案の定、灰原は昨日学校を休むはめになった。
まだ股が痛いのか少し足を横に開きながら歩くが、昨日のようにこと切れた人形のようになっていないと痛みが全身に走る様子は見られなかった。
逆に年のせいか博士は節々に今頃になって痛みが出てきていた。おそらくこれから来るであろう筋肉痛を少しでも軽くするために灰原が教科書をランドセルに詰めるのを横目に一生懸命ストレッチというなの悪あがきをしている。
「今日は久しぶりに平和な生活が送れそうね。」
学校に行く準備を終えた灰原が焼いた食パンにバターを塗りながら博士に話しかけた。
「なんの、これし、っき!」
博士は腕を伸ばした拍子につってしまった。
「哀くん、たすけて。」
下手に動かすと折角治まってきたぎっくり腰がまた来てしまうと直感した博士はできるだけ負担が掛からないように声を上げる。
「あら、昨日は人の事を散々おもちゃにした上に体力不足扱いした人が何か言ってるみたい。」
灰原は素知らぬ顔で二枚目の食パンに手を伸ばす。
「反省しておるから、伸ばして。伸ばして!」
冷や汗が博士の頭に滲んでいる。灰原は手に持った食パンを皿に戻し、ゆっくりと博士の後ろに立つと
「反省した?」
灰原はゆっくりと体重を掛けていく。
「しておる!しておる!」
いよいよ切迫した状況に陥ったのか、博士はいつものつまらないセクハラジョークも返す余裕もなかった。
「腰がぁ!腰がぁ!いくぅ!逝ってしまう!」
博士の顔から血の気が引くのを確認すると灰原はゆっくりと博士の身体を伸ばした。腰が垂直を越えれば後は重力と博士の力に任せればよかった。
「あ゛~、生き返るんじゃ~。」
痛みから解放された博士は深呼吸しながら慎重に腕をほぐす。腰も大分怪しいが今のところぎっくり腰の気配はない。
「哀くんのドS。」
「私がSなら博士は最低でも鬼畜よね。」
この類いの水掛け論は結論が出ないことをお互いに理解しているので話題はそこで終わる。
「それじゃあ、私学校があるから急がないと。」
博士が時計をみると、午前7時を過ぎている。7時半前には家を出ていく彼女の生活リズムからは少し遅れている。
「哀くん。」
「何?」
灰原はあきらかに不機嫌な声を出す。
「パンツは何にした?」
「は?」
すこぶる意味の見出だせない質問に思わず灰原から呆れたような声が返ってくる。
「いや、今日はワシが途中でリタイアしたから久しぶりに哀くんセレクトじゃったからな。哀くんは紐かノーパンかのどちらを選ぶかな、とふと思ってな。」
「反省して無いじゃない。」
「やり過ぎてしまったことは反省するが、哀くんを愛でるのまでは言及しておらん。」
「屁理屈。」
「日本語って難しいな。」
灰原は穿いているズボンの端から青の紐を博士に見えるように腰から引っ張り出した。
「これで満足?」
灰原はパンツをズボンにしまうとカウンターに戻ろうとする。
「わしはデザインを尋ねたんじゃよ。」
「どうしろと。」
灰原は解っていながらも問い掛ける。
「簡単なことじゃよ。パンツを晒してくれれば良い。」
「要するに脱げってこと?」
「まあ、平たく言えばそうじゃな。」
「…」
灰原は時計を一瞥するとズボンのファスナーを降ろし、ズボンを膝まで下ろした。
「これでいいんでしょ?」
灰原は顔を背けながらも仁王立ちでパンツを博士に晒す。
「中央アジアとか、東欧諸国の下着メーカーってたまに天才かと思うようなデザインをくりだしてくるからすごい。」
博士がそう評した灰原のパンツは端から見たらストライプの少し背伸びした可愛いパンツだったが、よく見るとそれは灰原の肌が布の隙間から透けていた結果だった。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、2本の輪を紐で巻くというデザインはなかなか見ない奇抜さじゃ。その様子じゃと後ろは全くパンツとして機能しておらんじゃろ。」
「博士が買ったのになんで本人が知らないの?」
最早パンツの特殊性には違和感を持たなくなったのか、最近は文句の方向がデザインから離れてきている。
「いや、最近紐パンで検索してもなかなか奇抜なのがなかったんじゃよ。しかし、中央アジアの掲示板でランダムにセクシーランジェリーを注文するサイトを見つけてな。メーカーの遊び心はやはり海外の方があるな。」
「むしろ、手抜きでしょ。」
「生地が少ない事か?まあ、高くはないし、何よりもデザインがすばらしいからワシは満足じゃよ。」
博士は身体を起こしながら灰原の意見に応える。そして、カウンター裏から調理用のハサミを取ってきた。
「何?」
灰原はこれからされる事を理解したのかズボンを上げようとする。しかし、博士は手を灰原の股に入れて阻止した。
「哀くんの抵抗は遠回しじゃから愉しいよ。まあ、嫌と言っても結果は同じなんじゃが。」
そう言って博士は灰原のパンツにハサミを入れる。足を入れた輪を結ぶ事でパンツの体を成していたそれは切られたことでそれぞれの足に輪っかを着けているだけになった。
「これじゃ、穿いてる意味無いじゃない。っていうよりこれって穿いてないのと変わらないわよね。」
灰原の言葉どおりパンツとして唯一機能していた「隠す」効果が喪われたパンツの残骸は紐パンツ以上に卑猥だった。
「裸の王さまかな?」
「私としては魔法使いのいないシンデレラの気分ね。」
「悪い継母か、確かに哀くんの嫌悪に最近愉悦を覚えてきておる自分がいるな。流石哀くん。正鵠を射る適当なチョイスじゃ。」
博士の意見を言い終える頃には、灰原は既に学校に出掛けていた。