目覚めは秋。そして知らない天井。
「……っ、いづっ!」
全身に広がるピリピリとした痛みに叩き起こされた。
痛みを堪えて目を開くが映る視界は左目のみ、それもだいぶぼやけたものだ。
数度パチパチと瞼を開閉するが、視界は狭まったままだ。
何とか動く左手を持ち上げ、右目をなぞると指の腹にザラザラとした感触が伝わる。
当て布だと解るまでに多少時間が掛かる。
同時に、何で俺の目に当て布がされているんだ、という疑問が浮かんだ。
「あ」
「んぁ?」
小さく響いた甘い声。
左目を巡らせると足元の方にぴこぴこ揺れる黒い何かが映った。
「とうさまー、めをさましたみたいー!」
トタトタと廊下を走っていく音が聞こえ、あぁ黒いのは髪の毛だったのかと幾分鈍った頭で考える。
それにしても黒い髪の毛か、諏訪子でもルーミアでも神奈子でも無い……村の娘が見に来ていたのか?
三人の名前を思い浮かべた途端、記憶が舞い戻ってきた。
「──そうだ、彦六は、村の皆は無事なのかっ、あぐっ、つぅ……!?」
身体を起こそうとして全身に激痛が走る。
猫の様に身体を丸めて全身の痛みを耐え凌ぎながら、改めて状況を確認する。
まず身体の怪我だ。
激流に揉まれて木や岩に衝突した事による骨折や擦過傷だろうか、狭い視界で覗き見るに全身に包帯が巻かれていた。
エジプトのミイラもかくや、という出で立ちだな。
ってか、何で左目の視界がぼやけるんだ?
疑問と共に左目の周辺を触れば、やけにツルツルとした感触が有る。
はて、俺は白魚の様な肌だったろうか?
と現実逃避をしていても仕方が無い。
改めて皮膚をなぞると、すぐに答えは出た。
──火傷の痕、か。
焼け焦げた後に癒えた皮膚特有の滑りが有る上、柔らかく薄い。
何らかの原因で火傷を負ったのは間違い無いが、激流に揉まれて出来た傷とは考えにくい。
それも一部分だけなら擦過による摩擦熱の賜物と言えるかもしれないが、ピリピリと痛む身体から察するに火傷は全身、特に右半身に集中して広がっている。
何故だ?
流水に寄るものとは全く逆の怪我を負った理由が、皆目見当が付かない。
なら、取り敢えず置いておこう。
次に把握すべきは俺が居る場所だ。
ぼやけた視界で見渡してみるが、どうも村の家では無いように思える。
ここまで広く立派な部屋は村の家には無く、社にも無かった筈だ。
加えて調度品も見覚えの無い物ばかり。
恐らく下流に住む誰かが助けてくれたのだろう、と見当を付けたのと同時、また廊下から足音が聞こえてきた。
数は大人のものが二つ、子供のが一つ。
ガラッと襖が開き、恰幅の良い男が姿を見せた。
「おはよう、気分はどうだい?」
「……別段、気持ち悪さは無い」
「そうかそうか、それは重畳。ともあれ君は怪我人だ、まずは医者の治療を受けて貰おうか」
小綺麗な奴が俺に近付き、包帯を解き始める。
こいつが医者だろう。
ぼやけた視界の中で白が少しずつ剥がされ、代わりに赤黒いものが映る。
「こりゃまた……随分と酷いな」
「私にしてみれば、何故生きているのか不思議なくらいだ」
「お、あんた女だったのか」
「見れば判るだろう」
「いや、すまん。左目も焼かれたのか、ぼやけてしか見えないんだ」
「なに? どれ……ふむ、確かに瞳の右半分が白く焼けているな。しかし気の毒な事に眼球に付ける治療薬は無いぞ」
「有っても怖くて付けられねぇよ」
「確かにな。ほれ、じっとしてろ」
軽口を叩き合いながら、女医が軟膏を塗っていく。
細い指が爛れた皮膚の上を滑る度、言い様の無い痛みが走り抜ける。
「こら、じっとしてろ」
「そうは言っても、つっ、くぅ」
