今回は本編のサブストーリー的な話です。
エロ要素は限りなく薄いです。
別に本編の方でもいいのですが、こちらでしか描写出来ないだろう性欲に直結した話ですので。
その日のリンゴ団長は、明らかに不機嫌そうだった。
毎日のように害虫討伐に精を出しているこの部隊だが、先日のジョルン湿地帯での活躍以来上層部から
そのようなことはリンゴ団長は言われ慣れているが、先日の戦いは規模が大きかった。
上から、英雄部隊として目立ちたくないだろう? と言われては彼も黙り込むしかない。
かつては懲罰部隊さながらだったこの部隊が英雄部隊として活躍するというのは王道的な英雄譚かもしれないが、団長は殊更にそう言うのは嫌がった。
古今東西、英雄とは最終的に無様に散るのが定めである。そんなの爆弾と一緒だ。
それに、有名になれば面倒事が付いて回る。
ただでさえ暇が有れば上や貴族に媚を売っている団長が、舞踏会などに呼ばれて忙殺されるのは目に見えていた。
だから我慢する。
害虫を殺したくて殺したくてたまらないが、仕方ないから甘んじて一か月に渡る謹慎を受けていた。
彼はそう言うことを部隊員の面々に説明したうえで謝罪した。
ひと月は大したこと出来ず、基本給ぐらいしか出ない、と。
各騎士団に割り振られる予算は害虫の討伐数によるので、ある意味騎士団は歩合制に近い。
なのでいくら給料が良いと言われる花騎士でも、基本給だけでは大した生活はできない。
とは言え、彼女たちは全く気にしなかった。
これまで嫌と言うほど害虫を殺しまくってきたうえに、しょっちゅう移動ばかりしていたのでお金を使う暇さえなかった面々である。
貯蓄が不十分な者は彼の部隊には居なかったし、また名声に興味がある者も居なかった。
そしてこれだけ害虫を殺してきた彼女たちも実感していることだが、花騎士が名声を得るのは存外に難しい。
一兵卒が敵武将の首級を挙げても、手柄は指揮官のモノになるのと同じで、余程秀でた何かが無ければ取り立たされることすら少ないのだと。
それはリンゴ団長が名声に興味が無く、手柄を喧伝しないもあるが、花騎士として有名になるには最低でも上級騎士になる必要があるだろう。
そして中位騎士が部隊長クラスなら、上位騎士は軍団長クラスである。
つまり、中位騎士はそれなりに数は居ても、上位騎士はそんなには居ない。
多くの命を預かるので当然だが、それだけ狭き門であるということだ。
さて、長々と説明したが、今回のお話はその上位騎士の筆頭、各国どころか全花騎士の中でも筆頭とも言える上位騎士である花騎士、サクラのことである。
ここで団長が不機嫌な理由だが、サクラの不在に有った。
その理由と言うのが、体調不良。
原因は言うまでもない。
団長が謹慎中なので、彼の部下も大して動けない。
ここ最近は午前中のみを訓練に費やし、午後は自主訓練……要するに好きに活動しろということだ。
やることが無いので他の誰かの仕事を引き受けまくったのだろう。
そんなわけで、本日の訓練はいつも全体の統括をするサクラに代わって団長が見て回っていたのである。
「団長さん、何だか不機嫌そうだけど、どうしたのかしら……別に心配してるわけじゃないけど」
そんなキルタンサスの呟きに同様の疑問を抱くも、あえて地雷を踏もうという輩は居なかった。
「あ、それじゃあ私、聞いてきますね!!」
訂正。居た。ニシキギが嬉々としてタップダンスに向かった。
「団長さーん!! 何だか不機嫌そうですけど、どうかしたんですかぁ!!」
このスリルジャンキーは、いかにも不機嫌そうな団長の向かって行って、快感を味わうつもりのようである。
「別に何も。ただ俺がどれだけサクラの奴に頼り切っていたか痛感しただけだ」
彼はその質問にそのように反した。
「俺は適切に仕事を割り振っていたと確かに言い切れる。
だが、あいつが居ないだけでこうも士気にかかわると思うと、自分の無能さが嫌になる」
いい年して割と子供っぽいところが有る団長は、そのように素直に己の心情を吐露した。
元教官である彼が自分の心情をポロリと出すのはよくない事だが、その素直さが彼の美点でもあった。
その言葉に、皆が顔を見合わせる。
いや士気にかかわっているのはあんたの方じゃない、と。
少なくとも皆は昨日と同じように訓練を行っていた。
中間管理職ひとり居ない程度で何もできなくなるほど、彼女らは脆くない。
団長が、補佐官のリンゴが、サクラが、その次が、その次が、その次が倒れても、指揮権の序列を全員に明確に決めて戦い続けられるように訓練している。
極論、序列最下位の最後の一人が戦うなら、それこそ全員最後まで戦う精鋭たちだ。
まあそうなる前に、誰かが撤退の判断をするだろうが。
「団長さん……」
「言うな、リンゴちゃん。
俺はあれのことを良く知ってるつもりになっていた。
体調を崩す前に気付けなかったなどと、元教官と聞いて呆れるだろう」
「団長さんの所為じゃありませんよ!!
