「これで今月分の集計は終わりか。やっぱりしんみりした曲よりもノリの良い曲の方が人気は高いな」
「でも『明日またハレるかな』は年配の方に人気ですね。歌詞の純粋さが若い頃を想い出させてくれる、って」
「アレか。一番最初に諏訪子が自分で作詞した曲だな」
「子供達には神奈子様作詞の『轟、オンバシラ』が人気ですね。勇ましくて格好良い歌詞が英雄譚みたいでノリノリだそうです」
「流石にそこは世代差が出るな。二人に対する意見は可愛くて微笑ましいが二割、諏訪子様のニーソハァハァが三割、同じく三割が神奈子様ペロペロ、一割が諏訪子様可愛くて神奈子様美人、残り一割がうぁー、あー、おーだな」
「だから赤子の意見はその他で纏めて置きましょうよ」
「だが今月の赤ちゃんのコーナーは女性達に大人気だぞ。ってか俺に頭を撫でられたら将来天才になる、とか根も葉もない噂が飛び交ってるんだが」
「諏訪子様と神奈子様とルーミア様が酔っ払って発言した内容ですよそれ」
「犯人思いっ切り身内じゃねぇか! ってか俺は別に神でも仏でもないぞ?」
「神様の夫なら自然と神格化するんじゃないんですか?」
「有り得そうで困る」
卓上に広がるアンケート用紙とは名ばかりの木の板を整理しつつ、ぐっと背筋を伸ばす。
凝り固まった関節がベキベキ音を立てた。
その音に作業を手伝ってくれている巫女少女はくすりと笑い声を漏らす。
「どうしたよ?」
「いえ、契様は契様だなぁと改めて思っただけですよ。初めて会った時から変わらず、一生懸命で直向きな方のままです」
「そりゃ有り難い事だな。周りの環境が目紛るしく変わっていく中で、俺が俺で在り続ける事は難しい事だからな」
「照れるとそうやって格好良い台詞で誤魔化すのも相変わらずです」
「……ひょっとしたら嫁さん達より俺の事解ってるんじゃね?」
「勿論ですよ。私は契様のファンクラブ会員第一号ですからね。諏訪子様や神奈子様、ルーミア様よりも上です」
からからと朗らかに笑う巫女少女。
ここ数ヶ月で随分と色々な表情を見せてくれる様になった。
芋を焼けば自分のが小さいとむくれ、自分の手より大きな椛を拾っては俺に見せて笑い、雪が降れば外に駆け出してはしゃぎ、雪合戦を始めたかと思えば俺に雪だるまを作って見せ自慢げに胸を張り。
毎日が楽しい、そんな言葉を体現している様で見ているこちらも思わず楽しくなってしまう。
なんだかんだで俺の使う外来語、外国語を会得するのもこの巫女少女が一番早かった。
その延長上で様々な知識を砂地に撒いた水の様に吸収したこいつを、今では専属の部下の様に扱っている。
部下で、友人で、放って置けない子供。
そんな妙ちくりんな関係だった。
「……こほっ、こほっ」
突然、巫女少女が咳き込んだ。
身体をくの字に折り込み渇いた咳を苦しそうに吐き出す。
背中をさすりながら能力を使う。
「白符『天使の慈悲』」
「こほっ、こほっ……はぁ、っ、あ、こほっ……すみ、ません……もう、大丈夫です」
「今日は休め、お前に倒れられたら諏訪子達が悲しむぞ」
「ふふ、そうします。……契様は、私が倒れたら悲しんで下さいますか?」
「それだけ軽口が叩けりゃ充分だな、布団まで抱えて行ってやる」
「抱いて頂けるんですか?」
「病人を襲う程鬼畜じゃ無ければ、そこまで女に飢えてもねぇよ。それに病が悪化したら困るだろ」
「この辛さも契様に与えられたのなら喜んで耐えられますよ?」
「語るに落ちたな。やっぱり辛いんじゃねぇか」
「ふふ、契様の前では嘘は吐けませんね」
お姫様抱っこで部屋まで連れて行き、布団に優しく寝かせてやった。
