という事で本編そっちのけでこちらばかり更新しています。
こっち完結させてから本編に戻ろうかな...
暁が姉妹や加賀、天龍型、五航戦に勇気づけられ、提督に気持ちを伝えるべく部屋を飛び出した時から30分ほど遡る。
――ヒトサンサンマル……午後1時半頃
俺……山村蒼海准将は、秘書艦の暁を1時間の昼休憩に送り出し、自身も休憩をとっていた。応接用のソファーにだらしなく寝転がっていると、甲高い声がドア越しに呼んできた。
「提督ー? いらっしゃいますかー?」
「んー? その声は阿武隈か?」
「はい。北方鼠輸送に出ていた艦隊が帰投したので報告に参りました」
「いいぞ。入ってくれ」
控えめにドアが開けられる。
「あ、休憩中でしたか。すいません」
「いやいや、だらしなくてすまないね……何か飲み物はいるかい?」
「提督……絶対それ聞きますよね」
「まぁ一種の癖みたいなもんで」
「……ハーブティー、頂けますか? 種類はおまかせしますから」
「あいよ」
いつもの感じ。
俺は飲み物に対するこだわりがある。自覚する位なんだから、周囲から見てみればなかなかのものなのだろう。
この鎮守府に着任してすぐ、かなりの量のの茶葉とコーヒーを(もちろん自費だが)購入した。
当時は、紅茶党だったこともあり、コーヒーはインスタントのものだったが、この鎮守府にコーヒー党が多くなった事もあって豆で買うようになったのだ。
……そのせいで執務室が「提督カフェ」なる異名をとっているらしいが、好きでやっている事だし、他に給料の使い道がある訳でもないので気にしていない。
湯はポットで保温していたので、客を待たせる事はなかった。
「あいよ、ハーブティー。今日はマローブルーだな」
珍しい、青色をした紅茶。薄めにいれられたそれは、明るく澄んだ空色。まさに阿武隈の目の色だった。
紅茶らしからぬ色をしているので、嫌う人もいるが、俺のお気に入りの一つである。
「ありがとうございます……確か時間が経つと色が変わるんでしたっけ?」
「おっ、よく知ってるね。その通り、紫色になるんだ。俺はこのままの方が好きだけどね」
俺自身も、無難にダージリンを入れ、阿武隈の前に座る。
「さぁ、遠征の結果を聞こうか」
* * *
――十分後
成果は“大成功”。
燃料、弾薬及び家具箱の回収に成功しており、まず、満足出来るものだった。
「うん、上々上々! 燃料不足は心配ないな」
「でも、睦月型の子達が不満たらたらなんです。“北方ばかりだとつまらない”って」
「うーん……流石に飽きるのかな。よし、んじゃあ天龍達の第三艦隊と持ち場を変えてみるか。次回からはドラム缶は持たず、南西諸島を回ってくれ」
昔の癖で、阿武隈の髪をわしゃわしゃと撫でる。
「わかりました! ……ってあんまり触らないでっていつも言ってるじゃないですか! 私の前髪崩れやすいんだから!」
ジト目でこちらを睨む。
「おお、悪い悪い」
「……なんだか北上さんみたいです」
「あそこまで冷めてねぇよ……」
二人共、“やっちゃいましょ~”という抑揚のない声が頭に響き、同時に笑い出した。
阿武隈はこの鎮守府最初期メンバーの一人だ。既に改二となって大発動艇の運用が可能になり、また練度キャップ到達もした。故に駆逐艦娘の憧れとなり、天龍同様、慕われている。
しかし、その割に駆逐艦娘たちが指示を聞いてくれずに困っているようだ。
「天龍ちゃんならもっと上手くやれるんだろうなぁ……」
「お前もよくやってるよ。報告はそれで終わりか? 下がってもいいぞ」
「ありがとうございます」
と、言ったものの、阿武隈はなかなか席を立とうとしない。すると、決心した様子で話しかけてきた。
「あの……提督、何か隠していませんか?」
「!?」
何も後ろめたい事をした記憶はない。最近艦娘側の意識が高まったせいかセクハラに近しい事は無くなった。
では何だ?
