音も無く山道を歩く女が、不意に立ち止まった。
「…馬鹿な子」
ポツリとこぼれ出た言葉は、自分の妹の事だった。
妹の名は葛葉紅葉《くずのはもみじ》と言った。そして、葛葉を名乗る前は自分と同じ見鏡《みかがみ》と言う、葛葉の一族でも名家と知られる一族の末娘として生まれた。
見鏡は奥底を映し出す。
葛葉でも見鬼《けんき》の才が強いのが特徴の一族であり、気配察知や相手の特性や弱点等を見る事に長けたモノが多い。
中でも、自分達の一族は特異な能力を持って生まれる事が稀にある事で知られていた。
魔術や魔法に長けた悪魔はその能力をアナライズと呼んでいた。
悪魔召喚士としての才もあり、多くの悪魔召喚士を輩出している。戦闘の才が無くともヤタガラスの使いとして活動するモノも多い。
そんな中で、何の能力も持たない普通の人間が生まれるのはとても珍しく…それ故に関心を持たれなかった。
自分も関心を持たないモノの1人であり、あの娘が家を飛び出した時にその存在を思い出した。
それからは奇妙なモノで、市井の中でたまたま見つけ出した異能者を勧誘し、その異能者へ仕事を紹介していると何時からかその異能者と一緒に行動し始めていた。
顔も碌に覚えていなかった妹。ソレに気づいた時は既に子供を身籠っていた。本家への連絡も全くしていなかったのだ、それだけあの妹には関心が無かったのだろう。
異能も無く、悪魔召喚士の才も無い娘があれ程の力量を持つまでドレだけの死を掻い潜って来たのか…見れば分り、人を見ずに能力だけを見ていた自分の小ささに苦いモノを感じたのがついこの間の事に思い出される。
(…死んでしまったのね)
一粒種を残して
(馬鹿な子)
どちらか一人だけでも残っていれば良かったのに
(私が殺した様なモノだわ)
罪滅ぼしと言う訳では無かった。ただ、此処まで努力したのだから、結果を出したのだから、少しばかり力を貸してやりたかった。
蘇った悪魔…国津神の力量は細かく調べ、帰って来れる人間に任せたのだ。
恐らく、今頃は粛清の嵐が担当したモノ達へ降り注いで居るだろう。週刊で報告するのが当たり前の相手。書類に不備が在ったとは言い切れない。
何らかの形で力を回復していたとするのなら、その前兆、予兆を見抜かなくてはならない。
その為に高い碌を貰っているのだ。名を上げているのだ。
結果、神に挑んだモノ達は死に神は再度封印された。
笑ってしまう。自分達の無能さにだ。一族内で関心を持たれなかった娘が家を出て悪魔や神を切り捨てて人を守る事に、国を守る事に尽くして来たと言うのに、自分達は能力に驕り高ぶり失態をしでかしているのだから。
歩みを再開する。
あぁ、私はあの娘の子供と新牧の姫君にどの様な罵倒を受けるのだろうか
それで、救われるのならそれ位の憎まれ役は買って出てやろう。
私も、この罪悪感から救われたいのだから。救いようが無いわね
結果、女は罵倒されはしたが救われる事は無かった。
それもその筈。血の繋がった甥は罵倒もせず、涙も流さず。
「…そう」
と一言言っただけなのだから。
女にとって、それからの生活は新しい事の連続であり、苦悩が続く日々でもあった。
妹の息子の名は顎と言い。その容姿は妹にも、義弟にも等しく似ていた。少々鋭い眼は義弟に似たのだろう。愛嬌の無い所は妹にそっくりだった。
妹の事をそんなに知らない女が言うのもなんだが、可愛げがない。
話かければ話し返す。
自分が何をすれば良いか分らなければ教えてくれる。
だが、それだけだ。温かみ等欠片も無い。元より温かみよりも冷たい刺すような環境を心の底では望んでいたが、そうでもない。
言い現わせば『適温』と言うのが妥当だろう。
二歳になる少し前だと言うのに一端に言葉を話し、字も書ける。算術も使え手先も器用。時折自分を見る無感動な視線にコレが本当の責め苦なのかと思う事も在った。
逃げ出したくもなった。だが、それをしなかったのは贖罪の為かはたまた僅かに残る誇りのせいなのかは分らない。
そんな生活が続いて9カ月、再び夏が来た。
ソレは何でもない日の朝、いつも通りの会話も無く温かみの無い朝食の時だった。
里に下りないの?
