いまして、悪魔系モンスターに対する耐性を持たせていただきました。背中に浮いているのは『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)・八極式(スター・アニス)』と言います。それぞれ攻撃属性が付与されております」

 背中に背負っていた大剣を王の前で引き抜いた。

 それは魔剣キリネイラムによく似ていたが、全体として更に大きい印象を受ける。

「『真・魔剣キリネイラム』……。無属性なのでアンデッドとも普通に戦えます。これが今の私でございます、陛下」

 武器をしまい、深く頭を下げるラキュース。

「うむ。見事な装備の数々だ。これからの活躍を期待しているぞ」

 王の言葉の後でラキュースは持ってきていた包みを開き、王の前に並べ始める。

 それらは以前のラキュースが装備していたものだった。そのどれもが新品のように輝いていた。

「後世の戦士の為にお納め頂けないでしょうか? 我が家の家宝とも考えましたが養子も無く、子も成せぬ身……。王の褒美として才能ある若者の手向けとなれば幸いでございます」

「良いのか?」

「この装備でも役に立てるか分からぬゆえ……。美術品として飾られても構いません。では、改めて真蒼の薔薇をお見知りおきを」

 今一度、ラキュースは頭を倒す。

「そなたの武具は大切にし、使い道を検討させていただく」

「ありがたき幸せに存じます」

 ラキュースが礼をとると後ろのメンバーも揃って一礼していく。

 帰りは外套を抱えて青い装備で身を固めた女性冒険者の一団は我が家へと凱旋(がいせん)していく。

 

