※現在、君の名は。二次創作のネタを募集中です。ある程度数が集まったら書き始めますんで、妄想のタケをお題箱になげつけてみてください。
https://odaibako.net/u/soekiba

劇場版のラストから続くように書いた後日談です。

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君の名は…?

 面接への道半ばで途中下車――これでは、瀧も諦めざるを得ない。

 トイレからこっそり体調不良で……と連絡を入れてみたものの、先方からの返事は、別の空いている日時を後日折り返す、とのこと。おそらく、もう連絡が来ることはないだろう。

 しかし、そこに後悔はない……ということもない。

 だとしても。

 この偶(・)然(・)を、絶対に無駄にしてはいけない――そう、彼は感じていた。

 三葉もまた同じ頃、トイレからこっそり、休暇の連絡は入れていた。後輩が代行してくれることになったが、迷惑を掛けてしまう。後日、フォローしておかなくてはなるまい。

 それでも、彼が無理を押して――どうやら彼は就活生らしいが、今はまだ九時半前。丁度予定が済んだところ、と本人は言うものの、そんな早朝に事が済むなど考え難い――今後の未来も不確定な彼が、そこのファミレスで朝食でも、と誘ってくれたのだ。できる限り応じたい。

 とはいえ、彼女は家で軽く済ませており、言い出した瀧本人に至っては臨むべき戦いに備えてしっかりと活力を補給してきている。空腹感はまるでない。

 ゆえに、注文はドリンクバー二つのみ。

 共に、偶然を装い、偶然時間が空いていた――という名目の、強引にねじ込まれた食事会。

 そこでコーヒーを啜りながら、瀧は考える。

 これでは……質の悪いナンパではないか、と。

 どこかで逢った気がする――とは、何と気の利かない誘い文句だろうか。

 例えそれが事実だったとしても、訝しがられるのが当然だろう。

 それでも、彼女は名乗りを上げた。

 宮水三葉――本名とも偽名とも思えるその名を、彼には信じることしかできない。

 一方の三葉も――妙なスピリチュアルにでも捕まったのか、と不安を感じていた。

 必死な表情が露骨過ぎたのかもしれない。

 君の名前は――そう問われて、思わず馬鹿正直に答えてしまった。

 相手の名前は立花瀧。ありふれているとも言い難く、芸名か何かにも感じてしまう。

 とはいえ、疑っていては良い方向に進むはずもない。名乗られたままに、呼ぶしかないのだろう。

「その……立花君は、私と逢ったことがある……気がする? と仰ってましたが……」

「それはその……宮水さんも……」

 このままでは埒が明かない。

 お互いどこかで逢った気がしているのだ。

 記憶の糸を手繰り寄せて、結びつけていくしかない。

 彼女が飛騨の出身であると聞いて、瀧は一つの節に思い当たる。

 今から五年ほど前――高校生の頃、何を思ったか飛騨の糸守町という場所に観光に行ったことがあった。

 何故そこに行ったのか、今となってはよく解らない。

 もしやそのことが関係しているのか――とも考えたが、彼女は八年前の彗星落下の事故から一度も故郷に足を運んではいないと言う。

 しかし……

 そんなことは瑣末ごとだった。

 逢ったばかりの赤の他人だというのに、

 お互い、相手のことが知りたくて仕方がない。

 取り留めのない身の上話を聞かされる度に、心の隙間が埋まっていく気がする。

 かつて、唐突に失ってしまった何かが。

 最早、いつ、どこで出逢ったかなど気にもならない。

 気づけば、二人はただただ、各々の身の上話を語り繋いでいた。

 

 空腹を覚えれば適宜食事を注文し、気づけば午前二時を回っている。

 本当に丸一日、あの席に居座ってしまった。

 明日に備え、今日は帰宅して少しでも休んでおくべきである。

 こんな時間に走る電車は既にないが、タクシーを使ってもそう値が張ることもないだろう。

 だが――

 どうしても、それを切り出すことができない。

 自分から、別れを告げることができない。

 何故なら、もっと一緒にいたいから。

 翌朝に控えている仕事と面接――それまで六時間以上の空きがある。

 ならば、その間すらも共に過ごしていたい――口に出さずとも、二人の気持ちは一致していた。

 が、夜通すことは社会人として適切ではない。

 ゆえに、彼らは場所を変えた。

 大人の男女が、夜を過ごすにふさわしい場所へと。

 

 駅前には、ビジネスホテルがいくつか点在している。

 そこに、別段怪しげな雰囲気はない。

 しかし――

 男女一組で泊まるのならば、その意味合いは変わってくる。

 ファミレスを出る際に、瀧が意を決して口にした言葉。

『時間も時間ですし、そろそろ休(・)ん(・)だ(・)方がいいかもしれません』

 これに対する三葉の答え。

『でしたら、とりあえず駅の方に向かいませんか?』

 終電が過ぎている、と知っていながら、彼らは寄り添って大通りを歩いて行く。

 そこならタクシーも拾えるだろう、という含みも感じなくはない。

 しかし、並んで歩いている最中――三葉の視線が暗いガラス戸へと逸らされた。

 瀧もまた、釣られるようにそれを追う。

 その先では――ホテルのフロントが、淡くぼんやりと照らされていた。

 静かに俯く三葉の隣で、瀧は思わず足を止める。

 だが……

 こんなところに、逢ったばかりの女性を連れ込んで良いものか……?