「童女が見てるんだから少しは男を見せたらどうだ?」
「はっ、そもそも童女に、こんな醜い傷痕を見せるんじゃねぇよ、ぐぅっ」
男の後ろ、黒髪の娘が心配そうに俺をじっと見ていた。
気付いた男と何やら揉めて始めたらしいが今の俺に意識を割く余裕は無い。
何とか全身に軟膏を塗り終え新しい包帯を巻かれ、ぐったりとする俺を尻目に女医は去っていった。
「はは、随分と窶れたねぇ」
「あぁ……起き上がる気力も無い」
「だいじょうぶ?」
いつの間にか黒髪の娘が側に来て座っていた。
左手を持ち上げ優しく頭を撫でてやる。
「あっ……」
「心配してくれてありがとな」
「……えへへ」
嬉しそうに笑い声を上げる童女。
笑顔を見れないのは少し残念だな。
「彼も疲れているだろうから、明日またお話して貰いなさい」
「はい、とうさま」
「それじゃあ、ゆっくり休んでくれ」
「またあしたね」
「あぁ、また明日。……そういや、あんたの名前を聞いて無かったな。俺の名前は望月契、しがない人間だ」
寝転んだまま発した言葉に苦笑が届く。
男は軽く腰を折って口を開いた。
「僕は藤原不比等、しがない貴族さ」
「わたしはもこうだよー」
「……以上だ。宜しく頼んだぞ」
「了解でさぁ、それじゃあひとっ走り行って来やす」
封書を背負った袋に放り込み、下男はすちゃっと手を上げて走って行った。
慣れない左手での作業を何とか一週間でものにし、ルーミア達に文を認めた。
特に諏訪子は身重だからな、早く無事を知らせてストレスを和らげてやらんと母子に影響が出るかもしれん。
そこで諏訪大社を知っている奴に飛脚の真似事をさせたって訳だ。
さっさと怪我を能力で治して帰っても良いんだが、不比等には助けて貰った借りが有るし少しくらいは何かの役に立とうと思う。
それに……まぁ、すぐに離れる訳にもいかない理由も有る。
「にぃに、あーん♪」
「んぁ」
差し出された大根の煮付けを咀嚼する。
薄味だな、まぁ病人には良いか。
等と考えつつ、こっそり能力で治した目を左に向ける。
満面の笑みを浮かべた美幼女が居た。
藤原妹紅、不比等の娘だ。
何故か俺に懐き、身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれる実に献身的な幼女だ。
将来は良い嫁さんになるだろう。
実はこの妹紅が、俺を引き留めている理由だったりもする。
俺への懐き具合を見た不比等が「せっかくだし僕が政争に巻き込まれてる間、妹紅の面倒を見てやってよ」と言い放った事が原因の一つだ。
断ろうとも思ったが、はにかみながら微笑む妹紅を見たらNOとは言えなくなった。
どうも幼女に弱いな、俺。
有る意味正しいロリコンとも言えなく無いが、間違い無く紳士では無い。
YESロリータ、YEAH孕ませが俺の主義だからな。
……文字にすると鬼畜極まりないが。
「あーん♪」
「んぁ」
ままごとの延長なのか、妹紅は凄く楽しそうだ。
感謝の意味を込めて頭を撫でると、目を閉じて気持ち良さそうに擦り寄ってくる。
諏訪子もこれくらい純粋なら可愛いんだが、それを期待するのも野暮だな。
張り合えるのはルーミアくらいか。
思考を飛ばしていると、いつの間にか腰元に妹紅が抱き付いていた。
痛くならないよう加減してくれる所が実に素晴らしい。
とはいえ表面の皮膚以外は能力で完治済みだが。
『新たな信仰』と『疲弊の休息』の連打がだいぶ効いたな。
因みに『不死の標』は使ってない。
そりゃそうだろう、使えば息子のボルテッカを妹紅に向けかねないからな。
こんな純粋な笑顔を見せてくれる妹紅に歪んだ性知識教えて中出し調教とか……やべぇ、最高じゃね?
