ゲームオーバーから始めようか 作:モモンガ
H-1 ドラウディロンが現れた
竜王国の女王、
名前の通り髪の毛は黒色。瞳は黄金に匹敵する金色に輝いている。
露出の多いドレスを着用し、大人っぽさを
近隣の
帝国の帝都には早くて三日はかかる
どの道、国に居ても挨拶くらいしかしないし、誰もが自分を見る嫌らしい目つきに付き合わなければならない。
理由は自分でも分かっている。
この幼い姿の方が国民受けするからだ。
「……開放されたと思ったら長い馬車移動……。もっと楽に移動する手段はなかったのか」
「転移魔法が使えればもっと早いかもしれませんよ、陛下」
宰相の皮肉に口を曲げてため息をつく、少女ドラウディロン。
「それにしても今回は随分と大雑把な手紙をよこしたものだな、ジルクニフ陛下は」
いつもの丁寧な文章は嫌いではないのだが、戦争に勝って浮かれて
宰相は逆に何か思いつめた事があるのでは、と読み取ったらしい。
筆跡は本人のものである事は分かったし、使者も顔見知りなので偽者とも思えない。
「戦争を勝利に導いたという
「運が良ければ会えるかもしれませんね」
ドラウディロンたちの乗る馬車を複数台の護衛と食料や必要な物資を乗せた馬車などで取り囲んでいる。
それだけで中心に居る人間の重要度が計り知れるというものだ。
バハルス帝国とは外交関係はあるが基本的にスレイン法国の方が近いし、付き合いも長い。
そのスレイン法国からの支援が急に途絶え、近隣の
「支援してきたのに急に見捨てられるとは……」
「見捨てたわけじゃないと思いますよ、陛下。法国にも色々と事情があるのでしょう」
「どんな事情だ、それは。……はー、頭が痛い」
ドラウディロンの不機嫌を
魔導国という未知の国家を帝国が急に支援した理由だ。
噂によれば強大な魔法一つ放って戦争を終わらせたとか。犠牲者が出なかったなど、信じられない報告も上がってきた。
不安がない交ぜになったまま帝国にたどり着くが、国自体に変化は無いようだ。
馬車から見える国民達の顔も特に変わっているようには見えない。
ドラウディロンが手を振れば道行く人間は歓迎してくれた。
そして、そのまま皇帝の居る部屋へと進む。
気のせいか、城の内部に居る従者や兵士達から
戦争に勝利したというのに静かな雰囲気に満ちていた。
もちろん、ドラウディロンは帝国の国民達に手は振れども衆目に晒される事を苦手としていた。
出来れば少し成長した姿で居たいのだが宰相が許してくれない。
『鮮血帝』と呼ばれるバハルス帝国皇帝『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』は国民の前ではそれなりの式典は開くが、城内では比較的、儀礼は重んじられない。
形式的な挨拶は飛ばされ、食事会の部屋に通された。
室内に入れば多くのメイドと従者、付き従う騎士の姿はあったが見慣れた光景だった。
さすがに装備をまとったまま席に着く者は
「お招きに参上いたしました、ジルクニフ皇帝陛下」
軽くスカートを摘んでドラウディロンは挨拶する。
「来てくれた事に感謝する、ドラウディロン女王よ。堅苦しい挨拶は抜きにしよう」
そう言われてドラウディロンは皇帝の真向かいの席に座る。
背が低いせいか、椅子に座ると足が地につかなくなる。
五メートルはあるだろう長いテーブルだが、皇帝ともなれば長いテーブルは当たり前の代物だった。
「まずは勝利をお祝い申し上げますわ」
「……素直に受け取ろう」
尊大な態度の皇帝が今日はやけにしおらしく感じた。
それに顔色も優れない様子だとドラウディロンには見えた。
騎士達にも疲労の顔がうかがえるような、そんな気がした。
圧倒的な力で勝利を得た帝国が何故、と疑問が広がる。
「食事の前に……。わが国は魔導国の後ろ盾になった事は伝えたな?」
伝えたどころではない。極秘に大連合の密書まで届いたのだ。知らないはずが無い。
「圧倒的な魔法だったそうだ。そちらの『
「それほどか?」
ドラウディロンが言うと騎士の数人が頷いた。しかし、