私も、私も普段いっぱいお世話になっているのに、全然気づきませんでしたから……」
と言って、表情を暗くする二人。
要するに、と皆は察した。この男は落ち込んでいるのだ。
全幅の信頼に値する部下の不調を察せなかったことが。
「お前たち、明日俺があいつに何を言っても、何も言わないでくれ。頼む」
彼は部下たちにそう告げて、締めくくった。
§§§
「昨日は申し訳ありませんでした、団長さん。
この季節は調子が良いので、疲れがたまっているのに自分でも気づいていませんでした」
体調不良で休んだ翌日、サクラはそのように弁明した。
昨日より更に不機嫌そうな団長は、顔を
彼の部下たちは、その様子を固唾を飲んで見守っている。
「優秀な兵士の第一条件は、体調管理がしっかりできることだ。
分かるな、サクラ。多くの花騎士の見本であるお前がその体たらくでどうする」
「申し開きもありません」
その手厳しい声音に、サクラの表情も強張った。
「どうせしばらくずっと訓練ばかりだ。
お前の仕事を一週間俺が引き継いでおくから、お前の体調が良くなったと思うタイミングで、お前が判断してその間に復帰しろ。
お前を酷使して遣い潰したなんて言われたら、俺はブロッサムヒルの連中に殺されるからな」
最後にそんな風に冗談を述べたが、誰もクスリともしなかった。
事実上の謹慎だからである。
「分かりました……失礼します」
サクラは特に抗弁することなく一礼して、訓練場から去って行った。
その姿を見守っていた花騎士たちだったが、視線を正面に戻すと、うわっとなった。
団長がヤンキー座りみたいな古臭い恰好でしゃがみこんでおり、陰鬱さを感じさせるような雰囲気がだだ漏れだったからだ。
「…………」
「大丈夫ですって団長さん、これくらいでサクラさんに嫌われたりしないですって」
「いやだってリンゴちゃんよ。
サクラを貶すってことは全ての花騎士を貶すようなもんだぜ。
下手なこと言わないで叱るなんて無理だ、学生の頃とは違うんだからな……。
俺頑張った、頑張ったよ……」
「団長さんは謹慎命令のショックで不安定のようですので、各自午前中はこれまでのようにお願いします。
ささ、団長さん、今日はお部屋でお休みしててください」
そしてリンゴは団長を引きずって訓練場から去って行った。
「団長さん、予想以上に不安定のようで心配ですね」
やや不安そうな表情でプルメリアがそのように呟いた。
彼が病んでいるのは周知の事実だが、今回は割と危なげである。
「やっぱりサクラさんの上司と言うのはプレッシャーがあるんでしょうね」
「この間もサクラさんを取材したいって話を断って酷い記事書かれたって言ってましたもんね。
厳正にチューリップ団長が対処するって言ってましたけど、結構落ち込んでましたよ」
「あッ、読みましたよ、その記事!!
