※この作品はR-18です。

万由里ハーフアウェイク   作:サイエンティスト

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 突然書きたくなって書きました。大好きなロリじゃないけど書きたかった。
 前編はデート+α話。
 出来とか展開とかは……あまり保障しません……。



万由里リメンバー

「あれ……?」

 

 ふと気が付いた時、士道は夕暮れ時の校門前に立っていた。

 現実から何の前触れも無く夢の世界に引きずり込まれたかのように、意識がはっきりしない。

 しかし白昼夢にしては何もかもがリアルだ。

 下校する生徒達の喧騒や、夕日が届ける弱々しい光、頬を撫でる冷たい風の感触、それら全てが間違いなく現実だと語っている。

 にも関わらず、この現実には何か大きな違和感を覚えた。

 例えるなら眺めていた歴史上の絵画に突如何かが書き加えられた、あるいは絵画そのものが別の歴史上の絵画に改変されたというのに、それに気付けないでいるような非常に大きくもどかしい違和感だ。

 

「――ねぇ、士道。聞いてる?」

「ん……?」

 

 違和感の正体が何なのか頭を悩ませていると、不意に後ろから不機嫌な声を投げかけられた。

 振り向いて見ると背後には一人の少女――万由里がいた。

 薄く夕日の色に染まった純白の制服を身に纏う、長い金髪を持つ少女。

 その微かに赤みがかった瞳は無愛想に細められ、機嫌の悪さを示すようにサイドに結ったテールが猫の尻尾の如く揺れている。

 その姿を目にして違和感の正体を理解した士道は、やっと気分がすっきりした。

 ただ気分がすっきりしても、今まで忘れていたことに対しての罪悪感に心が重い。

 

「ああ、聞いてるよ。どうしたんだ、万由里?」

「約束、忘れてないわよね」

 

 夕日に当てられているせいだろうか、尋ねてきた万由里の頬は僅かに赤みが差しているように見えた。

 まぁ本当に恥ずかしがっていても不思議ではない。

 校門には未だ下校する生徒達がいるのだから、この場でその約束について話をするのは居心地が悪くて当然だ。

 なので万由里に歩み寄り、囁くようにして答えた。

 

「ああ、もちろん覚えてるよ。放課後にデートする約束だろ?」

 

 実際にはつい先ほどまで忘れていたのだが、それを言うと怒られそうなので黙っておく。

 しかし何故こんな大事なことを忘れていたのか、その辺りのことはいまいち分からなかった。

 

「そ。分かってるなら、早く行きましょ」

 

 無愛想に頷き、万由里はさっさと士道の隣を足早に通り抜ける。

 やはりいつまでもこの場にいるのは恥ずかしいようだ。

 それに気づいた士道はふとイタズラ心が芽生え――

 

「待てって、万由里。ほら、一緒に行くんだろ?」

「っ……」

 

 その背に駆け寄り、様々なマスコット付きの鞄を提げる腕とは反対の手を握った。

 そしてこれ見よがしに指を絡め、解かれないように力強く掴む。

 当然周囲はそんな光景を見逃さず、口々にはやし立てたり念仏のような呪詛を唱えたり、マジひくわーと様々な反応を示す。

 万由里は表情では平静を装いつつも、羞恥からか絡めた指を確実に強張らせていた。

 

「良し、じゃあさっそくデートに行こうぜ。万由里はどこか行きたいところとかあるのか?」

 

 にやけてからかいながら尋ねると、絡めた指が怒りを示すような力で握り返される。

 とはいえ女の子の力なので、ちょっと痛いが耐えられないほどではない。

 効き目が薄いと悟ったらしい万由里は、手の力を抜くと士道に一瞬挑戦的な瞳を向けてきた。

 

「ん、一つだけある。士道が前から私を連れて行きたがってたランジェリーショップ」

「な!?」

 

 万由里が繰り出してきたのは、まさかの捨て身の反撃。

 決して大きくない万由里の声が周囲にざわめきとなって広がり、非難の視線と嫉妬の視線が士道に集中する。

 

「私の下着姿をじっくり鑑賞したがってたでしょ。本当は行きたくないけど、士道に逆らったらそれよりも恥ずかしい目にあわされるから、これから仕方なく行くことにしたんだ。本当は行きたくないのに」

「ま、万由里! 分かった、俺が悪かったから! 早くここから逃げような!?」

 

