ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
ティア達が『マグヌム・オプス』の一般宿舎で一休みしている間にヤントラはナザリックに降り立ち、アルベドと面会する。
いよいよ建国宣伝が近いのでアインズは留守にしていた。
「『強欲と無欲』を貸してほしいところだが無理だろうな」
「そうですね」
「それを装備した……マーレなどを戦場に向かわせてくれ。使い方は知っているだろうか?」
「おそらくは」
アルベドにはモモンガに愛の形を伝えておいた。だが実現するかは未知数だった。
決めるのは当人次第だ。それがいつ叶うのかは不明だが。
NPCの性格を出来るだけメモに書いて送ってもらうように頼んだ。それが何を意味するかはアルベドはすぐに思い至るが、黙って頷いた。
マーレが向かう日時を聞き、第九階層のシズやユリ、ペストーニャの顔を見ておいた。
本物の彼女たちは自分が設定した存在ではないので新鮮味がある。
他のメイド達も血の通った人間、生物的な動きを見せている。
機械的で無機質な無感動さは無い。
その光景を見て、心の底から安心する。
それから地上に戻り、カッツェ平野に向かう。
移動に時間がかかっていた兵士達も大部分は都市に避難できたようだ。
人数が多いので仕方が無いが、踏み潰された悪夢が蘇る者。生き返って良かったと喜ぶ者と様々だった。
戦場の跡地に向かうと黒いローブをまとった数人の一団が辺りを警戒していた。
ヤントラは仮面を被り、一団に近づく。
「早いな」
「ば、バスパ様……。なんか、随分と人が歩いていたようですが……」
「慰問の人たちだ。……ということにしてくれ。それよりそのアイテムを使わせてほしいな~」
「だ、駄目です。いくら
酷い言い分だ。
ヤントラは苦笑する。
「……ちきしょー。
「は、はい。お、起きろ、強欲よ」
マーレは自身に装備している白と黒のガントレットの内の黒い方を空に掲げた。
「そして、その身に喰らうが良い」
教えられたとおりに命令すると戦場の跡地から無数の光りが立ち上り、黒いガントレット『強欲』に吸い込まれていく。
超位魔法『
もちろん溜め込んだ量に応じた分しか出来ないので空になれば意味が無い。
戦場から吸い上げられる青白い光りのエフェクトがどんどん集まってくるがマーレは首をかしげる。
十万人以上殺したのに光りの量が少ない気がした。
弱い人間だから経験値が少ないのかな、と思った。
「では次に『
「は、はい」
ユリ達に場所は伝えているので行けないことは無い。
マーレと共に魔法で移動するのも良い経験だろう。
ヤントラ達の背後に黒い
高位の転移呪文はなかなか便利だが覚えるまでが大変だ。
ログハウスでの移動のように景色がすぐに切り替わる。
「……便利だ。とにかく、便利な魔法だ」
マーレは苦笑する。
まだ作業している人間たちが居たのだがローブで全身を覆っているので怪しい一団と思われるが異形とは見抜かれないだろう。
ヤントラと共に指定された地点に移動する。
「マーレ、この施設に向かって使ってみてくれ」
「はい」
先ほどと同じように強欲を掲げた。
命令を下すと尋常ではない光りが黒いガントレットに吸い込まれていく。
「おおっ」
戦場で得たものよりも大量の経験値の光りが吸い込まれていく。
光りの出所を見ると地下の宝物庫、特に二の宝物庫辺りが多い。身投げ分なのだろう。
屠殺場はそれぞれに経験値が行き渡っているから殆ど出てこないようだ。
後は魂と経験値は厳密には別物かもしれない、という思いもある。
ヤントラは一部の部位などは死んだかもしれないな、と思いつつ感慨深げに光りの様子を眺めた。
部位に魂があれば、の話しだが。
相当量を溜め込んだ強欲にマーレは満足した。これでアインズ様に怒られないし、褒められるかもしれないという安心感があった。
「中の様子は秘密だ。また来てもらうかも知れないけれど……。ありがとう、来てくれて」
「い、いえ。こちらこそ」
ペコペコとお辞儀した後、マーレ達は『
『