有ること無い事、酷い言われ様でしたもんね!!」
「なにそれ、そんなことがあったの!?」
「まあまあ、落ち着きたまえ」
ランタナは憤りを露わにするペポ、リシアンサス、キウイの分隊員たちをそう言って制した。
「でもランタナちゃん……」
「そんなの過ぎたことじゃーん。
そんなに気になるなら、あとでペポが誘惑すれば一発で元気になるって」
「ええぇッ、私を生贄にするの!?」
「それに何だかんだでいつものだんちょに戻ってくれるよ。
それまで待とうよ。だんちょは分かってるから。
一番ダメなのは自分のことダメだって思いこむことだって」
何やら良い事言っている風のランタナだったが、もちろん引用である。
ランタナは特に何も考えていないが、ランタナちゃん……、と親友は勝手に感動していた。
「そうだな、あれがダメなのは思い込みだからではなく、明確な事実だからな」
と、最後にそんな容赦のないことを言うクロユリだった。
彼女の言葉に、皆も思わず笑って暗い雰囲気はどこかへと行った。
§§§
「さて、どうしようかしら……」
午前の予定が無くなったサクラは、自室のベッドに座って途方に暮れていた。
当面の予定も無い。彼女の頼まれごとは即日のことが多く、昨日は自室で休んでいた以上、することも無かった。
とは言え、彼女は団長の好意を無下にすることも出来なかった。
「せっかくお休みをいただいたけれど、きっと頼まれたら断れないと思うし。
かといって、ずっとお部屋に居るのも……」
別に直接謹慎を言い渡された訳ではないので、自室にこもっている必要は無い。
それはそれで不健康だし、何より体が鈍る。
鍛錬を一日怠れば、取り戻すのは三日かかるというのは事実なのだ。
ふと、そんな時、サクラの目にある物が映った。
それは、先日のホワイトデーに団長から貰った、幼児化薬の瓶だった。
「そうだわ、これを使えば」
皆がサクラだから頼るのならば、サクラで無くなればいいだけの話だった。
「ええと、三粒で一日でランタナちゃんの時は八粒前後で一週間だったから、五粒くらいでいいかしら」
ちゃんと五粒を数え、瓶のラベルの注意書きをちゃんと読んで彼女は幼児化薬を口に含んだ。
サクラの口の中にイチゴ味が広がっていく。
「効力は、大体二日から三日の間くらいかしら。
それだけお休みを貰えれば十分ね」
そう呟いているうちに、早速効果は目に見えてきた。
肉体が縮小し、骨格が軋む音がする。
僅かな痛みに顔を顰めながらも、それにすぐに終わった。
着ている服がぶかぶかになり、スカートや下着がずれ落ちる。
立ち鏡でその姿を確認すると、サクラの容姿は大分若返っていた。
「これは、十二歳くらいかしら」
それはつまり、肉体年齢が半分以下になったことを意味していた。
完全に子供だった。
身長は三十センチ以上縮み、腰のくびれは消え、手足の女性らしい肉付きが無くなる。
胸部に至っては僅かな膨らみを残すばかりである。
声もすっかり声変わり前の幼さが戻っている。
変化しなかったのは爪と髪の毛ぐらいだ。
「うふふ、こうしてみると、子供の頃の私ってハナモモちゃんみたいね」
その姿は実際、髪を三つ編みポニテにしたハナモモに良く似ていた。
決して、ハナモモが十二歳そこらにしか見えないわけではない。彼女は合法。イイネ?
「服は、この間使ったのでいいかしら。
取っておいてよかったわぁ」
以前あの薬を飲んだ時の服をクローゼットの奥から取り出し、袖を通す。
前より更に幼くなっているが、問題なく着れた。
「それにしても……」
サクラは部屋を見回す。
自分が小さくなったからか、相対的に空間が大きく感じていた。
「前に実家に戻った時は家の中が狭く感じたけれど、今なら昔見たく広く見えるのかしら」
見た目にそぐわぬ仕草で頬に手を当て、懐かしい感覚に浸るサクラ。
「ウメちゃんに見せたらどんな反応するのかしら」
そんなことを想像しながら、サクラは自室を出た。
やはり高く感じる天井に新鮮味を覚えながら、仮宿舎の廊下を歩む。
「あれ、ハナモモちゃん……?
