ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
それから小一時間ほどで家の家主であるヤントラが帰宅する。
冒険者ギルドで噂話を聞いた後は文字の勉強をするのが日課となっていた。
帰ってきて早々にナーベの姿を見て驚くヤントラ。
「ついにクビか?」
そんなことを言いながら一通りの事情を聞いて、すぐに部屋を貸すことに決めた。
決断が割りと早かったが
「条件としては家の中を嗅ぎまわらない事だ。二階は武器庫となっているけれど、置き場が出来たら移動させる」
「了解した」
二つ返事でナーベも次々と条件を飲んでいく。ただし、それらを確実に守る気があるのかは分からない。
早速、ヤントラはナーベを外に連れだして包帯を解く。
彼女の腕をある程度の長さのところを容赦なく切断し、再生魔法をかける。
切り落としたものは宙に投げ上げて『
この一連の行動にナーベは軽く呻いただけで文句や泣き言は言わなかった。
生えかわった腕の調子を確かめた後は服を全て脱いで洗濯し、メンバーの何人かと共にお風呂で身奇麗にすることになった。
腕が再生したならモモンの元に帰ってもいいのでは、と尋ねたが数日はお世話になるつもりだと言って泊まる気まんまんだった。
ナーベが泊まれる空き部屋はあるのだが寝台が無かったのでヤントラのベッドを運び込むことにした。
バラバラにして組み立てる。何度か見学していたので造り方はだいたい把握していた。
複雑な仕組みでもないので数十分で完成する。
ヤントラはしばらくラキュースの部屋で寝泊りすることにした。
客人用の寝台も用意しなければならないかもしれないと思いつつ、ナーベの気の済むまで置いておこうと思った。
居場所が分かればモモンも安心するだろう。
次の日、乾いた服をナーベに渡した後、客人用の寝台を発注した。
購入した寝台を設置し終わってからヤントラはナーベに与えた部屋に訪れる。
「協力してくれた事に感謝する」
まずヤントラがナーベに礼を述べた。
「モモンの名声はかなり
「ああ、各地でたくさんの礼を言われた」
「アインズの手にかかったと聞いた時は驚いたが、無事で何よりだ」
「……お陰で
下等生物に頭を下げることも全てはモモンの為ならば、と思えばプライドも捨てられる。
城で身体を触られようとも、モモンに恥をかかせないと思えば耐えられる。
耐えて、耐えて、ここまで来た。
下等生物と風呂にだって入れる。
「裏切り行為に見えたとはいえ人道支援しかしていない者に危害を加えるのは大人気ない」
「アインズ様から見れば裏切り行為に見えたのだから仕方が無いだろう」
仕方が無いというよりはそうさせたのがヤントラだ。
多少の責任は感じている。
しおらしくなったナーベは新鮮なのだが、それは全て演技だろう。
人間蔑視の彼女が急に態度を変えるような存在では無い事は分かっている。相手は異形ではあるがNPCだ。
モモンの命令なのか、自らモモンのために動いているのか。
忠誠心を示す方法を模索しているところは真実なのかもしれない。
「そういえば。
「町を壊したり、みっともない姿を晒したりしていないか、ってことだろうか?」
「……おそらくは」
モモンの姿で金を貸してくれと手当たり次第に土下座する光景をヤントラは思い浮かべた。
腹いせにやってもいい気はしたが、偽者で仕返しする気はヤントラには無いし、自作自演は嫌いな方だった。
出費と準備に時間をかけてしまったが二度とやりたくない。
もし、ギルドメンバーで仲間として認められていたら、きっと自分は身代わりくらいやっていたのかもしれない。これはあくまで自らの正義に従ったまでだ。
それがたとえ帝国側だったとしても大きな争いには介入する気でいた。
どちらにせよ、モモンという存在は戦士職で都合が良かった。
「こちらに死なせてはならない人がたくさん増えたからね。利用させてもらったまでだ。ナーベを巻き込んだことは悪いと思っているよ。スパイでも構わないが、寝泊りくらいはさせてやろう。こちらは大きな犯罪組織を潰したことでアダマンタイト級の仕事は少ないそうだ」
「……む。お、お世話になります」