食事は運ばれてこないが、紅茶などをメイドが運んできた。
「戦争には勝利した。戦勝式典もやった。……だが、参加した兵士たちは誰も喜ばなかった」
「んっ?」
「次は自分達の身に強大な魔法が降りかかるかもしれない、という恐怖が植えつけられてしまったからな。……これはただの愚痴だ。折角来てくれたのだ。竜王国の現状を教えてくれるか?」
「それはいいのだが……。いつにも増して元気が無いの、ジルクニフ陛下」
何か恐い目にあったのだろうか、と心配になってきた。
鮮血帝が恐怖するものとはなんだろう、という疑問もある。
「頭の痛い問題を抱えているからな。その中でも明るい話題は……、あるにはあるのだ」
「ほう?」
ジルクニフは大きく息を吐く。
暗い気分を払拭する意味で。
悪い事ばかりではない。良い事も無視してはいけないだろう。
「わが国の魔法を
第三位階は理解できる。だが、
「……つまり第四位階を使える生徒が現れたと?」
「いや、第五位階も居るらしいぞ。それも多くの生徒がだ。まだ一つの教室だが、今後も増えるかもしれないな」
ドラウディロンは耳を疑った。
第三位階は確かに不可能な領域ではない。だが、生徒に過ぎないものが第四位階や第五位階まで到達するとは何事だろうか。
研究機関である帝国魔法省ならば納得も出来る。
「それは何の冗談だ」
第四、第五位階はそう簡単に習得できるものではないし、国に使い手が居る、というだけで国宝指定級だ。
脅威という意味は後にならなければ分からないだろうけれど、ドラウディロン達はあまりの事に想像が追いつかない。
「俺も最初はそう思った。だが、教員連中も確認したのだから真実なのだろう。魔法自体はまだ多くは扱えないようだが、今後の成長が楽しみだ」
戦争の話しでは暗い顔をしていた皇帝が生徒達の事になった途端に明るくなった。
実に楽しそうに。
自信に満ち溢れたいつもの鮮血帝が居た。
「あれを」
皇帝が手を叩いて合図すると従者がドラウディロンに羊皮紙の束を乗せた盆を差し出した。
「これは?」
「魔力系、信仰系などの魔法の一覧表だ」
帝国の文字で書かれているが、確かに第一位階からの魔法がたくさん書かれている。
しかも第二位階と続いて第五位階まで
第四位階からの魔法はなかなかお目にかかれないが、それが詳細に書かれている書類は国家機密に指定されてもいいくらいの価値があるだろう。
「……これは本物か?」
ただ書くだけなら魔法に詳しくない者は
正直、ドラウディロンも確証がないので真実かは判断できなかった。
「魔法省の調べではかなり本物に近いそうだ。世の中には不思議なことがたくさんあるものだと思い知ったよ」
第五位階の信仰系に『
「かの大
「いや、王国から来たヤントラという人間だ。平和主義者の変態と名高いらしい」
王国でのヤントラの噂は冗談が過ぎているほどに酷いものが多かった。
しかも本人は否定していないのだから輪をかけて頭がおかしいのだろう、と言いたくなる。
真蒼の薔薇ですらそう言っていたのだから本当なのだろう。
それが人間を複製するというとんでもない技術を持ち、生徒達を短期間で高い位階魔法を習得させた存在だとは思わないだろう。
殺人に当たる悪い噂は無く、真蒼の薔薇もある程度は事情を知っているという。
隠し事をしない正直者なのが心配だと言われていた。
「帝国では無し得なかった事を厄介な報酬と引き換えに提供してくれた」
「んっ……。厄介な報酬、ですか?」
宰相が嫌な予感を感じたようだ。
それをジルクニフは認めて苦笑する。
「一言で言えば身体だ」
身体、と聞いた時にドラウディロンは自らの身体を抱きしめて全身で悪寒を感じた。
「帝国最強の四騎士も
「えっ?」
「手足を切り落として再生させる、そんな感じだ。それよりもケタが違うのだが……」
「男女問わずか!?」
「種族問わず、だろうな」
生徒達を切り刻んでいる、という意味に取れた。
そのままではなく再生を
「そ、そいつは手足や身体……。身体を再生させるのか?」
