蘭が家を訪ねると、裸の博士が迎え、ベッドには泥のように眠る二人が既にあった。
屋内に入った蘭は博士に促されソファに腰を下ろすと歩美たちが寝ているベッドを見た。
片側のベッドだけが乱れ、充満する匂いも合わせると事後だと理解するには十分だったらしく蘭の表情が曇る。
「君のベッドメイキングがあまりにも綺麗なもので崩してしまうのがもったいなくてな。こうして一つのベッドに肩を寄せて寝ておるよ」
ベッドを見る蘭に気付いた博士は気恥ずかしいげに頬を掻いた。
視線が責めるように博士に刺さる。
それを気にする様子も無く博士は蘭の前に湯呑みを置くと、一緒に持ってきた急須から緑茶を注ぎ、次に対面に置いた自分の湯呑みに注いだ。
「本当はコーヒーとケーキとか気の利いた物が出せたら良かったんじゃ、いかんせん起きたばかりでコーヒーを淹れる暇が無くてな。それに今日来るとは思わんでケーキも用意しとらん。更に言えばこんな時間に来るなんて、もしかして癖になったかい?」
博士の視線が壁掛け時計に移る。
短針が九時を跨ぐ寸前だった。
博士が湯呑みに口を付けるのを確認して、蘭は唇を湿らせる程度に湯呑みを傾けた。
「別に。それよりもコンドームを忘れたので買って来てくれません?その間、掃除してますから」
財布から千円紙幣を出した蘭の手を博士はゆっくりとした動きで突き返す。
「お安い御用じゃ」
そう言って博士はコンドームを買いにコンビニへ出掛けて行った。
◎
「それで?」
掃除機をかけている途中で目覚めた灰原はコーヒーを蘭へ給仕しながら問いかける。ベッドから起きて、真っ先にシャワーを浴びた彼女はさっぱりとした表情をしていた。博士が居ないこともどうして蘭が居ることも聞かない。
さっきと同じくソファーに腰掛けていた蘭は、相手が博士ではないからか大分リラックスしている様子だった。
「それでって?」
「来るのは来週の筈だったでしょ?そのつもりの博士に昨日は散々……ごめんなさい。忘れて」
蘭に促されて正面に座った灰原は、責めるというよりもどこか予定外という感じで口を開く。
蘭がコーヒーのカップを置いて灰原を見据えた。
「警察に行こ?」
灰原の眉が僅かに反応する。
「これ以上博士に好き勝手されたらみんなの人生が滅茶苦茶にされちゃう。今ならまだ間に合うから。ねっ。みんなで警察に相談しよ?」
蘭の目は年下に向ける物とは思えないくらいに弱々しい。ましてや小学生に見せるような物ではない。せがむような、すがるような、表情と合わせて今にも泣き崩れそうな雰囲気だ。
「勝手にすれば?」
にべもなく灰原が言い放つ。
「私も歩美ちゃんも今の環境に不満はないからあなたの計画の片棒を担ぐつもりはないわよ」
「嘘」
食い下がるように蘭の言葉が飛び出る。
「だったらあなた、私たちがどんなことをしてるか知ってるの?」
「それは……」
蘭の言葉が途切れる。
「……ほらっ、夏休みに園子の別荘に行った時」
「確かにあれは恥ずかしかったけど、それだけよ。博士を通報するつもりはないわ」
相変わらず灰原は淡々と話した。
「……」
記憶を探るように蘭は頭を抱える。
蘭がまともに小学生二人の痴態を見たのは夏休みの旅行の車中、それもスマホの画面越しの写真だけだった。
博士は連携を警戒して灰原と蘭を一緒にさせた事は無い。自然と、歩美とも一緒にされなかった蘭は孤立していた。
園子は博士の共謀していることで最近は距離を取られているらしく、関係をばらしたことを博士に非難している。
「やっぱり駄目よ」
頭に当てていた手を降り下ろしながら蘭は口を開いた。
「だから、いいって言ってるじゃない」
灰原が答える。
「まだ哀ちゃんたちは小さいから解らないかもしれないけど、気持ちいいからってこんなこと続けてたら将来きっと後悔する」
訴えように蘭は話す。
