流石に何も語らず入ったら読者の皆様わからないと思うので。
一応前後話?的な。
苦味の果実
「おーい、居るかー?」
低い男の声が廊下に響き渡る。
続いて、ブーツの靴音が響く。
音の原因を探ってみると、やや厳しい風貌の、五十を超えた位の男が、廊下を歩いていた。男は、暫くの間返事を待っていたが、周りが静かなことに溜息をつき、別の方向へと歩き出した。
「――ら―――いや――ないで――」
すると、歩き始めて数分も経たないうちに人の話し声が漏れ聞こえた。
「···ここか。」
真横にあった扉の前で立ち止まる。
その部屋は、ドアの白いプレートに、黒い字で"治療室"と書かれていた。
△▼△▼
ガチャ···
「自分じゃ、手、届かないでしょ?じっとし···ああっ!ズレちゃうわよ!」
そこには、一人の少女と女性が居た。女性が背中に包帯をまこうとしているものの、少女は自分で出来ると言わん限りに身をよじらせていた。
「···邪魔するぞ。」
「ほら大人しくッ···!······あら?雪村さんどういたしました?」
「···」
女が少女に包帯をまくのをやめ、傍らにおいてあった毛布を被せる。少女は、毛布で身を包みながらじっと来訪者―俺を―見つめる。
俺は、思わず苦笑した。
女はそうでもないが、少女の目には強い警戒心が映っていたからだ。
「···いや、彼奴が、麟燈(りんどう)の奴が藍華呼んでるんだよ。でも、どうやら傷の手当中らしいな。彼奴にゃそう言っておくよ。」
着替え中なんて、タイミングが悪かった。
そう思った俺は、要件を伝えてさっさと部屋を出ていこうとした。が、
「···行く···」
少女――藍華が、俺の服の裾を引っ張った。
十六歳にしては大柄な方の藍華が、俺の視界いっぱいに映る。
長い、濃紺の髪に、やや鋭い、金色の眼。夜兎であることを示す、真っ白な肌。痩せ過ぎで、浮かび上がっている鎖骨。そして、毛布の間からチラリと覗く······いや、これ以上はやめておこう。これ以上語るならば、俺にロリコンのレッテルがはられてしまう。
「···わーったよ。ならまずは彼奴の言うことちゃんと聞いて包帯巻いてもらって、服着替えてからにしろ。外で待っててやるから。」
「···ん······」
トコトコと女の所に戻る彼奴を見ていると、女と目が合った。
女は此方を見て苦笑している。
「〜♪」
彼奴は、先程とは全く違い、大人しく座っていた。
ほんの少し、頬が緩んで目も細まる。
どうやら、ご機嫌らしい。
その様子を少しの間眺めた後、ドアを開けて俺は退室した。
△▼△▼
時間にして十分程。
寄りかかった壁の側でドアが開く。
「···終わった···」
やや不機嫌そうな声。
ご機嫌だったのが嘘のように、また石像の様な無表情に戻っていた。
ふと、ある違和感に気がついた。
「おっ、珍しいな、三つ編みなんて。」
「···これ、嫌い。邪魔···」
声のトーンを更に落とし、不機嫌さを増す藍華。
どうやら、無理矢理三つ編みにされたことにご立腹の様だ。
そんな様子に苦笑しつつも、俺達は廊下を歩き出した。
△▼△▼
カツン、カツン
相変わらず廊下は誰も居らず、俺達の靴音だけがやけに大きく響いていた。
「···」
藍華と俺の間で、会話は行われていない。
何故なら、どんな話題なら喜ぶのかなんて俺にはわからないし、面白そうな話をしても、大抵つまらなそうに聞いているだけで、滅多に返事や何かしらの反応が返ってこない。
人見知りなのかと思っていたが、どうやらそれとは別物らしい。彼女自身の性格が表に出ない、というか、此奴は普段、殆ど何も喋らない。というか殆ど無表情だ。
俺や進助がどんなに笑わせようとしても笑わないし、何より会話すら成立しない事が多い。たまに成立する時はあっても、二言三言話して終わってしまう。しかもそれに追い討ちをかけるように、表情の変化はもっと乏しかった。
喜怒哀楽が欠如しているのではないか、と疑う位。
···一応、"哀"以外の感情はすべて見たことがあるものの、その変化は本当に極僅かだった。
少し口元が緩む。目を細める。眉がつり上がる······そんな些細な変化しか表情に現れなかった。
「···」
「···」
···十六歳、という年頃の少女がどんなものかなんて、俺にはわからない。だが、こんなにも寡黙でないということだけはわかる。もっと、言葉が、表情が、豊かなのではないか、と、思う。
△▼△▼
部屋に入ると、彼奴は煙管の煙を燻らせて穏やかに笑っていた。隣には侍らしき人物が、ややイライラした様な様子で座っている。