手足はまだなんとか理解できる。
身体を丸まる再生とは蘇生魔法のことだろうか。
「見たままだ。本当に身体が再生した。蘇生魔法とは違うようだがな」
「ウソだ! そんな魔法、聞いたことないぞ」
「そうだろうな。かなり高い位階魔法らしいからな」
高い位階魔法ならばありえない事は無い。だが、それを行使する存在の噂などほとんど聞いたことが無い。フールーダ以外は。
というよりは戦争をたった一人の魔法で終わらせた魔法にも心当たりが無い。
「真蒼の薔薇も餌食になっているとか。手に入れた身体は大切に保管されているそうだ。何に使われているかは恐くて聞けないようだが……」
「しんそうのばら、とは『蒼の薔薇』のことでしょうか?」
「改名したそうだな。総勢七名の女性冒険者集団となっている」
「実際に今度、アインドラ卿が作った屠殺場とやらに行こうかと考えているが、ドラウディロン陛下も一緒に行ってみないか? 自分の目で確かめた方がいいと思うぞ」
行くのが恐い施設のようだから逃げ出したくなってきた。
しかもさらっと『屠殺場』と言っていたし。
「……あー、だから変態なんですね」
宰相は話しの内容から大体は把握できた。
手足を集めるような人間は確かに変態だと。
「王国の人間だが、お人よしらしくてな。魔導王ですら手玉に取る奴だ。会う価値はあるだろう」
「……会いたくないなー。変態は特に……」
わが国にもロリコンは居るが、どの程度の変態なのだろうか。と、不安に思いつつドラウディロンは冷めかけた紅茶を飲んだ。
その変態は既に別室に居る事を伝えるとドラウディロンは紅茶を吹き出した。
すぐさまメイド達が代わりの紅茶とテーブルの掃除などを
「竜王国が
「……うわ……。めちゃくちゃ不安いっぱいだな……」
「趣味は突飛だが実力は本物だ。
「
「わが国が戦争を始めたせいで王国での仕事が激減したらしくてな。それは確かに申し訳ないと思う」
ささやかながら移籍制度の案を国を
それについてはヤントラも文句は言ってこなかった。というよりは生徒の育成の方に力を入れていたから仕方が無いが。
「残念を通り越しているぞ」
「その前に王国の者なのに陛下は随分と親しげのように感じますが……」
「色々と縁があってな。争いを好まない御仁でもあるし、
「
「四体も現れたそうだ。それをただのモンスター退治のように鮮やかに
宰相は眉を寄せつつも信じられない、という気持ちだった。
一体だけならチームを組んだ冒険者でも対応できるのだが、鉄プレート一人が四体も倒せるものだろうか。
疑問に思いつつも問題のヤントラという人間が従者と共に現れた。入れ違いに騎士達は下がらせておいた。
宰相は一目見て『普通』という評価を下す。
痩せ型ではあるが浅黒い肌に灰色の髪。綺麗な緑色の瞳。
女性のような顔立ちをしていた。
「こちらが竜王国の女王、ドラウディロン・オーリウクルス陛下だ」
ヤントラは軽く会釈した。
「初めまして。ヤントラ・サルヴァスパ・デイル・アインドラです」
「お、おう。ドラウディロンだ」
声は確かに男性的だが、すごいと言う印象は受けなかった。
変態であると聞いたばかりだから、あまり近づきたくない。
ドラウディロンの顔は引きつった。
「見た目は弱そうだが、アダマンタイト級を凌駕する実力の持ち主だ」
「はぁ!?」
「えーと……。
宰相が尋ねた。
「はい」
普通に答えてきた。
「鉄プレートということですが……。お強いのですか?」
「物理的なら自身がありますよ。あまりモンスターを狩り尽くすと楽しみが無いので、無用な殺生は控えております」
少しだけジルクニフは感心した。
「竜王国に侵攻している
「戦う理由にもよりますね。領土拡大などですか?」
「いえ、理由は不明ですが、我々の国に攻め込んで食料にするつもりでしょう」
「
「彼らは人間の十倍は強いと言われていますから撃退するのに苦労しています」
「十倍程度ですか……。よい素材になりそうだ。数匹ほど持って帰ってもいいですね?」