 一人だけ異質な装備の為に国民の視線がラキュースに向けられる。

 それは彼女にとっては些細なものなので気にならなかった。

「お披露目は終わったし、皆でささやかな食事会にしましょうか」

「賛成」

「ご主人抜きで?」

「いつ帰ってくるか分からないけど、待つ?」

 現在、ヤントラは新たに拡張した土地の様子を確認していた。

 近くに仮設の物置小屋が作られ始めたばかりなので規模まだ小さく箱は全て入れられそうにない。

 施設の全体像は地下二階層、地上二階の建物にする予定だ。

 最初に取得した広大な土地の半分以上は建物に費やす建築計画になっていた。追加分は未定である。

 人が快適に暮らせるような場所も無ければ困るので色々と意見や情報収集に忙しくなる。

 全ての施設が完成するまでには早くて一年くらいはかかるかもしれない。

 一気に作ろうとすると箱が中に入れられなくなるので、いくつかの区画に分けることにした。

 今は土木関係の職人達が地面を掘っている。

 食事会ではクレマンティーヌの食事の作法の美しさにラキュースは驚いた。

 音を立てずに食べる様は優雅なのだが、敵に気付かれないような生活をしていたら身についていたというのだから更に驚いた。

 時々、豪華な料理も食べるので城の晩餐会もきっと平気、と言っていた。

 ドレスのような服は無く、殺人術に関われる範囲でなら多少はダンスも出来るかも、と何でも物騒な事に繋げてしまうのが難点だった。

 ルリマリスはお淑(しと)やかで気弱。信仰系の魔法は未熟だが磨けば光るかもしれないと思った。

「ラキュースは貴族暮らしをするのか?」

「資金確保や情報入手は必要だものね。戦闘があれば駆けつけるけれど知識を積み重ねるのも立派な仕事よね」

「時々は手合わせしてよ、ラっきゅん」

 クレマンティーヌの愛称はどうも苦手のようだ。

 こちらもクレマンと呼ぼうかな、と思った。

「ルリマリスには愛称は無かったの?」

「一応、リリーというものがあります」

 奴隷時代の事を思い出すと暗い顔をするのがクセのようだ。

「じゃあ、リリー。あなたはもう奴隷じゃないのよ。王国の民」

「はい」

「……あの人は奴隷のようにこき使ってたわけ?」

 ラキュースはティア達に小声で尋ねた。

「ううん。服と食事、寝床を与えた後は好きにさせてたよ。戦争の準備以外は外出も許可していたし」

「ガガーランよりは掃除は丁寧だよ」

「俺も掃除はするようにしてるぜ」

「……みんな随分と綺麗好きになったのね」

「女パーティの沽券(こけん)に関わるんで」

「……女性として身だしなみは気になるよ」

 仕事で血まみれになったり、下水に潜むことはあるけれど、終わればしっかりと身奇麗にすることにしていた。

 気分も晴れやかになるし、外出した時に嫌な顔をされなくて済む。

 ラキュースは部屋どころか家中汚してしまった事があるので掃除は徹底的にするようにしていた。

 たとえ裸足(はだし)で歩いても洗うことは忘れない。

「あと、旦那さんは毎夜毎夜、女を抱いたりはしなかったよ」

「……それはずっと気になってた」

「お風呂は一緒に入るけれど、やましいことは無かった。むしろ洗われたり、マッサージがとても上手で……。変な意味じゃないからね」

 ラキュースも経験があるのでヤントラの技術は大体想像できる。

 身体を預けても良いくらい丁寧に労(いた)わってくれる。

「……それとは別に気がかりがある。ラキュースはご主人の事はどこまで知っているんだ?」

 イビルアイの質問にラキュースは目を瞑(つむ)る。

 今の質問の意味はかなり核心を突くものだと感じた。

「異形を超える狂人というところまでは……」

「出来れば悪い方面ではない話しが聞きたいのだが」

「う~ん、難しい注文ね」

 悪いことしかないのではないだろうか、とラキュースは思うのだが言えそうな範囲は伝えておいた方がいいだろう。

「あの人はアインズ様と同じく『アバター』に宿る者なの」

 それから少しずつラキュースは話し始めた。

 おそらく女の身体を求める理由が一番、無難そうだと思った。

 メンバーは多少は驚いていたが、すぐにそれぞれ理解を示していく。

 ルリマリスも化け物が出てくるような話しでは無かったので恐がらずに聞いてくれた。

「核心の部分は本人が言いたくなったら教えてくれると思うわ」

「……変態の理由は分かったよ」

「胸を取るのはラっきゅんも初耳だったの?」

 食事時にする話題ではないことをクレマンティーヌは尋ねた。

「ええ。あなたの胸を見せられて揉ませてもらったわよ。……ああ、ついに殺人にまで手を出したかと心配しちゃったわ」

「どっこい、胸はちゃんとあるよー」

「私も取られたから知ってるけど……。変な技術を体得(たいとく)したものね、あの狂人は」

 呆れつつもラキュースは普通に食事を続けた。ただ、ルリマリスは顔を青くしている。

「種族別で複数採取と言っていたから、手当たり次第に全員から、というわけではないらしい」

 その結果が家に積まれている箱なのだろう。

 中にどれだけの胸が詰め込まれているのか、見たくないが確認はしたい。ただ、近づくと吐き気を感じるので悪魔は確実に入っているだろう。

「ティア達は無事だよ。ラナー王女も。クライムもだね」

「男はやらないのかな?」

「……想像したくないところを取られるんだろうな」

 イビルアイの言葉にラキュースは水を噴き出した。

「ごっほっふぁ……。ああ、そっちの可能性も……あるわね」

 女だけであれだけの箱にはならないのでは、と更に不安になってきた。

「アンデッドも一部は入っているから、男も入っているかもな。調査されたら確実にヤバイんだろうな」

 アンデッドは仕方が無いとして、残りはあくまで採取した後は再生しているはずだから殺人には当たらないだろうが、印象は確実に悪くする。

 ヤントラは平気かもしれないが、自分達に疑いの目が向けられるのは少し釈然としない事だろう。

