さて、居候生活も1ヶ月が経とうとしている。
下男に渡した文も、そろそろルーミア達の元へ届いた頃だろう。
身の回りに起きた変化と言えば、俺の扱いが怪我人から客人になった事くらいか。
こっそり治した目の事があっさりと女医にバレて妖怪じゃないのかと勘ぐられ退治され掛けたんだが、咄嗟に出た言い訳が「諏訪大社に神として奉られた事が有るから、中途半端に神格化した」だったもんだから屋敷の中は蜂の巣をつついた様な大騒ぎ。
事の真偽を確かめようとした女中達も居たが、先に俺が『諏訪子宛』で文を出した事から不比等があっさりとこれを認可。
尚も食い下がる連中に「奉られている神を名指しで文を出せるのは近しい立場の者に違い無く、今回の騒動が起きるより早くに、加えて意識が戻ってすぐ文を認めた事から彼の言に嘘は無い」と見事な論理を展開した不比等に異を唱えられる奴は居なかった。
俺もそこまで考えてやった訳じゃないから、不比等の話をポカンと聞いてたけどな。
いやまぁ、香苗に「神様の旦那なら自然と神格化されるんじゃない」的な事も言われていたし、実際俺に頭を撫でられたら頭が良くなるみたいな迷信──信仰っぽいものも一応有るには有ったから、丸っ切りの嘘では無い。
ともあれ、平和に決着したので特に文句は無い。
食事が少し豪華になったから俺としては万々歳だ。
そして半神となった俺がやる事と言えば。
「……ふむ」
「どきどき」
「よし、全問正解だ。ご褒美にプリンをやろう」
「わぁ、にぃにのぷりん~♪」
言わずもがな、妹紅の教育である。
小学生レベルの簡単な算数や俺の真骨頂とも言える家庭科を教え込んでいた。
なに、調教はまだかって?
それは夜中だ。
親の不比等公認だからな、少しずつゆっくりと開発している。
本音を言えば昼夜問わず肉棒をぶち込みたい所だが、来客や使用人達の往来も有る為自重せざるを得ないのだ。
大社に居た時は巫女少女達も解ってて急用が有る時以外はなるべく行き来しないよう気を回してくれたし、何より純な女の子達しか居なかったからな。
妹紅の痴態を下男や下女、小汚い貴族の爺共に見せたくは無い。
というか見たら半殺しにする。
私刑を加える事に関しては不比等の許可も取って有るしな。
おっと、思考が逸れたな。
台所から冷やして置いたプリンを取り出し盆に載せて運ぶ。
カラメルソースは作り置きが面倒な為、濃厚ミルクプリンにしてみた。
プルプル感は無いが、こってりとした甘みが舌に至極の快感を与えてくれる逸品だ。
行儀悪く足で襖を開け、妹紅にプリンを差し出してやる。
「ほれ、プリンだぞぉ」
「こ、こんなにいっぱい、いいの?」
目をキラキラ輝かせながら驚く妹紅。
さもありなん、プリンが入っている器は本来巨大な茶碗蒸しを作る際に使うデカい容器だ。
グラムで言うと凡そ三百五十。
缶ジュース一本分の重量だ。
因みにこの濃厚ミルクプリン、完成までに多少手間取った。
目指す硬さになるまで試行錯誤しつつ、失敗作と称して大量に出来た余りを使用人連中に振る舞ってやったのだ。
砂糖が手に入らないこの時代、プリンの様な甘さは正に革命的な甘さだ。
神の甘味と多少駄洒落染みたキャッチコピーで振る舞ったそれは大好評で、俺に対して懐疑的な目を向けていた連中も掌を返した様に好意的になった。
──外堀を埋めるにはまず胃袋を攻めよ。
なかなか良い格言だな。
勿論、俺の自作だ。
「んぅ~♪」
「味はどうだ、妹紅」
「にぃにのぷりん、おいしぃ♪」
「そうか、妹紅に喜んで貰えて俺も嬉しいよ」
頭をわしわしと撫でてやると、妹紅はくすぐったそうに首を竦めた。
なんか良いな、こういうの。
平和にまったりと過ごしながら、可愛い幼女を愛でる生活……ダメだ、この暮らしは人間がダメになる。
只でさえ半ニートな生活してんのに、幼女というオアシスが有ったら自制なんぞ出来なくなるに決まってるじゃないか。
と、深みに嵌りそうな思考は妹紅の甘い声に依って引き揚げられた。
「にぃに」
「ん、どうした?」
「おいしぃぷりん、つくってくれて、ありがとう」
にぱっと太陽の様に笑う妹紅。
余りの可愛さに思わず抱き締めていた。
わぷっ、と木のスプーンを持ったまま可愛らしい悲鳴を上げる妹紅。
構わず頭を撫で回すと、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
何だ、妹紅は対俺用人型最終決戦兵器かなんかか?