「はっ? で、できるものなら……」
口ぶりから相手がどんな強さなのか分かっているのか怪しいものだと宰相達は不安に思った。
亜人種である
肉食で人間を普通に食べる。
帝国、王国、法国の周りは意外と亜人の国が多く、人間は彼らの食料とみなされている。
スレイン法国はその中でも人間のために戦う事に特化した国で、自分たちこそが人類の防り手であると
事実、彼らは亜人狩りで人間の国を守っている。
「人間が食料なら話し合いは無理そうですか……」
「そういう国が周りにあるのは事実だ」
「大義名分があるならば力を貸すのだが……。彼らの中で話しが通じるものは殺しませんよ。それでも良いですね?」
「大義名分だと? 肉食獣どもに蹂躙されているのは我が国の民なのだぞ」
「既に都市を三つも制圧されてしまいました」
「竜王国の民は
「人間が多いぞ。国名で誤解されると思うが……。
単純にモンスターを狩らずに、まず戦う理由を聞くとは、と宰相は意外に思った。
大義名分も無く戦うと後々、問題が大きくなってしまうだろう。それを危惧する事は間違っていない。
色々と国のことなどもしっかりと質問している辺り、只者ではないかもしれない。
「本来ならばスレイン法国に支援を要請するところなのだが……、今回はなぜか誰も来てくれないのだ。最強と名高い『漆黒聖典』とは言わないが『陽光聖典』辺りは来てくれてもいいのだが……」
漆黒聖典についてはクレマンティーヌから色々と聞いているが、他のチームは聞いていなかった。
「ようこう聖典……。そんなのが居るんですね」
「ああ、
どっかで聞き覚えのあるチームだな、とヤントラは思った。
「……それ、きっと……私が壊滅させた部隊かも……」
「はぁ!?」
テーブルをダンと叩きつけてドラウディロンは叫んだ。
「カルネ村にスレイン法国の部隊が来て、ガゼフさんを殺そうとしてたので……」
「帝国騎士以外にも来ていたのだな」
「立て続けに来ました。スレイン法国は村は襲いませんでしたが……。十人くらい殺してしまいましたね。悪いことしちゃったな……」
ジルクニフは苦笑した。
「部隊はその後はどうしたのだ?」
「王国に引き渡しました。その後は知りませんね」
「お前のせいか!」
「まあまあ、陛下。戦士長のガゼフ殿を殺そうとしていたのを助けたのでしたら仕方がありませんよ」
「細かい事情は分からなかったけれど、適度に痛めつけるだけで勘弁してやりました」
「法国には多大な支援をしているのだぞ! あー、それで誰も来ないのかー」
ドラウディロンは頭を抱えた。
ただでさえ財政が
「秘密部隊のはずですが……、本当に撃退したのですか?」
「彼らの首でも持って来た方が良かったですか?」
「いいえ……。すみません」
「困っている人を助けるのは私の信条です。……既に聞いているとは思いますが報酬は……、貰いたいですね」
嫌な予感しかしない、とドラウディロンは思った。
「……その、本当に身体を貰う、というのは、なんていうか……」
「言葉通りです。首から下を貰う、というのを頭に浮かべたら簡単ですよ」
少女の姿のドラウディロンは思いっきり眉根を寄せた。
「変態だったな。……どういう変態かまでは聞きたくないが……、大人に変わることもできるが少女の方が好みか?」
「姿が変えられるなら各数体ずつは欲しい所ですね」
姿は関係ないことは分かったが、どちらもあげたくない気持ちが強くなった。
そもそも
「ドラウディロン陛下。アインドラ卿はふざけたことを言うがウソはつかないぞ。返答するときは後悔なさらぬようにな」
「うえっ!? 皇帝陛下……、それは本当か?」
「疑いたくなるが……。数々の奇跡を見せられては
鮮血帝がそこまで言うからには本当の事かもしれない。けれども自分たちはその奇跡とやらを見ていないから信じる事ができないでいた。
いや、試しにやってみせろと言ったが最後、おぞましい結果を見せられるのだろうな。でなければ鮮血帝が大人しくなるはずがない。
