自意識過剰なんかじゃなく私にはストーカーが付きまとっており、男友達に頼んで送ってもらったりして何とか事なきを得ていた。
そろそろ引っ越しを本気で考えていたある日のこと、男友達と連絡が取れなかったので一人で明るいうちにアパートに帰ると、何故か鍵が開いている。かけ忘れるなんてこと、あるだろうか。
恐る恐るドアを開けて中を覗くと、何と人がいた。私は一人暮らしで合鍵を渡しているような相手もいない。なのに青い服を着た男が立っていたのだ。青い服…時折姿を見せていたストーカーも、いつも青い服だった。
ともすれば停止しそうな思考と動作を何とか動かそうとする。こめかみに響く心臓の音が邪魔だった。
逃げなくては。
動かない足を引き剥がす。だが遅い。悠々と近付いて来た男によって私の手首は掴まれ、有無を言わさぬ強い力で引き入れられた。
抱きかかえられ動きを奪われる。素早くドアを閉め、施錠する音が冷たく響いた。
男は腕を一向に緩めない。体を硬くする私の耳元に吹き込まれたのは、
「お帰りハニー。待ってたぜ」
低く、驚くほど良い声質だった。
「ま、待ってたって、…誰…ど、して、私の部屋に…」
喉が詰まったようにうまく言葉が出てこない。そのため、ハニーと呼ばれたことについてスルーする形になってしまった。
大声で助けを呼ぶことを考えたが、おそらくこの男はストーカーで、そんな人を下手に刺激したら何をされるか分かったものじゃない。
私が震えているのを気遣うかのように彼はその腕を緩め、私の肩を軽く押して玄関口に座らせた。自分もしゃがんで目の高さを同じにしてくる。私より少し年上だろうか。短髪で太い眉毛がつり上がっている。特別なイケメンとはいえない、ほどほどといったところだ。普通の出会いだったならちょっといいなと思うくらいには私のストライクゾーンにはまっていたが。
「俺は松野カラ松。覚えてくれよ、ハニーの運命の相手の名前だからな」
からまつ。人名としては変わっている。
「運命の相手ってあの、私…」
「ああ言わなくてもいいぞ、全部分かってる。ハニーのことなら何でも…いつも一緒にいた奴が彼氏でも何でもないことも、な」
口の端を上げる、その笑い方が恐ろしさを想起させる。私は目を逸らして自分で自分を抱きしめた。
「ま、まさか…」
男友達に連絡がつかなかったのは…。
カラ松という名のストーカーは目を細めるようにした。
「安心しろ殺してはいないから。これからハニーと結ばれるというのに、殺人犯になるわけにはいかないだろう? ちょっと脅かしただけさ…邪魔者には消えてもらわないと、君に触れることも出来やしない」
「あ…あ…」
近付けてきた顔の、その目の色は明らかに普通じゃない。私がどうにか壁側にお尻をずらして少しでも遠ざかろうとすると、彼…カラ松は、低く唸るような声を出した。
「どうして逃げるんだ。いつもいつも俺から逃げようとする…俺がこんなに愛しているのに、分からないのか⁉︎」
握りこぶしを振り上げられ、反射的に頭を抱えると玄関の横の壁が物凄い音を立てた。自分の腕の陰から、壁にヒビが入ったのを覗き見てまた震えた。
「怯えなくていい…俺は大切な運命のラバーに危害を加えたりはしないぞ。大丈夫、大人しくいい子にさえしてくれたら」
優しくした声音は、抵抗すれば何をするか分からないとしか私には聞こえない。
怖い。これからどうなるんだろう。ドアを開けずに警察に行くべきだった…。
頭の中はパニックだったが、叫ぶことも暴れることも出来やしない。
目の前が熱く白く塗りつぶされそうな心地で、彼の手によってパンプスが脱がさせるのをどうにか知覚していた。されるがままに抱きかかえられ、ベッドに下ろされる。不法侵入という犯罪を犯している男に、紳士的といっていいほど優しくされて、かえって恐ろしく思った。
「さあもう俺たちを邪魔するものはない。ようやく一つになれるぞ…」
「いや…」
せめてもの抵抗で胎児のように丸くなるが、すぐに手首を掴まれ仰向けにさせられる。目の前にカラ松の顔があった。うっとりと狂った表情。
「俺はずっとこの瞬間を夢見て、キュートなプリンセスの姿を見守ってたんだ」
「わ、私は知らない…」
「これから知ればいい。もう決して離れないから」
何を言っても無駄だ。全然聞く耳を持たない。私は知らない男に犯されるんだ…。
顔がもっと近付いてくる。とうとう唇が触れて、ぎゅっと目をつぶった。