その言葉に「えっ?」と返してしまった姿は自分でもまぬけだと思ってしまった
「だから、里に下りなくても良いの? 夏は里長にあいさつしに行った方が良いよ。」
俺には関係ないけど、外の情報や物資は夏は里長の所でしか手に入らないから
その言葉に、暗に出て行けと言われているのではないかと暗い喜びが沸き上がりそうになったが、言葉を正確に捉えると顎の言葉の裏が分る。
『俺には』関係ないけど、『外の情報や物資』は夏は『里長』の所でしか『手に入らない』よ。
恐らく、此処から先に続く筈の言葉が在る。そして答えは『普通は』だろう。
「そうね、畑の水巻が終わったら言ってくるわ。」
「そう、たまねぇに伝えとく」
それで会話は終わり、碗に当たる箸の音と汁を啜る音のみが聞こえる。
食器を片づけ洗い物を終えると顎は既に雑草抜きと、作物の選別を行っていた。どうすれば二歳半でこうまで仕事が出来るのかと思うも、恐らく義弟の異能を何らかの形で継いで居るのだろう。そう思い、水撒きを始める。
青い葉が水滴を弾くの見ながら、不意に思う。
(いえ、もしかしたら…)
妹に継がれる筈だった見鬼が甥に引き継がれたのかもしれない。
それならば、教えるのも義務か…と思う。出来れば、その時に辛く当って欲しい。
罪悪感は昔よりも増していた。
里に下りる最中、自分達が暮らしている里の外れの山の中腹よりやや里側と言った悪意を感じる場所に顎を残して良かったのかと考えた。
が、普段から仕事が終われば夕餉時までは帰ってはこない日常を思い出し無駄な事かと考えた。
里に入ると、茹だる様な日光が射した。目を半眼にし手で影を作る。
里長の家は大きいので直ぐに分り、また、自分がヤタガラスの使いで在った為に家に着くと直ぐに通された。
里長は禿げた頭に僅かに汗を浮かべていた。中肉中背と言うには少し脂が乗っている辺り裕福なのだろう。
ペコリと頭を下げると、此方から話を聞く前に向こうから口を開いた。
「新牧の姫君の事ですかな?」
その言葉にあぁと納得が行く。
新牧珠樹の異能は突然変異と言って良いモノだから是非ともその血を里に入れたいのだろう。
今の私にその決定権等は無いし、昔も無い。
「いいえ、外の情報と物資を得ようと思いまして」
「あぁ、そうですか。物資の方は直ぐに用意します。して、外の情報ですか…」
里長の言う情報は悪魔や世事ではなく気象情報だった。恐らくソレ系の異能者が居るのだろう。
「今年は大雨や日照りは無さそうですな」
最後にそう締めくくる。
これで話は終わり。席を外そうとすると再び声を掛けられた
「あの無能者はどうですかな?」
死にましたか?
