私は、科学者だった。研究内容は、人の作り方。
周囲から見ればそれは狂気とも呼べる様な所業で、多分、私はその狂気に染まっているのだろう。
まあ今更そんな事はどうだっていい。
私は人を作る研究を完成させて、まずは若い頃の細胞から自分を体を作り、記憶をコピーした。
その時、年老いた私の体を殺した。
そして次に私は、愛した私の妹を作った。コールドスリープしていた16歳の妹の体と、その記憶。それは完全で完璧過ぎるコピーだった。
華奢な体躯、綺麗な碧玉の様な瞳。明るい色の、長い茶髪。私の事を「兄さん」と呼んで慕ってくれる、愛しい妹。
その頃と同じ、私の体は17歳の頃の物だ。
おそらく、この研究は外の世界で戦争に使われている事だろう。別段その事は気にしない。研究成果をどう使ってくれようが構わない。
そう。今の私と、同じ様に・・・。
ーーーーーーー。
空気の抜ける音と共に、カプセルが開く。薄緑色のジェルベッドに横たわる瑠璃(妹の名前だ)を抱き上げ、移動させる。
外科手術の時に用いる様な単純なベッド、いや、この場合は台というべきか。固定具の取り付けられたそれは、少なくともベッドと呼べる代物ではない。
膝を腕に括り付けて腕を固定し、綺麗な茶髪、細い四肢、露わとなった肌色桃色を視姦する。
「やはり、素晴らしいものだ。花の最期の様に、儚くも美しい・・・。」
「ん、んぅ・・・。兄さん・・・?」
愛しい声で私を呼ぶ、瑠璃の声。
目を覚ました様だ。
「瑠璃、目覚めはどうだ。」
「にい、さん・・・?目が、怖い・・・。」
瑠璃はその問いには答えず、そう言った。
どんな目をしているのだろうか。僅かも興味は無いが。
「では始めようか。」
「ひっ・・・。」
私は長年の望みを果たす為、今の私の欲望を満たす為に、ある種の狂気でもってそれを晒す。
瑠璃はいきり立ったそれを見て、少し怯えの色を見せた。
「瑠璃。私は瑠璃を愛しているよ。」
「ホントに兄さん、なの・・・?」
「ああ、そうとも。少なくとも体はそうだ。」
「何をする、つもり・・・?」
怯えの色を隠せないまま、しかし冷静に尋ねてくる。
「簡単な事だろう?今からお前を、もっと愛するだけさ。」
「やっ・・・いやぁっ!兄さん、やめてっ!なにかの・・・なにかの、冗談だよね?」
「冗談だと、思うのかい?」
「・・・お前なんか、兄さんじゃない。」
急激に冷たいトーン。陳腐な言葉のナイフ。私にとっては、ナマクラでさえなかった。
「精々抗うといい。最終的に、体が耐えられればの話だがね。」
私はそう言って、瑠璃の性器に、対になる自分のそれを押し込む。勿論、瑠璃は濡れてなどいない。
「んぐ・・・。」
痛みと声を我慢しているのだろう、一度小さく呻いてからは黙り込んでしまった。
「そうか・・・だがそれではつまらないのだよ。」
血が滴る。奥まで入っているのだが一切、いや、歯を食いしばっている。逆に、それだけで耐えているとも言えるかもしれない。
私はピストン運動を加える。
「ぎぃッッッ!!!」
流石に耐えかねてか、悲鳴らしき声を荒げた。だが裏を返せば、破瓜程度なら痛みで声を出す余裕があるという事でもある。
苦しそうに悶える瑠璃に追い討ちをかける様に、ピストンを激しくする。
「ぐっ、ぎぃ、ぐ・・・。」
息も絶え絶えに、しかし痛みを、声を我慢しようとし続ける瑠璃。
「苦悶の表情が堪らなく愛らしい・・・。」
何度も押し引きを繰り返している内、呻きや悲鳴の中に段々と、喘ぎ声の様な物が混ざり始める。
「あっく・・・ぐぁぁ、はっ、ふぐぅッ!?」
瑠璃のキメ細かい柔肌に汗が滲んできた時に、私は自分のモノが脈打つのを感じた。
コピーとはいえ、いや、コピーだからこそ、実の妹の腟内に自分を植え付けた充足感と快感、背徳感に満たされる。