マーレ達がいなくなった後で地下の様子を確認する。
アンデッドに関しては問題は無く、保管している部位にも特に異常はないようだ。
あくまで殺したエネミーの経験値、魂と呼べるものを回収するのが『強欲と無欲』なのだから。
今回は殺したものより身投げ分が大半を占めただろう。
ヤントラとしては溜まり行く余計な経験値が消えてくれたので大助かりでもある。データ的にも問題は無さそうだ。
ナザリックの場合は大量のゴミデータが蓄積していなければおかしいのだが、やはりきちんと処理されているのだろう。
喜びもつかの間、屠殺場の準備を始める。
こればかりは一人でやらなければならないので大変だ。
日が暮れる頃にティア達を屠殺場に入れる。
三度目となると手馴れたものになる。
休憩を挟んで二千体は倒しただろうか。
数万体は用意できるらしいが、そこまでは握力が持たないので控えめにしてもらった。
三日後にはルリマリスにも挑戦してもらうが、こちらはヤントラが付きっ切りで
適度にダメージを与えた後でルリマリスが止めを刺す。非効率的だが数百体は倒させた。
一人で倒せるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
アーチャーのクラスが接近戦をするのだから大変だろうが続けてもらった。
目標千体、とまではいかないがどんどん効率は上がっていく。
「強いモンスターだと弱い人間の物理攻撃を無効にするから少しずつ強いモンスターが必要なんだ。逆に弱いモンスターを倒しても強くなるのは相当先のことになる」
「は、はい。頑張ります」
「無抵抗でも大変だろう?」
ルリマリスにマッサージをしたり、風呂で精神的にも肉体的にも癒してもらいつつ作業を続けてもらった。
次にガガーランにやってもらうことにしたがアルベドから届いた書類の回収をしてから始める。
こちらは重い武器も扱えるので期待できるかと思ったが、強さ的には他の者と変わらないのですぐに武器が持てなくなった。
それでも最初で一番討伐しただろう。
疲労しないアイテムがあるらしいが今回は無しで頑張ってもらった。
精神的に強靭のようですぐに実力を発揮しだした。
千体を越えた辺りで『殲剣ヴァージンカルマ』でやってもらうことにした。
急に重い武器になったがガガーランは何とか使いこなした。
斬り味が良いので楽だろう。
休憩している間に数千体を用意してみた。
圧倒的な数の暴力を前にし、冷や汗は感じただろうが今のガガーランは全てを殲滅できる自身があった。
力技では見込みがあるので殲滅するまで一時間。その後は休憩に入り、次に戦うことになったのは裸の女。ただし、肌が青白い冷たさを感じる女が数百人。
武器はロングソードに切り替えてもらった。
「見た目は弱そうですが、
それぞれのモンスター名を教えてもらってからガガーランは戦い始める。
簡単に済むと思っていたが肉体的な強度は厚く、一体を倒すのに苦労した。
「……こいつはすげーや」
こんなモンスターが最初の段階で出てきていたら勝てなかっただろう。
慣れたはずなのにまた手の握力が奪われていきそうになった。
これを数万体も用意されていたら泣いていただろう。
というより良くこれだけの数のモンスターを用意できたなと改めて驚かされた。
どうやってと尋ねたら借りたモンスターを増やしただけと簡単な説明を受けた。
簡単にやってしまう化け物なのだろうヤントラという人間は。
なんとか一時間かけて殲滅した。というか殲滅できた。
終わった後の風呂は格別だった。疲れがどんどん取れていく。
地上に上がる頃には数年の歳月が過ぎたのではないかと思うほどだった。しかし、横では大型倉庫の建設が続けられていたので大して日数はかかっていないのだろう。
「ルリマリスはまだ時間はかかりますが、君達はイビルアイと良い勝負が出来るほどには強くなっていると思います」
「ほー。それほどか」
「
「うむ」
残りはイビルアイとラキュースだが、無理に続けても仕方が無いのでヤントラも我が家で休息をとることにした。