こっちの宿舎に居るなんて、何か用事でもあったの?」
玄関に向かっていると、入り口付近で何やら書類を持ったハナモモ団長に遭遇した。
「どうかなさいましたか、団長様」
ここでサクラ、イタズラ心を発揮し、ハナモモの声真似をしてそう言った。
ぶっつけ本番にしては妙に真に迫っていたのだが。
「……? あッ、よく見れば全然違う!!
髪型もそうだし、ハナモモちゃんのお気に入りのヘアバンドもしてない!!」
「あらあら、ばれてしまいましたね、うふふ」
流石に彼も半年以上既に苦楽を共にしている部下を間違えることはなかった。
「もう、からかわないでくださいよ!!
っていうか、お知り合いでしたっけ? ハナモモちゃんのご兄弟か親戚の方ですか?」
「うーん、信じて貰えるか分からないけど……」
サクラは彼に事情を説明すると、素直な性格の彼は心底驚いた様子でそれを受け入れた。
「信じられません。本当にサクラさんなんですか?」
「本当よ~、なんなら団長さんに確認を取ってみますか?」
「あ、いえ、そこまでしなくても大丈夫ですよ。
あッ、そうなるとハナモモちゃんも将来サクラさんみたいな美人に……」
そんな想像をして顔を緩ませていたハナモモ団長だったが、すぐにハッと本来の目的を思い出した。
「そうでした、チューリップ団長からの書類を持って来たんでした」
「わざわざこっちまで? 支部の執務室でも良かったのでは?」
「公務ではありませんでしたし、何より謹慎中で支部の方にはいらっしゃらないと」
「でしたら、私が届けておきますよ」
「えッ、そんな、悪いですよ……」
「ちょうど私も団長さんに用事が有りますし、遠慮なんてしないでください」
「そこまで仰るなら……」
そう言ってハナモモ団長はサクラに書類を預けて帰って行った。
「団長さんはまだ訓練所かしら」
そう言ってサクラも仮宿舎から出ようとしたが、ふと、鼻孔をくすぐる香りに足を止めた。
「管理人室……団長さん、もう戻ってらっしゃるのかしら?」
管理人室は普段彼が寝泊まりしている場所だった。
当然、マスターキーの類はリンゴが管理しているが。
「団長さん、いらっしゃいますか?」
「うん? 誰だ?」
サクラが管理人室のドアをノックして声を掛けると、非常に陰鬱の様子な団長が顔を出した。
「あれ、君は……さ、サクラか!?」
流石自他認めるロリコン、幾ら幼くなろうと、サクラを見間違えようは無かったようだ。
と言うか彼はサクラが幼児化薬を飲んだ姿を二度も見ていたから当然だが。
「はい、私も団長さんの言葉に反省いたしまして。
この姿なら外を歩いても誰かに頼みごとをされないかと思ったんです」
「そ、そうか。そ、それで、どうしたんだ? 俺に用か?」
「実は先ほど、そこでハナモモ団長に会いまして、書類を預かっています」
そう言って、サクラはあからさまに動揺している団長に書類を手渡した。
「わざわざ悪いな」
「ところで団長さん、もしかして、チーズケーキを焼いていますね?」
サクラは目ざとくそう言った。
何を隠そう、チーズケーキはサクラの好物なのだ。(公式設定)
「お、気付いたか」
「でも、管理人室にオーブンなんてありませんでしたよね?」
「っふ。甘いなサクラ。チーズケーキを簡単に作れるレシピが有るんだ。
それを使えば、一時間も掛からず作れるんだぜ。
材料も余ってたし、気分転換に作ってみたんだ」
この男、こう見えてそこそこ料理が達者である。
料理ができる出来ないで言えば、間違いなくできる部類だった。
「チーズケーキの材料が余ってたんですね……」
日ごろからお菓子作りなんてしないだろう団長の部屋に、日持ちしないだろうクリームチーズや生クリームが余っているとは思えなかったサクラは柔らかく笑った。
「別にいいだろ!!