瑠璃はこの世の終わりを見たような顔で、何かうわごとの様に呟く。
「うぅ、兄さん・・・兄さんはこんな事しませんよね・・・。っう・・・どうか、悪い夢で、あってください・・・。」
「悪い夢、か。強ち間違いでもないな。」
言外の意図というのは、得てして残酷な物である。瑠璃は理解できていない様子。
「それは・・・どういう意味ですか。」
「答える理由は無いね。ただひとつ言える事は、この夢は死ぬまで醒めないという事だ。」
地獄は何故地獄たり得るのか。瑠璃はその理由を垣間見様な気がした。
私は無造作に注射器を取り出すと、針先を瑠璃の柔肌に突き立てる。
「いっ・・・これは・・・。・・・?痛みが・・・消え、ましたね・・・」
これは、別になんてことは無い薬品だ。人体クローン研究のついでに作った物。
鎮痛や鎮静の効果がある。モルヒネ、と言えば通りは良いだろうか。
無論、それは重要な医薬品であると同時に麻薬だということで、依存性もある。
「うっ・・・くぅッ・・・あぁ・・・。」
瑠璃は全身を震わせる。おそらく効きすぎたのだろう、大して傷を負っていた訳でもない瑠璃には、過度な物だ。
何らかの異常が襲ってきても何ら不思議は無い。
「兄、さん・・・。」
そういえば、瑠璃は昔からそういう節があった。薬が効きやすい体質。
血圧が低下しているのか、焦点の定まらないトロンとした目で、不安そうな声を出す。
時期に眠ってしまうだろう。
「瑠璃。君は、また今度だ。おやすみ。」
私のその言葉に導かれる様にして、瑠璃は抗い難い眠気に瞳を閉じた。
ーーーーーーー。
瑠璃が目を覚ますと、手首だけ固定され吊るされていた。そして変わった衣服を身に纏わされている。
黒メインで、フリルがヒラヒラした服。ゴスロリ、ゴシックロリータと言われるものだ。
豹変した兄の姿は無かった。
「痛ッ・・・。」
固定されている手首に青いアザができていた。
相当長く眠っていた様だ。
「兄さんは、なんであんな風に・・・。」
瑠璃は心底疑問に思う。ただそれ以上に。
「逃げなきゃ・・・。」
何よりもその気持ちが先に立った。しかし、当然逃げられる筈もない。拘束されているのだから。
「兄さんが、正気を取り戻してくれれば・・・。」
それは祈りにも似ていた。
「そういえば今、いつなんだろう・・・。」
記憶は高校一年のところで途切れている。
しかしその頃は五体満足で無病、限りなく健康体だった。病気で倒れたなんて事は無いだろう、と瑠璃は思う。
「でもそれは・・・。」
そんな短期間で豹変するというのは考えにくい。それこそ、自分が急な病で倒れるよりも、だ。
もし病気で倒れたのだとしても疑問はある。
「私や兄さんの姿はあの頃のまま・・・。」
「そう。あの頃のままだよ。」
「ッ!?」
いつから、そこに居たのだろうか。
「起きていたんだね。」
私は、日常生活でも使いそうな言葉を選ぶ。
「なんの、つもり?」
「特に意味は無いよ。これが私の望み、というだけさ。」
「異常者・・・。」
「ああ、そうとも。」
その自覚はある。そして別段否定する気にもなれなかった。
「それから、似合っているよ、瑠璃。」
少し遅れたが、思っている事を言葉に出す。服の事だ。
「そうですか・・・。」
かつてない程の冷たい視線を私に向けてくる瑠璃。その嫌そうな表情が堪らなく愛おしい。
「あぁ、良い目だ・・・。」
背徳感を唆る、冷視線。実の妹から向けられているという事実も、大きな要因かもしれない。
「今度は・・・何をするつもりですか?」
「そういえば死ぬまで醒めないと言ったね。」
私は思い出した様に、そんな事を呟いた。同時に興奮がこみ上げてくる。
私は注射器を取り出し、モルヒネと同じ様にした。
「ん・・・はぁ・・・。」
媚薬と合成麻薬を掛け合わせて作った、精神操作薬。
