ー海鳴市上空
「ぉぉぉぉぉぉぉおお…」
美しい銀髪の女性が対峙する。
「!こ、これは…?」
遅れて到着したクロノ・ハラオウンは異質な様相に戦慄する。
気味が悪い。
生きているはずの存在がまるで生命の冒涜に感じられる。
女は落ち窪んで真っ黒になった両目で天敵を睨む。
「むう…」
男はその筋肉を誇示したのちに腕を組んでただ唸る。
彼は女の腕に嵌められた装飾を睨みつけていた。
闇の書は痺れを切らして後方へ飛び下がる。
急速に膨れ上がる魔力に高町なのはは注意喚起する。
「!だめ。あれは避けなきゃだめなんです!」
彼女は知っている。
あれはプロテクションを抜く。
正面から防御した2人は心を侵されて錯乱したのだった。
男の返答は否
「…ふんっ!!!」
ーラット・スプレッドー
気合いと共に放たれたのは熱か蒸気か
いずれにしてもとんでもない量のエネルギーが男に収束する。
それだけではない。
高町なのはから見た角度は男のちょうど背面
ラット・スプレッドによって強調された広背筋が黒く輝き膨張する様を直視する。曲線が複雑に漲る荒々しさは場違いなほど美しい。
「!」
闇の書は焦ったように力を籠めると足元から生々しい触手を召喚する。
つぎはぎの肉が男に対抗するように軋みあう
さらに内包した醜悪な魔力を解放する。
闇の炎はモラルを崩壊させる力を秘める。
『!なのはさん、クロノ!』
『flash move!』
クロノ・ハラオウンと高町なのははすんでのところで上空に逃れた。
「そんな…」
彼女の目の前で援軍が闇の炎に飲み込まれていった。
その時彼女が目にしたのはお粗末な防御だった。
彼は何を思ったか膝を持ち上げ、拳で顔面をガードしていた。
ミドルキックでも想定していたのか男はそのまま炎に挑む。
ごぅっ
「むぅぉ、」
炎が一帯を焼き払い魔力の残滓が心を汚す。
一瞬だけ、男の断末魔が聞こえた。
「クッ!なんてことだ」
戦場に立つ者たちは再度、孤立戦闘を覚悟する。
「!待って、クロノ君!」
「!なんだって?」
炎の奔流を受けてなお、男は立っていた。
「ふぅぅんっ!!!」
ーダブルバイセップスー
そればかりか男は再びポージングを行う。
彼らからは良く見えないがアースラのブリッヂからは彼の異常に漲る筋が観察された。
ー次元航行艦アースラ
「あいつは…」
プレシアテスタロッサは苦虫を噛み潰したような顔でモニターを睨みつける。
「ええ。間違いない。彼はブラキアの英雄よ。当時と全く変っていないわ…」
リンディ・ハラオンは同意した。
彼女たちも資料でしか知らない。
何故なら彼は管理外世界で起きた戦争を終わらせた英雄だったからだ。
何者かの手引きによって隣国の侵攻を受けたブラキア
その独立戦争で虐殺とも呼べる戦果を挙げた現地人がいた。
彼こそが後にブラキアの英雄と呼ばれた戦士だった。
当時のリンディは管理外世界で起きた事件が報道されたことに興味を持った。
プレシアは赴任先で聞いた与太話として話には聞いていた。
2人が知る限りでは英雄の戦い方は至ってシンプルだったはずだ。
2人はモニター視線を向ける。映像越しとは言え隆起した大胸筋、三角筋、上腕二頭筋に恐怖した。
ただのポージングにも関わらず辺りには湯気が立ち込める。
血液が送り込まれ始めたのか、筋肉の上には怒るように静脈が走る。
ブリッヂのクルー全員がモニターから目を離せない。
特に男性陣は、野蛮な戦いと知りつつも分かりやすい英雄像に心を奪われる。
ー海鳴市上空
「!」
闇の書自身、闇の炎が通用しないことは想定していたのか一気に彼の背後へ移動する。
近距離型の戦士の背後を取るのは定石と呼べた。
彼女は四肢に暗黒を纏って男に殴りかかる。
先ほどの炎とは明らかに比較にならない魔力の密度
クロノは直感で危険を感じた
「!まずい」
避けろとまで言うこともできず闇の書は男に殴りかかる
「っはっははっは!」
野太い笑い声が響く。
男は身を翻して拳を避けた。
「!」