 突き刺さるような鋭い視線に冷や汗を流しながら、士道は慌てて降参を宣言した。

 社会では女性に痴漢呼ばわりされれば、根拠が無かろうと犯罪者のように見られてしまうのだ。

 万由里の反撃を許した時点で、士道の負けは確定している。

 立場が弱い男である士道は、すぐさま万由里の手を引いて逃げ出した。

 後ろからは変態だとか最低だとかマジひくわーだとか色々聞こえてきたが、無視してそのまま商店街の方に走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女の子を公衆の面前で辱めるなんて最低」

「わ、悪かったって言ってるだろ……お前こそアレはないだろ、アレは……」

「確かにちょっと言い過ぎたことは認めるけど、当然の報いよ」

 

 夕暮れ時の多少込み合う商店街で、士道たちは寄り添って歩いていた。

 万由里は少し不機嫌になっているが、手を離そうとはしていない。

 指は校門前から今も絡めたままで、繋いだ手を軽く握り返してきている。

 何だかんだ言いながらも手を握られること自体は嬉しかったのだろう。

 

「それで、本当のところはどうなんだ? どこか行きたいところはあるのか?」

「ん、さっき言ったでしょランジェリーショップ、って。話聞いてなかったの?」

「それ口から出任せじゃなかったのかよ!?」

 

 まさかの事実に士道は驚きを隠せなかった。

 万由里は多少頬を染めつつも更に続ける。

 

「ちょうど新しい下着が欲しかったから。せっかくだし、今買っていこうかなって思って」

「あ、ああ、そうか……じゃあ、俺は外で待ってるからな?」

「それじゃ一緒にきた意味ないでしょ。デートなんだからちゃんと士道も一緒に入って、男の視点から士道の意見を聞いて、答えに詰まる士道を辱めないと」

「途中までは分かるけど最後の一つおかしいよな!?」

 

 口の端を吊り上げてさも面白そうな微笑みを浮かべている万由里。

 もしや士道を辱めるためだけにランジェリーショップへ行こうとしているのではないだろうか。

 

「でも一度入ったことあるじゃない。今更純情ぶっても遅いわよ」

「それは、まぁ……」

 

 あくまでも拒否を示す士道に、決定的な一言を告げてくる。

 それを引き合いに出されれば頷くしかなかった。

 

「分かったよ。一緒に入れば良いんだろ? けど辱めるのはなしだからな」

「ん、分かれば良い。じゃあ、入りましょ」

 

 さり気なく注文には答えず、万由里は士道の手を引いて目的地へと連れて行った。

 ランジェリーショップは当然ながら女物の下着だらけの店だ。

 男一人で入店すれば正気を疑われて通報されるかもしれないが、女の子と一緒なら大丈夫なのは経験から分かっている。

 とはいえ店員や客の女性からの冷めた視線はどうしようもない。

 士道は針の筵に座る思いで、わりと楽しそうに下着を選ぶ万由里の背に隠れていた。

 

「あ、これ可愛い。士道、これどう思う?」

「まぁ……かなり子供っぽいけど可愛いな。万由里はそういうのが好きなのか?」

 

 万由里が見せて来たのは横縞模様の入った黄色と白のショーツ。

 ちょうど琴里あたりが履いている下着に似ていて、かなり子供っぽい。

 それを選んだ辺り、もしかすると万由里も似たようなものを履いているのかもしれない。

 万由里は首を横に振ると、手に持った下着を何故か士道の眼前でひらひらさせるてくる。

 

「そういうわけじゃないけど、士道はこれが好きらしいからどうかと思って」

「どこから来たんだよその嘘情報!?」

「琴里が教えてくれた。士道はいつも琴里の下着を覗き見てにやにやしてるって。だからほら、これ欲しくなってきたんじゃない?」

 

 無表情で再び下着をひらひらさせる万由里。

 表情のせいで悪ふざけをしているのか本気で信じているのかいまいち判断がつかない。

 

「いらねぇよ! ていうか自分から覗いたことなんて一度もないし、むしろあいつが見せてきてるんだからな!?」

「あ、いらないんだ。でもそれって新品は嫌ってことだから……うわっ」

「うわ、って何だよ!? もしかして履いたものなら欲しがるとか思ってるんじゃないだだろうな!?」

 

 自分で言っておいて勝手に眉を寄せて引いている万由里。

 デートは始まったばかりだというのに、悪い意味でだいぶ盛り上がっている。

 放課後だということを考慮しても、妙に疲れるデートだ。

 

「あー、もうっ……ふざけてないで早く選んじまえよ。万由里がこれで楽しんでるならそれでも良いけど、デートの時間が無くなっちまうぞ?」

「あ、そうね。じゃあ今度は真面目に選ぶからちょっと待ってて」

「やっぱり最初からふざけて選んでたんだな……」

 

