※この作品はR-18です。

【Rewrite】星の階(きざはし)を昇った先に   作:千月華音

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第三十二章:変貌

 

 

「なんで……っ?!」

 枕を投げつけられた。

 訳がわからず、ただ彼女の困惑と怒りをぶつけられるまま、ベッドから一歩も動けなかった。

 なんでと言われても、そんなこと自分が一番知りたい。

「……っ! やめろ、よ! それ携帯……!」

「あんたのせいよ! あんたと寝たから……っ!」

「知るかよっ! 大体誘ってきたのはそっちだろっ?!」

 図星をさされ。

 彼女は顔を真っ赤にして瑚太朗を押し倒し、首を絞めつけてきた。

「うっ、……ぐぅっ」

「あんたさえ……あんたさえいなければ……っ!」

 涙が瑚太朗の頬に落ちる。

 悔しいのか。悲しいのか。辛いのか。

 ただ彼女の激情に身を任せ、抵抗することもできず、首を絞め続けられて。

 死をこの時、覚悟した。

(俺さえ……いなければ……)

 いなければいい。

 本気でそう思う。

 刹那的とか厭世的とか、そんなありきたりの感情ではなく。

 世界に――たった一人。

 その孤独と絶望をこれ以上抱えこんで生きていられる気がしない。

 殺すなら早く殺して欲しい。

 そう思って目を瞑った。

 ――なのに。

「……んっ」

 涙の味がする口づけ。

 彼女は――草薙は。

 泣きながら瑚太朗の唇をこじあけるように口づけていた。

 

 

 

 

 

 

 薬指の細いリボンが微かに光った。

 光るというより――点滅。蛍の光みたいな。

 篝が呼んでいるような気がした。

「もしかして……」

 このためにつけたのだろうか。連絡用に。

 だとしたら。

「……。信用されてないってことかな」

 複雑な気持ち。

 確かに、始終いつも一緒にいるわけではないが。

 どこにも行く場所など――篝の傍以外にいる場所などないというのに。

 だが……。

(一緒にいると、どうしても……)

 篝が求めてくる。

 つい流されてしまっているが。

 自分としては、彼女の姿を見ていられるだけでも満足だった。

 篝が恋を解析し終えたらきっとおさまるだろう。

 そう思って待つつもりだった。

 たぶん、それは。

 娘が自分に告白してきたとき、教え諭したときと同じ気持ち。

 恋愛感情というより父性愛。

 それだけのつもりだったのに。

(あの後……鍵が現れて……)

 自分の気持ちに気がついた。

 そして一線を越えて――。

「…………」

 同じ道を辿っているのだろうか。

 繰り返しているだけなのか。

 わからない。

 篝に対して、もはやどんな想いもすべてを凌駕してしまっていて、自分の気持ちすら掴めない。

 ただ好きなだけなのに。

 なぜこんな、複雑な解析不能な難解な、わけのわからない想いをもてあましてしまうのか。

 もしかして、篝も――。

 同じ想いを抱いているのだとしたら。

「俺以上に……悩んでいるのか」

 なまじ人間ではないだけに。

 人間である自分ですら、わからないこの想い。

 無理だ。

 篝にすらどうすることもできないのに。

 繋がりを深めるしかないのだろうか。

 それに縋る篝を――とめることなど出来ない。

「篝……」

 会話がしたい。

 彼女の言語を理解できるようになりたい。

 それには。

 もう――十段階以上。いや。……下手をすると、数百。

 それ以上の跳躍が必要になる。

 そうなってしまっては、もう……。

(人間じゃなくなる……)

 すでに、人間としての感覚が失われつつある。それをさらに喪失することになる。

 恐れはないが。

 篝への想いを捨ててしまう可能性を否定できない。

 篝に近づくことすら出来ない。

 人間である身が――もどかしかった。

 

 

 

 

 

 

 篝のいるヒナギクの丘。

 月の光が暖かく感じられた。いつもこの丘で愛し合うからだろうか。

 篝は瑚太朗の姿を見て、嬉しそうな顔で微笑んだ。

 それだけで胸の中が幸せに満ち足りていくような気がした。

「ただいま」

 声を掛けると、手招きしてきた。もっと近くに来てと言っているらしい。

 何かいいことでもあったのだろうか。

 篝の傍に近づく。

 リボンがもどかしいとでもいうかのように、瑚太朗に巻きついてきた。

「お、おい」

 そのまま引き寄せられる。

 まるで地引網にかかったし魚(うお)のよう。

 ここ最近、彼女はこうやって瑚太朗を絡めとる行為をしてくるようになった。篝なりの愛情表現らしい。

(嬉しいけど……)