色々と見透かされている、とナーベはドキリとしたが頭は下げた。
「モモンで悪さはしていないぞ。いずれ『
みすぼらしい戦士の姿で強そうに見えない。
戦闘形態になるわけにもいかないのだろうが、
その後で
活動拠点の城塞都市エ・ランテルが安定するまでの間、ナーベは王都で生活することにした。
スパイ行為も立派な仕事なのだが、ティア達が見張っているので自宅は散策できそうに無い。というか、散策すれば追い出されてしまう、かもしれなかった。
それなりの説明は受けているが、ナーベは無駄な事は覚えない
大事な命令などはしっかりと覚えている。
アインドラ家に潜伏し、王都を調査する。それがナーベが休業期間に与えられた命令だった。
建国の手続きなので冒険者としての活動はしばらく休止する上でナーベの処遇を考えあぐねた結果であった。
潜入に成功したことを報告すると主は喜ぶだけで追加の命令を出してこなかったのが、気になった。
『あくまで友好的に情報収集しろ。それから、蒼の薔薇に……疑われていたりはするのか?』
「家の中を捜索しなければ友好的に付き合えていると思います」
与えられた自室で頭に兎の耳を生やしたナーベが定時連絡する。
『
攻撃魔法主体のナーベが覚えている数少ない警戒時に使う魔法である。
周囲の音を感知しやすくし、一緒に発動する『
時々、意味も無く使ってしまうが周囲から警戒心を奪うのに必要だということで
見た目
『そ、そうか』
「……アインズ様。私はいつまで滞在していれば良いのでしょうか?」
ナーベの言葉は遠くに居るアインズへと繋がっているもよう。
他にもアルベドとも連絡が取れるようになっていた。
『んっ? こちらの建国手続きの関係上は……、三……、三ヶ月は……』
「……三ヶ月も……、
数日ならば耐えられる、そう意気込んでいたナーベにとっては拷問に匹敵する事だった。
『ずっとというわけではないぞ! 定期的にナザリックに帰還してもらい、報告書を提出してもらう』
「は、はい……。了解しました」
膝を抱えて泣きたい気持ちになってきたナーベ。
これも罰だと思えば甘んじて受けるしかない。
『ナーベの忍耐のお陰で宿代が浮くのだ。……そちらで何か請求されたものはあるのか?』
「金銭の要求は受けておりません。ただ、食料はどういたしましょう。多少は支払わなければ怪しまれるのでは?」
『要求を受けていないのであれば問題は無いだろう』
節約になるとはいえ長期間をタダで利用するのは無理があるかもしれないと、少しだけ
生活に必要なものは大体揃えられており、不自由は無い。それと腕の再生が終わったので単身で仕事を受けても良いものかどうか尋ねてみた。
『……お前一人で?』
さすがにナーベ一人で仕事は無理だろう。依頼主ごと殺し兼ねん、と
情報収集に
例えば自分の知らない内に知り合いが増えていたり、約束事が増えていたりすると対処できる自信は、もちろん無い。ましてナーベは下等生物の顔や約束など覚える気がないのだから、余計心配だった。
「そういえば、アインズ様。蒼の薔薇は今は『真蒼の薔薇』と改名したそうです」
『んっ? そうなのか。分かった』
「こちらにラキュースが居るのですが……、アインズ様への恩は忘れていない模様です」
『王国に居るのは承知しているが……。同盟については話題に何か出たのか?』
「いえ。それらはこれから議論されるかと思います」
『とにかく、不測の事態に警戒しつつ任務を全うしろ。必ず迎えにいく事は約束する』
「畏まりました」
報告を終えたナーベはうなだれてしまった。
三ヶ月も待機しなければならない。下等生物の家で。
任務とはいえ仕事もせずに大人しくすることなど命令でなければ逃げ出したい気持ちだった。
ナーベを迎えてから数日後に注文していた玉座が届いた。それは我が家の二階にある大広間に設置された。そして、玉座に座って下々の者を
「ご主人、楽しい?」
不思議そうな顔でクレマンティーヌは言った。
「座り心地は悪くないな。……この部屋で王様気分を味わうには規模が小さいが……」
楽しむための玉座では無いようだが、クレマンティーヌはヤントラの周りを数回は回った。
