「キャンプに行きましょう!」
そう提案したのは光彦だった。
博士の家に少年探偵団は集まり、そこで自由研究をどうしようかと相談していたが光彦が名案とばかりに声を上げた。
「キャンプ先の地図と植物と昆虫の分布を作れば僕たちの共同で作りましょう。」
「うへ、めんどくせぇよ。」
元太は露骨に嫌な顔をする。
「それより、博士に手伝ってもらってなんか派手なの作ろうぜ!」
元太は手を広げてみせる。特に考えがある訳ではないのか手振りは大きな円を作るだけで具体的な形は見えなかった。
「あんまり派手なのはお金が掛かります。ここはアイデアで勝負ですよ。」
「んなこと言ってもキャンプも金が掛かるじゃねぇか!」
意見を否定された元太の語気が荒くなる。
「…二人とも博士頼みじゃない。」
元太と光彦が口喧嘩になるかならないかのタイミングで灰原が発言した。
「私と歩美ちゃんは終わってるわよ。」
『えっ!』
元太と光彦の驚きの声が重なる。
「…な、何をしたんですか?」
光彦に尋ねられた灰原は一枚の紙を広げた。
「これは、米花町の地図ですね。これが何か。」
「そう、これは米花町の地図。だけどこれ。」
灰原はそう言って地図をなぞる。それは博士の家から学校までの通学路だった。
「この数字はなんだよ?」
灰原が描いたルートの中の交差点部分には数字が付けられている。
「私たちの通学時間内に通った車の数よ。せっかくだから一度データを取ろうかと思ったのよ。」
「これを、歩美ちゃんも?」
「…うん。」
光彦に尋ねられた歩美が小さく頷く。
『地味だ。』
二人の息が合う。
「しかし大事なことじゃぞ。大人には夏休みなんて無いから車の数はそんなに変わらん。こういう使えなさそうなデータも使い方次第じゃ。」
キッチンでジュースを注いでいた博士が会話に入る。
「光彦くんたちには価値はないかもしれないが、哀くんと歩美ちゃんにとっては大事な情報かもしれん。」
「そんなものですか。」
「そんなものじゃ。」
博士は腑に落ちない顔の光彦に年の功といわんばかりにあやふやな説得をする。元太はジュースに手を伸ばしていた。既に灰原の自由研究からジュースに意識を移したようだ。
もちろん灰原は好奇心からこんな地味な交通調査をしたかもしれないが今回の調査は保身のために行ったものだ。
更に言えばこれは歩美のために行った調査だった。露出プレイは決まって博士の家か歩美の住んでいるマンションからスタートしている。
どこで露出するかは本人に指定させるが必ず近くの交差点を渡るルールだ。なのでこの地図は「どこで露出するのが安全か」を記してある歩美と灰原にはかけがえのない宝の地図だった。
露出プレイに表立って狼狽えない灰原よりも、羞恥心を露にする歩美にとってはこの地図作りは重要だったようで、博士が見た歩美の地図には灰原の地図とは違い隠れられるポイントがマーキングされていた。
考案した灰原も歩美のために精密に情報を記している。灰原は最初は知恵だけを歩美に貸していたが博士の家からのルートは歩美だけで調べることが出来なかった。
歩美が園子との「お散歩」を博士の家からスタートさせることもあったので灰原の情報は歩美にとって重要であり、歩美の書いた地図情報よりも精練された地図は歩美が露出のスタート地点を博士の家を選ぶくらいの精度だった。
「それじゃあ、僕たちもこれに習いますか。」
「うへぇ、俺、ラジオ体操の後は父ちゃんの手伝いしねぇと母ちゃんに怒られる。」
「夏休みの自由研究だって言ったら」
「無駄だよ。母ちゃんが信じてくれねぇよ。」
元太は不貞腐れたような声を上げる。
「普段から真面目に宿題しないからですよ。」
「とにかく、車の数を調べる以外の自由研究で頼む。」
元太は両手を合わせて三人に頭を下げた。
「テントじゃなくていいんなら私が招待してあげよっか?」
その声に光彦と元太はキッチンの方に顔を向ける。
「いいんですか?」
「夏休みの思い出は私も作りたかったから丁度いいわ。」
園子はコーヒーの入ったカップに口を付けた。
「でも園子お姉さんは今年受験じゃないんです?」
