――鎮守府正門
「いた……」
ここは柱島泊地鎮守府正門。私と彼の始まりの場所。彼と2人の姉妹と共にこの正門をくぐったのは既に3年前のこととなった。
今私は、彼にある想いを伝えようとここへ来た。呼んだ訳では無い、図ったわけでもない。ただ彼を探し求めてさまよううちに、ここへたどり着き、そして彼もここへとやって来た。
見間違うはずの無い、提督の証である純白の制服。気に入っているのだと何時でもその頭に乗っている服と同じ色の制帽。日本人にしてはやや高めの身長に程よく肉のついた身体。
「司令官……」
「暁……」
互いに名前を呼んだけれど、後が続かない。心臓の音が嫌に大きく聞こえる。
しかし、彼の方も様子がおかしい。いつもの彼なら柔らかい笑みを浮かべながらこちらへとやって来るはずなのに、今日は強ばった表情のまま固まって動かない。
……何秒ほど見つめあっただろうか。彼が口を開いた。
「暁……今日の夜、予定はあるか?」
「え?」
突然何を……?
「今日は司令官は午後からお休みの日でしょう? 午後からは執務は……」
「違う、お前の予定だ」
ぶっきらぼうに吐き捨てるような質問。これも普段の彼ならありえないこと。彼が過去にこんな様子を見せたのは、以前崎矢提督の生命が危険にさらされた時たけだ。つまり、それだけ緊迫した状態だということ。
「私は特に予定はないけれど。何かあったの?」
もしかしたら深海棲艦に動きがあったのかもしれない。そう表情を引き締めて聞いた問いだったけれど、それを聞いた彼は明らかにたじろいだ。
「いや……久しぶりに……その……食事でもどうかと思ってだな。ああいや、嫌ならいいんだが…………」
「へっ?」
食事? 一体何故?
「ほら……いつもの店。予約取ってるからさ」
いつもの店……彼行きつけの、質素だが暖かい雰囲気のお店。彼は改装や作戦のMVPなど、めでたい事がある度に艦娘をその店に連れていく。
そしてその店は……
「……あなたとケッコンしたあのお店ね」
「うん……まぁそうなるね」
そう、彼と正式にケッコンしたお店。
彼には執務室でユビワを貰ったけれど、あれはただの改装艦識別のための飾り。“ケッコンカッコカリ”を正式に大本営に申告するには書類手続きを踏まなくてはならない。その書類に判を押した場所。あの日ははっきりと覚えている。
ふと顔を上げると、彼が不安そうな落ち着かない顔でこちらを覗いていた。
「どうしたの?」
「いや……返事がまだなんだが…………」
うっかりしていた。私の中では答えは決まっていたから、そんな過程を飛び越えてアタマが働いていたみたい。
「もちろんOKよ。ええ、もちろん……」
「そうか……よかった…………それじゃあ午後6時半にここで待ち合わせよう」
「わかったわ。それじゃあまたあとで……」
その時、私たちの間を割って入るように艦上偵察機の彩雲が飛び去った。
「あら? 何で彩雲がこんな所を飛んでるのかしら? ここは演習場からかなり離れてるのに……」
「誰か探し人じゃないか? ほら、隼鷹とか響とか!」
「それならいいのだけれど……」
なんだろう、司令官がやけに慌ててるような気がする。気難しく悩んでるかと思えば、私の質問で口ごもったり、彩雲を見て慌てたり。やっぱり今日の司令官はおかしい。
* * *
――10分後、鎮守府演習場
「提督ゥ……何やってんのさ! あんなんじゃ
「隼鷹……お前な…………」
暁との会話中に飛び去った彩雲。彩雲には識別のために扱う空母によって違う塗装が施されているから、すぐに隼鷹のものだとわかった。
「どもりすぎだよぉ。提督、あの戦闘指揮の時の自信に満ち溢れた態度はどこへやったんだい?」
「うるさい。彩雲取り上げるぞ」
「素直じゃないねぇ。心配してあげてるんだよ?相手が暁じゃなきゃ、アンタはもうフラれてててもおかしくないレベルなんだからさ」
「そこまで言うか……」
「自覚してんだろ?」
「まあな……」
自覚はしている。恋愛経験なんてほとんど無いんだ。仕方ないだろう。
「どうすりゃ良かったんだ? 俺は」
