拘束してから、二日が経つ。
あらかた事情聴収も終わり、処刑執行日も聞いただろう彼女のもとに、ふと行ってみた。
「風邪引くぞ、そんな格好だと。」
「明日死ぬ人間に風邪引くぞは無いわー。」
白のキャミソールに白のショートパンツ姿の彼女は、牢の中でそう笑った。
「旦那、ここの鍵持ってんだろ?入ンなよ。」
「ちっ、バレちまった。」
ガシャンと鍵で錠を開け、中に入り込む。
「明日死ぬ奴に、最後の幸せを。」
「うわっ、酒じゃん、旦那ー流石ぁっ!」
ぐびぐびと、最速飲み始める2人だった。
△▼△▼
「お前さん、ほんとに風邪ひくぞ?死ぬときに鼻水すすりながら死ぬなんて情ねェよー」
「イヤイヤ、そんなんならんって。キレーに死ぬために、一張羅着てきたんだから。」
「一張羅?」
「そー」
そう言うと、彼女は徐に立ち上がった。
「この中華服のセットは、私の一番のお気に入り。そんで、このキャミとショーパン、それに下に着てるブラとパンツは、6日前に買った。ちょいいい所のヤツ。キャミとか、カワイーでしょ。」
見てみて、と言われ、渋々見る。
ふわりとした感じの、レースがすそについたシンプルなキャミソール。肩の紐が細い。ショートパンツは、何もしていない、無地。まるで彼女のためにあつらえたかのように、ぴったりと似合っていた。そして、それのかわいさのは別に、彼女自身が持っている色気がかわいさとミスマッチな状態になっていて、結果、「清純だけどなんかエロい」状態になっていた。
目の保養に良すぎるわ。
「もーちょっと胸無かったらばっちし似合ったかもなー、コレ。」
「いやー、今のままでもいいだろ、お前はー」
「えー何それー?旦那変態ー。」
「男なんかみんな変態だろ」
「アハハ。そりゃそっか!」
陽気に笑い、再び酒を飲む。その姿からは、死への恐怖はまるで見られない。むしろ、望み通りの末路を辿れて嬉しい、という雰囲気さえ感じられる。
ふと、―前から思っていたことだが―、この女のことが知りたくなった。
どんな人生を歩んだらこうなるのか。
彼女の全てが知りたくなった。
「···なァ、お前さんよ。」
「ん?」
「···今まで、何をしてきたんだ?」
「·········」
一気に雰囲気が変わった。
鋭く、ひりひりした目線が痛い。
「···カタギじゃないこと。それ訊く?」
さっきとは一転、声を固くさせた彼女。
「···ずっと、気になってた。あの時、俺に止めさされる直前の、お前の眼が。」
振り返って、俺を見たあの眼に映るものは、俺では無かった。
あのとき、彼女は俺ではなくもっと別のものを見つめていた。
その上で、ほっとした、安堵の表情を思わず漏らしてしまったのだろうと、思う。
一体、それは何なのか。
己に迫る死神か。
過去に、己が殺めた人間の亡霊か。
「···あの眼でお前が見たものが、一体何だったのかが、知りたい。そのためには、『藍華』という一輪の花の、茎を知らなきゃいけねェ。そう思ったから、訊いた。」
「············」
ゴトッと、彼女は床に酒瓶を無造作に置いた。それから、長いため息をついた。
「···酒の肴で聞けるような話じゃないよ。私だって、思い出す程、吐きそうになる。それでも良いのか?」
「···············」
ごくりと、唾を飲み込む。
「···ああ。」
「···絶対に、誰にも言わないで。神威、アイツにもね。」
△▼△▼
「···物心ついたときからずっと、私は兄貴と一緒にスラム街で生活してた。どこの星のどことも分からないねェ、貧しい貧しい汚ねェ場所さ。親は最初からいない。兄貴によれば、私達は捨てられたんだと。