「にぃに、どうしたの?」
「妹紅の可愛さに見惚れてただけだ」
「……えへへ」
赤くなった顔を隠す様に俺の胸元に擦り付ける妹紅。
これはこれで癒やされるが、少し意地悪してみるかな。
俺は妹紅の顎に左手を添え、くいっと上に向けた。
「あっ……」
「隠すなよ。俺は妹紅の可愛い顔を見ていたいんだ」
「に、にぃに……もこう、はずかしいよぉ……」
「綺麗だ、妹紅」
「うぅ~……」
握った拳でぽこぽこと触れるように叩いてくる。
ちゃんと俺の身体を労っている攻撃に、ちょっぴりキュンときたのは内緒だ。
しかし、八歳の子供がこれだけ相手の事を考えて行動出来るものだろうか。
上級貴族らしい不比等が四方八方に手を尽くして人格者に教育させたとして、ここまでの理解力や思考力を身に付けるには並大抵の子供には不可能だろう。
妹紅は所謂、麒麟児と言う奴なのかもな。
まぁ、多少舌っ足らずな所も有るが、これはこれで可愛いから問題無い。
むしろ美点だ。
「おやおや、仲睦まじいようで何より。望月君、良ければ家の妹紅を嫁にどうだい」
「帰って来て第一声がそれか?」
「とうさま、おかえりなさい」
「妹紅は良い子だな、帰って来た父にちゃんと挨拶が出来る」
「えへへ」
「僕の負けだね、ただいま妹紅」
藤色の衣を纏った不比等が胸に飛び込んできた妹紅を受け止める。
若々しい見た目の所為で親子と言うより年の離れた兄妹にしか見えないのはご愛嬌と言って置こう。
すぐに妹紅が俺の元に帰って抱き付くのを見て、若干寂しそうな顔をする不比等。
悪いな、俺は幼女ホイホイだ。
「それで、答えは如何?」
「答えも何も、まだ妹紅は子供だろうに」
「いやいや確かに少しばかり早いかもしれないが、たかだか二年やそこらだよ。妹紅も乗り気な様だし」
「だとしても早過ぎるだろう、まだ出会って一週間だぞ?」
「燃え上がる恋に時間なんて関係無いよ」
「しかしなぁ……」
渋る俺の袖をくいくいと引っ張る感覚。
視線を下げれば、目に涙を湛えた妹紅がじっと俺を見上げていた。
「にぃに、もこうのこと、きらい?」
「ぐふっ!?」
もこうのこうげき!
けいはそれはそれはひどいダメージをうけた!
もこうのれんぞくこうげきだ!
「もこうね、にぃにのことだいすきだよ。にぃにはあったかくてやさしくて、いっしょにいると、おむねがほかほかするの。もこう、にぃにのおよめさんになりたい」
けいはたちなおれないほどのダメージをうけた!
けいはしんでしまった!
おお、契よ、死んでしまうとは情け無い。
「あぁもう、こんな純真な言葉ぶつけられて耐えられるか! 不比等、お前が嫌だって言っても妹紅は俺の嫁にするからな!」
「それは重畳。やったね妹紅」
「うん、とうさまのさくせんどおり♪」
「は、作戦?」
わぁい、とハイタッチする親子に嵌められたと気付くが時既に遅い。
大社に戻ったら、またルーミアと諏訪子に……いや、神奈子も加えて三人に土下座せんといかんな。
やれやれと溜息を吐きながら、はしゃぐ妹紅を眺める。
惚れられた理由は定かじゃないが、優良物件には間違い無い。
なら取り敢えず俺好みに調教するか。
俺は暗い笑みを浮かべて、これからどんな風に妹紅を堕としていくかプランを練り始める事にした。