───幻想郷、三途の川。清らかだが底の見えない美しい川。そこには死者を運ぶ船と、それに乗った船頭がいる。
「はぁ…暇だねぇ……」
そう一人虚しく呟くのはその船頭。死神の小野塚小町。
幻想郷は外界や他の地域と比べてとてつもなく死者が少ない。
そのせいでこういった死神、更には閻魔まで暇を持て余す状態であった。
例えば氷精のような氷を操る力があれば氷像やらを作って暇潰しが出来たかもしれない。
勿論彼女も氷精もそんな性格ではないが。
「今日も一人酒かぁ…四季様は裁きこそしてないけど書類とか忙しそうだし…」
そう呟いて日頃持ち歩いている酒瓶のフタを空ける。
空けると強めの酒の臭いが漂い、酒が好きな者に取っては気分を上げる良い匂いだろう。
確かに暇潰しに酒を飲むのも一興。
だが流石に毎日のように一人酒をしていると飽きてくるしつまらなくなって来るものである。
「いい暇潰しは無いもんかねぇ…」
そう呟いて酒瓶を口につけて傾け、ゴクゴク、と喉を鳴らして飲んでいく。
いくら一人酒に飽きたとはいえ自分の気に入った酒には中々飽きない。
いつ飲んでもこの程良い辛味と風味が小町を良い気分にさせていく。
そんな時だった。
「……おや?仕事かな」
一つの幽魂がふよふよ漂ってこちらに近づいてくる。
小町にとってはこれが数日ぶりに見かけた死者である。
そんな事はさておき小町は幽魂を船へと誘導していく。
幽魂を船に乗せ、船頭として銭を貰い、船を漕ぎ閻魔の館まで連れていく。
それが小町の仕事であり、すべき事であった。
間もなくして幽魂を船に乗せ、銭を貰って船を漕ぎ出す。
船はゆっくりと進み出し、三途の川を流れていく。
三途の川の川岸には様々な彩り豊かな花々が咲いており、その綺麗で優雅な様は見ているものを飽きさせずに見惚れさせていく。
しかし、船頭である小町は難儀だった。
幽魂には基本自我が無い。
その者が生前、妖の類であったり強大な力を持つ強者、等であったりすると、自我が有ったり幽体でありながらも生前のように動けたりする。
だがこれは極稀なケースである。
今回の幽魂は今までと同じく、自我はなくただふよふよ浮かんでいるだけ。
確かに何の会話もなく黙々と船を漕ぎ、運ぶだけ。
これ程退屈な仕事も稀だろう。
しかしこんな退屈な内容でありながら基本休みはない。
出会いもないのだからそれはそれは実年齢はともあれ精神年齢や見た目は年相応であって恋もしたい小町には難儀である。
「……さて、着いたよお客さん。ここから真っ直ぐ行くと閻魔の館だ。……って言っても流石にあたいも暇だ。こんな退屈な時間過ごすなら四季様に怒られてた方がマシだね。てことであたいが先導してあげるよ。着いてきな」
そう言うと小町は船の中に置いておいた大きく、鋭利な刃が付いた死神の鎌を肩にかけて幽魂を先導していく。
幽魂は言われるがままに小町にふよふよと着いていく。
今この幽魂は何を思っているのだろうか。
そんな事を考える小町だが、当然分かるわけがなかった。
閻魔の館への道を歩いていく。
砂利道は段々平坦になっていき歩きやすくなっていく。
船着場から閻魔の館までの距離はほんの僅か。
小町が距離を操らずとも数分で辿り着く。
「ほら、ここが閻魔の館だ。さ、入るよ」
小町は幽魂を先頭にして閻魔の館のずっしりとした木製の大きな扉をギ、ギギ、ギィィ…と重い音を立たせて開けていく。
するとすぐ目に入るのは真正面の机に頬杖ついて指で遊んでる閻魔。
───四季映姫・ヤマザナドゥ
「四季様、退屈そうですね。」
「はっ!?小町!?」
一瞬素で驚いてしまう威厳皆無の閻魔。
その様子にくすくすと小町は小さく笑う。
そして閻魔は小町に何用かと問いかけようとしたがその後ろにいる幽魂に気づいて全てを悟った様だ。
「小町、そこをお退きなさい。この者の生前の様子を見て白黒つけます。」
「は〜い。わかりましたよ四季様っ」
「全く…職務怠慢もいいところです。まぁいいです。そこの貴方。こちらへ」
閻魔は幽魂へ向け手招きをする。