最初は触れるだけのキスで、すぐに離すと、カラ松はたまらないといったように熱いため息をついた。
「思った通り…甘い唇だ…何千回も何万回も、想像してた…」
確かめるように何度も繰り返し、やがて舌を割り入れてくる。抵抗できずにされるがままの私から一度唇を離し、はぁはぁと息を荒げながらカラ松は言った。
「ハニーももっと舌を絡めて欲しい…ほら、舌を出して…」
頬に触れられ、びくりとする。恐怖のため両のまぶたは閉ざしたままだ。
恐る恐る口を開け、舌を出す。彼の熱い舌が触れた。導かれるように絡め合う。ん、ん、と喉の奥が鳴った。
そうしながらもカラ松の大きな手は私の体をそろそろと撫で回し始める。
「そんなに硬くならず、リラ〜ックスだハニィー。どうすれば喜んでもらえるか、色々考えてきたんだ…」
マッサージするように体の表面を撫でさすりながらこう言うが、リラ〜ックスなどできるわけがない、強姦されるというこのときに。
「どうしてずっと目を閉じてるんだ? 可愛い瞳に俺を映してくれよ」
なぜこの人はこういう言い回しをするんだろう。何かのセリフのようだ。声も俳優みたいだし、作り物めいていたが、残念ながら今から犯されるのはまぎれもない現実なのだった。
とにかく言うことを聞いていればひどいことはされないだろう。そっと目を開けた。カラ松はとても嬉しそうにこちらを覗き込んでいる。
「…ときにハニーは処女なのかな?」
あからさまな質問に、少し間を置いてからふるふる首を振る。
「…そうか。俺のために取っておいて欲しかったが、仕方ないな。今から俺だけにしてやる…他の男の記憶なんて残らないくらいに抱いてやるよ、何度もしてやるから…安心していいぞ。ああ俺は運命のラバーに捧げるために、今この瞬間まで童貞を守ってきたからな」
高らかに童貞宣言をされてどう反応すればいいのか分からない。
そうしているうちに服を乱されてゆく。
「ああ…綺麗だよ…」
胸に触れられ、詰めていた息が漏れる。
思う存分私の口腔を蹂躙していた唇が、今度は首筋に触れた。私は首を振り抵抗を示す。
「お願い、シャワーを…」
「ん…」
顔を上げた彼の目を直視できず、視線を逸らした。
「シャワーを浴びさせて…」
1日の仕事の後だ、単純に嫌だった。
断られるかもと思ったが、カラ松は神妙に頷いた。
「いいぞ。せっかく初めて一つになるんだ、ハニーの望む形でしたいしな」
どうも私に対する気持ちは本当らしくて、それがせめてもの救いだと思った。
ベッドから起き上がり、まずはさり気なく玄関に置かれたままのバッグを取りに行く。こっそりとスマホを抜き取り、バスルームに駆け込んだ。
震える手でスマホを操作する。警察…110番、このまま押して通じるのだろうか…とにかく通報を…。
「やっぱり待ってられないから、俺が洗ってやる…」
バスルームに顔を出した男の目から、スマホを隠し切れなかった。
みるみる表情が変わるのを目の当たりにして足がすくむ。恐ろしいほど怒りをあらわにして迫ってくると、カラ松は私の手からスマホをやすやす取り上げ、真っ二つに折ってしまう。スマホがこんなに簡単に折れる物だとは知らなかった。
「…誰に連絡しようとしてたんだ? ん?」
片手で顎を掴まれ、正面から凄みの効いた目で睨まれる。あまりの恐ろしさに歯がかちかち鳴った。
「言えよ…言え!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい…」
「誰に連絡しようとしたのか言えと言ってるんだ!」
手に力が入る。頬が痛い。涙がこぼれる。
「け、警察…に…」
うまい言い訳も浮かばぬまま正直に口にすると、そっと手を外され、その手を肩に置かれた。恐る恐る見ると、カラ松はほっとしたような笑顔を浮かべている。
「何だ警察か。あの男にでも連絡するのかと思って、つい嫉妬してしまったよ。これから俺とのスィートタイムってときに、他の男と話すなんて、我慢ならないからな…」
ぺろ、頬を舐められるが悲鳴は声にならない。目元までを舐められて、涙を舐め取られているのだと知った。
それから私は、彼の手によって身体中を丹念に洗い上げられた。
無残な姿になったスマホもシャワーに濡れていた。
ベッドに戻され、綺麗になった体に指を舌を這わされる。
もう私は諦めていた。この場を無事に終わらすしかない。殺されず怪我をせずで重畳だ。