 何より、彼にはそ(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)経験もなく、死ぬほど恥ずかしい。

 ゆえに。

 彼は極めて控えめな理由で取り繕った。

「もう少し……お(・)話(・)しませんか……?」

 そのぼやけた誘いに彼女はたった一言で小さく頷く。

「……はい」

 本当に話すだけなのか。

 それとも、そ(・)の(・)先(・)まで求められるのか。

 すべての可能性を許容した上で――三葉は彼の後に続く。

 余計な邪推を頭から追い出しながら。

 

 今は別段繁忙期でもない。部屋を二つ取ることも可能だっただろう。

 しかし、瀧の選択は――ツイン一部屋。

 ホテルマンとのやり取りを、三葉は黙って聞いていた。

 拒むことも、驚くこともなく――ただ、当然のこととして。

 部屋に着くも、照明がつけられることはない。

 ただ、上着だけを扉横のハンガーに掛け、そのまま広いベッドに腰をかける。

 二人並んで。

 身を寄せ合って。

 これはもう、言葉で語り合う距離ではない。

 羞恥心。

 好奇心。

 性的欲求――

 様々な感情が男女の中で駆け巡る。

 その緊張に耐えかねて――

「お、俺、シャワー浴びてきます!」

 明日も早いから……などと独りごちながら――彼は逃げた。

 しかし、それが三葉の緊張を少しだけ和らげる。

 このまま襲われていたら――身体のケアを確認する間もなかったから。

 彼が上がれば、次は自分だろう。

 そこで、独りになった時、改めて自分に問いかけよう。

 この気持ちは本物なのか、と。

 浴室の方からシャワーの音が聞こえ始める。

 彼女は、その先のことを考えていた。

 もし彼が、あの面接用の上下を再び着込んで出てきたら――それは、一(・)つ(・)の(・)可(・)能(・)性(・)を自ら潰してしまうことになる。

 それは、嫌だ。

 彼が求めてこないのならともかく――自分の手でなくしたくはない。

 とはいえ。

 パジャマの類は浴室の外。クローゼットの中に入ったままだ。

 ここで黙って待っていては――まさか、全裸にタオルだけ巻いてくることもないだろう。

 彼には一先ず、最大限に緩い姿でいて欲しい。

 就寝前という状況において、最も不自然のない姿で。

 その上で、判断して欲しい。

 進むのか、

 退くのか。

 シャワーを浴びているということは、中のカーテンを閉ざしているはず。

 その手前にパジャマ一式を置いておけば、わざわざ一日着通したシャツに袖を通し直すこともないだろう。

 そう思って、彼女はユニットバスの戸を空けた。

 が――

「わっ!?」

「え――!?」

 固まり見つめ合う二人の間に言葉はない。

 ただ、さー……と、水飛沫が上がる音だけが響く。

 瀧も瀧で、緊張していたのだろう。

 部屋に戻った後、どうすれば良いのか――考えるのはそんなことばかり。

 結果、シャワーカーテンのことを、完全に失念していた。

 本来あるべき緩衝材はそこになく、

 三葉の両目には男の身体が飛び込んでくる。

 わさ、と三葉の手から寝間着が滑り落ち、音もなく濡れた床へと浸された。

 それが、二人を硬直から解き放つ。

「ご、ごめん……っ!」

 じっくりと見つめられてから、瀧はようやく幕を閉じた。

「わっ、私こそ……! あっ、パジャマ濡れちゃった! 新しいの持ってきますから!」

「いいですよっ、大丈夫――」

「気にしないで! 予備はまだありますしっ!」

 慌てて扉を閉める彼女の声に――瀧は頭を抱える。

 これはもう、事を成そうという空気ではない。

 自分の不注意で、すべてが終わってしまった――彼は、己の不甲斐なさをひたすらに嘆いていた。

 しかし……

 三葉の中に芽生えてくるのは不思議な感覚。

 私――あの身体に見覚えが――!

 男の人の裸なんて、見ることの方が難しい。

 もし見てしまったのなら、それを忘れることはもっと難しいだろう。

 それが、物心付いた後ならば。

 隠すようにクローゼットへと濡れたパジャマを放り込み、真新しい方を手に取って浴室へと置き直し――勿論、今度はノックをした上で――扉を閉めて外側から寄りかかると、三葉は中へと問い掛ける。

「あ、あのっ……ずっと子供の頃……それこそ、二歳とか三歳とか……その頃に飛騨に来たことはありませんか?」

 この問いの意味を、瀧も理解してしまった。

 幼い頃、俺たちは“裸の付き合い”をしたことがあったのではないか、と言っているのだろう。

 当時は意識しなかったかもしれないが――大人になった相手からこう確認されては、記憶がなくとも下半身に血流が溜まってしまう。

 裸の異性と、仲睦まじく接したかもしれない、という仮定が。

 とはいえ。

「な……ないと思いますよ……実家を調べないと絶対ではないですけど」

 緊張を隠しながら、瀧は面白味のない答えを返す。

「そう……ですか……」

 と言われても……彼女は確信めいたものを感じていた。

 少なくとも、彼との“裸の付き合い”については。

 いつ、どこで見たかはどうしても思い出せない。

 あまりの衝撃に記憶が飛んだ――ということもないだろう。

 実際、目の当たりにした今、平然――でもないが、正気を保っているのだし。

 三葉は、再びクローゼットの中を覗き見る。

 上には、二人の上着が掛かっている。

 下には、濡れた寝間着が転がっている。

 予備くらい……用意しておきなさいよ……!