と、暗に聴いていることが分る。
虫唾が走ったが、気になる事が在った。
「無能者?」
「顎と呼ばれている童の事ですが…保護者と言う監視者の仕事もお辛いでしょう。それとなく貴女への食糧や疑われない程度にあの童への施しはしてまいりましたが」
話を合わせ情報を得る事にしたが、この男が言いたいのは一つだけだ
無能者の血を混ぜる事は里にとって不利益にしか成らない。故に、徐々に弱らせ殺しているのだ。と言う事だ。
鼻で笑いたくなった。
どうやら、姿の確認にも来ていないらしい。
しかも、異能とは何かを勘違いしている節がある。元から排斥されたモノ達の集まりだとは聞いていたが此処までだと、葛葉の一族も大分と衰退が進んできているらしい。
「あと、三年はかかるかと…途中で病に倒れるか…災害に見舞われれば、話は早いのですが」
「そうですか…三年とは、いやはや時が過ぎるのも早いモノですしなぁ」
ハッハッハと笑うこの男が滑稽に見えてきた。
私が異能者で在るから分る。
普通の人間では使用できない・持つ筈の無い能力を持つモノが【異能者】と呼ばれるのだ。
私の異能は見たモノを鏡合わせの様に写す力だ。
家に伝わる見鬼は人としての能力が研ぎ澄まされ得たモノ。普通だが才が在る人間が修練を積めば会得でき、私の血筋はその習得が速い。それだけだ。
恐らく、この男が言っている異能とは西洋で魔法や魔術と呼ばれている術だろう。我が国でも法力・呪術・妖術と呼ばれているモノがソレに当てはまる。
(それすら分らぬモノが葛葉の分派に居ようとは……これは一応ヤタガラスに報告しておくべきか…止めたとは言え護国の為…しかし)
私が留守にしている間にあの子に何かがあれば…全てが無意味になってしまう。
私の制御力では遠くまで悪魔をやる事は出来ない。
(…三年の時間が在る。それまでに此処を出られるようにしておこう。)
帰ったら、改めてあの子と向き合わなくてはならない…か…
才が無ければ市井に紛れ込ませよう、才が有れば知る限りの知恵を教えよう。
その結果にこの罪悪感を晴らす事が出来れば…
その結果にあの子に恨まれる事が出来れば…
私は救われる。
帯に刺してある二本の管に、久しぶりに指先が触れた。
設定
見鏡 桔梗 みかがみ ききょう
Lv18
力:7
知:13
魔:16
体:9
速:10
運:8
【異能】
鏡合わせ:その視界で捉えた対象に鏡合わせの様にその姿を見せる事が出来る。
±15Lvまでの相手なら使用する事が出来る。ただし、MAGの消
費量が膨大な為、二回悪魔召喚を行った後に一度使用するとガス欠
に成る。
自分(対象)と同じ姿を映し出し操る事が出来る。MAG以外にも
自分の寿命を使用して居る為、限りなく本物に近い写し見を作成で
きる。ゲーム的に言えばステータスを見抜く見鬼を併用して使って
いる為、敵は自分と略同じステータスとスキル使う相手と戦う事に
なる。こんな敵がチームで出てきたら作者ゲームを投げる可能性大
顎(アギ)の今世の叔母に当たる女性、年齢は29才。若い時に子供を孕むも流れてしまい、後継ぎを産めない事から家から出た女性。
妹が幸せを掴んでいる事知り、今更ながらに自分達の驕りに嫌気が刺した根は善良だが掟に従ってしまう義務感や責任感の強い人間。
顎の保護者として名乗りを上げたのは、罪悪感を晴らすためであり、自分勝手だが幼い子供が抑えきれない感情をぶちまけるには自分は丁度良い存在だと思い里に来た人間。
その際にヤタガラスを抜けており、今は殆ど関係のない存在だが伝手は残してある。
自分が救われる為、同時に甥の心を軽くするために来たのだが、甥からの仕打ちは略無関心。憎しみも愛しみも向けられていない。
最近の悩みは畑仕事で腰が痛い事
大人はアレコレ理由を付けてずるいという話でした。
異能の設定はこれに加え、習得する技術や魔法に影響を及ぼします。
この人の場合、どのタイミングで技が放たれるかちょっと分る程度ですが。
新牧珠樹はぶっ飛んでいます。