出来たら持って行ってやるから、待ってろ」
「そんな、待ちきれません。お部屋の中で待ってても良いですか?」
「はぁ?」
呆気に取られる団長の脇をすり抜け、部屋の中へと入って行ってしまう。
「お、おい!!」
「あら、意外と片付いてますね」
「……時々リンゴちゃんが掃除してくれるからな」
中は折りたたまれた布団と毛布、ちゃぶ台等々、六畳程度の部屋は最低限の物しか置かれていなかった。
隅っこに私物らしきものがまとめて置かれている程度で案外片付いている。
「団長さん、さっき言っていたレシピ見せて貰えますか?」
「ああ、構わないが……」
部屋に染みついた男臭さに新鮮味を感じながら、サクラはちゃぶ台の前に陣取った。
「焼きあがっても熱が取れるまでしばらく掛かるぞ」
「それを待つのも楽しみの一つですよ」
そんな話をしているうちに、簡素な台所からチンと音がした。
団長はそちらに向かってしばらくして戻ってくると、大きめの皿に乗った芳ばしく焼きあがったチーズケーキを持ってきた。
「わぁ!!」
それを見たサクラが花開くように笑顔になった。
「はぁ、お茶切らしたからちょっと買ってくる」
「そんな、お構いなく」
「無茶言うな」
そう言って団長が管理人室から出ていくのを見守ったサクラは笑みを深くした。
………
…………
……………
「こいつ、くつろいでやがる」
およそ三十分後、団長が部屋に帰ってくると、サクラはちゃぶ台に腕を乗せ、その上に頭を置いてすーすーと寝息を立てて眠っていた。
「それにしても、男の部屋でいい根性しているよな」
買ってきた茶葉を置いて、サクラの寝姿を観察する団長。
その様子はまさしく地上に降りてきた天使のようだった。
「ごくり……」
彼にとって実に食べ頃の女の子が無防備に眠っている。
思わず生唾を飲み込む状況だった。
「いやいや、こいつはサクラだ、教え子だぞ俺」
一瞬手を伸ばしかけたが、団長はイヤイヤと首を振る。
頭を抱えて悶々とするしかなかった。
「(ふふふッ、困ってる困ってるわ)」
何と言うブービートラップか!? これはサクラのネタフリ=ジツだったのだ!!
団長はサクラが実は起きているとは知らず悶えている!!
彼女がこんなしょうもないイタズラを仕掛けたのは、普段自分にちっとも意識しない団長に対する意趣返しだった。
別にサクラは団長に対して恋愛感情が有るわけではない。
二人の信頼関係は師弟愛のそれだった。
でもそれはそれとして、女として意識されないというのは割とイラッとするものなのだ。
ただでさえこのオープンエロ親父は、他の女の子にデレデレしているというのに。
サクラも意識はしていないが、美人はプライドを知らず知らずのうちに育ててしまうモノなのである。
プライドと言っても、ありていに言ってしまえば“構ってほしい”程度の物だったが。
とは言え、サクラはこれまでの経験から迂闊にも忘れていた。
この男が、女性関係に関してちっとも信用できないことを。
彼女は自分が性的に襲われるかもしれないなんて、思っても居なかったのである。
「か、髪の毛だけなら……」
散々悩んだ末、団長は綺麗に束ねられた薄桃色の髪の毛を手に取る。
「くんくん、マフラーにしたい手触りだ」
手入れを欠かしていないのか、髪の毛は艶やかで枝毛も無い。
匂いを嗅げば石鹸の香りが芳しい。
髪に触れられたことにちょっとサクラは動揺したが、褒められたことでちょっとだけ満更でもなさそうな表情になった。
「…………なるほど、ピンクか」
「……!!」
ぺらり、とスカートを
サクラは思わず反応しそうになったが、もう少し反応を見たくて我慢した。
「起きるなよ、起きるなよー」
なんて呟きながら団長は床に座り、組んだ足の上にサクラを乗せる。