そんな酷い環境でなんとか暮らしてくために、私らは何でもやって働いた。ヤクザの使いっぱから、日雇いの肉体労働まで、何でもね。力仕事なんかもできたお陰で、野垂れ死ぬのは免れた。
近所に、優しいじいちゃんばあちゃんらも居たから、その人たちと一緒に何とか頑張って生きようって助け合って生きてたんだ。
あのときはすっごく貧しくて食べるものも充分に無かったけど、それなりに幸せだった。兄貴はいつも私のこと気にかけてくれて、私もそれに甘えてたしね。血の繋がってるかは分からないけど、ずっと一緒に居てくれたし。楽しかった···。」
彼女の表情がほんの少し、ゆるんだ。
しかし、また硬くなる。
「でも、私が十歳かな···正確な年齢知らないんだ···の冬にね。突然、スラム街が、消えたんだ。あとから聞いた話だと、その年総領が替わったらしくてね、ソイツは以前からスラム街は犯罪の温床だから、全てなくそうって内容のことを演説していたんだと。それで、総領になった途端、その計画を実行に移したらしい。
今でも思い出すよ、そのときのことを···ガスマスク被った兵士がね、炎ぶっかけてくるんだ。建物も人も燃えるように、じっくりと···だんだん近づいてくる。踏み込んでくる、表情の読めない人間···オレンジ色の虫が、家も人も全部喰らい尽くしてしまう様···私達は必死で逃げた。
きな臭い煙吸いながら、肌が焼けるんじゃないかってくらい熱い熱い中、喉がカラカラになっても、全力で走った。死にたくなかったから。幸い、なんとか私と兄貴は生き残った。他にも、顔なじみも何人かね。途方に暮れながら、私と兄貴は喜んだよ、生き残れたって。
でも、その直後、混乱に乗じて人買いが横行してね、私と兄貴も例に漏れず、見事に騙されて別々に売られちまった。そん時から今まで一度も、兄貴には会えてない。」
思い出した。
今から十数年前、どこかの星の統領が貧民街を全て焼き払ったというニュースを聞いたことがあった。死傷者は数しれず、生存者はほぼ0という、残虐な行為を、国家を上げて実行したという。
当然、他の国から紛弾され、更に自国の民からも反発を買い、結果、その政権はわずか一年で崩壊。総領はその生存者に襲われ死亡した筈だ。その日、一斉に行われたことから、その星の名をとって俗に「桃京一夜の大虐殺」と言われている。まさか、その生き残りとは―
「売られただけで終わらなかった。奴隷も同然に扱われてうられた先の裏組織、そこの幹部に馬鹿な···ロリコンの野郎がいてね、売られてから一週間後、ソイツと他の奴ら数人に············手篭めにされた。マワされたんだよ。··················今でも思い出しちまう、あのおぞましい手に触れられた感触···そこだけがぞわぞわして、かきむしりたくなる。
怖かった。怖いって言葉で片付けられるようなもんじゃない。逆に、怖いとしか言い様がないんだ、アレは。···犯されてる途中、声がした。"お前はどうするのだ"って。もう訳もわかんないまま、『助けて』って叫んだ。そしたら、急にふーっと意識が消えたんだ。···気がついたら、両手両足どころか、全身血で真っ赤に染まってた。床に落ちた、ソイツの枯れた目玉がじっとこっちを見てた···。
全員殺してた、気づかないうちに。
それ見たそこのボスはね、私にこう言ったよ。『お前は夜兎だ。俺達の仲間になれ』ってね。生きるためには、それしか無かった。だから、それを私はのんだ。
でも、仲間になったからって、別に、何も変わらなかった。
今まで通りの少ない食料、今まで通りのきっつい仕事、今まで通りの差別······
考えても見なよ?
