短編。一途に提督を想う鈴谷が、社会に出て別の大人の男に出会うお話。

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鈴谷、内務省のおじさんの愛人になりかける

/序

「──ねえ、刑事部と特高部ってどっちが偉いの?」

 夏の築地の鳥料理屋。

 タバコの紫煙がもうもうと立ちこめる座敷で。

 わたしの無邪気な質問に、両脇の二人のおじさんが固まりました。

「………………ふ。鈴谷ちゃん。覚えておきな。聞いちゃあいけないことってあるんだぜ。…………そんなのッ!! 刑事部に決まってんだろッ!!!!

「ハッ。こっちの情報がなきゃ兵隊動かす脳もない癖に。鈴谷ちゃん相手だと格好つけて、コイツ」

「ウチに頭下げなきゃその兵隊の頭数すらたりんくせに偉そうだな、特高!! 総監名で出せんからって、この前も『頼むっ、よろしく頼むっ』って泣いて縋ってきたくせによお!! あのなっさけない声を鈴谷ちゃんに聞かせてやりてえなあ!!」

「てっ、てめえらがショバ荒らすからてめえらが必要になったんだ!! てめえらがいなきゃてめえらなしで検束まで行けたンだ!! 引っ込んでろ!! ……このッ、N野県のイナゴ野郎ッッ!!」

「おうッ、表出ろやあ!!!!」

「………………おい。今誰か信州伊那谷の悪口言ったか?」

「はいはいっ、ごめんねっごめんねっ! ほんとにごめんね!!!! 聞いたわたしが悪かったからねッッ!!」

「……『境連ぬる国にして~~そびゆる山はいや高く、流るる川はいや遠し♪』」

「やめてッ、最後まで歌い切らないと気が済まないN野県歌歌い出すのやめてっ!!」

「『古来山河秀でたる国は偉人のある習い♪』っすよね、伊澤さん」

「一番歌いたいところが結びで六番なんだからもう……」

 皆さんこんばんわ。鈴谷です。

 艦娘のいいところは、大の大人の男二人が取っ組み合っても間に入って止められることです……。あ、取っ組み合う二人は、本庁(警視庁)刑事部の捜査一課長さんと特高部の第二課長さんです。

 八月の夕べ。

 世間は夏休みですが、警察にシューショクした鈴谷に夏休みはないっす!

 今回は、艦娘が特にお世話になってる、内務書記官・内務省地方局行政課長の伊澤さんが主催している毎月定例の夕食会です! ……この、まだN野県歌歌ってる人です、伊澤さん。

 会合に名前はありません。目的もありません。内務省系の建設省や厚生省(文部省は呼ばれてない)、また農林省や外務省他各省庁・陸海空軍から、これはという若い人達が集まって天下国家を語る場です。

 視野が広がるし、何かあったとき電話一本で通じ合えるかどうかが大事なんだって、うちの課長さん(←伊澤さん)が言ってました!

 うちの課長さんが駆け出しの時に行った艦娘対策本部が他官庁の寄り合い所帯で、これじゃいかんな~~~~と思って始めたんだそうです!

 それをなるほどねえ、偉いなあと感心したのは、最初だけ……。

 この人達は絶対に楽しいお酒を飲みたいだけでっす!

 その証拠に……。

「えー、副幹事を務める本庁検閲課長の──さんは本日規定により急遽新聞図書の二十四時間監視に入りましたので、皆さんにお知らせいたします」

 そう、どこかの省(忘れた)の主任事務官をやっている若い男の人が、仕切りを始めました。おお、と同情の声が一同から漏れます。

「だから検閲課はいやだ」「そんなこと言うと人事の耳に入ってやらされるぞ」

 しかしそんなことはどうでもいいのです。

 仕切りが始まって一番にお鉢が回ってくるのは……。

「しかし、しかしですが!! 皆さんにもう一つお伝えしなければならないのは! これを抜かしたら皆に相済まんと!! 僕は懇々と頼まれ!! このために今週は女を我慢していたのにと意味のわからないことを言われ!! 用意させられました!!! ギンギンに冷やした、度数九十六パーセントのスピリッツを!」

 おじさん達の歓声。

 はあ…………。

「もちろん! 彼は是非鈴谷ちゃんに飲んでもらいたいと!! いつものように男らしく上を向き、一息に喉をごきゅごきゅ言わせて飲み干していただきたいと!! そう願いつつ、自分はその勇姿を見ることが出来ないをこと本気で嘆きつつ、彼は二十四時間監視に入りました!!!! 僕はっ、僕は彼の真心に涙を禁じ得ません!!」

 目を拭う仕草をする男に、拍手と歓声があがりました。

 はあ。

 この人達、必要なら本気で泣いてみせるから嫌なんだよ……。やばいよね……。

 となりの捜査一課長さんがバシバシわたしの肩を叩いてきます。めっちゃウザイです。

 裸芸はないから、そこはいいんだけど……。

 ………………ま。

 切り替えて、やるか!!!!