額に手を当てれば、少し熱い。
大人しく待ってろと言い含めて桶に冷たい水を張り、手拭いを浸して巫女少女の額に乗せた。
ひんやりとした感覚が気持ち良いのか、目を弓にする。
隅に置いてあった火鉢を持ってきて火を入れると、少し部屋の空気が暖かくなった。
水差しと湯呑みを用意し、隣に手製の鐘も置いてやる。
「お前には特別にこの鐘をやろう」
「これは何ですか?」
「俺の持ち得る全ての力と技を注ぎ込んだ鐘だ。なんとこの鐘、鳴らすとすぐさま美形のお兄さんがやってきてお前のして欲しい事や身の回りの世話を出来る範囲でやってくれる秘密道具だ」
「……ふふっ、それは凄いですね。なら気兼ねなく美形のお兄さんをこき使ってみますね?」
「俺が悪かった。頼むから美形の形容は忘れてくれ」
「大丈夫ですよ、私の知る限り契様より格好良い男性は存じ上げませんから」
一頻り笑った後、巫女少女は笑みを寂しげなものに変えた。
「でも契様はいつになっても私を名前では読んでくれないのですね」
「当たり前だ、これ以上情を移されても困るからな」
「鐘を鳴らしたら承服して頂けますか?」
「──なら、早く病を治せ。快気祝いにお前を名前で呼びながら、朝まで抱いてやる」
「良いんですか? もう取り消せませんよ」
「取り消さねぇよ。なんなら俺の名に懸けて『契約』したって構わない」
「なら指切りです」
細く小さい指を、布団の中から伸ばしてくる。
それをしっかりと捕まえ、小指を絡めた。
「ゆ~びき~りげんまん、うそついたらはりせんぼん、の~ます♪」
「これで完璧だな」
指を切ると、再度手が伸びる。
ん? と視線を向けたら、顔を熱以外の理由で赤く染めながら上目遣いに見てきた。
そのまま俺の手を握ると恥ずかしそうに声を絞り出した。
「もう少し、契様の温もりが欲しいです。だから、このままで」
「……やれやれ」
「鐘、鳴らさないとダメですか?」
「いいや、お前が安心して眠るまでこうしていてやるさ」
頭を優しく撫でてやると、くすぐったそうに微笑んで布団に潜った。
艶のあった髪は、少し痛んでいた。
再び能力を使おうとして、躊躇う。
──生命力を回復させる事が、果たしてプラスに働くのか?
単純に考えればプラスだろう。
生命力を高める事は免疫力を高める事に繋がる。
だが、仮に細菌やウイルスにまで活性化の作用が有ると症状は悪化してしまう。
極端な話ガン細胞なんかが生命力を得てしまえば、取り返しが付かない事になる。
自分の能力を正しく理解していないが故、二の足を踏んでしまう。
しない後悔より、する後悔。
それがモットーだったハズの俺は、親しい人間の命というものを前に怖じ気付き、何も出来なくなっていた。
そんな鬱々とした心を抱え、気付けば巫女少女は寝息を立てていた。
「──早く、治せよ」
神奈子にも頼んで腕の良い医師を探して貰うとするか。
俺はそっと手を離し、音を立てぬ様部屋を後にした。
そして睦月も終わり近付いた頃、巫女少女が瀉血した。
やっとの思いで見つけた神奈子の友人である神の医者が下した診断は、結核。
現代では投薬による治療が可能だが、それまでは不治の病として恐れられていた病気だ。
見立てでは保って二週間の命。
突然突き付けられた非情な現実に、俺も皆もまともな思考は出来なかった。
既に感染の疑いの有る俺、神で有る為に病気に罹らない諏訪子と神奈子で看病を続ける。
ルーミアには消化に良い栄養の有る食事を用意して貰う事にした。
持ち回りで看病する最中、ちょうど俺が担当していた深夜に、巫女少女は目を覚ました。