思考力を著しく低下させる様な効果が主にある。簡単に言うなら命令に逆らえなくなるだけだ。
瑠璃の瞳が、先程の冷たい視線から、トロンとしたものに変わっていく。
私は拘束具を外し、瑠璃の体を開放した。
瑠璃が動かない事を確認し、私はいきり立った男性器を晒す。
「さあ瑠璃、脚を開くんだ。」
「はい・・・。」
瑠璃はその場にへたり込んで、指示通りに脚を開く。
前のように全裸では無いが、下着は着けていない。
私は、クレバスに血の集まった棒を押し込んだ。
「んっ・・・。あぁんっ・・・。」
気持ちよさげに、或いは媚びるように声を出す瑠璃。華奢な体躯や幼さの残る顔立ちに似合わない、淫妖な声だった。
「あっ・・・んぅ・・・はぁっ、はぁっ・・・。」
瑠璃が快感に身をよじる。虚ろな瞳で見つめてくるのだから、その背徳感は尋常ではない。
強めにピストン運動を繰り返している内に、瑠璃の膣内の締めつけが強くなるのを感じた。
もうすぐ絶頂するというサインだろう。
「あぁぁぁあああああんッッ!!!!」
それから悲鳴にも似た喘ぎ声が響くまでに、それ程の時間はかからなかった。
床に落ちていく、愛液。動く度に淫猥な水音が大きくなる。
「にい、さん・・・はやくぅ・・・。」
ねだる、私を求める瑠璃の姿は、年不相応に見えた。
大きくなる膣圧、淫猥な姿と声に、私の興奮は自然と高まる。
「瑠璃、中に出すぞ。」
「ん・・・くらひゃい・・・。全部・・・。」
ドクドクと脈打つのが分かる。射精感、これ以上無い程の快感が襲ってくる。
二度目となる実妹への膣内射精の背徳感は、一度目と比べても遜色無いものだった。
「兄、さん・・・らいすき、れす・・・。」
「ああ。私も瑠璃を愛しているよ。」
紛れもない本心だった。
「だから、今は眠ってくれ。」
「・・・ひゃい。」
私はまた、注射器を手に取った。
ーーーーーーー。
「はっ!?」
瑠璃が目を覚ました時、不意に視界がボヤけた。寝起きだから、では説明のつかないレベルだ。
「何・・・?わからない・・・。」
記憶が混濁している、とでも言うのだろうか。前に起きた時と同じ様に、手首だけで吊るされていて、ゴスロリの衣装を身に纏っている。
「その後、兄さんが来て・・・。」
そこから先は、何も覚えていない。
「寒い・・・。」
体が何かを欲している様だ。それが何かは分からなかった。
腑に落ちない、そんな感覚だ。
「部屋は温かいのに・・・。」
空調は効いている。温か過ぎず、涼し過ぎず、不快感が一切無い。
それでも瑠璃は、寒いと感じた。いや、寒気がしたと言うべきかもしれない。
「おはよう、瑠璃。」
「兄さん・・・。」
「お前なんか兄さんじゃない、のではなかったかな?」
「悪趣味な人。」
今日の瑠璃は、少し反抗的な気がする。
「これが何か分かるかな?」
「・・・いえ、全く。ドラッグの知識なんてありませんから。」
取り出したのは注射器だ。それが違法な薬物である事を、頭のどこかで理解している様でもあった。
「これはモルヒネだよ。鎮痛剤として、医療現場で用いられる事も。一方で、強い依存性があるね。」
「麻薬・・・。」
「まあ、ただのモルヒネでは無いけどね・・・。」
私は若干の含みでもって、そんな事を口走る。単純な話だ。
「そうです、か・・・。なるほど、分かりました。」
「悪寒がするんだろう?」
「えぇ、それはもう、今まで感じた事の無いくらい。」
「これを打てば、すぐに収まる。欲しいかな?」
嫌らしい質問だ。だが答えは決まっている。
「いいえ、要りません。」
「そうか・・・。いや、今日は使う事になると思うよ。」
不穏な予告。どういう意味だろうか。
「鎮痛剤だから、欲しくなったら言うといい。」
「ッ・・・!」
