幽香さんと付き合って一月過ぎた。
最初の内はお互いに照れ臭くて中途半端な距離感だったけど、次第に慣れてきて今では立派にいちゃらぶ出来る恋人になった。
恥じ入る幽香さんも可愛かったけど、今の落ち着いた幽香さんも大和撫子っぽくて良い。
いつも柔らかな微笑みを浮かべてそっと手を繋いで来たり、朝早く起きたと思ったらお弁当を作ってピクニックに行こうと誘ってくれたり、農作業から帰って湯船に浸かっていたら背中を流しに来てくれたり。
勿論夜伽の時も凄く可愛い。
前みたいに獣の様な交わり方はしないけど、お互いの温もりを交換するみたいにまったりらぶらぶなセックスに。
相変わらずおもらし癖は治ってないけど、最近は僕に愛された証だ、なんて言って気にせず鼻歌混じりで洗濯をする様になった。
……若干僕の方が照れ臭い。
そんな幸せ夢気分な毎日を送っている。
今日は割れた眼鏡の修復の為、河童の所へ散歩がてら行くつもりだ。
幽香さんは少し心配していたみたいだったけど、鬼にでも遭わない限り大丈夫。
愛妻弁当片手に意気揚々と家を出発、向日葵畑を越えて西の山中へ。
岩越え藪越え丸太越え。
まったりのほほんと目的地に着いて河童ときゅうりでもポリポリしながら世間話でもしようかと思っていたのに。
「どこで間違えたかなぁ」
「人生かい?」
「いやいや、まだ判断出来るだけ生きて無いから」
ずんずん前へと進むちびっ娘の後を追い駆けながら一人ごちていると、ちびっ娘が振り向いて首を傾げた。
ぷうん、と酒の臭いが鼻に付く。
このちびっ娘は昼間だと言うのに、瓢箪に入った酒を煽っている。
肩から先が破れ落ちノースリーブみたくなってるブラウスに白と群青色のスカート。
蜜柑色の髪の毛に赤い大きなリボンが結んであって、手錠から三角やら四角やら丸やら謎の物体が鎖で繋がっている。
なかなかハイセンスなアクセサリーだ。
頭の上には二本の角が生えていて、左の角には群青色のリボンが巻かれている。
くりくりっとした赤褐色の瞳は胡乱に揺れていて、足取りもふらふらと覚束無い。
「まさか鬼に出会うとは。どこでフラグ立ったのかな?」
数分前、山中を練り歩いていた僕は前方の藪がガサゴソいってるのに気付き足を止めて観察を始めた。
野生動物かとも思ったけど、それにしては音が不規則過ぎる。
藪を掻き分けひょっこり現れたのは、なんとも愛らしい姿の鬼っ娘だった。
だが舐めてはいけない。
鬼は怪力の持ち主だ。
幽香さんをして真正面から闘いを挑むのは下策と言わ締めた種族である。
そして鬼っ娘は有無を言わさず僕を鬼の集落まで連れて行く。
着いて行かないと後が怖い上に、着いて行っても怖いという謎仕様。
「ほら、見えてきたよ! あれが私ら鬼の集落さ」
鬼っ娘が指差す先には藁葺き屋根の家が建ち並ぶ小さな集落があった。
行き交うのは人じゃなく鬼だ。
戻って来た鬼っ娘に気付いて背の高い美人な姐さん鬼が声を掛ける。
「お、何だ萃香。随分と若いツバメ捕まえてきたじゃないか?」
「山の中をふらふらしてたから捕まえてみたんだよ。ぱっと見青瓢箪だけど案外身軽に動いてたからね、チョイと試してみたくってさぁ」
鬼っ娘は萃香って名前らしい。
スイカって名前の割に胸は小さ……物凄い睨まれた。
邪念でも感じられるんだろうか。
姐さんの方はもうぷるんぷるん揺れてて思わず顔が赤くなる。
幽香さんより大きいな。
掌に少し余るサイズも膨らみの無いぺたんこサイズも大好きだけど、あの質量は惹かれるものがある。
おまけにスタイルも良くて艶が有り、傾国の美女っていうのは姐さんみたいな人を指す言葉なんだろう。
と、僕の視線を受けた姐さんが少し身体を捩る様に浅く抱きながらニヤリと口の端を吊り上げた。
「悪いね萃香、どうやらこの若いツバメはあたしの方がお好みの様だ」
「……これだから男って奴は」
「いやいや、萃香ちゃんも可愛らしくて魅力溢れる素敵な女の子だと思うよ?」
「なっ!?」
「おやおや」
慌ててフォローを入れると何故か衝撃を受けた様に立ち尽くす萃香ちゃん。
姐さんは僕の言葉に別のニヤニヤを浮かべている。
あれ、対応間違えた?