何事も急いでも仕方が無い。
戦いなれたところでクレマンティーヌとティアとティナに改めて討伐に挑戦してもらった。今の彼女たちは数千体でも泣かなかった。
下土月の一日。もうすぐ春の到来を知らせる季節だ。
ラキュースが二十歳となった。
次の日はガガーランの誕生日らしいが年齢は謎だとか。
メンバーでささやかなパーティを開いた。
以前は王宮で祝われた事があったが今回は貴族達の顔色を見なくて済む仲間内で
「ナーベさんも祝ってくれてありがとう」
「いえ」
モモンは不在だったが家を借りているので多少の恩返しをする上でパーティに参加している。
もうすぐ城塞都市エ・ランテルでアインズ・ウール・ゴウン魔導国の都市となる催しが迫っていた。
かの国の動向は王国と帝国、法国も注視している。
強大な魔法を使う魔導王アインズ・ウール・ゴウンの活動が
それでも小さな奇跡で都市は少しだけ笑顔が戻っていた。
領地収入はよく分からないが、冒険者だけで食べていくのはヤントラにとってまだ良く分からない事だった。
鉱石を売ろうにも財政難の王国に出せる金があるのか疑問だ。
需要と供給でいえば買ってくれる人が居なければならない。
安く買い叩くのはどこでも一緒だ。
スクロール一枚金貨二枚だとしても金貨二枚で買う人が居なければ意味が無い。
その前に王宮ですっかり忘れていた人間を思い出した。
「私も王宮に行こう」
「はっ? 急にどうしたの」
「クライム君たちをすっかり忘れていた」
その言葉でガガーランとティア達は苦笑し、ルリマリスは少しだけ顔を青ざめる。
基本的にルリマリスは平和主義者のようで物騒な話題は苦手のようだ。
心優しいところは嫌いではないけれど凶悪なモンスターに対抗する時、逃げてばかりもいられない。
「あの童貞に
「ルリマリスの時のように手取り足取りでしょうか。本来の
「あれだけ倒したのにかよ」
「まだまだ、ちょっと強くなった程度ですよ。数の暴力は本当に恐いんです。手足の
現場では裸だったが実際は武装を完璧にするんだろう。
油断はするなという意味として受け取った。
「あー、首やられたら危ないよねー」
軽装の装備のクレマンティーヌは何となく危険度が分かった。
「物騒な話題ですまない」
「ううん。みんなの為なんでしょう?」
「凄かったぜ。赤い大軍団はよ」
「国はとりませんが……。夜空の星でも開拓して新天地として造るのもいいですね」
イビルアイは天井に顔を向けた。
その先にあるのは青空。更に高い場所にあるだろう小さな光りの点。
国を支配するよりは良いことなのかもしれない。
「ご主人が良ければ私も連れて行ってほしい。地上はラキュースに任せておけば良いだろう」
「じゃあ私もー」
「壮大な夢のようね」
「そのためには巨大な輸送船を作らなければ。それもまた一つの楽しみとしておこう」
そう言った後、ヤントラはラキュースの頬に口づけする。
誕生日パーティを終えてラキュースと共にロ・レンテ城に向かう。
行きなれた場所とはいえ今のラキュースはただの貴族令嬢ではない。
元罪人だ。
一度は国に裏切られたが今は戦争の後で恨みは薄い。
余計な大貴族も居ない事だし。
色々とあったが、やはり自分はリ・エスティーゼ王国が好きなのだろう。
ヴァランシア宮殿に向かう途中で別れ、ヤントラは兵士たちの訓練施設に向かった。
引退したとはいえガゼフも後進の育成に励んでいる。
戦士長となったブレインとクライムも鍛錬は欠かさない。
戦争で圧倒的な力を見せられた彼らは心を折られる事なく精進していた。
巨大モンスター黒い仔山羊。
勝てなくても国を守るためには鍛えるしかない。
そんな汗まみれの部屋にヤントラは訪れた。
「アインドラ卿、お久しぶりです」
上半身裸の少年兵クライムが挨拶してきた。
相当訓練しただろう汗まみれになっていた。奥にはブレインと涼しい顔のガゼフ。
他にも参加していた戦士達が多数。
「なにやら戦場で奇跡が起こったと噂になっていました」
「慰問でしょう。でなければ……」