「──鈴谷でっす!! 検閲課長さんほんともうありがとうございます!! 喉フェチの変態課長さんほんと大好き!!!! でもね!! できればもうずっと一生夜勤しててほしいな!! ではっありがたくいただきます!!」

「ウオオオオ!!」

「鈴谷ちゃん、吐くときは上座に吐けよ~~!」

「うるさーーい!!」

「それっ」

 イッキコールの中、喉が焼けるようなサケをグビグビ飲み干します。うおおおおお、とおじさん達の何が楽しいのか楽しそうな声!

「…………んぐっ、んぐっ、んぐうっ……………………」

 ぐぐぐぐぐ舌も喉も鼻も胃も食道も焼けるぞチクショーー!! なんだ度数九十六ってただのエタノールじゃん!!!!

「──俺な、昔『怪獣読本』で、怪獣が火炎を吐くからには火炎袋っていう臓器がある筈だって読んだんだよ。いや、なるほどなあって。あるなあ火炎袋」

「──ありゃあ、あの娘あんなことして大丈夫なのかい? 艦娘? はあ艦娘っていうのはロシア人か何かかい?」

 んぐっんぐぐぐっんうぐぐぐぐぐ…………グッ!!

「…………く、けひッ。けひッッ。……れ、れん、れんぶ、のみまひたよ!!」

「呂律が回ってないぞー!」

 沸き起こる拍手!! わはは、と和やかな笑い声!

 こっちは舌も喉も口ん中も全部焼けてんの!!!!

 くそが!!

 でもよし、ここで終わってくれれば──

「──でも、なんかはやすぎて、よくわかんなかったな!!」

 誰だ、今言った奴ッッッ!!!!

「もう一杯行ってみますか!」「おう、もう一杯!!」」「もういっぱい!!」

「ハア↑~~~~ッ??!!」

「実は、僕が自腹でもう一本買っております!!」

「いいぞお!!」

「ばか!! このばかっ!! 一発ぶん殴らせてっ!! いやあとで一発本当に殴るからっ!! …………あのね。一つ言っておくけど、人間だったら死ぬし、人間じゃなくたって死ぬんだからねっ!!」

「サンキュー! サンキューな! 鈴谷ちゃん!!」

「あーら、こら今時なかなかいない根性座ったお嬢さんだなあ。別嬪さんなことでもあるし。いい婿さん紹介してやらんといかんじゃないか、おまえら」

 ……とまあ、結局飲まされました。

 うぅッ…………。

 だ、だってッ。

 しょ、しょうがないじゃん…………。

 みんな私の倍近く生きてそうだし…………。

 わたし、新参だしお客さん状態だし、こんなんで少しでも認めてもらるならって……。 それになんか、今日はいつもは来てない人達がわざわざわたしのこと見に来たっぽいし、ここで折れたらって…………っ、うっ、うええええ………………っ。ほ、ほんとに胃が燃えてるよ…………。本気で火炎放射できるねこりゃ…………。

 ……。

 …………。

 突っ伏していると、視線を感じました。顔を上げると上座の、ある男の人と眼が合いました。大丈夫か、と眼が言っていたので、心配しないでと眼で応えました。

「大丈夫か、鈴谷」

 と。同時にうちの課長さんも、空いていた私の前に座ってそう言いに来ました。

「だ、大丈夫だけどさ~~~~……。いつまでわたし、これやらされるのかな~~~~」

「そりゃおまえ、おまえより若いのが入ってくるまでだよ」

「なっ、何年先なのさ!! わたしより若いのって、まだみんな大学にも入ってないんじゃないの!!」

「いい飲みっぷりだったぞ、鈴谷ちゃん! いいなあタダで酒が飲めて。羨ましい!」

「代わってやろうかこらあ~~~~!!」

 鈴谷がキーッてなると周りのおじさん達が喜びます。

 もうどうにでもして。

 ……それから、周りの偉い人達と立ち替わり入れ替わりお喋りしました。なんだかんだと言って、やっぱり内務省人事の有資格者リストに載っている人が一番多いです。

 だから、艦娘を鎮守府外に住まわせるための艦娘交流推進指定団体の実情とか、艦娘も少し関わっている、ある孤児院を運営する社会事業団体のお話とか、色々聞けてよかったです。

 そして、特高第二課長さんがまた隣に座ったので、ずっと前から聞きたかったことを聞こうと思いました。

 本庁特高部の第一課が左翼担当、右翼担当や宗教係が二課にあります。艦娘係も二課の片隅にあります(他にもたくさんあって、変態の検閲課長さんも特高部です)。つまり、艦娘が変な思想に染まっていないか常に監視してくる艦娘の仇敵なのです、二課は。……鈴谷にとっては、「仇敵でした」。

