【Rewrite】星の階(きざはし)を昇った先に 作:千月華音
篝に会う前にやらなければならないこと。
自身の無意識領域を開放し、感覚神経全てを接続。――シナプスを繋いだ。
(もう……これで……)
引き返せない。
二度と絶望などしない。固く決意を込めた。
そして。
(もう一度……やり直す)
頭の中で篝との性交手順を繰り返し再現してみた。
彼女は普通の人間とは違う。一般的な女性に対する性交ではもはや快感そのものを導けない。
篝はそれでも可能な限り人間的な反応を見せていたが、それはおそらく。
(俺の快楽を引き出すためだったんだろうな……)
自分が神経系シナプスを切断していたため、神経ホルモンが放出されずオキシトシンが生成されていなかった。
おそらく篝はそれに気づいていた。……だから辛抱強く何度も性交を続けていた。
やり直すんだ。
もう一度、最初から。
知識を紐解いてみる。
それは生物学的見地による性的見解だが、今はこの知識に頼るしかない。
(だが……)
篝は女性の身体ではあるが、性的に見るとむしろ両性具有に近い。
快楽――オーガズムに至るプロセスがまるで常識に当てはまらない。
少し考えてみる必要があった。
(ちはやの部屋に行ってみるか……)
こんな思考問題を抱えこんで悪い気もするが、彼女との思い出にも縋ってみる。
「悪いな……。だけどどうしても必要なことなんだ」
ちはやの部屋。
あまり女の子らしいものは置いてないけれど、入るだけでふわりとした甘い香りが漂う気がした。
ちはやはよく甘いお菓子を食べていた。
食べている彼女を後ろから抱きしめて求めると、嫌がったけれど結局いつも許してくれた。
ちはやの場合。
それほど絶頂は与えられなかった。あの頃の自分は女性とはそういうものだと思っていたが。
こうして幾つもの可能性世界を渡り歩いてみると、女性によって驚くほど性交による快楽への導き方が違う。
(おそらくは……配線の問題か)
女性一人一人、それぞれ快楽への配線が異なっている。男は陰茎のみでも可能だが、女性は膣全体に広範囲に渡る快楽系神経が複雑に絡み合い、個人差がかなりある。
だが篝の場合。
(自分で勝手に作るんだよ……)
悩むのはそこだった。
体組織そのものを構造的に捉えて俯瞰する篝は、好き勝手に性的刺激部位を変えてしまう。
気持ちはわからなくもない。
もし自分の立場だったら、おそらく篝と同じことをする。
そのほうが楽だから。
楽というより、より気持ちよくなれるから……?
だけど、それでは一方的な性交になってしまい、同時に絶頂感を得るには、篝の特質を組み込んだやり方をするしかない。
「どうするか……」
一方的に仕掛ける。
それしかないだろう。
一応、篝が最も感じる部位は把握してる。……おそらく感じてる。錯覚でなければ。
子宮口への直接的な尖端刺激。
何度か繰り返してみて、最大で40分以上痙攣が続いていた。意外だったのは陰核や乳首にはそれほど反応を示さなかったこと。最も女性が感じる部位であるにも関わらず。
一般的にGスポットと呼ばれる部分も探り当ててはみたが、篝の場合、もはや膣全体がそうだとしか捉えようがなかった。
本来、それはあり得ない。膣内全体が刺激を感じてしまっては出産時に相当の負荷がかかり、とても耐えきれないからだ。
つまり……。
篝を絶頂に導くためには。
たえず挿入状態にして子宮口と接触、内部刺激を与え続けるしかない。
それも篝が性的刺激部位を変えないように連続して同じ絶頂を与えるしか……。
「そんなことが可能か……?」
篝のことだから途中で飽きるような気がする。
いや、それより。
問題は自分だ。
そんなに長時間持続できるかどうか……。
体液循環と血中濃度は高めておくとしても、それだけで持つかどうか。
