ークラナガン ジャックの部屋
「…ぅ」
激しい頭痛に目を覚ますジャック。直前の記憶がない。天井と、部屋の入口から覗くリビングのソファーを確認してからようやく自室であると認識する。とりあえず頭痛を何とかしようとベッドから抜け出して蛇口目指して歩く。
薄目を開けながら歩くとテーブルに空いたボトルを発見する。更にもう一本、空きかけのウィスキーのボトルがある。昨夜は飲んでいたのかと思うが記憶が無い。
「ふううー」
蛇口を捻って水を注ぎ、何とか頭痛の封じ込めを図る。
「っ!」
零れた水が体を伝って驚くジャック。
「?裸…」
やけに冷えると思えば今日は裸で寝たのかと理解する。しかし酷い頭痛を治めるためにもう一杯水を飲む。
「…?」
そこで彼はおかしなことに気が付いた。何故、ソファーではなくベッドから起きたのか。酔いつぶれてそのままベッドまで歩いたのだろうかと思い、何気なく奥へと目を遣りベッドを確認しようとする
「うぅぅー」
ベッドから全裸のフェイトが這い出てくる。いつにも増して酷いさまだ。
「!なんで…」
冗談ではないと思い彼女を見る。何故彼女が全裸で自分と同じベッドから出てくるのかと驚愕する。眼前にはゆらゆらと歩みを進めるフェイト
「まさか」
ジャックは自身の股間を見る。
「…」
朝の冷気で縮こまった男性器。当然返事をしない。
そんな彼を尻目にフェイトは普段通り、手ぶらのままシャワーを浴びに風呂場へと消えた。
「なんてこった…」
パンツを履いたジャックはソファーで頭を抱える。後ろからはシャワーの音。
あろうことか今度は色々と世話を焼いてくれている人の娘を襲ってしまった。過保護な彼女に知られたらと思うと思わず身が震える。ヒステリー気味に詰め寄る彼女がとても苦手なのだ。
そしてどうやって確認を取るべきかと考える。確認を取ったら当然怒るだろう。かと言ってその事実を知ってしまうと二度と彼女の元へ帰れない気がして恐ろしい。ジャックは未だはやてを諦めきれていない。
「あの…タオルとって?」
逡巡している間にフェイトがシャワーを終える。結局彼の決心は固まらない。はやての友人に手を出した事実が重くのしかかる。すずかとの過ちがきっかけになってこのざまだ。さらにフェイトにまで手を出したとなれば、これは決定打だ。復縁はもうあり得ない。いっそのことフェイトを恋人ということにするべきなのだろうか。ジャックはそう考え始める。
フェイトが服を着て脱衣所から姿を現す。
「朝ご飯作るね?」
ジャックが座るソファーを素通りする彼女
「待ってくれ!」
「?」
フェイトが不思議そうな顔で入口から顔を覗かせる。
「昨日は、済まなかった。改めてキチンと話がしたい。」
見つめ合う両者。
「うん…取り敢えず、ご飯作っちゃうね」
そう言うと彼女は奥へ引っ込んだ。微かに顔が赤く染まっていた。
静かな食卓。テーブルには簡素な朝食が並ぶ。どれもこれもフライパンで調理できる簡単なものだ。
「それで、話って?」
「!」
手の動きを止めずにフェイトが尋ねる。ジャックは準備していたはずの言葉が出ない。
「昨日の、…アレのこと?」
「…」
気まずい空気が流れる。ジャックは全身を針に刺されたような感覚に襲われる。悪夢ではなかった。既に起こった事実だとわかってしまう。つまり、はやてとはもう二度と会えない。
「だ!大丈夫だよ!私、気にしてないから!」
彼の内面を気にすることなく、慌てた様子で取り繕う
「…」
とても気にしていない風には見えない。そんな彼女に対して覚えていないとは、とても言えないのだった。
「その…私、彼女面なんかしないよ?はやてにも内緒だから…絶対に、言わないから。」
穏やかに言う彼女は静かに涙を溜める。そんな健気な様子を見ると余計にいたたまれない気持ちになるジャック。
「いや、責任…ってのも、おかしいけどよ」
「…」
潤んだ瞳で見つめるフェイト。彼は世界に呪われているような感覚に陥る。
「付き合おうか。」
「…!…うん。」
彼女は涙を拭きながら答える。隣の彼は呆然としている。表情は全く消えている。
「知ってた?私ね?ずっと…ジャックのこと気になっていたんだよ?」
食器の片づけられたテーブルを前に、ソファーでくつろぐ2人
「…嘘だろ?」
フェイトからの告白に驚愕した様子のジャック。彼の頭の中は自己嫌悪に満ちている。
「ううん。ずっとずっと…気になっていたんだ。」
そっと彼の手を握る。
「お前…」
ジャックは想起するもそんな素振りに思い当たらない。一体いつから想っていたのか見当もつかない。
「色々あったよね?仕事も、一杯手伝ってもらったね?」
身を寄せて見上げるフェイト。とても幸せそうな顔をしている。そういえばいつからか、彼女を異性として意識できるようになっていた。最初は母親に付きまとう子供という印象だったのに。
「ああ。断れなかった」
プレシアと結託してこき使われるのはいつものことだった。もしかするとそれが好意の裏返しだったのだろうか。
「ふふっ。だって母さんだもん」
嬉しそうに笑うフェイト。プレシアに報告しなければならないことに気づくと自然と気落ちする。