 鈴谷は、今、内務省人事局が管理する有資格者リストに載っています。載っているのはみんな、高等文官試験行政科を通って内務省に採用された人たちです。この人たちは、地方に勤めていても人事は本省でやられます。いわゆる「キャリア」です。紆余曲折あって、鈴谷もそこに名前を連ねることになりました。

 ……そもそもここに来ているような人達は誰もがうらやむようなポストに就いていて、本庁の特高課なんて名刺がキラキラ輝いています!! 間違いがなければ出世間違いなし、機密費じゃぶじゃぶ、在職中にコネがたくさんたくさ~~んできる!! ……だから本当は鈴谷みたいなペーペーがタメ口きける相手ではないんでっす! うっす!

「──ねえ二課長さん、うちの提督が危ない連中に狙われてるって、最近よく噂で聞くんだけど………………」

「ん…………」

 ちらっと私の方を見て、それから酒をゆっくり飲み干すと、まだ私の前にいて隣の誰かと喋っていた、うちの課長さんを見ました。

「……伊澤さん、鈴谷には話してよかろうですね」

「ああ。コイツももう、立派な見習警部だ。この会唯一の判任官サマだぞ。すごすぎる」

「いちいちうっさいなあ~~~~」

 頷いて、二課長さんが話し始めました。

「……鈴谷も知ってると思うが、艦娘は、左右を問わず思想犯、ラジカルな無政府主義者、暴力団、他国の息が掛かったものからそうでないものまで、あらゆる反社会・反国家勢力に狙われている。そして深海棲艦出現後、人心は非常に不安定になった。人ならざるモノが現れ、まるで特定の目的を有しているかのように人類に組織だった戦闘を仕掛けてくる。人類を抹殺せんと戦争を仕掛けてくる。意思の疎通も出来ない。まるで何かから意志を付託されその目的のために行動しているようだ…………と。これが、既存の宗教にとらわれない新たな宗教が出現する苗床になった」

 うちの課長さんと特高二課長さん、それに捜査一課長さんだけが傍にいました。

「深海棲艦出現後、新たな宗教結社が激増した。そのほとんどが世紀末思想を掲げていて、戦後宗教結社公認の要件が緩和されて以来の尋常ではない結社公認数となった。その中でもっとも危険な団体が、深海棲艦を神の子孫、生まれ変わりと見る連中で、深海棲艦こそが神の意志の下、穢れきった世の中を破壊し立て直すと信じている」

「…………ふーん。わたしたちは?」

「艦娘もまた神の子孫であるが、穢れた人間に支配されることで人形になりさがっていると」

「……ふふ。穢れた人間って、もしかして提督のこと?」

「そうだ」

「提督が穢れていて、わたしたちはお人形さんか……。提督さえいなくなれば艦娘も深海棲艦みたいになるって信じてるんだ」

「そういう一派もいる、ということだ。深海棲艦や艦娘を本尊だとすれば、御宣託やお筆書きもいらない。俺こそが深海棲艦や艦娘の真の理解者だと信者を納得させることのできる人間が、教祖をやる。いずれにしろ、艦娘の少将のような人間は邪魔だ」

 実際にそういう人に会ったこともあります。

 艦娘が神の子孫なら、自分は日本神話のある神の生まれ変わりで、つがいになるのが運命なのだと大まじめに言っていました。みんなでお引き取り願いました。

「もうすぐ深海棲艦出現、二十年周年だ。『二十年立て替え説』というのが蔓延して、奴らは街宣をやっている。艦娘の少将に届く脅迫がより具体的・直接的に変わってきたのもその一環だろう。所轄でそういう話を聞くのも、連中が公然とその手のことを吹聴して回っているからだろうな」

 そして、知事や警保局長が名指しでその団体に警告していること、また一部の書籍が発禁処分にされたこと、当該地警察部の特高課長が街宣や出版について厳しく注意したこと等を教えてもらいました。

「危なそうな人達は、みんな押さえてるんだよね」

「ああ。奴らの施設の方には毎日特高刑事が『お茶を飲みに行っている』し、要視察人に指定できないような連中も地下に潜る連中も、危ないのはみんな名簿にして面割れしている。最近は、ずいぶんカメラも便利になったから」

「ん」

「そして、これはという時は一週間ぐらい掛けて大動員で対象全員をじっくり尾行で巣に追い込む。それでよほど肝の据わった奴以外は、ビビって当分動けんのさ」

 ……そう。それは知ってる。経験させられた。

 拭いがたい、生理的な恐怖。

 カーテンを開けても、買い物に出かけても「奴ら」らしき人影がいる。そして出入りをするたび、艦娘鎮守府の表玄関で「挨拶」される嫌悪感。もし艦娘以外の人間が出入りすれば、人相から名前までしっかり記録される。まだ海軍憲兵の方がマシ。