普通の夜兎よりもずっと少ない食料で、並の種族以上の働きをするんだ。ローリスクハイリターン。美味しい話だろ?だから、売られてからずっとそこでいいようにこき使われていた。蹴られたり、殴られたり、色んなことをされた。
もう嫌だ、死のう。
そう思った。
そのときね、こうも思ったんだ。
なんでそう思うんだよ。悪いのはアイツらだろ?全部アイツらのせいだろ?違う?自分は何もしてない。
そう思ったら、すごく腹が立ってきた。
なんで私がこんなことにならなきゃいけないんだ。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!―殺そう。
そうだよ、みんな殺しちゃえばいいんだ。
そのとき、また声がした。"だったら、儂を使え"って。そんで、その後、すーっと不思議と力がみなぎってきてね、···そこの組織の奴ら、全員殺した。初めて、自分で意識して人殺した。」
殺した、の響きがひどく乾いていたことにふと気づいた。
「そのとき、たまたま敵の組織が乗り込んできて、そのまま、そこに拾われた。それが、今のところ。」
ほう、と一息ついて、彼女はまた酒を飲む。
「···一変した。何もかもが。
みんな優しいし、いろんなことを教えてくれた。それで、私は強くなった。そのお陰で、私は私と兄貴を売った奴ら全員に復讐できた。
恋愛をした。片思いをした。失恋をした。セックスをした。人を殺した。美味しいものを食べた。哀しんだ。楽しんだ。怒った。喜んだ。他にもいっぱい、色んなことをした。味わった。
それで、ふと思ったんだ。幸せだな、って。
もうこれ以上、汚れた身で頑張って生きなくていいやって。
そのとき、タイミングよくこの仕事の話が来たの。それに乗って、結果、私は望み通り明日死ぬ。
···あー長かった。」
グビりと酒を一気に飲む。
「空になっちゃった。」
「···たしかに、酒の肴で聞くような話じゃ無かったな。」
「でしょ。」
だが、これで解った。
あの時、彼女の眼に映ったのは、死神でもあり、亡霊でもあった。
彼女が望む場所、つまり地獄へと導いてくれるものだったのだ。
だから、安堵の表情を漏らしたわけか。
なるほどね。
――予定Bってところか。
そっと思う。
「旦那、一つだけ言っておくよ。」
「ああ。何だ?」
「···茎を見なければ、全てはわからない。全てを知りたいから、茎―隠してた裏側を訊いた、―そういうこと?」
「···そうだ。」
「·········私が話したのは、『二人の藍華』について。一人目は、初めて人を殺した時に死んだ。二人目は、初めて意識して人を殺した時に生まれ、今こうして旦那と話してる。」
「··················」
「裏側を全て話したのは、旦那が初めてだよ。」
「そりゃ、光栄なことで。」
「でもね、裏側に真意はないの。···全てを知りたいのなら、表面だけを見て。」
「···············!!!」
ぐいっ、と顔が近づけられ、じっと見つめられる。
二つの金色の瞳。
力強い眼差し。
長いまつげ。
細く柔らかい白金の髪。
目元にある二つのほくろ。
真っ白な素肌。
桃色の唇。
その時、初めて彼女が素っぴんであることに気づいた。
すぐ近くの身体と身体。
胸から僅かに、胸の谷間がのぞいている。
どくどくと乱れ打つ心臓。
沈黙。
微かにする、女らしい、甘い匂い。
「―······なんてね。」
ふいと急に彼女は身体を離した。
「かっこいい事言ったって、どうせホントのことは全部裏側にあるのよ。」
そう吐き捨て、背を向けて再び酒を飲み始める。
ピキッ、と少しイラついた。
テメー人のこと誘っといて何なんだよ。てゆーかそれ俺の酒だし何勝手に飲んでんだコノヤロー。と同時に、閃いた。
―プランB、実行するなら、チャンスは今しかない。
隠し持っていた弾薬を口に含む。
一気に彼女に近寄り、手をかけ振り向かせ、――無理やりキスした。
「·········ッ!!?」
勢いで、壁に彼女の背中が当たる。
俺の口の中で溶けないうちに、素早く弾薬を彼女の口の中へと移す。
後はもう、気分でした。
激しく激しく、時々優しく。
胸のやわらかさとか、彼女の甘い匂いとか、いろんなのに理性をめちゃめちゃにされながら、ただただキスした。
イタズラ心が元でやってるから、心のどこかに彼女の反応を気にする自分がいて、面白がって程度を調節していた。やらしー男。
「············ん···っ···ん···」
息ができなくなったのか、微かに声が漏れ出た。
うわ、想像以上にヤバい、エロい。あー、団長が羨ましい。
その声を堪能してから、唇を離した。たちまち、咳き込み始める彼女。
「···っちょっと、···ッゲホッ、···いきなりって···ちょっと···無い·········」
「いつもいつも俺にスキンシップーって抱きついてんだろーが。それを俺からしただけだぜ?三倍にして。」
「十倍だろ!ゲホガホッ······初めてでした突っ込む奴がいるか!てか口ン中何入れたの?薬?」
「ご名答。」
「盛られた······うわぁ、やばい、眠くなってきた···」
喘ぎながら眠気と戦う彼女もやっぱり艶っぽくて、ついついイタズラ心がまた発動する。
眠りへ誘う、とどめのキスを一発。
「···ッ!!旦那ーーーッ!!また何すんのさー!!!あ"ー·········Zzz」
こてっ、と、眠りについてくれた。
「寝てくれねェと困るんだよ、こっちは。」
お前の望みを打ち砕かなくちゃいけねェ、大仕事が待ってんだ。
一応言っておきますが二人の間に恋愛感情はありません(汗)
マジでこれは、ほんとに。
あくまでも神威君が本命っす。