「···麟燈殿?この男が組織随一の殺し屋なのか?」
「···いえ、たしかに雪村も優秀ですが、それよりももっと優秀な人材をお貸しいたしますよ。」
「···まさか、この少女、なのですか?」
「ええ。藍華、此方へ来なさい。」
「···」
侍が信じられないという表情を浮かべる中、彼奴は麟燈の傍らに行くと、軽く会釈した。
「藍華です。」
「···!」
「···藍華は全ての武器に精通し、尚且つ応用力、瞬発力、そして速度に秀でています。変装もそっくりにこなす事が出来ますよ。···それに、私と同じ夜兎ですから、種族的にも他とは一線を区切ります。」
彼奴は淡々と藍華を売り込んでいく。
藍華はその様子を無表情に聞いている。
だが侍は、驚きの余り言葉を失っていた。
心の中の声を代弁するならば、こんな子供、しかも少女を勧めるなんて正気じゃない、と言った所だろう。
まあ、わからなくもない。
俺は稽古をつけたりしたからあいつの実力を知っていて普通の事だと思っているが、あの侍からすれば信じられないのが当然だ。
俺とて、逆の立場であればそう考えるだろうから。
とかなんやら考えているうちにも、奴は侍を言葉巧みに誘導する。侍は奴の思い通りに動かされていることを自覚しているのか、時折疑問を奴にぶつける。だが、それすらも言い包め、奴はあっという間に契約寸前まで持ってきた。
いつの間にか契約寸前なのに困惑を隠せない侍。
奴は、そんな侍の困惑を気にせず、等々止めの言葉を放った。
「失敗があれば、私が全て代わりに遂行致しますよ。ですから、安心してお任せ下さい。」
「は···はあ···」
「···」
等々言いくるめられてしまった侍が、助けを求めるように俺の方をチラリと見る。
だが、俺は黙って首を横に振った。
奴に抗議したところで、どうせ俺も言いくるめられるのがオチというのを嫌というほど味わっているからだ。
「···では、鬼兵隊の方、契約成立でよろしいですね?」
「···。その娘に信は置けないが、麟燈殿は総督が信用した人間。ならば、私から申すことはもう何も無い。」
最早侍は諦めたらしく、力無く契約書に署名した。
「···そうですか。···そうそう、言い忘れましたが、毎回この場所に来ていただくのはお手数でしょう。藍華が、蓮という名前でこの近くの遊郭で遊女をやっています。そこの主人は物分りが良いので、鬼兵隊や私達が出入りしてもお上には何も言いません。なので、そこで依頼等していただけると其方にとって都合が良いと思いますよ。」
「···」
「···恩に着る。」
「いえいえ。···ああ、そうだ。この娘は人の気配に敏感なので、部屋の番をさせると盗み聞きされることはありません。うまくご活用なさる事を期待してますよ。」
ニコニコと奴が笑う。
「···そう、か。···今日の所は失礼させてもらう。晋助様に報告せねばならんし、今の所は依頼もないからな。」
侍はやや気味悪げに奴を見つめると、早々に立ち去っていった。
後には、俺と、藍華と、奴が残される。
奴は優しげな微笑を浮かべて、傍らの藍華に語りかけた。
「···藍華。話を聞いていてわかったと思いますが、あの方は鬼兵隊の方です。私達にとって、今までで一番重要な顧客なんですよ。」
「···はい···」
この依頼の重要性を改めて理解したのか、藍華は身を震わせる。
「···ふふ、そんな心配そうな顔をしないでいいんですよ。貴女なら出来ると思って、私が推薦したのです。存分に貴女の実力を発揮しなさい。期待してますよ。」
やつの励ましの言葉を聞くと、ぱあっと顔を輝かせる藍華。石像が、人間になった瞬間だ。
「···さあ、今日は行きなさい。雪村、この娘を進助の所へ連れていって下さい。少し、銃の腕を磨いた方がいいでしょうからね。」
「···ああ。ほら、行くぞ。」
「···」
奴のそばから離れれば、途端に元の無表情に戻る。その様子を逐一見ていた俺は、本日二度目の深い溜息をついた・・・・
△▼△▼
見えないままでいて。
見ないままでいて。
私を、探さないで。
捨てておいて。
そっとしといて。
もう、この"私"は存在しないから。
痛い痛い痛い離して!!!
「···何勝手に人の過去語ろうとしてんだゴラァ···」
怒らないでよぉぉ!!語らないと先進められないんだって!!!
「···はあ?何考えてんの?アンタの頭ん中どーなってるのよ。」
ととととにかく進まないし終わらないの!!!だから本当に申し訳ないけど語ります!!!!
「···(ザクッ)」
ガハッ!!!!
(骨折により身動きが取れない作者の背中に二本目のナイフが刺さった音)