闇の書は連撃を繰り出す。
突き出した拳をそのままに、身を翻しながらのサマーソルトキック
進路を予想してそのまま上から拳を叩きつける。が、
「駄目だな」
男は半身を下げ、躱す。無様を晒した闇の書をあざ笑う。
男の視線は笑顔には程遠く、闇の書を睨みつけた。
ぞわっ
クルーも闇の書も、高町なのはもその場の全員が男の攻め手を感じ取る。
圧倒的な膂力が解放される。
「バイヤぁ!」
ただの回し蹴り。
だが、闇の書は防御した姿勢のまま、一瞬で体をくの字に曲げてしまう。
彼の足首に巻かれた包帯が闇夜に白い残像を残す。
男はすたっと音を立てて着地する。
パンプアップによって強化された脚が闇の書を恐怖の底へと突き落とす。
先の一蹴は恐怖の始まりに過ぎない。
『…』
管理局陣営は彼の暴挙に顔をしかめる。
女性を蹂躙する正義など認められない。
「バイヤぁバイヤぁバイヤ、」
尚も蹴手繰る。
屈伸運動を高速で繰り出し、何度も、何度も蹴手繰る
闇の書は防御を試みるものの、防御の薄い部分を的確に蹴り貫かれる。
脇、脚、腹、頭部、胸部
コマ送りされるかのように右へ左へ小刻みに蹴りつけられる
『…』
およそ正義の陣営らしからぬ暴挙は続いた。
「バイヤバイヤバイヤばばbバイヤァ!!!」
彼の足はとうとう光を纏っていた。
止めとばかりに振りぬかれた回し蹴りに闇の書は再度腰をくの字に曲げる。
「どけどけぇい!!!」
「ぉぉぉ…」
闇の書はのたうち、突如醜悪な魔力が霧散した。
力尽きたのか、闇の書はその場に膝を突いた。
その場の誰もが認めたくはなかったが、騒動の収束を予感した。
ー海鳴市上空
災害対象部隊がアースラから降り立ち、にわかに辺りが騒がしさを帯びる。
闇の書の初段は英雄にゆだねられた。
彼を刺激しないことは共通のルールとして配布されている。
男の目の前では、管制人格が苦しそうに両腕を突き苦しそうに息を荒げる。
あれだけの蹴撃をあの細腰でまともに受けたのだ。無事では済むまいと現場の誰もが哀れに思う。
「…」
男が何か言いたげに闇の書を見下す。
「!なに?」
高町なのはは突然現れた光の柱に目を覆う。
光が収まるとそこには
「!ここは!…皇!皇ぃ!」
涙を流して錯乱する織村総士、そして
「ーーー、うっ、ウゥぅ。かあぁさぁあああん」
泣きじゃくるフェイト・テスタロッサ
「織村君、フェイトちゃん…は、はやてちゃん!!しっかりして!」
焦る高町なのはの目の前には苦しむ八神はやて。
彼女は闇の書と似た意匠のジャケットに身を包んでいる。
「ぐっ!はぁ、はぁ…なの、はちゃっ、ん?」
「!はやてちゃん!!」
痛みで上手く息を吸えない彼女を守護騎士達シャマルが癒す。
彼女は危険な状態だった。
そのわきでは英雄が織村、フェイトを軽く蹴る。
「ふんっ!」
英雄の足に込められた光によって2人が正気に戻る。
「!お前は…誰だ?闇の書は?なのはが、やってくれたのか?」
織村は安堵する。
あとは防衛プログラムの暴走を鎮めれば悲劇を終わらすことができると考えた。
「!シグナム?」
一方フェイト・テスタロッサは好敵手の復活を喜ぶ。
「…ふぅん」
英雄は満足そうに踵を返した。
「!ま、待て!なぜ貴様がこの場に居る!!」
シグナムは緊張した面持ちで尋ねる。
彼女だけではない。守護騎士達全員が警戒する。
守護騎士達の苦い記憶が蘇る。
大災害に見舞われる世界で顕現した悪意の塊が夜天の魔導書を汚した時だった。
彼は暴走した闇の書の主、守護騎士達をまとめて蹴散らした男だ。
「…」
「答えられぬか」
シグナムの頬を冷汗が降りる。
「ふん」
英雄は背を向けたまま問答をあしらう。
八神はやてが回復し、リィンフォースとのユニゾンを果たした後、クロノ・ハラオウンが降り立つ
「水を差してしまって申し訳ないが聞いてほしい。」
彼は一同に説明する。
あと数分で防衛プログラムが暴走を開始すること。
あるいは氷結魔法で封印する。
止めるには対艦砲で地表ごと存在を消し去ること