顔に出るほど疲れているのだろうか? それとも……
そこまで考えた時、阿武隈が次の語を繋いだ。
「いや、さっきすれ違った暁ちゃんがとっても切なそうな表情だったので、提督と何かあったのかと……」
「……」
気づいていたか……
「出過ぎた事を言うみたいですけど、私は提督ほど人間関係を大切にする軍人を知りません。だから……」
尻すぼみになって声が聞こえなくなる。今、俺はどんな表情をしているのだろう。
「……暁の様子がおかしいのはなんとなく気づいていた。笑いも硬いし、まるでここでいるのが苦痛のような……」
「……いつからですか?」
「はっきりはわからない。だが、俺が気づいたのは3週間前位からだ」
そう、3週間前。特に何もした覚えはない。
「もしかしてあいつは、秘書艦辞めたいのかな……」
どうしても気持ちが沈む。苦労をかけているのはわかっていた。でも、まさかそこまで無理をしていたのか……?
「そんな事はありません。彼女は、提督の秘書艦であることを誇りにしてましたよ。“一人前の証なんだから”なんてね」
「……」
再びやって来た静寂。
彼女は秘書艦を喜んでやってくれている。
別に病気ではない。
俺が何かした訳でもない。
本当の理由は……わからないでもない。
いや、正確にわかっているのかもしれない。でもそれを受け入れるのが怖い。だから口に出してはこう言った。
「お前。もしかしてわかってるのか?」
「はい。でも、鈍感提督さんに教えてあげるつもりはありません」
ふいと横を向く。鈍感……か。
「俺は……間違っているのか?」
「ええ」
「具体的には?」
少し考える仕草をして、こう答えた。
「自分でご自身を騙そうといている事です」
「……」
「私達を騙すのなら、どうぞ上手くやってください。でもご自身を騙したら、後に残るのは虚無感だけですよ」
心の中で冷や汗をかく。こいつは多分、全部知ってるんだろう。
「気づいていたのか? 俺の気持ち」
「はい。勘のいい人達は他にも気づいていると思いますけど」
「完璧に隠していたと思ったんだがね」
思わず苦笑が出る。かなり苦心して、表情に出さないようにしていたのだが。
「私もつい最近気づきました。疲れと心配で気が緩んだんでしょ」
そういった阿武隈の声は、いつも通りキンキン響く高音で、それでいて煩わしさを全く感じさせない、不思議な優しさをはらんでいた。
その優しさは、あるいは同情の色彩を帯びていたのかもしれないが、俺には嬉しかった。
「んじゃあこの際だからはっきりさせておく」
何故だろう。躊躇いはない。もう知られているから? 彼女が受け止めてくれるであろうから?
わからない。だが、彼女には話していいと、直感が告げていた。
「俺は……暁の事が好きだ」
「……」
数瞬の静寂。だが、それも長くはなかった。
「……本気なんですよね」
「冗談で8つも歳の離れた子好きになれると思うのか」
「……いえ」
そう。8歳も下だ。
自分の気持ちに気づいた時、最初は気の迷いだと思った。
きっと疲れているのだろう。
きっとこの子達と長く居すぎたのだろう。
きっと親が娘に抱く感情と同じなのだろう。
どれも外れだ。
いや、最後は半分当たっていたか。彼女達と接している時は、結婚もしていないのに父親のような気分になるのだから。
でもとにかく、暁だけは違った。口では上手く説明出来ない。
強く引き寄せられるというのか。
逆らい難い引力というのか。
自然と彼女を求めていた。
「自分の気持ちが……8歳も年下の女の子を好きだってことがが解った時の気持ち、想像してみろよ」
「……」
「相手はまだ子供だぞ? 自分自身、気が触れたんだと思ったよ」
「……それはいつからですか?」
語調を強める阿武隈。こちらがたじろぐ程に。
「それでずっと認めずにきたんですか?」
もう阿武隈は叫んでいた。思わず思い返す。
いつからだ?