その意味はすぐに分かることとなった。瑠璃が私の右手に握られた物を見たからだ。
「見た事は、ありそうだね。そう、半田鏝だよ。」
回路の線を繋ぐ、超高温。それを扱う為の道具だ。
「な、何っ、やめっ・・・ぎぃあぁあああああ!?」
「ふむ・・・声は、出るんだね。」
既に400℃を軽く上回っていると思われる。まともに声が出たのは、当てたのが手先だからだろうか。
「ぁっぁあああぁああぁっぁぁああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い・・・ッッッ!!!!」
「良い声だよ。綺麗だ。」
劈く様な悲鳴を綺麗だと感じるのはおかしいかもしれない。脚部に押し当てながら呟いた言葉。
痛い、と言える余裕があるということは、まだ死なないという事だろう。
比較的、致命傷にならない場所を選んでいる。
「次はここだ。」
下腹部。服の上から鏝を押し当てる。
「い゛ぃぃぎぎぃぃい゛い゛い゛い゛いあ゛あああ゛あッッッッ!!!!??」
手先や脚、下腹部。鏝を当てた部分には、痕ができている。
「ぅっう・・・痛い、痛いよ・・・。でも・・・。」
「薬には、頼りたくないのかな?」
「・・・。」
瑠璃は何も言わなかった。肯定とも否定とも取れる沈黙だった。
「だったら、本番にしようか・・・。」
「ほん・・・ばん・・・。」
生気を失った瞳で、ポツリと、そう呟く。発言の意味を考える事が怖くなったのかもしれない。
私は耳元で囁くように教えてあげた。
「瑠璃のオマンコに、これを入れるんだよ。」
我ながら、実に下品な言い方をしたと思う。だがその分、それは明確なイメージとなって伝わった。
「ひっ・・・やっ、やめてッ!」
「やめてほしいなら、薬を使う方を選ぶかい?」
「く、薬・・・。」
それも嫌な選択だろう。正義感の強い瑠璃が、そういう選択を嫌っている事を私は知っていた。
だが流石に身の危険を感じたのか、ここで瑠璃が折れる。
「薬、使います・・・。」
「そう、そうだ。それでいい。今、楽にしてあげよう。」
私は注射器のモルヒネを瑠璃に打つ。
「次は、多分眠くならないと思うよ。」
その言葉を最後に、瑠璃の記憶は三度途切れた。
ーーーーーーー。
「痛っ・・・。」
火傷が痛んで目を覚ます。それほど時間は経ってないように思えた。
バタバタと脚を動かして、鏝を押し当てられた場所を確認してみる。水脹れが手当された形跡があった。
「注射器で抜いたみたいになってる・・・。」
動かしても痛くない理由だろうか。腹部が痛んだのは服が擦れたからかもしれない。
「とにかく、痛くないなら・・・でも、寒い。」
きっと既に、薬に耐性ができ始めているのだろう。おそらく、依存も。
「モルヒネ、だったかな・・・。」
何度か使われた薬の名前だ。
「私、どうなっちゃうのかな・・・。」
薬に依存して、耐性ができて、実兄に犯されて。まともな精神状態を保っていられるのが不思議なくらいだ。
「兄さんとしたのは、別に嫌じゃない・・・。」
無論、最初は抵抗もあったがそれ以上に、慕っていた兄が自分を愛してくれるのが嬉しかった。
狂気に染まった兄の、しかし昔と同じ姿に、安心感さえ覚えている自分が居る。
「私は別に・・・良い子なんかじゃ、ないんだ。」
やっとそれを自覚した。無意識に、そう在ろうとしていた自分を少し憎んだ。
こんな事になってしまったんだから、もう堕ちるところまで堕ちても良いかもしれない。なんて。
「痛くて、寒くて・・・耐えられないよ。何より、心が・・・痛い。」
自分がこんなのだから、無自覚に兄を追い詰めていたのかも。
「昔の優しい兄さん・・・戻ってこないよね。」
兄は優等生だったけど、優良生ではなかった。それでも瑠璃には優しかった。頭脳明晰で冷静な兄を、瑠璃は心から慕っていた。
