※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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G-13 生徒達の特訓

 世にも恐ろしい特訓が始まった。

 普通の魔法を唱え続けるだけなのに恐怖心が身体を震わせる。

 モンスターにこれほど接近する事など無いからだ。

 異常に尿意を感じるが逃げられない。

 帝国の臣民としてこんな辱(はずかし)めを受けるとは思わなかった。

 それでも魔法は唱え続けた。ある程度回復させたらメイドがナイフを刺してくる。

 容赦の無い攻撃に尿意が刺激されてしまう。

 気が付けばヤントラの姿は無く、男子と二人で魔法を唱える事態になっていた。

 この特訓は二日続くという。一日でもキツイと思った。

 広大な空間の為に反響音がほとんど届かない。近くでナイフを刺す音だけが静かに聞こえるだけ。耳鳴りがとてもうるさく感じる。

 第六位階も簡単にいくかもしれないと思ったほどだ。

 横では男子の放尿の音が聞こえた。

 椅子の下に置かれている桶に無常に響く水の音。

 女子生徒はここは地獄だと思った。

 それから数時間が経った頃にヤントラは様子を見に来ると二人は泣きはらした顔で魔法を唱え続けていた。

 女子生徒も尿と便が桶に落ちているのが確認できた。

「辛(つら)い方が経験になるだろう? 知識も大事だけれど、実践も大事だ。メイドにご飯を食べさせて、飲み物を飲ませて、と命令すればいい。実際にやってごらん」

「はい。飲み物を……、飲ませてください」

 女子生徒の言葉に従い、メイドが飲み物をそっと差し出して手を使わずとも飲めるように容器を傾けてきた。

「もっと欲しい場合は同じ命令をすれば良いよ。じゃあ、頑張って続けてね」

 そう言ってヤントラは別の部屋に言ってしまった。

 魔法が使えなくなると頭巾の人物の力により、活力が戻ってきて魔法が唱えられるようになる。

 それを延々と繰り返していると眠くなるのだが、メイドが顔を強引に上げてくる。

 やめたくても開放してくれない。

 延々と魔法を使い続ける特訓は続いた。

 どれだけの時間を費やしただろうか。時間の経過が分からずに魔法を使っているので数日は過ぎたのではないかと思えてきた。

 このまま永遠に魔法を唱える地獄が続くのだろうか。

 そう思うと涙がまた出てくる。

 声もかれてしまったのか、自分の声ではないような気がした。

 老婆のようなしわがれた声。

 だが、モンスターに触れている手は若々しい。

 そう思い込んでいるだけで数十年は放置されているのではないだろうか、と思えるほどだ。

 この地獄から開放される日は来るのだろうか。

 意識が闇に染まる頃、痛みが襲ってきた。だが、睡魔が強く確認できない。

 

 気がついた時は明るい部屋の中。

 周りは狭く、壁も近かった。

「あっ!」

「おはよう。よく頑張ってね。喉の調子はどうかな?」

「えっ!? あ、あれ。なんともない……。あっあー。あれ?」

 それから自分の身体を確認する。

 服が着せられていた。

 離れた場所には男子生徒も居た。

「一日かけて積み上げた程度の経験では一気に第三位階までは難しいかな。信仰系でも攻撃とか出来たら、もう少し上を目指せたかもね。帝都に戻るか、続けるか。二日と言ったが君達さえよければどんどんやらせてみたいが……。やはり一旦帰ったほうがいいな」

