【Rewrite】星の階(きざはし)を昇った先に 作:千月華音
「ちーっす。……会長?」
部室に入ると。
いつも正面の机でゲーミングパソコンを弄ってる会長がいなかった。
その代わりというか、甘いお菓子の香りが漂っていた。
「もぐ。あ、朱音さんなら、もぐもぐ、なんか先に帰りましたよ」
見ると、ちはやがいつもの低位置で、何やら焼き菓子を頬張っていた。
それにしても、いつもこいつはなんか食ってるな。
「ちぇー、せっかく部活しようと思ったのに、肝心の会長がお留守かぁ」
小鳥は委員会とやらで逃げられた。
静流も用事があるとかで断られた。
静流とセットのルチアも、そんなわけでついてくるはずもなく。
ここにいるのは、俺とちはやだけ。
これじゃ部活にならん。
「むっ、なんですか。もぐ、私じゃ、ダメなんです?」
「あのね、まず、そのもぐもぐ言うのやめれ。食べながら喋るんじゃありません」
どかっ、とちはやの隣に腰掛けた。
いつもは小鳥がいる場所だが、その小鳥がいないわけだから、俺が座ったっていいだろう。
しかし。
ちはやは心なしか俺から離れた。
「ちょっと、なんで避けるの」
軽く傷つくんだけど。
ちはやはバツが悪そうな顔で俺から視線を逸らした。
「だ、……だって」
「ははあ。こないだ俺が告白したの、気にしてくれてるんだ?」
保健室で抱きしめて交際をお願いしたが。
その後、変わったといえば、何も変わらん。相変わらず教室ではいつもの喧嘩するやり取りだけ。
俺もそんなちはやにからかってばかりいる。
このままでは何の進展も期待できそうもなかった。
しかし、――これはチャンスじゃないか。
この場には俺とちはやしかいないわけだ。
誰か邪魔者でも入ってこない限り、だが。
「……っ! だ、だって、瑚太朗、からかってばかりじゃないですか!」
「俺としてはスキンシップのつもりだったんだが」
「ど、どこがですかっ!」
「あのね、好きな娘ほどからかいたくなるもんなの。恋愛の基本だよ」
「そ……そうなんです?」
首を傾げて俺を見てる。
その仕草がまるでハムスターかなにかの愛玩動物のように可愛らしかった。
「そういうの、……よくわからない、です」
「少女漫画とか読まないわけ?」
「はあ。あんまり。小説なら読みますけど、恋愛とかじゃなくて」
「どんなの?」
「ホラーとかミステリーです。あとSFとか、文学とか、古典なんかもです」
「…………。それは恋愛はないわけ?」
「だから、恋愛小説は読まないんです。読んでもよくわかりません。あ、ホラーならたくさん読みますよ。よかったら貸しましょうか?」
「結構です」
殺伐としたものを読んでる娘だなあ。
あの男の趣味だろうか。咲夜とか言ったか。いかにも読みそうな気がする。
「面白いのに……」
「ちはや、もしかしてホラー映画も好き?」
「はい! SAWっていうシリーズがですね、とても面白くて。朱音さんから借りた映画なんですけど、もうどうやって人を殺すかという、様々な殺し方がありまして」
「待て。会長からなんてものを借りてるんだ」
「はい? 他にもCUBEって映画が、ありとあらゆるトラップで人を惨殺して、硫酸で顔が溶けたり、全身をサイコロに刻まれたり」
「ストップ! やめい! 俺、そういうの苦手なの!」
ちはやの口を両手で抑えた。
もがもが、とまだ喋り足りなさそうにしている。放っておくとこのままどこまで喋る気なんだ。
仕方ない。
多少強引だが、ちはやの両手を掴み、そのままソファに押し倒した。
驚いて何か叫ぶ前に、無理やり口を塞いだ。
「……っっ?!」
隙だらけ。
キスがこうも簡単にいくとは。小鳥も隙あらばとキスしたが、あいつは俺を蹴り上げた。それも急所を。ちはやはどう出るだろうか。
口の中をこじあける。
こじ開けられちゃった。抵抗がまるでない。驚いてそれどころじゃないのか。
