暗い(確信)
貧しい街だった。
家々は朽ち果て、至る所で生き物の腐敗臭がたち込めていた。恐らく、その中には人間の死体もあるだろう。
その中で、生きるには、何でもやる必要があった。子供が、一人、また一人と骨になる様を見て、寒さを増す様を感じ、何度も死にたいと思った。でも、同時に死にたくないと思った。
兄の、仇を討つまでは。
あの紅い瞳をした男達を見返してやるまでは。
何としても、生きてやる。
そんな時に、主様に偶然出会った。
主様は、ふわりと私を外へと誘い、連れて行って下さった。何もかもが初めてで、衝撃的だった。目を見開き、足を硬直させた私に、主様は黙ってついていて下さった。
誰よりも優しく、そして誰よりも恐ろしい御方だった。
煙管の煙をくゆらせ、足下の死体を見下ろす目は、どこまでも冷たく、どこか妖しい光が灯っていらした。
そんな主様に連れられ、私は闇へと堕ちた。いや、私にとっては光なのだ。主様が居られるのなら、どこでもそこは光となって私を照らすのだ。
主様は、私に武術の手ほどきをして下さった。
毎日毎日、周囲の大人に助けられながら、汗を流し、時に血を味わいながら、歯を食いしばって、修行に耐えた。
そして、いつかの春。
桜がはらはらと、轟々と咲き散る季節。
あの紅い瞳は、どれも枯れ切り、色素が液体となって身体から抜け落ちていった。
その様を見ていた金色の瞳には、もう濁りなど無くなっていた。
代わりに、果てしない沢意が込められていた。
△▼△▼
「···藍華?」
「···」
藍華は、俺を抱き締めたまま動かない。
思わず不安になって見上げようとすると、何か生温い液体が俺の口辺りを濡らした。
舌で舐めてみると、ほんの少し甘く、それでいてしょっぱかった。
「···兄貴······」
不意に、彼女が"兄貴"と呟く。すると、また透明な雫が俺の口に当たった。
泣いている。
直感的にそう思った。
彼女は気づいていないのか、それとも気づいていてもやめてないのかわからないが、とにかく涙を流し続けた。
表情は、今にも泣き崩れそうだった。
流石に、こんな顔している彼女をこのままにしておくことは出来ない。
俺は、素早く立ち上がると、藍華をギュッと前から抱き締めた。
「···神威···」
彼女は、弱々しく俺の名前を呼ぶ。それを聞きながら俺は、言葉を慎重に選んで、彼女に語りかけた。
「···何で藍華が泣いてるのか、俺にはわからない。けど、だからって放っておくことも出来ない。···好きなだけ、泣きなよ。何も聞かないから、さ。」
「······ありがとう······」
彼女は、俺に礼を言って、そのまま俺の胸に顔を埋めた。
決して大声をあげて泣き叫ばず、僅かに、啜り泣くような声が漏れるだけ。
俺は、そんな彼女の髪を優しく撫でていた。落ち着く様に、慰める様に、そっと。
どれ位の間、そうしていただろうか。
突然、彼女が顔を上げて、身体を離した。
その眼には未だ僅かながら涙が浮かんでいたものの、指で拭いさってしまった。
「···平気?」
「···うん。」
彼女は、俺の問に返事をすると、ゆっくりドアの方へ向かって行った。どうやら、帰るつもりらしい。
「···送ろうか?」
「···いい。道は、もう覚えたから。」
何時もなら、無理矢理にでもついて行っただろうが、今回ばかりは出来ない。
一人になりたいのだろう。
其れ位なら、俺だってわかる。
「···アンタの話は誰にも言わないから安心して。それと···」
「それと···?」
彼女は此方を振り向きざま、俺の話を秘密にする事、そして何かを言おうとしていた。思わず身を乗り出して聞くと――
「···やっぱり何でもないわ。また近い内にお邪魔するわね。」
案の定あっさりとはぐらかされ、そのまま彼女は去っていった。見送る気も起きない程、俺はある事を考えていた。
涙を流しながら、藍華の呟いた"兄貴"という言葉。
それは、彼女にとってどんな意味を示すのだろうか、と。
「···。でも、今は聞かない方がいい気がする。あんなに悲しそうな藍華を見たのは、初めてだし···。」
彼女が話してくれるまで、待つしかない。
余計な詮索をして、これ以上彼女を傷つける位なら。
俺は、深い溜息をつきながら、藍華の去ったドアを見つめていた。
週末で三話も更新しちまったぜ。
また来週の週末かなー