 そういう一番ひどい状態から抜け出した後、艦娘鎮守府に、警察が、男が、機密費尻持ちのジゴロがスパイのため食い込んで来られなかったのは、提督の方針だけではなくそれも理由。

 私は、彼らが始めの始めの一番始めに、「エイリアン」に対する方針を間違ったと今でも思っている。

 私達にも、非があったとはいえ…………。

「……おい、それぐらいでいいだろう。鈴谷も、あんまり気にしすぎるな。おまえがどうこう考えたってどうにもならん。見習は見習らしく、言われた仕事をしっかりこなせ。……それからまず、胡座をかくな。膝小僧が見えてる」

 対面のうちの課長さんは、不機嫌そうに言いました。

「あっ、エッチ!」

「まあまあ伊澤さん」

「……もう! いいじゃん差し障りのない範囲で聞かせてもらうぐらい!」

「ああ。自分の父親代わりが狙われてるってんじゃ、そりゃ気が気じゃねえよなあ」

 隣の捜査一課長さんがしみじみと言いました。

「でっ、でしょ!! そうでしょ! 普通でしょ!! …………っていうかさ! 話違うんだけど、わたし前から思ってたんだけどさ!! 同じ内務省でも自治畑の人より警察畑の人の方が話面白いよね!!!! 人間が大きいっていうかさ!! 器が大きいよね!!」

「あっ、鈴谷ちゃん分かってるねえ!」

「目の前の伊澤さんに向かってわざわざ言うあたり、大したもんだ。まあ叩き上げの警察官を部下に持つっていうのは特殊なことだよ」

「ほらっ!! ほらあっ!!」

 思わずわたしは身を乗り出しました。

「へっへっへっ! 三対一だぞ~~~~~~? ん~~~~? 地方局の行政課長さ~~~~ん?? 地方局ってぇ、えっとぉ、何畑だっけぇ??」

「伊澤さんって地方官時代にも警部や地方警視、ないんでしたっけ」

「ないよ。一度もサーベルつけたことねんだ、俺」

「あっれ~~~~じゃあわたしの貸してあげよっか~~~~!」

「おまえも結構しつこいよな」

「伊澤さんに甘えてんですよ、かわいいじゃないすか」

「あっ、こら! 甘えてなんて──」

 反論しようとしてさらに身を乗り出したその時、

「きゃっ!」

「お! 可愛い声!」

 ──誰かにお尻を撫でられ飛び跳ねました。

 振り返ると、真っ赤な顔をしたオジサン。

「ちょ、ちょっと!」

「いやあ、悪い悪い。あんまりかわいいお尻が突き出されてるんで、撫でない方が失礼かと」

 後ろを通り掛かったその人の、

「こ、このっ、あ…………えッと」

 な、名前が思い出せない。

 この人の省庁部課は思い出せるのに名前が思い出せない!

 なんだっけ!

 ……とかやってる間に彼は行ってしまいました。

 な、何してるんだ、あたしゃ…………。ほんとに飲み過ぎだよこりゃ……。

「うぐぐぐぐぐ!!」

「鈴谷ちゃん、落ち着けよ」「俺に喧嘩ふっかけた罰が当たったんだ」「ほら。話してばっかりでなんだ。改めて乾杯といこう」

 それから、飲んで飲んで飲みまくりました。

 ここの人達は場が打ち解けてもあまりセクハラしないのがいいところで(まあうちの課長さんが睨みをきかしてるからだけど)……わたしも、気楽に騒ぎました。

 そして、騒ぎながら思い出しました。

 ……人の名前と顔を覚えていると言うこと。

 提督は、着任の日から、艦娘全員の名前と顔を覚えていたことを。

 もちろん着任以前から提督と艦娘はいろいろあって、だから提督は提督になったのですが、何百人もいる艦娘だから、提督と実際に話したことがあるのはわずかでした。

 わたしも、提督とは話したこともない、一人だった。

 でもどうでもよかった。

 新しい人間が司令官として来るとかどうとか、どうでもよかったのです。

 仲間と一緒に「敵」を殺せればそれでよかった。

 ……出撃帰りの夕方。その日は少しヘマこいて、脇腹をえぐられて服を台無しにしてしまいました。

「鈴谷?」

 そう言われて振り返ると、佐官の襟章をつけた提督がいて。

「どこへ行くんだ? 怪我を見てもらえ」

「怪我なんてどうでもいいよ」

 それより、鳳翔さんに謝ってこの服どうにかしてもらわなくちゃ────

 わたしが考えていたのはそれだけでした。目の前の男にも傷にも関心がなかった。

 そして踵を返した瞬間、後ろから肩を掴まれました。

 それで………………身体が、ビクッとした。

 強く掴まれているわけじゃない。いや、掴まれたなら掴まれたでそのまま投げ飛ばしてやることもできた。

 でも、動けなかった。

 違ったのです。

 ただ、掴まれて。

 違ったのです。違うって、わかってしまった。

 そのまま反転させられ、提督は大事そうにわたしの腕を持って、わたしの指の欠けた手に触れました。わたしはぼーっとして、いくつか質問されたのに何と答えたかも覚えていません。

