山無しオチ無しの作品。
ダラダラと読んでいただけたら幸いです。
サーヴァント、清姫。
バーサーカーである彼女は平安の時代に生まれた少女であり、その思考はその時代に準拠する。
まあつまり、肌を晒すのは恥であり、人並み以上に羞恥心がある、と言える。
ただ、夜伽や夜這いは文化であるので恥ずかしくないとか、よく分からない方向にはその羞恥心は働かないのだそうだ。
……本当によく分からない、と。この世界最後の魔術師。最後のマスター。最後の人間は思う。
現に今朝方も、いつの間にか布団の中に潜り込んでいた時は背筋に冷たい汗が流れた。あと、肝も冷えた。
なにせ、この世界最後の魔術師は朝が弱い。
世間一般的に言えばそれほど弱いとは言えないのかもしれないが、過去の英霊達は皆早起きで、そんな英霊達と比べると彼の朝は非常に遅い。
英霊、英雄、反英霊に神格持ち。それ等と比べるというのが間違っていると思わなくもないが、実際彼はこのカルデアで真ん中より少し下くらいに朝が弱かった。
とまあ、そんなことはさて置き。
目の前で恥ずかし気に頬を染め、その年齢――サーヴァントに年齢の概念があるのか、また年齢が正しいのかは別にして、生前の年齢からすると豊かな胸の前で指を突き合わせている清姫の姿を見ながら、青年は早く相棒の疑似サーヴァントである少女が来てくれないものかと切に願った。
ちなみに、願ったのは宇宙の真理とか、神秘とか、そういうモノである。
神様とか仏様とかではない。
なにせ、このカルデアには神様も女神様も、仏様……はまだ居ないか。
仏様を信仰する修行僧というかインドまで旅をしたキャスターも居るが、どれに願っても碌な結果にならないであろうことは想像に難くない。
意地悪な女神に、ダーリン一筋な女神に、最古の英雄王や神話時代の英雄。
……そのどれもがあてにならないとか、このカルデアってどうなんだろう、と一瞬考えてしまった。
「ますたぁ、「とりっく、おあ、とりいと」でございます」
その言葉の意味が分からなくて、数瞬固まってしまった。
戦時であれば致命的な隙と言えよう。むろん、清姫を前にしては致命的どころかその一瞬で命や貞操すら奪われかねない隙である。
そして数瞬後、奇跡的に何の行動も起こさなかった清姫が、頬を薔薇色に染めながら、俯いて「間違ってしまったのでしょうか」と小さく呟いた。
可愛い。
そう一瞬でも思ってしまった自分を、最後の人類。最後の男。最後の雄は自分をグーで殴って正気に戻した。
そして、どうしてそんな事を言うのだろうと、素朴な疑問を口にする。
奥歯がグラグラするが、それを口にしたら最後、奥歯の為に命を捨てる事になるだろう。そういう看護士がこのカルデアには居るのだ。
掠り傷は無言で医務室へ。
痛いとか血が出たとか口にしたら最後、その人は掠り傷の為に腕か足か内臓か胴体か命を捨てようとするかもしれない。
かもしれないなので絶対ではないが、取り敢えず拳で殴るか銃底で殴るか蹴るかして気絶させられ、目が覚めたらきっと何かを無くしている事だろう。
何かなんて気にしてはいけない。大切なのは、うがい手洗い消毒殺菌である。
「この時期は、こう言葉にするのが普通だと伺ったのですが」
思考が明後日どころか明々後日の方向へ向きかけていると、清姫が恥ずかし気に口を開いた。
ああ、そう言えばハロウィンの季節なのか、と。
去年と今年のハロウィンを思い出し、少し胃と頭と耳が痛くなったような気がしたが、何故か何も思い出せなかった。
多分、脳が思い出すことを拒否しているのだろう。正しい判断だと、記憶が欠けているというのにそれほど重大な問題には思えなかった。
そんな黒歴史的ハロウィンはさて置き。
「ますたぁ、レイシフトでお出かけしましょう」
まったく、トリック・オア・トリートとお出かけの関係が分からなかった。
首を傾げると、清姫も同じように首を傾げる。
薄緑色の美しい、手入れの行き届いた髪が動きに合わせてさらさらと揺れる。
何とはなしに、無意識に手を伸ばして髪に触れると、清姫は恥ずかしそうな表情から、ふにゃ、とまるで砂糖菓子が融けるように甘い笑顔を浮かべて青年の手に髪を預けてきた。
髪は女の命。その命を預けるのはますたぁだけでございます。
頭の中に直接声が響いたような気がした。
慌てて髪から手を離そうとすると、それより早く清姫の細くしなやかな指が万力の様な怪力を発揮して主人の手首を鷲掴みにした。
手首がコキ、と悲鳴を上げたような気がしたが、清姫には聞こえなかったらしい。
「ふふふ。ますたぁがお望みでしたら、一晩中、いえ、一年でも私の御髪を解いて下さって構いませんのに」
それは勘弁してほしい。
なにせ青年はこの世界最後の魔術師にして最後のマスター。世界を救うという使命がある。
使命と女。そのどちらかしか選べないのが、魔術師の悲しい所である。
決して、相手がジャンヌだったりマシュだったりしたら、世界と女の両方を守るのも致し方無しなどと思っていない。ジャックでも可。
また、手首がゴキ、と悲鳴を上げた。
大丈夫。まだ折れていない。関節が絶叫しただけだ。限界を少し超えただけだ。