明確に記憶しているはずがない。ずっとずっと、その思いを否定し続けてきたのだから。
でも、二つだけわかる事がある。
この思いは三年の歳月でゆっくりと、確実に強く、大きく育っていること。この思いが大きく成長したのはケッコンカッコカリ以降だということ。
「はっきりはわからないけど……明確に、自分で認識したのは……ケッコンしてからだ」
にわかに眼光を鋭くした阿武隈に問いただされる。
「話して下さい。ケッコンした時のこと。出来る限り正確に」
声はいつもの、幼ささえ感じさせるトーンだが、そこに込められた力強さは、俺に逃げを許さないようだった。
「わかったよ……」
* * *
――十分後
執務室には、小刻みに身体を震わせる阿武隈と、力なく頭を抱え込む山村提督の姿があった。
「話してしまったな。何もかも」
思わず深い溜息をつく。これは、後悔や悲しみから来る溜息ではない。
ずっと一人で抱え込んできた荷物を下ろした、疲れと、安堵の溜息だった。
「まさか暁ちゃんがそんな大胆な行動に出ていたとは思いませんでした」
「俺も驚いたさ」
半瞬の沈黙。先に破ったのは阿武隈だ。
「……それで、提督はどうしたいんですか?」
「……」
考える。
“俺はどうしたい?”
鈍った頭を働かせるために、二、三度ぶんぶんと頭を振る。
「……俺自身の気持ちだけを問題にするなら……。彼女と、偽りじゃない、
阿武隈は生真面目に頷いてくれたが、俺はとんでもない先走りに気付いた。
自身の楽観思考に思わず苦笑しながら、語を繋げる。
「いや、先走りすぎたね。まだ恋愛関係にさえ至れていないのに」
「もう交際しているようなものでしょう」
やや不貞腐れ気味に阿武隈が言う。
「人から見ればそう見えるのかな。俺は執務の範囲を超えた事はした覚えがないけど」
ここで阿武隈のティーカップが空になる。
「マローブルー、もう一杯いくかい?」
「はい。さっきより濃いめで」
阿武隈と自身のお茶――今度は濃いめ、晴れた日の海のような色――を再度入れてソファーに座り直すと、正面には晴れた日の空の色をした目が、深刻な色をたたえていた。
「つまり提督は暁ちゃんと恋愛的な関係になりたい訳ですね」
「ああ」
「なら何で、その日に何もしなかったんですか」
もはや疑問形ではない。詰問だ。
「……相手は子供だぞ」
「それでも好きなんでしょう?」
「憲兵だっている。美代の存在を考慮したらそんなことできるはずが無い」
「提督!」
阿武隈の怒りは最もだ。俺自身、こんな不毛な逃げ方に嫌気がさしている。
「提督、よく聞いてください」
静かな、だが激しい怒りをたたえて、阿武隈が言う。
「暁ちゃんは、ケッコンカッコカリがとても嬉しかったはずです。だからこそ、高ぶった想いを抑えられなかったんでしょう」
「……」
「暁ちゃんが勇気を出して近づいてきてくれているのに、提督、貴方と言えば……」
「ただその好意から逃げているだけ」
その先の語を引き取る。
わかっているんだ。俺がひとつ勇気を出して、彼女に気持ちを伝えれば、彼女が受け入れないはずがないことを。
それは、阿武隈の言う通り、彼女が態度で示してくれている。わかっているんだ。
一部の艦娘の駄弁りで、俺が鈍感だとか、女に関心が無いとか聞いたが、それは違う。
気づいていたけど、認めたくなかったんだ。
「俺は怖いんだ」
怖い。ただひたすら怖い。
「今が幸せすぎるんだ。愛する人と、偽りでもケッコンして、周りには信頼できる部下がいて」
「……」
怖いんだ。
「変化が怖いんだ。今の関係が揺らぐのが怖いんだ。暁とだけじゃない。他の皆との関係まで崩れそうで怖いんだ」
それを聞いた阿武隈は、大きく、聞こえるように溜息をつくと。
「……とても海軍将校の言う言葉とは思えませんね」