つまり、こいつは本当にやるってことだろう。と、ドラウディロンは想像力を働かせて顔を青ざめさせた。
「……ちなみに……、どうして身体を欲しているのだ……?」
小声で尋ねてみた。
「よく言われますが、自分でも良く分かっていないので」
「……よく分からないのにか……、へー」
急に帰りたくなってきた。
「金を要求されるよりはマシだと思うが……。なにせ再生して返してくれるのだから」
「ジルクニフ陛下、そうは言うが……」
「いっそ、
「バカを言うな!」
ジルクニフはヤントラが正しくバカを言っているのだと思い、笑いそうになった。
大方の予想はすぐつくが、それを実現できるのはヤントラだけだろう。
「このように正直者だろう? 本気だからなお
「……ははは」
一国の女王を前にして、と思いかけたがジルクニフ皇帝の前でも普通に話している分には相手を選んでいる様子はないようだった。
それはスレイン法国やリ・エスティーゼ王国でも同じかもしれない。
「陛下。まずは私が犠牲になりますので、支援などは彼の実力を見てからご判断くださいませ」
「お、おい!」
「ドラウディロン陛下。こちらから二軍ほど出しても構わんが精神的に疲弊している者が多い。
「居るとしても
「十メートル越えのモンスターがもし居るのなら敗走のおそれがある。先の戦争に参加していた兵士が結構辞めてしまってな。……その時はご容赦願いたい」
ドラウディロンは血の気の引く思いを感じた。
一体、王国の戦争で何が起きたのだろうかと。
圧倒的な勝利ではなかったのか、と言いそうになったが聞くのが恐くなった。
「言い忘れていましたが、あまり思い込みすぎないで頂きたい。変態と言われておりますが……」
「思い込むも何も変態ではないか!」
ヤントラは激高するドラウディロンを宥める。
「女性の裸の観賞は充分にしておりますので」
顔を真っ赤にするドラウディロン。
何を言っても無駄かもしれないとヤントラは見て判断した。それとジルクニフも苦笑していた。
「女の敵ですね」
「よく言われます」
宰相の言葉に苦笑しつつヤントラは言った。
「すんなり貴様の要望は聞けんが働きによっては考えてやらんでもない」
聞いただけで叶えるとは言っていない、とでも言おうかなとドラウディロンは思った。
強引な手に出られると困るのだが。
「私は駆け引きは得意な方ではありませんが、やるからには期待に応えますよ」
見た目の印象で実力がどの程度なのか、宰相は分からないし、ドラウディロンは知りたくないという雰囲気があった。
「貴公らはすぐに帰られるのか?」
「移動のこともありますので、三日ほどは……。部下達も休ませなければなりませんし」
「では、行ってみようではないか。アインドラ卿の物騒な施設に」
「はっ!? 今からか?」
「えっ……。部下達は疲れておりますが……。すぐには……」
「三人程度なら私が抱えて、すぐですよ。数時間程度で着きます」
なんでもないことのようにヤントラは言った。
『
指輪を外せば一日いっぱいは眠ってしまうかもしれない。
「檻にでも入りますか? 運びやすくなりますが……」
「ふざけるな」
「抱えて行くんですか? それはまた……。馬車移動ではなく?」
「馬車より早いと評判だ。……せっかく
貴重な動物を手に入れただけで実用的なところは未定だった。
転移魔法の方が便利だし、馬車が苦手なので馬の移動は無いかもしれないが、
領空侵犯という概念があると面倒なのだが。
「供を連れたとて片道二日はかかる。かの者の手並みを拝見する良い機会ではないか」
生徒達の話しでは見学は出来ず、真っ直ぐ屠殺場に連れて行かれた、という。
一度入れば
食事は与えられたがトイレは行かせて貰えず、男女関わらず垂れ流し。正しく拷問のような特訓だったとか。
ただ、暴力は奮われず、ひたすら単純作業をやらされる。
「我々も特訓などを受けさせられる事になるのか?」
「お望みとあれば。入った人は必ず特訓する、という規則はありません。ご安心を」
とにかく、地下に入ったら雰囲気が激変するところというのが生徒達の共通認識だった。