 ただ、触られたところがとても温かかった。

 艦娘同士で触れるのと違って、ぽーっと温かかった。

 それから手を引かれて病室まで行きました。

 ……すごく恥ずかしかった。

 その姿をみんなに見られたこともだけど、わたしは深海棲艦を倒すことしか考えてなくて、なのにこの人はわたしよりわたしの身体を大切にしてくれている。

 それが、無性に恥ずかしかったのです。

 今でも覚えている。

 最初に掛けられた提督の低い声。温かい掌。ゴツゴツした指の関節。

 今でも覚えている。

 覚えているよ。…………今でも。

 

 

/破

「鈴谷! おい、起きろ!」

「は、はひゃっ、おっ、起きてるって!」

 ぼうっとしている間に、河岸を変えるようです。みんな、立ち上がっています。

 見渡すと上座の男の人──萱場さんがいません。

「あ。…………わ、わたし…………もう、帰らなくちゃ」

「え、なんだよ。これからだろ」

「二課長さん。今日は色々聞かせてくれてありがとうございました」

「ああ。でも鈴谷ちゃん、俺は君がもう人間籍に入っていて、なんであれ警察のキャリアに乗ったから話したんだぜ」

「はい。わかっています」

 うちの課長さんに手で挨拶してから、鳥料理屋を出ました。

 そして円タクを拾って丸の内のホテルまで行き、最上階の会員制のお洒落なクラブラウンジに行くと、萱場さんはいました。ここは夜景が見えて、座ってる間あまり他人の目を気にする必要がない席割りになっているのが魅力です。

 萱場さんは、内務省の警保局保安課長という役職で、さっきまで話していた課長さん達よりずっと偉いです。本省保安課長は全警察のナンバーツー。ついでに言えば、勅任官、高等官二等。うちの課長さんは高等官三等の奏任官なのでそれより偉いです。

 萱場さんのいつもの指定席まで歩いて行く間、ジロジロとならないまでも視線を感じました。まあエレベーターで一緒になったオジサンもタクシーの運転手さんも同じだったし、もうあまり気にしません。

「ちょっす! おひさ! 萱場さん!!」

「突っ伏して居ったから心配したぞ、鈴谷」

「あれは毎度のこと! 萱場さん出席率悪いから知らないんだよ! もっと出てよ!」

「すまんすまん。色々あるんだ」

「この間の灘万にはいたくせに!」

「だから、いろいろあるんだよ」

「……ふーん」

 萱場さんとうちの課長さんは先輩後輩と親しく呼び合っていますが、本当は系統が違うそうです。うちの課長さんは本省中心のエリート街道、萱場さんは地方の特高課長から始めて地方巡り、県警部長、知事もやってます。萱場さんは、内務官僚で政治色がついたら落ちこぼれよ、と笑っていました。

 そう言いながら保安課長なんだからあんまり信じちゃいけません。

「……これでも最初はな、天下国家を語るのに女なんぞ入れるなと言われておったのよ。しかし今はもう誰にも異論はないだろう。儂は嬉しいよ」

 そう言って、わっはっは、と本当にうれしそうに萱場さんは笑いました。

 ……鈴谷は、たまにこの萱場さんに会います。

 贈り物を鈴谷が喜ばないことを知っている萱場さんは、週末以外にもあちこちに連れて行ってくれます。星ヶ丘茶寮に赤坂錦水、新喜楽、無私庵。それから帝劇でオペラ(この前は『オセロ』)。歌舞伎座、三越ホール、帝国ホテル演芸場に行っては猿之助や友右衛門の楽屋に招かれてお喋りさせてもらったり(←チョー舞い上がりました!!)。有名なお相撲さん部屋の稽古を見させてもらったり……。

 あんまり堂々一緒に見て回りすぎて、いいのかなあってわたしの方が心配になります。

 ……そして最後にホテルに行きます。

 萱場さんと寝ます。

 シャワーも浴びせてもらえず。裸でベッドに寝かせられ。

 身体という身体を、足の指の間まで舐め回されます。

 ネチネチと局所を責められ、何度もイカされて。

 でもそれは長いセックスの始めの始めで、鈴谷の意識が朦朧としてきたころに…………提督が好きだったことを、いや、今でも好きなことを告白させられます。わたしだけの提督の思い出を、いつどこでどんな風に好きだったのか、そして今もどれだけ好きなのかを言わせられます。