取り敢えず話を変える為に腰を折った。
「えっと、申し遅れました。僕は東の向日葵畑に住む望月契といいます」
「東のって、あの花妖怪のかい?」
「はい、そこです。今日は偶々河童の所へ用事が有って山中を練り歩いていたんですが」
「萃香に拉致られたのかい、難儀だねぇ。あたしは星熊勇義ってんだ、宜しくな」
「こちらこそ宜しくお願いします、勇義さんの様に綺麗なお姉さんと出会えて嬉しいです」
「はっはっは、お世辞と解ってても照れ臭いねぇ」
「美人には嘘を吐きませんよ。貴女方鬼が嘘を吐かないのと同じ様に、僕も出来る範囲で正直に在りたいですから」
「言うねぇ若いの、一杯やってくかい?」
「下戸ですから余りお付き合いは出来ませんよ? 鬼の方は唯でさえお酒に強いと有名なのに、勇義さんみたいな綺麗な人にお酌をされたら妙な見栄を張って早々に潰れますから」
「あははは! アンタ気に入ったよ、今日は契、アンタの為の宴会を開こうじゃないか」
なんでか解らないけど気に入られた様だ。
勇義さんは唖然としたままの萃香ちゃんを脇に抱えて、僕の手を引いて集落の中をずんずん進んで行く。
あ、手を繋いじゃったけど浮気じゃないですよ幽香さん。
本妻は幽香さんですからっ。
と誰に言い訳しているのか不明な事を思いながら連れられて行くと、一番大きな家が見えてきた。
勇義さんの話では鬼を纏める一番偉くて強い人の家らしい。
広いから宴会場代わりにも使うとか。
と、視界の端に映る庭に大量の白っぽい小さな石が並んでいるのを見つけた。
「あれ、この石は……?」
「ん? あぁ、そりゃ瑪瑙だよ。大将が趣味で集めてた奴だな、今は飽きて放置してあるみたいだけどね」
からからと笑いながら引き戸を傷一つ無い綺麗な足で開け、威勢良く乗り込む勇義さん。
「大将、ちょっくらお邪魔するよ」
「はいはい、って勇義じゃないのさ。一体何を……ははぁ、また若いツバメ取っ捕まえたもんさね。布団なら押し入れの中に有るけど、伽が終わったら自分で洗濯しな」
「それも良いけど今回は別件だよ大将」
ぱたぱたと部屋から出て来た和服美人。
この人が一番偉くて強い大将さんだ。
というか勇義さん、チラッと僕を見て照れた様にはにかむのは止めて下さい。
ドキドキするじゃないですか。
「初めまして、望月契と申します。今日は萃香ちゃんに連れられてお邪魔させて頂きました。若輩者故に至らぬ所も多々有るとは思いますが、どうぞお見知り置きの程を」
「おやおや、これはご丁寧な事さね。私はここいらの鬼を纏めてる、まぁ一番の年寄りさ。皆からは大将と呼ばれてるから、アンタも気兼ね無く大将と呼べばいいさね。……で、勇義。別件ってのは?」
「萃香を口説ける気概が有る契の為に、宴会でも開いてやろうと思ってね」
「は……?」
大将さんの目が点になる。
ちなみに勇義さん、僕はフォローしただけで口説いてないですよ?
確かに可愛いしむぎゅむぎゅしたくなるけどね。
見れば固まったままの萃香ちゃん。
頬をぷにぷにつついてみる。
やわっこい頬に指が沈み込み、なんとも気持ち良い感触が指先に伝わってくる。
「成程……契とやら、年は幾つさね?」
「多分二十二だと思います」
「多分?」
「実は五年程前からの記憶が無いんです。東の向日葵畑に住む花妖怪、風見幽香さんに助けられる以前はどこで何をしていたのかさっぱり」
「ふむぅ……契、アンタ思った事はすぐ口から出る質かい?」
「自分では素直な方だと」
「そういう事かい、萃香……はまだ意識が戻って来てないね、勇義」
「ん?」
「伽は勘弁してやんな」
「何でまた急に?」
「察しの悪い子さね、契は既婚者だよ」
「は?」
今度は勇義さんの目が点になる。
力が抜けたのか支えが緩くなり、萃香ちゃんが床にべちゃっと落ちる。
あ、痛みで覚醒したみたい。
「大将さん、よく僕が既婚者だって判りましたね?」
「簡単さね、花妖怪の名前を出す時に少し喜色が滲んでいたし、それだけ身体から花の匂いをぷんぷんさせているんだ。生娘以外なら誰だってすぐに判るもんさ」
「おぉ、名推理ですね」
褒めると少し気恥ずかしそうにはにかむ大将さん。
鬼って美人しか居ないんだろうか。
ちょっとまったりした雰囲気になり掛けたその瞬間、僕のボディに質量の有る何かが飛び込んで来た。
「ぐふっ」
「ちょっと契っ、嫁が居るって本当なのかい!? 嘘なんだろ、嘘って言え、今だけなら許すから!」
物凄い力で僕の首を前後に激しく揺さぶる萃香ちゃん。
答えたいけど勢い付き過ぎて若干気持ち悪いから力を緩めて欲しいなぁ。
「こら萃香、契が死んじまうだろう」
「あ、う、ごめん。で、契、嘘なんだろう、ほら、言ってみな」
「げほっ、萃香ちゃん、落ち着いて」
「あぁ落ち着いてるよ、さぁさぁ、早く嘘だって認めるんだ」
「いや、本当だよ。今は恋人だけど、子供が産まれたら式を挙げるつもり」
動きが止まりこの世の終わりみたいな顔をする萃香ちゃん。
いや、いつの間にフラグ立ったの?