と、ヤントラが言った時に周りに居た人間たちは一斉に人差し指を唇に当てた。
それを見てヤントラは苦笑する。
「その話しは無かった事にして……。お三方、とても物騒な場所に来てくれますか?」
「……ん……」
「もしや、ナザリックか?」
「それよりも物騒かもしれませんよ。モンスターの屠殺場です。挑戦してみますか?」
物騒な単語が聞こえたが、聞き間違いではないようだ。
「相手が居ない鍛錬は退屈でしょう。実践はよい経験になると思いますが?」
「強くなるためならば私は挑戦したいです」
目を輝かせるクライム。
「風呂完備で返り血の心配はありません。あと、場所は近くに作った場所なので。真蒼の薔薇も泣いたほどですので、過酷ですよ」
「な、泣いた?」
「イビルアイとラキュースはまだ挑戦していないけれど、クレマンティーヌも震えたところです。食事と寝床は地上に宿舎があります。装備はただの服だけで結構ですから」
ただの服だけで屠殺場に居るモンスターと戦う、ということだろう。
それだけで恐ろしくなってきた。
モンスターを屠れるのであればブレインは挑戦する価値はあるかもしれない。
それとヤントラという化け物の強さの秘密に迫れるかもしれないので。
「受けてたとう。ガゼフは残るか?」
「興味はあるな。ヤントラ殿と手合わせしてみたいと思っていたが……」
武器を扱う姿を見ただけで相当の実力者であることは分かった。
武技でも使わないと戦えないだろう。
「大勢は連れて行けないので、残りの人は口封じ……、いえ。来るとしても地上で待機するだけという退屈な事になりますけれど?」
はっきりと口封じと聞こえたので戦士達は顔を青ざめた。
「城の防りを空けるわけには行かない。お前達は訓練を続けろ」
「……生きて帰れるんだろうな?」
「予定では三日くらい……。ちょっとした合宿です。なにせ用意するのに時間がかかるので。食事はこちらで用意します。あと、生きて返さないと怒られますから」
嫌な予感が物凄くするのだが、行ってみないと始まらないようだ。
散々聞いておきながら黒い仔山羊の脅威を受け取らなかった自分達なのだから。
ヤントラは三人に場所を伝え、用意するために退出していった。
「では、ラナー様に数日の休暇を貰ってまいります」
言うが早いかクライムはすぐに行動を開始した。
「……屠殺場ね……。ろくでもないことは確かだな」
「黒い仔山羊の肉片を持ち帰ったと聞いている。あれと戦う事になるのだろうか」
屠殺場に無数の黒い仔山羊の姿を思い浮かべたガゼフは歴戦の戦士とはいえ背筋に冷たいものを感じた。
「服だけで、あんな化け物とは戦わせないだろう。しかし、強いモンスターなら戦ってみても損はないだろう」
それも並みのモンスターではないはずだ。
普通の
ヤントラという人間はふざけた調子だが黒い仔山羊を一人で屠った化け物だ。
どんなところか見てみるのも悪くは無いだろう。
先行していたヤントラが準備を整え終える頃にガゼフ達は外套で身を隠した状態で『マグヌム・オプス』にたどり着いた。
王国からすぐ近くにあったため、馬車移動だと数十分でたどりつくくらい近くて驚いた。
出迎えたヤントラはまず宿舎を案内した。
「大型倉庫と資材置き場を造ってもらっているんです。あそこの宿舎で寝泊りできますので」
「なにやらすごいところのようだな」
物静かな施設が三人の背後に佇んでいる。
そここそがおぞましい実験の成果が詰まった宝物庫。
「腹ごしらえしてから移動しましょう」
「あの職人達は?」
「エ・レエブルから来てもらってる普通の人間ですよ。襲ってきたりはしません」
クライムは少しだけ安心した。
三人が腹ごしらえを終えた後で問題の施設に突入する。
「ここは一階が客人用。二階が執務室になってます。宝も転がってますが、見るだけにしてください」
念のためにヤントラは鉱石を保管している部屋を見せた。
「すごいな。ミスリルにオリハルコン。黒いのは……石炭ではないな」
「これをどう金に換えるかが分からないんです。帝国の土地でも買いたいところだし、収入の足しにしたいが……。王国は買ってくれそうにない気がして」