 まさか、ツインだからといって、本当にキッチリ二着しか用意がないとは思わなかった。

 しかし。

 静かにクローゼットを閉じ、彼女は部屋へと引き返す。

 そして、ベッドに座り直して、自分を追い込もうとしていた。

 これは……この感覚は、必ず何かの手掛かりになるだろう。

 遠い昔、失ってしまった何かを取り戻すための手掛かりに。

 彼の身体に見覚えがあったはずなのだから、彼もまた、私の身体に何らかの見覚えがあっても不思議はない。

 だが――

 本当にそんなことをして良いのだろうか。

 今朝、逢ったばかりの男の人に。

 軽い女だと思われたら屈辱だ。

 むしろ、引かれてしまうかもしれない。

 ここで彼女は、クローゼットのことを思い出す。

 落としてしまった服は、しっかりと芯まで濡れていた。

 あれを着て寝ようとすれば、風邪を引いてしまいそうなほどに。

 だから、もう着るものはないのだ。

 風呂上がりに同じ下着を着けて寝るなど不衛生だし。

 貞操観念を捨ててまで気配る衛生面ではないとは思うけれど――

 それは、あえて考えない。

 前に進むためには、言い訳が必要だから。

 何の理由もなく肌を晒すには、彼との関係は浅すぎる。

 これから深くなるかもしれないとしても。

 今は、その時ではない。

 とはいえ。

 彼との時間は今だけかもしれない。

 ここで、何も解決せずに別れてしまって、その機会を逸してしまったら――!

 着る服はない。

 彼の裸も見てしまった。

 そして、このわだかまりをそのままにしておきたくない――

 様々な理由を勇気に変えて、三葉は彼の風呂上がりを待つ。

 せめて、カミソリくらいはあって欲しい、とホテルの設備に願いながら。

 

 シャワーの音が止まり、部屋は静寂に包まれている。

 その暗い重苦しさの中で、瀧はベッドに座って縮こまっていた。

 先程、見苦しいものを見せたばかりである。

 諦めて、寝たフリでも決め込んだ方が楽かもしれない。

 だが。

 年頃の男子として――ほんの僅かな可能性でも捨てることはできなかった。

 出てきた彼女から呆れた目つきで睨まれたとしても……どうせ、一夜の間柄である。悲しい失敗談として今後の教訓とすればいい。

 そんな後ろ向きな彼であったが、一つ知らないことがある。

 三葉が、替えの服を持たずにシャワー室に入ったことを。

 こちらの分だけ用意して、自分が持たないなど思いもよらない。

 ゆえに――

「…………っ」

 瀧は言葉を詰まらせる。

 てっきり、自分と同じ簡易寝間着で出てくるものと思っていたから。

 それが――バスタオル一枚……?

 彼女も彼女で、この姿に抵抗があったのだろう。

 逃げるように視線は足下へと落とされていたが――す……と彼の方へと向き直る。

 それで目が合ったことで――彼は、我を忘れて見惚れていたことに気付かされた。

「っ、ぁ……その……」

 こんな時、どう言ったらいいのかわからない。

 せめて、相手が恥じらったり怒ったりしてくれれば、謝りようもあるだろう。

 だが、こうして立ち尽くされては……己の欲望に歯止めが効かなくなる。

 文字通り、目のやり場に困る。

 が、それは他でもない三葉自身によって定められることとなった。

「この身体に……見覚えはありませんか……?」

 タオルの端をしっかりと握ったまま、両腕を開かせる。

 肌蹴させた中から現れるのは――己の沽券そのもの。

 これでは変質者そのものだ――彼女の内側から羞恥心が込み上げてくる。

 ない、と答えられれば、即座に巻き直したい。

 それで……元の服に着替えてもう帰ろう。

 タクシーでも何でも使って。

 彼との絶縁を覚悟していた三葉だったが――瀧はその期待に応えてくれた。

「あ……あります……!」

 彼とて年頃の男子として、ポルノ画像くらいは飽きるほど見てきた。

 しかし……それらとは明らかに違う。

 映像ではなく、目の当たりにしていた――そう、生身で。

 思わず立ち上がり、恐る恐る手を差し伸べる。

 それに、三葉は抗わない。

 近づいてくる男の手に、身を固めて震えを押さえ込む。

 彼女の様子にも気づかず、瀧は目の前の二房に夢中になっていた。

 勿論、独特の美しさに魅せられていた、ということはある。

 だが、それ以上に――

 懐かしさ。

 それが、彼の右手を、触れやすい左胸――ではなく、右胸の方へと導いていた。

 何故か見覚えのある二つのほくろ。

 そこに――無意識のうちに、親指と中指を合わせる。

 そして、力を込めると――

「…………っ!!」

 この柔らかさ……間違いなく、俺は触ったことがある……!?