「やるしかないのか……」
なぜ――自分は。
こんな問題を真剣に悩まなければならないのか。
だがこれをクリアしないと、篝を回復させることができない。
やつらが言ってた通り、快楽系パルスを切断してただ篝だけを高めればいいと思っていたツケだ。
やるしかない。
心臓の負担にならないよう、通常より開閉弁を強化しておく。呼吸器系と筋組織の接合もある程度強化しておいたほうがいいだろう。
少なくともそれだけやれば腹上死は防げる……はず。
あとは篝の問題だけだが。
「なるようになるしか……」
いや、それではダメだ。考えるのを放棄するいつもの悪い癖。
今回ばかりは冗談では済まされない問題だ。
もう少し熟考する必要がある。
二人で多幸感を得るために、必要なこと。
絶頂だけではなく、もっと根本的な何か……。それを見落としている気がする。
一般的に。
不安や恐怖、絶望といったネガティブな感情は、男女間のオーガズムによって大脳辺縁系から脳幹領域の一部が停止しているという臨床結果がある。
だが女性の場合だと、これが一概に当てはまらない。男とは性的情動が違うからとしか言いようがない。
まして篝の場合。
情動そのものがないわけで。
つまり不安も絶望も彼女は感じることがない。すなわち絶頂による心身的な意味での多幸感は本来持ち合わせていない。
あくまで擬似的な精神衝動。――だが。
それが果たして本来の意味での回復に繋がるかどうか……。
ちはや(仮)の言葉では、どうも双方による性的快楽が必要らしい。
篝を本当の意味での絶頂に導くためには、自分もそうだが、彼女の情動も突き動かす必要がある。
おそらく、それはある。
何度も性交して少しずつではあるが、篝が恍惚とした瞬間に見せる至福の一部を垣間見た。
それは一種の悟りにも似たものではあったけれど。
それを得るためには、やはり彼女を常に絶頂に導くしかないだろう。
正直、かなりキツイ。
だが……やるしかない。
篝のためだ。――そして。
自分のためにも負けられない。
覚悟を決めた。
もう一度ちはやの部屋を見渡して。
そして、振り返ることなく部屋を出た。
篝は。
少しだけ待ち望んでいたような顔で瑚太朗を出迎えた。
それを見て意外に思った。
まさか篝がそんな顔をするとは思わなかった。
窓の外を見る。……雪はまだ降っていた。
つまり。
(早く回復したいと……)
雪がやめば、ある程度篝の力が戻ると思っていいだろう。
この世界の規定異常は、篝の精神状態にもよる。雨では涙、雲間の光では戸惑い、そして雪は……。
(期待感……か、もしくは高揚)
そんな顔をしている。
未知の雪原を踏みしめるような胸の高鳴り。
そんな気持ちの表れかもしれない。
期待に応えられるといいのだが。
「篝。……リボン、返すよ」
二人の命を吸い込んだリボンは、少しだけ艶が出ていた。
それを篝に渡すと、気づいたのか、不思議そうな顔で首を傾げる。
それに苦笑して篝の頭を撫でた。
「大事にしてやってくれ。俺の仲間だった人たちの命なんだ。篝に預けるよ。きっと君の役に立つと思う」
篝はそのリボンをぎゅっと抱きしめ、そして腕の一部に取り込んだ。
これでいい。
静流だけは気の毒だけど、思いは断ち切った。……迷いはない。
「篝……」
ベッドに腰掛け、傍に寄った。
肩を引き寄せる。やはり身体は少し冷えていた。
「寒くないか?」
首を振る。
そもそも篝は体内組織の組み換えが出来る。寒さや暑さは感じない。……でも。
それをされてしまうと、こちらとしても困る。
あらかじめ言っておかねばならなかった。
「これから君とするのは、さっきとは違うやり方だ。だから多少辛くなるかもしれない。それでも痛覚を遮断しないで欲しいんだ。できれば痛みも快感として感じて欲しい。……できるか?」