部屋が広いとはいえ王室ほどではない。
出迎えた客人に対応するのにしても武器がまだ散乱している中では格好がつかない。
「そういや、ご主人。私の胸はもう腐ったかな?」
「しっかり保存されているから大丈夫だとは思うが……。何も考えていない行動だと後々恥ずかしくなるな」
新鮮な肉体は新鮮なうちに利用しなければならない。
胸に関しては腐敗の実験に使えるが、他の部位は心配になってくる。
保管場所の完成を急いで貰いたいところだが、そう簡単にはいかないだろうな。
夜間、執務室で文字の勉強をしている頃にイビルアイが訪れた。
ローブは無く、寝巻き姿となっていた。
ずっと着たままだと汗臭くなる。という理由で自室で過ごすときは脱ぐようになり、仮面も執務室に来るときは外すようになった。
「大きな戦いが終わった後の静けさが恐いな、ご主人」
「戦勝式典が控えていますから、大きな動きは当分は無いかもしれませんね」
「……その、ご主人は……、一人で寂しくはないのか?」
両手を組んだり離したりしながらイビルアイは尋ねた。
ラキュースの夫と今は二人っきりなので多少は恥ずかしさを感じていた。
「それほどでもない。この世界に誰も居ない場合は……、寂しいと思うのかもしれません。誰かが居ればそれで充分ですよ」
「……規模が大きいな……」
長い時を生きるイビルアイは他の誰よりも孤独の辛さや寂しさを理解している。
大切な存在の居ない世界は想像したくないことだった。
「施設が完成すれば出て行くのか? 当たり前の質問になってしまうが……」
「残って欲しいですか?」
残って欲しいと言いたいのだが、庭にある大量の荷物のことを考えると言い出せなくなる。怪しさが無ければ即答していただろう。つい色々なことが気になってしまった。
大広間の武器も移動しなければならないだろうから、無理は言えない。
「私個人としては……、ここも我が家と思って帰ってきてほしい」
言った後でイビルアイは元々自分の家ではなく、借りている立場だったと気付き、顔を赤くする。
「施設が完成するまでは……、なんとも言えませんね」
戦争が終わった以上、しばらくは平穏な時を過ごせる。
「……ルリマリスは近く置いておかないと駄目か……。他の国にも行ってみたいな」
「出来ればリーダーと共に居てほしい。夫婦だから、というわけではないが……。彼女を側に置いてやってくれ」
イビルアイは深く頭を下げた。
ヤントラとラキュースを結んでいた戦争が終わってしまった。
これからは共に生活する必要が無く、別々の道を歩むかもしれない。
人間的にも色々と壊されてしまった彼女が捨てられてしまうと仲間しか頼れる存在が居なくなってしまう。
ナザリックで生活するとしても不要な者をいつまでも置いておくとは思えない。
ラキュースには生きる希望が必要だ。
それがひと時のものであっても一日でも長く幸せになってもらいたい。仲間として、そう思っている。
「もう彼女は用済みです。……と、言うのが正しいんだろうね」
「本気でそう思っているなら……、諦めるぞ」
言い方からは少し本気だったのかもしれない、と感じた。
言葉として聞かされると胸に刺さる。
「国に置いておくのはいいが……、見捨てないであげてほしい」
「こちらの方が見捨てられる気がしますが……」
ヤントラは苦笑する。
利用し、利用される仲なのだから。
用事が済めば別の道に進む事もありえない話ではない。
「ナザリックに引き合わせた今、ラキュースを拘束する理由はありません。私は割りと殺されやすいので、それでも伴侶として共に居てくれるなら嬉しい限りです」
「う~ん。殺されやすい、というのは肉体的な意味なのだろうが……。結構しぶといと思うのだが」
「普通なら死んでいる攻撃を結構受けてきましたよ」
真っ二つになったり頭を吹き飛ばされたり。あと、喉を掻き切ったりしたことを思い出す。
魔法が無ければ死んでいた機会はたくさんあった。
それでも自分はここまで生き延びた。奇跡かもしれないが。
「黙って居なくなったりはしないが……。これからも供に居るかどうかは彼女次第だ。クレマンティーヌやルリマリスも居るというのに……。どうにも私は人使いが下手で迷惑をかける」