「実にギャンブル性の高いプランだが…」
高町なのはらの提案で採決された方法はコアを軌道上で消滅させる方法だった。
地上、軌道上のスタッフが慌ただしく準備を開始する。
黒い淀みが崩れ始める
「始まるぞ!」
クロノ・ハラオウンが叫ぶ。
「ぉぉぉぉぉぉぉおお」
耳を塞ぎたくなるような怨嗟の声が総員の心を削る。
赤黒い触手の茂みに浮かび上がる混ざり合った魔獣の塊
防衛プログラムが目を覚ました。
「闇の書の闇…」
八神はやては醜悪な姿を晒す防衛プログラムを悲しい面持ちで見つめる。
触手が蠢き暴走を開始する。
ずりずりと蠢く触手は先端から穢れをまき散らす。
「チェーン・バインド!」
「ケイジング・サークル!」
「鋼の軛ッッ!!!」
「ふぅぅんっ!!!」
触手の向きを限定するべく使い魔達がバインドを発動させる
メンバーが奮起する中、英雄は筋肉へと力を集中させる。
「ちゃんと合わせろよ!高町なのは!」
「ふぅぅんっ!!!」
「!うん」
高町なのはは誘導弾でヴィータの進路を確保する。
「轟天爆砕!ギガント・シュラークッッ!!!」
防衛プログラムの障壁が崩壊する。
シャマルが次なる指示を出す。
「次!シグナムとフェイトちゃん!」
「ふぅぅんっ!!!」
「行くぞ。テスタロッサ」
「はい。シグナム」
迷いなく2人は飛び立つ
英雄の血管は膨張を始める。
活力を取り戻した肉体は不死鳥のごとく輝きを放つ。
2人は蠢く触手を躱して接敵する。
「駆けよ!隼!」
『sturm falken』
「貫け!雷神!!」
『jet zumber』
『映像を寄越しなさい!!!』
「ふぅぅんっ!!!」
紅蓮の隼と雷撃の太刀がさらに障壁を破壊する。
作戦の成功を確信したプレシア・テスタロッサは娘の映像記録を催促した。
英雄の体色がより深くなる。全身に血液が回る。
表面に滲む汗が夜空と魔法を反射し、プラネタリウムのような美しさを持つ。
一方で、露となった暴走体に八神はやては呟いた。
「ごめんな。おやすみな」
「ふぅぅんっ!!!」
「石化の槍!ミストルティン!!」
『クロノ君!!』
アースラからのサポートでクロノ・ハラオウンも動く
「凍てつけ!!」
「ふぅぅんっ!!!」
『eternal coffin』
一帯が氷に閉ざされ、触手を含めて封じられる。
高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやては最大級の砲撃魔法を用意する。
「なのは!フェイト!はやて!」
号令に応じて一斉に火蓋を切る
「「ブレイカーーー!!!」」
「ふぅぅんっ!!!」
もはや英雄の体はただの筋肉ダルマではなくなった。刺激があればすぐにでも爆発する筋肉の爆弾と化した。
ピリピリとした緊張感を伴い、熱気にも似た力の揺らめきが漂う。
そしてブレイカーに合わせたようにシャマルが旅の扉を開く
「捕まえぇ…た!」
遂にコアを補足した。
「長距離転送!」
スクライア一族の少年、ユーノ・スクライアがコアに対して転送を開始する。
残るはアルカンシェルの発射のみ
一方で、織村総士は警戒していた。
闇の書の防衛プログラムの闇に染まった両目が頭を離れなかった。
前回の事件も今回の事件もイレギュラーが発生した。
眼下に蠢いていた暴走体の触手は予想とは異なり異様に生々しかった。
このまま原作通りにコアを消せる保証が無い。
彼は万が一に備えて愛機に魔力を蓄積する。
「!なに?」
旅の扉で抽出したコアに異変が生じる
コアから醜い魔力が漏れ出し、何かの形を作る。
「やばそうだよ!一旦離れよう」
アルフの判断で3人は一旦距離を置く
コアが巨大な球体を形取る
ぴしりぴりと球体にひびが入る
見たくもないのに視線を逸らせない。
現れたのは巨大な目玉
収束した闇が形作ったのは人間2人分の身長はあろうかという巨大な目玉だった。
宙に浮かぶ目玉は血走り、ぎょろぎょろと攻撃メンバーを一人ずつ見渡す