篝はきょとんとしていた。
意味は通じているが、実感がわかないのだろう。
いやでもわかるようになるけれど。
「いろいろ考えたんだけど、篝を回復するにはこれしかないと思う」
篝の腹部に手を当てる。
ちょうど子宮のある辺り。
そこを撫で擦るように触れた。
「ここの感覚を麻痺させる。君が一番感じる部分だけど……。かなり刺激させないと達せられない。だから痛みも伴う。……それを遮断しないで欲しいんだ」
篝は。
ダメだというように首を振った。
防御機能が働くのだと言いたいらしい。
「それなんだけど……。快感が痛覚を上回れば問題ないと思う。出来るだけ俺もそうなるよう頑張ってみるから」
篝の頭を引き寄せ、口づけた。
戸惑いと躊躇いが唇を通して伝わってくる。
だけど理解して、受け入れて欲しかった。
「篝……」
唇を離し、再度顔を近づける。
彼女は小さく囁いた。圧縮された言語で。意味はわからなかったが、言いたいことは伝わった。
たぶん、こういうことだろう。
「それはね」
篝の耳元で囁く。
睦言のように。
「篝のことが、好きだから」
――どうして、そこまでするの?
そう言ったのだ。きっと。
風の音がした。
窓の外を見る。嵐が吹いていた。今度の精神状態はわかりやすい。
(まだ回復は無理か……)
篝を見下ろす。
自分の身体の下でずっと痙攣して身悶えているが、まだ痛みが伴っているのか辛そうな表情をしていた。
リボンの防御機能は今のところ働いていない。これは想定内だった。攻撃しているわけではないのだから。
尖端刺激を繰り返す。
時折回すように動かし、潜り込ませていく。
篝の目が見開くたびに口づけた。痛みを誤魔化そうとして。だけどもう、痛み以外の何かはとっくに過ぎている。
篝の絶頂はずっと続いていた。
きっと彼女は達している感覚ではないのだろう。嵐はその表れだ。早く過ぎ去って欲しいとでも言うかのような。
どうすれば快感だと思ってくれる?
そう思って篝の膣内全体を刺激するように動かしてみても、子宮口を突くたびに痛みに摩り替ってしまう。痛覚を遮断しないのは有難いけれど、これは痛みではないのだとわからせてあげるにはどうすれば……。
これが例えば娘の場合。
彼女は快楽には素直だった。感じる部位は今の篝と同じで、そこを刺激すれば痛みを快感に摩り替えて感じてくれた。
おそらくは女性本来の持つ享受性によるもの。
娘がそうだったが、陰核付近の膣壁が一番敏感で、そこを刺激しつつ奥を突くと面白いほどよがり続けてくれた。
同じことを篝に試してみても効果がない。
性感帯が違うのだとしか思えない。――あえていうなら。
(篝が絶頂感を勘違いしているとしか……)
そもそも人間ではないのだから、理解する必要もない感覚だ。
だけど。
理解してもらわないと困る。
「……篝」
腰の動きを一旦止めて、顔を覗きこんだ。少し恨みがましい表情をしている。
なんだか切なかった。気持ちよくなってもらいたいだけなのに。
「お願いがあるんだけど」
「……」
「分析しながらやるの、止めて欲しい。気持ちはわかるけど、何も考えずにやったほうがたぶん理解できるんじゃないか」
「……」
「うん。痛覚遮断は禁止な。今の状態のままで頭からっぽにしてくれると有難い」
「……」
「いや、バカにしてるとかそういうわけじゃないから。ただその、人間ってそういうの考えてやってるわけじゃないからさ」
篝は納得できないとでもいうかのように顔を背けた。
……困った。
研究熱心なのは性格なんだろうか。未知の感覚とでも呼ぶべき痛覚以上の何かを知りたいと思っているようだが。
ただ感じたままでいいのに、篝はそれを数値的に捉えてしまう。
最初の性交のとき、あれは痛覚を遮断していたから、快楽を勘違いしたまま今までそれが続いていた。