「そうであってもだ、ご主人。これは私の我がままだ」
ヤントラの前で衣服を脱ぐイビルアイ。
不思議と恥ずかしさは感じず、下着も平然と下ろせた。
以前とは違い、身体の火照りは無い。
「荷物を増やす結果となるだろうが……。手でも足でもご主人に捧げよう」
「まだ一年も経っていないうちに捨てるような真似はしませんよ。愛し方は……、下手かもしれませんが……」
「おお、そうだ。ご主人は荷物が何者かにバレたらどうするんだ?」
庭に置いてある大量の箱。日に日に増えている気もする。
何者かが夜間に運び込んでいるのはティア達の調べで判明している。
力仕事の出来るシモベなのだろうが暗くて全体像ははっきりとは見えなかった。何らかの偽装魔法がかかっているのかもしれない。
「多少はバレている気がしますが……。口封じはしませんよ。騒ぎが大きくならないようにはしたいのですが……」
口封じしないのであれば文句は無い。
バレているというよりは仲間内から漏れる可能性のほうが高いかもしれない。
特にルリマリスは口が軽い。
「出来る限り見張っておこう。正直、早く処分してもらいと思っていた」
「まだ仮置き場も出来ていませんからね」
土地を得るだけでも大変だし、施設作りも相当な期間が必要だ。
便利な魔法にも出来ないことはある。
「私を除けばルリマリスだと思うが……。まだ何か必要だったするか?」
「思いつく範囲では
ヤントラは苦笑しつつ言った。
「それだけ聞くと特に問題ないように思えるのが不思議だ」
呆れつつも全裸で話し続ける自分の姿を思い出し、顔を赤くする。
思いつく疑問は聞いた。
後は保管庫が出来るのを待つだけだ。
「さあ、決意が揺るがぬうちに持っていくがいい」
両腕を横に広げて、かかってこい、という合図を送る。
「私は遠慮はしませんよ」
「……後で
と、イビルアイは可愛く言った。
魔剣キリネイラムが無くとも回復手段は持っている。
女の
まずは『死者の安らぎ』というミスリル製のメイスをアルベドより頂いた。
キリネイラムを参考にした手ごろな大きさのメイスである。
先端部分は黒く染められている。目印を付けていないと見つけるのが困難なほど普通の外観をしていた。
効果は『
人に向ければ脅威なので
次に『安息スティレット』というオリハルコン製のスティレット。
『
高レベルの対象に使用する場合に用いる。
攻撃力は普通の武器程度しかないので戦闘用には向かないが丈夫である。
刀身は赤く染められている。青いのもあり、こちらは『
こちらもアルベドの欲望により製作される。
他にもあるのだが、使用目的を他人が聞いたら顔をしかめること
翌日にはルリマリスがイビルアイの強引な説得により餌食となる。
生きた心地はしないだろうが、終わってしまえば自由な時間が出来る。
少なくとも一つは確実に怯えて過ごさなくて良いのだから。
当然、庭に箱が一つ増えるのだが。
ティアとティナが庭の見張りをし、ガガーランとクレマンティーヌも鍛錬のついでに見張り役を務める。
ナーベは日替わりでティアとティナに連れ出され、冒険者ギルドでの噂話や様々な情報の収集。貧民街の見回りなどを行っていた。
アダマンタイト級の仕事は今は殆ど無いが犯罪が無くなったわけではない。
新たな『八本指』のような組織が活動しないとも限らない。
ラキュースは最初こそ『大罪ワルキューレ』をまとっていたが調べ物などの勉強に『
胸の発育が目立つのだが、そぎ落とすのも勿体無い気がした。
一般兵からは絶対に維持するように言われてしまった。
あくる日、他の都市にもナーベを連れて行くことにした。
エ・ランテルと王都以外の都市も行っておいた方がいいだろうと判断してのことだ。
最初の目的地は海に近いリ・ロベル。数日かけての調査となるがナーベは大人しくついてきてくれた。
尊大な態度はやや治まっているが下等生物呼ばわりはもう仲間内では慣れてしまったようだ。
慣れとは恐ろしいものだとティア達は思う。
次はどんな生物名が出てくるのか、むしろ楽しみになってしまうほどだ。
統一性が無く、毎回違う呼び名が出てくる。
