ー八神家 リビングルーム
ジャックは打撲によって紫に腫らした顔を晒して床に正座する。
正面には車椅子に腰掛ける八神はやて、寄り添うのは融合騎リィンフォース
穢れを恐れた融合騎は騎士たちを管制下から切り離した。
結果スタンドアロンの彼らの生命、存在は魔導書から独立した。
従ってこの場において八神はやてが最も信頼できるのは管制人格の彼女だけ
常識外れの馬鹿を唆す不埒な連中は買い出し中だった。
「で?」
彼女は申し開きの機会を与えた。
何を言われようと怒鳴り散らす腹積もりだった。
最も付き合いの長い家族の裏切りは万死に値した。
「その、はやてが恥かくからっt」
「ドアホ!!そんなんされても嬉しないって言った!」
彼女は呆れた。
言い返すまでもない。
このような馬鹿になぜ信頼を置いたのか
気持ちが一気に冷める。
「で、でも」
「でもやないわ。うちがグレアムのおじさんとエロいことしたらお前は嬉しいんか?なあ」
「それは…」
「おい」
この程度の機転も利かないダサい男
彼女は体を重ねた自分を情けなく思う。
「なんか言えや」
冷ややかに促す。
「言ってみろや!」
怒りに任せてスリッパを投げつける。
ジャックは避けもせずに顔面で受け止める。
はやての足元にスリッパが転がる。
「「…」」
「…リィン」
「はい。」
意を汲むリィンフォースがはやてを抱えて歩み寄る。
彼女はジャックを足で倒すとはやてをそこに据え置く。
「ドアホ!」
襟首を掴み真正面から叩く。
「ぶ、」
ドシッと重い音がする。
芯に響く思いビンタがジャックの顔面に叩きつけられる。
「こんのハゲぇ」
「ぶ、ぶふ、」
拳を握り2度3度と振り下ろす。
徹底して右拳を振り下ろす。
彼女は前回、片腕の方が姿勢が安定することを学習した。
「こんの!この!この!このぉ!」
「ぐ、う…く、」
八神はやては涙する。
悔しかった。
裏切られた。
情けなかった。
なぜこんな男に惚れた。
気持ちは冷めたはずなのに、眼下で潔く殴られる彼は以前と同じく誠実な彼に違いない
彼を見るとかつての気持ちがぶり返しそうで悔しくてしょうがなかった。
些細な勘違いで幸せを壊されたことを悔しく思った。
「常識も知らんで、」
なおも殴打は止まらない。
「あん時やって、」
ジャックの頭部は拳と床を往復する。
「高町のおじさんおらんかったらどうしようもないくせにぃ!」
はやてはジャックの襟首を両手で握りしめて叫ぶ。
「なんでや!!!」
なぜ、まだ好きなんだと
答えのない問いかけをした。
ジャックはもうろうとする意識の中、震える両手で彼女を抱きしめて気を失った。
「…ジャック?」
我に返ったはやては目の前の惨状に慌てる。
「!ど、どないしよ、リィン!どないしょ!」
慌てて融合騎に助けを求める。
リビングの床は鮮やかな血の色で染まっている。
「主、これを」
守護騎士たちと精神リンクしていた彼女は主の悲しみを消すために方法を提供する。
リィンフォースは冷静に、開かれたストレージを渡す。
「!わ、わかった」
八神はやてはそのページを見て詠唱を紡ぐ
「響け終焉の笛…!」
終わりを告げる魔法が紡がれる。
「!て違う、そうやなて…」
シャマルによる一応の治療を受けたジャックは2階に収容された。
はやての断罪は続いた。
ジャックのいた場所には剣の騎士、鉄槌の騎士
「で?」
冷静さを取り戻したはやてはシグナムを睨みつける。
「はい。古代ベルカでは受けて当然の教育を施しました。奴を夜天の主に相応しい伴侶とすべく、」
動じたそぶりを見せることなく答える。
虚実を織り交ぜた返答は経験がなせる技だ。
「ほう、じゃあヴィータはどうなん?」
はやては問答は無用とばかりに対象を変更する。
シグナムの勘が告げる。
返答を想定されている可能性が高い。
リィンフォースの口添えを疑いながらも凛とした表情は崩れない。
「ごめん、はやて、、だめって思ったんだけど、どうにもなんなかった…」
「…」
ヴィータは罪を認める。
対するはやては一言も発さない。