そのツケがこうしてまわってきている。
思い出してみよう。この際誰でもいい。
(草薙……)
なんで彼女の顔が思い浮かぶのか。
草薙鏡花。ガーディアン時代に一度だけ寝た。そんなに印象深いセックスだっただろうか。いや、ベッドの中でどう喘いでいたのかも覚えていない。
だけど今、ふいに思い出した。
……そうだ。あのとき初めて、同時に達した。
フィーリングが合ったのだろうか。別に深く愛し合ったわけではないけど、たまたま二人同時に絶頂して、同時に気を失った。
あのときの感覚は確か……。
(篝に通じるだろうか)
やってみるしかないか。
「篝、少し体位変えるけどいいか?」
一応断ると、篝は動きを合わせて横向きになってくれた。脚を広げて抱え上げる。
少しキツイ体勢だけど、確かこのままの状態でやっていくと自然と背後から突くようになっていった気がする。
あとは成り行きにまかせれば……。
「そのまま動かなくていいからな」
そう言って、篝の腰を片手で押さえつけた。
動きを再開する。
中はすっかり馴染んでいるので抵抗はほとんどない。この体勢でも問題はなかった。
上下だけではなく回すように少しずつゆっくりと動かす。時折奥を突く動きをまぜながら。
篝の息が少しずつ上がっていった。
やっぱり体位だけで大分違う。苦しいくらいのほうがむしろ気持ち良さを求めようとする。このままの状態ならいけるかも。
篝の脚をもっと高く持ち上げた。
「……っ」
それだけで内部が激しく収縮する。……やばい、気持ちいい。いきそう。
だけどまだ我慢しないと。
まとわりつく襞の感覚を無視し、ひたすら篝の感覚を追った。どこを突けばいいのか探りながら動かしていく。襞全体が蠢いてまるで魔窟のようだった。だけど無視だ無視。
無心になれと心の中で繰り返す。いくのは二人で同時じゃないと意味がない。
膣内部の圧迫刺激が強まっているのは、おそらくこれが快感に繋がっているから。だからこのままでいいはず。
動きを早めた。
水音が絶え間なく続き、染み出している愛液が動きを助けてくれていた。それが嬉しくて篝の唇を奪う。
「……!」
キスしたと同時に篝が達した。……でも、まだ痛みと勘違いしている。
胸をきつく愛撫する。やはり感覚は痛みを伴っていた。ならば、とさらに突き刺すように挿入し、ひたすら篝の子宮口をこじ開けていった。
すると次第に――表情が。
「篝……」
膣内の震えるような動きと、篝の多幸感溢れる表情が合わさった。
やっと絶頂を感じてくれた。
もう待つ必要もなかった。さらに激しく突き動かし、奥へ奥へと潜りこませる。篝の中は摩擦による刺激だけで感じてくれていた。
子宮口に亀頭を突き挿れると同時に射精する。
篝がビクビクと震え、腕を伸ばしてしがみついてくるのに応えて抱き合った。
快感を共に味わっていた。
「篝……今の感覚、わかるか?」
分析結果ではなく、感覚としてわかるかという意味で問いかけると、……なんと。
篝の表情に恥じらいが。
羞恥心。
それは人間の感情を表しているものだった。
つまり……。
窓の外を見る。――夜が、戻っていた。
篝の力がよみがえった。
「そっか……。これでよかったんだ」
ホッとしたように呟くと、篝はもう一度、というかのように口づけを求めてきた。
応え、そして、繋がりを深める。
今度はもうどのような体位でも彼女に快楽を与えることができそうな気がした。
「じゃあ、……第二ラウンドいきますか」
まだ気力は十分あった。――むしろ。
これからが本番だった。
森の一角。
そこでひとつの現象が起きていた。
桜の木。
それが辺り一面に咲き誇り、夜の世界に花びらをひらひらと舞い散らせていた。
to be continued……