5月2日(月)
江戸川コナンこと、工藤新一は博士に改造を頼んでおいた追跡メガネと時計型麻酔銃、そして変声器を受け取りに来ていた。
「アメリカかあ。えらく急に決まったもんじゃな。」
追跡メガネの反応を調べている新一に尋ねた。
「ジョンソン刑事から少し前から勧められてたんだけど、深く黒の組織に足を突っ込むと周りに被害が出そうだったし『証人保護プログラム』を利用して渡米した方が捜査がしやすそうだったからな。」
追跡メガネの反応が良好な事を確認すると、今度は麻酔銃の照準を確めた。
「予備の麻酔針は50本で足りるか?それにベルトやシューズ、スケボーは検問対策をしなくても良いのか?」
「FBIに話したら案の定ベルトとシューズは護身用ってことで了解を得られたよ。麻酔銃とメガネは正直了解が得られる確信が無かったからこうして博士に改造を頼んでるんだし、麻酔針は当面は大丈夫だと思う。おっちゃんみたいに代弁してもらう必要が無いからな。変声器に至ってはそっちに話は行ってるよな?」
「あぁ。」
博士は新一の質問に相槌を打つ。実はヤイバーボイスチェンジャーの輸出の名目で変声器をFBIに提供する契約をしていた。
「まぁ使われるのがFBIならボイスチェンジャーをフル機能で渡して悪用される心配は少なからずあるが、発明品が評価されるのは正直嬉しくもある。」
博士は率直な感想を口にする。採算なんて二の次、三の次で発明をしている博士にとっては機能が高いほど満足度も高い。しかし、コストと操作性の観点から見ると商品としては非常に扱いにくい品物になってしまった。機能をヤイバーボイスに集約することで問題点をクリア出来たが完成品は博士の懐は潤せても、心は乾燥させた。
「博士の発明品は過激か失敗かに振れてるから丁度の完成品に仕上げるとどうしてもリミッターが要るからな。今回もジョンソン刑事が現地の市場で見つけた『使えそうなガラクタ』としてアメリカに送るらしいし。」
「『ガラクタ』というのだけは釈然とせんな。」
「言葉の綾だって解ってるだろ。」
「発明品が世界で活躍するのは大いに嬉しいが、悪用されるリスクはこっちもある程度承知しておるからな。ノーリスクというのにはどうも慣れんのじゃ。」
正直FBIがボイスチェンジャーを欲しいと接触してきた時は灰原との関係がバレたのかと博士は肝を冷やした。
「FBIとしても簡単に悪用されるツールを出来るだけ独占しておきたいんだろ。人の耳で判別出来ないくらいの代物だし。」
これまでのFBIの日本での活動を考えると武器よりも調査の為のツールが重視されていた。情報を得るためには生け捕りにする必要があるからだ。人命のリスクが付く前に敵に大手を掛けたいのはどこも同じらしい。
「新一は向こうでも江戸川コナンで通すのか?」
「多分そうなると思う。行方は秘匿されるだろうけど名前がそもそも偽名だからな。FBIも捜査協力者を鉄火場のど真中に突っ込ませるような真似はしねぇだろうさ。」
「しかし、新一。そうなると組織の動きが判りにくくならんか。フィールドワークがお前さんの推理スタイルなのに。」
新一のアメリカ行きは第一線から離れる事を意味する。
「この一年間、何度かのチャンスを全部逃しちまったからな。先手を打つためのヒントが欲しいのさ。」
「ヒント、か。確かにアプローチを変えてみるのも一つかもしれんな。相手は謎すぎる組織じゃし。」
これまでも数回『黒の組織』と対決してきたが彼らの足跡を線で結ぶ事は出来なかった。組織の目的すらはっきりしていないのだ。
「しかし、急だったな。4月の中頃に保護プログラムを申請して、5月のゴールデンウィーク明けには渡米か。日本じゃ考えられんスピードじゃな。」
「あぁ、その事か。単純な話さ。アメリカに行った両親の生活が落ち着いたから呼んだって言う筋立て話を作ればこっちでは割とすんなりみんな信じてくれたし、あっちはFBIの権限でプログラムを進行しながら捜査協力をするっていう条件で通れた。」
「甘くないかFBI。」
「いや、ジョディ刑事からはジョンソン刑事だから出来た離れ業だって言われたよ。あのオッサン、FBIどころかペンタゴンにも話がつけられるらしい。」
「…恐ろしいな。」
「まぁ、正義感とリーダーシップが評価されてらしいから有能刑事ではあるんだけどな。」
新一はそう言うとソファーに置いていたパーカーを手に取った。
「おや、帰るのか?」
「あぁ、今日はみんなが送別会を開いてくれるらしい。」
「そうじゃ、一昨日にメールが来ておった。」
「博士も来てくれるんだよな。」
「勿論じゃ。哀くんが買い物から帰ってきたら合流するぞい。」
「じゃ、後でな博士。」
新一は博士の家から出ていった。