(現在・Bilrost)
キースとジョミーは忙しい合間をぬってなるべく会うようにと決めていたので、今日もジョミーが俺の部屋にやってきた。
キースは出迎えずにそのまま仕事を続けていた。
「ねぇ、キース。人を好きになるってどういう事なんだろう?」と、聞いてきた。
「種の存続?」と微妙な事を言うので、何かあったのかと聞くと、どうも、シャングリラで自然分娩での出産があったらしい「危険なことをしているんだな」と思ったが、
「子供はかわいいよ」と喜ぶジョミーを見ると言えなかった。
「それなら、何故さっきの質問になる?」
「好きならいっぱいいるからよく解らなくて」
こいつの好きは幅が広すぎる…下手すると木とか花とかも好きで、助ける対象になってしまうのかもしれない。そんな危うさがその頃のジョミーにはあった。
「許容量が大き過ぎるのも困りものだな」
「……そう…なのかな…」と、どうもジョミーは真剣に悩んでいるようだ。
「だいたい敵意しか人から受けたことのない俺に聞くな」
これでこの会話は終わったようで、ジョミーは自分の部屋に戻って行った。
「機械の申し子になる必要はどこにもないよ」とだけ残して…。
機械の申し子とは懐かしい事を言うな…。
ふと、記憶が遡る…。
(3年前・大戦中)地球の地下 イグドラシル内
「キース…」
何者かに呼ばれた気がした夢の中で… 懐かしい声で…
「キース・アニアン」と呼ばれなくなってもう何年になるのだろう。
皆、私の事を「国家主席」と呼ぶ、私個人などどこにもいない。
夢の中で俺を呼んでいたのは、誰だ。
「キースと名前で呼んでいたのは、マツカ…」だが、マツカではないような気がした。
大切な事を忘れてはいけない事を忘れてしまっているような気がしていた。
そんな感傷に浸ってしまうのは、明日、ミュウとの会談が行われるからだろうか?
最終段階にあってマザーに覚えた違和感、ここ何年かマザーと意見が違う事がなかった。
「人類の為に行う行為」に関して異論などない。
自分の意思にマザーが添っているのでは?と錯覚する時さえあった。
心の中では真逆を思いつつ行動することなど何の罪悪感もなかった。
人類の為に作られた自分であるならば、当然な行為で当然マザーと同じなはずだ。
同じはずなどないのにな…。
そんな思いが心の中に蟠っているのは、もうずっと前からだった。
「ミュウの長 ジョミー・マーキス・シン」
「人類統合機構国家主席 キース・アニアン」
と、お互いの肩書きを名乗って対談が始まった。
対話など茶番劇に過ぎない…。
彼らは何を信じ、何を求めここへ来たのだろう。
「キース、人はそれで生きているといえるか?」とジョミーが言う。
言えるはずないだろう?…俺は思う。
ジョミーと対峙したのは惑星ジルベスター7、ミュウ達がナスカと呼ぶあの星以来…。
ミュウの長ジョミーは俺の唯一の友人サムの親友だった。
スウェナも友人だ。
ソルジャーブルーが連れ出したフィシス。
そのフィシスの遺伝子データを元にして作られた個体キース。
この事実とこの繋がり。
マザーは何をさせようというのだろうか?
いや、自分は何をするべきだったのだろうか?
出した答えに不安などない。
人は人で生きるべきだ。
グランド・マザーの許に向かうエレベーターがカナリアの部屋を過ぎ、ジョミーと二人になった時に会話を切る為にサムの死を出してしまったせいか、
教育ステーションのモニターに映るジョミーを初めて見た時を思い出した。
キースが 「お前は変わってないな」とつぶやいた時、夢の中の何者かの声が聴こえてきた気がした。
「キース…」
自分を呼ぶジョミーの声は聞こえているのに違う声が…、あの懐かしい声がかぶってくる。
「どうも…私は疲れているようだ」とキースは首を振ったが、幻聴は消えてくれなかった。
「キース?」
ジョミーはキースの異変に気がついたが、その意図が計れずにいた。だがそのままにしておく訳にもいかなかった。
「何があった?」と言いながらキースに近づいた。
ジョミーはキースより身長が低いので自然と下から覗き込む形になる。
「何でもない…」とジョミーを見た瞬間、声だけでなく黒髪の少年がそこにいた。
思いもかけない事に衝撃を受けて、キースは壁まで後ずさる。
キースはもたれかかるようになって何かにこらえている。
顔が真っ青になっていても「大丈夫だ」と言うキースを見て、ジョミーは彼をここまでするものは何か?と用心深く周囲を探る。
イグドラシルでは極端にミュウの能力は制限される。
そしてキースの身に起こっている事はミュウの力でもなく、マザーがやっている事でもなかった。
彼自身の何か…?
だが、それは何だ?
空間を用心深く見るジョミーの前をふっと何かが通りすぎた。
これは「思念?」
誰の?
ジョミーは触れた事のある気がするその思念を記憶の中で探った。
この思念を僕は知っている。
僕は助けられなかった。
彼だ!