モンスターの
皇帝と宰相はそれぞれ部下達に支援や移動などの指令を与えておく事にした。
ドラウディロンは
「精神支配はしませんが、気にされるかもしれませんね」
「数人の従者はやはり必要かも知れんな」
先に送り込んだとて精神支配された後だと意味が無いのだが。
監督役をつけるべきかもしれないが、他の部屋へ侵入して手痛い反撃を受けるかもしれないし、貴重な施設を失う結果となればもったいない気もする。
こちら側の気がかりはヤントラも承知しているし、改善もやぶさかではないようだが、気にしすぎているのは仕方がない。それが上に立つ者の宿命のようなものだから。
ヤントラとしては丈夫な箱に詰め込んで運ぶ方が楽かもしれないと考えていた。
生徒用に製作を依頼した箱で蓋をしても呼吸が苦しくないように穴があけられ、覗き窓もある。
はたから見ると家畜のような扱いになるのが難点だが、外から中は見えにくい構造となっている。
炎系で穴を空けられるし、
四方から太い鎖で吊るせるようになっているので運ぶのは楽。
「うちの施設に護衛は……、無意味かもしれませんが……」
「形式的に必要なだけだ」
大人数での移動はジルクニフにとっては当たり前だが、ヤントラは単独移動が中心なので面倒な形式などは苦手としている。
皇帝が個人的に一人で城下を歩く事はなく、常に護衛がついて回る。
ジルクニフは帝国最強の四騎士の一人を連れて行くことを考えていた。いないよりマシだろう。さすがに将軍を連れて行くのは
王国領内に帝国兵士を派遣すると村を襲撃した不届き者と変わらない。
ヤントラはまず、帝国と竜王国から数人の従者を先行して連れて行き、皇帝達は箱詰めで送る事にした。
「扱いは雑だが、外から気付かれにくいだろうな」
箱の中にクッションなどを入れている。
数時間の往復とはいえ、実際に運ばれるとジルクニフとドラウディロンも驚いてしまう。
少し休憩するつもりが気がつけば知らない場所に連れて行かれる事になっていた。
ヤントラの宝物庫『マグヌム・オプス』にある巨大な倉庫が皇帝たちを出迎える。
人が殆どいないのでとても静かではあるが、職人達が利用している宿舎にはまだ利用者が居るらしい。
「ほえー。ここが宝物庫?」
先行して到着していた従者たちは宿舎で待機していたが調査は控えていた。
バハルス帝国側の護衛は二人。レーモンとバジウッド。
竜王国側は宰相を含めて五人。
事前に危険なモンスターが出てくるかもしれないと教えられていたからだ。
「思っていたよりも寂しいところなのだな」
豪華絢爛な施設を想像していた。
ナザリック地下大墳墓も地上は地味だった事を思い出す。
「せめて宿舎だけでも利用できるようには考えていますが……。利用しにくい場所だと思うので街づくりも出来るのかどうか……」
そう言いつつ問題の施設の入り口に到着する。
「モンスターはけしかけませんがバラバラに移動しないように。勝手な行動して命を落としても責任は持てませんよ」
ジルクニフは了承したが竜王国側はどよめいた。
竜王国側は武器の確認を始めるがジルクニフは無駄だと告げた。
「命は取らないだろう。堂々としていればいい。生徒達も全員生きて返してくれたのだから」
「……うう」
「かの大墳墓のような豪華絢爛な内装なのかな?」
「地味ですよ。無駄な装飾はしていません。返り血で汚れるのを防ぐためにタイル張りをしている程度です」
「機能的なのだな」
中は恐いところだと言っていたが、内装にまで気を配る余裕が無かったのかもしれない、とジルクニフは何度か頷きつつ予想する。
まずは無難な一階部分を見せる。
「地上は来客用で、二階は執務室となっています。寝泊りしていないから無駄な気もしますが……」
皇帝達は無造作に置かれる鉱物資源の保管庫に通された。
「おお、これはすごい」
「また増えてますね」
レーモンは以前見せてもらったので中の様子は大体知っていたが、明らかに箱の数が多い。