 情けない。

 でも悪い気は全然しなかった。

 つまり――。

(こういう、押しの強い女が……好みってことか)

 朱音のときもそうだった気がする。

 娘の篝も、我儘だった。

 思えば、ほとんどの女性が……。

(進歩ないな、俺も……)

 篝は瑚太朗を引き寄せると、腰にしがみついて顔をすり寄せてきた。

 匂いを嗅いで安心している。

 どこにも行くなと言っているかのようだった。

「ごめんな。ちょっと用事があってさ。……それは?」

 篝の手のひらの上に、虹色に切り取られた理論の一部が乗っていた。

 どうやらそれを瑚太朗に見て欲しいと言っている。

 触れるのに、ちょっと躊躇った。

「これ……大丈夫か?」

 篝には何ともなくても。

 自分が触れると精神の一部が壊れてしまう可能性がある。

 そうなってはもう復活できないし、何よりたとえ精神の一部だろうと壊れてしまうと。

 世界そのものが破滅する。

 それを恐れて躊躇った。

「……」

 篝は、大丈夫、と瞳で語っていた。

 それを信じて触れてみる。

 すると――。

「……っ」

 眼前に繰り広げられた光景。

 それは収穫祭。

 風祭市で開催される年に一度のカーニバル。その前夜祭の夜。

 一人の少年が歩いていた。

(俺……?)

 高1の頃だろうか。一人ぼっちで歩いている。

 小鳥は森へ行ってて行方不明。

 友達もいなく、ふてくされていた。

 あまり思い出したくないのに。

 そう思っていたら。……少年の手を引く、一人の少女。

 鍵だった。

(え……っ?!)

 瑚太朗の手を引き、祭りの喧騒の中を連れまわしている。

 周りの人間には少女の姿が見えていない。姿形も、間違いなく鍵だった。

 まるで覚えていない。

 しかもこの頃、鍵は洲崎一味に捕らえられて監禁されていたはず。

(抜け出したのか……?)

 たまに逃走したことがある、と洲崎が語っていたような気がする。

 洲崎としてもそのたびに必死になって再捕縛したのだろう。収穫祭はガーディアンの警戒網が強くなる。

 鍵は。

 瑚太朗と一緒に祭りを楽しんでいるようだった。

(覚えていない……)

 それともこの記憶は。

 まだ収束しきれていない因果の欠片なのか。

 篝を見る。

 なぜ自分にこの記憶を見せたのか……。

 続きを見て、と促している。

 篝の意図が掴めなかったが、そのまま二人の様子を観察した。

 ちょうど監視カメラで焦点を合わせて追うように。

 前夜祭が終了する寸前にあがる花火を見上げて。

 鍵の横顔をジッと見つめていた瑚太朗が。

 そっと――。

 その唇を盗んだ。

「…………」

 鍵はきょとんとしていたが。

 背伸びをして、再び瑚太朗にキスを返した。

 端から見てもそれは微笑ましい、若い恋人同士のような仲睦まじさ。

 だけど……。

(鍵、が……)

 明らかに瑚太朗に対して。

 恋の意思表示をしている。

 こんなこと……いくらなんでもありえない。

 この記憶は、本当にあったことなのか。

 篝の紡ぐ命の系譜は、すべて現実にあったこと。

 たとえ記憶になくても、これは現実だった。

 鍵が、人間に恋をする。

 それは――。

「可能性は、あるんだな……?」

 こくり、と篝は頷いた。

 その切り取られた枝を、篝はそっと、再び理論の中に忍ばせた。

 枝から先は見えなくなっている。

 まだ可能性は残されているということだった。

 篝もまた。

 自己の可能性を追い求めようとしていた。

 瑚太朗が現れた。――その奇跡のような出逢いに一縷の望みを託して。

 

 

 

 

 

 

 瑚太朗の胸に寄り添って眠っていた篝が。

 ふと目を覚ました。

 隣にいる男の寝顔をジッと見る。

 そして、何かを思いついたかのように――。

 指を空中に向けて動かした。

 それは……。

「……瑚…太…朗……」

 名前だった。

 漢字で、一文字ずつ、空中に光の軌跡を描いた。

 それは彼女が初めて。

 人の固有名詞を、存在としての意味を、捉えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

to be continued……

 

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