「ねえ!母さんに教えてもいいよね!?」
期待に満ちたフェイトに拒否はできない。せめてもの誠意を見せようと、自己嫌悪から逃れようとする彼には首を縦に振ることしかできなかった。
「!やった」
フェイトは今まで見たこともないような笑顔を披露した。
ー地球 テスタロッサ家
プレシアに報告したフェイトから放たれた言葉、挨拶に来いって言われたらしかった。
勿論断れない。娘さんのことは遊びなので。恩人に対してそのようなことは言えるはずもない。2人は適当な手土産を手に地球へ発った。
「ただいま。母さん」
「…来たわね。まあ、上がりなさい。」
ニットにデニム。ありきたりな格好で迎えるプレシア。
「ああ。邪魔するぜ」
ジャックは平服に見えなくもない普段着を選んだ。
彼らはリビングへ通される。
「さあ、座って頂戴。」
プレシアがお茶を勧めて言う。2人はそのまま従った。対面するプレシア
「それで?…」
途端、ジャックにプレッシャーが掛けられる。口を開かねばならないような、言い難い圧力に必死で抵抗する。
「ふっ、冗談よ。私もそこまで過保護じゃないの。」
表情を一転させるプレシア。2人はほっと息を吐いた。
「ただ、娘を路頭に迷わせるようなことがあれば容赦しないわよ?」
そう釘を刺すと一気に空気が弛緩した。
「そんなに緊張しないの。ふふっ。初めて来たわけじゃないんだから。」
テスタロッサの2人が穏やかに笑いかける。何かと指導を仰ぎに来た。確かに初めてではない。徐々にジャックの緊張が解けていく。
「…フェイトに聞いたわ。仕事、再開するんですって?」
プレシアがお茶に手を付けて尋ねる。
「ああ。…もう、動ける。」
「そうなの。フリーで続けるつもり?」
何気ない風で尋ねるプレシア
「ああ。局で縛られるつもりはない」
きっぱりと言い張るジャック。フェイトはやり取りを静観する。
「そう。頑張りなさい。」
「え?」
何か言われるかと構えていたジャックは毒気を抜かれる。身内に対してはこんな感じなんだろうかと思い、隣の少女を見遣る。
「何よ。それなりにわかっているつもりよ?次元世界を移動するんでしょう?きっと特殊な気候や生き物がいて大変だわ。」
「!知ってるのか?」
意外な共通の話題に驚くジャック。
「うん。母さんは向こうの研究員だった頃に世界を移動していたんだよ?」
自慢げに補足するフェイト
「ええ。あそこはとにかく虫が大きいのよ…」
彼らは暫く異世界談議で盛り上がる。特徴を纏めて具体的に説明するプレシアにいちいち反応するフェイト。プレシアから促されて自身の体験を話すジャック。笑う2人。時間を忘れて話し込む。
「ふう…ねえ、夕飯くらい食べていきなさい。」
プレシアが徐に席を立つ。戸惑うジャック
「うん。私たちは上に居ればいい?」
フェイトがプレシアに確認する。
「ええ。できた頃に呼ぶわ。…家でするんじゃないわよ?」
「!しねえよ」
ぬっと顔を近づけるプレシアに慌てて否定する。
ーフェイトの部屋
「!おめでとう!フェイト!!」
フェイトの部屋の入り口でアリシアに捕まる。彼女はフェイトの使い魔アルフと一緒になってフェイトを部屋へと引きずり込む。
「ね、姉さん」
恥ずかしそうにしながらも抵抗しないフェイト。蚊帳の外になるジャック
「悪いね。あの2人の間にはあたしも入れないからさ。」
アルフは申し訳なさそうにジャックに詫びる。
「いいさ。俺の方こそ、フェイトを借りっぱなしだったようなもんなんだろ?」
「ははっ。違いないよ」
気さくなアルフとは馬が合う。話し込む2人
「ジャック!!あんたもこっち!!!」
アリシアがフェイトのベッドを激しく叩く。ジャックとアルフは見合わせて肩を竦めるとやれやれと従った。姉妹、使い魔に挟まれて洗いざらい白状させられる2人。特にフェイトの初々しい告白にその場の全員が顔を赤くし、妙な雰囲気となった。
ークラナガン
プレシア達と夕食を共にして、特筆することもなく、娘を頼むと言われて帰宅の途に就く。結局彼らは前の恋人のことを聞いてくることはなかった。自らの不貞を疑うようなことも無かった。自らの状況に憐れむこともなく、ただ受け入れてくれただけだった。彼はなんとなく、家族に迎えれられたような心地になっていた。
ジャックはフェイトと連れ立ってクラナガンの街を歩いている。
「ねえ」
「ん?」
フェイトがジャックの手を引いて注意を惹く
「その…どうだった?」
見上げて尋ねる。
「意外だったよ。最悪殺されると思ってた」
茶化すジャック
「いくら母さんでもそこまでしないよ!…ずっとね、母さんに相談していたんだよ?ジャックのこと」
「ああ。」
ただ、同意するしかない
「だから、今はすごく嬉しいんだ」
腕を引き寄せて頬を擦り付けるフェイト。ジャックはテスタロッサ家と秘密を共有したような気持ちになる。彼自身も協力したいような気持ちさえ湧いてくる。
「あと…私に、気を遣って我慢とか、しないでね?」
「ん?」
ジャックは訳が分からずなともに返事ができない。
「はやてとは違うから。私」
フェイトは前を見たまま答える。
「ちゃんと帰ってきてくれるなら私、浮気だって気にしないよ?」