 反論する気力が無いのか、女子生徒は大人しくしていた。

「そ、そういえば。身体を貰うと言っていた……と……」

 聞いてはいけない質問のように感じた。

 それはきっと危険だ、と身体が訴えている。

「見るかい?」

 何処からとも無く大きな包みが現れて床に置かれる。

 その白い包みを見ただけで中身が用意に想像できた。

「い、いえ。結構です」

「君の記憶は本物だ。それは間違いないよ。次も身体をよこせ、とかは……くれるならもらうけど」

「……うう」

「口封じはしない。朝ごはんを食べようか」

 その後は男子生徒にも色々と説明して三人は静かに朝ごはんを食べて、顔を洗い、朝風呂には女子生徒だけ入った。

 信じられない世界を体験し、信じられない事だらけに混乱する。

 強くなったかどうかは分からないが、あんな特訓で位階が上がるものなのだろうか。

 身体を鍛える戦士系とは違い、魔法職は強くなった事が良く分からない。

 それから二人は信仰系の使いたい魔法の一覧表を見せられた。

 無言のまま第一位階と第二位階と第三位階のいくつかに丸を付ける。

 二人は会話らしい言葉は交わさずに帝都へと戻った。

 検問所にはレーモンが心配そうに待機していた。

「二人はちゃんと生きているよ」

「良かった……。本当に良かった」

 二人を一旦、自宅に帰し、レーモンから頼まれていた書類を受け取る。

 必要な材料は王国でも手に入るものなので安心した。

 それから生徒たちが来る前にレーモンと共に学長の部屋に行き、例によって外套で隠される。

 それからすぐにヤントラは部屋を後にした。

「一日かけて大した成果が上がらなかった。やはり魔力系や戦士職でなければ経験が増えにくいようだ」

「増えにくい? 彼らは失敗という事ですか?」

「もっと時間をかける必要があるという事です」

 男子が7増えて10レベル。

 女子が8増えて16レベルしか上がってなかった。

 共に二十個以上の魔法が覚えられるのだが、まだまだ弱いなとヤントラは残念に思った。

 希望のクラスに就いたので今後の活躍に期待するしかないだろう。

「第四位階相当までいけたら、と思ったのですが……。信仰系で攻撃魔法が無かったので……、今回は早めに切り上げました」

「はあ……」

 良く分からなかった。

 どうやって強い弱いの判断をしているのだろうか。

「女性のほうは第三位階は使えるはずですが……。どうなっているのか確認しなければなりません」

「えっ? 第三位階まで使えるんですか?」

 それならば確かめてみたい。

 一般生徒で第三位階まで到達するのは天才と呼ばれるもの達ばかりだから、とても貴重だった。

 

 登校時間になり教室に次々と生徒が集まる。そして、昨日の特訓を受けた二人の生徒も逃げ出さずに登校してきた。

 ただ、二人とも顔色がとても悪かった。

 地獄から生還したような死人と変わらない青白い顔だった。

「大丈夫?」

「……地獄を見てきたわ……」

 もう一人の方は机の上でぐったりとしていた。

 朝の予鈴が鳴り、教員が入ってくるのだが今日はレーモン達も一緒だった。

 ヤントラの姿を見た女子生徒と男子はすぐさま椅子から立ち上がり、逃げ出しそうになった。

「顔色が悪いな君達。でもまあ一日だけとはいえしっかり強くなったんじゃないかな?」

「ウソだ。あんなんで強くなれるかよ」

 大声で怒鳴りたいところだが、声に力が入らなかった。

 女子生徒もすぐに椅子に座り、ガタガタと震え始めた。

「じゃあ、復習だ。君たちが印を付けた魔法を使ってごらん」

「はっ? 何につけたのか覚えてないよ」

「君は『中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)』だ。女の子は第三位階の『重傷治癒(シリアス・キュアウーンズ)』だ」

 共にケガをしていないので意味が無いだろう。

 ヤントラは素早く走りより、ナイフで二人の腕を切り裂いていく。

 暗殺者(アサシン)のクラスを持つ、とはいえ軽く切った程度だが、二人には相当な痛みが伝わったようだ。

「言った通りの魔法を使ってごらん」

「中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)」

「シリアス……キュアウーンズ……」

 二人は自分たちが使ってきた魔法のように唱えた。

 というか自分の魔法として唱えられた。

 それぞれ傷が癒えてくる。

「……ウソ……」

「えっ? 中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)。あれ? 使える」

「今の魔法は勉強すればもっと自分のものに出来るだろう。知識と経験は大事だろう? それと全ての位階魔法を覚える事はできない。自分に必要な魔法をしっかりと選ぶ事だね。今の段階だと十個も覚えたら充分だろう」