「!あいつは悪くねーんだ。あたしが、迂闊で」
「ええんよ。ヴィータ。」
「うちらは家族や。それに。なんだかんだでジャックに悪いことしてるんかな、て思ってもきとる。だから、それはええんよ。」
力ない笑顔でヴィータに微笑みかけるはやて
ヴィータは今代の主の偉大さに感服する。
覚醒に至る絶望を感じても相手を許す度量。
およそ10の少女には思えない。偉大な主だった。
一方シグナムの警戒心は膨れ上がる。
彼女は高ぶった感情の先にある冷静さを感じていた。
はやての次の一手に目を離せない。
「なあ、ヴィータ」
「!う、うん。何、はやて。」
「…」
はやては笑顔を崩さない
「ベルカのお作法ではこういうことさせるん?」
表情はそのままに首を傾げるはやて
「…(腹を括るか)」
シグナムは尚もポーカーフェイスを崩さない。
「、、うーん。聞いたことねえなー。ザフィーラならなんか知ってるかも」
ヴィータは悩まし気に答える。
「「…」」
後日、ザフィーラによって酒飲みの与太話の類であると明かされた。
「で?」
尋問は振り出しに戻る。
真剣な顔をしたはやてはシグナムを睨みつける。
その気迫は家主にふさわしい。
「申し訳、ありませんでした。」
土下座をするシグナム
「で?」
はやては公開処刑にふさわしい対応を続ける。
「その、模擬戦闘で高ぶって、しまいまして」
「で?」
「「…」」
シグナムの頬に汗が流れる。
「下手の早漏では主に見限られると唆したのはわt」
「で?」
「「…」」
「申し訳、御座いませんでした!!!」
シグナムは額を床に擦り付けた。
はやては考えた。
もし、ジャックを独占したとして関係が続くのかと
騎士たちのこともジャックのことも理解しているつもりだ。
彼らが自分を想う気持ちもわかっている。
だが、このような事件が発生した。
闇の書事件ではない。
寝取り寝取られ事件のことだ。
いままで通りに暮らせば同じ綻びが生まれることが予想された。
彼女は悩む。
もはやジャック無しの家庭は考えられなかった。
守護騎士達のことも家族だと思っている。
彼らを引き離せば次は家族以外が関わるのではないか。
家族以外の人間が関われば、
家族が欠けるかもしれない。
ならば、譲らなければいけないのだろうかと
あのバカの首輪を家庭に繋げておけば家族は一応盤石かもしれない。
だが、本音では独り占めしたい。
八神はやては悩む。
「せわになった」
目覚めたジャックはそう告げた。
ふらつく足取りで向かう先は玄関
これ以上生き恥を晒せぬとばかりに無理を押して去ろうとするジャック。
思わず追いかけるはやて
「待って!一生大事にするってゆった!!」
「!…」
その記憶すらジャックは恥じる。
自らの無知をただただ恥じる。
「嫌や!置いていったら嫌や!」
「…」
今度こそ、ジャックは靴を履き、立ち上がる。
これ以上聞いたら正気を保てる気がしなかった。
「!嫌やああー!一緒って言ったあああ!あああああああああ」
「…」
ジャックは立ち上がり、泣きじゃくるはやての元へ
もはや誰かもわからなくなった顔ではやてに語りかける。
「なさけねえ」
しゃくりあげるはやてに語りかける。
「また、わすれてたぜ。おれはおまえをまもる。きめてるのにな。」
彼は膝を突いて懺悔する。
「ごめん。なに、やってんだろな、おれ」
ジャックはかつての教訓を取り戻す。
独りよがりの献身では彼女を守れない。
憎まれる自分が消えればそれでいいと思っていた、
自分なんていなくなればそれでいいと思っていた頃と何も変わらない。
彼女との未来は寄り添い、想いを共有しなければ得られないのだった。
「ごめんな。また、さみしいおもいさせちまった。」
「、、ん」
「はやて。もういっかい、ちゃんすをくれねえか」
「こんどはもう、おまえをはなさない」
「!…ほんまに?」
ジャックの胸に顔を埋めたはやては問いかける
「ほんとう」
腫れた頬でおぼつかない滑舌で答えるジャック。
「「…」」
「へへ、変な声」
「うるせえ」
2人は少しだけ、以前より深まる絆を感じた。