 …………わたしの親友だった熊野を裏切ってしまったことも、告白させられます。熊野は提督の恋人で、わたしはもう好きな気持ちがどうにもならなくなって、ひどいことをした。

 涙が止まらなくて、感情の渦が止まられなくて、それなのに萱場さんはわたしの性感帯をしつこくしつこく責めてくる。わたしが一番感じてしまって淫らになるところ、もうみんな萱場さんに知られてしまってッ──

「ゆるし…………ゆるしてよっ、萱場さん、あ、ぁ゛ッッ」

「ほら。まだ提督が退任する日のことを聞いていないぞ。みんなが涙ながらに抱きついて別れを惜しんでいたのに、おまえはそうしなかった。提督も、おまえだけが来ていないことをわかっていて、それで」

「……やめてよっ…………おねがい、あ、ダメッ、そこは かやばさ、ダメッ、そこはぁっ」

「……なら、二月に少将が従四位に叙されて、その贈り物にフレグランスか時計かで悩んで、結局選んだ方を今でも後悔している話をしようか……」

「う、うぅっ…………」

 すごく嫌なはずなのに 萱場さんは私のわずかな身じろぎまで観察して、優しくしつこく、わたしの身体を責めます。いつの間にか、告白させられることすら、快感にかわっていく。自分も知らなかった悦び。こういうのを「開発」されると言うんだそうです、萱場さんを通じて知り合った女の人に聞きました。

 そしてわたしが果て尽きてから、萱場さんは人形のようになったわたしを激しく抱きます。

 わたしは途中で気が飛び。

 朝、もう何の体液やらわからぬものにまみれて目が覚めます。

 ……うちの課長さんは、萱場さんとこういう関係になる前に、鈴谷に色々忠告しました。うるさいなあと思って、わかっているつもりでしたが、わかっていなかった。

 ある週末に愕然としたのです。

 萱場さんから誘いの電話が掛かってこなかったことに、ガッカリしたことに。

 そして、前戯で延々と責め立ててくる彼の舌の動き一つ一つに、愛情を感じ取り始め、それを求め始めたことに。

 逆襲の機会を狙って、わたしが口で萱場さんの一物を頬張っても、それなりに自信があるつもりだったのに「いい」という彼の顔は、艦娘を見る提督と同じ、父親のような顔で。

 贈り物は一切受け取らないといいつつ、食事に行く前に上手いこと乗せられてしまい、絶対に似合うからと試しにつけさせられ、実際にセンスのとても合っていたネックレス。

 そしてなにより、今では萱場さんのその時の気持ちが、抱かれながらわかるようになってしまった。わたしに対する、激しい気持ちも…………。

 ……私は、一番に人間社会に出る艦娘として一番に出世して提督の役に立ちたかっただけなのに。

 本当に、それだけだったのに。

 萱場さんの打算を越えたところ。

 そこに。

 鈴谷は…………。

 わたしは、

 ──萱場さんのグラスが、カランと鳴りました。

 萱場さんが、わたしを見ていることに、ようやく気付きました。

「なあ鈴谷。おまえの尻触ったやつ、どうしてやろうか」

「い、いいからっ! わたしぜんっぜんきにしてないから! はいはい飲んで~~~~萱場さんも気にしない気にしないっ」

 暫くの間、そうして水割りを飲み合い(←まだ飲む)、ラウンジの高級で物憂げな雰囲気を私たちは楽しみました。

 

 

 ──ラウンジで一息ついた後、いつものように部屋へ向かいました。そしていつものようにわたしの服を脱がそうとする萱場さんに、

「ま、待って、萱場さん」

 いつもと違う声色に、彼の動きが止まりました。

「今日は、普通にしたい」

 そう言うと、萱場さんは黙ってわたしを見つめて、それから頷きました。

 そのままベッドに倒れ込み、お互い横を向いて体をまさぐり合い……。

 萱場さんのおちんちんは、ぼっきすると上に反ってカリと竿の部分がわたしのいいところを擦るのです。

「も、もう、いいからさ……挿れてよ………………あッ❤」

 わたしが願うまま、早々に亀頭が中に押し入ってきました。

(これ、やばっ……)

 側位って、いつもと違うところに当たって……。

 萱場さんは優しくゆっくりと竿を動かし、もどかしくて、これはこれで、気持ちいいのですが……。

「こ、こういうのも悪くないよね。激しいのよりわたし好きかも」

「……」

「な、なにか言ってよ」

「普通にしてどうおまえを満足させてやろうかと思ってな。普通じゃ儂の方がもたんで、おまえを満足させてやれんだろう」

「えっ、そ、そんなこと考えてたの? いいのに。いつもわたしばっかりしてもらって、悪いなってわたしの方が」

 そこまで言って、そっと頭を抱かれました。

「すまなかった。鈴谷、いままで普通にしてやらんで」

「いいよ。おかげで、萱場さんがわたしのこと大切に思ってくれてる気持ち、わかったもの」

 目の前の相手のことを思いやっているようで、大切にしているようで、自分のことしか見えていない人がいる。目の前の相手を好きだと思って、もっと当たり前に気持ちを交わすチャンスをふいにして、独りよがりな気持ちを爆発させた人がいる。

