右足の踵にに力を込めバネの様に下半身をしならせ、片足で跳躍する。
歪なバランスのまま飛び上がった身体は右後方へと流れ、不格好な宙返りをしながら七歩の距離を開ける。
あ、くじらみたいな形の雲みっけ。
まったりした気分のまま、折り畳んだ左足を前方に投げ出す様に放つ。
土踏まずの辺りで地面を踏み抜き、遅れて接地した右足で左へ跳ぶ。
一拍遅れて、蜜柑色の髪の毛が今居た場所で舞い踊る。
──流石は鬼っ娘、瞬発力と制動力はピカイチだなぁ。
感心しながら迫り来る拳を掌で弾き、距離を取る様に飛び退く。
着地の際、左肩に力を込めて体軸を態とずらす事も忘れない。
重心が背後に向き、次の動きまでに若干のタイムラグを生む。
それを狙って伸びる拳の奥で、口の端を吊り上げる萃香ちゃんと目が合った。
どうやら楽しんで貰えてるみたいだ。
如何にも辛うじて、といった風体で連撃をかわしながら僕は口を開いた。
「よっ、ほっ、萃香ちゃん、速いなぁ、っと、引き剥がせないや」
「ははっ、契だって木っ端妖怪だなんて嘘ばっかり! 私の攻撃を避けられるなんて並の妖怪じゃ出来ないよ!」
「逃げるのだけは、っ、上手いんだよ?」
話しながらも互いに動きを止めない。
交互に放たれる左右の拳を後ろに下がる事で回避しつつ、僕はタイミングを見計らっていた。
──ここだっ。
左膝の軸を前に倒して準備完了。
萃香ちゃんが次の拳を放とうと右腕を引く動きに合わせて、腕の引きと同じ速度で前方に飛び上がった。
突然視界から消えた僕を探して振り返ろうと、前に踏み出した右足を止める。
でも、遅い。
それより速く地面を踏み抜いた僕が、両手を萃香ちゃんの腕の下から小さな身体を掴まえようと伸びる。
合法的にロリっ娘をむぎゅむぎゅ出来る、とニヤニヤし掛けた僕を嘲笑うかの様に萃香ちゃんの身体は霧となって散った。
「え、あれ?」
突然の事に目を見開く。
どこだ、この手に抱けるハズだったロリっ娘萃香ちゃんはどこだぁ!
と、ちょっぴり錯乱していると背後に気配が集まっていく。
気の抜けたまま振り返ると、萃香ちゃんが僕の胸元に手を伸ばしていた。
「私の勝ちだね、契」
ニヤリと笑う萃香ちゃん。
い、いやいや、今のは一体何をしたの!?
とっても素敵にパニクっていたら、萃香ちゃんが少しばつの悪そうな顔で言った。
「あれは私の能力さ」
「萃香ちゃんの能力?」
「そ、私の持つ密と疎を操る程度の能力だよ。私の体を疎めて攻撃を避けて、契の背後に萃まったって訳さ」
何そのチートっぽい能力。
物理攻撃無効化スキル持ちを相手取るとか無理ゲーにも程が有る。
いつまで経っても萃香ちゃんのちっぱいをむにむに出来ないって事じゃないか!