「平気じゃないけど、幸い蘭のおかげで今まで平均点を下回った事はほとんどなかったから大学へはエスカレーターで行けるし。」
園子は自慢げに話すとコーヒーを置いて少年探偵団の座るソファーに近づいた。そしてスマホを取り出すと画面をタップして耳にあてる。
「…あ、蘭。久しぶり、かな。突然だけど来週ヒマ?ガキンチョたちが旅行に行きたいって話をしてたから泊まる所を私持ちで招待してあげるんだけどさ。蘭も一緒に来ない?えっ?メンバー?私とガキンチョたちと、それに博士。」
園子はそう言うとスマホを少年探偵団の方に向ける。
「蘭さん、行きましょうよ。」
「行こうぜ!」
スマホに向かって元太と光彦が興奮気味に声を上げる。
博士は園子のスマホを彼女からそっと取ると耳にあてた。
「こう言ってるんじゃが、どうする?君が来ないと哀くんと歩美ちゃんが大変になるかもしれん。」
「僕たちも家事を手伝いますよ!ねぇ、元太くん。」
「おう!働かざる…えーっと。」
「『働かざる者食うべからざる』です。」
「それだっ!」
元太がことわざを中途半端に言って光彦に補完されている間もスマホは無音を貫いている。正確にはぼそぼそと競馬中継らしきアナウンスが聞こえるのでおそらく探偵事務所に居るのだろう。
博士は園子にスマホを返すと自分のスマホを取り出しタップする。そして耳にあててコール音を聞くこと数回、
『…はいっ!毛利探偵事務所です。』
はきはきとした中年の声が響く。
「毛利君、久しぶりじゃな。」
『あー久しぶりです。仕事ですか?』
電話の相手が博士だと判った小五郎は間延びした挨拶を返した。
「二日酔いかね?」
『そんなわけないじゃないッスか。今年に入ってからは蘭に加えて英理まで家に来てるんスから。おかげで馬もネーチャンの居る店にも行けないし。』
「それはいいことじゃないか。」
『いや、まあそうですけどね。』
小次郎は不満を口にするが博士はスルーする。
「ところで来週、蘭くんの予定は空いてるかね?」
『本人に聞いたらいいじゃないですか。そもそも何用で?』
「来週、子どもたちと園子くんとでキャンプをしようかという話になってな。じゃがキャンプをするにはワシと園子君だけでは些か不安なんじゃ。具体的には料理面で。」
小五郎は納得したように小さく嘆息する。
『そりゃああのお嬢様に料理を期待する方が間違いですな。しかし、蘭は今年はエスカレーターとはいえ仮にも受験生ですよ。』
「もちろん理解しておる。じゃが蘭くんなら余裕で内部進学出来るじゃろ。それがなくてもスポーツ推薦で大学から引く手あまたじゃろうて。」
『まあそうなんですけどね。』
博士の言葉に素っ気なく返事をする小五郎だったが、その声には嬉しさが滲み出ている。
「それに蘭くんのことじゃ。受験勉強しながらも君の面倒も見てくれておるじゃろうて。」
『ええ、まあ。そうですな。』
小五郎は生返事をした。彼も蘭に負担を掛けないように努力しているのは博士も知っている。
「息抜きさせる意味でワシに蘭くんを預けてくれんか?子どもたちの面倒はワシが見るから、な?」
博士の提案に小五郎はしばらく沈黙していた。
『そうですな。蘭もたまには私の世話の心配から解放されるべきでしょう。蘭のことをよろしくお願いします。』
博士は電話越しに小五郎が頭を下げているのが判った。
「それじゃあ、蘭くんを計算に入れるぞ。」
用事が済んだ博士は電話を切ると園子に手を出し、彼女からスマホを受け取る。
「小五郎君の許可は取ったぞ。後は蘭くんが決めるだけじゃぞ。」
『あの、私…』
やっとスピーカーから響く声が動揺しているのが博士には解った。
「繰り返すが、君が来ないと歩美ちゃんと哀くんの負担が増えるんじゃが。」
『…行きます。』
「じゃあ決まりじゃな。」
蘭の返事に満足げにしながらスマホを切ると園子に返した。
「蘭は来るの?」
「ああ、これで君たちの負担も少なくなるかもな。」
博士は女子を流し見ていく。灰原はジュースを飲んでいるが、歩美は複雑な顔をしながらもどこか安心しているような印象を博士は受けた。
園子は何かを想像しているのかニヤニヤと嗤っていた。
今度は会話が…