 だが、いつ、どこで……?

 この膨らみを湛えている、ということは、彼女が言うほど昔でもないはずだ。

 何故思い出せないのか――自分でも理解できない。

 ここまで鼓動を高鳴らせる肌触りを忘れてしまうことなどあるものか……?

 一方、三葉もこの不自然な手つきに確信を得る。

 私の身体は、彼に触れられている。

 彼に、知られている。

 今ではない、ずっと前に。

 そしてまた、私も――

 備え付けの寝間着は緩い。

 腰元から指を差し入れると、その内側の、下着の更に向こう側へ。

 彼に嫌がる素振りはない。

 三葉はそのまま――引っかかりそうなところを避けるよう大外回りに――二枚のゴム帯を揃えて引きずり下ろしてしまった。

 そして、これを――どうしよう?

 ここに引っ掛けてしまって良いのだろうか。

 痛かったらごめんなさい、と案じながらも、何故か大丈夫な気がする。

 まるで、我がことのように。

 我が身の記憶のように。

 ともかく。

 彼女は下ろしたところが戻らぬよう、その縁を袋の裏側へと差し込んだ。

 目の前の男の子は、それにも気づかぬように自分の身体に夢中になっている。

 気づかぬフリをしているだけかもしれないが。

 どちらにせよ。

 三葉の手に、迷いはない。

 飛びかかってくる大蛇のような雄を、恐れることなく握りしめる。

 が、手の平に伝わる確かな違(・)和(・)感(・)。

 しかし、違和感があること自体がおかしい。

 初めて触れるもの。

 初めての、はずなのに。

 何と比べて、違うと感じているのか。

 何と、異なるのか。

 持ち手を左に替えてみる。

 次に、手首を捻って親指を下に。

 だが――

 どれもしっくりこない。

 そもそも、何がどう“しっくり”なのか。

 こんなになった男の子を触ったことなんてないのに。

 それなのに、少(・)し(・)だ(・)け(・)違う気がする。

 自分の握り方が間(・)違(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。

 何と比べて?

 何が正しい?

 わからない……けれど……

 ただ、一つ言えることは、

 曲(・)が(・)り(・)方(・)が……逆……?

 自然に手を上下させると、意識しているのとは反対方向に引っ張られてしまう。

 右も左も、どちらが正しいかなんて判らない。

 だとしても、自分のこの手が覚えている。

 左上に向けて、撫でてゆくものだと。

 ここにきて、三葉は一つの仮定に行き着いた。

 ――鏡合わせ……?

 だとすれば、彼の奇妙な触れ方にも合致するかもしれない。

「ねぇ、立花君。ちょっと、ベッドに座ってみてもらえますか?」

 それも、壁に寄りかかって、背を大きく曲げて。

 言われるがままに腰を下ろした瀧に対し、三葉は背を向けて――

「重かったら言ってね。少し試してみたいだけだから」

 両足を彼の腰の更に外側へと置く。

 大股を開いた酷い格好ではあるが……見られるのが後ろからならそこまで恥ずかしくもない。

 そしてそのまま、彼の腹部に――なるべく負担が掛からぬよう、できるだけ骨盤寄りに、柔らかなお尻を下ろしていく。

 すると――

 股の間から、自分でないものが生えてきた。

 彼女は、それを握る。

 女にはない、男の身体を。

 だが。

「――!」

 ひと擦り、ふた擦り。

 軽く上下させただけでわかる馴染んだ手応え。

 これでようやく腑に落ちた。

 私は、この身体を知っている――と。

 そして、それは彼も同様に。

 背後から抱きしめるように揉みしだくそれは、もう疑いようがない。

 ならば、もっと深くまで確かめたい。

 彼女が握る自分の身体。

 その根本に、三葉の女が触れている。

 温かく濡れた、女の身体が。

 茂る草々を掻き分けて、彼は迷うことなくそこを探り当てる。

「……っ!」

 触れられてはならないところに、男の指が侵食してきた。

 その恐怖に全身を強張らせる――が、瀧はそれに気づかない。

 まるで、そこが自分の身体のように。

 見えないところがどうなっているのか、何故か判ってしまう。

 そして……どうすれば 性感(かん)じるかも。

「……っ、あ」

 薄いところと厚いところの隙間をなぞられ、三葉の喉から思わず甘い吐息が溢れた。

 そこから滴るものを掻き集め、運んできた先に――擦り付ける。

「んっ、ん……ん……」

 もう三葉の中に不安はない。

 この男の子は、自分以上に自分の身体を知っている。

 任せても……心配はない。

 落ち着いてくると、胸を摘まみ上げる指先も嬉しく感じてしまう。

 流されるままに肌を許し、力なく硬いところを撫で回す。

 その形を直に感じて――

 記憶とは無関係に、

 女として、芽生えた感情。

 性的な好奇心。

 この、手の内にあるものを、自分の 内側(なか)に―― 挿入(い)れてみたい――!