以上、大して見所も無いままあっさりと萃香ちゃんに敗北し先攻を奪われた。
まぁ元々負けるつもりで手加減もしてたんだけど、それでも負けると悔しいな。
ともあれ先攻が決まり広場の中央に向かい合って座る。
間には二十一個の瑪瑙が無造作に散らばっている。
実はここにも仕掛けが施されている。
この勝負、実態はインチキだ。
先のルールの下で始めた場合、後攻が必ず勝てる仕組みになっている。
方法は簡単、相手が取った数字と自分が取った数字の合計が五の倍数になる様に取ればいい。
例えば相手が三個取ったなら自分は二個、相手が一個取ったなら自分は四個、といった具合だ。
自分が五、十、十五、二十と取っていけば相手はその後ろの数字である六、十一、十六、二十一を取らなくてはいけない。
一度に取れる数が四個までとなっているのは、この法則を作り上げる為だ。
そして僕が勝てる様に先攻後攻の取り決めも一見公平に決めてみた。
互いの武力で決めた事だから後腐れも無ければ、一度は精神的優位に立ち尚且つ先攻まで取れるのだから萃香ちゃんが了承しない訳が無い。
更に言えば、鬼は自分の力量を誇りに生きる種族だ。
腕っ節の強い方が先手を取れるというルールは鬼の性に合っている為、僕の意図を隠すには持って来いのルールでもあるんだ。
以上、説明終わりっ。
「それじゃあ早速私から行かせて貰うよ」
「どうぞどうぞ」
萃香ちゃんが瓢箪を弄びながら、細く小さな左手で瑪瑙を三個取った。
取った瑪瑙は大将さんの前に置いた皿に載せて、イカサマをしていない事を確認して貰う。
ま、その以前の段階でイカサマだって気付かないとダメなんだけどね。
口の端を小さく歪めて、僕は二個攫う。
「一気に四個だ!」
「僕は手堅く一個にしとくよ」
計十個の瑪瑙が皿に置かれ、十一個の瑪瑙が地面に残っている。
視界の端で皆の表情を確認してみる。
萃香ちゃんはまだ勝てると思ってる様で幾つ取ろうか考えている。
今気付かないとアホの子認定だよ萃香ちゃん。
勇義さんは腕を組んで、じっと僕の顔をを見ていた。
アレは多分萃香ちゃんの負けに気付いたな。
というかその格好はダメですよ、おっぱいが零れ落ちそうですって。
大将さんは一応瑪瑙を改めていたけど、僕の意識を感じ取ったのかニヤリと笑って見せた。
やば、完璧にバレてる気がする。
まぁ後で追求されても「謎掛けを見破れるかどうかが真の命題だった」とでも開き直れば良いか。
どっちみち勝負終わったらバラすし。
「……よし、一個だ」
「なら僕は四個」
「あれ……あれ?」
考えるでも無くサッと瑪瑙を掴んで皿に移すと、萃香ちゃんの顔色が変わった。
ちょっぴり目を泳がせつつ、何度も自分の指を折って数を確認している。
うん、萃香ちゃん可愛いよ萃香ちゃん。
一頻りうーうー悩んで、恐る恐る僕を上目で窺いながら口を開いた。
「えっと……一個」
「四個」
「うぐぅ」
タイヤキ少女みたいな悲鳴を上げて萃香ちゃんが頭を抱える。
残りの瑪瑙は一個、萃香ちゃんの負けだ。
うん、大勝利。
明らかに勝てる戦だったから特に勝ったって印象も無いけど。
取り敢えず萃香ちゃんが可愛いからお持ち帰り……したら幽香さんに殴られそうだ、止めとこう。
「勝者、望月契!」
僕の勝利に、周りの鬼達からどよめきの声が上がる。
負けて凹んでいる鬼っ娘の頭を撫でつつ、種明かしをしようと口を開く。
「ちょい待ち、契」
「んぇ?」
何か変な声が出た。
絶妙なタイミングで止めないでよ、と振り返れば勇義さんが腕を腰に当てて僕を見下ろしていた。
セクシーダイナマイトなボディですね。
「次はあたしと勝負してみないかい?」
「勇義さんとですか?」
「そうそう、萃香の弔い合戦にね」
「いや、萃香ちゃん死んでませんけど」
当の萃香ちゃんは悔しそうにうーうー唸ってた。
余りに可愛かったから膝の上に乗せて、柔らかい頬をむにむにしてみる。
ふにふにのすべすべで気持ち良い。