「それだけじゃない。大きくなって好きな人が出来ても、こんな自分にって責めてその人に気持ちが伝えられなくなるかもしれない」
口調が早くなる。
「でも、今ならまだ間に合うわ。だから一緒に警察に行きましょ」
「何回?」
「え?」
灰原の問いに蘭は口を半開きにしたまま動きが止まる。
「何回、博士とセックスしたの?」
灰原が自分のカップを傾ける。蘭の目が泳いでいた。
「五回くらい」
「その程度でだからそんな甘いこと言えるのよ」
灰原がきつい口調で続ける。
「私なんて今年のバレンタインから散々博士に弄ばれて、今じゃ博士のチンコ無しの生活なんて考えられない。それは歩美ちゃんも同じ」
蘭の表情が固まり、未だにベッドに横になっている歩美を見る。
すやすやと聞こえそうな穏やかな寝顔の歩美は規則的に胸を上下させている。
その様子を見ていた蘭は灰原の方に向き直した。
「だから、通報なんてありえない。むしろ私たちは積極的に妨害するわ」
「本気?」
「本気よ。だからあなたも諦めて頂戴」
蘭は息を吐いた。
「私だけでも行くからね」
「どうぞ」
「止めないの?」
「危ないと思ったら止めるわ」
「?」
スマホの着信音が響く。
バッグからスマホを取り出した蘭の顔が凍った。
恐る恐るとした動きでスマホを耳に寄せる。
「もし、もし」
『全く、もう少し策を巡らせるかと期待しておったが、まさか、哀くんに相談するなんてな。しかも、ワシの家で』
携帯を膝に押さえつけた蘭が辺りを見回すと、灰原がテーブルの下から五センチ四方のプラスチックの塊を取り出した。
『今哀くんが出したのはおそらく君も想像つくだろうが盗聴器だよ』
喉が鳴った。
『こんなこともあろうかと用意しといて正解じゃったな』
咳払い。
『それじゃ、帰ったらさっそくペナルティを実行するから楽しみにしておってくれ』
通話が切れたスマホを呆然と凝視していた蘭は、はっと弾かれたように立ち上がった。
しかし、
「あっ」
と言ってソファーに腰を戻してしまった。
瞼が落ちかけた蘭は、
「どうして」
の言葉を最後に気を失った。
「ごめんなさい」
それだけ言うと灰原も気を失った。
@
「んっ」
覚醒した蘭は目を細めた。
彼女の顔にはスポットに光が当てられている。目が眩むほどの光量ではないが起き抜けに直視するのはつらかったのか、彼女は手を翳そうと腕を曲げる。
ガチャン
「あっ」
金属音が響き、腕が止まる。見れば、皮のようなリストバンドが着けられ、それは鎖によってベッドに繋がれている。
鎖の長さは肘を僅かに曲げる程度が限度だった。
今の蘭は分娩台らしき物に座らされている。
病院で見るような機械的で立派な作りではなく、金属の骨格が剥き出しになっていた。唯一、蘭に触れる場所だけには高級そうな黒皮が張られている。
膝もしっかりとテープでフットレストに固定されて動かせないようにしてあった。
「おや、もう目を覚ましたかい」
声の方に蘭が顔を向ける。
「やはり何回も使うと効果が薄くなるなぁ」
博士は呟くように言いながら、黄色い粉末の入った小瓶を持ち上げる。
「……哀ちゃんとグルだったんですね」
低い声で蘭が訪ねる。自分が服を着ていないことには溜め息を吐いただけでそれ以上は何も言わない。
「そう思うならば隣を見てみるといい」
博士が蘭の右下を指差す。
蘭は博士の指の方向にゆっくりと頭を傾けた。
「哀ちゃんっ!」
そこには全裸で床に座る少女の姿があった。
ラバーマスクで覆われた頭は人物を特定するのは難しそうに思えたが蘭はすぐに声を上げた。
黒光りするラバーから息使いが聞こえる。
「君が逃げようとしたのに止めなかったからお仕置きしておるよ」
博士は小さな腕を掴み少女に半ば無理矢理立つように促して蘭に近づいた。
両手の親指と両の首足がそれぞれ錠で繋がれ、両方の錠が更に鎖で繋がっている。