「んっ? 何故だ?」
これだけの鉱石ならば王国が買い取る事もできなくは無いだろう。
「財政難と聞いていますから。貿易関係には詳しくなくて……」
「うむ。詳しい商人がいないか聞いておこう」
「土地を買い漁ると国に迷惑がかかりそうなので空飛ぶ都市でも造れたら挑戦したいですね」
「ははは。それは凄いな」
ブレインはこれだけの鉱石をどうやって手に入れたかが疑問だった。
鉱山を買い取ったとは思えないし、地下施設を作るときに発掘したとも思えない気がした。
さすがに盗んだとは思えないが、ありえないことではないかもしれない。
どの鉱石も綺麗だし、上質のようだから高く売れるだろう。
確かに買い取ってくれる金持ちが居なければ駄目なのだが。
無造作にこんな部屋に置いているのも妙だった。警備が厳重とは思えない。
「アインドラ卿。これらはどうしてここに置いているんですか? あの倉庫に入れるとしても……」
大型倉庫にしては量は少ないだろう。それとも地下にまだ大量に存在するのだろうか。
「仮置き場として置いているだけです。職人が居なければ誰も来ない寂しいところですからね。皆さんが黙っていれば結構、安全ですよ」
「ほう」
元盗賊としてはここに宝がある以上は狙われてもおかしくないだろう。
既に色々と計画が進行中かもしれない。
「
「んっ!?」
「素材として価値があるのは稀少鉱物と魔法金属類です。それさえ守れればいいので」
ガゼフは改めて鉱物類を見渡した。
確かにありふれた金属が並んでいるが、ここにあるものはたいしたことが無いということだろうか。
「争いごとは好みませんので、こぶし大なら数個ほどあげますよ」
「いいのか?」
「
ブレインは価値のありそうな鉱物を探した。だがすぐに地下にはもっと凄い宝があるに違いないと思い、諦める事にした。
クライムとガゼフは屠殺場に用があるので手には取らなかった。
地下に案内された三人は一気に空気が変わったのを感じた。
静寂に包まれているはずの空間に尋常ではない何者かが潜んでいる。そんな気がした。
クライムは自然と身体が震え始めている。
地上とはまるで雰囲気が違う。ここには長く居てはいけないと身体か訴えている。
「地下一階はおぞましいものがたくさんあるのでお見せ出来ません」
「……ううむ」
「出入り口は……、他にもあるんですか?」
「地上へはここからしか無いです。あとは別の施設に通じる通路はたくさんあります。地下二階は拷問室ですが、何も無いので大丈夫ですよ」
にこやかに拷問室と言われても鳥肌しか立たない。
「ど、どうして拷問室が?」
聞いてはいけない気がするのだが、尋ねてしまった。
「よい名前が浮かばなかったからです。見たとおりの雰囲気で。屠殺場も本当に屠殺目的になってますから。大浴場もありますが、血生臭いですよ」
聞けば聞くほどおぞましく聞こえる。
「この施設は小さなナザリックを目指して造ってますから、この程度で驚いていては本物に耐えられませんよ」
「!?」
「ナザリックはこれよりも凄い……、ところなんですか?」
「規模は向うが大きいですけど……。あと、罠対策はしていないので安全度はこちらが高いです。が、とんでもないアイテムがあるので迂闊に侵入すると危険です」
「な、なんだそれは?」
「人間を金貨に換えるアイテムです」
その言葉で三人はその場から動けなくなった。
尋常ではない恐怖の単語が彼らの動きを止めてしまった。
「正確にはあらゆるものを査定して金貨に換える『エクスチェンジ・ボックス』という箱型のアイテムです。宝物庫と大浴場にあるので勝手に行くと危険です」
「わ、分かりました」
そんな物騒なアイテムがあれば盗掘など危険極まりない。というか、その情報が無ければ金貨に換わっても気が付かれないだろう。
「恐いですか?」
「恐いです」
「結構便利なんですよ。モンスターの残骸処理とか。人間と言いましたが、ここに居る者達だけで、兵士たちをさらって放り込んだりはしてません。イビルアイ達に見せて説明しましたので、聞けたら尋ねてもいいですよ」