 ……それが、わたし。

 萱場さんは、わたしのことを「あなた」としてみてくれている。

 転がり込んできた、都合の良い若い女体としてではなく。

 大切にしてくれる。

 だからわたしも、萱場さんのことを「あなた」として好きになれた。

 ……でも、あの人もそうだったのだ。

 あの人も、「わたしたち」のことを一人一人の「あなた」として大切にしてくれた。

 あの人が鈴谷という「あなた」を大切にしてくれているとわかったときの喜び。胸がいっぱいになってドキドキして顔が熱くなった。その時、わたしは初めて自分で自分を大切にしようと思えた。そんなことまであの人に教えてもらった。みんなみんな、あの人に教えてもらったんだ。

 だから。あの人と萱場さんは大人で。わたしはどうしようもない子供だった。

 でも。

 今でも…………。

 あなたの本当の「あなた」が、鈴谷であれば、どれだけよかったかと何度────

「──鈴谷」

「…………………………ごめん」

 馬鹿だ、わたしは。

「おまえもつくづく嘘をつけない奴よな。ういやつ、ういやつ、ほれほれ」

 本当にごめん。萱場さん。

 本当に。

「………………で、でもさっ、そういう萱場さんだって、子供がいるのに艦娘抱いちゃうような変態さんじゃん! もし自分のお父さんが、かわいい艦娘抱いてるなんて知ったらわたしならグレるねぇ! 絶対!」

「…………いや、どうかな。そういう親父でも、案外グレないかもしれないぞ」

「えぇ?」

「お父さんが、艦娘のことを好きになるようなお父さんでも、娘は立派に育つかもしれない」

「はあ?」

「娘は、お父さんとは違う道かもしれないが、警察に入って毎日つらいお酒を飲まされても立派に頑張るかもしれない。仲間の中で一番にお父さんの役に立って見せようと、畑違いの職場で苦労しながら、お父さんの身を案じながら、毎日一生懸命頑張るかもしれない。……な。かもしれないだろう?」

「……………………かもしれない、ね」

 ふふっ、と笑い合いました。笑うしかありません。

 萱場さんみたいに優しい人、そんなにいないよ。

「……儂はおまえのことが好きだぞ、鈴谷」

「うん……」

「だからおまえは、『かもしれない』ではなく、とことんやれ。伊澤の親心は無理だと思ってもみんな受けろ。儂も、伊澤なんぞに負けぬぐらい後押ししてやる。おまえも必要だと思ったことは儂に遠慮無く言え」

「はい」

「そしていつか、儂のものになれ。何も束縛する気はない。だが、おまえがいいと思えたら、その時、儂のものになると言え」

 萱場さん……。

「おまえがいいと、思えたら……」

「…………はい」

 それから長いキスをしました。

 キスをしながら、挿れたままお互いに体を揺さぶって、ささやかな粘膜の擦れ合いを楽しみました。

 いままで、わたしは責められるばかりでしたが、こうしてゆるやかなセックスをしていると萱場さんが身じろぎするポイントがわかり始めてきました。

 それで「ん?」と、ちょっとわざとらしく腰を捻ってゆっくりヒダで萱場さんのを舐めると、

「おうっ」

 と、彼は声をあげました。

 おっ、これは。

 もしかして。

 ……うふふ! チャンス!

 勝てるかもしれない。ネチネチ前戯なしのスローセックスならわたしにも勝てるかもしれない!!

 いつも責められっぱなしだったわたしは調子に乗って、萱場さんを優しく下に仰向けにし。お尻をねっとり上下させると彼はうめき声を上げました。こんな声初めて聞きます。うふふふ!!

「鈴谷、少し加減してくれ」

「だーめ いつもこうやってわたしのこといじめるの、どちら様ですか~~~~❤」

「ものすごく乳首勃起させとるぞ、おまえ…………変態艦娘め」

「うふ。な~~~~んか、興奮してきちゃった」

 これって好きな人を虐めたくなるって奴だよねえ。

 竿の曲がった部分をナカで舐めると、ぴくっぴくって萱場さんが声を我慢してるのがわかります! うふ。うふふふふふ!!