冒険者の仕事をしつつ穏やかな日々が続いた。
強大な
帝国側がどんなことをしているのか、それも不明。
カルネ村の住民たちは既に冬に向けた準備に追われ、
トブの大森林に作った避難施設とカルネ村の施設を結ぶ通路などを活用し、村は更なる発展に向かっていた。
半月後には保管庫の仮設置き場が完成し、自宅の山積みになっていたほぼ全ての箱は搬出された。
仮設置き場の床下は廃材を利用して広い空間を作っておいた。一部の表に出せないものは既に格納済みだ。
それでも相当量あったのでヤントラとて一日では作れなかった。というよりは一週間でも普通は無理だろうが。
庭がすっきりするとラキュースは体調が良くなった気がした。
あれらはいつまでも置いておくべきではない、という考えは間違っていなかったようだ。
王国領内にある広大な敷地に出来た巨大な穴。
強固な岩盤はヤントラ自身が職人に教わった方法を参考に掘り進んでいく。
尋常ではない筋力に誰もが驚いた。
通常であれば一年くらいはかかってもおかしくない規模を一週間もかからずに終えれば伝説の一つくらいは噂として伝わるかもしれない。
一部の岩盤はそのまま加工して壁などの材料にしていく。
この世界にはコンクリート技術があり、レンガに
ファンタジーの世界とはいえ出来ることと出来ないことはあるだろう。
ちょっとした街が出来るほどの土地に造られる建物は住宅に比べればかなりの規模となる。
地下二階、地上二階の四階層の建物にする予定だが、一人で管理するのは難しいだろう。
真蒼の薔薇を住まわせるわけにはいかないだろうし、冒険者の宿泊施設も悪くは無いかもしれない。
まずは保管庫の完成に集中し、残りの土地の利用方法は後で考えることにした。
保管庫といっても寝泊りできて下水道、風呂、私室などが造られる事になっている。
近郊のエ・レエブルから様々な職人を招き、意見を聞く。外交とは違うが人との付き合い方はなかなか難しい。
施設の名称は『ナザリック大聖堂』と付けようかと思ったが
仮設置き場は仮設住宅のように使える規模でかなり広くて大きい。
自宅から持ち込んだ寝具で寝泊りも出来る。
夜間は誰も居なくなるのでとても静かだった。
王都の自宅とは違い、女性達の話し声は聞こえない。というよりは聞こえたら不味いかもしれない。
ベッドの側にはシーツによって隠された無数の容器が並んでいる。
人には見せられないものが入っているのだが、今のところ独りでに動くことは無いようだ。
全部で四百個ほどになる予定の指輪もすぐに足りなくなるような気がするが、注文してしまったものは仕方が無い。
最初の素体は直接胃に消化の良いものを与えていたお陰か、餓死せずに済んでいたが指輪の作成が遅れていれば箱の中を全て出す事になっていただろう。
どう見ても惨殺死体にしか見えない個体が居る。
あとは白骨化した遺体だろうか。
これらをちゃんとした場所に置きたいがまだ少し時間がかかりそうだ。
飲料水、食料の確保も大事だ。さすがに排泄物を食べるわけにはいかない。
アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが居た頃はそれぞれの意見が飛び交っていたし、足りない部分も相談しあって解決できていた。
自分もメンバーの一員のように聞いていたが彼らのようにはうまく出来ない。
やはり仲間が必要なのかもしれない。冒険者とは違うギルドのようなものが。
施設名を考えながら別のことも考えるのは意外に難しいと思いつつ一夜を明かす。
倉庫以外の使用方法が全く思いつかない。
地下二階が拷問室で良いや、といういい加減なことはすぐ浮かぶ。
とにかく広くて天井の高めな保管庫。地上からは邸宅のように使える空間にしておこう。
例によって玉座を置く部屋は必要だろう。
玉座以外に良い名称も浮かばないし。
建物全体に水と空気の通り道は必須。密閉空間は危険だ。
実験室も必要だし。
無理に地下でなくても良い気がするが盗賊が来たら困る。宝じゃないものがたくさん転がっているから。
護衛のシモベを借りられないか交渉してみるかな。
いっそ自分で出来たら良いのだが、建築にはあまり詳しくないもんな。