 思い出したように今までの軽蔑の表情を収め、下着選びに戻る万由里。

 一応下着を欲しがっているというのは嘘ではなかったようだ。

 ラックにかけられた下着をしばらく漁っていた万由里は、徐にその内の一つを手にとって見せてきた。

 

「あ、じゃあこれは?」

「まぁ……可愛いんじゃないかな?」

「さっきとほとんど同じじゃない。何でそんな面白くない感想しか言えないの?」

 

 歯切れの悪い感想がお気に召さなかったらしく、万由里は半眼で睨みつけてきた。

 

「何でって……男の俺から見たらただの女物の下着だからな。それ以上の感想なんて出てこないぞ」

 

 実際、それしか感想を抱かなかった。

 次に万由里が見せてきたのは、フリルで所々を飾られた純白のショーツだ。

 女の子と男の子は感性が違うのだから、抱く感想も違って当然だ。

 むしろただの布切れと言わないだけ、士道もまだマシな方だろう。

 

「ふぅん……じゃあ、実際に着て見せるからちゃんと感想を聞かせて」

「え……?」

 

 無愛想な顔のまま頬を染めて呟く万由里に、固まってしまう士道。

 

「お、おい、万由里! それは、ちょっとどうかと……って」

 

 意味を理解して反応を返した時には、すでに万由里は試着室へと入った後だった。

 こうなってしまうと一人置いていくわけにもいかない。

 それに正直なところ興味があるので、お言葉に甘えて鑑賞させて貰うことにした。

 というかそれくらいのご褒美がなければ、ランジェリーショップの店内で男一人で突っ立っている気まずさに耐えられない。

 

「ま、万由里……まだ、なのか?」

「……もうちょっと、待って」

「な、なるべく早く頼むな?」

 

 周囲からの冷たい視線に晒されつつ、士道は何とか万由里が出てくるまで堪えた。

 

「……どう?」

「あ……」

 

 やがて着替えを終えた万由里が試着室のカーテンを開いて現れた。

 その姿を目にした途端、心臓が驚きに飛び跳ねる。

 当然ながら万由里が身に纏っているのは下着のみ。

 制服の上からでは分かりにくかったが、この姿だとその体付きが一目で分かる。

 適度に肉付きのいい太股や、腰のくびれ、思いのほか大きい胸の膨らみ。

 実に柔らかそうな肢体は、女の子としての堪らない魅力を放っている。

 むしろ下着そのものよりも身体の方に目が行ってしまうほどだった。

 

「えっと……凄く、綺麗だ。その、とっても似合ってるぞ?」

「そう……ありがと」

 

 満足の行く答えだったのか、カーテンを閉めて試着室に戻る万由里。

 口調自体は淡白だったが、その顔は耳まで赤く染まっていた。

 感想を聞きたいがために羞恥に耐えてその身を晒したのだろう。

 士道は紛れも無い興奮を表す鼓動を感じながら、つい先ほどの万由里の姿を脳裏に浮かべていた。

 胸の膨らみを全て覆い、太股の付け根を覗かせない清楚な雰囲気を漂わす下着姿。

 

「……じゃあ、これは?」

 

 とても似合っていたが、残念なことにちょうど今万由里が身に着けているものに比べると露出は少なく――

 

「――って、おい万由里! それは幾らなんでもヤバいだろ!」

「……うん。見せておいて何だけど、私もこれはヤバイと思う。恥ずかしいからさっさと感想言って」

 

 あろうことか万由里は危険な下着を身に着けた姿を晒していた。

 その色は清楚な白とは真逆の、肌の白さを際立てる妖艶な黒。

 胸の膨らみは半分程度しか隠されておらず、前かがみにでもなればその下の光景を覗き見ることができそうなほど布地の面積が少ない。

 下半身に至っては女の子の大事な部分が見えてしまうかもしれないような、細い三日月に近い形の下着だ。

 しかも重要な部分は除くものの、ふんだんに飾られたレースは若干透けている。

 おまけに両サイドに細い紐で結うタイプなので、太股の付け根から腰のラインまで手に取るように分かる。

 これはもう完全に誘っているとしか思えない姿だ。

 顔を真っ赤にして体の要所を隠す動作さえ、そのための演出ではないかと思えるほどだ。

 

「あ、ああ、凄く綺麗だ。正直かなりそそられ――じゃない! 危ないから早く着替えてくれよ! 変な気起しそうになるだろ!」

 

