ークラナガン 八神家新居
「もう…限界」
仏頂面で見下すはやて。眼下にはジャック
あれから1週間もしないうちにジャックの行いが噂され始めた。何故ばれたのか、誰が流したのかは分からない。はやては真相を問い詰められたすずかの対応に疑いを持った。さらにその後はやてがジャックに詰め寄ったのだ。いくら弁解しても、もう彼女の心には響かない
「出ていけ」
無表情でボロボロと涙をこぼすはやて。次々とフローリングに雫が落ちる。
「…」
感情の高ぶりが冷めるのを待つジャック。
「…出ていけぇ」
彼女の表情が崩れる
「はやて、」
堪らず一歩踏み出すジャック
「!!出ていけえ!!!」
「っ」
近づくことすら拒絶するはやて
「もう、顔見たない…お願い。出てって」
顔を押さえて崩れる彼女。ジャックは全身を針で刺されるような感覚に包まれる。声が出なかった。汗すら出ない。
「…じゃあな」
彼は精一杯、自分を保った。
ー玄関
「貴様の持ち物があれば残らず捨てるぞ。いいな?」
憮然とした態度でジャックを見送るシグナム
「ああ。それでいい」
死んだ魚のような顔で返すジャック
「…また会うことがあれば、…」
「…」
見つめ合う両者はなんとなく、もう会うことが無いような、二度と一緒になることが無いような感覚を覚える。
「ふう。では達者でな」
凛とした態度に改め、別れを告げるシグナム。決して短くない付き合いだった。せめて最後はキチンとするのは彼女なりの礼儀だった。
「…ああ。」
虚ろな彼はそう言うと背を向け、歩き去った。足取りは軽くない。
ジャックは思う。はやてとは色々あった。出会いも印象も最悪だった。初めて一緒に眠った日には自分の弱さを自覚させられて情けなかった。まだ弱さを克服できていない彼はそれを?みしめるようにゆっくり歩く
今日まで彼らは互いに家族を失った悲しみを補い合ったのだ。間違いなくお互いのことを家族と認識していた。彼は涙を堪えて空を見上げる。
初めての浮気がばれて喧嘩をした。しこたま殴られて顔を腫らしてしばらく過ごす羽目になった。お互い仕事をはじめてからはいちいち聞かれることはなかった。だがそれまでは、はやては何かと理由をつけてジャックの傍を離れなかった。
彼は想起する。本当に色々あったのだ。幼いながらに将来を語り合って、周囲の助けもあって、未来は彼女無しには考えられないほどだ。
「チクショウ」
せめて流れる涙を見まいと目をつむり、首を垂れる。
何度も抱いた。何年も時間を共にした。それでも別れは余りにもあっけなかった。
「…」
トボトボと情けない背中をさらして去ってゆくジャック。
シグナムは見ていられないとばかりに扉を閉じた。
ークラナガン 中心部
首都の繁華街の安アパートの一室。
ソファーとテーブル、そしてベッド。目立つ家具はその程度だ。ほとんど何もない部屋。
彼女との時間を思い出してしまいそうだったので持ち物は全て新調していた。
ジャックは新たな拠点にクラナガンを選んだ。
理由ははやてとの繋がりを若干でも保つためだった。彼は未だに悪夢でも見ている気分だった。
もしかしたら、また会いたいと向こうから連絡があるかもしれない。
もしかしたら、自分に合おうと探してくれるかもしれない。
しかし、こちらから連絡を取ればストーカーのような扱いを受けるかもしれない。
彼は一縷の望みを託して居を移した。
学校へは暫く行っていない。海鳴で誰かに会うのが怖かったのだ。
彼とはやての関係は周囲に対してオープンだった。皆、彼らが将来一緒になるものと考えていた。それなのに自身の過ちで見捨てられ、無様を晒している。向こうで知り合うと一方的に同情されそうで怖かった。
別れを告げられて数か月。地球ではもう冬に入っているだろう。所謂クリスマスに近づいている。
例年はこの時期は仕事も誘いも全てキャンセルしていた。
毎年彼女と過ごしていた大切な時間だからだ。この時ばかりは家族が気を遣って2人きりの時間を作るのに協力してくれていた。
彼は思う。もう修復など無理なのではないかと。クリスマスを前に彼女がそわそわして連絡をすると予想していた。だが実際は何の連絡も無い。
「…」
彼は悲しそうな表情でテーブルに置いた通信端末達を眺める。どれもこれもはやてからの連絡の痕跡が無い。