『
一日ユグドラシル金貨五百枚として、とまで考えると結構な散財になるな。
数ヶ月でどれだけ使ったんだろう。確実に金貨五千万枚は消費しているはずだ。
保存液と容器はまだ少し必要だろう。それも追加発注すべきだろうか。
武器を入れた箱くらいは返そう。
保管庫以外の構想も考えておかなければならないだろう。
宝物も保管庫と大差ないかもしれないが。
小一時間はあれこれと悩んだ挙句に決まった拠点名は『マグヌム・オプス』だ。
エメラルド要素も無いし。
建造にまだ使わない巨石で仮設施設を取り囲み、食材やら必要な物でも買いに行こうかな、と思いヤントラは移動を開始する。
床下もいずれ掘りぬく計画だし、陥没さえしなければ大丈夫だろう。
工事は朝から始まり休憩を挟んで再開される。その間、職人達に料理を振舞う。
依頼主自ら職人達をもてなす文化が無かったのか、最初は随分と驚かれた。
貴族は命令しかしないし、奴隷のように重労働させる存在だと思われてきたためだろう。
ヤントラは職人を大事にする。
地下の施設を担当する者達は戦々恐々としていた。
どう考えても牢獄のような施設を作らされているからだ。
冷たい石造りの人が住めるような場所ではない。罪人の収容施設のような感じになっていた。
地下の壁には探知妨害の銅版がふんだんに用いられている。それは地上に造られる建物にも使われる予定になっている。
「閉じ込められないように皆さんは名簿を作って、行方不明者が出ないように対策しておいて下さい」
「は、はい」
「急かすような真似をして申し訳ないと思っております。また新たな建物などを作ってもらう予定ですが、その時はまたよろしくお願い致します」
それでも最後は口封じされるのではないかという恐怖は僅かながら残ってしまう。
言われた通り、名簿を造り、作業に従事する。
風呂にこだわりがあるのか、職人達用の風呂施設を作らせ、食事どころも仮設ではあるが用意された。というか自分達で作るのだが。
朝昼晩の健康的な食事。
泊り込みの為の寝床も用意する妙な貴族ヤントラ。
作らせる施設は恐ろしいものがあるが、それ以外は至っておかしなところは無く気配りの出来る人間に見えた。
朝は適度に準備運動させたり、点呼を取らせて人数が揃っているか確認させたり。
自分達以上に丁寧な仕事をしているように思える。
雪の日や雨の日に水没しないように水の逃げ場は必須。
地下に大きな空間を作るのは上の建物に重みが集中しないようにするため。
なので相当頑丈に作るように指示されていた。運べない場合はヤントラが手伝うことになっていた。
工事の過程で出る砂利は外の通路に利用される。
そうして最初の地下部分が完成すると次にすぐ追加の宝物庫となる地下施設の作成に入る。
こちらは牢獄というよりは本来の保管庫としての形が取られる事になった。
土地の地下を全て掘りぬくことも考えたが管理できそうに無い事が早めに分かったので、必要になった時に必要分だけ開発しようと思った。
冒険そっちのけで保管庫造りに夢中になっていたが我が家に帰っていないからラキュースがどうなっているのかを思い出したのは年の終わりごろだった。
一旦、王都に帰還すると我が家にたくさんの人間が訪れていた。
ほぼ城に詰めている兵士たちだった。
「あっ、旦那さん。お帰りなさい」
真蒼の薔薇の面々は兵士達に食事を振舞っていた。
話しの前に家の各所の確認作業を始める。
「旦那さんの部屋と物置は他人には立ち入り禁止にしているから大丈夫だよ」
ティナがすぐに報告に来てくれた。
留守中の出来事を簡単に受けてヤントラは安心する。
荒らされていなければ問題は無い。
今は床下には何も無いのだから。
「執務室は私たちの装備を置かせてもらってるけど、大広間とかにある物の移動はしていないよ」
「分かりました。大広間にある台とか邪魔でしょう。あれらは持って行きますよ」
本来はこの家で使う予定だった気がするが、色々と予定が狂った今は必要性が感じられない。
「ナーベ達は各都市の調査で数日は帰ってこないと思うよ」
各都市の調査にナーベは興味津々で仕事に励んでいるという。