「あんな特訓で簡単に……。そんな……」

「保存を唱えただけで第二位階魔法なんか使えるわけがないだろう」

 二人は信じられないけれど信じるしかない現実にぶつかった。

 使えてしまったのだから頭の中が混乱する。

「不思議だろう? 第三位階が使えるなら勉強で他のものも覚えられるかもね。次は魔力系がいいな。経験は積ませたがどんな魔法を使いたいのかはそれぞれ勉強してくれ。素材を必要とする魔法などもあるからね」

 次に手を上げたのは四人。男女二人ずつだった。

「手を上げるのは良いが……、君達の身体を提供する事になるぞ」

 レーモンの言葉に特訓を終えた女子生徒が小声で色々と伝える。

「第三位階が使えるようになるならくれてやってもいいぜ」

「……第六位階も興味あるし」

「『死者復活(レイズ・デッド)』を覚えたいです」

 欲望の方が勝っている、という生徒が多い。

「死者復活(レイズ・デッド)は生命力の弱い人間に使うと蘇生に失敗して灰になります。あと、相当量の金貨を消費する。なかなか覚悟の要る魔法ですよ。上位の『蘇生(リザレクション)』も結構金貨を消費します。都合の良い魔法というのは色々と代償が必要になりますからね」

 知る得るかぎりのことは生徒たちに伝えた。

 その様子にレーモンは改めて驚く。

 天才を簡単に作り出すだけではない。基本的なこともある程度は熟知している人間だと知った。

 魔法については多くが謎の包まれている。国家で秘匿されている部分もあるから研究が難航していた。それなのにヤントラはいとも簡単に扉をこじ開けていくような気がしてならない。

「学院の勉強が無駄だとは思わない。私も自分の魔法はあんまり覚えていないから。ここでの勉強はしっかりするようにね。大勢は運べないので多くて四人が限界だろう。では、早速行こうか。予習復習は後でも出来るだろう」