 あまりにも危険な光景だったので、士道は万由里に代わってカーテンを閉じた。

 一瞬不満げに眉を寄せたのが見えた気がするものの、万由里の身の安全を考えての行動なのだから文句は言わせない。

 しばらくすると、ちゃんと制服姿に着替えた万由里が試着室から出てきた。

 

「別に変な気起したって構わないわよ。あんたにそんな度胸があればの話だけど」

「そんな度胸があったとしてもこんなところでできるわけないだろ。何考えてるんだよ、万由里……」

 

 呆れて頭を抱える士道をよそに、万由里は再び下着選びに没頭している。

 まぁ楽しんでいるようなので何よりだ。

 それに士道としても良いものを見せて貰ったので、感謝こそすれ非難する気は無かった。

 

「それで、買うのは決まりそうか?」

「ん、一応決まった。だから今は士道に似合うもの探してるところ」

「何で俺のを探してるんだよ!? ここにあるの全部女物だろ!?」

「だって女装する士道には女物の下着が必要になるでしょ。せっかくだから私が似合いそうなものを選んであげようと思って。あ、これ士織ちゃんに似合いそう」

 

 良い物を見つけた、とでもいうような声を上げた万由里が手にしたのは、先ほどの下着が可愛く見えるほどに過激極まる下着。

 布面積はむしろ多くて全体的な露出度は低いのだが、大事な所の布地がないのでそれ以前の問題である。

 機能性ガン無視の下着を手にじりじり詰め寄ってくる万由里は、先ほどよりも表情が生き生きとしていて最高に楽しそうだった。

 

「女物の下着が必要になっても絶対そんなもん着るか! ていうかお前が着れば良いだろ、それ!」

「じゃあ、士道が着たら私も着てあげる」

「え……い、いや、絶対着ないからな!」

「今、一瞬迷ったわね」

「っ……」

 

 反射的なものとはいえあんな下着を身に着けた万由里を想像してしまった士道は、図星を指されて言葉を失くした。

 そのいかがわしい妄想に気づいていたのか、万由里は冷めた視線を向けながらも頬を染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、士道」

「ちょっと遅かったな、万由里。何かあったのか?」

 

 ひと悶着あったものの、無事にランジェリーショップでの買い物は済んだ。

 万由里は会計を士道に任せて辱めようとしてきたが、その前に戦略的撤退を決めていたので問題ない。

 なので万由里がレジに向かい会計を済ませるのを外で待っていたのだが、レジには誰も並んでいなかったというのに、万由里が出てくるまでに十分近くかかっていた。

 

「別に。それより私の用事は終わったから、次は士道が行きたい場所にでも連れてって」

 

 万由里は頬を染めつつ目線を下に向け、スカートを気にするように裾を引っ張る。

 まぁトイレにでも行っていたのかもしれないし、気が変わって別の下着を選んでいたのかもしれない。

 詮索する意味はあまりないので、士道は自分の行きたい場所について考えた。

 

「行きたい場所って言っても、今日は特に無いんだよな……食べ歩きながら適当に探すっていうのはどうだ?」

「ん、良いわねそれ。じゃあ、あそこできなこパン買ってくれる?」

 

 頷いた万由里が雑踏の向こうのパン屋を指す。

 夕食が近いとはいえ小腹が空いているので、この程度なら後に響くことはないだろう。

 それに癖になる特有の甘い香りが漂ってきているので、抗いがたい魅力を感じる。

 

「ああ。あんまり食べると夕食に響くし、俺と万由里の分で二本で良いよな?」

「ううん。十個くらい買ってきて欲しい」

「十個って……そんなに食べるのか、万由里?」

 

 まさかの個数に目を剥く士道。

 十香なら余裕で平らげる量だが、幾らなんでも万由里には無理だろう。

 大食いに挑戦でもするのかと思いきや、万由里は首を横に振った。

 

「そんなわけないでしょ。士道のおごりだから買えるだけ買っておくだけよ」

「あ、ああ、そういうことか。俺から可能な限り毟り取る気なんだな……」

「うん。あ、そうだ。身包み剥がして裸にすれば、きっと下着が必要になるわね」

 

 名案が浮かんだとでもいうように、万由里は手の平をポンと叩いた。

 

「まだ諦めてないのかよ!? もしかしてアレを買ったんじゃないよな!?」

 

 まさかとは思うが、あの透け透けの下着を士道に着せるチャンスを虎視眈々と狙っているのではないだろうか。

 実際、万由里は惚けるように顔を逸らして答えを拒否している。

 長い髪に隠れて顔は見えないが、穏やかでない表情をしていることは分かった。

 

「全く……身包み剥がされたって俺は絶対着ないぞ。さっきは確かに一瞬迷ったけど、お前が着たってそれは変わらないからな」

「……ちっ」

 