すると幽魂はふよふよと閻魔の座っている机前に誘われていく。
その様子を小町はただ見ている。何を考えてみているとかは無い。
なぜならその辺りの事情は小町などの死神達にはちんぷんかんぷんなのだ。
ならば何故見ているか。答えはひとつ。
────暇だからだ。
「……貴方は白です。どうぞあちらの部屋へ」
閻魔がそう呟くと幽魂は吸い寄せられるように奥の部屋へとふよふよ飛んでいく。
そして見ているのにも飽きて目が半開きになっている小町は閻魔の館の扉近くで座り込んでいた。
「小町!死者がそこに居るというのに貴女には死神としての威厳などは無いのですか!第一貴女は……くどくど」
閻魔得意の有難いお説教である。
閻魔本人はちゃんと聞いてくれていると思って説教しているが、まともにこの閻魔の説教を聞いているのはごく僅かしかいない。
勿論小町は聞いていない方であり閻魔の言葉は耳から入って耳から抜けている。
因みに頭の中はこうなっている。
「必死になってあたいに説教する四季様可愛いなぁ」
コレ一つである。
そして閻魔にしては少し短めの説教が終わったようだ。
「……ですから、わかりましたか?」
勿論小町はわかっていない。
だが彼女は基本的に面倒な事を嫌うため真正直に、わかってません。等と言う訳がない。
「はいはい、わかりましたよ四季様。」
「よろしい。」
普段からコレである。
適当に相槌を打つ小町も小町であり、それに気づかない閻魔も閻魔である。
適当にあしらう部下と必死に説教する上司。
中々ほのぼのする光景かもしれない。
「それで?ここに来た用事は何かあるのですか?」
「あー、そういえば今まで忘れてましたけどありますよ~」
そう、小町には暇潰しを兼ねて閻魔に頼み事が一つあった。
「休暇をしばらく頂きたいんですが…」
「何言ってるんです。私に無いんですから貴女にもありませんよ」
ブラックである。
閻魔の館、相当なブラックである。
しかし小町はめげずに説得を続ける。
「で、でも!最近は死者も全然来ないですし!それに、暇を持て余してるのは四季様も一緒でしょう!?」
「うーむ…それはまぁ…一理ありますが…しかし…」
「いいじゃないですか!5日!5日下さい!」
いきなり5日の休暇を申請するのは外界の会社や企業でもまず受け入れられない。
そもそも外界ではシフトが決まっていたり作業時間が固定だったりするので休暇を取ること自体が難しい。
しかし幻想郷には常識は通用しない。
閻魔の機嫌次第で割とどうにでもなってしまう。
仮にそうだとしても、流石に5日と言う長めの休暇は受け入れられることは無いだろうが。
だが小町には考えがあるらしい。
「5日なんて何を馬鹿げた事を言ってるんですか小町。認められません。」
「じゃ、じゃあ4日!4日なら!」
「……4日もダメです。」
「うぅ、じゃあ3日…」
「……はぁ。仕方ありませんね。3日ですよ?」
「四季様ありがとうございます!」
そう、小町はとある心理術を使ったのだ。
何かを頼む際、いきなり自分が頼みたい分のみを頼むのではなく、少し多めに頼むのである。
そこから少しづつ下げていくと割と大きな物でも小さい物だと思い込んで了承してしまう事が多くなる、と言う事だ。
こういった事を仕掛けたり仕掛けられたりは意外と多くの人にあるかもしれない。
とにかく、3日の休暇を手に入れた小町は気分が舞い上がっていた。
「やったね~♪久々の休暇だぁ♪何しようかな~♪」
閻魔の館を出てすぐの三途の川の川岸でスキップしながら呟く。
スキップの度に胸が揺れたりスカートの中が見えなかったりと男には嬉しい光景がそこにはあるが、生憎誰もいない。
そして小町は何をしようか考えていた。
人里に遊びに行くのもいいし、白玉楼に行ってみたり妖怪の山辺りをあるいてみたりとか……。
とにかく彼女の頭はやりたい事だらけだった。
仕事も程々にして考え事に耽っていた小町の中で時間は早く過ぎ、あっという間に夜になり、そのまま寝てしまった。
一話一話短いです。