「あぁ…」
敏感な部分に触れられ、思わず漏れた声に、カラ松は嬉しそうに笑んだ。
「感じてくれてるんだな…もっと乱してやるから、遠慮せず可愛い声を聞かせてくれよ、ほら…」
言うことを聞かないと何をさせるか分からない。
そう自分に言い聞かせ、私は声を上げた。
「俺のも触ってくれないか…」
手をそこに導かれて、既に大きくなってびくびく脈打つモノをそっと握った。正直に言って、少し興奮した。
いや、私は実は、かなり感じていた。カラ松は本当に優しく丁寧に愛撫をしてくれる。ずっと前に別れた彼氏が私の唯一の経験だったが、この前戯と比べれば彼とのセックスなんて何も気持ち良くなかった。その時はそういうものかと思っていたが、引き比べて男の身勝手さを今になって知ったのだ。
おかしな話だ、ちゃんと付き合っていた彼氏よりも、ストーカーの方が優しく気持ち良くしてくれるなんて。
「ノーンノン、ハニー、そんなにしたら俺の愛が迸り出てしまうぜ…」
気が付けば熱心に擦っていた。やんわり止められて、恥ずかしくなる。
「初めてはやはり、ハニーの中で受け止めて欲しいから…いいかな…?」
とろんとした目をして、私の答えも待たず脚を持ち上げると、入り口に触れてくる。
「ああ…お願い避妊を…」
「必要ない…」
ぐっと押さえつけるようにして、入ろうとしてくる。ささやかな抵抗は徒労に終わり、私はそのままの彼を受け入れてしまっていた。
「ああだめ、嫌だぁ…っ…」
ゆっくりゆっくり動かれて、はっ、はっと息が押し出される。我ながら随分甘さを帯びていた。
「ンン…ハニーはどこがイイのかなー?」
初めてで余裕がないだろうに、それでもあちこち探ってくる。私はそんなにナカでは感じない。…はずなのに。
「あああ…っ!」
「ここかい…?」
何度も擦られ突かれて、今まで知らなかった快感に何もかも忘れ声を上げる。ガクガク揺さぶられ、逞しい体にしがみついた。
「イイのか? 気持ちいいならそう言ってくれよ、俺の名を呼んでくれ…カラ松って…」
グイグイ突き上げながら熱に浮かされたように囁いてくる。その声にも蕩かされ、もう何も分からなくなってしまった。
「ああ気持ちいいの…カラ松…」
呼んだとたん、びくん、と、ナカで更に大きく硬くなった、気がした。
「…んっハニーが…俺の名前を…ああ…イクよ、中に…」
「あ、だめ中は…」
ひとかけら残っていたらしい理性がそうこぼさせる。だがその声はあまりにも弱く、無意識に逃げようとする腰もガッチリ掴まれ、カラ松は耳元で少し喘ぎ、出すよ…と囁いて私の中で果てた。
「二人のベビーを早く迎えたいものだな…俺たちは家族になって、生涯離れないんだ…」
お腹を撫でられて、改めてぞっとする。
だけど休んでいる暇はなかった。キスと愛撫が、早くも二度目の始まりを告げていたから。
「それにしても嬉しいよハニー、俺のでいっぱい感じてくれたよな。運命の相手なんだから、体の相性もピッタリに決まってるとは思っていたが、これほどとは…。さあもっと確かめよう。さっきも言ったが、何度でもシてやるから」
その言葉通り、カラ松はその後私を何度も求めた。
「もう…ダメ、許して…」
「まだまだこんなものじゃ、俺たちの愛は語り尽くせてないだろう? もっとボディでディープな愛を交わそうじゃないか」
もうベッドも私も互いの体液でぐちゃぐちゃ、私の全身には至るところ彼のものにされた印が刻まれていた。そして、動けない私の上で底なしのカラ松だけが元気だった。
それから彼の望み通りに私は妊娠してしまい、やがて彼にそっくりの男の子を産んだ。
運命とは本物だったのか、意外なことだが、深く愛してくれる優しい彼…いや、旦那と、今はとても幸せに暮らしている。
ここだけの話、夜の営みなんて毎晩あるくらい、仲良し夫婦になっていたのだった。
ただ困ったことが二つほどある。
人から馴れ初めを聞かれると、何と答えたものか悩んでしまうこと。
それからもう一つは…。
「ハニー? 今日はどこに出掛けたんだ、男と話したりしてないだろうな、ンー?」
彼の嫉妬深さは、やはり異常なまま治らないということ。
怒った時の怖さがこの身に刻み込まれているから、私は固まってしまう。
そうすると旦那は、優しくキスをして耳元に囁きかけるのだ。
「ハニーは一生、俺だけのもの…よく覚えておくんだよ…」
と、凄く良い声で。