 もしかすると、これまで男の人たちを拒んできたのは、この日のためだったのかもしれない。

 今夜、彼を受け入れるために――自分の身体はあったのだと。

 ここから先は、記憶にない。

 どんなに頭を捻ろうとも、思い当たる節もない。

 きっと、彼にも覚えはないだろう。

 だとしても――

「み……宮水さん……?」

 男から指を離さず、腰だけ上げていく三葉に、瀧は不安と期待に胸を掻き立てられる。

 そんな彼に、振り向くことなく彼女は告げた。

「三葉、って呼んで。……瀧君」

 それで、これから行うことが、

 彼女が望んでいることが、

 すっかり解ってしまった。

 夢に見たことだったのに……いざとなると、彼は腰が引けてしまう。

「え、ぇ……でも――」

 いきなり、こんなことって――

 しかし、彼女は戸惑わない。

 彼以外にいない、と信じていたから。

「心配しないで。今日は大(・)丈(・)夫(・)な(・)日(・)だから」

 多分――という言葉を小さく飲み込む。

 まさか、いきなりこのようなことになるなんて思っていなかったから。

 しっかりと計算していたわけではない。

 何となくの憶測。

 だが……

 もし大丈夫ではなかったとしても、彼女は大丈夫だと自分に言い聞かせただろう。

 この想いを止める者は、誰もいなかったから。

「ん、ん……」

 自分の 膣(カラダ)は、思っていたより広くはなかったようだ。

 もしくは、緊張して硬くなっているのかもしれない。

 入り口をこじ開け、

  膣(なか)をえぐり、

 それでも、掘り進むことをやめようとしない。

 これは、いつか通る道。

 避けることはできない。

 ならば、それが今だというだけのこと――!

「っん、ぁはぁ……」

  挿入(い)れて……しまった……。

 繋がって……しまった……。

 でも、ここで終わってはいけない。

 終わらせたくない。

 一度 挿入(い)れてしまったのなら、今まで触れられなかったところを……すべて……!

「あっ、ん、ん……はぁ……❤」

 腰を僅かに上下させ、傾き回し、異物で自分の 膣内(なか)を揉みほぐしていく。

 確かに、ある。

 そこに、ある。

 自分の身体ではない、何かが。

 血の通う生きた、何かが。

 命と命が、混じり合っている。

 そんな感慨深い想いとは裏腹に、生真面目な瀧は男としての責任に目覚めていた。

 これまで他の女の子といい雰囲気になったことがなかった――ということもない。

 だが、最終的には――最終段階に至る直前に――彼は、拒んでしまった。

 相手が嫌いだったわけではない。

 ただ、然るべき相手ではない気がして。

 傷つけないよう、少しだけ遠ざけた。

 しかし、今なら解る。

 きっと自分は、この人を探していたのだろう。

 この人を待っていたのだろう。

 だから、伝えなくてはならない。

 自分が添い遂げる者を、迎えるために。

「三葉さん……俺……!」

 ――貴女のことが、好きです!

 この、順序が倒錯した告白に――三葉は背中越しに素っ気なく答える。

「知ってた」

 車窓越しに視線を合わせた瞬間――一目惚れ、などではない。

 もう、とっくの昔に惚れていた。

 そしてそれは、長年越しに再開した恋人同士のような――

 彼氏なんていたことないから、気づけなかった。

 だけど、きっとそうなのだろう。

 私たちはきっと、そうなのだろう。

 ならば、そんなことは今更言う必要はない。

「私の気持ちも、知ってるよね?」

 彼は、何も答えない。

 ただ、不安そうに彼女の身体を抱きしめる。

 告げてもらえたからこその余裕――それを三葉も自覚していた。

「でも、言って欲しい?」

「……はい」

 だよね、と彼女は静かに背を彼の胸に預ける。

 いざ、自分が言うと少しばかり恥ずかしい。

 が、言ってあげないとやっぱりズルイか。

「私も、瀧君のこと大好きだよっ」

 口にしてみると――案外こういうのも悪くない。

 気持ちと身体が通じていても、言葉にするとまた違う悦びがあるようだ。

 瀧の心にも充足感が広がってゆき――三葉の身体を前へ前へと倒していく。

 ああ、来るんだな――と彼女にも判った。

 彼の身体はすっかり馴染んだし、ならば手綱は渡しておこう。

 自分が導いては――最後の最後で危ういから。

 三葉は布団の上に両手を突き、瀧は代わりに膝を突く。

 そして、細い腰をしっかりと掌をあてがい――

「――っ、あんっ」

 大きな力に引き寄せられ、三葉からこれまでと違う声が出た。

 自分で押し込んでいた時とは……全然違う……!

 身体ごとぶつかってくる衝撃に、彼女の肘がガクンと折れる。

 が、瀧には撞くことをやめられない。

 一つひとつの動きに、彼女の 膣内(なか)がヒクヒクと抱き返してくれるから。

「あ、あ、は、はぁっ!」

 これが……犯されるという感覚……!

 自分の中が蹂躙されていく……!