ほら、舌を絡ませてやる。
絡ませてやっちゃった。女の子の舌を、あっけなく。なんだなんだ。どこまで許せるんだ。
……甘い。
そうか、焼き菓子の味だこれ。だけどそれだけじゃない。唾液が甘いんだ。俺、こいつの唾液に欲情してる。
ちはやがようやく目を剥いてきた。
正気に返ったか。……ちっ。もうそろそろやめとかないとマズい。嫌われてしまう。
ということで、もったいないがここまでにした。
初キスはお菓子の味だったわけだが、これはこれでいい思い出になる。
「ふ、わ、わわわ」
なんか変な喘ぎ声。いや、これ、喘いでるみたいな声だけど、ただの驚いた声か。
ふう、と涎を拭きながら起き上がると、ちはやがまだ目をパチパチと瞬きしながら、呆然としていた。
「もうそういう話は禁止な」
「…っ!! こ、瑚太朗っ!!」
「はい」
「な、な、なに、したんですかぁっ!!」
「なにって、キスだけど」
「ちょ、キスって、そういうふうにしていいものじゃ、ないでしょう?!」
「そういうふうって?」
「だからっ、物理的に、口を塞ぐとか、そんなふうにしますか普通?!」
…………。
黙らせる手段でキスしたことを咎めてるのか。
つまり、そうじゃなければオッケーってことか。
よしわかった。今度からは普通にキスしてやろう。
「じゃあ、俺と付き合ってくれる?」
「……っ」
「俺と恋人同士になってよ。そうしたらいくらでも甘いキスをしてやるから」
「そ、それとこれとは、違いますっ」
「なんで? 付き合ったら別に、キスしてもいいだろ」
「……っっ!! も、……もう、帰ります!」
ちはやが口を思いきり拭って、部室を出て行った。
……嫌われたかな。
でも顔が真っ赤になっていた。照れているようだった。あれは拒絶していない顔だ。
と思いたい。
なにせ小鳥に振られまくってるからな……。いまいち自信が。
やるんだ。
今度こそ、小鳥みたいに逃がしたりしない。
ちはやに俺のことを好きにさせてみせる。
「やー、ようやく委員会終わったから来たよー……って、あれ? 瑚太朗くんひとり?」
小鳥が部室に入ってきた。
きょろきょろと見渡している。俺しかいないことに気づいた小鳥が、すぐに顔を強張らせて回れ右をした。
こいつは。
そんなに俺を警戒しとるのか。
「帰るぞ、小鳥」
「あ、そう? まだ早いけど、あたしたちだけじゃ部活できないしね。じゃあ帰ろ」
すでに鞄を持ってきている。
準備のいいことで、と思いながら部室を出ると、小鳥が背を向けて歩き出した。
……なんというか。
何回もこいつのキスを奪ったせいか、こう警戒されると軽く傷つく。まあ俺が悪いんだが。
校門を出たところでようやく小鳥が俺の方に振り向いた。
「ねえ、ちーちゃん来てなかった?」
俺の顔を窺うように訊いてきた。
来ていたらどうだと言うんだ。とりあえず嘘つく必要もないから正直に言った。
「いたけど、すぐ帰ったぞ」
「そう。……やっぱりあれ、ちーちゃんか。なんか顔真っ赤にして走ってた」
「そうなのか?」
小鳥と入れ違いだったのか。
顔を真っ赤に……。もしかしてファーストキスだったのか。
なら、ますますチャンスはある。
「瑚太朗くん。……ちーちゃんに、なんかした?」
…………。
どういう意味だ。
俺がちはやに手を出したという意味だろうか。
その通りだけど、正直に言ったら、こいつ、どう思うだろう。
この際だ。
小鳥の気持ちも確かめてみるか。
「キスしたけど」
「……っ!」
小鳥が。
一瞬、目を見開いた。
……どういう意味かわからないな。驚いているが、嫌がってるとか、怒ってるとか、そんなんじゃない。
「ど……どういうキス?」
「小鳥にしたみたいなキス」
「……っ」
「口をこじ開けて舌を絡ませてやった。お菓子の味がしたけど、おまえなんかと違ってろくに抵抗しなかったな」