癒やしっぷりが半端じゃない。
存分にMPを回復していると、玄関の方から聞き慣れたリズムが届く。
どうやら家主のご帰還らしい。
開いたままの襖からひょっこり顔を出したのは、少し疲れが滲む笑みを浮かべた不比等だった。
「妹紅、望月君、帰ったよ」
「あ、とうさま!」
「お早いお帰りで」
「なに、今日はたまたま仕事が少なかっただけさ。それよりも」
不比等がちらりと視線をずらす。
向けられた先に有るのは……プリン?
「狡いじゃないか、妹紅ばっかり。僕も甘い物が食べたいっ」
「妙な科を作るんじゃない、男がやってもキモイだけだぞ」
「あはは、とうさまきもいー♪」
「ガビーン!」
「いやガビーンって古いな不比等! それと妹紅、その台詞は無邪気に言ってはいけない台詞だ。心が抉れる」
「はぁい、にぃにのいうことききます」
「よしよし、偉いぞ妹紅」
「えらい? もこうえらい?」
「あぁ、良い子だ。流石俺の嫁さんだな」
「……えへへ。だってもこう、にぃにのおよめさんだもん。いいこだよ♪」
むきゅっと無邪気に抱き付いてくる。
ヤバイ、本格的に嵌りそうだ。
思わずニヤニヤする俺とニコニコする妹紅を交互に見て、不比等はお腹一杯とでも言いたげに軽く息を吐いた。
「せっかくだし、僕にもその甘味を作ってくれないかい?」
「とうさま、もこうのあげるよ?」
「くっ、なんて良い子なんだ! 父さん目から般若湯が流れてきそうだよ」
「お前それ酒じゃねぇか! ……まぁそれは良いとして、仕方無いから作ってやるよ。今日は妹紅も頑張ったからな、特別にお代わりも作ってやるぞ」
「わぁっ♪ にぃに、いいの?」
「可愛い嫁さんの為だからな」
「はぅはぅ……♪」
はっはっは、可愛いな妹紅は。
両手で真っ赤になった顔を隠してはるが、指の間からバッチリ目が合ってるぞ。
そんな風にまったりしつつ、不比等を連れ立って厨房へ向かう。
門を二つ曲がった所で、俺は口を開いた。
「それで?」
「相変わらず直球だねぇ。……さて、どこから話したものか」
そう言って首を傾げながら困った様に笑う不比等。
厄介事だな、と思う。
同時に自分に何が出来るのだろう、とも。
声に迷いを滲ませながらも、不比等はゆっくりと語り始めた。
「……うん、先ずは今回の『くらいあんと』について話そうか」
「他の者の目が有る訳でも無し、無理に外来語を使わなくても良いだろうに。しかしクライアント、か。その口振りから察するに……まさか、帝か?」
「正解、流石は望月君。内容は、今都で話題の美女『かぐや姫』を口説いて来いと」
「は、かぐや姫?」
ぽかんと口を開けてしまう。
あの昔話に出てくるかぐや姫か?
