殺人姫と殺人鬼
「やっぱり、いつ来ても
とある曇天の日。一人の夜兎が、番傘を片手に江戸の街をぶらついていた。男のくせに、長い髪を三つ編みにしているのが、印象的だ。
「そろそろ帰ろうかな···」
特に用もなく来ただけだ。
帰ることに難はない。
「···ん?」
嗅ぎ慣れた匂いが鼻を掠めた。
同時に、強烈な殺意を感じる。
―血の匂い···。誰かわからないけど、人を殺ってる···!
ゾクゾクと身体を興奮が駆け巡る。
己の欲望が赴くまま、気がつけば俺はその匂いを追っていた。
走りたい気持ちを抑えながら、注意深く辺りを探る。
歩みを早めるにつれて、匂いは濃くなった。
もちろん、殺意も。
「ここかな?」
一本の薄暗い路地。
奥に少し開けた場所があり、そこから人の気配と
「ん?殺し屋さん?」
屋根に登って上から見下ろすと、何者かが男達を殺していた。正体を知りたいと目を凝らせば、偶然開けた雲から、まだ沈みきっていない陽光が差し込む。
さらにタイミングよく、暗闇からその何者かは飛び出してきた。顔は包帯によってほとんど伺えないが、やや華奢な身体付きからして、女ということがわかる。
「···へえ。」
再び顔に注目してみると、綺麗な金色の瞳が見えた。やや細目気味で、左眼の下にホクロがある。そして、特筆すべきはその肌の白さ。包帯の白さを優に超えた病人と間違えてしまう程の白さ。
「···俺と同じ、夜兎族、か。」
喉奥から笑いがこみ上げてくる。早く戦いたい、戦ってみたいという欲望が脳裏を支配する。
簡単な事だ。
あの女が戦っている男達を、こちらが殺してしまえばいい。
俺は、ゆっくり立ち上がった。が―
「·········!」
ほんの一瞬、その金色の瞳がこちらを鷹の目の様な鋭い眼光で射抜いた。
邪魔するな。そう言わん限りだった。
「···自分の獲物に、手を出すなって訳か。」
立ったままの状態で、その現場をじっと見続けた。
非常にスムーズに行われていく殺人。
最後のひとりが殺された瞬間、俺はその女の前に着地した。
「やあ。こんな時間に人殺し?」
「···」
「そんなに身構えなくても、いきなり襲ったりはしないさ。俺だって、折角の獲物をそう簡単に殺さない。」
「···」
「···無視かい?まあ、そう簡単に返事なんか返さないか。殺し屋さんだもんね。」
「···」
「いいねぇ、その眼。凄くゾクゾクする。良かったら···俺と一発殺り合わない?」
「···断る。」
殺り合う、その言葉に短く拒否の言葉を繋いだ女は、何かを地面に叩きつける。
バンッ!!
派手な爆発音と共に、真っ黒な煙が上がる。
「!」
唯でさえ暗い路地に、黒煙が上がってしまえば最早視界には何も映らない。気配は、勿論消えている。
「···成程。見事な引き方だ。」
さて、やる事がここで確定した。
あの夜兎族を···探し出して、一発殺り合う。
元々持て余していた時間だ。
どう使おうが、俺の勝手だ。
「···俺から逃げても、俺は絶対見つけ出す······!」
△▼△▼
「···追ってきては、無いみたいね。」
念の為、物影に隠れ、完全に気配を遮断して家に帰ってきたが、尾行者はいなかった。
「やれやれ···」
顔に巻いた包帯を解き、軽く血が染み付いた上衣を脱ぐ。そして、手にはめた手袋を外した。
「···今日は油断したわ。夕方ならもう人なんて来ないと思ってたけど、こんな時間でも路地裏に来る馬鹿がいたなんて···」
窓の外は、まだ辛うじて明るい。
それは、太陽が沈み切る前の最後の陽光が照らす明かりだった。
暗くなるほんの一瞬前、街は真っ赤に燃える。
「···」
きっと、私に殺された奴らの見た景色もこんな感じなのだろう。
激痛と共に薄れ行く意識の中、自分と同じになった仲間の血潮だけが強烈に映る。
そこにどんな思いがあるのかは分からない。
そして、どんな思いがあるのか知りたいと思わない。
「···何考えてんだ、アタシ···」
ただの獲物の骸に思いを馳せてどうする。
思いを馳せるなら、もっと別の事があるだろう。
「···あの夜兎、次会ったら必ず殺さないとな···」
殺す事に思いを馳せるのもどうかとは思うが、まあ、そうでもしなきゃどうでもいいことに頭を使うことになってしまう。
「···」
数分後、女の裸体が浴室に消えていった。
更新したので少し長いデース