「強引ですね、さすがにそれは駄目ですよ」

 馬車で移動するとして数日はかかる。帰りも数日はかかる。

 一部の生徒を連れて行くだけなら確かにヤントラの方法は早くて済む。

 帝都の近くに土地を借りる、という案はこういう時の為のものなのだろう。

 というより、今まで苦労してきた生徒が第三位階魔法を習得した事が驚きだ。

 どれだけの予算を投じても簡単には実現できなかった事が、何故、ヤントラは出来たのだろうか。

 放課後になり数往復する事にして十人を連れて行くことにした。

 移動速度の速さにそれぞれ驚いていた。

 宿舎はまだ余裕があるので生徒たちは小休止に入った。

 アンケートはすぐさま我が家で翻訳してもらう。

 それが済めば地獄の特訓の始まりだ。

 一番の問題点は生徒たちが下半身を露出して特訓する事だろう。

 それはまあ、恥ずかしさよりも高みを目指すほうが大事なので我慢してもらう。

 その間に注文していた保存液と培養液を地下一階に並べておく。

 相当広い空間なので地下二階も含めたら百万人は収容できそうな気がする。

 もっとかもしれないが、部屋数が少ないのが次の問題だろう。

 もともとのレベルが低いので数日は閉じ込めておかなければならない。

 一日が終わる頃にようやく帝国に物資が届くという奇妙さ。それだけヤントラの移動速度が並外れているという証拠だろう。

 生徒達の成長結果にジルクニフも大層驚き、喜んだ。

 物資の状態にも満足する。

 二日目に入り、生徒たちを風呂に入れて身奇麗にした後、特訓の再開。その間に食料の買出しに行き、施設の食堂で様々な料理を作っておく。

 精神的に追い詰めるような特訓なので途中から泣き喚く者が現れ始める。

 だが、メイド達に抵抗できるわけも無く続けられた。

 単純作業の恐ろしさ。

 昼頃に脱落したいものは身体を回収した後に地上に上げて宿舎で休ませた。

 それ以外は継続。数日はこもっても良い生徒達だが三日が限界だろう。

 ヤントラはそれらは構わず、ナザリックで指輪と保存液と培養液と容器の注文をしておく。

 製作に時間がかかるので一気に数千個は注文できない。

 シモベにシズ用の銃器類をこっそり届けさせた。

 動物用の維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を八足馬(スレイプニール)と鷲獅子(グリフォン)の首にかけた。

 マジックアイテムだけあって大きさが自在に変化する。

 それから脱落した者にアンケートを書かせて帝国に運んだ。

 脱落したとはいえレベルはけっこう上がっていた。

 それから最終日になると生徒は限界に達したのか、すぐに眠り込んだ。

 当然、身体は回収し、風呂などに入れて地上に上げる。

 よくよく考えれば再生された身体は綺麗だが、回収したほうは汚れが残っているかもしれない。

 折角の保存液が濁(にご)るのは困るので、合間合間に入れ替えも必要だろう。

 老廃物(ろうはいぶつ)がほぼ出ないアンデッドの方が綺麗に保存されている気がする。

 余計な出費だが、追加注文も考えおこう。活動を停止させれば老廃物は出ないのだろうが気分的な問題だ。

 あとは好きなだけ寝かせておく。

 夕方にそれぞれ目が覚めたのでアンケートを書かせた。

 帝国に運べば終了だが、さすがに残っていただけはある。相当レベルが上がっていた。

 最高が第四位階だが、もうすぐ第五位階に届くというところまで来ていた。

 一般生徒の成長の目ざましさが素晴らしかった。

 ただ、第五位階にどうしても到達したいという生徒が一人居たので、その生徒以外は帝国に戻して継続特訓に入る事にした。

 加えて別の十人を追加。

 経験値稼ぎにしか過ぎないが生徒達にはよい刺激になったようだ。

 戦士職が居ないので屠殺場のモンスターも少なく済むし、用意が楽だった。

 彼らが特訓している間に第一から第五までの魔力系と信仰系の一覧表を製作する。

 他の系統なども本来は必要なのかもしれないが、それはまだ始めたばかりなのでおいおい考えておく。

 様子を見に来たイビルアイは羅列された魔法を見て色々と頷いていた。

「……ふむ。これは簡易的な『無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)』のようだな」

 書物という形態は取っていないが、たくさんの呪文が羅列されているので興味がわいてくる。

 魔術師ギルドで閲覧できるものよりも高い位階魔法が記されているので、価値は高くなるだろう。

「魔法を知ったからといって使えるとは限らない。勉強はやっぱり必要だろう」

「……これ欲しいです」

 少し甘えた調子でイビルアイは言った。

「完成したら複写してもらおう。……生徒達には拷問のごとき特訓だが……、あとで相当恨まれるだろうな……」

「恨まれるどころではないと思うがな。……しかし、帝国の生徒達を鍛えて良いのか? ご主人は善意……、とは言いがたいが善意で技術を身に付けさせようとしているのだろうが……」