 心底残念そうな舌打ちをする万由里をその場に残し、士道はきなこパンを買いに行った。

 当然買ったのは十個ではなく二個のみである。

 食べられもしないのに買うのもどうかと思うし、何より身包みを剥がされたくなかったからだ。

 

「ほら、買ってきたぞ万由里――って、どうかしたのか?」

「ん……ちょっと周りの視線が気になっただけ」

 

 戻ってみると、万由里は何故か恥ずかしそうにもじもじしながら待っていた。

 何やら周囲に視線を向けて軽く警戒を示していたものの、士道の姿を目にすると何事もなかったかのように落ち着いた。

 

「それより、何で二個しか買ってこなかったわけ? 十個って言ったのに」

「そりゃあ身包み剥がされたくないからな。足りなかったら俺の分もやるから、これで我慢してくれよ?」

 

 身包み剥がしたかったらしい万由里は、多少残念そうに眉を寄せながらも受け取った。

 そして小さく口を開けてかぶりつき、無表情で味わい始める。

 途中までは無表情を貫いていたものの、美味しさからか表情は段々と微笑みに変わっていく。

 

「ん、おいしい。士道のおごりだから更においしい」 

「じゃあ、行こうぜ。どっか入りたいところとかあったら、万由里も言ってくれ」

「うん」

 

 こくりと頷くも、万由里は歩き出そうとはしなかった。

 その代わり士道に向けて空いている方の手を伸ばし、瞳で何かをしきりに催促してくる。

 素直に口で言えないその様子は、何とも可愛らしくてつい微笑みが零れてしまう。

 士道はその手に自分の手を重ね、軽く握ってやった。

 

「さ、行きましょ。あんまりゆっくりしてると日が沈んじゃうわ」

 

 満足気に微笑む万由里と共に、夕焼けに染まる商店街を歩き出す。

 特に何をする訳でもなくただ二人で歩いているだけだが、不思議と退屈は感じない。

 隣を歩きながらもぐもぐとパンを頬張る万由里の姿を見るだけで、こちらも楽しい気分になってくる。

 だが何故だろうか、夕日に照らされているせいか妙な儚さを覚えた。

 まるで放っておいたら消えてしまうような、途轍もなく不安になる儚さを。

 目を逸らしたら本当に消えてしまう気がして、士道はじっと万由里の横顔を見ていた。

 

「ん、何? さっきから私のことじっと見てるけど」

「っ! あ、いや、何でもな――あっ!」

「あっ」

 

 視線に気づいたのか不意に万由里がこちらを向く。

 驚きのあまり士道はきなこパンを取り落としてしまった。

 反射的にもう片方の手で掴もうとするものの、そちらは万由里と繋いで指を絡めている方の手だ。

 到底間に合わず、無情にも地面に落ちて周囲にきなこが広がった。

 

「あー、落としちまった……まだ半分も食べてなかったんだけどなぁ……」

「ご愁傷様」

 

 とりあえず拾うも、これはもう駄目だ。

 近くにゴミ箱が見当たらないので、買った時の紙袋に放り込んで適当に閉まっておく。

 そして淡白な反応しかしてくれない万由里に、半ば八つ当たり気味の非難の視線を向けようとした。

 

「はい。あげる」

「えっ?」

 

 しかしその前に万由里は自分の食べかけのパンを半分千切り、士道に差し出していた。

 

「良いのか? 貰っても」

「一人で食べてても楽しくないし。せっかくのデートなんだから、二人で楽しまないと意味ないじゃん」

「……そうだな。じゃあ、ありがたく頂くよ」

 

 二人で楽しんでこそのデートだ。

 一人で楽しんでも意味はないし、楽しくも無い。

 万由里の言うことはもっともなので、士道は差し出されたパンに遠慮なく手を伸ばした。

 

「でも、ただであげるなんて言ってない。何か私が喜ぶようなことをしてくれたらあげるわ」

 

 だが直前で万由里が手を引き、変な条件をつけてきた。

 

「喜ぶようなこと、って具体的に何だよ?」

「女の子が喜ぶようなことなら何でも良いわよ。言葉でも行動でも良いんだけど、流石にここは人が多くて恥ずかしいから言葉の方が良いかな」

「喜ぶ、言葉……うーん……」

 

 士道は首を傾げて悩んだ。

 女の子が喜ぶようなことと言えば、外見について綺麗とか美しいとか誉められることだろう。

 しかし万由里はどちらかといえば美しいというより綺麗に近いし、その綺麗という言葉も先ほどのランジェリーショップですでに使用済み。

 外に女の子が喜ぶことといえば、好意を寄せている相手に言われて嬉しい言葉くらいしか思いつかない。

 

