普通、霊安室はもっと暗くて寒くてじめっとしてるんじゃないのか?
そう疑問に思う。
ここは霊安室。
一面まっしろで、本当に霊安室か?と疑いたくなる。
けれど、中央の銀色の台には、しっかりと、死体が置いてある。
そして、今回、その死体は、彼女だった。
△▼△▼
骸に変わり果てた彼女は、骸でも相変わらず綺麗だった。綺麗なのは、化粧をしている所為だと、本当は心の何処で既に判っていたのだ。
それでも、頬の血の気は引き、元々白かった肌は躰の中が透けて見えるんじゃないかというくらいに蒼白くなっていた。全体的に血の気の引いた顔の中で、唯唇だけが紅く染まっていた。
「·········藍華」
手を握ると、それはぞっとするくらい冷たかった。
―自分は何時から、他人の死を悲しめるようになった?
母親を救おうとして結局、家族を捨て春雨に行ったあの日から、今まで、何も感じず、ただただ強敵を求めて誰かと闘ってきたというのに。
一番の強敵の死を、こうして悲しんでいる。
「敵とはいえ、お前の彼女だからな。」
「···彼女じゃないよ。···少なくとも、藍華は俺のこと、彼氏だなんて思ってなかった。」
その横顔を見ていると、思い出す。
今まで、自分が見てきた彼女の全てが。
でも、それは本当に、本当の彼女だったんだろうか?
あの狂ったような、氷の笑みが本当の彼女だったんだろうか?
言い切るにも、俺は彼女のことを何も知らない。
全て知っているつもりでいたけれど、生まれも過去も何も知らない。
その事実に、俺は愕然とした。
―ねえ、如何して?
決して、他人を自分の領域に入ることを許さなかった彼女が、あの晩俺に笑顔を見せてくれた。
心を許してくれたと思ったのに。
それすらも嘘だったって言うの?
じゃあ、何で俺に笑顔を見せたの?何で俺に官能を教えたの?何で···?
歯ぎしりの音が口の奥で響く。目から涙が出た。
如何して、
「じゃあどーして俺に光を見せたんだよッ!!!」
△▼△▼
まっしろな部屋。
突然、まっ赤な血が壁からあふれ出してきた。
次々と血があたりに飛び散っては、飛沫をあげてまた飛び散る。
まっしろだった部屋が、赤色に染められていく。
視界が揺れる。
ぶつり、ぶつりと、一面まっしろな部屋と、まっかな部屋の映像が切り替わっていく。
絶叫する男が見えた。
それは、自分だった。
何とも様無い姿で、うずくまって、叫んでいた。
そして、ぶつりと床に倒れてしまった。
それと同時に、画面がブラックアウトした。
△▼△▼
「···やれやれ。気が狂っちまったのかよ。様ァ無ェな。」
ため息をつく。
そして、骸となった彼女を見る。
「お前さん、大変だったなァ。」
当然、返事は無い。
奴は今ひっくり返って、意識が無い。
この部屋の様子を今見ているのは、自分しか居ない。
「············」
死体に被せてある、黒い布を取り去る。
露になる、彼女の全身。
白い素肌。
白いキャミソール。
白いショートパンツ。
薄いピンクの爪。
その端整な顔を、身体を、じっと、思う存分、見つめる。
そして、そっと彼女の方に近付いた。
"全てを知りたいなら、表面だけを見て"
自分の人差し指で、彼女の額に触れる。
そのまま、ゆっくり、つうと下に向けて顔をなぞっていく。
目、鼻筋、髪の毛の感触。
ゆっくり、ゆっくりと。
指先が下唇に触れたとき、ふと指の動きを止めた。
柔らかく、くすぐったい。
そして、微かに、温かい。
「···無事に蘇ったか。」
その言葉とほぼ同時に、開くことのない筈の瞼が二つ共、ぱっちりと開いた―
△▼△▼
がらんとした、何も変わっていない部屋。
誰も立ち入らないから、うっすら埃が積もっている。
外は、薄闇になっていく。
この部屋で、どれだけの時間を彼女と過ごしてきたのだろう。
思い返せる。
何もかも、全部。
彼女の笑顔。
彼女の身体の柔らかさと温かさ。
あの頃の、自分の若々しく瑞々しい思い。
―今なら僕らは世界一、幸せに違いない。
もう枯れ果てた筈の涙が一滴、左目から零れ落ちた。
△▼△▼
もしもこの世界に神様が居るのなら、
お願いです。
―諦めさせて。
絆創膏が天使に見えてきた···
あ、あとこの章あと3、4話ほど続きます。すんません。