着信したと思えば級友から。その度に肩を落とした。
「…」
外装がボロボロになった端末は幼少の頃から世話になった機体。仕事先で何度も次元間の通信を繋いではやてとの会話に利用した。
「…」
2つ折りの携帯電話。シンプルなUIの電話帳には八神の姓の連絡先が
「…」
僅かな希望ですら彼の心を傷付けた。限界を感じた彼はそれらの端末を時空間へと仕舞った。恐らく2度とそれらを見ることはないだろう。
一月前
ー地球 聖洋大付属中学校
「そっか。…ごめんね!!はやてちゃん」
泣きながらはやてに謝るすずか。
「ええんよ。あんな奴信用しとった私が悪い。すずかちゃん。怖かったやろ?こっちこそ、ごめんな」
引き合わせてしまったのは自分ではないかと思い、はやても謝罪を返す。
角から顔を覗かせて見守るいつものメンバー
彼女たちは和解した様子を見てほっとしたような顔をしていた。
はやてはすずかに対してジャックとの決別を報告した。はやては当初、付き合いたいなら勝手にしろと言い捨てて帰るつもりだった。しかしそれを告げられたすずかは驚愕し、涙ながらに彼女を引き留めた。
悪いのは自分だと。助けられ、心奪われたのは自分だと罪を告白した。彼の弱みに付け込んで誘った自分が悪かったと正直に語ったのだった。
「あいつ…ほんまにすぐ流されよって、」
苦笑いするはやて。ジャックが出ていった後のクラナガンの自宅はなにか物足りなかったのだ。ようやく、彼と連絡を取るための口実が出来始めたと考え始めるはやて。
「連絡。早く取ってあげて。すっごく、すっごく反省してた!お願い!!」
目を赤く腫らしたすずかが懇願する。すこし心がざわつくもなんとか堪えるはやて。
「ほんま?」
真面目な表情ではやては聞いた。
「うん。いくら誘ってもはやてちゃんに悪いからって断ってたくらいだよ。薬がなかったらきっと無理だったくらい」
内心薬を盛った友人に引きつつ、余計に悪いことをしたのではないかと焦るはやて。すぐに連絡を取らなければ取り返しがつかないことになるかもしれないと焦る。しかし、一方的に別れを告げた手前、どうにも連絡をとる口実に欠けると悩む
「そか…でもなんて言ったらいい?なあ。うちが振っといて、こっちから連絡するんは都合が良すぎるかな?」
はやては困った顔ですずかに相談する。
「え、えっと…」
気圧されるすずか。そう言われてもと思いどもる。
目を逸らす彼女の視界にはフェイトの姿。
「?フェイトちゃん?」
思わず友人の名前を告げるすずか。はやてもつられてフェイトへと目を向ける。
「はやては、それでいいの?」
「え?」
「…」
連絡を取るのは果たしていいことかと、揺さぶりをかけるフェイト。彼女は数年前までジャックのことを毛嫌いしていた。それがぶり返しでもしたのかとはやては疑う。
黙って目を遣るすずか。
「私がジャックを嫌いだからとかじゃないよ。はやて。」
フェイトは真剣な目で問いかける。
「はやて、ジャックは一回ちゃんと反省させないとダメだよ。」
問題を指摘するフェイト。それははやて自身も考えたことだった。関係が二度と元に戻らないかもしれないので取れなかった最終手段でもあった。
「総士に聞いたんだ。ジャックはその辺無頓着なんだって。仕事先でよく注意してたみたいだ。」
今はほとんど姿を見せない友人の名前を出すフェイト。八神家を除いて最もジャックと親しい人間は間違いなく総士だ。誰もがそう認識する間柄だった。
「!え。そんな…酷い。」
なのはが驚愕の声を上げる。
「はやて。よく考えて」
本当にそれでいいのかと心配するフェイト。
「…やっぱり、時間を置くべきなんかな?」
「うん。私はそう思う。そうじゃないといつか取り返しが付かないことになるから。長く一緒に一緒にいるつもりだよね?」
フェイトは将来のことを考えるなら一度距離を置くことを勧める。
一方ですずかとアリサは怪訝な顔をする。彼女たちは内心、本当にそれでいいのかと思ってしまう。
「ジャックなら、どうなってもはやてのところへ帰ってくると思うんだ。」
「そか。ほんなら…もう少しだけ、待つかな」
はやては手元の携帯端末を見つめる。もし、それまでにジャックから連絡があればいいのにと思いながら。もし連絡があったら思いつく限りなじってやろうと思うのだった。
フリーだわっしょい