「ま、まて、鈴谷」

「あれぇぇ? もうイキそう? ちょっと早くなぁい? だめだよ、勝手に……出、し、ちゃ❤」

 何度も萱場さんとセックスして、男の人もやり方次第で女のように尾を引くような長い絶頂を感じられることがわかりました。最後の時、鈴谷の膣の動し方で萱場さんの余韻が全然違うのです。今日はそれを思いっきりやってやるのです。

 ……おちんちんが切なそうにぴくぴくし始めたので、吸い付くようにしていたヒダから力を抜きます。

「お、おうっ」

「まだ、だめ、だめ、だめ❤…………あっ、お尻掴んだら、ちゃんと気持ちよくさせてあげないんだから」

 お尻を掴んで自分で動かそうとする萱場さんに言いました。

 腰を弾ませようとするのも、がっちりマウントして動かさせません。

 おちんちんが陰嚢から竿までパンパンに張ってはち切れそうになってるのがわかります。

「えらい子だね……」

 とってもかわいい……。

「……いいよ。萱場さん、だ・し・て❤」

 少しだけ膣に力を入れると、びゅっとおちんちんが精液をはき出しました。ここからが大事です。萱場さんの射精の律動に合わせて締めたり緩めたりします。ずっと強かったり弱かったりではダメ。そして射精の量が減ってきたら、まだまだ出せるよねって半勃ちのおちんちんをやさしくやさしくヒダで絞り上げるのです。できる限り、彼がびくんびくんと長い間絶頂の気持ちよさを味わっていられるように彼の呼吸に合わせるのです。

 そうしてそれが終わると、

 最後に、彼は満足そうなため息をつきました。

「……鈴谷はすごいなあ。こりゃ離れられんぞ」

「えっへっへ~~~~~~すごいでしょ~~~~! でもっ! わたしに本気になっちゃ、だ、め、だ、ぞ~~~~!!」

「ああ。ああ」

「ねえねえ! 萱場さんに最高のお婿さん紹介して欲しいな~~~~~~!!」

「うむ。いいぞ。ただし、婚約してからも毎月、儂にこういうことをしてくれよ」

「あ~~ッうっわ~~~~~~~~どんだけ強突く張りなのよ、この人!!」

 と、きゃっこらきゃっこらベッドで遊びました。

 萱場さんは終わった後も他愛ない遊びにも付きってくれるのが素敵。

 今日はわたしがヘトヘトにならなかった分、沢山マッサージしてあげました。

 ……そしていつしかまどろみ。

 眠る間際。

 唐突に彼が言ったのです。

 その声は、いつもの萱場さんと違って無表情でした。

「覚えておけ、鈴谷。……ひとには分相応というものが、あるということを」

「……それって私のこと?」

「いいや……」

 それだけ言って、わたしは、また、眠ってしまいました。

 

 

/急

「おい鈴谷ちゃん、課長が遅い昼飯行ってこいってよ~~」

「ういっす!」

「鈴谷ちゃんは覚えが早いし老若男女、仲良くなるのが上手いのは結構なことだと思うが、その格好はどうにかならんの」

「ならんっす!」

 数週間後。帝都都心、配属先の某署某課で今日も研修研修見習研修です!

 もうなんでもやらせてもらってます! この叩き上げの警部補さんもいい人です!

「ウチの若いのの目の毒だ。おまえ、膝小僧なんて見せて。あれで警察かってちょっと問題になってるぞ」

「本省保安課のお墨付きっす!(←大嘘)」

「いいけどなあ。おまえ、元艦娘で初めての有資格だっていうんなら、むしろちゃんと規律は守らなきゃいかんのだぞ。艦娘って仕事もできるし人当たりもいいし流石だなって言わせりゃ、あとに続く艦娘のためにもなるだろう?」

 ……ちょっと説教臭いところがうちの課長さんに似ています!(説教臭いなんて言ったら罰当たりますけど!!)

 でも、「なんだこのコネ女」「艦娘ってエイリアンでしょ」っていう気配をねじ伏せるにはこの服の方が都合がいいのです。レディーススーツや婦警さんの制服はちょっと都合が悪いんです。

「ねえねえ! 警部補さん!! 今日は大和田がいいな!!」

「…………何言ってんだおまえ?」

「じゃあ日頃の感謝を込めてわたしが奢ろうと思いまっす!!」

「なにッほんじゃ」「うっそーー!!」

 と。

 署を出ようとしたとき。

 小走りに、事務方の人が、警部補さんに。

 その切迫した顔色は、何故かわたしに向けられていた。

 耳元で話を聞いた警部補は無表情になって。

 わたしを見た。

「鈴谷」

 特高課の方、大騒ぎになってる。

 いや、もう、みんな、大騒ぎ。

 そして署内の眼が、わたしに。

「──第一報だが、艦娘の少将が、短刀で刺されて意識不明だそうだ」

 ……。

 目の前が。

 なにも、

 真っ暗に、


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