 だけど、 汚(けが)されていく気はしない。

 深いところで掻き回されて……入り混じっていくようだ。

「すっ、すごっ、い、い、いい……っ❤」

 両腕を枕に、三葉はされるがままになっている。

 もう、余計なことは考えられない。

 今はただ、瀧君に任せていよう……。

 下腹部を縛る甘い衝動に、うっとりと感じ入っていた。

 が、男の方にも限界が来る。

「三葉さん……俺……っ!」

  膣内(なか)で…… 射精(だ)されちゃうかな……?

  膣外(そと)に……抜いてくれるかな……?

 どっちでもいい――我が身のことながら、彼女は他人行儀に考えていた。

 何があっても、瀧君がどうにかしてくれるだろうし。

 私なら……どっちでも……

 その時、一気に自分の腹部がめくれ上がっていくのを感じた。

 鋭い痛みに続いて、お尻の上に、背筋の方まで、ベトっ、ベトっ、とした温かいものが降り注いでくる。

  膣外(そと)に、 射精(だ)してくれたんだね……。

 最低限の思いやりは、あった――ってことかな。

 でも……

 今後は、危うい橋を渡り続けていくわけにもいかない。

 人生設計は、計画的に。

 こういうことは、男任せにしていてはダメだ、とお婆ちゃんも言ってたっけ。

 生でしたい、とか言い出すのが男って生き物だし。

 次逢う時までに、自分でも用意しとかなきゃいけないかなー……

 三葉は、そんな気の早いことを考えていた。

 

 が、そんな想いも虚しく――

「あ……今日は使ってくれるんだ」

 まさか、次がこんなに早く訪れるとは思っていなかった――という事情はある。

 だが――

 初めての夜が空けて、三葉はそのまま出社。瀧もまた面接へ。

 仕事の昼休み、少し離れたドラッグストアで日用品に混ぜて買っておこうかなー……と考えていたが、その計画は脆くも崩れた。

『昼から、そちらの方に用事があるんで、お昼ご一緒しませんか?』

 瀧からの電話に、三葉は二つ返事で了承。スキンを買いに行くので、と断ることなどできようもない。

 就業後も、こんな感じである。就活生である瀧の方が自由に動ける時間は圧倒的に長い。三葉の退社に合わせて落ち合うと、うちに寄っていきませんか、という瀧の誘いに素直に乗った。

 彼の手料理をご馳走になって……肝心なところで彼は奥手である。

 もう、一度 交(か)わしているのに。

 手も握らなければ肩を寄せ合おうともしない。

 それでも、恋人の身体を意識していることだけは丸わかりだ。

 なので、シャワーを浴びる際に、彼女はからかうように恋人を誘う。

『せっかくだから、一緒に入る?』

 それに瀧は――子供のように頷いたのだった。

 

 一度裸になり、その身を傍に晒せば、我慢できるほど彼の雄は大人しくない。

「ん、ふぅ……ん……❤」

 優しい雨を浴びながら、口の中で熱い舌を絡め合う。手は腰、そして、お尻に。股の間に硬くなったところを収め、擦り付けるように肌と肌を求め合う。

 触れ合う口実を得て、お互いを高め合えば――あとはベッドに移るだけ。

 そこにきて、三葉は自衛を失念していたことを思い出す。

 が、それは代わりに瀧が覚えていてくれたらしい。

 少し悔しかったのか――最初からやる気だったんじゃない、などと拗ねてみたものだ。

 

 しかし――

 

「今日は、まだ、ほら……大丈夫な日、だから」

 あまり自宅を空けすぎてはならない。

 彼の家に泊まった翌日、今度は二人して三葉の自宅にて過ごすこととなった。

 しかし、相変わらず彼は押しが弱い。

『そのー……シャワーは、浴びないん……ですか?』

 また受け身で待っているのか、と思うと女としては少しばかり面白くない。

 なので、はっきりと言わせてもらった。

『こういう時は、瀧君の方から誘ってくれてもいいんだけど?』

 受動的能動性。

 間接的な誘惑に、彼も男として応えざるを得ない。

『一緒に、シャワーを……浴びませんか?』

 そこからの流れは変わらない。

 欲するものがそこにあるのだから、求め合うだけ。

 だが……

 初めての時は情熱的だったから――それもあったかもしれない。

 だが、実際のところ、

 着けない方が、感度が良い。

 それは、三葉だけでなく、瀧にとっても。

 ゆえに、彼もまた、彼女の言葉に甘えてしまった。

  膣外射精(そとだし)が避妊としては頼りなかったとしても。

 風呂上がりにそのまま三葉を押し倒し、繋がる前に、彼女の身体を一通り味わう。

「ん、あ……はぁ……❤」

 来るんだ……またあ(・)の(・)時(・)の瀧君が……!