存在そのものが悪
見た目も、存在すっらもが生命を冒涜する災厄が降臨した。
海鳴市上空に圧倒的な悪意が鎮座する。
「「…」」
対峙する者は言葉も発せず恐怖した。
穢れそのものと認識しながらも使い魔達3人は恐怖で動けない。
状況を打破するのは英雄のみ
「おおおおおおおおお!」
織村総士は叫ぶ。
彼は直前に何度も幻視した。
無残に死にゆく同士の姿、
そして繰り返される悲劇を
誰もが絶望する今こそ自らの生命に価値を見出す。
全ての願いはこの瞬間のために
彼の信念を賭した一撃を放つ。
「エェェス!」
総士は一撃に願いを込める。
恒久の平和への願いを
「カリボォォォゥグ!!」
黄金の砲撃が目玉へと迫り、瞳は光に照らされる。
光の中目玉はぎょろりと目線を上げ
『ククク…』
ー破壊神降臨ー
いやらしい笑みで砲撃を笑い、漆黒の咢を召喚する。
光の奔流は破壊神となった咢によって減衰する。
余波によって目玉は傷を負うが、いまだその目は動き続ける
ぎょろり
血の涙を溢れさせて
総士を見つめる目玉
流す涙には目玉のものには見えない。
許されざる存在が流させた悲劇を想起させる赤い涙
血走った瞳は犠牲者を選択するように次、次と目を合わす。
お前が良いか
それともお前か?
緊張が走る。
穢れた力が目玉に集まると同時、
周囲を渦巻く炎が満たした。
ー大量虐殺ー
使い魔達は躱しきれず膝を突く
嫌だ。死にたくない
助けて
怖い
誰もが恐怖する中、英雄が土煙を伴ってずんずんと進む。
悪意を打ち払う存在はまさに英雄
クルーたちは歓喜に沸いた。
『いいぞ!やっちまえ!』
しゃがれた声は壮年の男性局員
『おおお!お前こそ英雄だ!!!』
中堅に届くかという年齢の局員も声援を送る。
『管理局万歳!!』
若い局員は正義の勝利の目撃者となることに対して感謝する。
男性陣は皆、分かりやすい英雄譚に湧きたった。
神話を再現するかのような現実に彼らは皆心酔する。
「…」
彼の両手にはいつの間にか無骨な斧が握られている。
温め終わった体は体表面から湯気のような近寄りがたいオーラを放つ。
怒りを表すかのように張り詰めた血管は全身に広がり血を滾らせる
血液や魔力によって強化されたのであろう筋肉は先ほどの一撃の比ではない。
その威圧感に、恐怖していたメンバーに活力が戻る。
彼がいた。まだ、希望は消えてはいない。
英雄は阻まれることなく目玉の目の前に到達する。
広背筋
ただの広背筋
英雄は広背筋で語る
戦士の力を
目玉を睨みつけ、気合い一閃戦斧を振り下ろす
「バイヤァ!バイヤァ!バイヤァ!」
閃光を伴い振り下ろされる斧
軽々と左右に切り払われるようにして振りぬかれる
目玉は抵抗もできず、穢れを削り取られる
人類の怒りを背負ったような英雄の一閃
英雄の怒りは収まらない
「バイヤバイヤバイヤ」
左右に振りぬくだけでは足りない。
殺すだけでは生温いとでも言うのだろうか
英雄は朧気になる球体にさらに猛攻撃を掛けた。
両手の斧で邪悪を裁断するかの如く真っ直ぐ振り下ろす。
「バイヤバイヤバイヤばばbバイヤァアア!!」
再び露出したコアもまとめてぶった切る。
狂戦士のように斧を振りまくる彼の前には悪意は形を保てない
「消えろぉッ!」
英雄一喝
コアは一瞬宙に浮いたかと思うと
ざらざらと砂のように崩れ去った。
「「…」」
残るは霧散していく邪悪を見送る漢の背中
英雄譚に相応しい幕引きだった。
『『、ぉおおおおおおおおおおおおおお!』』
モニター越しに野太い勝鬨が挙がった。
ー次元航行艦アースラ
野太い声援に隠れるようにして女性たちは冷静に職務を全うする。
「さ、再生反応…ありません…」
「こちらも、同様です…」
情報担当官がコンソールから各種データを閲覧して報告した。
報告を受けた艦長リンディ・ハラオンの表情は冴えない。
「はあ…念のためモニターを継続。戦闘メンバーはアースラで治療と休息を」
どう報告したものか
リンディ・ハラオンは苦悩した。