 可哀想な生徒達だが、とイビルアイは彼らの末路が目に浮かぶ。

「経験を積ませてやる事しかできないけれどね。調子に乗って破壊の限りを尽くすかは帝国の教育次第だ」

 感心はするのだが、イビルアイは疑問にも思う。

 なぜ、簡単に強く出来るのだろうか、と。

 一生をかけても得られない力を数日で獲得させている、となると何か秘密があるのだろう。

 妙なアイテムを食べさせているのが一番の可能性なのだが、自分達の部位ならば吐き気を覚えるだろう。

 強さの秘密は聞かない方が良いのかもしれない。

 なんとなく世界の秩序が崩壊する気がした。

 ヤントラの基準では自分たちは相当弱いのだろう。それを少しでも解決しようとしているのかもしれない。

 世界を取らないヤントラの慈悲なのか優しさなのかは分からないが。

 常識を覆すようなモンスターが居るのだから、少しでも強くなっておいた方が生き延びる確率は上がる。

 秘密は秘密のままの方が良い時もあるだろう。

 それにしても帝国の生徒達をポンポンと手に入れてくる辺りは相変わらずなのだが、恐ろしい人間だと思う。

 もうエロいだの変態だのは面倒くさくなったのだろうか。

 職人スキルの域(いき)に達しているだろう。

 

 数日かけて一つの教室全ての生徒を本当に手に入れた頃に第五位階までの魔法リストが完成する。

 もちろんいくつか複写し、イビルアイに進呈する。

 天才の領域と呼ばれていた第三位階の使い手が急に増えたが、扱える魔法自体は少ないし、脅威と呼べるほどのものでもない。

 レーモンは驚きっぱなしだったが、帰ってきた生徒達の死人のような面構えがとても気になってしまった。

 等しく拷問を受けたのではないかとさえ思う有様だ。

 いや、拷問の方がまだ可愛いのかもしれない。

 全員が揃ったところで一人ひとりに自分達の得ている職業を記したメモを渡していく。

「これからどう成長していくかは君達次第だ。それと扱える魔法はまだ少ない。さすがに私は器用ではないから。あとはそれぞれ研鑽(けんさん)するように」

 帝国に渡した魔法の一覧表は複写して生徒達に渡してあげるようには言っておいた。

 それから一人の生徒が手を上げた。最初に特訓した女子生徒だった。

「何故、あの特訓で高い位階魔法が扱えるのですか? あまりにも簡単すぎます」

 この疑問に多くの生徒達はヤントラを睨みつけるように見据えた。

 歴戦の戦士達も少したじろぐかもしれないほどの迫力があった。

「確かに経験を積むだけの簡単な方法だ。そもそも位階魔法は一定の強さにならなければ扱えないものだ。今の君たちが机に向かってどんなに勉強しようと第十位階魔法は唱えられない」

 それには誰も反論は無かった。

 レーモンも位階魔法が一定の強さにならなければ使えない、などは知らないので首を傾げた。

 たくさんの努力や研鑽の果てというのならば多少は納得できるのだが、今回は生徒達が数日で天才の領域に至っているのが納得出来ない。

 それも一人や二人ではない。

「どうやって知りえたかを君達は知りたがっているだろうが、秘密だ。不思議な事くらいあっても良いだろう」

「ええー!」

「もちろん君たちに妙なマジックアイテムを使ったり食べさせたりはしていない。それと身につけた力は死なない限りは失われない。それ以上は専門家に任せるよ」

「で、では。あんな拷問のような特訓で第十位階、魔導王が使ったという物凄い魔法も使えるようになりますか?」

「……魔法に特化したクラスを得て、経験を積めば不可能ではないと思うけど……。嫌な顔されるかもしれない」

 ヤントラは苦笑するが不可能を不可能と思っていない人間に誰もが唖然としていた。

 決して無理や不可能と言わなかった。

「嫌な顔をされるとは……、誰がですか?」

「もちろん、アインズや帝国の魔法に関わる偉い人たちだよ」

「なぜ?」

 立て続けにレーモンは尋ね、生徒達も真剣な顔で聞き耳を立てる。

「自分に脅威を与える存在が増えるのは困るだろうから。特に偉い人たちは自分より賢いものを蹴落としがちだ。皇帝は君たちの成長を喜ぶかもしれないが、嫉妬心(しっとしん)を持つ者は色んな嫌がらせをしてくる。その辺を考えて第五位階程度で治めているのだが、それ以上の成長をアインズが認めれくれれば第六位階……、私の限界まで付き合っても良いぞ」