「まずあの場で伝えるべきだったろうね。食事に誘ったのは悪くないとして、何も用を言わずに呼び出すと逆に不安を与える」
「そんなものなのか?」
「アタシだって提督にあの表情で夕飯に誘われたら嫌な想像するだろうね」
「例えば?」
「そうだね……解体処分が決まったとか、大本営に強制送還、教官生活が決まった……とかかな」
「俺は絶対に解体なんかしない」
「それはアタシもよく知ってるよ。でもね、軍人ってのは上に従わなくちゃいけない。アンタだってわかってるだろ?」
曖昧に頷く。もし本当に大本営から艦娘解体を命じられたら、降格を覚悟で張り合うつもりだが、ここで隼鷹にそんな見栄を張って見せても仕方がない。
「まあ過ぎた事は仕方がない。これからの事を考えよう」
「もっともだ。だが……」
「だが?」
頭をかきそうになった右手をかろうじて制止させる。これも暁から教えてもらった癖。困った時はすぐにやっているらしい。代わりにため息混じりに答えた
「とりあえず呼び出すことだけ考えてたから、夕食の席でのことは完全にノープランだった」
「……着任以来ずーっと思ってたんだけどさ、アンタって天然な所があるよね? それともただのバカなのかい?」
「うーん、今回の場合はバカの方が出た……かな」
苦笑いするしかない。彼女の事になると、アタマの処理能力がぐっと低下する。昔はそんなこと無かったのに。彼女が変わったのか、俺が変わったのか。
「切り出しはどうすればいいのかな? やっぱりベターに“結婚を前提にお付き合いしてください”って入るべきかな?」
「……提督が言うと日本語に聞こえないね。それに、アタシはそういうのは専門外さ。鹿島にでも頼めば、教官よろしく薫陶してくれるんじゃないのかい?」
「鹿島ねぇ……あの練習艦娘、口が軽いんだよなぁ……」
「とにかく、アタシが助けてやれるのはここまで。あとは自分と、他のヤツらの力を借りるのさ。提督なら心配ないからさ」
「隼鷹……ありがとう。そうさせてもらうよ」
普段から恋愛事情には疎い彼女まで応援してくれている。何だか心強い。とりあえずプレゼントは用意した方がいいだろうから、姉妹たちの協力でも借りて買い物に出てみよう。その前に…………
「隼鷹」
「なんだい?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
* * *
――提督が去った後の鎮守府演習場
「……ったく、何を深刻に考えてんだか。提督がどんなにマヌケな告白しようと、暁はもうとっくにアンタに落ちてるってのにね…………」
ふっと1人笑う軽空母。練度はカンスト、提督の事を知り尽くした、また、その相棒である暁の事も知り尽くした彼女は、演習場で呟いていた。
「あんな幸せな悩み、他にないよ。全く……」
「あら、嫉妬かしら? あなたらしくない」
もう1人の練度カンスト軽空母、千歳が、隼鷹の隣に腰を降ろした。
「別に妬いてる訳じゃないさ。ただ、2人を見ているととっても幸せそうでね。笑ってくれて構わないけど、息子の結婚を知った母親みたいな気分なのさ」
「わかるわよ。祝福すべきことなのに、その人が変わってしまうことへの恐怖。そんな事は虚像に過ぎないのにね」
「……」
ぼんやりと海を見つめる隼鷹。千歳もそれにならう。
「千歳はさ。運命の人って信じるかい?」
「あの2人がそうじゃないかって事?」
頷く隼鷹、千歳は柔らかい笑みを浮かべて返す。
「あなたがそんなことを聞くなんて、恋でもしてみたくなった?」
「……答えは?」
「素っ気ないわね」
それでも千歳は嬉しそうだ。
「私は信じないわ」
「何でさ」
「だって、あの2人が“引き合わされる運命にあった”だなんて思えないの。根拠はないから笑ってくれてもいいけれど、彼らは共に望んだからこそ、今こうして引き合っているんじゃないかしら?」
「いつから天文学者みたいな物言いをするようになったんだい……」
千歳
なに?
アタシは複雑な気分だよ
泣くか、笑うかすればいいんじゃないかしら?
隼鷹のキャラブレッブレ問題