一瞬びっくりしたみたいだけど、すぐに目を細めて擦り寄ってきた。
萃香ちゃんネコっぽいな。
思わずデレデレしていたら、頭にぽこっと拳骨が落ちた。
「あたっ」
「こら契、あたしを差し置いて萃香と乳繰り合うんじゃないよ。あたしが勝ったら旦那になって貰うからね」
「えぇー……いつフラグ立ったんだ……」
「男ならグチグチ言うんじゃないよ、今度はアンタの先攻でいいから」
そう言ってニヤリと笑う勇義さん。
成程、仕組みを理解したみたいだね。
なら少し弄ってみるかな。
「せっかくだから瑪瑙の数も百個に増やしてみますか、同じ二十一個じゃつまらないでしょうし」
それを聞いて勇義さんの顔色が変わる。
若干泳ぐ目が度々左上に向けられている事から察するに、幾つを取れば勝てるか計算してるっぽい。
ま、そんな暇を与える義理も無い。
「大将さん、瑪瑙は幾つ有りますか?」
「流石に百は無いねぇ」
「なら口頭で数えて行きましょうか、片付けも要らないですし。勇義さんもそれで良いですよね?」
「い、いや、別に二十一で良いんじゃないか?」
「別に百でも良いんじゃないですか? 変に二十一に拘らなくても。それに僕が勝負の方法決めていいんですよね?」
首を回すと大将さんがニヤニヤしながら頷きを返してくれた。
大将さん、間違い無く僕の意図解っててやってるなぁ。
「さ、勇義さんも座って下さい。早速始めますよ」
「むぅ……よし、勝負だ契!」
納得が行かなそうだけど渋々正面に腰を下ろす勇義さん。
まぁ何とかなるだろうと楽天的な思考に至ったらしく、気合いを入れて僕を見据えてくる。
その切り替えの速さは褒めてあげたいけれど、もう少し考えてから勝負を挑むべきじゃないかなぁ。
ともあれ、僕は勇義さんに敗北の二文字を叩き付けてあげた。
「四」
「八十九」
「……九十」
「九十四」
「九十五」
「九十九」
「うがぁー!」
頭を掻き毟って悔しがる勇義さん。
結果は僕の勝ち。
当然、この勝利は最初から決まっていた。
相手に取らせたいのが百なら、自分は九十九を取ればいい。
遡って計算すれば、最初に四を取った方が勝つ。
口で説明すると面倒だけど、ビー玉やおはじき片手に自分でやってみたらすぐに理解出来るだろう。
そんな訳で、勇義さんは見事に敗北。
二人に種明かしをすると口々にずるいと文句を言ってたけど、大将さんの「馬鹿だね、それを見破れるかどうかが本題さね」という有り難い言葉に揃って沈黙してしまった。
こうして二人に勝利した僕は漸く本来の目的である眼鏡の修理の為、河童の集落へと出発……出来なかった。
理由は簡単、大将さんに首根っこを掴まれて宴会に連行されてしまったからだ。
飲めや歌えやの乱痴気騒ぎで始まり、僕の杯に酒が注がれていく。
正直臭いだけでグロッキーになりそう。
てか宴会始まった途端に乱痴気騒ぎってどんなテンションだよ!
と突っ込む間も無く、僕は左右から突き出された料理をもぐもぐと咀嚼していた。
「ほら契、あーん」
「こっちの卵焼きもどうだ? あたしが作ったんだ」
左に萃香ちゃん、右に勇義さん。
お互いに牽制しながら次々に料理を差し出してくる。
塩雲丹やら酒盗やら全国各地の肴に加えて卵焼きやきんぴらごぼう、厚揚げ豆腐といった燻し銀惣菜も列を成している。
しかもこういったおかずを作ったのは勇義さん。
独身だったら間違い無く求婚してた。
それくらい美味しい。
派手さは無いけど、心がほっとする味だ。
「勇義さんは良いお嫁さんになれますね」
「はは、照れるじゃないか。もっと褒めてくれても良いぞ」
口ではそんな事を言いつつ、ほんのり頬に朱が差している。
勇義さん可愛いなぁ。
デレデレしていたら隣の萃香ちゃんが頬を膨らませて僕を見上げていた。
「萃香ちゃん、ほっぺにご飯粒付いてるよ」
「えっ、どこ?」
「あぁ違う違う、こっちだよ」
右の頬にくっ付いていた米粒を取り、ひょいと口に入れる。
日本人足る者、米粒を無駄にしてはいけないと思う。
米は日本の心です!