「……俺はお前のことが大好きだ、万由里!」

「……っ」

 

 できる限り言葉に熱を込めて、瞳を鋭くして真剣な気持ちを演出する。

 万由里は僅かに瞳を見開くも、すぐに表情は不機嫌なものへと変わった。

 どうやら不合格だったらしい。

 

「その程度のことしか言えないの? 大体言うだけならもっと他にあるでしょ。その……愛してる、とか」

「そりゃあそうだけど、それは軽い気持ちじゃ言えないだろ……まぁ、その……確かにそう言っても、おかしくはないんだけどな……」

「……っ!」

 

 最後の呟きを耳にした途端万由里ははっきりと瞳を見開き、誤魔化しようのない恥じらいを頬に浮かべた。

 さすがにこれは士道としても口にするのは恥ずかしい言葉だった。

 言葉そのものを実際に口にしたわけではないが、間接的には言ったも同然である。

 万由里はしばらく悩みながら士道と自分の手元を交互に見ていたものの、やがて半分に割られたパンを差し出してきた。

 つまりこれは合格ということなのだろう。

 

「言えない、とか言って期待を奪っておいてから改めて言うとか……それずるすぎじゃん……」

「し、仕方ないだろ、事実なんだからさ……」

 

 軽蔑しているのか喜んでいるのか良く分からない表情で万由里はぼやく。

 何だかぎこちない雰囲気になってしまったものの、士道は再び万由里と共に歩き始める。

 居心地の悪い空気がずっと続くかと思いきや、繋いだ手の平から伝わる温もりに次第に暖かい空気へと変わっていった。

 もう一度隣でパンを頬張る万由里に目を向けると、今度は儚さを感じることは無かった。

 視線を感じたのか再び万由里がこちらに顔を向けるも、驚くよりも先に笑いが零れてしまった。

 何故なら楽しそうに頬を緩めているのは良いのだが、口元がきなこで盛大に汚れていた。

 

「何で笑ってるのよ。もしかしてさっきから私の顔に何かついてる?」

「ははっ。ついてるどころの騒ぎじゃないぞ、ほら」

 

 あまりにもおかしくて、つい万由里の口元を指で拭ってしまう。

 一瞬万由里が恥じらいを浮かべたものの、士道の指先がきなこで汚れているのを見ると、再び頬を緩ませた。

 

「……本当だ。でもあんたも汚れてるわよ、ほら」

「うわっ、本当だ。人のこと言えなかったな……」

 

 同じように万由里も指先で拭い、それを見せてくる。

 ただしそれで終わらず、拭った指先を自分の口元に持っていきぺろりと舐め取った。

 士道が若干恥ずかしさを覚える中、どことなく勝ち誇るような微笑みを浮かべる万由里。

 何となく負けたくない気分になったので、同様に士道も拭った指先から舐め取る。

 今度は万由里が若干頬を染めるも、良く考えると舐め取るのも舐め取られるのもあまり大した違いはない。

 その癖真逆の反応を示してしまった自分達のおかしさに、士道は万由里と共に笑ってしまった。

 

「あ、あそこ入りたい。何か可愛い髪留めとかリボンとか売ってそう」

「万由里もそういうのが好きなのか。やっぱり女の子なんだな」

 

 生活用品から小物など幅広く扱う雑貨屋に興味を惹かれたらしい万由里が、立ち止まって士道に告げてくる。

 先ほど選んでいた下着もそうだが、テールを結ぶリボンや耳を飾るイヤリングなど、着飾るのは万由里も大好きなようだ。

 

「何なのその失礼な反応。私を女の子って思ってなかったわけ?」

「そんなわけないだろ。ほら、早く行こうぜ。急がないと日が暮れるんだろ?」

「あ……! ちょ……あ、あんまり、引っ張らないでくれる?」

 

 捲れそうになったのかスカートを押さえながら、万由里は微かに睨みつけてきた。

 その表情にははっきりと恥じらいが浮かんでいて、普段よりも表情豊かだ。

 こんなに生き生きしている万由里が消えてしまうわけがない。

 あの儚い雰囲気は感覚は夕日に見せられた夢か幻に違いない。

 士道はそう思った。

 そう、信じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、もうほとんど沈みかけだな。もう少し早く来れば綺麗な夕焼けが見れたんだろうけど……」

 