「……」
「二年程前でしたか、改二改装を怖がる私にかけてくださった言葉、覚えていますか?」
もちろん覚えている。忘れるはずはない。
彼女は怖がっていた。
改二になる事で、制服も、運用可能な装備も、何もかもが変わる。それによって、周りの環境が変わるのを恐れていたのだ。
だが、そんな彼女の背中を笑って押したのは、自分だ。
「怖がるな。何が変わろうとお前はお前で、他の何者でもない。安心して変わってこい。ここにはお前を受け入れないような心の狭いやつはいない……」
「私はそれを信じました。笑って背中を押してくれたことを感謝もしています。でも」
彼女は、その空色の目に涙を浮かべていた。
「言った本人がそれを信じていないなら……説得力ありませんよ……」
「……」
「私達は変わりません。少なくとも、その程度で信頼が揺らぐ事はありません。だから……」
彼女は笑った。それはきっと、かつて俺が彼女にしたのと同じなのだろう。
「……だから、そんな不安は取り払ってください」
恥ずかしい。
信頼関係を最も重んじる、なんて、自分で言っておいて。
俺自身が、心の底から、皆を信じることが出来ていなかったのだから。
だから俺も笑った。
かつての阿武隈がそうしたように。
「……ありがとう。俺が間違っていたよ」
「はい」
応じる阿武隈の声は優しかった。
「……それで、俺はどうすればいいのかな。生憎低能なもんで何をしたらいいか見当もつかない」
「……それ、提督が考えなきゃ意味無いんじゃないんですか?」
「……だよな」
顔を見合わせて、クスッと笑いを漏らす。
「とりあえず、はっきりと自分の思う気持ちを伝えてみてはいかがですか? それがどのような形にせよ、嫌なはずはありません」
「いきなり司令官に緊張した面持ちで話されたら戸惑うんじゃないかな」
二人で、あわあわする暁の様子を思い浮かべて、また声を上げて笑った。
もう、迷いはない。
ずっと堂々巡りするばかりだった俺の思考を、抜け道へと連れ出してくれた阿武隈には、感謝してもしきれないが、口に出してはこう言っただけだ。
「ありがとう阿武隈」
これは、本当の本当に、信頼している事の表明。
そして、それに対する阿武隈の返答も、簡潔極まるものだった。
「どういたしまして」
それには、柔らかな優しさがこもっているのがわかって、阿武隈が、俺を許してくれた事を教えてくれた。
「よし、なら善は急げだ。今から有言実行といこうか」
「それがいいですよ。なまじ時間が経って、気が変わったらせっかく扇動した意味が無いですからね」
苦笑する阿武隈を背に、執務室の戸を開ける。
振り返って、もう一度言った。
「阿武隈」
「はい」
「本当にありがとう」
「はい」
* * *
山村提督が執務室を後にし、残された阿武隈は一人つぶやいた。
「暁ちゃんは幸せだな……彼を好いてるの、自分だけだと思ってるのかな」
最後に笑ったのは、彼を許したのではない。自分の気持ちに
それは、堪え続けた想い。暁の想いを知っているからこそ、表へ出すのを躊躇い続けた想い。阿武隈は、提督の気持ちを知った時、真っ先に二人の幸せを願って、自らの想いに蓋をした。
あそこで笑わなくては、自分はどのような表情をしたかわからない。
たがら笑った。
「私だって提督の事、馬鹿に出来ないんだよね……」
だが、一瞬後にあげた空色の目にはには、もう後悔も、悲しみも浮かんでいなかった。
寧ろ清々とした気持ちで立ち上がり、独語する。
「北上さんに会いたいな……」
何故か、あのマイペースな重雷装巡洋艦に会いたくなった。
実は阿武隈は提督に片思いしてましたということ。
作者は紅茶に詳しくないです。適当にググって出てくる程度の知識しかありません。