隣に立つ勇義さんはばつの悪そうな顔で頭をポリポリと掻いている。
「嫁さんが居たのかい、まぁこんな良い男が独り身で残ってるって方が珍しいのかも知れないねぇ」
「僕はただの木っ端妖怪ですよ?」
「ただの木っ端妖怪にその落ち着きは出せないよ。普通ならもっと萎縮しちまうか、それとも虚勢を張るかだ。契みたいに正面から大将を見れるのは頭の螺子が緩い奴か、相当肝の据わった奴だよ」
「確かに大将さん物凄い美人ですし、恥ずかしくて目を合わせられないって気持ちも解りますけどね」
「……やっぱり螺子緩いんかね」
「失礼な!?」
と、今まで黙っていた萃香ちゃんが顔を僕に向けてキッと睨みを効かす。
そんな顔も大変愛らしい。
右手を振り上げ勢いを付けてビシッと僕を指差し、高らかに声を上げた。
「契、私と勝負しろ!」
「勝負?」
「私が勝ったらその花妖怪とすっぱり別れて私の婿になれ!」
その後話を聞きつけた鬼達が酒瓶片手にどんどん集まり、集落の西側に有る広場はお祭り騒ぎとなった。
景気付けと瓢箪から酒を浴びる様にかっ喰らう萃香ちゃんを前に、僕はどうしてこうなったのか疑問の渦に巻き込まれていた。
ただまぁ、考えた所でこの状況は大して変化しないだろう。
広場の中央で対峙する僕と萃香ちゃん。
一応対決の方法は僕が決めて良いらしい。
自分から仕掛けた勝負で、勝負の方法まで自分が決めるというのは鬼の主義に反するとかなんとか。
いつの間にか進行役兼審判に落ち着いている大将さんがさっき説明してくれた。
というか勝負の方法を考えるって言っても萃香ちゃんと正面から力勝負を挑んだ所で負けは見えている。
となると、種目は勿論知恵比べ。
ただ普通に知恵比べしたらギャラリーの皆さんが暇を持て余すだろうから、そこら辺も考慮しなければいけない。
僕は存外、サービス精神旺盛なのだ。
「じゃあ最初に勝負に関する取り決めの確認を、大将さんお願いします」
「あいよ。まず一つ、勝負の結果にケチは付けない。次に、インチキは行わない。三つ目、他の者は手出し無用。萃香が勝てば契は恋人と関係を解消し、萃香の婿となる。契が勝てば萃香は何でも一つ言う事を聞く。まぁ、こんなもんさね」
「ありがとうございます。肝心の勝負の方法ですが、知恵比べを提案したいと思います」
「ま、妥当なとこさね。流石に萃香と力比べで勝てる風には見えんさ。で、内容は」
「玉取りにしたいと思います」
「玉取り?」
「ええ、確か大将さんの家には瑪瑙の玉がいっぱい有ったと記憶しています」
「あーあー、あれか。幾つ有れば……いや、誰かアレを袋に詰めて持ってきておくれ」
「序でに細い紐も有れば一緒にお願いします」
「あたしがちょっくら行ってくるよ」
ひらひらと手を振りながら勇義さんが駆けていく。
萃香ちゃんは左右にふらふら揺れながら、若干据わった目で僕を射抜く。
酔っ払いのロリっ娘……あれ、前にどこかで見た様な気がする。
まぁ取り敢えず今の内にルールの説明でもしておこう。
「内容は簡単、二十一個の瑪瑙を交互に取り合って最後の二十一個目を取った方の負けだよ。一度に取れる瑪瑙の数は四つまで、最低一つは取らないといけない。先攻後攻は……軽い運動で決めようか」
「運動?」
「勇義さんが紐を持ってくるから、その紐に葉っぱを括り付けて首から下げるんだ。それを取った方が先攻って形にしようかと。元々萃香ちゃん、僕の身体能力を見たくて連れてきたんでしょ? だからこの際纏めてやっちゃおうと思って」
「そりゃあ良いかもね」
「でしょ~」
へらへら笑っていると萃香ちゃんは、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
そんな所も可愛いと思えてしまう辺り、僕はきっと幼女嗜好の病気持ちなんだろう。
勇義さんが袋を担いで戻ってきたので紐を受け取り、適当な葉っぱを括り付ける。
首に掛ければ準備完了だ。
軽くストレッチして身体を解しておく。
「じゃあ始めようじゃないか」
「お手柔らかにね、萃香ちゃん」
赤褐色の瞳がきゅっと細められ、雰囲気が酔っ払い幼女から鬼の戦士へと変わる。
身に纏う闘気が膨れ上がり威圧感が増していく。
「──先手必勝!」
萃香ちゃんの足元が踏み抜いた衝撃で爆ぜた。