年下男ハンター×サムライ系女子ハンター
※作者は猫が好き
本当に、久し振りの独り寝だ。
これから満ちてゆく弓なりの月を、ぼうっと眺めながら私は、疲れている筈の自分が何故眠りにつけないのか考えていた。
「旦那さん、お酒はその辺にしとくニャ」
「固い事を言うなソノエ、たまには良いだろう」
「まあ、その徳利をふってみるニャ。ボクはもう寝るから用意しないのニャ」
言葉通り、とてとてと私の唯一雇っているアイルー──ソノエが、ベッドの足元に設えてやった籠に、上手に丸まって眠る体勢に入ってしまった。
彼女とは、名前が似通っている所為なのか一目惚れに近い状態で出会い、まだオトモとしての仕込みが終わっていないと渋るネコバァに頼み込み雇ったのだ。
斑点一つ無い真っ白の毛並みに青い瞳、遠い東の国の言い伝えにある皇女(ひめみこ)が由来という名前、少しだけ豊かな被毛の尻尾。金持ちなら道楽として飼いそうである。
そんなソノエにキッチンを任せ、一人で狩りに出ている中で、リュイと出逢った。何だか、オトモアイルーは雇わなくて済みそうだとふと思った。
この二人の空気というのが、心地良いのだ。此処に入り込んだ異物のリュイが、どうしてか馴染んで同じ空気に染まったのが不思議ではあるのだが。
酔っ払い特有の取り留めない思考に終止符を打ち、私は徳利をキッチンに戻しに立ち上がった。
.........
「あなた、だれ?」
風の吹く村の物知り兄貴を探していたのだが、どうやら辺鄙な所に迷い込んだらしい。
私は空に漂う、真っ白な龍を見上げた。
「だれ、じゃなくて、あなた、なに?」
返事の無いのを誤解し、幼い頭で考え問いかけを変えてみたが、白龍は翼をはためかせたのみ。
「ねえ、お兄ちゃんはどこ?」
辺りを見回し、再度白龍を見上げる。焦れて手を伸ばした私は、一瞬で私の鼻先に凹凸のあまりない頭が迫り驚いて腰を抜かした。
へたりこんだ幼子を白龍は覗き込み、口から妖しく光る吐息を漏らした。
「しろいりゅうさん、ひとりなの?」
私は手を伸ばし、その凹凸の少ない身体に不釣り合いな大きな角に触れた。
.........
「はっ、はあ…」
目覚めは最悪だった。
忘れていた記憶が、夢で蘇るなんて。
「お水ニャ、二日酔いかニャ?」
「大丈夫、酒に飲まれる事は無い」
水差しとグラスを持ったソノエが私を覗き込んだ。先程の夢を思い出し少し身体が震えたが、素知らぬ顔でグラスを受け取り、冷たい水を飲み干す。
「今日はリュイが来ない日で良かったニャー、早く顔洗って朝御飯にするのニャ」
「うむ…」
翼を大きく縦横に広げ飛び立つ白龍と、先日のリュイの言葉が、どうしてか繋がってしまう。
そうだ、風の村はシナト村というのだ。
………
「リュイ、まだそんな武具を使ってるのか」
「ギルドナイト一式なんて悪目立ちする上にスキルがイマイチじゃないですか」
言うようになったな、と、まさにその一式を纏った同僚に小突かれそうになり、いつもの事とひらりと躱す。
彼とは歳が十も離れている。同僚は皆そんなものだ、自分が異質である事はまるで呼吸をする様に飲み込めて、この仕事に就いた時は日々周囲の反応が興味深かった程である。
『色々と飛び越えた』存在である事は箝口令が敷かれていたのが滑稽な程、ある意味では知れ渡っている。
ただ、それは全て自分の表層のもので、瑣末な問題だ。
そう、思っていた。
彼女に惹かれてしまうまでは。
「頭が痛い、ですね」
生を受けて、諦めざるを得なかった本能が疼く。彼女を手に入れても、止まない渇望。ヒトの肉を得ても変わる事のない、これは業というやつなのか。
「同胞を討てど、何も感じないというのに」
じっと見ても、血潮の通う自分の手は、変わらずにそこに在った。
幾度も幾度も、同胞の力を借りた武器で同胞を屠り、満たされぬ心のままに、この手で彼女を引き裂く想像もした。けれど満たされる事はなく、ようよう訪れた好機に血を啜れども自分の渇きが癒される事はなかった。
彼女の血は甘いのだろうと思っていたが、同胞の爪に傷付けられたのがいけなかったのだろうか。
「僕は、何を考えているんでしょうね」
ヒトの身体に、ヒトの心を宿せれば…
いや、己を全て失うのは、本能が拒む。辿り着きたい、ただそれだけの本能であっても。
ただ己を保つ為の理屈なのだ、ヒトの身には、何でも理屈が必要だから。
そうして、何かを頼りにヒトは生きていくのだ。
気付いた時、リュイはヒトに成って7回目の冬を越していたのを思い出し、苦笑いを浮かべた。
………
「冬が来るな」
遠くの山の天辺が、僅かに白い。
渓流の水がどんどんと冷たくなり、ざぶざぶと脛まで浸かってロアルドロスを追い込み、狩っていたコノエが呟く。
剥ぎ取りを終え、気まぐれな突風に鳥肌が立つのに急かされた様に、コノエは立ち上がりベースキャンプへと歩き出した。
「あいつも寒がっているかもしれん」
がしゃがしゃと、大振りな私の武器が耳障りな音を立てて胸の内を表す様に弾んだ。
早足になっている事に、私は気付かない振りをした。
…end.