 隔てるものは何もない。

 肌と肌で混ざり合い、

 それは、 膣内(なか)だけに留まらず、胸の中へと――

「あっはぁ……っ!」

 男の子の胸の中に、自分が収まっている。

 自分の腕の中に、男の子が収まっている。

 そして、開かれた女の子の中には、もっと深いところまで……

 唇を重ねて見つめ合い、

 腰と腰を擦り合わせていく。

 何もない、裸の男と女で。

 三葉は、その快楽の虜になりつつあった。

 

 最早、二人の間に離れるという選択肢はない。

 通勤の都合で泊まるのは三葉宅の方が多いが、相手を求めるのはお互い様。

 身体を重ね合う度に、欠けていたものが埋まっていく気がする。

 それが、彼らにとって何にも代えがたい幸福だった。

 が、現実的に考えなくてはならないこともある。

「さすがに今日は、大丈夫な日、じゃ……」

「……ないね、ウン」

 ずっと安全日が続くわけがない。

 女ではない瀧にもそのくらいは解る。

 これまで交互に求めてきたのに、今日は昨日から引き続き二連続で誘われた。

 それで何となく――察したのである。

 とはいえ。

 このようなことは急に切り替わるものでも、定刻を示す正確な時計でもない。

 だが……彼女の 子宮(カラダ)が求めているのだ。

 これまでの暗黙の順序を覆すほどに。

 ゆえに、今日ばかりは彼もきちんと避妊具をかぶる。

 しかし……

「ねぇ、今日は私が上になってあげよっか」

 恋人の下でにわかに喘いでいた三葉だったが、ふいに瀧を押し留めた。

 あまり具合が良くなかったのかな、と思いながらも――彼はそれを受け入れる。自分の上で快楽を求める彼女を見てみたかったから。

 二人抱き合ったままもつれるように転がり、今度は三葉が彼に覆いかぶさる。そして、彼の根本に指をあてがい、自分の方へと先を向けた。

 だが、その時――

 ズルリ。

「――三葉さん……っ!?」

 彼女の指が一撫ですると、ゴムの輪がクルクルと元の形へと戻していく。

 そして、それがスポンと抜け落ちたところで――

「え、今日は――」

「お願い、ちょっとだけ…… 射精(で)そうになったらすぐ抜くから……!」

 言い終わる頃には、彼はすっかり彼女に飲み込まれていた。

 身体だけでなく、その心までも。

 両足でしっかりと根を下ろし、膝を開いた彼女は、恋人の前にすべてを魅せつけていた。

 その、繋がりあったところまでも。

 きっとはしたなく、具やお豆も見えちゃってるんだろうな……と、三葉は恥じる。

 それでも、欲しくて仕方がなかった。

 一番近くに、何に隔たれることもなく。

 ちゃんと動けるか、初めてのことではあったが――自分の 性感(かん)じるところは判っている。そこに向けて角度を合わせて、尻を跳ねさせれば――

「あ、あ、あぁ、あぁんっ❤」

 見られてる! 私の恥ずかしいところ……全部……!

 自分でも見たことがないところを、彼に……瀧君に……!

 夢中になって食い入る彼の様子に、三葉は少しだけほっとする。恥ずかしいといえば恥ずかしいけれど……そこまで酷い様でもなさそうだ。

 少なくとも、彼は気に入ってくれているようだし。

「いいっ、いいのぉっ、ここ……硬いのキてるのぉっ!」

 自分が気持ちいいところは知っている。

 だけど、こうすると瀧君が気持ちいいことも知っている。

 自分だけでなく、瀧君だけでもなく、お互いが一緒に気持ちよくなれるよう―― 膣内(なか)でくまなく混ぜ合わせてゆく。

 そんな彼女を見せられて、

 魅せつけられて、

 男として、蕩けずにはいられない。

 大好きな三葉さんが自分の上に裸で跨り、

 官能の限りを尽くしている――

 それを止められるはずもない。

「か、可愛いです……三葉さん……っ!」

「うんっ! いいよ、もっと見て! もっと 性感(カン)じてぇっ❤」

 三葉は、今までにないほどに乱れている。

 そんな三葉を見て、瀧もまた、今までにないほどに昂ぶらせている。

 熱気に犯された二人ではあったが――先に音を上げたのは彼の方だった。

「三葉さん……俺っ……もう……!」

 ついのめり込むあまり、少し 射精(で)てしまったかもしれない。

 が、すんでのところで本流だけは押さえ込んでいる。

 そんな彼の苦悶も知らず、彼女は自らの欲望のことしか考えられなくなっていた。

「待ってぇっ、ダメぇっ! もう少しだけ我慢してぇ❤」

 込み上げてくるものを解き放ちたい。

 弾けさせたい。

 ここまで溜め込んで――抑えることなんてできはしない!

 自分が好きなところばかりを撞き続ける三葉だったが――それでも、締め付けているだけで、彼にとどめを刺すには充分――

(――あ)

 自分の 膣内(なか)に熱いものが広がっていくのがしっかりと伝わってくる。

 瀧君……ムリだったんだ……

 そっか……

 私――男の子を 射精(イカ)せちゃった!