 納得できる事があるので誰も反論しなかった。

 上昇志向を持つ者にとってライバルの成長は目障りに移る。

 貴族出身の者は特に嫉妬深いだろう。

 第三位階まで使える貴族は第四位階を扱う平民を憎むだろう。

「あと、君たちの強さは餞別(せんべつ)だ。来年も再来年も付き合う気は無い。敵国だからではないよ。私は飽きやすく、冷めやすい。あの施設も撤去してしまうかもしれない。恒久的な約束ができないから、今のうちに言っておくよ」

 来年当たりは星に向かっているかもしれない。

 というよりはたどり着くまでに死ぬんじゃないかな。数百年ほどかかりそうな距離かもしれないし。

 瞬間移動的な速度でも早々たどり着けはしないだろう。

 夜空に輝く星との距離はそれくらい遠いのだから。

「疑問は残るだろうが、魔法職は頭を使って経験を積んでくれ」

 それでも高い位階魔法をいとも容易く扱えるのはおかしい。それは誰もが思う事だった。

 今までの勉学が無駄だと言われている様で悲しかったり、腹立たしかったり、と生徒達は様々な思いが渦巻いた。

 あんな特訓程度で覚えられるはずが無い。何か秘密があるはずだと。賢い生徒はヤントラを睨み続けた。

 

 生徒達の憎悪を軽くかわして教室を出るヤントラ。レーモンはすぐに彼の後を追う。

「……しかし、魔法というものは簡単に覚えられるものなんですか?」

「戦士がいきなり第三位階の魔法は使えません。経験を積んだだけでは無理です。魔法は系統によって別れていますし、専門職を得なければどんな努力をしようが無理なものは無理です」

 スクロールとして扱う場合は二重の影(ドッペルゲンガー)のような異形種以外では特殊技術(スキル)として扱える場合があるにはある。けれど、スクロールがなければもちろん使うことは出来ない。

「とにかく、数をこなす事は大事でしょう。即死系を連発されても困りますが……」

「……はあ。それにしても生徒達の能力の底上げは凄いですね」

「それでも第八位階まで行けば充分でしょう。それ以上は並みの努力では到達できません。あと、森祭司(ドルイド)も第十位階まで覚えられますよ。それはもう地形を変えるような凄い魔法とか」

「へー! それはすごいですね」

 というより第十位階魔法自体、伝説ですら語られない存在だろう。

 本当にあるのだろうか。ヤントラが言うのだからあるのかもしれないが。

 彼の知識はどれほどのものなのだろう。と、レーモンは疑問に思いつつも好奇心いっぱいだった。

 その後で帝城にやってきた闇妖精(ダークエルフ)が地割れを起こした事を思い出し、あれが高位階魔法なのだと背筋に冷たいものが走る。

 ウソではなく、真実。

 魔導王の超位魔法があるくらいだ。無いわけがないだろう。

「……地割れは……森祭司(ドルイド)の魔法で起こせますか?」

「出来ると思いますよ」

 普通に答えて来ると今なら凄い恐怖を感じてしまう。

 それよりもどうやって自分達の知らない魔法を会得したのだろう。

 第三位階以上はフールーダの研究によってある程度は知られている程度だ。それが急にどんでもない魔法が次々と目の前に現れてくる。

 その秘密を得たいところだが、不安もある。

 口封じされるおそれがあるからだ。それもヤントラ以外の可能性が高い。

 ヤントラは優しい人だ。口封じはおそらくしないだろう。そんな気がする。

 だが、魔導王や帝国魔法省の人間は国家機密を漏らすような真似は許さないはずだ。

「……魔導王が知ったら生徒達に余計な力を付けさせるな、と言うかもしれませんね。もし言わずに歓迎(かんげい)すると言ってくれれば、第六位階までは考えてあげてもいいですよ。ただし、大人は選びますよ」