「うむ。その機会があれば聞いておこう」
イビルアイ達でもおぞましいアイテムに震えたかもしれない。
彼女たちが知っているならば生きて出られない、ということはないだろう。
「ラキュースにはまだ見せていないので、彼女は最後に連れてくる予定です。屠殺の前に宝物庫を見ますか? 恐いものは今のうちに見て免疫をつけてくださいね」
免疫をつけるために恐い話しをしていたのか、とガゼフは少し納得できた。
知らないものが立ち入れば先へは進めないだろう。
クライムも顔中汗まみれで辺りを警戒していた。
まずは問題の宝物庫に案内された。
そこは黄金に輝く金貨の山が
三人は一様に驚く。
「この金貨はナザリックで通用する金貨ですが、一般には流通できません」
「んっ? な……」
ぜ、と言いそうになった時、人間を金貨に変える、という言葉を思い出した。
それは流通させてはならないおぞましき金貨だろう。
「一枚たりともあげられませんが、見るだけにしてください。それと上空に設置してある四角い箱が問題のエクスチェンジ・ボックスです。相当量の素材を投じないと金貨が出来ない代物です。あと、鉱物資源を放り込むとわりと多めに出るようです」
「人間だとどれくらいだ?」
ブレインは試しに尋ねてみた。
「五枚以下かも。物凄い強い人なら多めに出るかもしれませんね」
人間で五枚なら、この山になった金貨はどれほどの人数で山に出来るのだろうか。
もちろん全てが人間ではないのだろう。
「……排泄物も頑張れば金貨になります……。あと、棚に入れてあるのが結構な価値のある素材です。中には異形種に変化するアイテムもあるので勝手に触ると危ないですからね」
「そ、そんなものもあるんですか」
「転職アイテムというものです。イビルアイが詳しいと思いますので、聞いてみると良いですよ」
「はい」
ヤントラは手を叩くとどこからとも無く一人のメイドが壁を駆け回るように走ってきた。
その動きは人間業ではない。地面ではなく壁を走るのだから。
現れた仮面を被ったメイドはヤントラの側に片膝をついて控えた。
「シーツで覆え」
命令を受けたメイドが素早く駆け出すと他の場所から数人のメイドが壁を走るように現れて棚の一つ一つの部屋をシーツで覆った。
全てではなく、穴空きのようにされた。
それから音も無くメイド達は散って行き、消えた。
「空いている棚でめぼしいものを選んで良いですよ」
メイド達の見事な動きにカゼフは見とれてしまった。
あれは普通のメイドではないだろう。
「塞いだものは駄目ってことか……」
「レアものはさすがに……。溜めるのに時間がかかりますから。量が多いほど大したものではありません」
特に満杯近くまで溜まったものは鉄くずにしか見えないものだった。
「流通できない金貨と言ったが……。これらはどうするんだ?」
「消費アイテムなので色々と使い道があります。蘇生魔法のコストとか。スクロール製作にも使われます。今は稼動してませんが、予定です」
「そういえば……、ラキュース様の蘇生魔法には少なくない黄金が必要だとうかがったことがありました」
戦場から戻って来た兵士達を蘇生させたとして、どれほどの金貨が使われたのだろうか。
ガゼフはまた背筋に冷たいものを感じた。
「死んだ人間はそのままにする方がいいんですけどね。……イビルアイの頼みですから……。他言無用で願いますよ。生きてたらまた黒い仔山羊で殺そうとか言い出されても困りますので」
この言葉でガゼフは納得した。
慰問の人間であるという噂の理由を。
また戦争に送り込まれるかもしれないし、報復も無いわけではないだろう。
戸籍情報が曖昧なお陰もあり、帝国には悟られる心配は無いかもしれないが、アインズ・ウール・ゴウンが何をしでかすか分からないのも事実だ。
「肝に銘じておく」
それにしてもヤントラという人間は底が知れない。
怒らせてはいけない相手なのだろうが、アインズ・ウール・ゴウンよりも恐ろしいかもしれない、とガゼフは戦慄する。