「合法……、合法にしておきましょう。ティア達はそれとなく見張ってて」

「バレたら旦那さんは怒るかな?」

「……う~ん。開き直るかもしれないわね。あの人は口封じはしないと思うけど、世間の印象が……。うん、やめましょう、この話しは」

 ご飯が不味くなる。ということでクレマンティーヌ以外の意見が一致する。

 クレマンティーヌは基本的にヤントラの味方でいようとしているだけで意味も無く反対しているわけではない。

 様々な取り決めに対して賛成も反対もしない事が殆どだった。

 一人くらいヤントラの味方が居てもラキュースには問題は無い。

 様々がことがあっても味方でいようとする姿勢は尊敬に値する。自分もたまについていけない事があるので、彼女の存在はありがたかった。

「……いつかあなたに殺されるのかしら?」

「んっ? ご主人のこと? ご主人はみんなのものだよ。独占しようだなんて思ってないから。たまに抱かれるくらいはいいでしょ?」

「よくない、と言いたいところだけどね」

 性別の無い人間であるからね誰と寝ようが結果は変わらない。

 それにヤントラは愛に溺れるような簡単な存在でもない。

「……でもやだな……。違うの女と接吻(せっぷん)する姿を見せられるのは……」

 接吻する場所にも寄るな、とラキュースは頭を抱え始める。

「……話題を変えたいぞ……」

 イビルアイは小さく言った。

 リーダーの手前、自分は引き下がる方を選ぶ。

 多少の性欲はあるにはあるが、見せ付けるほど酷くは無い。

「お盛んですなー」

 ティアとティナは同時に同じ言葉を言った。

 ルリマリスは顔を赤くしていた。

「あれが普通の男ならば殴りたいっ! いや、殴っているぞ、クレマンティーヌ」

 拳に力を込めるラキュース。

「負けないよ」

 愛用のスティレットの代わりに手刀で迎え撃とうとするクレマンティーヌ。

「俺としては打ち解けているようで文句は無いが、店で暴れるのは無しだ」

 巌(いわお)のような顔で冷静な判断を下すガガーランにラキュースの方から引き下がった。

 自分の信仰する水神に祈りを捧げる。

「おほん。クレマンティーヌとは良いお友達になれそうですね」

「えっへっへー。嬉しいねー」

 喧嘩(けんか)に発展しないで済んだところで食事会を続けることにした。

 ルリマリスは食欲が無いように見えたが少食なだけで飲み物をたくさん飲んでいた。

 途中で何回も尿意に悩まされていたが、身体造りの為にもたくさん食べるようにと助言をしていく。

 

◆ ☯ ☯ ☯ ◆

 夕方に自宅に帰ると玄関先でうずくまる人影を発見する。

 みすぼらしい外套で身体を包んでいて黒髪のポニーテールが見えていた。

 漆黒のモモンの相棒の美姫ナーベだった。

 イビルアイは咄嗟に身構えたが、ナーベは無反応だった。

「ナーベ。寝ているのですか?」

 声をかけた時に身体を少し動かし、瞼を上げる。

 何日も何も食べずに徘徊(はいかい)する浮浪者(ふろうしゃ)のように小汚い顔になっていた。

「……お帰りか……。すぐに気付かなくて申し訳ない」

 いつもの尊大な態度とは一変し、丁寧な口調で立ち上がろうとした。

 外套から出てきた手は包帯に包まれていて、本来の長さを失っていた。

「ナーベはまだ手が無いままだったの?」

「あ、ああ。失礼。低位の魔法では回復は出来ても再生までは……。お陰で仕事が出来なくなりました」

 穏やかな顔でナーベは自分の現状を話す。

 話しが長くなるかもしれないので自宅に招いて居間に通した。

 モモンは現在、一人で仕事を遂行中で留守番のナーベの面倒まで見ているという。

 何も出来ないまま宿屋に滞在しているのは利用料の無駄遣いと思い、飛び出してきた。

 手は無くとも多少の攻撃魔法が使えるので弱いモンスターには負けないが役立たずとなった自分が情けなくなった。そこで戦争時にお世話になった『蒼の薔薇』を尋ねてみようと思い現在へと至る。

「も、モモン様が来たらどうするのだ?」

「……役に立たない自分が戻ったところで迷惑しかかけないだろう。それにモモンさんは資金調達に忙しいのだ。余計な出費をさせない為には私が出て行った方がいいだろう」

「アダマンタイト級なのに貧乏なの?」

「色々と買い集めているものがあるのだ。今後の活動に必要なものなどをな」

「……ところでこいつは敵でいいのか?」

 ガガーランの言葉にティア達とイビルアイ、ラキュースは首を横に降った。

 残りは首を傾げるだけだった。

「同じアダマンタイト級として協力できるところはしてもいいと思うよ」

 イビルアイはナーベの行動が全く理解できないので近づきたくなかった。また蹴られる気がしたので。

「旦那さんが来たらちょちょいと再生してもらおう」

「あと、お金は貸せませんぞ。……旦那さんの資産も本当は少ないんだから」

 ラキュースとしてはヤントラの裁量でいくらかは貸すかもしれない。その時は額にもよるが多少は目を瞑っても良いと思っている。

 家の維持費くらいは残してほしいところだが。

「金を無心(むしん)しに来たのではありません。身の振り方が定まるまで、厚かましいお願いと存じますが、部屋を貸していただきたい」

 プライドの塊のようなナーベがメンバーに向かって土下座する姿勢を取った。

 手がない分、額は容赦なく床に打ち付けられる。

「……タダで住もうと……。それは厚かましいわ」

「食事とか排泄も私たちが面倒見ることになるの?」

「私が決めるよりは……、夫の判断に委ねましょう。今は彼がこの家の持ち主だから。それでいい、ナーベさん?」

「よろしくお願いします」

 有名な冒険者が地獄に堕ちるとこうなるのかな、とメンバーはそれぞれ思ったがルリマリス以外は同情する気は無かった。

 他人の不幸を見て喜ぶことは今の真蒼の薔薇のメンバーの誰もしないだろう。クレマンティーヌもナーベの狙いを探っているほどだ。

 

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