「生徒の能力向上が許可されれば続けてくれると?」

「往復が大変ですけど……。知識は面倒見切れないので、それは帝国の方で教えてあげてくださいね。私、バカで変態ですから」

「変態……。え、ええ。一応、陛下に報告してみます。あ、その陛下から竜王国から返答があったと言われていました」

 衝撃的なことが多かったので忘れていた。

 すぐさまヤントラを帝城へと案内する。

 生徒達の育成に集中していたために数日は無駄にしてまったことをレーモンは皇帝ジルクニフに謝罪する。

「よい。生徒達の能力向上は帝国としては喜ばしい限りだ。褒美を与えたいところだな」

「はっ、もったいなきお言葉にございます」

 平伏したレーモンは言った。

 今回は皇帝のそばに黒いローブをまとった怪しい存在が立っていた。

 既に仮面は外されて素顔で佇むのは魔導王『アインズ・ウール・ゴウン』だった。

 骸骨の顔なので表情は読めない。

「我が友、アインズ。生徒の成長は君から見てどう思う?」

「……その前に……、何故、お前がここに居る?」

 アインズの重厚な声がヤントラに向けられた。

「居て悪いか? ちゃんと検問所は通ってきた」

「……お前が来ているということは私の邪魔をしに来たとしか思えないのだが……」

「建国の邪魔はしていないだろう? 私としてもナザリックの自治は望むところだった。方法は強引だったが」

 ヤントラはアインズに負けずに対話している事に他の騎士や従者達が戦々恐々としていた。

「無用な殺戮さえしなければ私は邪魔しないさ。アンデッドの実験などは罪人でやってほしい」

「罪人でやっている。私としても一般市民の殺戮は好みではない」

 アインズの言葉に皇帝以下、他の者達も意外だと思った。

 王国兵士を十万人も蹂躙(じゅうりん)した大魔法詠唱者(マジック・キャスター)が慈悲の心を見せるとは思わなかった。

「人間を食べなきゃ死ぬような奴は居ないんだから、そこらへんも何とかしてほしいな。出来れば私が関知していない場所は諦めてやる」

 そうヤントラが言うとアインズは苦笑した。

「お前がどう思っているのかは知らないが……。人間を食料にせよ、という命令は下していない。……罪人は知らんがな」

「ならいい」

「話しを戻そう。帝国の生徒達を鍛えてどうするつもりだ?」

「少しは歯ごたえのある若者が増えてくれないと楽しくないだろう。まして、世界の全てを我々は知っているわけではない。こんな狭いところで弱者をいたぶって楽しいか?」

 そう言われると反論する言葉を失う。ひとつアインズは咳払いに似た息を吐く。

「……うむ。世界の全てを旅したわけではないものな」

「魔法の知識はアインズが詳しいんだから……。魔力系というか死霊系だが。少しは貢献したらどうだ?」

 貢献して自分の敵になるかもしれない。それは避けたいのだが、今は同盟関係だ。

 生徒達の成長は皇帝の喜びであり、友人であるアインズも祝福しなければならない立場だろう。

 素直に喜べない事態に頭を悩ませる。

「自分よりバカな奴しか居ない世界に君臨して楽しいか? 賢い部下は早めに殺した方がいいぞ」

 そう言った後でどす黒いオーラがアインズの身体から吹き上がった。

 周りに居た者たちは恐怖に彩(いろど)られる。

 完全に怒らせたと思った。

「……そんなこと出来るわけがないだろう」

 地の底から吹き上がりそうな低い声でアインズは言った。

「世界を取れば敵が居なくなる。シモベが邪魔になるだろう? 結局は部下を殺す事になるぞ」

「ならない! 何なんだ、お前は!」

 建物が揺れるような微振動が発生した。

「先のことを言っているのか? きちんと管理すれば何も問題は無い」

「管理って何を管理する? 永遠に敵の姿に怯え続ける事か? 不死の身体を持つお前がどれほどの年月耐えられるんだろうな」

 どれほどの年月と言われてもアインズには分からないし、考えた事も無い。

 世界征服は一つの目標だ。それ以外のことは色々とまだ未定でしかない。

 

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