 子供が 妊娠(でき)てしまう――そんな不安もないこともない。

 それでも、彼なら我が子の誕生を喜んでくれると信じていた。

 だから――彼女の腰は止まらない。

「瀧君、私…… 絶頂(イク)…… 絶頂(イク)ゥ……っ」

 これに、彼からの返事はない。

 やってしまった己の所業を振り返って悔いるばかりだ。

 が、三葉はそれどころではない。

 恥も外聞も捨て去り、迫り来る最高の時を迎え入れている。

「 絶頂(イッ)ちゃう、 絶頂(イッ)ちゃう……あ、あ、あっ、あぁ……ああああああああ❤❤❤」

 ビクビクっ、ビクビクっ、と腹部を一際大きく震わすと、そのままゆっくりと彼の上へと寝そべった。

 湿った下の毛を感じると、自分の濡れ方に少し恥ずかしくなったものだが、今日は違う。

 今日濡らしているのは、彼の――精液――

 それで、三葉もようやく気づく。

 熱に浮かされて――あまりに軽率だった、と。

「あ、その……ごめん」

 このような場で、深刻に詫て雰囲気を落ち込ませたくはない。

 が、気楽に流して良い問題でもない。

 明日病院に行って間に合うのかな……そんなことを考えながら、三葉は彼の胸に顔を埋める。

 複雑な気持ちは、瀧もまた同じ。

 約束を守れなくてしょげている――ように、少なくとも彼には見えている――女の子に、これ以上厳しいことを言えるはずもなく。

 これはもう――そうなのかな……と、密かに思い続けてきた心の内がポロリと口から出てしまった。

 何しろ、不自然なまでの急接近である。ここから引き返すことなど考えたくもない。

「こういうことをされると……入(・)籍(・)してもらわないといけなくなるな……」

 いつかは、そうなるのだろう。

 そのいつかはいつなのか――そんなことをぼんやりと考えてきた。

 ぼんやりと。

 ゆえに、そこに深い決意はない。

 が、それは三葉の心に深く突き刺さる。

「なら、入籍する!」

 抱き合う前に巻き戻ったかのように輝く恋人の瞳。

 そんな目で見つめられて――瀧は思わず自分の言葉を引っ込める。

「……じゃ、なくて……ゴムなしは……もう……」

「何で言い直すの!?」

 私と結婚したくないの!? ――そんな勢いで迫られては男として引くに引けない。

「ほら、その……出逢って間もないのに……」

 親も納得しないだろうし、周囲も訝しむことだろう。

 そんな常識論を述べてみたところで――彼女は常識を超えて訴えかける。

「間もなくないよ」

 そしてそれは、彼自身の言葉でもあった。

「だって瀧君、以前どこかで逢ったことがある、って言ってくれたもの!」

 間もなく――などではない。

 絶対に、ずっと昔から私たちは、私たちを知っている。

 それも、浅からぬ仲で。

 前世だの何だの、そんなことを言うつもりはない。

 少なくとも、今世で――この身体で、私たちは触れ合ってきた。

 だから……

 だから――!

 瀧も、彼女の真剣な面持ちの前に、気持ちを落ち着け深慮する。

 ずっと失ってしまった何か。

 ずっと探してきた何か。

 彼女と出逢うずっと前から。

 だとしても――

 それは迷うことなく――宮水三葉という、一人の女性なのだろう。

 もう、失いたくない。

 だから。

「……父さん説得するの、協力しろよ」

「うんっ!」

 燃え上がった恋心の前に、それ以上の言葉はいらない。

 剥き出しのままの男と女で、引き続き、ふたりは互いの存在を確かめ合うのだった。

 

       ***

 

 社会人生活三年目の三葉はともかく、新卒生の瀧の父としては、息子の勇み足を宥める立場にある。

 だが、もう親元から巣立つ時期だ。

 就職の内定が決まった時、祝辞代わりに――婚姻届の承認欄に一筆。

 こうして二人は夫婦となった。

 

 彼らが求めるのは、週に二・三回。

 三葉から。

 それとは別に、瀧からも。

 済ますべき手続きを済ませたことで、気の緩みもあったのだろう。

 式も新居も、何も決まらぬうちに、三葉の内に新たな生命の兆候が見え始める。

 毎日が慌ただしく過ぎていく――が、それはある種の復元力が働いていたのかもしれない。

 不可思議な力によって引き剥がされた二つの個を、再び一つに結びつけるために。

 一つに結びつけて、新たな個を産み出すために。

 総合病院で元気な産声を聞いた時……瀧は、ようやくここまで来たか――と感じ入っていた。

 傍から見れば、驚くほどの速さ。

 しかし、二人にとっては、それは紆余曲折を経た長き道程の末。

 自分の中で何かが欠けた悲しみはとうにない。

 その上、新たな宝物を得ることもできた。

 過去のすべては片がつき、これからは一つずつ未来を築いていくのだろう。

 毛布に包まれた我が子を抱き上げ、呼びかけようとした時――彼は気づく。

 長き道程――ではあった。

 が、全力疾走、でもあった。

 ゆえに、小さなことは取り零してきたのかもしれない。

 いや、小さいと呼ぶにはあまりに大きく、

 最も大切な、それを。

 きっと、妻の中にはこの子と一緒に温めてきたものがあるのかもしれない。

 だが彼は、それを知らない。

 少なくとも、聞いてはいない。

 だからそれを、瀧は問い掛ける。

 生まれたばかりの我が子に向けて。

「……君の――名は――?」

 


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