「私はダメだったよ・・・。」
頭脳明晰でも、瑠璃には足りないものがあった。自分を高めようとする向上心。人と接する事で、それを補っていた。
才能だけで片付けようとしていた。瑠璃が集めた周囲の人を、兄はプレッシャーに感じていただろう。
それは、兄の努力が妹の才能を超えた理由でもある。
「兄さんを、苦しめ続けてた・・・。これは、報いなのかも・・・。」
今の瑠璃の姿は、兄に与えた苦悩をそのまま返されている様なものかもしれない。
「私は・・・。あれ?昔と、同じ・・・?」
あの頃から今まで、体感時間は数日分しか無い。だというのに、なぜ瑠璃は、あの頃を『昔』と認識しているのだろうか。
あれからどれ程の時間が経ったのだろうか。
「分からない・・・。」
「昔で合っているよ。懐かしいね、七十年も前のことだ。」
「七十、年・・・?」
「そうさ。私はその間に、人間の生体クローン生産方法を、編み出したんだ。この姿は七十年前のもの。」
瑠璃の表情が驚愕に固まる。唖然と、それ以前に信じられない話だった。
「クローン・・・。」
「そうだ。今の瑠璃は、七十年間のコールドスリープを経て、細胞や遺伝子のデータを読み取って作られた、オリジナルのコピー。」
「私が、コピー・・・?」
「私の体も、昔の遺伝子情報から作ったコピー品でね。老いた私は殺したよ。」
世界の終わりを見たような表情で、瑠璃は私を見る。
「この研究が完成したことで、外の世界は世界大戦の真っ最中さ。」
「そ、そんな・・・そんな研究を公表したんですか・・・!?」
「そうとも。最初は倫理感がどうこうと喚き立てる連中も居たが、最後は利益に目が眩んでクローンに手を出した。」
私は淡々と告げる。
「勿論、特許でもノーベルでもないから、技術は私から買われる。生活は安泰だ。私に手を出さないように告げ口もしてきた。」
「そう、ですか・・・ここは安全なんですね。」
「死にたくは、ないだろう?例えコピーだと分かっていても。」
「・・・はい。これが報いだというなら、私は・・・何も・・・。私は、私ですから・・・。」
瑠璃は何かを諦めたように、或いは受け容れた様に小さく頷く。
「そうかな?私は別段、瑠璃を恨んだりはしていないんだよ。愛していると言っただろう?」
「な、なんで・・・そんなっ・・・。」
「この研究の完成も、世界的知名度の獲得も全て瑠璃のお陰さ。恨む筈が無い、だろう?」
それは確かにそうだ。理にかなっているし、合理的でもある。
だが、だとすれば何故。
「兄さんは・・・それって・・・。」
「ああ勿論、これに正当な理由なんて無い。思い込んでくれても良いけど、あくまで趣味だと言っておくよ。」
世界は、理不尽だ。自分が信じていること、信じていたいことを、いともたやすく蹂躙する。
「あ、あぁぁ・・・そ、んな・・・そんな事・・・知りたくなかった・・・。」
項垂れる瑠璃。絶望に、哀愁さえ漂わせて。
「だからこそ教えてあげたのさ。私が望むのは、瑠璃の全てだからね。」
「全て・・・。」
カリカリと、鎖の音が空しく響いた。鈍い音だった。
「そう、全てだよ。私は瑠璃の全てが欲しい。体だけじゃない。喜怒哀楽や愛、苦悶も絶望も嫉妬も軽蔑も欲さえも。」
一度に手に入れるのは不可能だろう。私は欲張りすぎているかもしれない。
だから、と言うべきか。
「その為に、私はクローン技術を完成させたのだよ。」
「・・・まさか、私を複数作ったんですか・・・?」
「ご明察だね。Exactly.」
イグザクトリィ。その通り、という意味だ。
「最悪ですよ・・・。」
「そうかな?さて、と。移動にしようか。」
私は以前とは違う注射器を取り出し、瑠璃の細い腕に突き立てた。
筋弛緩剤だ。
「な、なんっ・・・うっ、力が・・・。」
私は瑠璃の拘束具を外し、抱き上げる。