その動きに意思が感じられない。
「ほら、鼻の所の空気穴に薄い布を張り付けてな。呼吸を制限しておるんじゃよ」
博士はラバーマスクの顎の部分に手をやると鼻の穴が蘭に見えるように手を動かした。
黒の皮に一点だけポツンと白が映える。
鼻息に合わせて布の毛羽だった部分が揺れ動いていた。
博士が床に落ちたハンカチを拾うように優しくその穴をふさぐ。
すると、それまでなすがままだったラバーマスクが左右に振られ、博士の手を払った。
「すぅっ、すぅっ」
鼻息が一層に大きくなり、何かを探しているように手が空を切る。
「はいはい、ワシはこっちだよ」
真後ろに移動していた博士の方を振り向くと、飛び込むようにすがりついて爪を食い込ませる。何か言っているが、きつく絞められたマスクは口を開くことを許さなかった。
「ンーッ!ンーッ!」
くぐっもった声がヒートアップしていく。しかし、すぐに静かになりその場に膝を着いた。
博士は少し慌てた様子でマスクの鼻の部分から布を抜き取る。
するりと布が抜けると、早い呼吸が繰り返される。
「深く吸い込まんと苦しいのは長く続くよ」
博士の言葉も届かないのか、一心不乱にラバーマスクから呼吸音が漏れる。
「ひどい」
蘭が漏らす。
「おいおい、他人事みたいにいっておるが君が逆らわなければ彼女もこうして苦しい思いをせずにすんだんじゃよ」
蘭の肩に手を置いた博士は諭すように言った。
「私のせいだって言うんですか!」
蘭は声を荒げる。
「そうは言わん。ただ、君が逃げようとすれば他の二人がどうなるかを知ってもらおうかと思ってな」
「このっ、卑怯物っ!」
「それは聞きあきたよ。もう少しひねった言葉が聞きたいな」
爪を食い込ませる手を突き放して博士は蘭を縛り付けている太ももの部分を左右に開き、その間に移動する。
足を大きく開かされる形になった蘭は悔しそうに唇を噛んでいた。
「さて、と、それじゃあ君へのペナルティと行くか」
そう言って博士はポケットからピアスとサイズの太いピアッサーを取り出す。
蘭が息を飲む。
乳首を摘ままれた彼女は不思議そうな顔をした。
乳首が潰れて変形する。
「歯医者とかで注射麻酔の前に使う塗るタイプの麻酔を塗っておいたが、感覚はまだあるかね?」
「……止めましょ?」
さっきまでの反抗的な様子から一転して、怯えるように小さく首を振りながら蘭が口を開く。渇いているのか開いた口の中に糸が伸びる。
「答えになっとらんよ。ワシはイエスかノーの質問をしてる」
博士はゆっくりとピアッサーを乳首にあてがうと針の先単を付けたり離したりしている。
蘭が眉間に皺が出来るくらい強く目を閉じていた。
「おっと」
博士がわざとらしく大仰な動きで蘭に光を当てているライトに手を伸ばした。
スポットの光のサイズが広くなり、蘭の上半身を照らすし、体に理想的な影のラインが浮かぶ。
博士が小さく笑い、指先で蘭の体をなぞる。
瞬間、蘭の腕に鳥肌が浮かぶ。
「やはり、蘭くんと言えば筋肉質な身体が醍醐味じゃな。園子くんや他の二人じゃ到底太刀打ち出来ない魅力だよ」
博士は蘭の乳首を味わったのはこれが初めてじゃないかと思った。
そう考えると味も変わる気がする。
舌に弄ばれ、縦横に形を変える乳首は目を覚ます前からぷっくりと膨らんでいた。
博士は最初から乳首を舐めるつもりで麻酔は拭き取ってあった。それでも舌の感触が痺れるが、話すのには問題なさそうだ。
ピアッサーを再び乳首にあてがう。
ぬらぬらと光る突起を指し貫こうとした時、博士は自分の股間に暖かな衝撃を覚えた。
「ありゃ」
博士が一歩引くと、透明な液体が放物線を描き床を叩いた。
見れば、蘭の目からぼろぼろと涙が溢れている。
「もぅ嫌ぁ」
それだけ言うと蘭は咽び泣くばかりで話にならない。