その辺りの塩梅は、この長い長い旅路でよく理解している。
ただ、あまり強く握りしめられて跡が残ると、某紅い看護師に腕ごと切り落として「治しました」と言われかねないので、少女のマスターは、マスターなのに令呪を一つ使って清姫に手首を解放してもらった。
このカルデアは魔力が豊富だからか、令呪が一日に一画ずつ回復するので便利である。
「それでますたぁ、お願いがあるのですが」
清姫が改めてそう言った。最初の「トリック・オア・トリート」は何だったのだろうと思わなくもないが、後で食堂に寄った時お菓子を調達しておこう。
ジャックや茨木にあげたら喜ぶに違いない。
また、今度は先ほどとは逆の手首を清姫に掴まれた。冷静に、令呪を一画使って丁寧に開放してもらう。これで残りの礼呪は後一画。
後二回、どこかかを掴まれたらきっと自分はこのままベッドに押し倒されてしまうだろう。もしくは掴まれたところをへし折られるかもしれない。
マシュ、早く来てくれ。
心の底からそう願うが、自分を先輩と呼び慕う片目を髪で隠した眼鏡っ子が来る気配は無い。
取り敢えず、時間を稼ぐために清姫のお願いを聞く事にする。
最初から聞いておけと言われるかもしれないが、「お願いを聞いたから解放される」などというハロウィンに配られる砂糖菓子よりも甘い幻想などドブに捨ててしまえと思う。
「相談というのはあのドラ娘に関係する事なのですが」
ドラ娘。
頭が痛くなり、右手で額を抑える。
何かを忘れているような気がした。
大切で、大事な……何かを。
けど、きっと忘れているという事は思い出しても碌なモノではないのだろう。
矛盾している思考になぜか納得し、息を吐いた。
額に、背筋に、全身に。気持ちの悪い汗が流れる。
熱いシャワーを浴びたい気分だった。
「でしたら、お背中を流させていただきます」
シャワーなので結構ですと、即断る。そもそも、シャワーを浴びて背中を流すとはこれいかに。
身の危険というか貞操の危機を感じ、話題を逸らす事にする。
あまり逸らした先も碌な話題ではないが、貞操の危機よりはマシだろうという判断だ。
「あのドラ娘、また今年のはろうぃんでも新しい服を手に入れ……いえ、夏には私も水着という少々はしたないと言いますか、肌の露出が多過ぎてますたぁの前以外ではとても着る事の出来ない薄布をいただいたのですが……あのドラ娘は事もあろうにあの水着とあまり変わらない……見ようによっては水着以上に『危うい』衣装に身を包みますたぁの視線を私から奪おうとしておりまして」
そもそも、自分の視線は清姫に奪われていないのだが。
それを言ったら最後の令呪を使う事になるのは火を見るよりも明らかなので、男は黙って息を呑むように言葉を飲んだ。
「でしたら私も新しい服をと思いましたが……思ったのですが」
何故かそこで、清姫はまた頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。
よく見ると、彼女の着物の袖から紫色の布切れが覗いていた。
恐らくだが、それが彼女の言う新しい服なのだろう。服というには布面積が少ないどころか紐が目立っている気がしないでもないが、あの新しいブレイブエリザなるビキニアーマーに対抗するためには布面積を削るのは当然と言えるはずだ。
それで、どうしてその衣装を着ないのかと尋ねると、清姫は何も言えなくなってプルプルと首を横に振った。
夜這いすら恥ずかし気も無く行うその度胸だが、なぜ服装一つでそこまで恥ずかしがるのか。
清姫の恥ずかしがる表情を見て胸の奥が温かくなりながら、袖からその服を取り出す。
「あっ」
それは、紫色の……なんだろう。どう表現すればいいのか分からないが、紫色の紐だった。胸や局部は、紫のふさふさとした獣の毛のようなものが隠している。
とても服とは呼べない逸品である。
どこかで見たような事がある服は、ダヴィンチちゃんが用意し、しかしついぞ自分が手に入れること叶わなかったマシュの新しい服。概念礼装である。
某お父さんが物凄く怒り、手に入れる事が出来なかったら満面の笑顔で肩を叩いて慰めてきた礼装である。その後、マシュから大盾でぶん殴られていた。
どこでこの服を手に入れたのかと尋ねると、清姫はマシュの部屋で見付けたのだと言った。
マシュが、この服を着て俺に『トリック・オア・トリート』と言う練習をしていたのだと。
想像するだけで鼻血が出そうなシチュエーションである。自分なら迷わずイタズラを選択する状況だ。あのマシュが、自分にどんなイタズラをしてくれるのか。想像するだけで……。
……そして、流れるような仕草で最後の令呪を使用して首に伸びようとしていた清姫の手を止める。
きっと、世界中で俺だけだろう。自分の命を守るために礼呪を三画も使ったマスターは。
「それで、ますたぁ」
なんでしょう。ついつい敬語になりながら、ベッドの上に正座をする。
「き、着てみた方が……よろしいでしょうか?」
恥ずかし気に、耳まで真っ赤に染めながら、清姫が呟いた。
世界最後のマスターは、首を何度も縦に振った。