「もう、楽になると思うよ。」
部屋を出て、右を向き、少し歩いて左の部屋へ。
「気持ち良い感覚だろう?脱力しきって、ふわふわと。」
「ぅ・・・ぁ・・・。」
筋弛緩剤が効きすぎて、声も出ない様だ。或いは呼吸困難なのかもしれないが。
「さあ、着いたよ。」
先程と何ら変わりない、無機質な部屋。瑠璃は何かの上に寝かせられている。
私は体のあちこちに固定具を取り付け、瑠璃を動けない様にした。
磔を90°倒した様な感じ。
「ぁ、ぅぅ、ゃぇ・・・。」
うわごとの様に、言葉にならない言葉を発そうとする。
「相変わらず綺麗だね、瑠璃。」
「ぅぁ・・・。」
「これを使おうかな?」
ゴチャゴチャした机の上から手に取ったのは、ナイフ。何やらコードが繋がっている。
「電熱線が通っているだけだよ。」
私は訊かれてもいない質問に答えた。
「ぃゃ・・・ゃぇ・・・。」
「なんて、言っているのかな?」
実際に言いたい事は分かった上で、訊いてみる。
「ゃ・・・め・・・て・・・。」
震える唇。筋弛緩剤というのは恐ろしいものだ。
「やめる筈が無いだろう?」
「ぅぅ・・・。」
カチッと音がする。ナイフのスイッチを入れた。
「どこから、切ろうかな?」
「ゃ、ゃら、ゃぇへ・・・。」
「うん?よく聞こえないな。」
私は、スラッと伸びた綺麗な脚にナイフを近付ける。半田鏝より温度は低いが、火傷するには充分過ぎる温度だ。
「いぃぃぃぃいいいぃッッッッ!!!!」
陶芸品の様な白い腿に、ナイフを突いた。鋭い手応えとは程遠い、ガスっといったもの。
もちろん、ナイフを巧みに扱える技術は身に付けていないのだから、それが当然だ。
悲鳴は、筋弛緩剤を投薬しているとは思えない程に痛烈だった。
「あぁっ!素晴らしい・・・これこそ、私が長年夢見ていた光景っ!」
傷口からは血が出ていない。血管が火傷で塞がっているのだろう。実験は成功と言える。
「あぁあああぁあああぁああぁあぁぁああぁぁあ・・・。」
壊れたレコードの様な、言葉ではない音を発する瑠璃。当然、尋常ではない痛みだろう。
続けてもう片方の脚にナイフを振り下ろす。
「ッガぁあああああああああああああッッッッッ!!!!!」
「ふっ、フフフっ・・・痛いかな?痛いだろう。そうでなくては。その悲鳴程美しいものは無いっ!」
「あ・・・ぁあ・・・ぃあああっ・・・!」
瑠璃の目はあちらこちら、焦点が定まらないのか動き回る。おそらく、視界が明滅しているのだろう。
「大丈夫さ、死にはしない。血は出ていないからね。」
「あっぅう・・・。ハァッ、ハァッ・・・。」
酸素を求めてか、深く息を吐く。汗は滲み、息を荒げ、ガタガタと体を震わせる。
「逃げられないよ。これは夢や幻じゃなく、現実だ。せめて死後の世界に期待しておくといい。」
言いながら、私はナイフを振り下ろす。振り下ろす。
下腹部、腕部。突き刺す度に、ガスッ、ガスッ、という生々しい手応えを感じた。それが堪らなく気持ち良かった。
「ぁ、ぁ・・・。ぅ・・・。」
「まさしく満身創痍、と言ったところだね。」
私が言うのも可笑しいものだが。
虫の息だとか満身創痍という言葉がピッタリだと思う。
下腹部を刺した時には血を吐き、腕部を刺した時には最早声も出なかった。
「こうなってしまうと面白くないものだ。」
これだけ刺突を繰り返しても死に至っていないのは単純に出血が無いからだろうか。
痛みでショック死する事は、おそらく無いのだろう。
「次で死ねるといいね。」
「・・・。」
顔が血で汚れてもなお、可愛い、美しいと思う。返事は無かった。
狙い澄ました一突きが、胸部に吸い込まれていく。
バシャッと、血が吹き出た。
「・・・。」
声は無かった。脈が止まる。この瑠璃の命は、終わったのだ。
「おやすみ、瑠璃。」