 一通り商店街を巡り、最後に訪れたのは夕日を浴びる高台公園。

 二人で沈み行く夕日を眺める気だったのだが、すでに八割以上地平線の向こうへ沈んでいた。

 周囲もすでに薄暗くなっており、夕日と反対側の空からは黒い闇が迫ってきている。

 

「でも、これはこれで綺麗じゃない? 沈む瞬間の、ほんの一瞬の輝きってやつかな」

「確かに綺麗だけどさ、これを見てるとちょっと寂しい気持ちになってこないか?」

「まぁ、ね。でもそれも良いじゃない。その儚さが心に染み込んできて、むしろ暖かい気持ちになるから」

 

 残念な気持ちでいっぱいの士道とは裏腹に、万由里はとても満足気だ。

 柵に両肘を付くようにして身を乗り出し、沈み行く夕日を眺めている。

 万由里の様子はどこから見ても景色を楽しんでいるようにしか見えない。

 だが不思議なことに、士道には決して忘れないよう瞳に焼き付けているようにも見えた。

 だから士道は邪魔をせず、一緒に隣で夕日を眺める。

 言葉は交わさず、二人で寄り添いながら。

 夕日が完全に沈んでしまうまで。

 

「……もう全部沈んじまったな」

「うん。でもまだ雲に光が当たってて綺麗。何ていうのかな、最後に残した輝き?」

 

 地平線の向こう側ではまだ沈みかけの夕日が上空を照らし、広がる雲の群れを真っ赤に染め上げている。

 確かにこの場所から見ると万由里が口にした通り、消えた夕日が残した最後の輝きだ。

 とても綺麗な光景であり、同時にとても儚い光景。

 不思議とその光景は、隣に立つ万由里の姿を連想させた。

 

「……士道。今日のデート、私は楽しかったけどあんたはどうだった?」

 

 最後の存在の痕跡である輝きが消え去ったところで、やっと万由里が口を開いた。

 十分に景色を瞳に焼付け、満足したような微笑みを浮かべて。

 

「ああ、俺も楽しかったよ。でも俺にまで下着を試着させようとしたことは全然楽しくなかったけどな」

「楽しくなかったの? いつも女装してるから、てっきり楽しんでると思ってたのに」

「日常的に女装してるみたいな言い方やめろよ! あと楽しかったとしても下着は抵抗あるぞ!」

「そのわりには何か嬉しそうに笑ってた気がする。やっぱりそういう趣味があるんじゃない?」

「あってたまるか! 嬉しそうだったのは、その……お前の、下着姿が見られたからだよ……あんな綺麗な格好見たら、鼻の下伸ばして当然だろ……」

「……っ」

 

 笑いあいながら交わす穏やかな会話。

 その最後で口にした恥ずかしい本音に、万由里は息を呑んでいた。

 あんな誘っているとしか思えない妖しい下着姿を目にすれば、誰だってだらしなく頬が緩むし、襲い掛かる者がいてもおかしくはない。

 万由里もそれを理解しているらしく、はにかみながら制服の上から下着を隠すように身を縮こませている。

 警戒を滲ませ恥らう万由里の姿は、可愛らしいことこの上ない。

 しかし不意に万由里は恥じらいを押さえ込み、士道の方へ一歩近づいてきた。

 最早息のかかるほど詰まった距離に、今度は士道が恥じらいを覚える番だった。

 

「士道……」

 

 真っ直ぐに士道の瞳を見据えながら口を開く万由里。

 何故だろうか、その瞳は寂しさに揺れているように見える。

 寂しさの根源を探ろうと覗き返していると、万由里は徐に瞳を近づけてきた。

 

「ま、万由里……?」

 

 万由里は答えない。

 ただ士道との距離をゆっくりと詰め、寂しげに揺れる瞳を閉じていく。

 ほとんど何も考えず、反射的に士道も瞳を閉じた。

 やがて互いの温もりが肌に伝わるほどの距離を詰めた時――

 

「っ!」

 

 ――士道のポケットの中で携帯が鳴った。

 熱に浮かされたようだった頭が一瞬で冷え、急に恥ずかしさを覚えて二人で飛び退く。

 

「あ、ああ、琴里からか。そ、そうか、もうこんな時間だもんな。もうすぐ帰るって、メールしとくか……」

「……そ、そう。じゃあ、そろそろデートも終わりってこと?」

 

 再びぎこちない空気に場を覆われ、恥ずかしさから妙に言葉が震える。

 だが万由里の声の震えは、士道とは別種の感情からきているもののように思えた。

 

「……そうだな、今日はもう遅いし。また今度、デートしような」

「また今度、ね……」

「万由里……どうしたんだ?」

 