アレは創作じゃねえの?
等と盛大に疑問符を浮かべる俺の表情を誤解したのか、不比等はぽんと手を打った。
「あぁ、そう言えば望月君はまだ屋敷から外に出ていないからね。噂に疎くて当然か。実は最近、都では一人の女性が注目を集めていてね。名を、なよ竹のかぐや。十人居れば十人が振り返ると言われる程の美貌を持つ、絶世の美女らしい。それ程の美しさを讃えて、かぐや姫と呼ばれているのさ」
「いや、それは良いんだが……その、かぐや姫と帝、そして今回の厄介事がどう繋がるんだ?」
俺の疑問を聞いて、不比等は困った顔のまま更に眉尻を下げた。
「かぐや姫はその美しさから、様々な人に求婚されているんだ。ま、全部断ってはいるみたいだけどね。帝は大層かぐや姫にご執心なんだけど、このまま無策では同じ様に断られるだろう。そこで帝に借りの有る者、或いは与し易そうな者をけしかけかぐや姫に求婚させる。勿論、僕と同等の地位を持つ者達をね。流石にかぐや姫とて立場の高い者相手を無碍には出来ない、考える時間が欲しいと一度追い返すだろう。そんな困り果てたかぐや姫に手を差し伸べ、少しでも心証を良くした状態で口説こうと帝はお考えらしい」
「……帝という大輪の花を映えさせる為の徒花か」
「万に一つ、かぐや姫が誰かを見初めてもあれこれと理由を付けて側に召し上げる腹積もりらしい。自分からは動かず狙った獲物から近付いて来るのを待つ、蟻地獄の様な御方だよ」
「直接会って面と向かって好きだと言えば良いだろうに」
「とんだ『ちきん野郎』だよね」
「はは、言うじゃないか。……しかし、厄介な話だな」
「あぁ、厄介だ。だからこそ僕に回ってきたのかもしれないね」
苦笑いを浮かべながら俺を見る。
今の言、誰かの助けを求めているとも、暗に関わるなと告げているとも取れる。
多分後者だろうなぁ、と知らず口の端が上がっていく。
不比等は貴族の癖に──と言って良いかは解らないが──思い上がった所が無く、その気性は平民のそれに近い。
人格者という評が一番近いが、本人にそれを言ったら苦笑しながら否定していた。
そう言った所からも、余り腹芸が得意では無い事が窺える。
──かと言って、俺も策士タイプじゃねぇからなぁ。
そこそこ悪知恵は働くが、流石に海千山千の狸爺達には太刀打ち出来ない。
前回の諏訪大戦の時も、俺一人じゃ碌な結果にはならなかっただろう。
側でルーミアが支えてくれたからこそ、どうにか案が浮かんだ。
その後の処理や折衝も陽となり陰となり走り回ってくれたのはルーミアだ。
帰ったらお礼と感謝を込めてケーキでもプレゼントするか、とそこまで考えてはたと気付いた。
──あれ、ひょっとして俺ルーミア居ないと只の凡愚じゃね?
となると、今回の事で効果的な策を思い付ける訳も無い。
後手後手に回ってしまうが、その場で対処するしか無いだろう。
力業で解決出来る様な事ならなぁと頭を掻いていると、ふと視界の端に黒髪が映った。
不比等も気付いたらしく苦笑いを浮かべている。
どうやら長い間話し込んでいたらしい。
「妹紅、おいで」
名を呼ばれて一瞬びくっとしたが、すぐに姿を見せて抱き付いてきた。
「おっと」
「にぃにもとうさまも、おそいよ?」
「悪い、少し話し込んでた。お詫びに妹紅のプリンを増量しよう」
「わぁ、やったぁ♪」
無邪気に笑う妹紅を撫で回しながら台所へ向かう。
──かぐや姫、か。
創作上の人物との騒動が巻き起こる事に俺は期待でも高揚でも無く、言い知れぬ怖れの様なものを感じていた。