「おはようございます。……と言っても、もう夜中ですね」
「随分と寝坊助だな。そんなに寝てると牛になるぞ」
「胸だけなら大歓迎ですよ? ……こほっ、こほっ」
「悪い、喋らなくても良い。ほら、水で口を濯げ」
背中を叩いて咳に混じった血を吐き出させ、口元を拭い寝かせてやる。
手拭いを替えるのも、もう何百回を数えている。
額に乗せてやると、弱々しく微笑んだ。
病気の所為で身体は細く白くなり、頬は熱を帯びて紅く染まっている。
窓から差し込む月明かりに照らされ、その姿はとても美しく儚いものに見えた。
今にも消えてしまいそうな姿に思わず口を開き掛けるが、巫女少女は首を横に振った。
「ダメです、契様。私と『契約』したのでしょう?」
「──っ」
「大丈夫、きっと大丈夫です。だから私の名を呼ぶのは、まだ待っていて下さい」
「何でだ」
「え?」
「何でお前は、強く居られる。俺は、俺が自分に科した戒めさえ振り解きそうな程、弱ってしまった。なのに、何でお前は」
「信じているからですよ」
「……何をだ」
「奇跡を。きっとこの世界には悲しい事も幸せに変えてくれる、そんな奇跡が溢れている筈なんです。私達は、それに気付いて居ないだけ。だから一緒に信じてみませんか? そんな、奇跡を」
そう言って朗らかに笑う。
そこに絶望や諦めの色は無く、ただただ純粋な笑顔だけが有った。
喋り疲れたのか眠りに就いた巫女少女はその後起きる事は無く、十日後安らかに逝った。
喪が明けた頃、今度は諏訪子の体調に異変が生じた。
先の事も有り気が気でなかった俺達だったが、医者は懐妊を知らせてくれた。
諏訪子は、俺の子を授かったのだ。
神奈子は自分の事の様に喜んで飛び跳ね、ルーミアは少し悔しそうな口調で──しかし満面の笑みを浮かべて祝福してくれた。
途端に賑やかになる三人を眺めながら、俺は何故か縁の様なものを感じていた。
胸を過ぎるのは、巫女少女が俺に遺した最期の言葉。
「悲しい事も幸せに変えてくれる奇跡、か。……俺も信じてみるかな」
「ん、どしたのケイ?」
「気が早いかもしれんが、子供の名前を考えていたんだ」
「契、流石に気が早いよ」
「でもどんな名前にするつもりだい? まだ男か女かも解らないだろうに」
「女の子に決まってるさ」
「自信満々だね、ケイ。なんて名前?」
「──カナエにしようと思う」
その名前に、三人は疑問符を頭に浮かべた。
「あの子の名前かい?」
「あぁ、漢字は違うけどな。未来に向かって成長する意味の香苗も良いが、俺は鼎の文字を使いたい」
「契、理由を教えて?」
「初めての子供だからお前達、多分甘やかしまくるだろ。まぁそれは良いとして、だ。お前達三人の愛を存分に受けて育った子供が成長して大きくなったら、今度は受けた愛情以上にお前達を支える事の出来る大人になって欲しい。そんな想いを込めて、鼎だ」
「わ、素敵な名前」
「素晴らしい名前じゃないか、気に入ったよ」
「でも、契が人数に入ってないよ?」
「俺は後ろから鼎を見守り、颯爽と現れて助ける役回りだからな」
「ケイずるい!?」
「美味しいとこだけ持って行った!」
「強かだねぇ。そういう所も嫌いじゃ無いけどさ」
再び賑やかさを取り戻した室内。
いつもの様に馬鹿騒ぎをしながら、心の中でそっと呟く。
──俺も奇跡とやらを信じてやる。だから今度は鼎として逢おうぜ、香苗。
境内の木に積もった雪が何かの弾みで地面に落ち、細かい雪が空を舞う。
きらきらと輝く雪の向こう、春の足音は少しずつ近付いていた。