見た目だけなら、父親に体を預けて眠る娘の姿に見えないこともなかった。
「サクラのうなじ……」
胸板に当たっているサクラの後頭部を凝視し、団長はその頭に顔をうずめる。
サクラはくすぐったそうに身をよじる。
「(団長さんの体、温かい……)」
両腕を体に回され、抱きしめられる形になったサクラは羞恥で少しだけ頬を染める。
満更でもなかった。団長はこれくらいのスキンシップもしてくれない。
そこで、あ、とサクラは彼の下腹部が膨張していることに気付いた。
その事実に顔を赤らめるサクラだったが、団長は気が気でなかった。
「すーはーすーはーすはーすはー」
サクラの匂いを肺にめいっぱい取り込みながら、団長は葛藤した。
「(襲いたい襲いたい襲いたい襲いたい襲いたい襲いたい……)」
ぎゅう、と彼女の体を強く抱きしめ、血走った眼で団長は堪え続けていた。
理性の限界も目前といったその時。
団長の脳裏に、天使の格好をしたリンゴと、小悪魔の格好をしたランタナが舞い降りる。
団長の欲望の化身たるランタナが言う。
「へいへい、だんちょ!! ユー、ヤっちゃいなよー!!
ここは18禁展開上等のR版だじょ~。なーに躊躇ってんだ、それいけー!!」
小悪魔は団長の肩に寄りかかり、欲望を煽る。
団長の理性の化身たるリンゴが――――。
「団長さん!! こんなチャンスもうありませんよ!!
これはもう、行くしかないっすよー!!」
……どっちも団長に違いなかった。
「はぁはぁはぁはぁ…………」
団長はプチ切れた理性をかなぐり捨て、サクラを床に寝かせる。
荒い息のまま、横たわるサクラの上に両手両足を突いて覆いかぶさった。
あわやサクラが団長の毒牙に掛かろうとしたその時だった。
ぱちり、と開いたサクラの目と、団長の目が合った。
その神秘的なオッドアイの視線に、団長は心臓が凍りつき、冷水を浴びせかけられたかのように熱が冷えていくのを感じた。
彼女に失望されたら、立ち直れない。
そんな想いが、団長を駆け巡る。
「いいですよ、団長さん。その先をしても」
それは、信じられない言葉だった。
団長は目を見開いた。
サクラも経験が無い訳ではない。
団長と花騎士が信頼関係の結びつきを強める為に肌を重ねることはままある。
貞操観念は各々によって差はあるが、スプリングガーデンの女性は性に寛容である。
女性の人口が極端に多い為、価値観もそのように変わっていった。
だから、サクラは彼に抱かれることそのものには嫌悪感は感じなかった。
見知らぬ誰かならともかく、お互いに深い信頼で二人は結びついていた。
震える団長の手が、サクラの服に延びようとしていていた。
「でも、元の姿の私を抱けますか?」
サクラの問いかけに、団長の手が止まった。
今も、元の姿も、サクラの容姿は極上のそれだ。
だが元の姿のサクラは、ちっとも団長の好みじゃなかった。
サクラの瞳は、それを分かったうえで抱けるのなら、その先をしても良い。
でもダメだというなら、お互いに傷つくだけだ。そう訴えていた。
「…………すまない、サクラ。
もう少しで取り返しの付かないことをするところだった」
「良いんですよ。団長さんも男ですから」
がくり、と頭皮を見せる団長に、サクラは優しく微笑んでそう言った。
その心の強さを、『精神美』を、彼は汚せなかった。
彼は自らが愛した美しさを、自らの手で壊すことはできなかった。
「チーズケーキ、食べよう。もう熱は取れた頃だろう」
「ええ、そうしましょう」
すると、力なく座る団長の膝の上に、サクラは乗っかった。
「サクラ?」
「もう少しだけ、ここに居て良いですか?」
「………ああ」
二人はしばらくそのまま、優しい時間を過ごした。
これが団長とサクラの関係、絆。