「溜まれば大型倉庫に放り込んでいく、という感じです。基本的にアイテム素材として消費されるので流通には適さないかもしれませんね。価値も下がるだろうし」
「ミスリルの山じゃないか。こっちはオリハルコンか? おおっ」
見慣れた鉱石類は見ただけで分かるようだ。
「ここは鉱山も兼ねているのか?」
「秘密です。鉱山を買い占めているわけではないので、誤解なさらないように」
ジルクニフも箱の中は見たが、鉱山を買い占めているように見えていた。しかし、実際に鉱山をヤントラ、または彼の関係者が買っているという事実は今のところ無い。
買い占めた鉱物資源を帝国に渡すのも変な話しだと思う。
偽名を使って購入するような人間だろうか、という疑問もある。
「賄賂かもしれないが、これは王国には渡さないのか?」
「いずれは渡すでしょうが、細かい打ち合わせは妻に任せています」
「妻?」
ドラウディロンは目を大きくして驚いた。
「王国のアダマンタイト級冒険者、今は元かな。真蒼の薔薇のリーダー、ラキュースが彼の妻だ」
「ああ、蒼の薔薇は女性チームと伺っていたので失念しておりました」
アインドラ卿と呼ばれていたけれど、他人の空似だと思っていた。
「従者の皆さんはこれから少し黙っていてもらいますが、下に行ったらお静かに願いますよ」
「……善処する」
「……アインドラ卿、こちらのいくつかは手土産にされないのですか?」
レーモンは小声で尋ねてみた。
「ミスリルとかでいいんですか? 今回は宝物庫そのものを見せる予定ですが……」
「屠殺場ではなくて?」
「今は何も無い状態です。拷問室は荷物置き場になりつつあるので、見せても仕方ないでしょう。大浴場は……、掃除中かな。あそこは血生臭いし、利用するには色々と問題がありそうです」
物騒な単語が次々と出てきてドラウディロンと従者たちは顔を青ざめさせていく。ジルクニフは逆に期待が高まっているようで口角が上がりそうになっていた。
「ジルクニフ皇帝はご存知でしょうが、ナザリックよりは恐くないです。モンスターの出迎えはありませんので」
「そうか。それは安心だな」
「まずは地下一階。ここはかなり重要施設です。……あと、口封じはしませんので。従者の皆さん、散り散りに逃げたりしないで下さいね」
「う、うむ」
ヤントラが先行して地下への入り口に向かう。
大きな階段を降りて行くと空気が変わってくる。
薄暗い地下空間は『
幅の広い通路に無数の扉。とても広い空間なのは良く分かるが、特徴的なものは地味であること以外は無さそうだ。
全員が地下に降りると入り口が塞がる。
それは音も無く行われ、誰が閉めたのか分からない。
「ちゃんと出る事は出来ますので、では皇帝陛下。どの部屋を開けましょうか」
「まず、それぞれの部屋には何があるのだ? 宝、というわけではないのだろう?」
レーモンも部屋の中は見せてもらっていない。
「一言で言えば身体ですね。無難な
ヤントラが歩き始めると通路を塞ぐように仮面を付けた人間達が立っていた。
「んっ?」
「いつ入ってきた? いつから居た?」
竜王国の従者達が慌て始める。
「余計な場所に行かせないためです。強引に行かないで下さいね」
何処からわいて出たのだろうか、その数は進むごとに増えている気がする。
皇帝は少しだけ戦慄する。
黙って立っているだけなのに恐怖を感じてしまう。
「地下に豊富な人材が居るとは……」
「内緒ですよ」
そう言いながらたどり着いた部屋は他の部屋と同じ形なのでちょっと横道に逸れたら迷うかもしれない。
単純な造りだが、空間が広いので番号などを振っておかなければ目的の部屋を見つけるのは難しいかもしれないし、ヤントラも失念していた。
扉を開ける前に従者達は近くで待機するように言っておいた。
「あまり人に見せないところなので、代表者のみとさせていただきます」
「こちらは異論は無い」
「こっちは宰相と共に。……駄目か?」
「結構ですよ。騒がないように願います」
扉を開けて、先に皇帝とドラウディロン達を入れた。
その後でヤントラが入り、扉が閉められる。