博士は肩を竦めて呆れたような仕草をすると、リクライニングチェアに腰を下ろした。
20分経っただろうか。泣き止んだ蘭は、黙っている。
しかし、その仕草はこれまでとは大きく違った。
博士を見据えていた瞳は、今は首から下しか見ていない。博士の一挙手一投足に毎回鎖を鳴らし、博士の手が近づくだけで身体を固くする。
鳥肌を立てて嫌悪感を表すしていた肌は今は血の気が引いて真っ白になっている。
「そんなに嫌かね?」
博士の問いに蘭は小さく何回も頷く。擦ってもいないのに目の回りが赤くなっている。
その時、蘭がはっとした表情で目を開いた。
「あのっ、交換条件っ」
「ほう」
ティッシュで蘭の涙を拭こうとしていた博士の手が止まる。
「博士、前に言いましたよね?博士の条件を聞いたら私の条件も聞いてくれるって!」
「そうは言ってもなぁ。急に別のと言われても困ってしまうよ」
「ピアスとタトゥー以外ならなんでも良いんです」
「ちゃっかりしてるなぁ」
どさくさにタトゥーも拒否した蘭の身体を舐めるように博士は見回す。
「この前の格好でホームレスのたまり場に放り込まれるのは?」
こともなげに言うと蘭の表情が凍る。
「冗談だよ。さすがに信用の無い相手においそれと君の身体を貸すわけには行かない。病気の心配もしなければいかんし」
博士は蘭の顔の横に立つと、左手で顎を擦りながら、右手で蘭の乳首を軽く弾いて弄ぶ。
軽い力が乳首を揺らす。博士は揺れが収まるのを待って何回も乳首を弾いた。
「どうしようかなぁ」
博士の軽い調子に蘭はまた泣きそうに鼻を膨らませていた。
「おや?」
博士が下を向く。
さっきまで爪を立てていた手が今度はズボンを引いている。
「どうしたのかね?」
手がズボンから離れ蘭を指差す。
「もしかして何かアイデアがあるのかね?」
こくこくとマスクが揺れた。
「どれ、聞くだけ聞いてみよう」
そう言って、ラバーマスクに手を掛けた博士だったが、
「待って!」
の声に手が止まった。
「外でお願いします」
「どうして?」
「言わなきゃわかりませんか」
「仕方ないなぁ」
博士は掛けていた手を下に滑らせて、抱き上げると地下室を後にした。
◎
「大丈夫かい?」
言葉とは裏腹に博士は含み笑いを浮かべている。
「うん」
ラバーマスクから解放された黒髪の少女、吉田歩美は同じく解放された手錠の跡が残る親指を揉みながら答えた。
歩美の顔は赤く、髪の毛は癖がついてあちこちに跳ねていた。
「苦しくはなかったかい?」
「少しだけ」
歩美が短く答える。
博士の手が歩美の頬に触れた。凹みのある赤い筋が耳の近くまで伸びている。
「まさかここまで綺麗に騙されてくれるとは思わなかったわい」
博士はラバーマスクを持ち上げながら一層に表情を崩した。
ラバーマスクの裏面には小さなボンベが着いている。後頭部に付けられたそれを博士は蘭から見られないようにしていた。
ボンベから伸びる細い半透明なチューブの先にはおしゃぶりの形をしたゴム製の吸気装置が繋がっている。
口の中に入る部分を噛めばボンベから空気が流れる仕組みになっていた。鼻の部分の穴はむしろ息を吐くために開けたものだった。
博士は最初から蘭にピアスをするつもりは無かった。いつかとは思っているが、ピアッシングが有利な材料になるうちはそのつもりはない。
「それにしてもなかなか迫真の演技だったじゃないか。持ち掛けておいてなんだが、あんなに懸命に演技してくれるとは思わなかったよ」
「……約束」
歩美がポツリと呟く。
「ああ、園子くんの知り合いに調教して欲しいという件か」
「哀ちゃんもだからね。歩美、一生懸命演技したよ。だから……」
博士の手が歩美の頭に乗せられる。
「良かろう。ワシから園子くんには話を通しておくよ」
そう言うと博士は、歩美を灰原の待つ一階へ上がらせて蘭のいる研究室の扉を開いた。