なんて考えている間に萃香ちゃんの顔がどんどん赤みを増していく。
ぷいっと顔を背けて照れ隠しに瓢箪をくいくい傾けていく。
そう言えば萃香ちゃんの素面って見た事無いな。
会った時からほろ酔いでフラフラしてたし、水の代わりにがぶがぶ酒を浴びてるから酔いも全然醒めてない。
「勇義さん、萃香ちゃんの素面ってどんな感じなんですか?」
「んぐぶっ!? げほっげほっ」
尋ねた瞬間、萃香ちゃんが思いっ切り咽せた。
勇義さんはニヤリといやらしい笑みを浮かべている。
「アレはなかなかに傑作だからね、滅多に見られるもんじゃないよ」
「げほっ、勇義ぃ、言ったら殴るよ!」
「良いじゃないか、減るもんでもなし」
「私の寿命が減るんだよ!」
やいのやいのと僕を挟んで盛り上がる二人。
どうやら萃香ちゃんは素面でいる事が余程恥ずかしいらしい。
ご飯を食べてる所を見られるのが堪らなく恥ずかしい、って人も居るくらいだから無理に聞き出すのも悪いかな。
「勇義だってこないだサラシを間違えて全部洗濯したからって、代わりに昆布胸に巻こうとしてたじゃないか!」
「萃香だって右手でしっかり瓢箪握ってるのに瓢箪が見付からないって村中を探し回ってたじゃないか」
いつの間にか互いの恥ずかしい過去の暴露大会になっている。
サラシの代わりに昆布を巻くとか、勇義さんは羅臼町のイメージキャラクターでもやるつもりなんだろうか。
萃香ちゃんのは有りがちだけど、流石に村中を探し回る所までいったらボケ老人と変わらない様な気がする。
やっぱりアホの娘認定だね。
ま、アホの娘でも可愛いから問題無いよ萃香ちゃん、やったね!
とかどうでもいい事を考えながら塩雲丹をほかほかご飯に乗せて掻き込む。
強いくらいの塩っ気の中に雲丹の甘味とご飯の甘味が入り混じり、鼻に抜ける磯の香りが更なる食欲を湧き起こす。
味噌汁の代わりに振る舞われているのは大将さんが捕まえてきた猪の鍋だ。
鍋とは言っても桜鍋ではなく豚汁に近い。
獣臭さは生姜とネギで消えていて、濃いめの味付けが疲れた身体に効く。
まぁ酒に合う様に味が濃いっていうのも有るんだろう。
マイペースに食べていると左右から酒の臭いが漂ってきた。
今度は飲み比べで勝負しているらしい。
そんなこんなで夜も更け、気付いたら殆どの人が酔い潰れていた。
片付けを手伝おうとしたら大将さんに「客人に手伝わしたとあっちゃあ、鬼の面目に関わる」と言われて仕方無く客間の布団を借りる事にした。
寝転がるとすぐに睡魔が襲って来る。
今日は疲れたなぁ、と息を吐きながら空の弁当箱を弄る。
幽香さんお手製の愛妻弁当は、宴会が始まる前に手早く食べて置いた。
残すなんて以ての外、お腹一杯の状態で更に食べるのも幽香さんに申し訳無い。
それで愛妻弁当を食べてから宴会に挑んだ結果、お腹が苦しい。
「うあー」
仰向けになると妙な声が出た。
食べ過ぎると勝手にこんな声が出てくるよね。
なんて言うか、子供っぽいなぁと苦笑を漏らす。
二十歳越えてこの言動はどうだろう、と思うけど性分だから仕方無いかとも思う。
まぁ、今日は色々有ったけど明日には河童の所に行けるだろう。
布団を被って目を閉じる。
明日に備えて早く寝よう。