彼はずっとキースの傍に居たんだ。叶えられない想いをずっと抱えたまま…。
そして見守り続けていた。ずっとこうして。
ジョミーがその思念を認知したからか、その姿が少しずつはっきりしてくる。
やがて、薄く淡く白く光りキースの目の前に現れた。
「シロエ…」
キースが小さくつぶやく
「キース、思い出したのか?」とジョミー
「いや、誰なんだ。お前がやっているのか?」
「僕じゃない。これは人の想いの塊」
同時にジョミーはシロエにも話しかけていた
何故今になって?
(シロエ…ここで何をしたいんだ?)
(何をしに現れた?)
もちろん、答えはない。
言いたいことは僕ではなくキースにあるから、僕には聞こえないのかもしれない。
キースがシロエを思い出すのが一番良いように思ったが…待っている時間はない。
降下は続いているのだ。
このままでは多分シロエは消えてしまう。
ジョミーはシロエに話かけた。
「助けられないのはもう嫌なんだ!」
「聞いてくれ。セキ・レイ・シロエ!」
ジョミーがそう呼ぶとシロエはゆっくりと振り返った。
その光景を見て「知っているのか?」とキースが聞いた。
「キース、あなたも知っている。彼は君と同じ教育ステーションの学生だ」
「? 私は忘れているのか?」
慎重に二人を見ながら話を続けるジョミー
「そう、思い出すんだキース。君達は辛い体験だけして忘れさせられたんだ。マザー・イライザに。学生たちは幾度となく記憶を操作させられている。君も例外なくだ。…不都合な記憶を思い出すと消されるんだ。覚えているか?僕の事を忘れたサムを」
「あぁ…」
キースはサムや他の学生達が記憶の操作をさせられている事を知っている。
突然緩やかな振動とともにエレベーターが停止した。
暗闇がおとずれる
キース少しふらつきながらもコントロールパネルを開け何が起きたのかを調べだした。
そして何かの危険を察知し機械が止まったようだと言った。
ぼうっと淡く光るシロエ
これはシロエがやった事なのか?
ゆっくりと慎重にシロエに近づきながらジョミーは言う。
「シロエ、僕は君に謝らないといけない。僕は君を助けられなかった」 そして、ジョミーはシロエを優しく抱きしめた。
(…でも、キースに会えた。それで充分…)
それはシロエの声だった。
「聞こえた」
ジョミーは声が聞こえた事に驚いたが、このとても弱い思念ではキースには聞こえないだろう。
腕の中のシロエが見つめる先には彼がいる。
抱きしめたシロエから感情が溢れてくる。
それは、とても優しく、悲しいそして切ない感情が…。
「君はそれほどまでに…」
ジョミーはシロエを抱きしめたまま、そっと囁いた。
「僕の身体を、貸そうか…」
シロエは一瞬ジョミーを見てから、溶け込むようにジョミーの中に消えていった。
さっきまで感じていたモノより数倍強い今にも泣き出してしまいそうな想いが襲ってきた。
それを愛と自覚する事もなく、伝える事も出来なかったシロエの想い。
人の想いの強さに耐えながらジョミーはその想いに意識を集中させキースに向かって歩き出した。
「伝えなければ…」
段々と意識がシロエになってゆくのを感じながら…。
キースはせめて非常電源だけでも作動させようとカードキーを差し込んだ。
小さな明かりが灯った。
その背後にジョミーが近づいてくるのがわかりとっさに銃に手をかける
「先輩」
振り返ると、そこには制服を着たシロエがいた。
「先輩、何をしているんです?」
「無駄ですよ」
とシロエは銃を構えようとした腕に触れてくる。
シロエから伝わる体温。その状況に驚いたが、恐怖心は抱かなかった。
キースはまだ思い出せない自分を歯がゆく思いはじめていた。
大きくエレベーターが揺れて倒れそうになったシロエを抱きとめた。
見上げてくる大きな黒い瞳、懐かしい声。
「あなたは何もわかってない」とシロエ
「かわいそうなキース。僕があなたに興味を持ち、そして好きになってしまったばかりに…あなたは僕を殺さなくてはいけなくなった。僕がいるから、ミュウがいるからいけないと思うように仕向けられた」
「シロエ…」
(泣かないで…キース)
キースは泣いていた。
まだ全てを思い出せていないが、胸を締め付ける痛みは甦ってきていた。
苦しくて、切なくて、力のない自分をどれだけ憎んだか…。涙があふれてとまらなかった。
(泣かないで…)
「キース、僕はあなたを愛してます」
シロエはキースの首に腕をまわし口づけをする。少し驚いたキースだったが、その想いに答える。
今度はキースから口づけた。
唇を離した時にはもうキースの目にシロエは見えなかった。
キースは目の前のシロエだったジョミーを見下ろし、その緑の瞳を見つめ返す。
そして、顎に手をあて唇を少し開けさせると大人の口づけをした。
と同時に彼らの背後で機能回復の文字が流れる。
回復まであと何秒とカウントダウンが始まり少しずつ明るくなっていった。
やがて、静かに降下しはじめた。