「…………」
怒るかな。
そう思って下から小鳥の顔を覗きこむ。……だが。
にっこりと笑みを浮かべて俺の頭を「てい」と言って叩いた。
「なんだよ」
「ちーちゃん、泣かせたらダメだよ。あたしなんかと違って、そういうのに慣れてないんだから」
「へえ。おまえは慣れてるのか」
「そりゃ何度もセクハラされてますから」
「そのたびにうまくかわしてるくせに」
「あたしはともかく、ちーちゃんにセクハラしたらダメなんだからね。するならちゃんとお付き合いしなさい」
「そのつもりだよ。交際を申し込んだ」
「……!」
「返事はまだだけど、もう待つつもりもない。俺はさ、小鳥。もう待つのに疲れたんだよ」
「…………」
「なんなら今すぐにでも俺ん家に行って、俺とセックスしてみる? 遠慮なんてしないからな。おまえのこと、ずっと前から欲しかったけど、そんな覚悟もないだろ」
「…………」
「どうするよ? その気があるならおまえの手を引っ張って連れて行くぞ。ほら、家に着いた。どうする? 俺と来る?」
「…………」
「はいはい、わかったよ。意地悪言ってごめん。だけどさ、それくらい本気なのに、おまえちっとも応えてくれないから」
「……なの?」
「ん?」
「ちーちゃんと、セックス……するつもり、なの?」
…………。
そうか。
小鳥のやつ、後悔してるんだ。俺がちはやに手を出したから。
少しでも俺のこと気があったと思っていいのかな。
「するよ」
「……っ」
「付き合って、いくべきところまでいこうかと」
「…………」
「小鳥。おまえのことは好きだよ。だけどいま、俺と一線を越えられないのなら、俺はもう諦める。ちはやのことを好きになる。いま選んでくれ。俺はおまえの気持ちが知りたい」
「い、いま……?」
「いますぐ」
目の前にある俺の家を見上げている。
そして俺の顔も交互に見て。
小鳥の顔が揺れていた。
そして――。
小鳥は、背を向けた。
「……ちーちゃんを、よろしくね」
「小鳥」
「あたしのこと、好きなら、……それでいいの。でもちーちゃんのこともちゃんと好きになってあげて」
「そうするよ」
小鳥が小さく微笑んだ。
泣き顔を堪えているように見えるのは、おそらく気のせいじゃないだろう。
不器用なやつ。
だけど、こいつ、ちはやのことも好きなんだろうな。
「もう、……遊びに行かないからね」
「わかったよ」
「ちゃんとベランダのお花、手入れしなきゃダメだよ。一人でもご飯、ちゃんと食べるんだよ」
「わかったってば」
「えっちな本とか、ちーちゃんに見せちゃダメだよ」
「エロ本はお袋が捨てた」
「ならいいけど」
エロゲとかエログッズはちゃんと見つからないところにしまってる。
グラビア誌が捨てられたのは痛かったが。
「明日から、ちゃんと普通の、クラスメイトだからね」
「幼馴染のだろ」
「瑚太朗くん。それちーちゃんに言っちゃダメ。異性の幼馴染ってね、そのまま惹かれ合うものなんだから」
「へいへい」
おまえはそうならなかったけどな。
「瑚太朗くん」
「ん?」
「一生懸命……生きてね」
「……は?」
「えっちなこと、ばかりじゃなくて……。自分をちゃんと確立して、他人を思いやって……」
「……小鳥」
「あたしのこと、愛してるとか、もう電話でも言わないで。……ちーちゃんに、それは、言ってあげて」
「……ああ」
「じゃあ、……また明日」
いつもと同じ、変わらない笑顔。
だけど小鳥のなかで何かが吹っ切れたような、そんな笑顔だった。
……もったいなかったけど。
たぶんこれが最後のチャンスだった。
だけど、これでいいんだ。
あのまま小鳥を抱いていたら、きっともう引き返せない――そんな気がする。
過去編ですが、一旦ここで終わります。
別の構想が浮かびました。
次回から小鳥編になります。(ちはやは?)