 士道の言葉に万由里は哀愁さえ漂わせる声音の呟きを漏らしていた。

 表情にはいっそ自虐的ともとれるほどの儚い微笑みが浮かんでいる。

 まるでその機会がもう二度と訪れないとでも思っているかのように。

 

「ん、何でもない。また今度、デートしましょ……」

 

 困惑する士道に、万由里は何気ない口調で答える。

 だがその表情からは、痛々しいほどの悲しみや寂しさを感じた。

 

「――さよなら、士道」 

 

 そして最後にそう口にして、万由里は背を向けて歩き出していった。

 まるで今生の別れのような言葉を、この場に残して。

 

「っ!」

 

 その背中を目にした途端、士道は強烈な危機感を覚えた。

 今ここで万由里を自分の下から帰してしまうと、そのまま二度と会えなくなってしまう。

 今ここで万由里という存在が遠ざかってしまうと、その存在が完全に消え去ってしまう。

 そんな非現実的で根拠の無い馬鹿げた危機感を。

 存在の痕跡を消してしまった夕日や、万由里の表情や様子に影響されたとしか思えない。

 にも関わらず、それが避けられない事実であるかの如く胸が激しく痛む。

 心の中に耐え切れないほどの悲しみが溢れてくる。

 

「っ! し、士道……?」

 

 気が付いた時には危機感に突き動かされ、腕を掴んで強引に万由里を引き止めていた。

 驚きに見開かれるその赤みがかった瞳には、自分でも怖いくらいに真剣な表情をした士道の姿が映りこんでいる。

 突き動かされるまま士道は万由里の身体を抱き寄せ――

 

「――っ」

 

 ――警告もなしに万由里の唇を奪った。

 瑞々しく甘い唇に、士道という存在の証が刻まれる。

 瑞々しく甘い唇から、万由里という存在の証が刻まれる。

 唇を触れ合わせる度、その事実に心の中が安堵で溢れかえっていく。

 士道の下から帰すのが駄目なら、決して士道の下から帰るという結果にならないよう、士道という存在を万由里に刻み付けてしまえば良い。

 万由里という存在が遠ざかってしまうのなら、決してその存在が遠ざかってしまう結果にならないよう、万由里という存在を自分に刻み付けてしまえば良い。

 根拠のない危機感に対する、自分でも正気を疑うほどありえない解決策。

 だが実行しなければ一生後悔する気がした。

 一体何のことなのか見当も付かないが、ここが最初で最後のチャンスだという気がした。

 そんな意味の分からない衝動に突き動かされるまま、万由里を近くのベンチに押し倒す。

 

「し、士道……う、嘘……こんな、ところで……?」

 

 万由里もこれから何をされるのか理解したらしい。

 驚愕と羞恥に目を見開き、のしかかられた状態で周囲を見回している。

 それも当然だ。

 夜になって滅多に人がこないとはいえ、ここは開放感溢れる高台の公園。

 士道もそれを頭では理解しているが、身体と心が言うことを聞かない。

 まるで誰かに甘い囁きで心を惑わされ、操り人形の如く身体を支配されているかの如く。 

 

「悪い、万由里……今ここでやらないと、絶対後悔する気がするんだ。嫌なら、抵抗してくれて良い。でも抵抗しないなら、このまま、ここで……するからな」

「……っ」

 

 普段の無愛想な顔からは考えられないほど、羞恥に表情を歪める万由里。

 しかし、身体の下から逃げようとはしなかった。

 もしかすると恐怖に身体が固まって動けないのかもしれない。

 

「しても……良いか?」

 

 だから最後の確認のために尋ねた。

 押し倒されたままの万由里は、しばらく周囲に視線を注ぎ――

 

「……うん」

 

 ――小さく頷いた。

 士道のためか、あるいは自分のためか。

 どちらにせよ万由里は、自分の全てを曝け出すことを受け入れた。

 士道の瞳と、この場の冷たい夜の空気に。

 

「っ――」

 

 合意が取れたので士道は容赦なく万由里に覆い被さり、先ほどよりも激しく唇を奪った。

 万由里に自分の存在を刻み付けるために。

 自分に万由里の存在を刻み付けるために。

 おぼろげな月明かりに照らされた夜の公園で、士道は万由里と身体を重ね始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 前編、デート編終了。
 部分的に展開が原作の方と似通ってしまいましたが、許してくれると嬉しいです。非力な私を許してくれ……。
 短編であって短編集ではないので、結果はどうあれちゃんと終わります。
 関係ない話ですが、私はハッピーエンドもバッドエンドも両方いける口です。
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