こういう相手だからこそ渡り合えるのだろう。
三人は好意に甘えて質問しつつそれぞれ鉱物を貰った。
本などがあったが上級職になるためだったり、儀式で傭兵モンスターを呼び出すものと教えられた。
その儀式でも金貨が使われるらしい。
それにしても、とガゼフは思う。
色々と教えてくれる人なのだなと。
本来ならば秘匿すべき事がたくさんあるだろうに。自分だったら国家機密にしているところだ。
口封じ出来ると思っているからなのか。それとも他に何かあるのだろうか。
ナザリックの事も平然と教えてくれた。
全く読めない。それが素直な印象だった。
「ブレイン、クライム。この施設の事は口外しない方がいいだろう」
「良い情報だと思うけどな」
クライムはラナーに報告しなければならない立場なので困惑した。
姫に隠し事が出来る、というか通用するとは思えない。
「すみません。私はきちんと報告いたします」
「来る気なら身体を貰いますよ、と言ってみて下さい」
「はっ!? か、身体、ですか?」
にこやかなヤントラの笑顔。確実に嫌な予感がする。
「命は取りませんよ。おぞましい事には変わらないのですが……」
「地下一階の部屋の中身と関係がありそうだな」
ブレインの予想では想像したくないものが入っている。
人間の手足が壁にかけられていたりするような。そんな感じだった。
「君たち三人でも構いませんよ。素体は多い方がいい」
三人は一斉に武器に手をかけた。
「あ、あのイビルアイは……、偽者ということか?」
「本物ですよ。ラキュースもティア達も。ただ、この中に居るのは……、まあ、偽者と言えなくは無いですね」
「……複製……というやつか? にわかには信じられないな」
それが真実だとすれば屠殺場というのも大方の予想がつくだろう。
「不可能だ! 人間を複製するだと?」
「出来るかもしれないぜ。こいつは化け物だ」
「ど、どうやってですか!? というか記憶とかは?」
「本物にしか記憶は宿りません。本物を殺せば複製体に記憶が転写されるかもしれませんが……。いえ、それは無理でしたね」
本物たる
思い出は身体と共にあるのだろう。
記憶を持った部位は只一つをもって移動するだけ。
「……おぞましい実験ではありますが、身体だけでも側に置いておきたい。ラキュースも居ますよ。保存液に浸かってますが」
「人道にもとる行為だぞ」
「元より倫理観は捨てています。やりたいようにやるのが私です。その代わり、意味も無く外の世界の人たちを殺さない」
「そうであっても……」
クライムは言い返したい気持ちだが、イビルアイ達はこの事を知っているはずだ。
ブレインも気付いた。
「あのクレマンテイーヌが気に入る御仁なだけはあるな」
ガゼフの鋭い眼光もヤントラには通用しない。
拷問して楽しむような人間ではないと思いたいが、事は自分たちの想像を遥かに超えていた。
どう言えばいいのか、どうすればいいのか。ガゼフには皆目見当もつかない。
クライムはそれでもラナーには報告しようと思った。
「屠殺場で俺たちが殺す相手は……、ラキュースの大群か?」
美女の大群の皆殺し。ありえそうな気がした。
「
聞きたくない名前のモンスターだなとブレインは思った。
噂程度には聞いているのだが、実物を拝めるとは思っても見なかった。
「その大群か……」
「無抵抗なのでとにかく皆殺しにしてください。一切攻撃してこないので」
「はっ?」
今日は何度驚いただろうか。
「クレマンティーヌ達も最初は楽だと思っていたようですよ。貴方たち男性陣はどこまで耐えられるでしょうか?」
「無抵抗なら問題ないだろう」
無抵抗にやられる方であれば話しは変わるが。
「攻撃しない相手を殺すんですか?」
「モンスターは倒してこそです。倒さないと経験になりませんよ。壁とか壊されては困りますので、普通の攻撃だけで倒してください。多少の武技は目を瞑りましょう。武器はこちらで用意しますよ」
ガゼフは自分たちが戦うモンスターが無抵抗でやられる程度だとは思えなかった。
それだけで真蒼の薔薇が泣くはずがない。